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No.3967の一覧
[0] 【完結】Revolution of the zero ~トリステイン革命記~【ゼロの使い魔 二次創作】[さとー](2010/09/17 19:40)
[1] プロローグ[さとー](2010/08/07 21:44)
[2] 第1話[さとー](2010/08/07 21:51)
[3] 第2話[さとー](2010/08/07 21:44)
[4] 第3話[さとー](2010/08/07 21:44)
[5] 第4話[さとー](2010/08/07 21:45)
[6] 第5話[さとー](2010/08/07 21:47)
[7] 第6話[さとー](2010/08/07 21:55)
[8] 第7話[さとー](2010/08/07 22:03)
[9] 第8話[さとー](2010/08/07 22:09)
[10] 第9話[さとー](2010/08/07 22:12)
[11] 第10話[さとー](2010/08/07 22:15)
[12] 第11話[さとー](2010/08/07 22:19)
[13] 第12話[さとー](2010/08/07 22:36)
[14] 第13話[さとー](2010/08/07 22:36)
[15] 第14話[さとー](2010/08/07 22:41)
[16] 第15話[さとー](2010/08/07 22:55)
[17] 第16話[さとー](2010/08/07 23:03)
[18] 第17話[さとー](2010/08/07 23:11)
[19] 第18話[さとー](2010/08/07 23:23)
[20] 第19話[さとー](2010/08/07 23:31)
[21] 第20話[さとー](2010/08/07 23:36)
[22] 第21話[さとー](2010/08/08 22:57)
[23] 第22話[さとー](2010/08/08 23:07)
[24] 第23話[さとー](2010/08/08 23:13)
[25] 第24話[さとー](2010/08/08 23:18)
[26] 第25話[さとー](2010/08/08 23:23)
[27] 第26話[さとー](2010/08/08 23:37)
[28] 第27話[さとー](2010/08/20 21:53)
[29] 第28話[さとー](2010/08/08 23:50)
[30] 第29話[さとー](2010/08/08 23:58)
[31] 第30話[さとー](2010/08/09 00:11)
[32] 第31話[さとー](2010/08/11 21:32)
[33] 第32話[さとー](2010/08/09 21:14)
[34] 第33話[さとー](2010/08/20 22:03)
[35] 第34話[さとー](2010/08/09 21:26)
[36] 第35話[さとー](2010/08/09 21:46)
[37] 第36話[さとー](2010/08/09 21:44)
[38] 第37話[さとー](2010/08/09 21:53)
[39] 第38話[さとー](2010/08/20 22:13)
[40] 第39話[さとー](2010/08/20 22:20)
[41] 第40話[さとー](2010/08/20 22:29)
[42] エピローグ[さとー](2010/09/13 18:56)
[43] あとがきのようなもの[さとー](2010/08/20 23:37)
[44] 外伝っぽい何か 要塞都市【前編】[さとー](2010/12/07 20:26)
[45] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(上)】[さとー](2010/12/07 20:30)
[46] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(下)】[さとー](2010/12/07 20:39)
[47] 外伝っぽい何か 要塞都市【後編】[さとー](2010/12/10 21:12)
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[3967] 第17話
Name: さとー◆7ccb0eea ID:6b76b6f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/07 23:11

 ――――――――――――『赤い虚無の日』。


誰が名づけたとなく、そう呼ばれた騒乱から数日が過ぎ、王都トリスタニアは平穏を取り戻しつつあった。
と、言っても状勢はそれまでとは一変していた。

王都ではかつて通りを賑わした出店の数は激減し、誰の顔も暗い。
戦争による戦時特別税で家産を失った者は王都の周辺でもともとあった貧民街よりもさらに粗末なバラックの立ち並ぶスラムを形成するか、徴集で奪われた労働力を補うべく労働力を求める農村に仕事と食を求めて流出していった。
貧困と不満――貴族に対する憎悪が誰の口からもはばかることなく出され、それらの不満を抱いた平民を王都警備隊……そして、新たに治安任務も加わった銃士隊が追い散らすことによって更なる怨嗟を生み出す。

そんな中に上質ではあるが、質素なデザインのシャツ、そしてフリルの無いスカートに身を包んだ少女が居た。
つややかな髪を高めのところで結い上げ、町娘が良くしているような髪型に整えた彼女の傍らには露払いをするかのようにして、同様に目立たない服装に身を包んだアニエスが控える。



「アニエス、あなたに一つ頼みたいことがあります」

事の発端は先日の王宮でのそんなアンリエッタの一言だった。

「わたくしは平民たちの本音が聞きたいのです」

そのアンリエッタの言葉にアニエスは戸惑いながら答える。

「はっ、直ちに調査させますが……そのようなことであればお人払いをされる程のこととは思えませんが」

「ええ、わたくしは直接彼らの生活を見ながら、彼らの意見を聞きたい、と申しているのですわ」

それは彼女にとって予想外の言葉だった。
王女自らが平民の――しかも実生活を直に見たいという。
そんなアンリエッタの要望にアニエスは慎重に言葉を選びながら答えた。

「……しかし、今平民街は先の騒乱の後、治安が急速に悪化しております。姫様がわざわざお出向きになられるには危険かと」

そう彼女は答える。

『元』平民である彼女は知っている。

いまや王都であるトリスタニアに過去の繁栄と安寧は無い――いや、それ以前であっても王族が知るべきことではないような事柄が数限りなく存在した。
そして、それは同時に平民の王族に対する忠誠や敬意とは縁の無い世界でもあった――先日の一件で一般の平民すら王族(貴族は既に論外であった)への敬愛が離れている中となってはなおさらであった。
そんな彼女の言葉に対してアンリエッタは叱責の色を込めた口調で反論した。

「アニエス、その為のあなたであり、あなたの銃士隊であるのでしょう。ならば何を恐れることがありましょうか? それともあなたはわたくしを守りきれないとでも言うのですか?」

そうまで言われてはアニエスには反論の余地は無い。
アンリエッタの質問を否定することは彼女が銃士隊長としての責務を果たせないことと同義だったからである。
その言葉に彼女は絞り出すようにして答えるしかなかった。

「……はっ、お心のままに」



先日の『赤い虚無の日』事件は彼女の思考になんらかの影響を与えたものらしい。
今までに貴族の欲に取り付かれたような行動を見せ付けられてきたアンリエッタは彼女の周りにいる貴族の全てが信用出来なかった。

――それは常に彼女の傍らで政務を取り仕切るマザリーニでさえ例外ではない。
いや、むしろ彼こそが彼女の貴族不信の原因だったのかも知れない。

年頃の少女として彼女が興味を示す事柄に対してあれやこれやと理由をつけては口を出す王国宰相。
いまやその権勢は王族たる彼女をはるかにしのぎ、王国の問題については彼女よりも彼が決定することが多い。
彼女は彼の決定した事項に対してただ承認のサインをするだけ。

『トリステインの王家には美貌はあっても杖がない。杖を握るは枢機卿』

そう平民の間で流行っていた小唄を耳にして彼女はいつも思っていた。
――宰相が全てを決定しているのに、何故彼は私をこうも拘束するのでしょう?
父である先王の急死によって「王とは何か?」という教育を受けられずに育った彼女はそうしていつも悲嘆に暮れていた。
そんな彼女のマザリーニに対する不信の極めつけはトリステインの安全を守る為にマザリーニが進めたゲルマニアとの同盟だった。

国の為に自ら政略結婚の『道具』として遥かに年の離れたゲルマニア皇帝に嫁ぐ。
政治的には正しい――そんなマザリーニの推進した政治的婚姻は、彼女には全く理解出来なかったのだ。

それまで「トリステインの花」と謳われ、花よ蝶よと何不自由無く育った彼女にとって、自身にとっての拒否権の無い婚姻とは自身が唯の道具にされているとしか感じられなかったのだ。
いや、実際に彼女は『道具』でしかないのだ。
王族は普段の豪奢で特権的な生活の代償として、国家という共同体の安全の為に自らの体を犠牲としなければならない。
それこそが彼女を王族たらしめる社会的契約であり、国民の守護者としての王権神授論の根拠であった。
しかし、彼女はそうした王族という地位にあるものとしては当然とも言えるべき「高貴なる者の責務ノブレス・オブリージュ」について、殆ど理解していなかった。

そう、ほんの少しでも理解しているならば、彼女は決して他国の王族に勝手に恋文を書くことはなかっただろう。
つまりのところ、彼女は無自覚ではあるが、彼女自身が嫌っている余りにも長い平和と贅を尽くした生活に慣れきった貴族達と本質的には変わらない……いや、それ以上に自身の立場というものを理解していないのだった。

それでも、彼女はその騒乱が何故起こったのかを知ろうとした――その結果が今回の計画の発端だった。
……尤も、その動機の殆どは彼女の周囲を取り巻く宮廷貴族への反発心からであったが。





街路に面したレンガ造りの壁には大きな文字で様々なことが書かれていた。

税金の値上げに対する不満をつづったもの。
あるいはどこそこの貴族に対する悪口。
そして一番数が多かったのはやはり先日の『赤い虚無の日』以来行方不明になった人々の消息を尋ねたものだった。

大部分は見回りの貴族や衛士の手によるものだろうか、消された痕跡が残っていたが、そこに書かれた一つを読み取るのは簡単だった。
壁に書かれた文字の僅かに残った部分にはこう記されていた――『自由を!然らずんば死を!』と。

「アニエス? これは……」

「はい、姫様。最近王都の各地に記されるようになった落書きの一つでございます」

小声で周囲に間断なく警戒の視線を送りながら、アニエスは答えた。
消されてはいるが、これほど過激なものを見回りの来ないうちに記すということは唯の平民の仕業とは思えない。
……それは即ち、反貴族主義を掲げた組織が活動しているということになる。
同時にアニエスはその大規模な叛乱煽動組織の存在の証明となるべき数枚の粗末な紙を懐から取り出し、主人に向けて恭しく差し出した。
アンリエッタがそこに書かれた文字を読み出したことを確認してアニエスは続けた。

「これが最近市中に新しく出回っている新聞です――勿論、内容には多くの誤りが存在しますが」

ハルケギニアにはそれまでも新聞が存在していた。
それらは無論、日刊などではなく月に数回、数枚程度の代物であり内容も貴族向けの半ば官報に近いものから平民向けのゴシップに溢れたものも多かった。
しかし、アニエスの差し出したものは今までのものとは明らかに異なっていた。

『“真実プラウダ”』と題されたその新聞には今までの新聞には決して存在しなかったような、過激な政治的な主張が満ち溢れていた。
そんな様々な主張に混じって、ある一つの記事がアンリエッタの目を惹き付けた。
彼女の手の中にある粗末な紙にはこう書かれていた。

『……アルビオン沖での空戦で墜落した輸送船に乗っていた平民達は全て見殺しにされた。その一方で魔法を使える貴族は全員が無事友軍の艦に収容されたという。二度と帰ってこない数千人もの我ら平民の命とはなんだったのだろうか? 私達は貴族の為の道具ではない、人間である筈なのに……』

そこに書かれたことは、彼女の心に何かを思い起こさせた。
その間にもアニエスの説明は続く。

「噂話以外に大した情報源が無い平民達にとって、ここに書かれている“事実”は“真実”ということなのでしょう……それが大量に配られている、おそらくは何らかの組織が王都――いや、トリステイン全体で活動しているということだと考えられます」

そんなアニエスの説明を聞きながら、アンリエッタは、かすかな声でぽつりと呟いた。

「……いいえ、おそらくはここに書かれていることが“真実”ですのよ」

そう呟いた彼女の内心には、この粗末な紙にびっしりと写された文字の一文が脳裏から離れなかった。

『私達は貴族の為の道具ではない、人間である筈なのに……』

その言葉は政略結婚の『道具』とされた彼女にとって、まさに自分自身にぴったりと当てはまる言葉に思えた。





「そろそろお昼ですわね」

遠まわしに空腹を訴えた彼女に対して、アニエスは「では城に戻りましょう」と答えた。
しかし、当然の如くそう答えた彼女にとって、自身の主君である少女の返答はあまりにも驚くべきことだった。

「あら、せっかく城下に来たのですから平民たちと同じところで食べれば宜しいではありませんか」

そう言って彼女は譲らない。
彼女としては『民情視察』という名目はつけたものの、生まれて初めて自由に行動する王都というのは余りにも魅力的過ぎたのだった――たとえそれが大規模な騒乱の直後であったとしても。

そんな彼女に対してアニエスは困惑した。
既に王都では平民向けの食料ですら不足している。
……その状況下で王族の口に合うようなシロモノが存在しているはずも無い。
現に平民向けの店ですら開店している店はほとんど無いのだ。

「……しかし、姫様のお口に合うパンがありますかどうか」

さりげなくアニエスはおそらく彼女の主君が考えているであろう食事について掣肘する。
そう、もはや王都では王族や貴族が主食とする白パンなど手に入らないということを彼女は知っていたのだ。
せいぜいが黒パン、運が悪ければ塩で味付けしただけの小麦の粥といったところであろう。

しかし、そんな彼女の言葉に返ってきたのは彼女の常識を超えた返答だった。

「あら、パンがないのならケーキでも構いませんよ」

そう彼女の主君は何の疑問もなく答えた。
そんな答えに彼女はしばらくの間呆然と主君の顔を眺めていた。

「アニエス、どうしたのです? さぁ案内してくださいな」

そんな彼女の顔を見て、「わからない」とばかりに彼女の主君は更なる追い討ちをかける。
衝撃から立ち直った彼女が逡巡する間もアンリエッタの要望は続く。
その圧力に折れた彼女は、開店している食堂を探しながら王都を彷徨うこととなった。


「……はっ、ではここでお待ち下さい。物見してまいります」

そう言ってアニエスはようやく見つけ出した営業中の店――『魅惑の妖精』亭と掲げられた食堂兼酒場の内部を確認するために店内へと姿を消す。
本来ならば、護衛対象から目を離すべきではないのだが、今の彼女にはそれを成すべき人員が居ない。
いや、護衛は居た。
しかし、彼女達は「隠密に」というアンリエッタの一言で解散させられていたのだった。
そんな状況下で、仕方なくアニエスは先行して内部を確認し、改めてアンリエッタを招き入れようとして――

「どうやら大丈夫なようです……姫様?」

いつもの生真面目な表情に何処かほっとしたような色を付け加えたアニエスが店の戸口から顔を出した時、彼女の表情は凍りついた。
そこには本来居るべき筈の人物が居ない。
いや、決して見失ってはならない筈の人物が居ない。

そう、ものの10秒程の間にアンリエッタの姿は忽然と掻き消えていたのだった。





「――あら、ここは?」

そう言ってアンリエッタは周囲を見回した。
アニエスが店内を窺っているほんの一瞬の間に、一人きりになった彼女は何時の間にか見知らぬ――といっても平民街そのものがほとんど生まれて初めてなのだが――場所に居た。
きっかけは路地に見えた子供の姿。
今まで街中でほとんど見なかったその姿を物珍しく追ううちに彼女は見知らぬ場所に居たのだった。
さらに、大通りから外れた路地に往路を気にせず進み続けた結果、周囲から人の影も消えつつある。
しかし、彼女はそんな事は気に留めない――勘を頼りにさらに路地を進み続けた。

彼女は今まで自分が失敗というものをしたことが無い、と信じていた。
少なくとも周囲からたしなめられることはあっても――それが王族故の間接的な叱責であるとは知らなかった。
だからこそ、彼女は自分を信じていけば必ず物事がうまくいく、と信じていたのだ。
……周囲の人間が彼女の希望を実現するために準備を整え、頼まれた人間も王族相手という立場ゆえに応じざるを得ないということを知らずに。
同様に、彼女はその身分から自身が道に迷ったという経験をしたことが無い。
それは何時も御付の者が彼女の案内をし、交通手段を整え、あるいは常に探しに来るものであった為だった。
――しかし、今はそれが無い。

「あら?」

そのことに彼女が気付いたのは狭く暗い路地裏で行き止まりに突き当たった時だった。

「……またですわね」

直にそれまで来た道を戻った筈なのに、また行き止まりに突き当たる。
それまでの興奮が一転して不安に転化する。
そして、不安はさらに未知への恐怖へとして彼女を襲った。

「ああ、もう帰れないのかしら……」

――怖い。
生まれて初めての経験に彼女は怯えた。
平民に偽装するために杖を持たなかった結果、彼女の無力感は大きくなる。
微かな物音に怯え、日光の入ってこない路地裏は不気味さを増していく。
何時の間にかその目には僅かに光るものまで浮かび始めていた。
そんな状況の彼女に救いの手をさし伸ばしたのは――

「……どしたの?」

彼女の真後ろの扉を開けて現れた、背中に剣を背負った黒髪の少年だった。





「わたくし、こんなに楽しい経験をしたのは初めてですわ!」

そう言ってアンリエッタは笑った。
道に迷った末、たまたま出会った才人に持ち前の――といっても本人の自覚は無いが――強引さで街を案内させていたのだった。

「そう? そういって貰えると嬉しいな。俺もこの街に来てそんなに経ってないからあんまり紹介できないけど」

少し照れながら笑う才人。
そんな“担い手”に応じたのか、彼の背中に背負われた剣からも声がする。

「俺様も相棒と出会ってもう2,3ヶ月ってとこか」

――早いもんだ、と笑うデルフリンガー。

そのデルフリンガーの笑いに才人も「そうだなぁ、この街に来てもうそんなに経ったのか」と思い出すようにして呟いた。
しかし、その声にはどこか暗いものも混じっていた。
その瞬間、才人の脳裏にはつい数か月前まで暮らしていた東京の自宅の姿が思い出されたのだった。

「あら、サイトさんはどこからいらしたのですか?」

そんな才人の様子の変化に気付かないままアンリエッタは無邪気な声で尋ねた。
その問いに対して才人はすっと空を見上げ、答える。
昼間でも消えることなく空にうっすらと浮かぶ二つの月を眺めながら呟かれた声は心なしか寂しさが混じっているようにも思われた。

「遠いところ……ずっと、遠い遠い場所なんだ」

そう才人は口にした。
「――もう二度と帰れない」という言葉を内心に飲み込んで。
たとえ『月が一つしかない別の世界』と言ってもきっと誰も理解してくれないだろう。
それ故に何処か誤魔化したようで気が引けた。
しかし、そんな曖昧な答えに対するアンリエッタの返事は違った。

「――サイトさんはまるで別世界から来た人の様ですのね」

そう彼女はどこか憧れるような笑顔を浮かべていた。
そして、そんな彼女の答えに驚いた才人が何か反応を返す前に彼女は続ける。

「サイトさんたちが羨ましいですわ。ああ、わたくしもどこまでも自由に旅をしてみたい――鳥籠に閉じ込められた鳥のようにあんな狭い場所に閉じ込められているのはもうたくさん! わたくしもサイトさんの様にどこまでも自由に羽ばたいてみたい! そうすれば――そうできればきっと素敵で楽しいことでしょうね」

毒気の無い心からの素直な憧れの宿った声。
そんなアンリエッタの声に才人はどう答えれば良いのか判らなかった。
しかし、そんな彼女の言葉に才人は答えずに済んだ――才人が彼女に答える前に、命令調の大きな声と馬蹄の響きが通りを圧したのだ。

「どけ、どけいっ!」

下級貴族が馬に乗って通りを駆けていく。
そしてそれは上級貴族の露払いに他ならない。

「相棒! 避けろ」

才人が背中に背負ったデルフリンガーの声が聞こえた。
次の瞬間、才人の体が覆いかぶさるようにしてアンリエッタの体を押し倒す。

「きゃっ――!?」

その直後、市街地内部にも関わらず、擦過音と共にものすごい速さで高級馬車が二人の傍を駆け抜けていく。
狭い路地にも気にするような風もなくそうして通過する馬車は時に、いや貴族の多いトリスタニアでは頻繁に事故を起していたのだった。
物損ならまだいい。
当然、人身事故もあるが――そこにある被害者と加害者の関係は一定であり、加害者が罰せられることはほとんどない。
結局は被害者――すなわち平民が一方的に被害を受け、泣き寝入りするしかない。
それを避けるためには、先程の才人の様にとっさに飛びのくしかないのが実情だった。

「大丈夫?……あ!ゴ、ゴメン。怪我してない?」

才人は突然押し倒されたことに驚く彼女に謝りつつ、ある方向を指し示す様に睨んだ。
高級馬車ではあるが、無紋であるそれは何処かの有力貴族がお忍びで外出する際に良く使われるタイプのものだった。
アンリエッタはその馬の馬具に付けられた文様に覚えがあった。
その馬具にはトリステインの司法を担当する高等法院の紋が刻まれていた。

……しかし、才人の手を借りて立ち上がったばかりの彼女にとってはそれどころではなかった。

何しろ、生まれて初めて男性に押し倒されたのだ――しかも公道で。
彼女が息を吸うたびに才人の体臭が彼女の鼻腔をくすぐる。
同時に才人の体温もまた触れ合った部分から伝わってくるのである。
彼女の心拍数は急上昇し、彼女自身も顔が赤くなっているのを自覚していた。

――それが恥ずかしさからなのか、それとも興奮からなのかは彼女にしかわからないが。





王都郊外の有力貴族の館から帰る馬車の中では二人の貴族が揺られていた。

「アルビオンとの休戦を模索せねばならん。このままでは遠からずレコン・キスタが敗北してしまう。そうなれば、連中と私のつながりを示すものが明らかになりかねん」

――それは困る、とリッシュモンは吐き捨てるようにして言った。
その発言の背景には、サウスゴーダ近隣でアルビオン侵攻軍がアルビオン南部諸侯軍を撃破したことを受けてのものだった。
方陣を組んだアルビオン軍をようやく配置についた砲兵と数に勝るメイジの火力で押し切った結果の勝利。
その結果として、レコン・キスタは総兵力の約2割を失っていた。

「しかし、どうされるおつもりですかな?」

そんなリッシュモンに対して向かい合わせに座った男が尋ねる。
開戦前ならともかく、勝利を重ねている現状でいまさら休戦というわけにはいかないのは明らかであった。
戦場で勝利している相手に無条件の単なる休戦で満足するものは居ない。
ならば、休戦するに値する理由が必要だった。

「軍の集積所を一つ二つ焼き払うのだ――平民の仕業に見せかけてな」

皮肉げな笑みを浮かべながら陰謀を口にするリッシュモンはおもむろに懐から琥珀製のパイプを取り出した。
琥珀製のそれはたった一本で下級貴族の年収に匹敵するシロモノだった。

「ほう?」

それを聞いた男はおもむろに肩眉を上げる仕草で返す。
そんな男に対してリッシュモンは続ける。

「卿も知っているだろう、先の王都での騒乱を。あれ以来、平民どもがまるで天下を取ったような傍若無人な振る舞いを続けている――奴らにその襲撃の責任を負わせてしまえば良い」

そう言いながら、リッシュモンは杖を取り出して咥えたパイプに魔法で火をつけた。
それに対し、男はその提案を聞いて名案だ、とばかりに膝を打つ。

「アルビオンから我が軍が現状のまま撤退し、付け上がった平民どもに我々貴族の“力”を見せ付ける、まさに一石二鳥と言ったところですかな?」

そして、男の得心したような表情を見てリッシュモンは鼻から盛大に煙を噴き出しながら笑い、答えた。

「使える物は何でも使ってしまえばよい……特にそれが大した価値も無い物ならなおさらだ」








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回もトリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。

またサボってましたorz
ごめんなさい。

09/04/25追記。
※ルイズとワルドの扱いについて。
 本編では書いてませんでしたが、ルイズとワルドはMIA(任務中行方不明)という扱いになっている、という設定になっています。ぶっちゃけ書き忘れです。ごめんなさい。その点を含めて15・18話をほんの少し加筆訂正しました。

※ルイズと実家の関係について。
 対アルビオン侵攻戦争の前には一応、知らせているということになってます。…まぁ書いてませんが。それが公爵家のアルビオン派兵拒否に繋がっているという裏設定があったりなかったり。


10/08/07
二回目の改定を実施



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