――――――――――――草むらに伏せながら、才人は前方の状況を伺っていた。
彼が背中に背負うのは既におなじみとなった大振りな片刃剣、デルフリンガー。
そしてもう一つ、ハルケギニア製の銃が背負われていた。
『銃』。
それはこのハルケギニアでは500年ほど前に原型が作られた、比較的新しい武器である。
片側を塞いだ鉄の筒の中に粉末状にした木炭・硝石・硫黄を混合して作られた火薬と鉛の弾丸を挿入し、火薬の爆発力で鉛の弾丸を打ち出すというものであった。
一般に、多少の銃創は治癒魔法を使えるメイジにとっては直に治療可能なものであり、大きな脅威にならないと言われていた。
しかし、メイジもまた人間である。
頭部はもとより、胸部などの急所に被弾した場合、即死することには間違いない。
同時に銃の利点はその弾丸の速度が上げられる。
火薬の燃焼エネルギーを受け取って打ち出された弾丸はそれまでの弓やクロスボウと言った道具で射出される矢よりも遥かに小型で高速だったのだ。
目で目視することが可能であり速度も遅い矢での襲撃は、たとえ奇襲であっても魔法を使うメイジをしとめることが困難であったが、音速にほぼ等しい初速を持つ銃弾は(飛んでくる銃弾自体が目視不能であり、矢を上回る運動エネルギーによって)その有効射程内ならば、(急所に命中した場合)ほぼ確実に相手をしとめることが出来るのである。
さらにその射程はそれまで対メイジの有効武器足りえなかった弓には若干劣ることもなく、魔法の単体射程に匹敵する50メイル以上を誇る――それは一部のスクウェア級を除けば、メイジの大多数を占めるドットやラインの射程外、少なくとも同程度の距離から攻撃するには十分すぎるものでもあった。
それまで平民の磨いた牙と呼ばれた剣や槍に比べて遥かに長距離から、より簡単にそれまでの戦場の支配者であったメイジを排除できる武器――
それが、この世界における魔法使いに対する『銃』の意義であった。
ハルケギニアの戦場において、そのような位置を確保した銃であったが、才人が背負っている銃はさらに特別だった。
――施条銃。
未だ前装式ではあるが、銃身内部に線条を施した新型銃であった。
この銃が完成するきっかけはコルベールとの出会いだった。
彼はゼロ戦に搭載された機関砲を目にしてその精密な構造と性能に興奮し、その研究に没頭した。
その中で一番初めに注目した点は後装式による速射性であったが、その次に気付いたのは銃身内部に刻まれた線条だった。
その研究は弾丸が空中で飛行する状況の実験からいかに固い鉄の筒に線条を刻むか、といった問題まで多岐に渡る。
そして、その試行錯誤の結果が今才人の手の中にあった。
「サイトさん、どうしますか?」
そう小声で尋ねるシエスタを手で制しながら、才人は再び視線を前方に向ける。
才人が草むらに伏せている前方100メイルほどを一人の少年が逃げていた。
全身泥だらけになりながら、何故か必死に逃げようとしている。
――その背にはボロボロになりながらも、貴族であることを証明するマントがなびいていた。
「我が軍が敗北したですと!」
「それで我が軍はどうなったのです?」
「それよりも平民どもがラ・ロシェーシェル近郊の集積所を襲ったという話は誠なのか!?」
「新しく発表されたレコン・キスタの中央評議会議員の名にヴァリエールの名があるが一体どういうことですかな?」
「我がトリステイン貴族がレコン・キスタ中央評議会議員に名を連ねているだと!」
「それも『サウスゴーダ会戦の英雄』とはどういうことだ!?」
――トリステイン王宮の謁見の間は大混乱のさなかにあった。
最初に入った一報は、アルビオン首都ロンディニウム近郊に迫ったトリステイン軍が敗北したとの報告だった。
ある意味、単なる敗報であればここまで混乱は起きなかったかもしれない。
トリステイン側としては王女の勅命によってレコン・キスタ打倒を目指すことになったものの、元々は敵の侵攻する前に機先を制する「攻勢防御」ということが目的だったからだ――ある意味、敗報は誰しもが内心で薄々予想していたのだった。
しかし「最悪の出来事は悪い時にやってくる」の言葉通り、その知らせはトリステインの諸侯達が悲嘆に暮れている時にやってきた。
“ロンディニウムの救世主”
“サウスゴーダ会戦を勝利に導いた英雄”
そんな言葉と共に一躍浮かび上がったのは事もあろうにトリステイン最大の諸侯、ヴァリエール公爵家の令嬢だったのだ。
『ロンディニウムの守護者にして革命の守り手、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢、レコン・キスタ中央評議会議員に就任!』
アルビオン全土に勝利の知らせと共に広がったこの知らせはアルビオンだけでなく、トリステインの中央政界に激震を与えていた。
「ともかく、ご息女の動向についてご説明頂けますかな?」
そう尋ねたある貴族の問いにヴァリエール公爵は答えない。
……いや、答えられない。
彼は内々にアンリエッタ王女から娘とその婚約者の消息について聞いていた。
『ルイズは――ルイズ・フランソワーズとその婚約者は私が内々に命じた任務の途中で消息を絶ったのですわ』
彼が密かに呼び出された王宮で、アンリエッタは今にも泣きそうな表情でそう告げた。
その言葉を告げられた時の彼の驚きと悲しみは天を割かんとするばかりであった。
子煩悩で知られる彼にとって、その王女の口から出た知らせはまるで転地が逆転したかのような衝撃だった。
それでも……それでも王女の直接依頼した密命、すなわち王家の為ならば、と彼は涙を呑んで耐えた。
その娘と婚約者がこともあろうに敵の中枢にいるというのだ。
当然、彼も混乱の中――いや、この広間に集まった人物の中で最も混乱していた。
(あの子はどうしてしまったのだろう――)
周囲の諸侯から責められる彼の心の大部分は、彼の娘が魔法学院を中退してからずっとその想いで一杯だった。
しかし、政治家としての彼の理性はこのことを周囲に語る訳にはいかないと感じていた。
公爵は、(王女に聞かされて)彼の娘とその婚約者が何故アルビオンに向かったのかは知っている。
……逆に言えば、それ以外については何一つ判らないのだ。
しかし、それを公表することは自家の者に任務を託した王家の――アンリエッタの信頼を裏切ることとなる。
それも、失敗した任務のことである。
アルビオンの王族に愛を誓った手紙を出しただけでなく、さらにそれを回収することにも失敗したという事実が明らかになれば王家の信頼はさらに低下することになる。
この非常時に王権の失墜、それだけは避けたい。
『――トリステインでヴァリエールに逆らってはいけない』
彼の一族がそれほどの権勢を誇っていたのは王家の系譜であることもあったが、第一にその王家に対する忠誠の高さがその根源であった。
時に失政を行なった王家を支え、王権に対する信頼を守ってきたからこそ、彼の一族は王家から無比の信頼を寄せられてきたのだ――それこそがトリステインにおけるヴァリエールという存在。
それがトリステイン王家に連なる者としての彼の意思だった。
――故に、彼は王家の泥を被ることにした。
「公爵殿ッ!お答え頂きたい!」
ヴァリエール公爵の沈黙は続く。
しかし、そんな彼に対して周囲から詰め寄る声が響く。
声の主――ヴァリエール家の系統ではない彼らにしてはまたとない政敵を追い落とすチャンスなのだ。
「――まさか、公爵殿はレコン・キスタに内通でもしておられるのか?」
何処からかそんな声が聞こえた。
それも強烈な威力を持った直球だった。
「いや、そのようなことは……」
さすがにヴァリエール公爵は否定する。
しかし、その答えを聞いた後もざわざわとその“疑惑”についての言葉が乱れ飛ぶ。
「公爵殿がアルビオンに出兵されなかったのはそれが理由ではないか?」
「それならば婚約者と共に姿を消したのも納得できる」
「――やはり公爵殿は…」
周囲の眼差しがそれまでの遠慮から疑いの目に変わり、そして確信へと変わっていく。
そんな空気の中、声を挙げたのはリッシュモンであった。
「公爵殿には暫く王都の屋敷で謹慎して頂くしかありますまい――」
彼としてはほぼ同時刻に“発生”した「平民による王軍への襲撃」という事件の方がより深刻な状況であると主張したかったのだが、この状況ではそうも行かない。
彼はヴァリエール公爵への言葉を口にしながら、内心ほぞを噛んだ。
しかし、そこにはトリステイン最大の諸侯であり、王家にも近いヴァリエール一門を失脚させることが出来るという予想外の自体に対する喜びもあった。
「トリステインの高等法院を預かるものとしては、とりあえずヴァリエール公爵殿には真相が明らかになるまで王都で謹慎でもして頂くのが最良であると思いますが、いかがかな?」
場内がざわめく。
それはまるで裁きを待つ罪人扱いではないか――そんな声も上がるが、ごく一部に留まる。
古来より由緒ある名家の貴族が罪に問われた時は必ず王都の屋敷に留め置かれるのが慣わしとなっていた。
自領に帰る事を許さないのは叛乱を防ぐため。
しかし、貴族にとって見ればそれは平民を衛士詰め所の土牢に閉じ込めているのと代わりが無い。
罪人には罰を――それも身分に見合ったものを。
貴族に対しての自宅謹慎とはそういうものだった。
そんなリッシュモンの判断に対して、当事者であるヴァリエール公爵は一瞬瞑目すると、
「……判り申した」
そう言って彼は退出していく。
彼の周囲には数人の他の諸侯に連なる貴族がまるで逃亡を防ぐかのように公爵を囲みながら退出していった。
マザリーニはそんなヴァリエール公爵の後姿を眺めながら、かすかに息を吐いた。
彼は感謝していた――自家の名誉を犠牲にしてまで、王家の尊厳を守ったヴァリエール公爵家の忠誠に。
ヴァリエール家の三女とその婚約者であるグリフォン隊隊長に与えられた任務の事は彼も王女から聞いていた。
しかし、彼がそれを知らされたのはニューカッスル陥落後、手紙の件が公になる直前のことであった。
――もっと早くに言ってくれれば、他に執る手もあっただろうに。
マザリーニはそう思ったものだ。
その尻拭いは王国宰相の扱いを受けている彼がこなさなければならない。
そして、その尻拭いはついに彼の手を越え、ヴァリエール公爵にまで達したのだった。
当然、マザリーニはヴァリエール公爵に対する処遇をいくらかマシなものにすることも出来た。
しかし、そこで彼が口を出せば、公爵の守ろうとしたものを無下にすることとなる。
だから、彼は口を出さなかったのだ。
もちろん、彼にもヴァリエールの末娘やその婚約者が何故レコン・キスタの中央評議会議員に名を連ねているのかはわからない。
判らないのだが……王家は彼の忠誠に報いなければならない筈だった。
そうして彼は玉座に腰掛ける王女へと目線を向けた。
王女は何故か先日から呆けた様にため息を吐いていることが多い。
以前もため息は多かったが、今のため息とは質が違うようにマザリーニには思えた。
現に今も窓の外を――何処か遠くを見つめるように眺めている。
今まさに目の前で示されたヴァリエール公爵による身を切るような王家への忠誠の表明にもまるで興味が無い、と言うかの様に。
そして彼女はほうっ、というため息を吐いた。
……マザリーニには、その時の彼女の顔が少し赤らんでいるようにも見えた。
謁見の間での会合を終えたリッシュモンは門の前で待たせてある自身の馬車に向かっていた。
彼の機嫌は良い――予想外の事態ではあったが、ヴァリエールという大物を失脚させることが出来た為であった。
そんな彼にに側近の一人が駆け寄って耳打ちする。
「死体を確認したところ、一名足りません……どうやら逃げられたようです」
その報告にリッシュモンは内心舌打ちした。
顔には出さずに、密かにこう思った。
――全てが上手くいくわけではないものだ。
しかし、彼は直に気を取り直して傍らで待つ側近に淡々とした口調で指示を出した。
「竜騎兵を出せ。決して生かして返すでない」
「あぶっ――」
地面から顔を出した石に躓いてレイナールは水溜りに倒れこんだ。
しかし、彼は構うことなくその泥水を口にすると、背後を振り返って確認して、また走り出した。
そう、彼は今まさに逃走の最中だったのだ。
2日前の夜、彼はラ・ローシェル近郊に急遽設置された第16補給廠で当直に当たっていた。
彼に与えられた任務は各地の補給廠から集められてくる物資を蓄積・集計し、ラ・ローシェルへと運び出す輸送隊に引き渡すことだった。
そんな中、同じく当直にあたる同僚の――級友でもあるギムリに断って近くの茂みで小用を足していた時に異変は起こった。
彼が小用を足していると、先程唐突に乗りつけてきて、「司令と話がある」と言って天幕に入って行った筈の貴族が飛び出すようにしてきたのが木陰の隙間から見えた。
そんな行動に異変を感じたのか、貴族に一人だったギムリが話しかけようとして――彼の背中から貴族の杖が飛び出したのが見えたのだ。
「―――!」
彼はその光景に声を上げることが出来なかった。
――そして、それは彼にとって幸運だった。
血に染まり、倒れこんだギムリを無視して貴族は小さなファイアー・ボールを打ち上げた。
次の瞬間、あちこちで悲鳴や断末魔の叫びが上がり始める。
時折、降伏しようとして命乞いをするものや、逃げ出そうと背中を向ける者もあるが、貴族とその従者達は容赦をしなかった。
たちどころに血飛沫を撒き散らして絶命していくレイナールの同僚である学生士官や部下である平民兵達。
その光景を目にして、彼は理解した。
鏖殺し。
あの連中はこの場所に居た人間を生かして返す気が無いのだ。
そして、一通りの悲鳴が収まると、貴族とその従者達は死体の数を数え始めると同時に山積みになっている物資に火を放ちはじめた。
レイナールはその圧倒的なまでの暴力的な行為に呆然としながらも、犯人達の行動の意味を理解出来た。
連中は自分達が殺害した人間の数を数えている。
であるならば、彼がその中に含まれて居ないことも直にバレてしまうだろう。
そうなれば、連中は自分を消すためにあらゆる手段をとるのは明らかであった。
そして、彼は本能に従って行動した――すなわち、逃げ出したのである。
「――それで、ここまで?」
才人の声に一応の説明を終えたレイナールは頷いた。
そのまま倒れこみそうになるのをあわてて才人は支えて、携えていた水筒から水を飲ませた。
この話が本当なら――おそらく追跡者がこの少年を狙って来るだろう。
誰もがそう考えていた時、その判断を肯定するかのように声が上がった。
「サイトさん、あれを!」
そう言って空の一点を指し示したのはシエスタだった。
彼女の肩にも才人と同じくコルベールの魔法によって線条の刻まれた銃が背負われていた。
いや、彼女の背負った銃は才人や周囲の仲間たちが背負っているものとは少し違った。
――銃身が他のものより長く、照星や照門がより精密に作られた、狙撃仕様(原型は狩猟用)のものだった。
そんな彼女が指し示した先には大きな鳥のようなものが一直線に彼らの元に向かってきていた。
「あれは……鳥?」
「竜騎兵です!逃げましょう!」
竜騎兵に対抗するには同じく竜騎兵しかない。
火炎ブレスの能力を持つ火竜はもちろん、その能力のない風竜であったとしても、地上の人間からすれば十分以上の脅威となる。
そもそも、ある程度発射後の制御・誘導の出来る魔法ですら対抗困難なのだ。
当然、無誘導な弓では歯が立たない――弾幕が出来るほどの射撃ならば別かもしれないが。
それはアルビオンでわずか数騎の竜騎兵がトリステイン軍を一時大混乱に陥れたことからも明らかであった。
そんな存在が襲撃態勢で才人達のもとへ向かって急降下を開始していた。
「伏せろ!」
才人が叫びながら、隣にいたシエスタを抱えて倒れこむ。
その直後、彼らの頭のあった位置を飛竜の翼、そして鋭い足爪が通過していく。
時速200リーグ近い速度で突っ込んでくる飛竜はそれだけで十分以上の脅威だった。
「畜生!」
そう才人は毒づく。
ほんの一瞬だったが彼は見たのだ――飛竜に乗った竜騎士の顔に自身の圧倒的優位からくる愉悦の色が浮かんでいることを。
同時に彼の心は怒りと復讐心で震えた。
「相棒!」
「おうよ!」
その声と共に才人はデルフリンガーを抜き放つ。
彼の心の震えに呼応するかのようにデルフリンガーの刀身は新品のような輝きを示していた。
才人は旋回して再び向かってこようとする竜騎兵に飛びかかろうとして――
「うわっ――!」
風圧に吹き飛ばされた。
急降下してきた飛竜に切りかかるどころか、近寄ることすら出来ない。
それに高速で飛行する飛竜の翼はかすっただけでも人間にとっては致命傷――頭部をプティングのように潰すほどの威力を持つ――になりうる代物だった。
「相棒、これじゃいけねーよ」
そう言ってデルフリンガーも匙を投げる。
仮になんとか飛竜の翼をデルフリンガーで切りつけられたとしても、おそらくその硬度と慣性エネルギーによって弾き飛ばされるのがせいぜいだろう。
そもそも才人の握力があの巨体とデルフリンガーとの衝突の衝撃を支えきることが出来ないのは明らかであった。
デルフリンガーの言葉に才人は同意して鞘におさめる――鍔の部分は出したままにして。
入れ替わりに才人が手にしたのは同じく背中に背負った『銃』だった。
「相棒、いけるのか?」
そう尋ねたデルフリンガーに才人は答えた。
「――やるしかないだろ!?」
そう怒鳴り返して才人は膝射姿勢で手にした銃を構えた。
チャンスは一度――再装填にやたら時間のかかる前装式の打石式施条銃ではそれが限界だった。
「来たぞ、相棒!」
デルフリンガーが叫ぶ。
その声に応えるようにして、狙いを接近してくる竜騎兵に定めた才人は引き金を引いた。
少し甲高い銃声。
才人を狙って一直線に向かってくる竜騎兵、その飛竜を狙って放たれた一弾は見事に飛竜の胴体に命中して――その硬い鱗に弾かれた。
「嘘ッ!?」
マジかよ、と驚愕する才人に対して、襲撃態勢に入った竜騎兵があっという間にどんどんと近づいてくる。
才人の手にした銃にはもう弾丸が残っていない。
次に撃つためには再装填が必要だが、彼が手にしている前装式の銃ではあらゆる武器を使いこなすガンダールヴと言えども20秒近い時間が必要なのだ。
進退窮まった、というその時――
「サイトさん、これを!」
そう言って傍らに居たシエスタが装填済みの自分の銃を才人に投げ渡す。
その銃を受け取ったと同時に才人の左手が輝きを取り戻し、才人は熟練者でも難しそうな流れるような動きでその銃を構えなおした。
竜騎兵はもう、すぐ傍にまで迫っている。
今から逃げたところで間に合わない。
だから、才人はその一弾に賭けた。
才人は銃床を肩に押し付けるようにして構えた銃の照星と照門を一致させて竜騎兵を睨んだ。
狙うは飛竜ではなく、それを操る竜騎兵そのもの――竜の鱗は破れなくても、それを操る人間相手なら倒せる。
それが才人の狙いだった。
一見、必中だと思われた照準だったが、冷静に才人は僅かに照準を左にずらす。
これもガンダールヴの恩恵か、彼には銃弾の予測弾道がまるで見えるかのように感じたのだ。
竜騎兵が才人に衝突する――誰もがそう思った瞬間、彼は引き金を引いた。
先ほどよりもさらに甲高い一発の銃声が響く。
「うわっっ!」
その直後、才人は発射の衝撃を殺すことなく、後ろに倒れこんだ。
彼の眼前を巨大な飛竜が通過していく。
そのまま上昇する飛竜の背中からドサッ、という音と共に鞍から放り出された竜騎兵が地面にたたき付けられ、乗り手を失った飛竜は悲しげな声と共に何処かに向かって飛びさっていくのが見えた。
その光景に何処かほっとした様子で才人は息を吐いた。
その直後――
「すごいです!サイトさん」
そう言ってシエスタが才人に抱きつくようにして称えた。
周囲の仲間達も彼女と同じように生き残った喜びと才人の見せた偉業を称える。
そんな中、才人は一人別のことを考えていた――シエスタの胸に押しつぶされそうになりながら。
「貴族が王軍の集積所を襲ったってのは本当なの?」
「本当なんだ、信じてくれ」
ジェシカの問いに憔悴したレイナールは答えた。
彼は既に自身が狙われていることを理解していた。
予定を一時中断した才人達とともに、ようやくトリスタニアまでたどり着いた彼は見てしまった。
宮廷貴族である彼や彼の親族の家は既に衛士隊によって封鎖され、門前には魔法衛士隊から派遣された魔法衛士が警戒にあたっている。
――何時の間にやら、リッシュモンの手によってレイナールは襲撃犯の手引きをした者としてお尋ね者とされていたのだ。
実際の犯行がどうであったにせよ、リッシュモンはその政治力と司法の長という地位を利用して、平民組織の弾圧とトリステイン軍の戦力吸収を進めようとしていたのだった。
「おそらくこれを理由にわたしたちへの弾圧を正当化するつもりなのね、きっと」
悲しげなポージングと共に発せられたスカロンの声を聞いて、会議の場では「否定する声明を出すべきだ」という意見が噴出する。
幾ら、ここ最近で急成長したコミン・テルンとは言え、ここで貴族に本腰を挙げられてはたまらない。
大勢が「襲撃否定」に傾きつつあった時、声が上がった。
「いいえ、その必要はありません」
そう言い切ったのはシエスタだった。
当然、それまで襲撃を否定する声明を出すことに賛成していた者からの反論が出る。
「しかし声明を出さなければ、むざむざと貴族達の思惑に乗るようなものじゃないか」
「ええ、だから連中の思惑に乗ってやるんです」
その反論に対してシエスタはあっさりと「貴族の思惑に乗る」と宣言した。
「なるほどね」
真っ先にシエスタの言っている事の意味を理解したマチルダがつぶやく。
「連中はこれ以上、トリステイン軍に勝利されては困る、ということさね」
マチルダのその答えにシエスタは満足そうな笑顔を浮かべる。
「そういうことです。恐らく襲撃したのは、同じ貴族でも『レコン・キスタ』の連中でしょう。だから、相手の思惑に乗るんです――私達がこれほどにまで活動出来ているのは戦争のおかげですから」
そう言って、シエスタは襲撃犯の貴族がレコン・キスタであるという理由を挙げていく。
一つ、戦争中にも関わらず、自国軍の集積所を焼き払ったこと。
――戦争中に大量に必要とされるものをわざわざ焼き払ったということは、トリステイン側に敵対するものの仕業であるという証拠である。
二つ、平民を叩くための正当性として、「貴族」を殺害していること。
――襲撃された集積所に居た人間は皆殺しになり、、被害者の中にはいくら下級とは言え、当然将校たる貴族も含まれている。
つまり、血統集団を大事にする――それが他人の血統であっても(良くも悪くも血統主義とはそういうものである)――トリステイン貴族の恨みを買っても問題の無い立場の人間の犯行、ということである、ということ。
「それに、『平民が軍の集積所を襲った』というのも悪くないじゃない?」
どうやら同様に理解したらしいジェシカもまた生真面目な表情で言った。
そこにはいつもの『魅惑の妖精』亭での笑顔は無く、コミン・テルンでトリステイン中の情報を取りまとめる少女の姿があった。
「今の私達には軍の集積所を襲う、なんて力はないんだから」
そう言っていたずらっぽい笑顔で彼女は笑った。
確かに、現在のコミン・テルンの行なっている活動は今回のようにせいぜいが協力者によって荷抜きされた物資を貧困に苦しむ人々に振舞うことで構成員や協力者を増やすといったレベルでしかなかった。
当然、正規軍やメイジの集団である魔法衛士隊を相手にすることなど出来るはずもない。
しかし、コミン・テルンで中心的に情報を扱う彼女としては、この事件を逆に組織拡大の為の宣伝として使うつもりだった――それは敵に対する威嚇であると同時に、自分達が明確に貴族を相手として戦っていることを貴族に対して不満を持つ人々に対するアピールにもなるからだ。
上手くすれば、今まで貴族の力に怯えていた人々を組織に参加させることが出来るかもしれない。
そんなジェシカの考えに「どうせ何を言ったところで貴族はこれを理由に私達を狙ってくるでしょうからね」とシエスタは同意した。
一転して会議の場が明るくなる。
そんな中、誰かがぽつりと呟いた。
「でも、戦争の終結は私達平民達の願いでもある」
「……そして再び貴族による支配の下にでも戻る気かい?」
そんな呟きにマチルダが皮肉げに噛み付いた。
そこには自身の目的を否定された怒りがあった。
「貴族による支配の打破」――それこそがここに集う全員の願いであり、目的であったのだから。
一変した空気の中でシエスタが問題を前進させようと言葉を紡いだ。
「……私たちの目的は、『貴族制を倒して』私たち自身の権利を勝ち取ることです。その為に必要なものがあります」
その声にさらに噛み付こうとしていたマチルダは口を噤み、周囲の人間もシエスタに注目する。
「それは、時間です。私たちコミン・テルンが活動し、この国を革めることが出来るまでの時間、それを稼ぐ為の方法が必要なんです」
戦争状態を続けさせて、貴族制を倒すまでの時間を稼ぐ方法。
確かにこの戦争によって軍事的に空白地帯となったトリステインで組織は急速に拡大したし、銃や弾薬といった普段なら手に入りづらい物資も横流しによって大量に手に入った。
この調子なら確かに『貴族制』を倒せるかもしれない。
しかし、そんな都合のいい方法があるのだろうか?
……一同の間に沈黙が広がる、そんな時。
「――船だ」
唐突にそれまで沈黙を続けていた才人が言った。
その声に全員が一斉に振り向いた。
「アルビオンってのは海の向こうにあるんだろ?なら船が無ければ帰ってこれなくなるんじゃないか?」
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今回もトリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。
ついにこの作品でも異世界技術の導入をしてしまいました><
…私がこの作品を書くにあたっての個人的テーマとしての一つに良くありがちな技術革新ではなく、「異世界に『現代の思想(っぽいもの)』を導入したらどうなるか?」ということがありました。
と、いうわけでこれまで余りゼロ戦だのの活躍はしてきませんでした。
……そして多分これからも活躍はありません。期待していた方、ごめんなさい。
あと2~3個の科学チート…にならないくらいのものが出るくらいかと思いますので、宜しくお願いします。
10/08/07
二回目の改定を実施