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なんの偶然か子供たちが先に眠ってしまった。居間に布団を敷いて高麗とシエルを寝かしつけ、二人の様子見を04に頼んだ。その頃には銀之助も帰ってきて、一行はいまだパチパチと燃え続けるバーベキューセットの周りで、お肉の残りをゆっくり食べるのだった。
『ところであなたたち、酒は飲んでませんの、酒はっ?』
スピーカーからジルハーツの声が響く。
さっきのラジカセではなく、独立した小型のスピーカーだけを銀之助は改めて宴の会場にもちこんできていた。留美奈たちの声は、設置したいくつものマイクが集音する。
「酒ダァ? なんでそんなもん飲まなきゃいけねえんだよ」
『だって宴にお酒は絶対必要ですよ。こっちはすっかりみんなほろ酔い気分ですよぉ~』
「あんたたちは夕方から爆酔いしてたでしょーがッ」
チェルシーは数時間前の羞恥を忘れちゃいない。
「俺はなァ、てめーらみたいに酒で我を忘れてみっともない姿になんかなりたくないからな」
カチン。
留美奈の言動に、スピーカーの向こうからそのような音が聞こえてきた気がする。
『アラァ、そんなこといってホントはお酒がのめないだけなんじゃないですのォ? 男の人なのに、そうやって逃げるのってとってもカッコわるーい』
「んだとォ? もっぺん言ってみろチビ女ッ」
すぐ挑発に乗る留美奈である。
『お望みなら何度でも言ってあげますわよ? でも、これ以上おこちゃまを罵倒するのは、大人のレディとしてふさわしくない行為ですから、あえて言わないであげましょう。そうでしたわねえ、まだ未成年でちたものねぇ~。飲んだらタイホされちゃいまちゅもんねーっ』
「酒持って来い銀之助ェ!」
「ひぃいッ!」
銀之助が台所へ飛んでいく。
「あー、なんかまた嫌な流れが来てるわ……」
「僕は何も関係ないからね」
チェルシーはルリの両目を隠し、テイルはすぐさまそっぽを向いた。
一升瓶が運ばれてくる。
大吟醸「昇天」辛口。
透明の液体をコップになみなみと注ぎ。
「へへん、ラクショーだよラクショー。肉をつまみにオヤジのように飲んでやる」
「でもルミナ、これものすごい匂いがするよ」
少し嗅いだだけでツンとくるアルコールの匂いに、銀之助は鼻をつまんだ。
『ルミナさん、その、あんまり無理しないほうが……』
「うっせぇ、ここまできたら飲まずにはいられるかッ」
エミリアの心配をよそにコップに手を取り、
ごっくごっくごっく、
呷(あお)る。
のどぼとけがうねり、みるみるうちにコップの中の液体が体内へ注ぎ込まれていく。
驚異的な飲みっぷりに、総員、目をみはっていた。
――どすり。
十秒後、机に置かれたコップはすっからかん。
「ぷっへーっ」
留美奈は袖で口元を拭う。
「だっ、大丈夫か、ルミナ?」
「おう、見てのとおりよッ」
たしかに少し顔が赤くなってはいるが、意識は平常に保たれたままのようだ。
「そういえばルミナのおじいちゃんが酒好きだもんね。孫のルミナがお酒飲めないなんてことはないか」
「寺の住職なのにこんなゼータク品隠し持ちやがって」
『面白くないですわ……もっとベロベロに酔っ払って男ならではのドロドロとしたイヤラシー本性を露骨にあらわにしなさいよ。そうしてローレック様や巫女様は絶望して地下世界に帰ってくるという寸法でしたのにィ』
「あんたのドロドロとした本性があらわになっとるで」
『ローレック様はお飲みにならないんですかぁ?』
「あー、私だって飲まなきゃならないときは飲むわよ? だけど、そういう無礼講って雰囲気が苦手なのよね」
『そういえばローレック様がお酒を飲んでいらっしゃるところを見たことがありませんわね。まさか、実は飲んだことがないってことはありませんか?』
「飲むときゃ飲むっていってるでしょ! こんなプライベートでまで好んで飲みたくないだけよっ」
『ふふーん』
『ふふーん』
二人組が意味ありげに笑う。
「くっ、これだから嫌な流れが来てると思ったのよ……」
『カッコいい中に時折かいま見せる、人間らしいキュートな一面がローレック様の魅力です!』
『今夜わたしたちが、ローレック様の新たな一面を開拓してさしあげますわ』
「なんのことかしら。言っとくけど私が酔ったら普段溜めてるストレスでここら一帯が一瞬で消し飛んじゃうから覚悟しなさいよ?」
『そこにテイル様がいらっしゃるはずですわよね?』
突然名前を呼ばれてビクッとする。
「ええっ、そこで僕に指名が入るのかい……」
『テイル様、公司の一般社員が心の底よりお願いいたしますっ。水の能力でそこにあるお酒を操って、ローレック様に無理やり飲ませていただけませんでしょうか?』
鬼の形相がテイルを捉える。
「いやあ、すまないがそういう悪意のある要望には協力できないね」
『ここでテイル様の部下である陰兵さんからのメッセージでぇす。「おいはRFC会員ナンバー64の一介の陰兵でごわす。日々の陰兵の業務は、公司のためといえどとても厳しく、くじけそうになることも多々あります。しかしそんな時にローレック様のブロマイドを眺めると、疲れが吹き飛んで、やってやろう、という気になれます。ローレック様の笑顔に、おいはなんど助けられたことか。日々の活力はローレック様にあるようなものなのでごわす。公司が大きく崩れようとしている今、我ら陰兵の任務は過激になってゆくばかりでごわす。日常を忘れ平静を保っていられない同僚もおり、おいは心配です。彼らのためにも、ローレック様のキラキラさらなるまぶしいお姿を、我々下っ端に与えて欲しいと願う毎日です」』
テイルは立ち上がった。
「ここでチェルシーに酒を飲ませれば、部下の好感度100倍ッ!」
一升瓶から残りの酒が、蛇のようにうねりながら飛び出てきた。
「そうはさせるカァ!」
チェルシーは渾身の重力で蛇を叩き落とそうとする。
しかし、空間全体に重力がかけられるわけがない。重力が四角く地面を叩き潰す小空間を、蛇はスラリ、スラリとかわして宙を舞った。それはまるで、ちいさな龍のような。
家の光にうっすらと輝きを放って見える、夜桜の中へ。
「どんなに上昇したって無駄なんだからッ。私は重力を上に放つこともできるッ!」
「それくらい僕だって知っているさ。それが強引な力技だってことも、さ」
上に放たれる重力は、満開の桜をさざめかせ、花弁をパッと花火のように打ち上げた。無数に降る桜の雨をかいくぐり、龍はさらに、さらに上へ。春の薄雲に輪郭をぼかした、月を目指すように。
変幻自在の龍は、飛沫のようなその体に、月光を透かして、きらめく。
桜吹雪でさわがしい上空とは違い、桜の樹はすっかりハゲて、地面はあちこちが四角く穿たれ、浅葱家の中庭はもうぐちゃぐちゃだった。
「人ンチでムチャすんなァあの二人」
シャルマが呆然とする隣で、
「あっはは、」
留美奈はなぜか笑っている。銀之助もシャルマも不思議に思った。
「ルミナ?」
「久しぶりに楽しい気分だぜッ。おっと声が出ちまってたか。酔いが回ってきたのかもなァ」
「制御力(コントロール)が鈍ってきてるよッ? ついでに言うと、体力もキツいんじゃないのかい?」
能力を操ることに長けたテイルの龍だ。それを、力技で捉えることは難しい。
「ならッ、術者を直接潰せばいいまでのことッ!」
肩でしていた呼吸を整え、瞬時に飛び込むと拳で重力の塊をぶつけた。しかし攻撃を予想していたのか、池の水がズルリとテイルを重力から守る。大量の水を、重力はそれでもズシリと圧迫する。表面張力が崩れ、盾の形から水がこぼれおちる。
「さすがチェルシー。これは十秒ともちそうにないな。でも、こんなことに構っていられる状況じゃないよ」
テイルは天を指差していた。
チェルシーに向かって――
落とす。
龍は一瞬で地表にたどり着き、チェルシーの口や鼻の穴から体内へ吸い込まれていった。
「……やはり、君の本質は優しさだね、チェルシー」
地に膝をつけるチェルシーを前にしながら、テイルは言う。
「おそらく、君のうしろに生命の巫女……いや、ルミナでも、銀之助でもいい。そうやって誰かがいることで、君は強くなるんだ。A級でもないのに、あの白龍を圧倒したそうじゃないか? たぶん、君のうしろに誰かがいれば、僕は負けていたよ。ただ、純粋な強さなら僕の敵じゃなかったね?」
「だいじょうぶッ、チェルシーっ!?」
ルリがお冷をもって駆け寄った。
『やりましたのっテイル様ッ!? さっすがテイル様! あとは写真をッ、是非に写真をッ』
「わかってるよ……」
フィルムカメラを取り出す。テイルは地上記念写真係にされ、女性陣に写真ばかり撮らされていたので、今日一日でかなり腕前が上がっていたのだった。
構える。
チェルシーはルリにしなだれかかり、眠ってしまったかのようにふにゃふにゃだった。
「ひっく」
突然チェルシーの身体がはねる。
そして、
ルリの頬を指で絡め取ったかと思うと、
ぶちゅう。
チェルシーの唇がルリの唇に重なり、そのまま二人はお互いの顔に沈んだ。
パシャリ。
テイルが思わずシャッターを切ったカメラが鳴る。
――沈黙。
やがて、唇は離れる。
目を見開いたまま呆然としているルリを放置し、チェルシー、
「やさしさァ? 違うわよテイル。わたしはルリ様のことがしゅきしゅきだいしゅきにゃのぉ」
胸に顔をうずめてまるで身体の中にでも入ろうとするようにもぞもぞと頬ずりし始めた。
「ひっく」
再び嫌なしゃっくりが――次はルリから発せられた。
「なんだかわたし、あつくなってきましたぁ、どーしてでしょお……」
「おい、これはあかへんで。チューで酒が口に入って酔ってもうたんやで。このままいったらシャレならへん。ルミナ! 大切なお姫様がアカン方向突き進んでいきよるで! なんとかしいやッ!」
シャルマがとてつもなく焦っているが留美奈は、
「あっはははは、女同士でエロいことしてやがるぜあいつらァっはははは」
「だめだっ、留美奈も酔っ払っちゃってるよぉ!?」
銀之助が頭を抱える。
「ルリ様のおっぱいむにむに~」
「ちょっと、チェルっ……? だめっ、だめだよぉ、あっ、あたまがぽおっとして、」
カシャカシャカシャカシャカシャッカシャカシャカシャ
「ちょおテイルッ!? お前もそんなことせえへんで二人を止めんかいッ!」
「好感度5000倍、いや好感度300000倍は硬いな、更に近づけば好感度10000000倍、そしてこのアングルで撮れば好感度……」
「ダメですシャルマさんっ、どうせ僕らのような出番少ない人間にはこのような事態を止めることはできないんです……」
「出番が少ないてなんのことやっ、もっと自信をもたんかいメガネェ!」
「万歳してくださいルリしゃま。お服をぬぎましょお~」
「チェルシー、あついのっ、あたまが、熱のときみたいにぽわってして、」
「ぎゃはははははッ」
「ありゃあ、そこにいるのはルミナじゃない。あんたにもちゅーしてあげましょうかあ? どうせ、したことないんれしょお? ガマンしないで、こっちきなさいよぉ」
「はあっ、はあっ、ルミナしゃん、みないれぇっ」
「あっはははははこれって、バラ色の同居生活じゃねえかッ、夢っ実現しちゃったよわははっ、じゃあちょっくら行ってきますわっははは」
「フレーム内に入るなルミナ! お前が入ったら好感度が下がるじゃないか!」
『ああーっローレック様のッ、乱れた声ぇえッ! えっ、エミリーっ、録音はできてるのッ?』
『……とっくのとーにッ!』
ぱちり。
外の騒々しさに青い瞳を開いた一人の少女がいた。
隣の布団で寝ている少年のことをバシバシ叩いて起こす。
枕元でうつらうつらしていた少女もその時起きた。
シエルが時計を指差す。
「うむ。そろそろ時間だな」
04は言った。
「テイル様ッ!」
高麗が中庭の方へ走り出た。