――――――――――――ガリア、ヴェルサルテイル。
人口1500万の大国の首府としてシレ川の両岸に広がるようにして広がる首都リュティス。
その郊外に作られた人工的な政治都市としてヴェルサルテイルは存在した。
1000アルパンを越える広大な敷地に造成された人工の森に囲まれたこの地におかれたのはたった一つ、ガリア王宮のみであった。
俗にヴェルサルテイル宮殿と呼ばれるこの王宮は大きく言って二つの施設群に分けられる。
一つは王の住まいである『グラン・トロワ』。
もう一つが王位継承第一位の住居として使用されている『プチ・トロワ』だった。
今、その『グラン・トロワ』の主人であるガリア王ジョセフは『プチ・トロワ』の主である実の娘、イザベラからの報告書に目を通していた。
その報告書によると、彼女が任務を与えた『北花壇騎士7号』は標的に襲撃をかけたものの、目的を果たすことに失敗し、その後再度任務に向かう動きを全く示さないという。
ジョセフがトリステインで叛乱を煽動している『黒髪の男』を狙わせた理由は二つ。
一つはアルビオンでのミョズニトニルンの工作が失敗したことを修正する為の時間稼ぎ。
シェフィールドが工作に失敗したことを受けて、彼の「手駒」が動員されることが決まったが、さすがに両用艦隊主力を動かすとなると一朝一夕ではどうしようもない。
その計画の遅延を補う為にかれはこの任務を下した。
そして、もう一つはオルレアン家唯一の血筋である『北花壇騎士7号』へ与える任務としての存在。
これまでの吸血鬼や竜退治と同様にあわよくば直系以外の王位継承者である彼女を処理してしまおうというのだ。
しかし、その困難さはこれまでよりも高い。
いくら平民相手とはいえ――ジョセフにはそんな驕った意識は無かったが――組織の中で護衛に囲まれた標的をしとめるということは単独行動を取る吸血鬼などに比べてもはるかに危険が大きいのだ。
さらに穿った見方をするとすれば、ジョセフとしては王の系譜の者が、平民に返り討ちに遭うということを望んでいたのかもしれない。
実のところ、彼女に与えることの出来る任務は他にも多数あったのだから。
そんな事情はともかく、彼の命じた任務をあのシャルルの娘は拒絶したらしい。
――それも一度襲撃後に拒絶を示したことから、ただの怯えを理由としたものでもない。
しかし、目の前のジョセフはそんな事情を特に気にする様子も無い。
いや、むしろ喜びに近い感情があったと言えるだろう。
今回の任務の失敗によって、公式にオルレアン家を潰す口実が出来た、ということにするのだ――王命の拒絶は王に仕える貴族として処断するのに最高の理由となる。
無論、未だガリア国内に潜んだオルレアン公派は猛烈に反発するだろう。
最悪の場合、ガリア国内での内戦にまで発展する可能性すらある。
いや、それこそがジョセフの狙いだった。
そう、彼はアルビオンとトリステイン――いや、このハルケギニアの全てが同時に倒れることを望んでいたのだ。
自らの主人の歪んだ笑みを眺めつつ、シェフィールドは何処か遠くから眺めるような気持ちで思った。
(……狂っている)
彼の計画を知っている――いや、その実行担当官である彼女から見てさえ、目の前の王は狂っていると思った。
狂王の目に宿る光は鋭い光を宿している。
しかし、その鋭い眼光が睨みつけるのはいつも目の前で謙る貴族達ではなく、このハルケギニアそのものへと向けられていた。
それはアルビオンの森の中で彼女と戦った「担い手」の少女と似ているようで、何処か違っていた。
彼女の主人であるジョセフとあの少女の違い――
両者は共に魔法至上主義であるハルケギニアでは無能と呼ばれ、蔑まれてきた。
片や人身位階を極めたハルケギニア最強国の王。
片や魔法学院を追放され、貴族階級による叛乱に身を投じた少女。
両者の違いは自身の「力」に気付いた時点の違いではなかろうか。
そうシェフィールドは考える。
ジョセフが自身の『虚無』に気付いたのは、初めて土のルビーに指を通した戴冠式のことであった。
それまで無能、と蔑まれてきた彼は王となったその時に初めて、自分がそれまで魔法至上主義者達が望んでも得られなかった伝説の力を得ていることを知った。
それに対して、あの少女――ルイズは『虚無』を認識する前に自分の「力」を知った。
ルイズも彼女の主人同様、無能と蔑まれていた。
彼女の不幸は、ジョセフが曲がりなりにもガリア王太子としての扱いを受けたのに対して、彼女は公爵家令嬢といえども単なる三女であったという点であったのではないだろうか。
公爵家令嬢ともなれば、一般の平民からはどれだけ望んでも届かない存在であるが、貴族階級からしてみれば政略結婚の商品としてもどちらかと言えば場末な存在であったとも言える――とシェフィールドは思った。
普通ならば娘、という時点で公爵家の継承権は存在しなくなる。
ヴァリエール公爵家には娘しかいない、という点を割り引いても、彼女の上には二人の姉がおり、彼女の継承権は遠いもの(次女のカトレアは自家を興したため、継承権は消失しているが)として見られていた。
王太子を表立って嘲笑する輩は居ない。
しかし、公爵家とはいえ、単なる貴族の令嬢ならばどうだろうか。
――片や王家直系の王太子、しかも長兄。
――片や継承権の無い公爵家三女。
彼女の主人は魔法が使えなくても、その血筋だけで――いや、血筋のみによって存在を認められた。
それに対してあの少女には何もなかった。
少なくとも彼女の主人ほどの血筋を持たなかった。
その違いこそが両者の求めるものの違いだったのではないだろうか。
「……ミューズ」
傍らの王が彼女を呼ぶ声がするが、彼女は気付かないまま、思索を続ける。
なるほど、始祖ブリミルとやらが魔法を持ち込んだのはその当時としては正しかったのかもしれない。
魔法の力は人々を富ませ、同時に襲い来る外敵から身を守る術を与えた。
しかし、その男の死んだ後の6000年の間に世界は歪んでしまった。
人々を富ませるはずの魔法の担い手は人々からその富を奪い、人々を守るはずだった魔法は人々を傷つけるための道具となった。
歪んだパズルはリセットされなくてはならない。
――全てを『ゼロ』に戻し、次の世代に委ねよう。
それは彼女の主人である王の孤独な思い。
あるいは、全てを『ゼロ』に戻せば本当の意味で彼の存在が認められるかもしれない。
それは生まれた時から「ガリア王太子」としてしか評価されなかった彼が求めてやまなかったもの。
彼自身の考え、行動ではなく全てが出生の血統のみで判断された彼の無言の叫びだったのかもしれない。
「……ミューズ?」
少々、物思いに囚われすぎたらしい。
ジョセフの声に彼女はその思索を中断して主人に応じた。
「申し訳ありません……」
そう謝罪する彼女のことを見て、ジョセフは未だアルビオンでの失態を悔いているのだとでも思ったらしい。
いつもぶっきらぼうなジョセフにしては珍しく、つとめて明るく、気にするな、とでも言いたげに彼はシェフィールドに声をかけた。
「アルビオンのことはもう良いのだ!――それに、このガリアでもカタを着けなければならないことが残っていたではないか」
その言葉に彼女は顔を上げる。
目の前にはどこかすまなそうな顔をしたジョセフの姿。
それは彼女にかつて見た光景を思い出させる。
(……この方は未だに悔やまれているのか)
召喚された直後、目の前の狂王は彼女に伏して謝罪したではないか――彼女の人生を取り返しの無いほどに狂わせたことに。
物質的には恵まれていたものの、周囲の貴族達から常に人間以下の扱いしか受けなかった彼女に青年だった目の前の王は跪いて許しを請うたのだ。
ハルケギニアに峻厳として存在する魔法至上主義という名の貴族支配。
そこでは彼女のように魔法を使えないものは、貴族によって支配されるために存在する生き物に過ぎないとさえ言って憚らないものも多い。
だとするならば、狂っているのは目の前の王ではなく、この世界そのものではないのか?
(……ならば、私はこの方の計画を実現するために戦おう――たとえこの世界の全てを敵にしても)
誰かを呼び出そうと子供のように大声をあげるジョセフの姿を眺めながら、シェフィールドは改めて決意した。
「ビダーシャル! ビダーシャルは何処だ?」
ジョセフはどこか様子のおかしいシェフィールドに声をかけると、今度は一転してまるで子供の様に誰にも憚らない大声である人物を呼び出した。
「ここだ」
そう言って突如として現れたのは長身の金髪の男。
しかし、その耳には特徴があった。
エルフ――砂漠の民にしてハルケギニアに住む人々の共通の敵として恐れられた種族に属する男は、その尖った耳を隠そうともせずに不遜な態度で佇んだ。
「おうおう、そこに居たか! 貴様にひとつして貰いたいことがある」
しかし、ジョセフはそんなことを全く気にする風も見せず、小間使いに対するように気安く話しかける。
そんな姿勢はこのエルフもまた同様だった。
「貴様が我らとの約束を守るなら、私も貴様との約束を守ろう」
両者の間には王に対する敬意もエルフに対する畏怖の色も存在しない。
まるで友人に気安く頼みをするかのようだ。
「なに、簡単なことだ。オルレアンの系譜を終わらせて貰いたい」
そうジョセフは簡単に言ってのけた。
もし、その言葉を聞いたものが居たとしたら顔色を変えただろう――たとえそれが現王であるジョセフ派の貴族だったとしても、だ。
あるいはオルレアン公派の貴族だったならば間違いなく杖を片手に斬りかかるであろうほどのことだ。
「良いのか? 貴様らは血の繋がりこそを尊ぶと聞く――それを」
その当りの事情を「知っている」――あくまで知識としてだが――このエルフはあえて確かめるようにして尋ねた。
しかし、その言葉は判っていると言いたげなジョセフの言葉によって途中で遮られた。
「だからこそ、だ――どれだけ無能でも王とやらが居なければ人間は纏まれないものらしいからな」
そう、楽しげにジョゼフは答える。
オルレアンの血統が途絶え、そしてガリア直系である王家までもが失われれば、正統なる王家の血筋は完全に途絶える。
そこに残るのは各諸侯による王の座を巡る争い。
しかし、そこには独力でガリア全土を切り従えられるような諸侯は存在しない――いや、そうなるように彼が仕向けたのだ。
『ガリア王は無能ではあるけれども、褒美については惜しまない』
彼がそう評されたのは、伝統的で広大な領地を持つ大諸侯に対抗できるように、新興貴族を初めとする下級貴族に力をつけさせた結果だった。
それぞれの有力諸侯の力を均等に――しかもそれぞれが対立するように、まるでモザイクのように領地が配置され、隣り合う諸侯達はそれぞれが憎しみ合うようになっていた。
「ならば貴様はどうやって我らとの約束を守る気だ?」
そんなジョゼフに怪訝そうな顔でビダーシャルは聞いた。
彼の内心では「目の前の男は本当に信用出来るのか?」といった疑念が浮かび上がっていた。
しかし、ビダーシャルの内心を見透かしたかのように、ジョゼフは当然だ、という表情で答える。
王の口から出たのは驚くべき言葉だった。
「決まっている、この国を外に構っていられなくすれば良いだけの話だ」
現ガリア王家派とオルレアン公派。
旧教徒派と新教徒派。
伝統貴族と新興貴族。
そのそれぞれが王という存在の不在をきっかけに、いつ衝突しはじめるかわからない。
どこかで一度火がつけば、その炎は連鎖的にガリア全土に拡大することは間違いない。
そこにもたらされるのは巨大な破壊。
そして、その連鎖反応はこれまでガリアが歴々と築き上げてきたその全てを破壊するだろう。
それこそが彼の計画の目的。
他の始祖の血を引く王家があったならば、代わりに他国から王を受け入れることによって貴族達はその争いを収めてしまう。
だから、彼はまずアルビオンを崩した。
遥か大洋の上にあるアルビオンならば、艦隊という輸送手段を持たない諸侯が勝手に攻め込むことも無い――諸侯に求められる軍役はあくまで地上戦力の供出であり、巨額の投資と統一運用の必要な艦隊は主に王の直轄軍として整備されていたのだから。
だが、陸続きのトリステインは違う。
今、トリステインの王制が終わってしまっては困る。
それはガリア貴族が一目散に無主となったトリステインになだれ込まないとも限らないからだ。
そして、それは彼の望む火種ではあるが、同時に彼の計画を乱す不確定要因でもある。
つまり、彼の希望に従えば――あくまで、「最高のタイミングで」トリステイン王家が滅びることが必要なのだ。
ゲルマニアやロマリアについても同様の工作が行なわれている。
いや、ロマリアでは既に始まっていた。
彼が密かに支援したロマリア各地の新教徒達は既に宗教庁の異端審問部隊と戦いを始めているのだ。
そして、都市国家の集まりに過ぎないロマリアでは異端審問を口実に堂々と他国の主権に対して介入を行なう聖堂騎士団――さらにそれを派遣した宗教庁との間に対立が深まっていた。
ビダーシャルとシェフィールドを下がらせた後、ガリア王宮の最深部で無能王は一人グラスを傾ける。
一本で屋敷が買えるほどの最高級の酒と共に紡ぎ出される彼の言葉はもはやこの世にはいない人物に向けられていた。
「なぁ、シャルルよ、こんなにも無能な俺はお前に最後の言葉も告げられなかった――俺は知っていたのだ! こんなにも無能な俺を王にしたいという貴族どもがお前を殺そうとしていたことを! 俺にそれを止める気がなかったことも!」
それは彼の父である先王が死ぬ直前に残した遺言がきっかけだった。
彼は王になど成りたくはなかった。
むしろ彼は弟であるシャルルが王になるべきだと信じていた。
若くして有能、周囲の人間からの信頼も厚い。
そんな弟こそがこのガリアという国を導いていくべきだと思っていたのだ。
しかし、そんな思いは実現することはなかった。
彼は聞いてしまったのだ――彼に取り入ろうとした貴族達の会話を。
『ジョセフ様こそ次代の王に相応しい。あの無能者が王であるならば、我々も色々とやりやすいだろう』
『いかにも。ジョセフ様しか王となる人物はおられません――そう、もう間もなくそうなるでしょう』
既に遠い過去の記憶――しかし、決して消えることのない記憶を脳裏に彼の独白は続く。
「そして、俺は終わらせる。このハルケギニアという盤上で6000年もの間行なわれ続けてきた貴族どもの私欲に塗れたゲームを!そう盤もルールもその全てをぶち壊してやるのだ!――お前の妻と娘を生贄としてな」
そして、空になったグラスを傍らに置いたジョセフは豪華な装飾の施された天井を眺めながら呟いた。
「憎め――シャルロットよ、俺がお前とお前の母を殺すのだ」
そう、王である俺が――このハルケギニアの王というシステムそのものがお前の母を殺したのだ!
そして血の繋がった一族すべてを犠牲にして彼は何を手に入れるのか。
「それでも俺は知りたいのだ――」
そう彼は自分に改めて言い聞かせるかのように呟いた。
始祖ブリミル以来、魔法という力の下で築き上げられてきたその全てを突き崩せばそこには何が残るのか。
それぞれを縛り付ける血筋という存在の価値がなくなればどうなるのか。
彼は確かめたかった。
そこに残るものを確かめることによって彼自身の存在を確かめるかのように。
――あるいは、それこそが彼にとっての復讐のなのかもしれない。
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今回もトリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。
10/08/07
二回目の改定を実施