この文章は、ある経緯で手に入ったものだ。我々とは違う歴史をたどった平行世界の闘争の記録、その手記を総合し、矛盾点を洗い直し、そして「戦記」としたものである。 ばかばかしいか? なるほどその通りであり、私もそう考える。ただ、この戦記の中では「提督」としか語られない人物の手紙の形式で記された記録の冒頭を読めば、そのばかばかしさは吹き飛んだ。以下に、それを抜粋する。 まず、この文章を誰に宛てるべきか、ということを考えた。謝辞はいくつも思いつくが、しかし、伝えるべき相手がだれか、という段になって、はた、と指が止まってしまった。これは困ったことだったし、誰に伝えるべきか。誰に伝えたいのか、のない文章というものは、えてして長く、冗長になりがちである。 ちょうど、今のようにだ。報告書が明瞭であるのは、誰に伝えるべきか、がはっきりしているからである。 ひとしきり考えて、考え付いたのは、あの娘たち、艦娘たちの元となった「船」を持っていた世界への報告だった。なるほど、借り受けているようなものである彼女達の戦闘経験を誰に報告すべきか、という点において、ごく私的なこの文章も、書く動機が生まれよう、というものである。 これを読んでいる皆様に言っておきたい。第一に、我々の世界では第二次世界大戦は勃発しなかった。不発、そもそもフィンランドにおける冬戦争すら起こらなかった。ただし、その代わりに日本では内戦が勃発した。死んだ人数もだいたい帳尻があったというから、時の女神というものは、いたく意地が悪いと言えよう。他国の死者も似たようなものだった。それぞれの国家の矛盾が、内側に向けて噴出し、死体の山が築かれた。そんなところで良いだろうし、ここで語るべき主題ではない。必要があるときに語っておきたい、としておこう。 それだけならまだよかった、とは言える。アメリカがモンロー主義をうちすて、われわれの国に入ってきた事で戦争は終結したが、陸海軍、そして空軍の感情的対立はいまだに残っては居たが、まあなんとかなった。めでたし、めでたし。ではある。 だが、時の女神の意地の悪さもさることながら、運命の女神はもっと意地が悪かった。底抜けだ。 そう、われらの敵、深海棲艦の誕生である。倒した今となってみれば、怨念のようなもの、という説明も付けられるが、当時は何がなんやらわからなかった。正体不明、対話不能、人類に対する憎悪だけは一人前。知能は高く、悪辣無比。占領した地では「何か」を材料として増えていく。駆逐艦、潜水艦、巡洋艦、戦艦、空母、そして「基地」とグレードが上がるごとに人型に近づいていく(戦艦と空母はおおむね人型だ) 当初、人類の保有する艦艇では対応が極めて難しかった。内戦で疲弊していたことも無論あるが、ターターなどの初期の電子システム搭載のミサイルではロックしきれず、赤外線も熱源が小さすぎてロックしきれない。砲のほうも旋回しているうちによけられてしまう、と来ていた。時代が下ってからは、ECMでレーダーをやられ「姫君」だの「鬼」だのと言われているクラスの深海棲艦はEMP、いわゆる電子機器殺しを標準で搭載していることから、手に負えない。駆逐艦級ならまだ小銃で何とかなったが(これは少なくとも小型の漁船サイズであった)戦艦、空母ときたらたちが悪く、防御能力や攻撃能力は高いのにもかかわらず、小銃弾ではびくともせず、砲弾をぶち込んでもピンシャンしているときたものだ。制海権はおおむね敵に握られており、経済的に破たんした国家(南半球が当初の活動範囲であった)の海軍がそのまま海賊にスライドするに至り、まあ「対抗手段」が必要とされたのだ。なお、海賊については普通の海軍力で掃討にかかっていた。私もその艦隊に所属し、海軍は機関科で無駄飯を喰っていたものだ。 話を戻そう。つまり、その対抗手段こそが、先ほども述べた「艦娘」だ。あなたたちの世界では耳慣れない言葉であろうから、説明しておくべきだろう。 さて、艦娘が生まれた課程については、いくつか胸糞の悪い「人体実験」が含まれており、深海棲艦を「研究」した、と述べておくにとどめておきたい。秘密指定が解かれていない文章も数多く、この文章の本来の目的にそぐわない部分も多々ある。 とまれ、彼女達は深海棲艦と同じく、人型で、人と同じ身長、かつ年若い娘たちが老化することをやめ、戦うことを選んだのだ。動機が何か、という部分はいろいろとあるだろうが、艤装側に影響されたのか、はたまた当人たちが植えつけられた記憶なのかは知らないが、あなた方、つまり第二次世界大戦が勃発した世界の側の「戦闘艦」の記憶を持ち、同じような威力の兵器(口径が明記されているが、あれはたとえば46cm3連装砲であれば、46cm3連装砲相当の威力があることを表す)を搭載して戦うわけである。これはてきめんに効いた。少なくとも、深海棲艦から日本のシーレーンを守ることはできた、というわけである。 先般、「深海棲艦を倒した」とは言ったが、今でも争いは続いている。艦娘達はおそらく、遠い空の下で同じように深海棲艦と戦っているだろう。だから、彼女達から聞いた、凄惨な第二次世界大戦を経験した世界の人々に聞いてみたい。この世界で、海軍軍人として艦娘達を指揮した私には、聞く権利があると思っている。 あなたたちは、平和な社会を築けているだろうか。深海棲艦の居ない世界とはどのようなものなのだろうか。それをみて、どのように感じるだろうか。 それを、聞いてみたい。それこそが、これを書く動機だ。 海軍元帥 (かすれていて判読できない)付記:当時の艦娘達の聞き取りと資料の取りまとめによって、いくつか当時の私が知りえない情報が書かれることがあるかもしれないが、御容赦いただきたい。 我々にはこの文章に答えることができるのだろうか。それについては、いささかの心苦しさがある。闘争は終わっていない。世界は一応の平和にある。だが、手記の数々をまとめることで、彼らに対する答えを出していきたい。そう考え、これをまとめる。だが、まずは「加賀」と呼ばれる正規空母の女性の手記の紹介から始めたい。彼女のこの戦争での行動については、なぜこのようなことをしたのか、を語れるのは、その手記の冒頭部分があればこそ、と私は感じているからだ。艦隊これくしょん 余計者艦隊 関門海峡海戦 加賀の手記より 提督が座上している指揮統制艦「おおすみ」の指揮統制データリンクの寸断を感じたのが、正規空母「加賀」つまりこれを書いている私が対馬沖海戦にて敗北を悟った瞬間であった。EMP攻撃の兆候をつかんだ場合のシステム断とは違い、大量の敵に襲撃されている、という悲鳴が響いていたからだ。それをつかんだ時、私はどうしていたか。というと、正規空母、赤城に、護衛の第六駆逐隊(特型駆逐艦「暁」「電」「雷」「響」の編成であった)とともに、輪形陣をとり(第六駆逐隊を周囲に配し、中央に赤城と加賀を配していた)敵の空母ヲ級4隻に、雷巡チ級4隻、駆逐ロ級10隻となぐり合っていたのだ。多勢に無勢といえばその通りで、事実、負けかかっていた。夜陰にまぎれて何とか逃げおおせた時には、紫電改が4機、彗星が4機というありさまで、雷巡をすべて沈めたところまではよかったが、肝心の空母がやれなかった、という体たらくである。最大の問題は、別にこれが敵の第一波でも何でもなく、すでに3回ほど同規模の艦隊となぐり合った後だった、ということだ。話によれば、横須賀鎮守府もこれと同規模の襲撃を受けているらしい。呉鎮守府と佐世保鎮守府の連合艦隊ではあったのだが、沈んでいない船のほうが珍しい。実際、同僚の二航戦の「蒼龍」と「飛龍」はすでに目の前で沈んでいる。 この大敗は防げなかったのか、と痛む頭で考えていたことを覚えている。だが、今それを考えてみれば、どうだろう。敵勢力下にある朝鮮半島の鎮海、ロシアのウラジオストックからの艦隊が対馬沖の海栗島のレーダーサイトに引っかかったのは、すでに大挙して深海棲艦がやってきた後だった、というのが、お粗末な話ではあるが。シーレーン防衛の破綻、台湾、沖縄失陥の時点でこの事態は予測できたことだった。「……がさん、加賀さん?」 赤城の声がデータリンクではなく、耳の奥、耳小骨を直接振動させるタイプの通信機から響き、無線通信が復旧したことに、いまさら加賀は気付いた。深海棲艦を相手にしていると、ECMが強烈過ぎて、個人装具の無線機程度では通信が不可能になっている。それを解決するための量子テレポーテーションを利用した通信もあるのだが、データ流はともかく、意志疎通に使おうとすると、とたん量子状態が同期できなくなる意味不明な代物であり、ともあれ、いまだに無線通信がある程度使われている。「何?」「何って……ともかく、呉鎮守府に帰投する、って決めたじゃないの。第六駆逐隊の子たちも疲れてるし……これ以上の薬物投与はリスクが大きいって、加賀さんも言ってたじゃない」「そうね……」 そうだった、と考え直してみれば、今いる地点は、と空を見上げ、観測機器のプログラムを起動し、天測を開始する。視覚情報を艤装側に送信し、送られてきた結果と、自分の観測結果とを照らし合わせ、現在地点が下関海峡のほど近くであることを確認した。そろそろ海峡を通過する、というところだったのだが、コントロールから何も連絡がない。航路情報にアクセスしようとしても、何も出てこないのだ。ひどく不安感を募らせたことを、私、加賀は今でも思い出す。「小休止をしようにも燃料はカツカツだし……ああ、カツかあ。いいなあ、かつ丼。おなか減ったなぁ」「赤城さんは変わらないわね」 そういって私は笑った。くだらない話題が、鈍い疲労感がたまった頭をすっきりとさせる効用があったのか、ともかく、何とかなりそうではある。その時は、そう思っていた。 弓に紫電改をつがえ、周辺を警戒する。夜が明けていないため、艦載機を発艦させるのは自殺行為であるが、そろそろ日の出だった。行動のログを見る限り、そのように計算していたのだろう。「こちら第六駆逐隊、暁よ」 暁の声が、響いた。「そろそろ下関海峡を抜けるわ。今のところ機雷の敷設は認められず……日の出の時刻ね」「そう。警戒、よろしく」「任せといて!」 疲労感はにじんでいるが、元気な声が返ってくる。そうだ、自分だけぼうっとはしていられない。と、加賀は考えた。「……こちら響。……まずいことになったかも」 響の声を聞き、第六駆逐隊のデータリンクから、情報処理能力の権限分与の要請が届く。それを受諾し、視覚情報の外形補正を行う。そして。「送り狼……!」 くそっ、と悪態をついた。日の出とともに、敵の咆哮が、聞こえた。四隻の空母ヲ級が、つい先ほど通り抜けた下関海峡を通過している。目は青く輝き、殺意を発散させ、そして悲鳴めいたヲ級特有の咆哮が再び響く。そして、そこから生物的な滑らかな黒色の戦闘機がぬらあ、と発艦するのを、認めた。「機関全速! 逃げるわよ!」「赤城さん?!」「やり合って勝てる相手じゃないわ!」 逃げる。何からだ。とひどく怒りを覚えていたことを覚えている。弓を持つ手は震え、歯を噛みしめて、目の前で血まみれになりながら沈んでいった蒼龍と飛龍の姿を思い出し、一瞬で激発した。 まったくもって判断を誤っている。どう考えても、赤城さんの行動が正しい。当時の私は何を考えていたのか、と今にしても思う。素直に逃げていれば、瀬戸内海の島々を縫うことで、うまく逃げおおせられていたのだ。「逃げてどうするって言うの、赤城さん」「加賀さん! ダメよ!」 向かい風になっていないため、するり、とスケートの要領で反転し、弓に矢をつがえ、打ち出す。矢として打ち出されたそれは、矢からぐいと形を変え、第二次世界大戦の「紫電改」そのままの形をとった。怒りそのままに星型エンジンのうなりを発し、敵機に向っていく。四機の紫電改を打ち出した後、赤城も同様に矢を放った。第六駆逐隊からは、泣き笑いに近い声が響いていた。「も、もうめちゃくちゃよ!」 暁は10cm連装高角砲を構え、敵機を視認するや撃ちまくっている。データリンクでの統制射撃のデータを受け取り、それを避けてわずか四機の彗星を打ち出した。「何を考えてるの、加賀さん!すぐに逃げるわよ! ……ごめんね、妖精さん……」 赤城は加賀をにらむと、敵の投下した爆弾の水柱を顔面に浴び、ぺっ、とそれを吐きながら、敵に背を向けて逃げ出す。 同じく頭から水を浴びると、頭に血が上って何ということをしたんだ、艦載機の「妖精」達に死ねと言ったようなものだ、という後悔がにじむ。艤装側からのオーバーライドで、プログラムされた回避運動の通り体を動かされているため、このようなことを考える余裕はあった。 上を見上げ、そして。赤城の9時の方向から、敵機が迫っていることを視認し、それが艦爆であることを確認した。無線に怒鳴るが、空電しか返ってこない。 赤城はそれをかわし、こっちを見てにやと笑っていた。だが。 今でも、私、加賀は思い出す。敵機に反応して、ただ逃げていればよかったというのに、余計なことをした結果を、思い知らされたあの瞬間を。 水柱が、立つ。しかし、それは投下した爆弾などではなかった。特有のパターン。それを視認し、艤装側は「モノフィラメント機雷」とデータを送ってくる。「赤城さんっ!」 ぱあっ、と花が咲いた。装甲として発生した防御力場が爆裂した黒いモノフィラメントの塊に貫通され、そして、赤い血煙を立てた。「あ……あ?」 いまだに、よく覚えている。弓懸をはめたほうの腕が、肩口からすっぱりと断ち切られ、海を赤く染めながら、流れてきたのを。 なぜあんなことをしたのか。今でも後悔は尽きない。覚えていたのはそこまでで、呉鎮守府に帰投したときには、自分の右腕も折れていて、護衛の第六駆逐隊は、電一人だけが帰還したのだ。私に恨み言を言うでもなく、ただ、良かったです。とすがられたとき、私は自分の愚行に、呆然とするほかなかった。余計者艦隊 関門海峡沖海戦 加賀の手記 -了―