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No.3967の一覧
[0] 【完結】Revolution of the zero ~トリステイン革命記~【ゼロの使い魔 二次創作】[さとー](2010/09/17 19:40)
[1] プロローグ[さとー](2010/08/07 21:44)
[2] 第1話[さとー](2010/08/07 21:51)
[3] 第2話[さとー](2010/08/07 21:44)
[4] 第3話[さとー](2010/08/07 21:44)
[5] 第4話[さとー](2010/08/07 21:45)
[6] 第5話[さとー](2010/08/07 21:47)
[7] 第6話[さとー](2010/08/07 21:55)
[8] 第7話[さとー](2010/08/07 22:03)
[9] 第8話[さとー](2010/08/07 22:09)
[10] 第9話[さとー](2010/08/07 22:12)
[11] 第10話[さとー](2010/08/07 22:15)
[12] 第11話[さとー](2010/08/07 22:19)
[13] 第12話[さとー](2010/08/07 22:36)
[14] 第13話[さとー](2010/08/07 22:36)
[15] 第14話[さとー](2010/08/07 22:41)
[16] 第15話[さとー](2010/08/07 22:55)
[17] 第16話[さとー](2010/08/07 23:03)
[18] 第17話[さとー](2010/08/07 23:11)
[19] 第18話[さとー](2010/08/07 23:23)
[20] 第19話[さとー](2010/08/07 23:31)
[21] 第20話[さとー](2010/08/07 23:36)
[22] 第21話[さとー](2010/08/08 22:57)
[23] 第22話[さとー](2010/08/08 23:07)
[24] 第23話[さとー](2010/08/08 23:13)
[25] 第24話[さとー](2010/08/08 23:18)
[26] 第25話[さとー](2010/08/08 23:23)
[27] 第26話[さとー](2010/08/08 23:37)
[28] 第27話[さとー](2010/08/20 21:53)
[29] 第28話[さとー](2010/08/08 23:50)
[30] 第29話[さとー](2010/08/08 23:58)
[31] 第30話[さとー](2010/08/09 00:11)
[32] 第31話[さとー](2010/08/11 21:32)
[33] 第32話[さとー](2010/08/09 21:14)
[34] 第33話[さとー](2010/08/20 22:03)
[35] 第34話[さとー](2010/08/09 21:26)
[36] 第35話[さとー](2010/08/09 21:46)
[37] 第36話[さとー](2010/08/09 21:44)
[38] 第37話[さとー](2010/08/09 21:53)
[39] 第38話[さとー](2010/08/20 22:13)
[40] 第39話[さとー](2010/08/20 22:20)
[41] 第40話[さとー](2010/08/20 22:29)
[42] エピローグ[さとー](2010/09/13 18:56)
[43] あとがきのようなもの[さとー](2010/08/20 23:37)
[44] 外伝っぽい何か 要塞都市【前編】[さとー](2010/12/07 20:26)
[45] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(上)】[さとー](2010/12/07 20:30)
[46] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(下)】[さとー](2010/12/07 20:39)
[47] 外伝っぽい何か 要塞都市【後編】[さとー](2010/12/10 21:12)
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[3967] 第36話
Name: さとー◆7ccb0eea ID:6b76b6f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/09 21:44

――――――――――――トリスタニア平民街、魅惑の妖精亭前。


周囲を圧する無数の銃声、そして直後の静寂を経て砕け散った『魅惑の妖精亭』の外壁の一部や穴だらけになった看板が地面に落下する音が響く。
まるで『反貴族』を象徴する、ミシェル達の示した暴力の圧倒的な本質を前にして誰もが沈黙を余儀なくされているかのようだった。
しかし、そんな“力”を前にして決して臆することなく立ちはだかる少女――シエスタははっきりとミシェルに告げた。

「私たちがしたいことは貴族の殲滅なんかじゃありません!」

はっきりと告げられたその言葉にミシェル――そして彼女に続く急進的過激派達の顔色が赤く染まる。
しかし、次にそんな彼らの顔に浮かんだのは困惑とも言える表情だった。

「私が――私たちが目指しているのは」

シエスタという少女の放ったその一言はそれほどまでに彼らにとって理解不能なものだった。

「私たちが憎むのは貴族じゃありません!貴族というものを認めて平民と貴族という階級を生み出してるこのトリステインの社会制度こそが私たちの敵なんです!」

そう言い切った彼女は「貴族だから」と言って、ミシェル達がまるで貴族がこれまで平民にしてきたように扱うということが許せなかった。
無論、彼女が先程言った「貴族なんてどうでもいい」ということも彼女の本音でもある。
革命によって貴族が死ぬことも彼女にとっては「どうでもいい」ことだった。
しかし、ここで彼女が「守りたい」ことは革命の理想――シエスタを初めとして『魅惑の妖精』亭派の仲間達が求めている、平民だの貴族だのと言った階級によって権利の左右されない社会制度の実現にあった。
コミン・テルンは決して自分達が――彼女達平民が現在の貴族の地位に成り代わることを求めているのでは無い。
そうであるが故に、まるで“貴族”という階級に属する人間全てを存在する価値の無いモノとして認識し、“平民”である自分たちが断罪する、というミシェル達の行動そのものが彼女にとって最大の忌むべき考え方なのだ。

「貴族さえ居なくなればその理想も実現出来るさ!」

そんなシエスタの考えを半ば理解出来ないままミシェルは反射的に答えた。
彼女にとって――いや彼女の同調者達にとって見れば貴族とは支配者そのものの存在であった。
逆説的に言えば貴族さえ居なくなればシエスタの言った「階級」というものは消え去るとも言える。
あまりに単純ではあるが、ある意味で彼女達にとっての階級社会の消失とは復讐の結果として副次的にもたらされるものだった。

「そうやって貴族を殺すのを正当化して何になるんです?」

そんな言葉にシエスタは反論する。

「私にだって貴族に対する恨みならいくらでもあります!……だけど私達がしたいのは復讐なんかじゃありません! 復讐という名目の下で“自由”に人を殺すことに何の意味があるんですか!?」

シエスタの最後の言葉には諭すような色があった。
しかし、その言葉はミシェルの琴線に触れた。

「奴らが人間なものか!」

そうミシェルは怒声を上げた。
怒りで握り締められた拳が震えている。

「奴らは我々のことを単なる駒としか見ていない――アルビオンでの戦争を見ろ! 平民は命令一つで駒として借り出され、死んでいく! 貴族同士なら決闘であっても身代金次第で命まで買えるが我々平民に与えられるのは僅か数エキューの弔慰金でしかないのだ!」

彼女はその震える拳を振り上げて続けた。

「だから殺してやる! たとえ100万エキューを積まれようとも己の命が金で買えるようなものではないことを思い知らせてやる! もし奴らが人間だったとしたら、今まで奴らが同じ人間に何をしてきたのか――そしてそれがどんなものだったか身をもって味あわせてやる!」

そんな彼女に反論しようとしたシエスタだったが――

「うるさい、黙れ!」

そう叫んでミシェルはシエスタの頬を張った。
シエスタは思わず倒れ込む。
そのままミシェルは手にした鋭剣をシエスタに突きつけようとする。

その時、声が響き渡った――

「シエスタから離れろ!」



「うおぉぉぉぉおッ!」

心の震えがもたらす雄叫びと共に才人は駆けた。
手には彼の相棒である片刃のインテリジェンス・ソードが握られ、そのデリフリンガーを掴んだ左手にはガンダールヴのルーンが輝きを放っている。
常人なら対応できない速さ。
しかし、並みの人間なら受け止めることすら出来ない才人の一撃をミシェルは数歩たたらを踏んだものの受け止めて見せた――彼女もまた元銃士隊副隊長を務めるほどの人材であったというその証拠の一端を示したのだ。

「貴様もかッ!」

才人の一撃を自らの鋭剣で受け止めたミシェルが叫んだ。
彼女とシエスタの間に割り込むようにして突っ込んできた才人はその言葉に答えるでもなく、周囲の状況を見つめてただ一言だけ尋ねた。

「なんでだよ!」

貴族の支配を拒むという点でかつて同じ組織に所属していたミシェル達がどうして同じ平民に剣を突きつけているのか――その一言にはその問いが込められていた。
そんな才人の問いに対してミシェルもまた内心に潜む激情をあえて端的に表現した。

「正義だ! それ以外に何がある!」


――正義。

その言葉は誰にとっても心地よく、そして誰もが夢見る理想。
同時にそんな“正義”という言葉は全ての人に共通でも、そこに思い描かれる世界は共通のものではない。

例えば、この「世界」の理不尽を受け入れられなかった才人とその仲間達はその原因である貴族制度の無い世界を希求し、貴族によって受けた恨みを果たすことを目指したミシェルは貴族階級に属する人間そのものが居ない世界を渇望した。
マザリーニは革命の過程における混乱と騒乱によって発生する貴族・平民双方の犠牲に対する憂慮から貴族と平民の対立を防ぐという正義を持っていたし、その彼を亡き者にしたヴィリエ・ド・ロレーヌですら貴族支配体制の維持という自分自身にとっての“正義”を信じていた。

そして、そうである以上、誰にとっても受け入れられるとは限らないものでもあった。

トリステイン――いやハルケギニアに住まう平民の多くが持つ貴族への憎悪や復讐心。
そんな思いを持つ平民達にとって、『魔法』という“力”で彼らを支配する貴族達への復讐という正義は確かに惹きつけられる考えだろう。

しかし、才人達の側にはそんな復讐だけに囚われた正義とはまた違った正義があった。
それは“希望”という旗印。

『何人にも奪えない自由な権利の回復』
『誰もが等しく扱われる真の平等の実現』
『人民の人民による人民の為の国家の樹立』

スカロンがかつて『魅惑の妖精』亭で語ったそんな虐げられている側の誰にとっても実現して欲しいという理想を才人達は掲げていた。
そして才人は“希望”という旗印を守る為には最低限必要とされるもの――それはトリステインの平民達の間でぼんやりと醸成・共有されていた「信頼感」というものを守る為に闘っている。
この戦争以来――いや、ごく小規模なものならそれ以前から――食べるものもない状況のおかれていた人々に対して行なわれた炊き出しや保護活動を通じて、才人達を「信じられる」という認識が出来上ってきた。
だからこそ彼らはチェルノボークの“解放”や軍需物資の横流しに協力したのだ。
才人達に対してトリステインの平民達が抱いている「信頼感」を失わないためにも、コミン・テルンは誰も見捨てない――シエスタ達を助けることは勿論、平民街に侵攻してきた貴族達を食い止めるためにコミン・テルンが闘うのもその契約を示すためのものでもある。
それは当然ミシェル達にも存在する。
彼女もまた自らに協力する人々へ自身の計画が貴族への復讐を満たすに足るものであると証明せねばならない。
だからこそ彼女は次の闘争に備えた物資を手に入れることを目指さなければならなかったのだ。

そして、今この場所ではその“正義”と“正義”が衝突していた。

才人達の目指す自由という理想と“正義”。
あるいはミシェル達が求める復讐という理想と“正義”。

人が自分自身の中で“あるべき”であるという理想と正義は、常にお互いを補い高めあう相関関係にある。
だとするならば、どちらかを譲ることなどありえない。
どちらか一方が失われればそれは理想でも正義でもありえなくなるからだ。

力なき正義は無力。
正義無き力は暴力。

そんな言葉の含意を考えれば、“正義”と“正義”がぶつかった時にどちらがより正しいなどと言うことは出来ない。
“力”とは正義を実現する方法の中で発揮されるからだ。
あえて反語的に述べるならば、より大きな“力”を持った方こそがより“正義”に近いとでも言えるのだろうか。



「――うぉおおおおおお!」

その喊声と共にデルフリンガーが振りかぶられる。
再び金属同士が強くぶつかり合う音が響き、押し留められた。

「はぁあああッ!」

しかし今度はミシェルが気合とともにそんな才人を押し戻す。
もう何度目になるか分からない剣戟の中でミシェルが告げた。

あのような光景オラドゥールを許しておけるものか! 奴らにも同じ悲劇を見せてやる――奴らは震えながらでなく、藁の様に死なせてやる!」

皮肉というべきだろうか。
身近な人物や親族と言った血族関係だけでなく村や地域、そして国を越えて人々の連帯を謳ったコミン・テルンの『友愛』という思想。
その思想が今形を変えてミシェル達の行なった復讐の原動力となっている。
なぜなら、才人達の属しているコミン・テルンという組織こそが個人のレベルで留まっていた平民達の貴族への怨恨をトリステイン――ハルケギニア全体という地平へと押し広げ、結果として平民に反感を抱かれた貴族そのものを滅するというミシェル達の行動を誘発したとも言えるのだから。

幾多の剣戟を繰り返しながら、まるで悲鳴のようなミシェルの独白は続く。

「貴様たちはあいつらが……あの人の皮を被った悪魔連中が憎くは無いのか! 自分たちの権力の為なら平民から奪い、殺し、時に同じ貴族ですらも陥れる。そんなことが許されるとでも言うのか!?」

それは彼女が、いやハルケギニアに住まう全ての平民達にとっての共通の思いだったのかもしれない――彼女は一切の批判を受け入れないかのような口調で才人に問いかけた。

「わかんねぇよ!」

そんな問いかけに才人はそう答えるしかなかった。
無論、彼の心の中では様々な思いが入り混じっている。

ある日突然この『世界』に召喚され、奴隷同然の扱いをされた経験。
逃げ出した彼を助けてくれた『魅惑の妖精』亭の人達を守りたいという思い。
彼を初めとした“平民”を苦しめ、自らが特別な存在だと言って恥じない貴族に対する反感。

そんな思いを胸にした才人はこの世界に召喚されてから半年程だった頃、ふと考えたことがある。

“――俺がこの世界にいる意味って何だ?”

自分の存在する意味。
このハルケギニアに召喚されるまでは、そんな「意味」なんてものが存在することなど考えたことなど無かった。
おそらく、召喚される前の世界では才人はそんなことは考えもしない――いや、気付くきっかけに出会うことすら無かっただろう。
しかし、才人は“この”世界に召喚されて、いろんなものを見させられてしまった。
……おそらくそれは彼が以前暮らしていた世界では決して目にすることのなかったもの。

シエスタを――自分達よりも立場の弱い平民を自らの下卑た欲求の対象として恥ない貴族の姿。
平民を苦しめ、殺してもなんとも思わない貴族の姿。
自らの職権を利用して平民を虐げ、私服を肥やして恥じない貴族。
――まるで平民を動物としてしか見ていないかの様な『人間の人間に対する支配関係』を見せ付けられたのだ。

そんなことを受け入れて良い筈がない。
そんなことを認めて良い筈が無い。

そんな思いを抱く才人に向かってミシェルが問いかける。
怒りに燃える彼女と才人の視線の間には互いに小刻みに震えて鍔競り合いを繰り広げるデルフリンガーと鋭剣の刃が煌いていた。

「ならば何故、オマエは父を母をそして仲間たちを殺した貴族と握手を交わせというのだ!」

――答えろ、とミシェルは二振りの剣越しに叫ぶ。
それは彼女からすれば当然の疑問だった。

「わかんねぇよ!」

再び才人はそう答えた。
その声には先程よりも強いものが含まれている。

「だけど――」

それでも、貴族である人間の人間性――その生きる権利まで奪ってはならない。
そんなことをすれば、それは魔法に代わって団結という“力”を得た才人達平民がそれまでの貴族との地位を入れ替えるだけになってしまう。
それは多数者が少数者と変わっただけで、何の解決にもなっていないのだ。
彼が目指すものは『誰かが誰かを虐げることを当然とする社会』の構造そのものの破壊なのだから。

だから、才人は断言した。

「そうなったなら――やっていることは貴族達と同じだろ?」

ミシェル達に向かってそう言い放つ。
今のミシェル達が行なっている復讐は今まで貴族達が平民達に行なってきたことの裏返しに過ぎない、と。

才人のその答えにミシェルは沈黙した。
それまで貴族に復讐するということの正当性――貴族というだけでテロ行為の対象としてきたことの正しさを信じてきた彼女にとって、才人の指摘は衝撃以外の何者でもなかったのだ。


「もう止められない――」

しばらくの沈黙の後、依然として刃を重ね続ける二振りの剣を挟んでミシェルは搾り出すように冷酷に告げた。
それは彼女や彼女に同調した多くの人々の思い。
理想としてはわかっても、感情という言い知れぬものがその受け入れを拒む。

「我々は止まらない――誰にも止められない。奴らの穢れた血がこのトリステインの大地を血に満たすまで!」

彼女はそう言いきり、鍔競り合いの状態から才人を一挙に押し戻して距離を取った。
その目にはもはや引き返すことは出来ないのだ、という意志が込められている。

「そんなこと――」

させない、と才人がミシェルの言葉に反論しようとした直後、『魅惑の妖精』亭の周囲が一瞬薄暗くなった。
才人達の上空を一隻の中型船がゆっくりと通過していく。
誰もが上空を見上げる中、ただ一人才人を見据えていたミシェルは勝ち誇るように呟いた。

「もう遅い」





王都であるトリスタニアの上空は特別な許可を得た場合を除いてフネによる飛行は禁止されていた。
表向きのその理由は“王族の住まう王宮を上から見下ろすことが不敬に当たる”ということとされていたが、実際には短期間で大量の戦力を王宮に直接投入される――すなわちクーデターや敵国の奇襲攻撃――という事態を防ぐためであった。
しかし、今その禁令を破って一隻の中型船がトリスタニア上空に向かって突き進んでいた。
フネの名は『マリー・ガラント号』。
かつて才人達がアルビオンに渡り、そしてロサイス焼き討ち作戦の渦中でコミン・テルンが手に入れたフネだった。

その『マリー・ガラント号』が今、ごうごうという風斬り音と共に一直線に貴族街の北端にそびえる王城に向かって飛んでいく。
その異様な光景に気付いたらしい魔法衛士隊の一隊が王城内から飛び立ち、空中で一斉に『マリー・ガラント号』を取り囲み、フネの航行を阻害すべく、一斉に帆や索具に向かって魔法を放った。
平民達の襲撃を警戒していた彼らとしては王城を砲撃でもされればそれこそ魔法衛士隊の名折れである。
故にその行動は迅速だった。

守るものの無いフネの各所に次々と魔法が命中する。
ある風の魔法は檣柱と帆を繋ぐ索具を切り裂いて操艦を阻み、またある火の魔法はフネの原動力となる風を受ける帆を燃やし、フネの進む勢いを削ごうとした。

帆と索具の大半があっという間に襤褸切れへと変わる。
風を受ける、というその機能を果たせなくなった帆は単なるバタバタという大きな音を発するだけのオブジェと化し、新たに帆を張りなおそうという乗船している平民達の行動を阻害する。
それでもフネは残された最後の手段――風石によって生み出される高度という位置エネルギーを犠牲として王城へ向かって飛行しようと試みた。
しかし、フネを操る帆や索具を失ってはどんな手段を持ってしても王城へ向かうことは困難だった。
何しろ『マリー・ガラント号』の周囲にはグリフォンやマンティコアに跨った魔法衛士隊の面々が残った僅かな帆を風に立てようとする乗員を見つけ次第魔法を放ってくるのだから当然だ。

遮蔽物の陰に隠れながら、『マリー・ガラント号』を操る平民の指揮官は一人毒付いた。

「畜生め!」

彼の周囲には――いや、彼の視界の大半を占めるフネの甲板の上には無数の人間だったものの残骸が散らばっている。
千切れ飛び、あるいは黒焦げになった仲間達。
しかし、彼の視線の先にあったのはそんな“同志”達の末期ではなく、眼下に広がるトリスタニア貴族街の姿だった。
進路の左手には標的だった筈の王宮。
右手には王都の西の端に建てられた30階建てにもなる巨大な塔が見える。
その光景の意味するところは一つ――『マリー・ガラント号』は標的への進路を外れつつあるということだった。

しかし、進路を外れていることが判ったとしても彼らに打つ手は無い。
フネを操るための帆や索具は既に無く、コースを修正する方法もない。
彼らが打つ手もなく目の前の光景を眺めている間にも、フネはそれまでの勢いのままにゆっくりと風に流されながら前進を続けている。
このままでは王城の横を通り過ぎてしまう、という時――彼は一つの決断を下した。


「点火用意! 風石を切れ!」

本来なら標的を見定めて進路を固定すれば乗っているメイジの“浮遊レビテーション”によって脱出する予定だったが今ではそれも不可能だった――周囲には相変わらず魔法衛士隊が取り囲むように飛び回っていたし、そもそも“浮遊”をかける筈だったメイジは防戦に駆り出されてとっくに事切れていた。
このまま飛行を続けたならばいずれ必ず捕縛されるだろう。
その後の自分達に待っているのは拷問の末の明確な死――自分達が貴族に為そうとしていることが知られればそれは避け様のない運命だった。

(……どうせ死ぬなら)

――どうせ死ぬなら、目的を果たすべきだ。
貴族に対する憎しみとこれからの運命に対する決意と共に発せられた命令に従って『マリー・ガラント号』はフネに残された最後の動力――風石による浮力を絶った。
物理法則の命じるまま、吸い込まれる様にして『マリー・ガラント号』は貴族街の中ほどに向けて落下する。
地上の物体が急速に鮮明になっていく光景を目の当たりにしながら、衝突の直前に男は精一杯の力で叫んだ。

「地獄に落ちろ! クソ貴族どもォォォッ!」

『マリー・ガラント号』の船倉内に搭載されていたのは約2万3000リーブルの火薬――魔法学院で使用された2倍以上の量――と大量の照明用燃料油だった。





その日、彼女はここ数年の成果となるようやく出来上がった像の入った箱を抱えながら、王立魔法研究所アカデミー本庁舎に向かっていた。
長身に長く伸ばしたブロンドを靡かせ、親譲りの美しく整った顔には知的さを感じさせる細縁の眼鏡が光る。
きびきびした足取りで歩く彼女の足取りからは自信と尊厳に満ちた彼女の気性の一端がうかがい知れる。
そんな誰をも近づけさせない雰囲気を纏った彼女――エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール――は両手で抱え込むようにして一つのケースを大切そうに運んでいた。

若くしてアカデミー主任研究員という地位にある彼女の専門は魔法を使った始祖の像の造型である。
しかし、その専門分野は常人にとって見れば理解が難しい。
このハルケギニアにおける始祖の像の造型とは、如何にすればより美しい始祖の像が出来上がるか、ということを目指すものであった。

果たしてそれは坐像なのか、それとも立像なのか。
始祖の姿を鮮明に描くことは禁じられているが、その姿は始祖の偉大さを示すかのように背筋を伸ばした堂々とした姿なのか、それとも慈愛を示すように包み込むような柔らかさを持った姿なのか。
像自体の素材は大理石のような滑らかさを醸し出すものが良いのか、それとも輝くような黄金であるべきなのか。
果ては始祖の身にまとう服のデザインまでも検討し表現するのが彼女の取り組むテーマでもあった。

そして、今日発表を待つ彼女の始祖像には造形美は勿論、神学的解釈に基づいた情景演出や装飾が施されている。
それはハルケギニアの始祖像造型に関して数年来の新たな発展をもたらすものと彼女は信じていた。

貴族の館がひしめく王都の中でも広い敷地を誇るアカデミーの中央に佇む本庁舎では今頃彼女の上司にあたるゴンドラン評議会議長を初めとして各研究科の長が彼女の到着を待っているであろう。
彼女自身は土魔法研究科の長を兼ねるゴンドランの気弱で覇気のかけらも無い風貌を好んではいなかった――ゴンドラン自身は彼女の父であるヴァリエール公爵を失脚させたリッシュモンの派閥に属していたのだからなおさらでもあった――が、それでも今日という日はその顔を前にするのも我慢できる、そう内心で思ってもいた。
出来得るならば、彼女としては今日ここで発表される彼女の研究成果によって、失墜したヴァリエール公爵家の家名と名誉を小なりとも取り戻したいと思っていたのだから。

当然、彼女としてはその騒動を引き起こす原因となった一番下の妹の行動に対して疑問と怒りを抱いてもいる。
出来得る事ならば今すぐほっぺたを抓りあげて叱責してやりたいとすら思っている。
しかし、さすがにそれは適わない――父であるヴァリエール公爵が謹慎隠居している今、母は父の代わりに革命騒動で問題が噴出している所領の切り盛りに懸かりきりであり、王都にいる彼女もまた戦争中の敵国に行くことなど認められるはずも無い。
彼女の行動次第では「やはりヴァリエールは…」等と言いがかりを付けられて御家取り潰しということにもなりかねない――ヴァリエール公爵家が領地の大幅縮減という処分を受けた後も他の貴族達は政敵となりうるヴァリエール家の失点を虎視眈々と狙っているのだ。
だからこそ、彼女は今彼女自身が取り組むことの出来るこの始祖像の研究に昼夜問わずに取り組んできた。
そんな彼女の数年来の研究の結晶を収めたケースを胸に抱え込むようにした彼女はまるで睨みつけるかのようにただじっと前方を見つめて歩いていた。
周囲の喧騒もそんな決意を持った彼女の耳には入らない。
もし、その時の彼女が周囲のざわめきに耳を傾けていたならば、急速に高度を落とし始めた中型のフネとそれを取り囲むように魔法を放つ幻獣に跨った魔法衛士隊の姿が見えただろう。



突如、閃光が輝き人間の認識出来る音を超えた大気の鳴動と共にエレオノールの体をなぎ払った。
まるで見えない巨人の手につかまれたかのように彼女は宙を舞って壁に叩きつけられる。
全身を衝撃が襲い、額に生暖かいものが伝う感覚が感じられる。
辛うじて意識を失うことは無かったものの、朦朧とした彼女は自らが叩きつけられた壁にすがるようにして立ち上がり、何が起こったのか確認しようとした。
そんな彼女の目に映ったのは巨大な破壊の痕だった。
華麗さを誇った多くの貴族の邸宅が崩れ、松明の様に燃え上がっている。


「エレオノール! 大丈夫!?――いけない、怪我してるじゃない」

どれほどの時間が経ったのだろう、地獄のようなその光景をただ放心したように眺めていた彼女にそう声をかけたのは同僚のヴァレリーだった。
彼女と同世代であり、貴重な友人であるヴァレリーは塔内に設けられた研究室の中に居たために無事だったらしい。
水魔法の使い手である彼女は慌てた様子で『治癒』の魔法を唱え始める――と同時にそれまで感じることの無かった激痛がエレオノールの体を襲った。
傷ついた体が意図的に遮断した痛覚が怪我の治癒と共に機能を回復させられたのだ。

「―――くっ、ぁ!!!」

本能的に彼女の口から声にならない叫びが漏れた。

「大丈夫!? もう少し我慢してね……」

そんなヴァレリーの声を聞きながら、彼女は痛みが徐々に治まっていくのを感じていた。
と、同時に彼女の精神は普段の怜悧さを取り戻し始める。
彼女は苦痛から解放される事による、どこか醒めた感情の中でこのトリスタニアに何が起こったのか理解しようとした。
燃え上がり、崩れ落ちた貴族街。
その範囲はトリスタニアの西の端にあるこのアカデミーから王宮までの広い範囲に及んでいる。
飛び散った破片による破壊の爪痕は彼女のいたアカデミーの庭や壁にも無数に刻まれている――彼女を直撃しなかったのが奇跡だといえるかもしれない。

そんな中、彼女はあるものを見つけた。
彼女が先程まで抱え込むように大切に抱えていた始祖像だった――投げ出された拍子に箱が壊れ、中身が顕わになっている。
当然、中身である始祖像が無事で済む筈もなく、衝撃によって首の折れた像は魔法によって与えられていた意味と形を失い、材料であったただの土くれに戻ってしまっていた。
今やガラクタ同然となったその像をエレオノールは暫くの間見つめ、そして再び破壊された貴族街の方に振り返った。
彼女の背中に冷たいものが走り、全身がまるで極寒の中に居るかのように震えはじめる。

そんな様子に傍らのヴァレリーが心配そうに声をかけるが、今の彼女にはその声に答える余裕が無い。

エレオノールの心の中に満ちていたのは恐怖だった。
それも、この破壊を行なった者たちに対する恐怖でも被害の大きさに対する恐怖でもない。
彼女の心を支配していたものは、何の価値も無い土くれと化した始祖像と破壊された貴族街、その二つの先が暗示する未来に対する恐怖だった。
それはある意味で悪い予感と言っても良い。

――そう、この時彼女は初めて自分達の生きてきた世界が変わりつつあることを理解したのだ。






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今回もトリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。


というわけで今回(32~36話)のテーマは「正義」の話でした。
ま、人はそれぞれ自分だけの“正しさ”を持っているもので、それが他人と完全に一致するというのはなかなかありえないことでもあります(あくまでもここで言う“正しさ”とは自分にとっての“正しさ”であることは言うまでもありません)。大きくなった組織の内部で分裂や内部闘争(内ゲバ)が起こるのはこのようにそれぞれの「正義」が衝突することが理由の一つに挙げられるでしょう。


追記。
積載量が多いのではというご質問について回答させて頂きます。
本作では1リーブル=0.5kgという原作の単位基準に従って記述させて頂いております。ちなみに1万リーブル=5000kg=5tですので、2万3000リーブル=11.5tとなります。
作者としては原作(オストラント号参照)・中世の艦船における積載量を見ても過積載だとは全く言えないと考えております。
集められるか、という問いに対しては大規模に大砲の使用される(特に100門以上の大砲を備えた戦列艦が何隻も存在する世界で)状況を考えれば特に多い量だとは思えません……100門級の戦列艦の片舷斉射30~40回分の量でしかありませんので。調達方法に関しては過去に簡単に書いたと思いますのでそちらをご一読頂ければ幸いです。

10/08/07
二回目の改定を実施


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