「あああっ、もう!」 対空砲が灼熱し、そこに潮がかかり、蒸気をあげる。ぶん、と砲を振ると、一瞬砲の統制が解かれ、再度巡洋艦1隻、駆逐艦4隻のネットワークに組み込まれる。曙は、砲塔の熱で汗がにじみ、強く噛みしめた顎が痛み、そして頭がだんだんと朦朧としてくるのを感じる。 来るな、来るんじゃない。そうわめき散らしたいのをこらえ、喉の奥から唸り声を発する。周りを見れば、同じように焦りと疲労が見える。飛行場姫ってのは、一体何機の敵を繰り出してくるというのだ。そう毒づき、海に頭を叩きつけたい衝動に駆られる。「上ッ!」 一瞬、長良とのリンクが途切れる。そして、上を見上げると。「あっ……」 そこには、黒い蝙蝠の機影が。ひ、と悲鳴を上げると、その瞬間に機の奥から、エネルギーが放射されるのを視認し、そして。そこに、長良の砲弾が命中し、破片が頭上から降り注ぐ。 ざあっ、と雨のような破片がまとわりつき、装甲面をたたき、いくつかは抜けてくる。そのうち一つが、するり、と頭を切る。「つうっ!」 砲を取り落しそうになりながら、痛覚を遮断。右の額の表皮を削りとっただけとはいえ、血が垂れ、瞼の上にかかりそうになり、慌てて目を閉じて、艤装から取り出した応急パックから、傷口をふさぐための脱脂綿を取り出し、張り付け、目の周りの血をぬぐう。「次っ、来るわよ!」「了解!」 曙は、大声で長良に返す。鳳翔がやられたらもっとひどいことになるんだから、守らないと。遮断された痛覚から、じくり、と痛みが染み出すのを感じながら、砲を上に向けた。「第一艦隊はどうしたってのよ……! そろそろじゃなかったの?!」 そう、悪態をつきながら。「姉御ッ!」 重巡に砲を叩き込み、次弾が装填されるのを待ち構えながら、再び摩耶は砲を発射する。何隻沈めたか、スコアを数えてすらいない。そんな暇すらない。どこに隠れていたのか、重巡、軽巡、駆逐艦クラスが寄せては返る波のように襲撃を繰り返す。中には、ずるりと皮膚が破れたかのような代物すらいて、そこから青い炎をほとばしらせ、産声に似た悲鳴を上げていた。 畜生。どうなっていやがる。陸軍のマーカーはまだか。どこに私たちは撃てばいい。摩耶は唇を噛む。至近に現れた駆逐艦に魚雷を叩き込み、これで魚雷ゼロ、と歯噛みした。あと少し、あと少しで日没だ。早く、早く。絶望に近い思いで、水偵から送られてくる映像を見、そして。「姉御ォッ!」 来た。銃弾をもてあそぶ、少女のビジョン。深海棲艦の憎悪の思念が、つたわってくる。そして、正確な座標が量子リンカにより、トランスポートされてきた。 馬淵は、何とか嵩山にたどり着き、毒づきながらEMP警報を聞き、20mm機関砲の機関部を開けマーカーを積んだ弾丸を装填し、狂ったように笑う女に向けて照準。だが。 発射直前、ブラックアウト。運悪く、EMPでやられてしまう。最も接近していたがゆえに、もっともまずい状況になってしまった。「クソォ!」 画面に、“God speed Mabuti”と表示され、パワードスーツが沈黙。クソ縁起でもないことをしやがって。メーカーの奴が今度来たら逆さに吊し上げてズル剥けにしてやる。そう悪態をつきながら、爆砕ボルトで背面ハッチを吹き飛ばし、パワードスーツから這い出る。どうする。どうすればいい。そう考えながら、20mm機関砲を見る。照準は合っている。今撃てば、当たるはずだ。だが。「……くそ、移動してないわけもねえか……」 悪態をつきながら、何か手段はないか、と機を見る。中には、サバイバルガンとしてXM29と呼ばれていた、OICW計画で作られたライフルが入っている。日本では現地改修され、パワードスーツの使っている20mm機関砲弾が使えるように、と考えた瞬間、思い至る。「……やるしかないか……!」 まったく、どこのバカが指揮官なのに突撃するんだ、と言っていた俺が、こんなことをする羽目になるとは。と悪態をつきながら、XM29を引き出し、そして、マガジンを取り出してマーカーを装填。「……間に合うか……?」 いや、そういう悠長なことを言っている暇はない。間に合わせなければ。駆け降りようとする馬淵のそばに、ドシャッという着地音がする。「中佐!」 女神は俺を見捨てていなかった。そう、その装甲面を見て、馬淵は笑った。ただし、一番ケチがついたのは、その男は20mm機関砲を失っており、馬淵のそれも動作しないということだった。探せば、他にも持っている奴はいるだろうし、EMP発生時に定めた集合地点に行けば、おそらくは見つかるだろう。だが。 問題は、そんなことをしている時間がない、ということだった。「……正気ですか!」 その声を、装甲面のハンドルにカラビナを巻き付け、つかまっている馬淵は聞く。正気でこんなことができるか。そう応じそうになり、笑う。「行けッ!」 ぐらり、と宙に浮き、そして幾度も体を木にこすられながらも、馬淵は必死にしがみつく。そろそろ、そろそろだ。そろそろ。 どのくらいたったのか。死にもの狂いだった馬淵のまなこに黒い「滑走路」が入る。その只中で、一人の少女が笑っていた。ぞぶり、と足を沈め、そして皮膚も貼られていないような駆逐艦クラスが這い出で、悲鳴とともに弾丸を発射。馬淵は、ぐらり、と体を揺すぶられ、跳ね飛ばされるのを感じる。カラビナがついに引きちぎれ、振り落とされたのだ。幸い、タールに体をめり込ませてはいない。ぐい、と体を引き起こし、XM29をつかみ。そして。笑っていた女の、どてっぱらに、弾丸をめり込ませた。しばらくは駆逐艦クラスを相手に暴れていた部下の、ヒドラジン・液酸ブースターが爆発し、炎が巻き上がる。ああ、くそ、と悪態を、ついた。「……?」 不思議なものを見るように、腹を触り、にまにまとその弾丸をもてあそび、馬淵に対して殺意を向けてくるのを、馬淵は感じる。その細い指に握られた弾丸が、のび、薄れ、食い込んでいく。変換規約ロード。そして、男は中指を上げた。「くたばれ、クソ女!」 全力で、逃げ出した。恥も外聞もなかった。そう。そこには、女王の手になる鉄の暴風が吹き荒れるのであるから。爆炎の熱を背に感じ。そして今度は、その「飛行場姫」が可聴域の悲鳴を上げ、ぐずり、と崩れていくのを、意識した。「……っ」 加賀は、体を震わせる。20.3cm砲を構え直し、いつ振りだろうか、などと痛む右手に舌打ちし、最上が使っているのと同じそれの重みを意識した。 飛行場姫と一瞬リンクがつながり、そして砲撃によって全身をズタズタにされるのを感じ、一瞬体を震わせると、甲板に出て、双眼鏡とXM29を片手にウォッチを行っている提督の肩を叩く。「飛行場姫を撃破しました」 短く、務めて事務的な口調を作り、提督に報告する。そうか、と一瞬言った後に、提督は加賀の顔を見て、口を開いた。「……本当か」「ええ。間違いありません。陸軍が量子リンカの規約を強制ロードして、こちらのリンクに強引につなげて、座標を山城に知らせましたから」 それを聞いて、一瞬放心したようになりながら提督は顔をこする。「……勝った、のか」 はあ、と息をつくと、その瞬間に水柱が立つ。大きな衝撃とともにブルーリッジがかしぐ。提督は倒れこみ、そして。「……くそったれ……!」 悪態をつきながら、ライフルを構え、照準。その射線の先には、左半身を肉塊に変え、顔を半ばは吹き飛ばされながらも乱杭歯をがちがちと打ち鳴らす、戦艦タ級、すなわち「スカーフェイス」が居た。加賀は、ライフルの筒先をおろさせ、甲板から飛び降り、機関に火を入れる。両舷全速。「私がやります」 ぐい、と砲を構え、左手で支持して発砲。相手は回避運動もとらず、砲を吹き飛ばされながらも、目を青く燃やしながら前進。 恐怖に息をのむ。飲んだところで、敵の前進は止まらない。照準は加賀には向かず、ブルーリッジにのみひたすらに向いている。島と島の間であるため、ブルーリッジには避ける余地がほぼない。戦艦タ級とブルーリッジの距離は1kmほどであり、ほぼ外しようのない距離だった。それでも外したのは、ダメージが予想外に大きかったためだろう。「……頭に来ました」 こっちが空母だと思って。と毒づき、加賀は再び発砲。頭蓋にそれがめり込み、戦艦タ級はかしぎ、ばしゃあ、と音を立てて海にたたきつけられる。「逃がしません」 加賀は接近し、今度こそ、とばかりに沈みかかった戦艦タ級の胸元につかみかかり、砲を叩き込もうとする。水に手を突き入れ、そして。「……ひっ?!」 ばしゃり、と水音がする。持っていた「それ」を取り落した。それが故である。戦艦タ級は確かに仕留められた。それは間違いない。だが。「こん、ごう」 そう、戦艦タ級の肉塊の中から引きずりだされたのは、戦艦「金剛」であった。余計者艦隊:周防大島編 -完ー