――――――――――――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは必死だった。
桃色がかったブロンドの髪と、透き通るような白い肌。
身長はそれほど高くはないけれど、目鼻立ちの整った気の強そうな顔を見れば、どこに出ても恥ずかしくないような美少女である。
しかし、そんな優れた容姿を持つ少女は、その手に持った自らの杖を強く握り締めていた。
今日はトリステイン魔法学院の2年生昇格の為の試練、使い魔の召喚の儀が行われる。
共通魔法(コモン・マジック)を使ったその儀式は通常、なんら困難を伴わない通過儀礼に等しいものであったが、その少女にとっては人生を左右する大きな壁として立ちはだかっていた。
(……大丈夫。私は出来るわ。そう、出来る筈だもの!)
そう強く心の中で呟くのも数十回……いや百回を超えていたかもしれない。
「おおっ!風竜だ!――タバサが風竜を召喚したぞぉ!」
誰かが召喚した使い魔が珍しいものだったのか、召喚者の周りを取り囲んでいる生徒たちが一斉に驚きの声を上げた。
そんな生徒たちの声を聞きながらルイズは再び心の中で自らとハルケギニアで信仰されている唯一神、始祖ブリミルに祈る。
(……大丈夫。きっと私も召喚できるわ。始祖ブリミルよ、私を御守り下さい)
その自らへの暗示にも似た祈りは、40代にして悲惨な状況にある頭皮を持つ中年教師――ジャン・コルベールが声をかけるまで続いた。
どうやら、いつの間にか使い魔を召喚していない生徒は自分一人になっていたらしい。
「ミス・ヴァリエール」
研究熱心で知られ、人情に富んだ人柄をもつ教育者と周囲から評価されているこのトライアングル・メイジは、自らの良心に従って、白くなるほど杖を握り締めた右手をしたルイズの姿を見て声をかける。
「ミス・ヴァリエール、緊張することはないですぞ。深呼吸して落ち着きなさい。そうすればきっと君にふさわしい素晴らしい使い魔を召喚できますぞ」
しかし、周囲の生徒にはそんな大人の心遣いが理解できなかったらしい。
一人が嘲口をはやし立てると、彼女を取り囲む生徒達が次々と嘲りを飛ばし始めた。
「ゼロのルイズはどんな使い魔を召喚するんだろうな」
ある生徒のそんな問いに契約したばかりの使い魔をあやしながら他の生徒が答える。
「さぁ?そもそも召喚出来るのかしら?あの娘、コモン・マジックすら成功したことないんでしょ?」
使い魔となったばかりの小さなカエルを手にした少女がそう言うと、さらに彼女の隣にいた大きな目玉のような生物を肩に乗せた少年が
「……なにやってもダメな“ゼロのルイズ”が召喚なんて出来るわけないだろ?」
彼の声に同調するようにあちこちから似たような声がルイズを遠巻きに取り囲んだ生徒達の間で囁かれる。
中にはルイズの使い魔に全く興味がないのか、「お腹空いた~! 今日の夕食はなんだろうな?」と叫ぶ小太りの少年もいる。
貴族社会が生み出した自由奔放――ある意味でゆとり教育とも言える環境の中で育った彼らは他人をあざ笑うことを自重などするはずもない。
しかし、そうした嘲りの中にルイズには看過できない事実を含んだ言葉があった。
「――召喚できなかったら留年だな」
ある一人の少年の発したその言葉の意味こそが、ルイズの怯えの原因だった。
そう、このトリステイン魔法学院では2年生への進級の条件として『使い魔の召喚(サモン・サーヴァント)』と『使い魔との契約(コンクラト・サーヴァント)』の実施が掲げられているのだった。
一般的に“メイジの実力を見る為にはその使い魔を見よ”と評される様に、それらの儀式は魔法学院にとって生徒の力量を測り、その後の教育に役立てるために実施される。
また、メイジの終身の友となる使い魔を召喚することによって、生徒には上級生としての誇りと責任を実感させることにもなる。
故に、今日の使い魔の召喚の儀は2年生への昇級の際の必須科目となっていた。
『召喚できなかったら留年』
それはルイズにとって破滅的な意味合いを持つ言葉でもあった。
トリステインで最大の領地を持ち、権勢を誇るヴァリエール公爵家。
その由緒ある家系の三女として、万が一にでも留年なんてことになったなら――魔法学院を退学させられ、残りの一生を公爵家屋敷の片隅で目立たないようにひっそりと暮らす、なんてことにもなりかねない。
そんな未来は嫌だった。
だからこそルイズはこの使い魔召喚に失敗するわけにはいかないのだ。
精神を集中して、召喚の為のサモン・サーヴァントの呪文を唱える。
集中力が杖の先に集中するのを感じる。
もはや、周囲で囃し立てる級友の声など届かない。
堅く握り締められた杖が振り下ろされた瞬間、杖の先に集中した精神力が魔力に転換され――
爆発した。
――やはり、今までの他の魔法と同じように、サモン・サーヴァントの魔法も爆発した。
しかし、それでも――という希望にすがり付くように立ち込めた爆煙をかきわけるようにしてルイズは自らの使い魔の姿を探した。
前方には爆発によって生じたクレーターが煙の薄まりにつれて姿を現すが、使い魔の姿は見えない。
(……お願い、成功していて)
縋るように祈るルイズの願いは叶わなかった様で、ネズミやイモリでも良いから――出来ればもうちょっとマシな使い魔であってほしいと内心のどこかで願っていたが、そんなもののかけらの姿すらない。
周囲からは「また爆発かよ!」という魔法の行使に対する不満と「あの爆発じゃ召喚出来ても生きちゃいられないな」といった嘲笑が再びルイズに浴びせられる。
しかし、ルイズにはいつものように反論する余裕は無かった。
サモン・サーヴァントが失敗したという現実を認識すると頭の中が真っ白になり、次の瞬間には希望の無い未来予想図が現実のものとして浮き上がる。
しかし、数秒後にはそんな絶望を振り払うように杖を構え、再び呪文を唱えた。
爆発。
―爆発。
――爆発。
ルイズの魔法は確実に爆発を引き起こし、大地に巨大なクレーターを穿っていく。
しかし、本来の魔法の目的である筈の使い魔の姿は影も形もない。
ルイズの内心に絶望の色が濃くなっていく。
――自分はやはり「ゼロ」なのか。
そんな思いが彼女の胸中に去来する。
彼女は魔法が使えない。
トリステインの名門貴族の娘として、幼い頃から魔法の英才教育を受けてきたにも関わらずである。
何人ものエリート家庭教師が魔法を教えようとして、その同数がさじを投げた。
そんな彼女は魔法学院に入学してからも、「ゼロ」な実技を補うために学業は常に誰よりも努力してきた。
――なのに。
目前にはもはや嘲笑することすら飽きたのか、自らが召喚したばかりの使い魔と戯れる同級生の姿。
その姿を自らの頭を振ることによって、脳裏から追い出した。
彼女は再び目前の詠唱に集中し――
気付いた時には、日は既に西に傾き、空を赤く染めていた。
「ミス・ヴァリエール」
生徒達を先に魔法学院に返した後、一人でルイズに付き従っていたコルベールが声をかける。
その先を言われるまでもなく、コルベールが何を言いたいか理解したルイズは続けようとするコルベールを制し、悲壮な声で叫んだ。
「まだ、やれます!」
彼女は泣きそうな声でそう訴えた。
それは彼女にとって心からの叫びだった。
そんな様子の彼女に教師であるコルベールは優しく諭すように答える。
「ミス・ヴァリエール。もう日も遅いし、君は精神力を使い果たしているのではないですかな?」
しかし、ルイズは聞き入れようとしない――いや、彼女にとってはその真意を聞き入れられる筈がない。
「ですがっ!」
反論しようとするルイズを今度は先にコルベールが制し、続ける。
「ですが、十分な状態で召喚出来ないというのに、これ以上召喚を続けても成功するのは困難でしょう」
――それは客観的に見た事実だった。
しかし、そんなことはルイズ自身にとっても十分過ぎるほど判りきっている。
それでも……それでもここで引くわけにはいかないのだ。
「……もう一度、もう一度だけ召喚させて下さい」
ルイズは必死に懇願する。
その悲壮さに打たれたのか、教育者としての感性がそうさせたのか、コルベールは柔らかいが芯の篭った声で答えた。
「良いでしょう、もう一度だけ召喚しなさい。ですが、それまでです」
その声を受けて、ルイズは決意を持って杖を掲げる。
「宇宙の果ての何処かにいる私の僕よ!私は心より求め、訴えるわ!我が導きに答えなさい!」
精一杯の願いと共に唱えられた呪文の結果は――
巨大な爆発だった。
それも今までの爆発を二回りは上回る大爆発だった。
猛烈な爆風と地響きがコルベールはおろか、遠く魔法学院までをも揺さぶる。
それを見ていたコルベールは心底感謝した――主にルイズの精神力が尽きかけていたことに。
もし、ルイズに精神力が十分あり、周囲に他の生徒達が居たならば、死人が出ていたかも知れない。
一方、ルイズはそんな爆風をものともせず、未だ熱と土煙の立ち込める自らの作り出した爆心点に駆け込んでいた。
全ては使い魔を探すために。
使い魔を見つけて、自身の未来を切り開くために。
あるいは召喚魔法の今までに無い変化――主に威力の点で――に希望を託したのかも知れない。
未だ立ち込める爆煙の中、ルイズは必死に召喚されたであろう使い魔を探す。
――しかし、結局彼女の使い魔は現れなかった。
煙の晴れた後、コルベールが目撃したのは――呆然と立ちすくみ、杖を落としたルイズの姿だった。
顔面は白を通り越して、既に蒼白。
爆風と破片を受けたのか、制服は所々破れ、血が滲んでいた。
全身に無数の怪我を負っていながらも、彼女は爆心地に穿たれたクレーターを見つめながら、ぼそぼそと何かを呟き続けていた。
(……これは!)
今は教育熱心な教師として知られているコルベールのあまり知られていない二つ名は“炎蛇”である。
かつて、およそ今の姿とは似ても似つかない『炎蛇のコルベール』としてハルケギニア各地の戦場を紅蓮に彩ってきた彼には、今のルイズの姿と似た光景を目にしたことがあった。
――それは、かつて村を焼いたときの光景。
ただ一人生き残った少女の姿。
その少女は、助けを求める言葉を口にすることなく、どこか遠くを見つめ続けていた――
全てを失い、完全なる絶望に打ちひしがれる姿。
その姿にとてもよく似た目前の光景が過去の幻影を呼び起こさせる。
(……いかん!)
コルベールはその押し寄せる過去の記憶を教育者としての意思で振り払う。
同時にルイズに向かって走り寄り、腕を掴んで、叫ぶ。
「ミス・ヴァリエールッッ!」
返答は無い。
しかし、何度も体を揺すり、何度も叫ぶと徐々に反応が戻ってくる。
そしてなんとか、激しく落ち込んだ程度にまで回復した段階でコルベールはルイズに告げた。
「ミス・ヴァリエール、今日はもう休みなさい。……明日の午後、もう一度召喚の儀を行なうことを許可します」
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今回はRevolution of the zero ~トリステイン革命記~(以下、「トリ革」)をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。
改訂版始めてみました。
終盤を書いていたら、最初書いた部分の誤字脱字・描写の稚拙さが目に付きすぎたので修正したついでに色々と加筆して統合する予定です。
……前半10数話までの世界名が全部古生代の某生物名になっていたなんてのは秘密。
一応今までに書いた本筋への影響は無いようにするつもりです。
今までに頂いた皆様のご意見も参考にして修正していきます。
応援して頂けたら幸いです。
10/08/07
二回目の改定を実施