グラウンド・ゼロ
『やはり僕の永遠の敵は公司のようだ。これが最後の通信になるとはね』
「翠先生なら、公司の監視からかいくぐる方法くらい思いつくような気がするんですけどね」
自室。
銀之助はマイクに向かって語りかけていた。窓べりで、なんとなく月を見上げながら。
思い出したのは、ようやく作った自分の発明が台無しにされたときの悔しさだった。
地下世界と地上とのアクセスを遮断するにあたって、物理的なアクセスだけでなく、再び地上との陰謀を生むような通信的アクセスをも妨害しようとしているのだとテイルから注意を受けた。地上には、まだ「箱庭」の残党が残っている。彼らがいつまた何を企むか知れないのだ。そこで公司は、明らかに意図的に地下へ向けられた見えない電話線すべてにジャミングを仕掛け、また察知すればすぐに発信者を追跡する準備をしているらしい。
『あまり師匠をナメないでもらいたいなァ銀君。もうすでに思いついている』
「えッ? もう思いついてるんですかっ?」
『僕がスカウトを受け入れて、公司に入ればいいんだよ。内部を操作すれば銀君からの電波を無視することができる。そうすれば、地上と地下の通信は保たれたままだし、今のような貧乏暮らしをせずとも済む。万々歳だ』
「じゃあさっさと公司に入ってくださいよ」
『ヘキサと同じことを言うね……このプライドというものを君になら分かってもらえると思ったんだが』
「プライドなんかさっさとへし折ってくださいよ」
『銀君、ひどくない? 僕、いちおう師匠なんだけど……』
「すみません。でも、ちょっと悔しかったのでつい……。僕は、またみんなで話ができればなって思って、このUMラジオを作ったので、つい……」
『君はいい研究者になると思うよ』
「え?」
『研究者にありがちなことなんだが、その追及ゆえに人間としての我を見失ってしまうことがある。僕は、実は白龍を身近に思う部分もある。自分の興味で人を傷つけ続けた研究者の末路が、アレだよ。僕らはそれを忘れてはいけない。他人事だと思っては。常に、白龍とは背中合わせの関係だと思っているよ。だから、仲間を思って発明品を作った銀君のことを、僕は弟子に持てて、光栄に思う』
「僕は、そんな立派なことをしたわけじゃないですよ。ただ、したいと思っただけで」
『それは自信を持っていいことだ。これで最後かもしれないから、強く言っておこう。自信を強く持つんだ、銀君』
「は、はいっ」
『そして、さっきああいう話をしたばかりでなんだが……これは同じ研究者としての興味なんだが、地上と地下とを隔てる分厚い岩盤で遮断されているはずの電波を、どうやって受信したんだい?』
「ああ、まだ教えてませんでしたよね」
『うん。地下世界でのお別れの日のことは今でも覚えているよ。不可能だと言った僕のことを、銀君は強く否定した。あのときからアイデアはあったんじゃないかと思うんだ』
「はい。だいたいの算段はついていたんです」
『ご披露願おう』
「簡単なトリックですよ。まず、UMラジオの通話セットを中庭のバーベキュー会場へ持っていくまでに、少しお時間をもらったのを覚えてますよね? あのとき僕は、UMラジオのスピーカーから出る音を、また別のスピーカーから出力できるように調整していました」
『それはラジオに付属しているスピーカーの音質が不安定だったということではなく?』
「それも若干ありますが、ここで大切なのはまた別の理由なんです。きっと、翠先生には解けない理由です」
『ふむ、そう言われたら解けないわけにはいかない……』
「考えなくても大丈夫ですよ。これは僕とルミナたちだけの、思い出からヒントを得たんですから」
『思い出から?』
「そうです。ルミナんちの庭に、突然大穴が空いたんですよ。地盤がまるっと消し飛んでしまったかのような、ものすごい風景だったんです」
『……なるほど。僕はもう分かったよ。その力にはさんざん発明を壊された覚えがある』
「そこから、僕たちの、ちょっと変わった日常は始まりました……」
『まさにその場所が始まりだったというわけか。あの馬鹿力の空けた大穴が、地下世界の電波が漏れ出す一点を偶然にも探り当てていた。その場所でなきゃ、電波が受信できなかった。だから銀君は中庭へ移る際、別個のスピーカーを作って、「地下世界の電波受信機であるUMラジオ」の音を、大穴以外の場所で聴けるように仕向けた、と』
「もちろん、単純にあそこで電波が受信できたわけじゃなくて、いろいろな土木工事しなきゃなんなかったですけど……でもあの場所ができないと、思いつかなかったような発明なんです。あれがすべての爆心地(グラウンド・ゼロ)だったとでも言いましょうか」
『馬鹿力も使いよう、だな。いや、実にいい発明だよ銀君。たとえ通信ができなくなったとしても、双方向のやりとりができなくなったというだけで、受信はできるはずだ。ザザザザ、ズッっと。あははは、ズザザたみたいだね。まあ、ジャマーぐらいはなんとかしてみせるさ。ズズズズズの発明が無駄にならないよう、僕はこっちでラジオでも流行らせるとしよ、ピガ、』
「ラジオをつければ、いつだって地下世界に行けるというわけですか……」
『あズザザッ、それザザと銀君が子弟であるとい、ザょう明だ。研究者である僕たちに、それ以外の言葉はなにズズズズらないはずだザザザ』
「はい」
『じゃ、ッブツン』
「じゃあまた、師匠」
そうして、1999年4月6日の夜は、暮れて行った。
<了>