「……何やってんだろ」 そう、思わず逃げ出した曙は言う。崩れた体育館の裏までついてきた猫は、というと腹がくちくなったのか、くわあ、と口を開けてあくびをしていた。腹をなで、ぼう、と前を見る。手のひらに感じるのは、こわい毛の感触だけだった。「……何、やってんだろ」 あの子が何か悪いことをしたのだろうか。確かに、なぜ似ているのだ、と言われていい気分はしなかった。私は別に、彼女の姉ではないのだ。そう、折り合いをつけたつもりだった。何のことはない。つけたつもりの折り合いなど無かったように、声を聞くだけで心がかき乱される。私がおかしいのだろうか、とほかの艦娘の「クローン」のことを思い浮かべてみると、どの顔もすでに墓に入った後だった。 オリジナルが死ねば、いや、死ななくとも別の艦隊にはクローンが補充され、欠員を埋める。駆逐艦クラスの艦娘は特にその傾向が強い。使い捨てられるほど国力があるわけではないが、使い捨てのような運用をせざるを得ないほど戦況が悪いのだ。生き残ったオリジナルは少ないし、クローンも出てくるはしから殺される。 その中で、曲がりなりにも生き抜いてきた者は少ない。曙もその一人だった。 そして、こんな風な相談ができる人間を、彼女は知らない。まさか、提督やほかの艦娘に聞くわけにもいかないし、当然ながら、クローンに聞くのは一種のタブーだった。「ばかみたい」 自分で考えて、そして潮に何をしたかったのか。は知っている。曙は謝りたかったのだ。無神経なことをしてごめんなさい。という一言を言いたかった。「本当、ばかみたい」 つう、と涙が伝った。 そして、手のひらの下の猫が動きだし、外へ駆け出していく。ああいう風にできれば、多分悩まなくても済んだのだろうな、とも、思わず考えた。とはいえ、一応は人間扱いをされている身の上である。猫のように自由に生きられればいいな、と思えても、猫のように自由に生きれば、その時は死期が早まるだけである。 遠雷のようなサイレンが、鳴る。その音を聞いて、曙は我に返った。続いて、第一艦隊の艦娘は至急提督の執務室に集合せよ、と放送がかかる。緊急事態、にしてはほかの部隊の動きが鈍いな、と考えながら、曙は走った。「状況はどうなっている、鳳翔」 放送が終わった後、突発停電が起きたために若干薄暗い室内で、 提督は鳳翔から伝えられた状況を加賀が作戦図上で駒を動かしていくのを見て、考えた。この通りであれば、陸軍のパワードスーツ兵は、深海棲艦の上陸した駆逐ロ級を順調に掃討できた、ということと解釈できるのではないか、と片眉をあげた。深刻な状況とはとても思えない。「海田市での敵深海棲艦の掃討はほぼ完了しています。駆逐艦クラスであるため、陸軍でも十分に対応可能なことはご承知の通りだとは思いますが」 鳳翔は一拍置く。当たり前ながら、駆逐艦は一般的に装甲が薄い。指摘されるまでもなく、提督はそのことは知っている。陸軍の装備しているブローニングM2 HMGならば深海棲艦の駆逐艦ならば貫通できるし、十分に対応が可能だ。ただし、純粋な口径ならば、であり、彼らの肉薄攻撃によってしか撃破できない、という意味合いにおいて、危険すぎる敵であるのは間違いない。敵は数キロ先から撃ちこんでくるのに、自分たちは数百メートルまで肉薄しないと敵が倒せないのであるから、とんでもないクソ度胸である。「問題が無いように思える」 暗に、本題はなんだ、と問う。むろん、鳳翔は首をゆるく縦に振る。「彼ら、つまり陸軍……いえ、友軍が警戒態勢を解除していません。理由は……加賀さん?」 加賀はすぐに作戦図の端にシンボルを置く。そこに、潜行して接近していた深海棲艦を示すシンボルを置く。つまるところ、哨戒網に引っ掛かっていない新手が来た、ということだ。「……これが理由か」 その構成までは、判明している。細かな艦種は分からないものの、戦艦1、重巡洋艦4の編成で、おそらくは陸軍に対する攻撃を企図した出撃だろう。こちらが本命か、と提督は考えた。「陸軍は何か言ってきているか。加賀」「いえ、今のところは何も。ですが海田市失陥は広島市の第5師団本部との連絡に問題が生じ、坂町、というより絵下山に砲撃拠点を築かれた場合、愉快とは言い難い事態になります。そのため、こちらからも動いたほうがよい、と考えます」「あの、よろしいでしょうか」 そういって、鳳翔は口を開いた。「……大筋では同感です。ですが、敵の戦力は極めて大です。観測できている範囲ですら、戦艦が数隻あります。これも、戦艦を動員しての囮作戦の可能性がある、と私は考えます。本命は別、すなわち、今まで沈黙してきた飛行場姫が動く可能性がある、と見ています」 それを聞いて、加賀はゆっくりと頷いて、こちらに顔を向けた。「その可能性も否定できません。いえ、大いにあるとみるべきでしょう。ですが」 一拍置いて、続ける。「戦艦、つまり扶桑型戦艦「山城」が呉鎮守府に居ても、防空装備はほぼありません。いえ、無いわけではありませんが、飛行場姫攻撃用の3式弾をここで浪費するわけにはいかない、と私は考えます」「……飛行場姫の攻撃隊とやりあって勝てる成算は?」「それをお聞きになられるのですか?」 愚問だったな、と提督は手を振った。鳳翔の搭載量はさほど大きくなく、加賀は搭載量が大きいが、積む航空機がない。かてて加えて、量的には深海棲艦の飛行場姫に及ぶべくもない。それでいて本格的な攻勢に出るのは、飛行場姫さえ撃破してしまえば、敵深海棲艦の航空機は「汚泥」のようなものに戻ってしまう。 だからこそ「深海棲艦に対する防空任務」は本質的に割が合わないのだ。通常の航空機であれば、たとえ飛行場を攻撃して撃破したところで、帰還は困難にはなるものの、攻撃は可能だから「やる意味」があるのだ。むろん、割に合わなかろうが防空をやる意味がないというかというと違う。防護目標があるならば、だ。だが、今や鎮守府の基地機能はズタズタで、防護すべき設備もさほどなくなってしまった。そう考えてしまえば、防空を行う、と言う点で、実際上の問題として航空機や艦娘の損耗の方が痛いのである。艦娘は通常の舟艇とは違い、防空壕に逃げ込ませれば助かる公算がかなり高い。基地機能、という観点では大問題だが、こうした事態を想定して、装備類はすでに運び込んである。だが。「それをやった後、だな」「その通りです」 言うまでもないが、周防大島攻撃作戦を行う前に、基地防空作戦を行って避難民を守る余力はもはや呉鎮守府にはない。早期に周防大島に陣取った飛行場姫を撃破する、ということと、避難民を守る、ということを両立させるのは不可能事だ。たとえ守ったにしても、その後、艦娘の入渠施設が無事である保障はないのである。 しかし、政治的には彼らを守らない、と言うことは選択肢として難しいものがある。国民を守る、というのは現状の陸海軍の存在意義の一つであるし、内戦後の政治的事情から言ってもそれを否定することはできない。さらには、兵役上がりの人間が襲撃の準備めいたことまで進めている。どちらに転んでも暴動の発生を招く恐れはあるが、彼らは我々を守らなかった。という言葉は、きわめて大きな正当性を持つ。「……山城、摩耶……それと、曙で支援艦隊を編成しろ。俺は馬糞に連絡をする」「最上と三隈、それと電を残す理由は?」 それを、加賀は問うた。じ、と加賀の目を見て、提督は言う。「……言うことを聞く奴と聞かないやつ。どちらを残したほうがいいと思う」「愚問でしたね」 そう言うと、提督は電話機を上げる。馬糞め、なぜ沈黙しているのだ。とつぶやき、舌打ちをして。「艦載機の使用を提案いたします」「ほお?」 あきつ丸は、馬淵中佐に向けてにやりと笑う。艦載機という名前ではあるが、呼び出すものはそういったものではない。海軍機を装備している「あきつ丸」も居るが、彼女はそうではない。「深海棲艦の新手が来た、ということは理解しているが、駆逐艦の定期便だと思っていたのだが。違うのか」「はい。いいえ。定期便ではありません。敵の編成は先ほど得られました。戦艦1、重巡4の主力艦隊であります。パワードスーツでは対抗できませんゆえ、先手を打ちたいのです」 あきつ丸は、作戦図に戦艦1、重巡4のシンボルを置く。それが、すぐに坂町に展開している部隊より更新され、戦艦は戦艦「タ」級で、重巡はリ級である、と量子ハイパーリンカより寄せられた情報により、表示が更新された。海田大橋のすぐ前、カキ筏が浮いていた場所、つまり、海田湾に入ろうと思えばすぐに入ることができる地点に、四隻の大型艦が集中している。むろん、戦闘能力が大型艦相当であって、別に大型、というわけではないのだが。「……ううむ、海田市を本気で落とすつもりで来たのか。厄介だな。……ン、ちょっと待て」 電話が鳴る。受話器を馬淵は上げ、女衒か。その情報はこちらも得た。と言う。それを見て、助けてくれる気もないのに、海軍はわざわざ死刑宣告をしに来たのか、と片眉を吊り上げた。だが。「支援艦隊を出す。それは本当か?」 それを聞いて、おや、と思わずあきつ丸は言ってしまう。おそらくは上陸を許してしまうが、1時間はあれば間に合う距離ではある。今まで支援しなかったというのに、どういう風の吹き回しだろうか。「……射撃統制用データを寄越せ? ああ、そういうことか、了解」 そういって、電話を切る。そして。「データリンクに扶桑型航空戦艦「山城」と、高雄型重巡洋艦「摩耶」それと、綾波型駆逐艦「曙」が追加されたはずだ。確認せよ」「は。……確認しました。向っているようでありますな」 ちょうど、呉港から進発し、最大船速で向っている、という表示が出る。24ノットと、若干遅い足も、おそらくは扶桑型戦艦、いや、扶桑型航空戦艦が居るためだろう。装備されている武装をみて、目を疑った。「……私の見間違えでなければ、山城に46cm三連装砲が搭載されているのですが」「ぶっ放す相手が欲しい新式砲なんだそうだ。それと……艦載機の使用を許可する。好きにやりたまえ」 あきつ丸は敬礼し、外に飛び出し、ガチャガチャと音をさせながら、外に飛び出す。にい、と笑い、そして。「さあて、出番であります。一式戦『隼』に、二式複戦『屠龍』……陸軍なら陸軍機でしょうよ」 ぞるん、と後ろの空間から、レシプロエンジンの音を響かせ、12機の単発戦闘機『隼』と、6機双発戦闘機『屠龍』が現れ、形を作り、跳ねるように急上昇していく。あきつ丸の髪を揺らし、周囲にあきつ丸の脂粉の香と、彼らの排気ガスの臭いのカクテルをぶちまけた。言うまでもなく、通常型であれば艦載機以外を搭載することなどできない。ましてや、陸軍機などを搭載することなど不可能である。ただし、陸軍も『海軍からの借り物』である零戦52型にいつまでも頼っていたいわけではない。試作装備をこの「あきつ丸」に回していたのである。それが、図らずも役に立つ形となった。 ほっそりとした胴体を持つ優美な機である『隼』は、ずんぐりとしたシルエットの『屠龍』を守るように飛んでいるが、250kg爆弾を搭載しているため、動きが多少鈍い。狩るべき龍、すなわち『B-29』の存在しない空を飛ぶ屠龍は37mm砲を装備している。どちらかといえば、言い方は悪いが、囮の役割を期待されている。一応重巡洋艦も狩ることはできるのだが、連射が効かない砲であるため、その間に機銃をもらってしまうことがよくあるためだ。「……さて、戦艦タ級はやれないにしても、時間は稼がねば」 そう考えて、あきつ丸は目を閉じ、データリンクの状況を確認する。敵はこちらを視認しているような気配があるが、いまだ射撃を開始していない。「やれやれ、高く飛ばしすぎましたか。……いやあ、修業が足りませんな」 独り言を思わず言い、あきつ丸は海田大橋を通過する戦艦タ級を捉える。ゆっくりとこちらを向き、そして、そのそげた頬を見せつけるように、ゆっくりと微笑して見せた。「……チッ、スカーフェイスか」 厄介な相手だ。とあきつ丸は毒づき、周防大島は、と見てみれば、沈黙している。いささか拍子抜けだが、しかし。敵に飛び立ってこられれば、せっかく爆装をさせた隼の爆弾を捨てなければならないし、それを考えれば、好都合ではある。と言える。 そう考えているうち、隼と屠龍は高度を落とす。ちょうど、黄金山のあたりに差し掛かったためだ。そのまま、海田大橋に向けて進路を取り、侵入コースに進路を向ける。「……」 あきつ丸は、深く息を吐く。大丈夫。うまくやれる。彼我の距離が1km弱となり、猿猴川上空を100メートルほどの低空でフライパスした瞬間、発砲炎が光り、昼間であるにも関わらず、花が咲いたように見え、炸裂音が隼を、屠龍をゆすぶる。火砲が一気に押し寄せ、そして思わずあきつ丸の制御していた1機が、怯えたように上昇。そしてゴンッという音とともに、対空砲をもらい、右主翼、尾翼が吹き飛び、きりもみを起こしながら墜落。ふ、ふ。と息を吐きながら、あきつ丸は胸を押さえる。怖気づくな。高度を下げろ。電線がワイヤーのように見えるような低空になるまで、ぐい、と機を押さえつけ、下降。屠龍のうち一機が、耐えかねたように建物に突っ込み、ビルの最上階を吹き飛ばす。下げすぎたか。と一瞬制御を奪いかけるが、妖精がささやく。「もっと下げろ?」 ひ、と視野を共有しているあきつ丸は思わず悲鳴を上げる。飛行機乗りは物狂いか。そう思った瞬間に、視界が開け海田湾に入る。波が機にかぶりそうな超低空を進む中、戦艦タ級、いや、スカーフェイスと、リ級のウォークライが響き渡る。機が至近弾でゆすられ、さらに1機、2機と波をかぶり、落伍する。機首のエンジンが己のエネルギーで引きちぎられ、プロペラがボディを引き裂くその瞬間を見ながらも、妖精たちは狂騒する。くたばれ海軍野郎。そう笑う。「物狂いめ……!」 やれ、と命ずると、屠龍の砲が火を噴き、敵の青い装甲を一瞬減衰させる。だが、すぐにそれを鬱ぎ、射撃した屠龍が次発を装填して発砲する前に、コクピットのキャノピをぶち破り、撃墜。 爆弾を隼がフライパスする直前、投下する。満足に投下しきった機は少ない。中には、投下前のタイミングで砲火をもらってしまい、僚機に突っ込んでしまう機すらある。 だが。爆炎と悲鳴を上げ、もがく重巡リ級に、屠龍が半ば突っ込むような形で37mm砲を発砲。自身の爆炎に飲まれながらも、リ級の胴体を噴きとばす。「……」 敵は、と見てみると、重巡2隻を沈め、海を真っ赤に染め上げている。だが。戦艦たるスカーフェイスと、重巡1隻は生き残っている。爆弾はない。戦果としては上々だが、しかし。「……死んでくれ、と頼むわけでありますか」 再び、あきつ丸は笑う。妖精に死ね、時間を稼げ。と命じる彼女は、唇を噛んだ。「もっと足が速ければ……」 そう、思わず山城は唇を噛む。一機、また一機と数を減らしていく『陸軍機』を見て居たのは、何もあきつ丸だけではない。呉線の水尻駅を見て、データリンクに要請文を送る。『目標の座標を転送せよ』 そう述べれば、即座に最後に残った隼が座標を送ってくる。海田大橋を通り過ぎ、現在山城が居る地点からおよそ6km。十分に射程圏内だ。「……摩耶は同様の地点に射撃せよ、曙は周囲の監視!」「了解、相手はスカーフェイスらしいぜ。くたばってなかったのか」「了解。……もう!」 そういって、砲をゼロ位置に戻し、弾薬が装填されたことを確認すると、データを入力。データリンクで、隼は絶えず現在位置を送っている。対空砲火が浴びせ続けられているが、それでも耐えていた。 早く。早く。そう急いてはみるが、己の砲は、つまり46cm三連装砲は仰角をつけ。そして。「てっ!」 そう声を発すると、長大な発砲炎が砲より吹き出し、そして黒煙がぶちまけられ、衝撃波でしぶきが立つ。その余波で、うわ、と曙はふらつくほどだ。そして。合計6門のほうが火を噴いたうち、一発はリ級の頭を吹き飛ばし、戦艦タ級の装甲をごっそりと持っていき、ウォークライを上げさせる。もう一度、と考えたその時、隼が撃墜され、映像が途切れた。「……チッ、観測機を打ち出します!」「もうアタシがやったよ」 そう摩耶はぱんぱん、と腕を叩いた。瑞雲の映像が見えるが、しかし。「……居ない?!」「いや、そんなはずは……姉御、どうする?」「……しばらく、海田湾を警戒します。取り逃しただなんて、恥ずかしくて言えるものですか!」「はいよ」 だが、彼女たちの気概はともあれ、その日のうちには、スカーフェイスの姿は確認できなかった。撤退したものと判断する、と言って、次の日の朝までさんざん哨戒した後に、ようやく結論づけ、撤退した。 周防大島は、沈黙したままだった。「……なんであんたがここに居るの」 鎮守府に入港して、開口一番、曙はそう言う。目の前には、潮が居た。「……あの……おつか……」「疲れてるって思うんだったら、解放してくれない?」 我ながらずいぶんとげとげしい。と思うものの、思わずそう言ってしまう。そばを通り過ぎると、あっ、と潮が声を上げた。「……本当に、何よ」「あのね、あ……曙ちゃん」 曙ちゃん。記憶にある呼ばれ方をして、一瞬頭に血が上りかけるが、それを曙はこらえる。だが、その次に言われた言葉で、その血が下がった。「……あのね、猫の世話、一緒にやったほうがいい、って電ちゃんに言われて……」「……それを言うためだけに来たの?」 こくり、と潮は首を縦にふる。毒気を抜かれた表情を、曙は作った。「……ん……この時間だったら、寮の前に居るかな。……報告を終わらせてからでいい?」 こんなやりとりを、私でない私がやった記憶がある。そう認識すると、お互いに、一瞬表情をゆがめるが、怒鳴る気力は、曙にはなかった。 報告を終わらせ、曙は寮の前に居るはずの猫を待つ。だが。待てど暮せど姿を現さない。探してくる、と言い置いて、あちこちをめぐるうち、外柵の回りに差し掛かった。「……血のにおい?」 そして、そこには。じっとこちらを見て居る少年が立っていた。右手には血の付いた石。そして、左手には。 だらだらと血を流し、足がひしゃげ、そして頭からはしろい頭蓋と脳漿を覗かせた『三毛猫』が居た。ちりん、と首が揺れ、自分のものと同じ鈴が、なった。 ああ、つまり。私の飼い猫は、ミケは目の前の少年に殺されたのだ。とうすく、理解した。「あ……え……?」 じっと見てくる少年のほほはこけ、ぎらぎらとした目でこちらをにらんでいる。ぼろというのもおこがましいほどのずた袋を身に着けた少年は、垢じみ、黒くなった顔を、敵意をにじませながら向けてきた。ひ、と思わず小さい悲鳴が、曙の口から出た。らんらんと光る眼が、ぽたり、ぽたりと滴る血の立てる水音とともに、恐怖をかきたてる。 少年は、口を開いた。「なんじゃ、この猫はわしが食うんじゃ。オノレにはやらんぞ。はよういねや! くそ海軍。なんじゃ! はよいねや!」 その黄ばんだ歯から発される言葉に気圧され、思わず曙はしりもちをついた。むき出しの敵意。同族のはずの少年から発される、そのとげとげしい気配は、経験したことのないものだった。「曙ちゃん?」 放心した曙を、潮は見つけた。しりもちをつき、ぼう、と虚空を見て居る。「曙、ちゃん?」 のぞき込むと、目に色が戻る。そして。ぐ、と強く抱き止められ、はじめはすすり泣き、そして。 大きな声で、曙は泣いた。赤子のように。余計者艦隊 第五話 Impostor -了ー