「なんだあれは……」
誰とも知らず、そう呟かざるを得ないほどに、かつてトリステイン王国の王都として、その風光明媚さをハルケギニア全土に知らしめていたかつての都市は大きく変貌を遂げていた。
まず目に付くのはトリスタニアを取り巻くようにして平原に突き出した巨大な棘にも見える、巨大な防御陣地群だろう。
トリスタニア中央部を隔てるように流れる川の西部に5つ。
そして、彼らの正面である東岸部に7つ構築されたその巨大な人工構造物の内部には無数の堀や壕が掘られ、その残土を利用してそれほど高さはないが分厚い防壁のようなものが構築されている。
しかし、素人目には急角度で穿たれた堀と土盛りの集合体にしか見えない。
だがよく見れば、その堀と土盛りによって構成される防御陣地は、それぞれの区間を保ちながら相互支援が可能な間隔で構築され、同時に後方の予備陣地(前方の陣地が陥落した場合は次の防御陣地となる)から迅速に兵と物資が運び込むことが可能な造りになっている。
各防御陣地にはまるで蟻の巣の様に繋がった、大砲や強力な魔法攻撃に耐えるための無数の退避壕やジグザグに掘られた連絡壕が作られている。
もちろん、そうした構造物はやはりそれぞれの守備範囲に相互に向かい合うように構築されていた。
魔法という圧倒的な力に身を晒さない為に作られた構造物の集合体で構成される防御陣地。
その陣地の前方に目をやれば、当然ながら堀の底部や土盛りの斜面には無数の逆茂木、それに乱杭が設けられ、工事の間に合った堀の一部にはトリスタニア中央部を南から北へ貫流する河川から水が引かれている。
そんな外部に向かって突き出した無数の大小の棘の集合体は、守るべきトリスタニア内部への直撃を確実に阻む為に構築されていた。
例えるならば、まるで強大な敵からなんとかして身を守ろうとしたハリネズミのようでもある。
6万ものゲルマニア軍が迫る今のトリスタニアはそんな場所だった。
「ハルデンベルグ君! ありゃなんだね?」
そんな光景に衝撃を受けるのはゲルマニア軍トリステイン侵攻部隊総司令官、エステルハージ公爵も例外ではなかった。
思わずエステルハージはそう傍らにいた参謀長には呟くようにして声をかけた。
「防御陣地……だと思われますが。いやしかし、これほどの規模のものは見たことがありませんが」
参謀長を務めるハルデンベルグ侯爵はそう率直に答えた。
彼らの前方にはハルケギニアでも有数の規模を誇る都市であるトリスタニアが広がっている。
しかし、彼らの視線を惹きつけていたのは歴史あるトリスタニアの姿ではなく、巨大な都市を取り巻くように造られた――いや、都市そのものが巨大な要塞であるかのような光景だった。
「ここから見えるだけでも外周には念入りに構成された二重、あるいは三重の防御陣地。……密集した建造物のせいでここからでは確認できませんが、おそらく王都の内部にはかなりの兵と糧食の備蓄があると見て良いでしょう」
ハルデンベルグの声には戸惑いが含まれていた。
一般的にこれまでのハルケギニアの城塞は、垂直に高く積み上げられた巨大な一枚壁で構成された城壁によって守られている。
防御線を一本に集中させることによって、最大の戦力を迫りくる敵に対して発揮させようとする発想がその根底にはある。
しかし、目の前の都市は建造に手間と高度な技術を必要とするそうした石積みの城壁ではなく、急造されたと思しき低く厚い何層もの土の壁によって構成されていた。
「――先行した部隊の見積もりでは王都に篭もった兵の数は少なくとも8万、その他に6万を超える平民どもが存在していると見られております」
「8万! 8万だと!?」
そうエステルハージ公爵は呆れたように声を挙げた。
8万もの兵の籠った城塞。
そんなものは今まで見たことも聞いたこともない――無論、考えたことすらない。
まともな教育を受けたことのある軍人ならそれだけの戦力をただ漫然と持ちながら立て篭もるなど考えもしない。
籠城とは本来、圧倒的劣勢の情勢下で他にどうしようもない時に行うべきものなのだ。
正常な軍人であれば敵よりも多い戦力を保有していながら籠城する筈もない。
それだけの戦力を有効に活用して野戦を挑むだろう……あくまでまともな軍人であれば。
――しかし事実、相手はまともな軍事教育を受けたことすらない平民だった。
この戦争が始まって以来遭遇し続けている不可思議な軍事上の出来事に彼は何度目か判らない困惑を抱かざるを得なかった。
まず、先の会戦であれほどの打撃を受けて敗北したにも関わらず、今またそれに倍する程の戦力をかき集められたのか。
そして、あれほどの戦力を持ちながら奴らはどうして積極的に戦おうとしないのか。
参謀長の報告を聞きながら彼はそう考えた。
あるいは革命に参加した平民どもは先の大敗北を受けて徹底的に防御に回ることにでもしたのだろうか。
平民ども一人ひとりがあの黒髪の少年――あの敗北の後にたった一人でゲルマニア軍先鋒集団に夜襲をかけ、結果的に7万の軍勢の行動を延べ一週間も遅延させる影響をもたらした――に匹敵するわけではないだろうが、それでもそれだけの数が集まればそれは強大な力を発揮するだろうに。
その間も軍参謀長たるハルデンベルグの報告は続く。
「それから内部の備えを調べるために竜騎兵による偵察を行いましたが……」
そこまで言ってハルデンベルグは急に口ごもった。
「どうした? 早く言いたまえ。別に君がその責を負うわけではあるまい」
エステルハージの小さな叱責が飛ぶ。
その声にはこれ以上の面倒は御免だとでも言いたげな響きがたっぷりと含まれていた。
「竜騎兵は任務完遂前に全騎撃墜されました。竜騎兵連隊では通常の偵察方法以外に限界高度まで上昇した高高度偵察や超低空飛行まで実施しましたが……以後、竜騎兵連隊は通常の伝令及び空中哨戒と野戦索敵以外に竜を出せないと言っております」
そう、しぶしぶと口を開いたハルデンベルグの報告にエステルハージはもはや驚くことすら諦めたとばかりに呆れた様な声で尋ね返す。
「竜騎兵の限界高度と言えば4000メイルはあるだろうに、敵の“空飛ぶ火矢”はそんなところまで届くのか?」
「はい、閣下。敵の“鉄の火矢”はそれ以上の到達高度を持つものと推測されております。それに高速を発揮できる数少ない風竜までもが離脱に失敗しているところを見ると、その速度も時速450リーグを超えるものかと……」
その返答を聞いてエステルハージは呆れを通り越し、呟くようにして思わず言い放った。
「全くトリステインの平民どもはとんでもない兵器を考えたものだ! かつてハルケギニア最強兵科を謳われた竜騎兵が単なる偵察手段にしかならんとは! おまけにその“空飛ぶ火矢”は竜騎兵に飽き足らず軍艦まで打ち落としているだと!? 信じられるかハルデンベルグ君?」
「全く驚くほかありませんが――そもそも平民が自分達で国を動かそうとすること自体が我々の想像の埒外でありますからな」
どこか他人事のような答え。
ハルデンベルグの責任を負う必要のない参謀としてのそんな答えにエステルハージは初めて怒りを顕にした。
「何を呑気なことを言っている! 我々はあの夜の襲撃で思い知ったのではなかったのかね? ――覚えているだろう、たった一人の平民兵によって我々は3日も足止めを余儀なくされたのだ」
そう言われてはハルデンベルグにも声が出ない。
大混乱に陥った先鋒集団の兵をかき集め、補強し、再編成するまでに2日。
再編成に通常よりも時間がかかったのは兵達を取りまとめる貴族――ゲルマニアでもかつてのトリステインと同様に将校は貴族に限られていた――の損耗が極めて深刻だった為だ。
特に、未だ中世的指揮統制システムをで運用されているゲルマニア軍では(と言うかハルケギニアの標準的な軍制では)中隊・小隊の士官定数はたった一人でしかないのだから、その補充は数十倍の兵をかき集めるよりも困難だ(その中隊長すら魔法学院から動員した学生士官を充てなければならなかった、かつてのトリステインのアルビオン侵攻軍よりは遥かにマシであったが)。
そして補充の難しい士官がいなければ逃げ散った兵を取りまとめることが出来ない。
ようやく再編なった先鋒集団が前進を再開したのが3日目のことだったが、その間に同様の襲撃に怯えて士気の低下した兵達の行軍速度は非常に低調なものとなっていた。
結果として、当初の行軍予定より1週間近く彼らの行動は遅れていた。
「内部の偵察が出来ぬのなら致し方無い。あまり気は進まぬが探索攻撃を実施するしかあるまい」
沈黙したハルデンベルグを傍目にエステルハージ公爵はそう言って決断した。
目の前の防御陣地がどれほどのものかはわからないが、ともかく一当てして敵の戦術と弱点を探さねばならない。
――彼らには時間がないのだ。
ゲルマニア軍の補給の状況が悪化していたのがその原因だった。
本来、輸送にあたる筈だった艦隊と輸送船舶が巨大な“鉄の火矢”によって次々と損害を被った為、補給は急遽陸上輸送に切り替えられることとなったが、当然陸上輸送ではその輸送速度は比較にならないほど遅く、かつ運搬出来る量も限られている。
おまけに艦隊や輸送船舶と同様に――いや、同じ地上を進むが故に、空を行くそれらよりも頻繁に平民達の襲撃をうけることとなったのだ(一度炎上や墜落すればほとんど全ての物資が失われる空中輸送よりも損害合計自体は少なくなったが)。
それがただでさえ遅い輜重段列の行動をさらに遅延させていた。
結果として、当然ゲルマニア軍主力の保有する糧秣は急速に減少し、兵達が最低限持っている食料と細々と届く補給を勘案してもその総量は現在の消費量で約2週間分を満たすかどうか、というものでしかない。
補給品そのものは後方――進軍発起地となった首都ヴィンドボナや後方策源地となったツェルプストー領――に大量に存在していたが、現状ではその補給量が消費量に満たないのだ。
それ以上の時間がかかった場合、もはや敵と対峙することすら不可能となり一旦後方――十分な糧食と兵を休息させる事の出来る場所に転進させる必要がある。
そうしなければ、彼らの率いてきた軍は敵と戦うことなく霧散してしまうだろうからだ。
たった一人の少年が成した夜襲の影響はゲルマニア軍の戦略にそこまで巨大な影響を及ぼしていた。
そんな事情を瞬時に考慮した彼は、傍らのハルデンベルグが何か口を開く前に命令を下した。
「探索正面をトリスタニア北東部とする。すぐに準備にかかれ」
翌日、トリスタニア北辺の草原に数千人の兵士が集結を完了した。
彼らの前方には主攻方面とされた防御陣地群と旧平民街の東端部が見える。
通常の攻城戦であれば彼らの出番はもっと後になる。
城を取り囲む巨大な石の壁を大砲と魔法によって破壊し、突破口を開く。
彼らは単にその突破口めがけて隊列を組んで一斉に城内に乗り込めば事足りたのだ――少なくとも、これまでは。
しかし、彼らの前に広がる“壁”は別物だった。
這い上がることが不可能なほど急峻ではなく、その高さも低い。
陣地正面には空堀が掘られているが、水掘と垂直にそそり立つ城壁を組み合わせた防御設備ほど強固なものとは思われなかった。
そんな“弱体な”防御陣地を自らの体を持って撃砕する任務を与えられた彼らの背後には、何門もの大砲が並べられた砲列が敷かれ、これから行われる探索攻撃を支援すべくトリスタニア前面の防御陣地に向かって轟音と共に砲弾を放ち続ける。
しかし、その数は思いのほか少なく、10門程度でしかない。
その原因はゲルマニア軍の戦術思想に現れる“機動重視”という軍事ドクトリンの影響だった。
トリステインの数倍の人口を誇るとはいえそれ以上に広大な領土を持つゲルマニア。
そんな国に住まう彼らは広大な(それ故にトリステインよりも人口密度の薄い)ゲルマニアでは限られた戦力を有効利用するために兵を軽装で動かし、運動戦――野戦に持ち込もうとする傾向があった。
彼らは寒さの厳しい北に領土を持つために、兵個人の防寒装具も他国に比べ兵の負担を増やしていたし、広大な領土内部で軍隊を効率的に動かすためには、まず第一に移動の邪魔になる牽引式の火砲を極力減らすことを主眼としていた。
これが南方のロマリアやガリアであれば、自走可能な砲亀兵を導入することによって解決することが可能であっただろう。
が、気温に生存条件が大きく左右される砲亀兵の導入は、ハルケギニア北部にその国土を構えるゲルマニアでは事実上不可能なことであった。
その為、ゲルマニアではより人力牽引に適した軽量な砲が好まれることとなった。
ゲルマニアで他国に比して高度な冶金技術が発展することになったのは、そうした軍事上の要求に基づくものでもあったのだ。
糧秣の補給に関しても、ゲルマニアでは兵には常に最低限のものしか持たせず――これは広大な戦場での逃亡防止の意味もあった――フネによる大量輸送を活用するなど、その姿勢は国土事情のもたらしたもの故に徹底していた。
そうした選択を行うに当たっての問題点の一つは、「城塞攻略の際に必要となる大口径火砲を持たない」という点だったが、戦場での火力支援に関しては風石によって空を自由に機動する戦列艦の大砲が当てに出来たため、あまり問題にされてこなかった。
少なくともゲルマニア国内というこれまでの戦場では。
しかし、今はそれが全く裏目に出ていた。
彼らの火力を保障する空中移動砲台にして輜重段列であった艦隊が自由に使用できない中、彼らは半ばその身一つで前方に築かれた防御陣地に挑まねばならなくなったのだ。
彼らにとって救いだと思われていたのは、目の前の陣地が“弱体”なことだけ。
であるからこそ、彼らは僅かな砲撃の支援だけで敵の陣地に乗り込もうとしていた。
断続的に次々と放たれる砲弾は敵の陣地付近に集中する。
敵陣に弾着を示す土埃が舞い、目標を外れた砲弾が陣地背後の平民街外周部に存在した民家を叩き潰すかのように一撃で倒壊させる。
敵陣に降り注ぐ砲弾が土埃を舞い上げる度に、攻撃部隊に所属する兵士達の士気が高まっていく。
ハルデンベルグが探索攻撃の実施を命令したのはゾンダーブルグ連隊、ルードヴィング連隊、リッペ連隊の計3個連隊もの兵力だった。
その部隊に所属する6000名近い兵士達が、探索攻撃部隊指揮官に任じられたゲアハルト・ハーロルト・ゾンダーブルグ侯爵以下の貴族士官の指示の下、それぞれの連隊ごとに4列の横隊を構成する。
連隊と呼ばれる部隊の規模は平均して2000名程度(編成した貴族の所領の規模や財政状況によって多少の差が存在する――無論、損害によるものもある)であるから彼らはおおむね500名ごと――大隊単位で横隊隊列を作り上げたことになる。
6万を超えるゲルマニア侵攻軍からすると一見少ない様に見えるが、横隊の幅はそれでも500メイル以上に及ぶ。
これがゲルマニア軍全てとなると、その横列陣形はさらに巨大化し、6万もの軍勢が仮に全隊で横隊陣形を形成すると、最低でも5~6リーグ近い横幅が必要とされるのだ。
さらに、進行方向に向かって徐々に狭まるように作られた稜堡によって、その戦闘可能面積が極めて限定されていたため、単一の戦闘正面に配置するのはこの3個連隊が限界に近かった。
探索攻撃に参加しない、残りの大部分の戦力はトリスタニアを囲う様に展開している。
勿論、敵の射程外でだ。
エステルハージが主攻方面に設定したトリスタニア北東正面陣地はその防御力を高める為、軍事的に極めて狭い範囲を作り出すように構築されている。
戦闘正面が取れないがゆえに待機を強いられている彼らの任務は、可能な限り敵の戦力を引き付け、分散させること。
それでも周囲15リーグを超えるトリスタニアをわずか6万の軍勢で完全に包囲するとまではいかない。
「攻撃前進を開始する! 全隊突撃開始線まで横陣隊形のまま前進!」
肥えた馬躰を持つ白馬に跨ったゾンダーブルグ侯爵。
彼が発したその言葉を受けて、3個連隊の兵達が一斉に前進を開始する。
響き渡る太鼓の奏でる軍音に合わせて、手に剣や槍を携えたゲルマニア兵達は一歩一歩を踏みしめるように進む。
その隊列の周囲には騎乗した将校が、自らの指揮する部隊をまるで羊の群れを誘導する牧羊犬の様に周回していた。
先程の攻撃前の支援砲撃によって高揚した気分のまま進む彼らは知らない。
彼らが放った支援砲撃――その多くは厚さ5メイル程もある防御用の土堤に激突して、ほとんど効果を及ぼさなかったことを。
命中率の低いこの時代の大砲は有効弾を得るまでに幾度もの砲撃を要求する――例外は超至近距離か、どこに打っても命中する様な幅広く展開して前進してくる歩兵横列、あるいは城壁の様なものだけ。
そして、彼らが目標としたのは確かに巨大で不動な構造物だったが、土砂の堤に囲まれるように低く厚く作られた稜堡の土をむなしく巻き上げるだけで終わった(効果が低かったのは遠距離砲撃の為に射程の長い鉄球弾しか使用出来なかったこともある)。
そして、そうした鉄球弾は直撃でもしなければ被害を与えることはできないが、トリスタニアの防御陣地にはそうした損害を避けるべく、簡素ではあるが十分な防御力を発揮する無数の壕が掘られていた。
攻撃開始線から500メイル程前進した彼らはトリステイン側の標定射撃痕のある場所に到達する。
同時に後方からの支援砲撃が味方撃ちを避ける為に中断された。
ここまではゲルマニア軍側にとって予定の行動だった。
しかし、それをトリスタニアに立て篭もる平民軍側が確認した時、今度はこれまで敵の砲撃にずっと耐え続けてきたトリスタニアの防御陣地に据えられた無数の砲が一斉に火を噴いた。
地鳴りの様な砲声。
まるで火山の噴火を思わせるような轟音と閃光が響き渡るとともに、大気を切り裂いて何発もの砲弾が飛来する。
彼らに向けられた砲の数はゲルマニア側の3倍――少なくとも30門近い。
当然、効果を発揮することもなくむなしく大地に食い込んで周囲に土砂を撒き散らす砲弾もある。
しかし、その砲弾が効果を発揮すれば、たった一発の鉄の塊が地面を転がるようにバウンドしながら隊列を形成していたゲルマニア兵十数人の戦列を切り裂くように一撃で押し潰し、刈り払う。
そんな人間の想像を超える力と死の恐怖を前に戦列が乱れそうになるが、隊列の周囲を周回するように進む指揮官の叱咤の下にゲルマニア軍兵士達は進み続ける。
この間、彼らに出来ることは砲弾が自らの近くに落ちないように祈ることだけ。
隊列を崩せない――砲火や魔法の射程内で隊列を乱してしまえば再編する方法が無い彼らは(敵の隊列を乱すことこそが砲撃の目的なのだ)隣の戦友が吹き飛ばされ、無残な肉塊に代わる中、ただひたすらに耐え、あるいは自らの命を犠牲にしつつ隊列を保ったまま前進を続けた。
距離が近づくにつれ、砲撃による被害が拡大していく。
接近しているために命中率が向上したこともあるが、最大の原因は通常の鉄球弾に比べて射程の短い榴弾が使用され始めたことだった。
榴弾は射程が短いが、その破片・爆風効果によって横隊陣形を(通常弾の)線ではなく面で被害を与える。
効果を増すように、短めに導火線を切られた榴弾が空中で爆発する。
中には砲撃時に点火がうまくいかなかったのか、むなしく大地にめり込む砲弾もあるが、大多数は空中、あるいは導火線の長さが適当でなかったが故に地上に転がって爆発する。
そんな空中、あるいは地上で爆発した弾体の破片と爆風、そして高熱が戦列をこれまでよりも広い範囲で薙ぎ払う。
弾体の破片が兵士達の体を切り刻み、爆風が兵士達を吹き飛ばす。
黒色火薬を詰めただけの原始的なたった一発の榴弾の爆発が数十人もの兵士達の所属する一個小隊を壊滅に追い込む光景さえ見られ、ゲルマニア軍横列の被害が急速に拡大する。
さらに攻撃正面とされた二つの稜堡以外からの援護射撃も加わる。
おそらく合計すれば100門以上にもなろうかと思われるその砲撃の前に、ゲルマニア軍はますます損害の度を高めていく。
「立て! 立て! 戦列を崩すな!」
それでもゲルマニア軍は前進をやめない。
横列が乱れ、一部の兵がその歩みを止めてもすぐに指揮官である貴族の声に追われるように前進を再開する。
傍らでは隊列を組んでいた戦友が砲弾という圧倒的な暴力によって、目に見えない程の速さで原型を残さない肉塊と成り果てる中、彼らはその歩みをやめない。
爆風に打倒され、四肢のいくつかを失った戦友たちの残骸の上を乗り越えるようにして彼らは進み続ける。
その軍事的には奇跡に等しい光景――兵達のほどんどが農村から掻き集められた徴集兵であり、そんな彼らを精神に直撃する光景の中で統率するのみならず、敵に向かって前進させ続けている――を現出させたのはまさにハルケギニアに誇るゲルマニア軍の面目躍如と言っても過言ではない。
彼らが突撃開始線に到達するまでに浴びた砲撃は一門あたりおよそ四度。
わずか1リーグ程の距離を前進する間に失われた兵力はおよそ400名だった。
「全隊停止! 横隊突撃隊形を作れ!」
攻撃隊指揮官のその号令とともに、ようやく突撃開始線に達したゲルマニア軍3個連隊は一斉に停止する。
ハルケギニアでは今まで誰も見たこともないほどの砲火を浴び、5500名程にまで減少した彼らの位置は敵陣地前方200メイル。
もちろん熾烈な砲火に攻撃を停止した訳ではない――常人には信じ難い事に、未だ何発もの砲弾が降り注ぐ中、彼らはそこで隊列の再編成を行ったのだ。
城塞攻略において最も重視されることは一点に可能な限り多数の兵員を同時に侵入させること。
そのためには熾烈な防御砲火を受ける中でも歯の欠けた櫛のようになった隊列を補うことによって一度に敵陣地に取りつくことの出来る人間を増やすことが肝要となる。
無論、指揮官の叱咤号令しか兵達を統率する方法の無いこの時代、兵達を指揮官の命令に服させるためにも隊列の再編は必要不可欠でもあった。
隊列の欠けた穴を埋める為に後方の隊列から兵が進み、最前列に生じていた間隙を補う。
しかし、その間にも飽きることなく砲弾が降り注ぎ、新たな損害と隊列の穴を生み出し続けている。
間断なく砲弾が降り注ぎ続ける状況の下で隊列が再編される間、手の空いたメイジは彼らと陣地の間に構築された柵などの障害物を魔法で破壊する――言うまでもなく陣地に取りつくまでの数分の間に受ける損害を可能な限り減らす為だ。
風、火、水等の魔法が飛び交い、彼らの前方を阻むように作られた防御柵などの人工物を燃やし、あるいは吹き飛ばす。
実際そうした防御柵は一秒でも長く敵を防御砲火の中に足止めすることが目的で作られている。
そうした設備を排除するために魔法を繰り出す貴族の中には、ゴーレムを使って一斉に施設を排除するとともに、あわよくば陣地に乱入させようとする者もいるが、さすがにそこまで上手くいくはず筈もない。
巨大な目標となる彼らのゴーレムは、即座に鉄球弾を装填して待機していた何門かの大砲の直撃弾を見舞われ、沈黙を余儀なくされる――陣前200メイルという大砲にとっては超至近距離にいるのだから当然だ。
当然、先走ってゴーレムを作り出したメイジは精神力を無駄に消費したことになる。
そんな彼らメイジが前方の障害物を排除している間にゲルマニア軍は隊列の再編成を完了した。
「目標、前方の敵防御陣地群! 躍進距離200メイル!」
攻撃部隊指揮官が前方で火力を吐き出し続ける防御陣地に向かって鋭剣を模した長い軍杖を突きだして叫ぶ。
続いて彼は周囲の爆発音に打ち消されないよう、渾身の力を振り絞って号令を発した。
「全隊突撃ィ――、前へ!」
その命令一下、砲弾の嵐の中で永遠にも思える時を耐えた兵達が駆けるようにして突撃を開始する。
誰もが本能的に恐怖を紛らわせ、同時に意気を昂らせる為に野獣の吠える様な叫び声をあげる。
横隊陣列の再編を完了したゲルマニア軍は生物学的、あるいは人為的に作られた狂気と興奮に包まれながら、そんな野獣の群れの咆哮にも似た吶喊の声とともに、ついに突撃を開始した。
「全員の配置は終わったかい?」
そうマチルダ・オブ・サウスゴーダは尋ねた。
かつて怪盗フーケとしてトリステイン全土に名を馳せた彼女は、今やこのトリスタニアの直接防衛責任者として目の前に広がるゲルマニア軍と対峙していた。
傍らの副官格の男が「終わった様です」と答える間も彼女の視線は迫りくるゲルマニア軍に注がれている。
彼女とゲルマニア軍との直接の距離はおよそ500メイル。
防御砲火を浴びながら横隊を再編しつつあるゲルマニア軍と防御陣地外周との距離はおよそ200メイルであり、横隊が再編され次第、突撃を開始してくることは明らかだった。
その彼女の予測を裏付ける様に、隊列の再編が完了したゲルマニア軍が突撃に移る。
180メイル、150メイル、120メイル。
ぐんぐんと距離が近づく。
そんな光景を眺めながら、陣地までの距離がおよそ100メイルに達そうかという時、彼女は大きな声で射撃命令を発した。
「打ち方用意! ――放てぇッ!」
途絶えることの無い砲撃に続いて、今度は手に銃を構えた平民兵が一斉に引き金を引く。
点火薬を満たした火皿に打石機に取り付けられた火打石が叩き付けられ、銃口から一斉に炎と硝煙、そして人間の体をいとも簡単に打ち抜くことが出来るほどのエネルギーを受け取った銃弾が飛び出す。
その事実を示すように響くのは無数の銃の発砲が生み出す雪崩の様な轟音。
防御陣地群に突進を開始したゲルマニア兵達もその光景を目撃した。
次の瞬間、遮蔽物の無い中を身一つで駆ける最前列のゲルマニア兵達の背中に大穴が開き、血と肉、そして砕かれた骨が銃弾と共に周囲に飛び散った。
ハルケギニアで使用されている銃は打石式・前装銃であるがその威力はかなり大きい。
弾丸こそ射程と命中率に問題を抱える球形弾にすぎないが、そうであるが故に銃の口径は大きい。
最もありふれた弾重量1/30リーブル弾を使用する銃の口径は約1.3サント。
威力を重視した軍用の1/15リーブル銃ならばその口径(≒弾丸直径)は約1.8サントに達する。
おまけに命中した鉛製の球形弾は体内で容易に変形し、周辺の人体組織を巻き込みながら数倍の射出口を作り出して反対側から飛び出すのだ。
そんな銃撃を受けて、最前列付近のゲルマニア兵達がが赤黒いものを撒き散らしながらバタバタと倒れる。
しかしそれでも彼らは前進をやめない――ここまでくればあと少しで敵陣に突入することが出来るのだ。
敵防御施設に取りつくまでおそらく敵はもう二、三度の斉射を行うだろう。
トリステインの平民達がたとえ彼らの前方に1000名の銃兵を配備していても大した脅威ではない。
平均命中率が10%程度でしかないマスケット銃では100メイル程度の間に与えられる打撃は三斉射でせいぜい500名に満たないのだ。
これまでの砲撃と合わせても1000名に満たない犠牲。
敵の平民メイジの攻撃によって損害はそれよりもやや増えるかもしれないが、それでも残りの5000名近い兵士は敵陣に突入することが出来る。
彼らは陣地に突入した後、乱杭や逆茂木の植えられた堀や土壁を遮二無二突破して敵陣を制圧する予定だった。
無数の銃弾が投げつけられ、ついに敵の陣地内から射程の短い魔法すら飛び交い始めた戦場。
距離が狭まった為に、それらに加えてこれまでハルケギニアで広く使われてきた遠戦兵器である矢が降り注ぐ。
そんな中でもゲルマニア兵達の突撃は止まらない。
最前列を駆ける兵士達の多くが銃弾を浴びる中で、幸運にもその咢を逃れた兵士達が陣地前方に掘られた堀に飛び込んだ。
彼らが堀に飛び込むと同時に、無数の悲鳴が上がる――外からでは内部を覗き込むことが出来ないほど急角度で掘られた空堀の底にはまるで待ち受けていたかのように先を尖らせた無数の杭――乱杭が打たれていたのだ。
勇敢な先陣の兵士達が堀の底に設けられた乱杭に傷つき斃れる中、彼らにやや遅れて到達した兵士達は斃れ、あるいは苦しむ彼らの体を埋め草にさらに突進を続ける。
逆茂木――その名の通りまるで根が突き出したように見える木製の障害物に傷つきながらも、彼らはようやく防御陣地の外周に取りついた。
しかし、同時に彼らの真上の敵陣からは石や熱湯といった悪意が一斉に降り注ぎ、ようやく土壁を登りかけた彼らを堀の底へ押し戻す。
運の良いものは先に死んだ味方の体の上に。
運の悪いものは先を尖らせた太い杭の上に。
必然的に先鋒部隊はそれまでの勢いを失い、後続の部隊は彼らの後方――防御陣地の前面で停滞することになる。そして、それは遮蔽物のない至近距離で敵に身をさらすことと同義であった。
当然、進むことが出来ない上に何の遮蔽物も持たない兵士たちが銃砲弾の雨を受けてバタバタと倒れていく。
そして、前進もままならなくなるほど密集した彼らに平民達の“とっておき”が降り注いだ。
「なんだと……」
エステルハージはその光景に思わずそう呟いた。
信じられない。
一瞬のうちに、それまで人為的な鉄の嵐に耐え続けてきたゲルマニア軍が崩壊したのだ。
渋滞して密集したゲルマニア軍に対して、トリステインの平民どもは大砲に対空用の葡萄弾を詰めて叩き込んだ。
その名の通り、葡萄の粒の様な無数の小さな弾を詰めた袋を装填して発射する葡萄弾は、砲口から円錐状の射程内にいる敵に対して極めて大きな効果を発揮する――確率論上、その射程内にいる人間大の物体は決して無傷ではいられないし、元来銃弾すら弾きかねない硬さを誇る飛龍の鱗を貫くことを目的にしたその威力は、人間が身に着けられる程度の防具を難なく貫通する。
欠点としては無数の小弾をばら撒くために、その射程が極めて短いという点であったが、防御陣前100メイル以下という距離は大砲にとってまともな照準すら不要な超至近距離に等しい。
“敵のいる方向に向ければいい”と言うような超至近距離で30門近い砲から一斉に放たれたその一撃は、ろくに身動きもとれないほどに密集していた500名近い兵士達が圧倒的な暴力による変容を強制した。
同時に、その倍の者達が何等かの傷を負う。
不運にも直接の目標とされた者達の遺体は原型を留めてすらいない。
いや、痛みを感じることなく絶命出来た彼らは未だ幸運だったのかも知れない。
彼らの傍にいた者たちはもっと悲惨だった。
腕や足と言った体の一部を喪った者。
無残に千切れ飛んだ胴から内臓が零れ落ちている者。
不運にもその一撃から生き残ったより多くの者は、自らの体が死を迎えるまでの間、悲鳴と助けを求める声を挙げながら苦痛と戦い続けねばならなかった。
さながらそれは地獄の様な光景だった。
そして、同時にその一撃は続く兵士たちの精神に一生忘れがたい何かを抉りこむように刻み込んだ。
これまで激しい鉄の嵐に耐えてきた大多数の兵士達は、肉と鉛、そして掘り起こされた土が混じりあった混成物と成り果てた戦友達の姿を目撃した。
そして、瞬時に刻まれたその凄惨な光景の前では、如何に士官たる貴族達が統制の声を挙げようとも意味を成さなかった――それ以前に誰もがその一撃で一時的にほとんど聴力を失っていたが。
まるで何かの糸が切れたかのように、一瞬のうちに兵士達の統制が失われ、動揺が水面に走る波紋のように広がる。
恐怖と衝撃のあまり使命感の失われた彼らの多くは、安全な場所を求めて一斉に後方に駆けるようにして逃げ出そうとするか、その場でうずくまってただひたすらに死の運命が自らを襲わないことをひたすらに祈る。
中には錯乱のあまり武器を捨て、ふらふらと無防備なまま戦場を一人で歩き出す者もいた。
そんな彼らに追い打ちをかけるように、防御陣地からは尚も容赦なく銃弾や砲弾の嵐が降り注ぐ。
激しい銃砲撃を受け続ける中では、その衝撃からいち早く立ち直った士官の叱咤号令の声すら全体には行き届かない。
おまけに崩壊した戦列を立て直そうとした、指揮官に特有の特徴ある動きを示した貴族には優先的に銃撃や砲火が見舞われる。
その結果、一時的な士気の崩壊は指揮統制の消滅――そして部隊そのものの完全な壊乱へと発展した。
「閣下、攻撃中止を! 閣下!」
ハルデンベルグの悲鳴のような声が聞こえる。
その声にエステルハージは半ば茫然としていた意識を自らのもとに取り戻し、大声で怒鳴るように命令を発した。
「攻撃中止! 攻撃中止だ!」
即座にその命令をハルデンベルグが具体的な形に翻訳した。
「攻撃中止! 攻撃中の部隊は直ちに攻撃開始線まで後退! 付近の部隊に彼らの収容を支援させろ、発射可能な砲兵は支援射撃を再開!」
その命令はすぐに騎乗した将校伝令によって侵攻した部隊に伝えられようとする。
しかし、彼らが火薬と鉛の楽園の中に駆けていく間にも次々と兵士達が斃れていく。
無論、彼らを死の運命から救うべく駆ける将校伝令でさえ、その確率論の例外ではない。
そんな同僚たちよりも幸運だった伝令将校が伝えた命令により、いち早く砲兵の攻撃が再開された。
僅か10門程度ではあるが、一斉に火を噴き味方の撤退を援護する。
砲兵の支援攻撃が再開されたことを確認した後、エステルハージは再び壊乱した部隊に視線を向けた。
主力が半ば壊乱した中、敵の陣地付近には今も多くの兵達が伏せるようにして銃弾の嵐に耐え続けている。
「あいつらは何をしておる! あんなところでは敵の良い的だ!」
その光景を目にしてエステルハージは叫んだ。
あんなところで粘っていても敵の的になるだけで、軍事的には何の意味もない。
あるいは後退するにせよ、そんなところで伏せているだけでは再開された味方の支援砲撃にも巻き込まれかねない。
そんなエステルハージの声に傍らから望遠鏡で様子をうかがっていたハルデンベルグの声が響いた。
「か、閣下! 違います、あの兵達は、あの兵達は……」
ハルデンベルグの声は震えていた。
その言葉から参謀長が言葉に出来なかった真意を汲み取ったエステルハージもまた呆然とした様子で呟いた。
「……死んでいるというのか、全員」
地獄の様な戦場からようやく撤退した兵士達の収容が終わった頃、それまで無言だったエステルハージはおもむろに口を開いた。
兵を人として考えてはならないとされる司令官である彼であっても、あの光景は衝撃以上の何かを彼の精神に与えていた。
未だ収まりきれないそんな動揺を隠すかのようにエステルハージの言葉は必要以上に軽く、明るい。
「手酷くやられたな。ハルデンベルグ君、損害は?」
ハルデンベルグは概算ですが、と前置きしたうえで続けた。
「戦死が約1200、負傷者は約2700と言ったところでしょう。損害の合計は約4000名――事実上2個連隊が消滅し、残りは寄せ集めても2個大隊に成るか成らないかだと思われます。……ああ、一部の指揮官からはすでに士気崩壊の危険性について上申がありました」
その答えにエステルハージは思わず唸り声を漏らした。
3個連隊、6000名近い部隊がわずか一時間にも満たない戦闘で壊滅したのだ。
そんな損害率などこれまでのハルケギニアでの戦いでは聞いたこともない。
むしろ互いに大兵力を投入した戦いでは逆に戦死者は減少するものなのだ。
故にエステルハージはまさか平民どもがあれほどの火力を持っているとは思いませんでした、と報告の最後に付け加えて締めくくったハルデンベルグに噛みつくように口を開いた。
「そうだな。竜騎兵を無力化し、フネまでも打ち落とす“空飛ぶ火矢”といい、あの火力集中といい我々の常識などなにも役に立たん! そもそも我々は平民どもがトリステイン王政を打倒するなど考えたことすらなかったのだからな」
そう自嘲気味な言葉を放った後、エステルハージはだからと言ってただあの竜の巣の中に兵達を突っ込ませる訳にもいかん、と彼は幸運にも生還した彼らを後方に配置転換するように指示を下しながら続けた。
「策を考えてくれたまえ、あの“要塞”を短期間で落とす策を。それが君の職務だ――敵のおおよその火力配置は見当がついたのだろう?」
「はい閣下。しかし、短期間となりますと我が軍のメイジを総動員しても坑道戦術は使えませんな。あれだけの数の敵に耐えられる数の兵を送り込むことの困難さに加え、先程の敵の反撃を見れば平民どもの中にはメイジも含まれているようですのでなおさらです。部隊の負担も考えるなら夜間の内に可能な限り接近して塹壕を掘り、突撃陣地を構築するほかありますまい。それに砲兵の増強と集中使用、不足している火薬に砲弾の補給も必要です」
彼の問いに優秀な参謀将校らしくハルデンベルグはすらすらと攻城戦に必要なものを挙げていく。
その答えに「手配しろ」と即座に同意を示した後、エステルハージは呟く様に小さな声で言った。
「2週間だ」
その言葉に傍らのハルデンベルグもまた頷く。
そしてエステルハージは自らの天幕に向かう為にトリスタニアに背を向けながら、自らに言い聞かせる様に改めて同じ言葉を口にした。
「――なんとしてもこの要塞を2週間で落とすのだ」
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トリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。
前に言ってた「とある~」の筆が進まないので気晴らしに書いてみました。
あとがきでもお伝えした以前書いて使わなかった部分を再利用した外伝です。
追記。
10/12/07加筆修正。