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No.39739の一覧
[0] 【艦これ2次創作】余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet[小薮譲治](2016/01/24 18:52)
[1] 余計者艦隊 はじめに[小薮譲治](2014/04/01 00:31)
[2] 余計者艦隊 第一話:Mr. Midshipman Hornblower[小薮譲治](2014/04/01 00:36)
[3] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(前篇)[小薮譲治](2014/04/15 04:53)
[4] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(中編)[小薮譲治](2014/05/04 20:50)
[5] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(後編)[小薮譲治](2014/05/08 23:44)
[6] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(前篇)[小薮譲治](2014/05/15 02:18)
[7] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(中篇)[小薮譲治](2014/05/20 05:03)
[8] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(後篇)[小薮譲治](2014/05/21 08:56)
[9] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(前篇)[小薮譲治](2014/05/26 18:09)
[10] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(中篇)[小薮譲治](2014/06/02 01:12)
[11] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(後篇)[小薮譲治](2014/06/07 22:57)
[12] 余計者艦隊 第五話 Impostor(前篇)[小薮譲治](2014/06/25 02:02)
[13] 余計者艦隊 第五話 Impostor(中篇)[小薮譲治](2014/07/13 23:38)
[14] 余計者艦隊 第五話 Impostor(後篇)[小薮譲治](2014/08/06 21:17)
[15] 余計者艦隊 ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え![小薮譲治](2014/08/09 23:28)
[16] 余計者艦隊 第六話 White Widow(前篇)[小薮譲治](2014/08/23 00:35)
[17] 余計者艦隊 第六話 White Widow(中編)[小薮譲治](2014/09/09 23:24)
[18] 余計者艦隊 第六話 White Widow(後編)[小薮譲治](2014/10/04 22:10)
[19] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 起[小薮譲治](2014/12/01 19:09)
[20] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 承[小薮譲治](2014/12/01 19:10)
[21] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 転[小薮譲治](2014/12/07 16:45)
[23] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 結[小薮譲治](2014/12/22 12:52)
[24] あとがき[小薮譲治](2014/12/23 21:29)
[25] 幕間 Turncoat[小薮譲治](2015/06/23 15:29)
[26] 余計者艦隊 第二部:瀬戸内海追撃編序文[小薮譲治](2015/06/23 15:32)
[27] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 前編[小薮譲治](2015/06/23 15:34)
[28] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 中編[小薮譲治](2015/07/08 12:20)
[29] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 後編[小薮譲治](2015/07/18 08:06)
[30] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第二話:King Lear 前編[小薮譲治](2015/07/21 21:34)
[31] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第二話:King Lear 後編[小薮譲治](2015/07/23 13:01)
[32] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編最終話:俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで 前編[小薮譲治](2015/07/25 18:36)
[33] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編最終話:俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで 後編[小薮譲治](2015/08/01 11:08)
[34] あとがき2[小薮譲治](2015/08/01 11:15)
[35] 余計者艦隊 第三部:佐世保鎮守府失陥編序文[小薮譲治](2016/01/24 18:54)
[36] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第一話:underdogs(前編)[小薮譲治](2016/01/24 21:03)
[37] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第一話:underdogs(後編)[小薮譲治](2016/02/19 00:38)
[38] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨(前篇)[小薮譲治](2016/05/24 00:36)
[39] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨(後編)[小薮譲治](2016/06/11 18:23)
[40] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第三話 「青空」(前編)[小薮譲治](2016/07/03 17:03)
[41] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第三話 「青空」(後編)[小薮譲治](2016/07/06 06:28)
[42] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第四話 「After mass」(前編)[小薮譲治](2016/07/10 09:21)
[43] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第四話 「After mass」(後編)[小薮譲治](2016/07/17 14:44)
[44] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第五話 「Humanity」(前編)[小薮譲治](2016/07/24 10:28)
[45] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第五話 「Humanity」(後編)[小薮譲治](2016/07/31 07:02)
[46] 余計者艦隊 ソックスハンター外伝 長門の靴下を狙え![小藪譲治](2016/08/17 12:11)
[47] 余計者艦隊 スクウルミズギ、キタ[小薮譲治](2016/08/23 00:17)
[48] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第六話:footprint(前編)[小薮譲治](2016/09/07 01:47)
[49] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第六話:footprint(後編)[小薮譲治](2016/09/17 09:19)
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[39739] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(前篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:44374bc2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/04/15 04:53
 重巡洋艦「最上」が射出した零式水上偵察機からのデータリンクにより、少女に敵の座標が転送されてくる。駆逐タ級2のごく小規模な編成だ。敵接近の報を聞いて、即座に送り出されたのは、先にあげた重巡洋艦「最上」で、黒いショートヘアにセーラー服を着ている女性である。
持っているものは、学生鞄などではなく、20.3cm3連装砲だ。魚雷は61cm4連装酸素魚雷を2基搭載している。その配下には、綾波型駆逐艦の「曙」と、暁型駆逐艦の「電」がついている。曙は青と白のセーラー服に、不敵な表情をにじませ、反抗的、としか言いようのない態度を周囲にとっている。彼女は、黒く長い髪を、鈴付きの髪飾りで結っていた。

 そして、先ほどデータを受け取った電は、というと、栗色の髪に、黒い襟と白いセーラー服である。艦種がバラバラなのも、水雷戦隊の定数に満たないのも、動けるのがこれだけ、というごく現実的な理由だった。砲については10cm連装高角砲を積み、魚雷についても最上と同じく、61cm4連装酸素魚雷2基を、いずれも搭載していた。あるものをかき集めたがために良い装備にはなってはいるが、と電は不安を隠せない。

 その三隻が、単縦陣をとっている。先頭が曙で、二番目が電、三番目、しんがりが最上だ。艦娘達の「足」の速さから言っても、価値から言っても、ごく妥当なところではあった。

 曙が、ちぇっ、と舌打ちしながら、報告の声を上げる。

「敵を視認!砲の有効射程には入らず!」

 曙の声が、耳に入る。駆逐タ級の黒い船体が嫌でも目に入る。その下にはがちがちと打ち鳴らされる黄ばんだ歯と、そして、人類への復讐に燃える青く燃える目が、同じように目に入った。

 どくん、どくん、と鼓動が耳の奥で響き、息が荒くなる。下唇を噛み、何とかそれをこらえると最上の声が、耳の奥でした。奥で、というよりは、艤装が音声を認識させているのだが、彼女、電の認識としてはそのようなものだった。

「そろそろ砲戦距離に近づく!反航戦だよ! 射程圏内に入ったらこちらの指示後に射撃開始!」

 射程の長い最上の20.3cm砲の範囲に入っても、最上は射撃をしなかった。なるべくなら命中させやすい距離でやろう、と判断しているのだろう、というところだけは、電にも読めた。無駄弾は、今の鎮守府には一発もない。少し前なら、景気よく射撃を始めていた距離だ。

「追い払うだけで、いいんですよね?」

 電の声に、曙が唸り声をあげ、怒鳴った。

「ばっかじゃないの?! あんた、たかが2隻取り逃すなんて、あり得ないわ!」

 それを、最上は制止しない。追い払って、他の深海棲艦を呼び寄せることになるなら、倒してしまったほうが「まだまし」だからだ。むろん、言い方に難はあるが。

 電は、もごもごと口の中で言葉を濁す。なぜ撃つのか。という問いを投げられても、つい数日前までの自分なら、敵を倒すためだ、と堂々と答えただろうし、なにより、先ほどのように追い払うだけなどということは言わなかっただろう。そう思えば、自分でもなぜこんなことを言っているのか、よくわかっていない。
ただ、時折。砲撃を受けて、沈みかかっている妹の顔がちらつくのだ。銀髪の少女、響。片腕をもぎ取られ、苦痛の叫びを歯の間から吐きながらも、彼女、電を逃がした、妹。
また、電は唇をかんだ。だが、その時。

「有効射程内! ……砲雷撃戦、用意!てーっ!」

 最上の指示とともに、遠電のような、うなりが聞こえた。深海棲艦のウォークライだ。こちらを、とらえている。ヒュカッ、という風切り音とともに、頭の上を、灼熱した「砲弾」が飛び越えていった。その次の弾は、目の前に着弾する。挟叉だ。

「ひっ……」

 短い悲鳴を、口から思わずほとばしらせる。撃たねばならない、反撃せよ。と自分の精神は告げているが、指が、動かない。柱島泊地にほど近いこの海に、遊弋している深海棲艦など、倒さねばならないのだ。理屈ではその通りであるし、倒さねば、やられる
のはだれか。という点において、疑いの余地などみじんもない。

 重巡洋艦の前に自分が立ち、まごついている間に、さらにその前で背を見せている綾波型駆逐艦の「曙」は射撃を開始した。初弾命中。性格はともかく、砲撃の「うまさ」にかけては優秀そのものだった。
遠目にもわかる。赤黒い血をまき散らしながら、歯をがちがちときしらせながらも、駆逐タ級の戦意は衰えていない。そうして、射撃を開始し。
その瞬間、電は引き倒された。曙だ。曙は、桜色の六角形のうろこ状のシールド、装甲を貫通した砲弾に持っていかれた右腕から零れ落ちる大量の血と唸り声を発しながらも、左腕で瀕死のタ級に一撃を食らわせ、沈める。最上はもう片方のタ級を狙い撃ちにし、一撃で沈めて見せていた。

「え……あ?」

 機関がうまく動かない。電は、体をどうにか引き起こし、機関を再始動させた。どん、という音とともに、足から微弱な振動と、浮揚感を得る。こうして、艦娘は海に浮
かび、スケートをするように進む。

 曙のもとに駆け寄り、というより滑って横につけ、電は止血帯を取り出して、半ば引きちぎれかけている腕に巻こうとするが、アドレナリンで高揚したままの曙は、振り返ってそれを払うと、そのまま立ち上がり、罵声を浴びせる。

「ば……バカ! 撃てって言われたでしょ! このバカ!」

 そのまま、曙は苦痛の悲鳴を上げる。しばらくして、表情が穏やかになるが、苦痛が艤装側からのオーバーライドで神経がブロックされただけだ。血は止まっていない。

 電は、訓練されたとおりに自動的に止血帯を撒いた後、どうしていいのか、全くわからなかった。


艦隊これくしょん 余計者艦隊 第二話前篇『Shell Shock』


「あのバカ、何とかしなさいよ!」

 艦娘の体を「修理」するための修理用のマテリアルと麻酔とを注入する機器を艤装の装着ポートにつけたまま、ちぎれた右腕の代わりに、新しい腕を接合する手術を終えた曙の姿が目に入った。途端、彼女は麻酔から覚めると、見舞いに来た提督に向けて怒鳴った。柱島泊地沖海戦、と呼ぶにはお粗末なそれではあったが、しかし、現実的には二隻しか残っていない貴重な駆逐艦が損傷したわけである。呉海軍工廠の設備が生きていなければ、曙は艤装側の神経ブロックによって苦痛もなく死んでいた。

「最上の報告は読んだ、いや、聞いたよ」

 少佐の階級章を縫い付けた「提督」は、ほい、土産だ。といいながら帽子をとり、ポケットから缶詰のお汁粉を枕元のサイドボードに置く。しばしの沈黙。そして、提督は口を開いた。昼頃なのにもかかわらず、ここは冷房が生きているため、ひどく涼しい。

「電はPTSDだそうだ。外したいのは山々だが」

「……そうもいかないってことね。さすが、クソ提督だわ」

「クソ提督ね」

 ふん、それも良いな。と提督はつぶやいた。

「明後日にはこの……病院から出てもらって復帰してもらうことになる」

「襲撃がなければ、でしょ」

「そういうことになる。幸い、鳳翔によれば今のところ周防大島には動きがないそうだ」

「……ねえ」

 曙は、声のトーンを落とす。きいきいとわめくような、怒り心頭、といった調子ではない。心底から心配だ、という調子だ。

「あいつ。……電、本当にどうするの」

「どうするもこうするも。お薬飲んで出てもらうしかないな」

「最低の話ね」

「そうだ。何しろ、俺は陸軍の馬糞に言わせれば海軍の女衒らしいからな。女衒なりのやり口でやるほかないさ。俺が出張って殺せるなら、変わってやっている。……だから、年端もいかない子供を、精神がぶっ壊れるまで酷使しないといかん」

「あなた、本当にクソ提督なのね。その精神がぶっ壊れるまで酷使するガキに言うなんて。……同情なんかしないわよ。このクソ提督」

「海賊相手の時のほうがマシだったよ」

 相手にするのは、ガンパウダーの食いすぎで頭のおかしいガキか、それよりもイカれた大人だったから。という言葉を、思わず飲み込んだ。同じ人間を殺している、というのは、艦娘達にとって、ある種のタブーでもあった。

「本当に、何とかしてよ。あいつ」

「するさ。するとも」

 帽子をかぶって、提督は立ち上がる。やるべきことは山ほど残っている。そろそろ、鎮守府の外柵前の避難民が「不満」の表明を始める恐れも、あったからだ。




 就任式の直後の出撃で、これか。と提督は眉間を親指と人差し指でぐっと揉みながら、目をつぶる。ぐらり、とかしぐ体を病院の手すりで支え、はあ、とため息をついた。

「……まさか、電が『使い物にならない』とはなあ」

 診断名はPTSDであった。要するに、ショッキングなことを見てしまったがゆえに、精神的に潰れてしまったということである。大の大人、つまり自分でも初めて海賊の頭を、肩を踏んで撃ちやすいようにした後にブチ抜いて、しばらくしてから震えが止まらなくなったのだから、いわんや子供の精神では、なかなか耐えられるものでもなかろう。というものである。艦娘は身体年齢の固定化処置を受けるため、肉体年齢と精神年齢のかい離があるが、特型駆逐艦『電』は見た目とそれが符合する。

「厄介な話だ、まったく……」

 厄介。厄介で言えば、と頭を振った。この小娘たちに頼らなくてはいけない現状が厄介ではあった。確かに駆逐『タ』級であれば、M2機関銃を引っ張り出して、ぶち込むだけで殺せるが、しかしそれが集団となると対応不可能であり、タ級3体で携帯電話程度のマイクロセルでは通信が不能となる。さらに数が集まれば、レーダー射撃が不可能になる。軽巡洋艦クラスの深海棲艦となると、通常型レーダーで捕捉ができなくなった。重巡洋艦でも、戦艦クラスでも同様である。イージスシステムならば捕捉はできるが、しかしそうは問屋が卸さないのが深海棲艦という敵である。でなければ、レーダー出力を上げ続けて対応すれば済むのだ。なぜ、艦娘という一種脆弱なシステムに頼らなければならないのか、というと答えは単純。

「フラグシップ」だとか「鬼」だとか「姫」だとか呼称されるタイプは、ECMなどというかわいいものではなく、EMPを発生させる。敵がレーダーを殺し、電子システムを殺
す怪物であればこそ、艦娘を使うのだ。
 そして、艦娘はある弱点を抱えている。致命的な弱点。つまり、今の電のように、兵器という形をとっていても、なお精神は小娘のままなのだ。ウォークライを上げ、殺しと死を厭わない戦士ではない。いや、泥にまみれ、糞を垂れて、文句を垂れる兵士でもない。

 無論、解決法も開発されている。自己暗示と薬物による精神の『強化』である。それが施されているからこそ、彼女たちは前線に立ち続けられるのだ。
むろん、それがために陸軍からは『女衒』とさげすまれるのであるが。薬で縛っているのはどちらも同じだろう、ということらしい。

「あ……司令官さん」

 そのようなことを考えながら先ほど曙の前では『病院』と呼んだ『艦娘修復施設』こと、通称『ドック』を歩いていると、渦中の『電』と鉢合わせをした。びくり、と怯えたような表情をし、下唇を噛んでいる。

「電か。……どうだ、大丈夫か」

「司令官さん……あの……」

「知っている」

 一言だけ言い、提督は目頭を揉む。

「本当に……ごめんなさい」

「何に対して謝っている?」

「作戦を……」

「作戦の責任をとるのは士官の仕事だ。……兵の仕事ではない」

 いらいらと返していることに気づき、提督ははっとなる。こんな子供に当たってどうする。とふと下に視線を向けると、電はさらに下唇を強く噛み、薬袋をぎゅっと抱きしめている。

「……次にうまくやればいい。幸い、誰も死んでない」

「でも、曙ちゃんは……」

 ああ、くそったれ。こんな子供を戦わせているのか。と提督はひく、ひくと痙攣する左目の瞼を押さえながら、言った。

「無事だったよ、明後日には復帰してくる」

 腕がぶっ飛んだことを無事といえるのなら。という言葉を、提督は飲み込み、ついてきなさい、と手で合図する。

 病院の消毒臭ってのはどうもいかんな。とつぶやきながら、ドックの自販機を探す。ここの自販機だけが、鎮守府で唯一生き残っていたのだ。という報告を記憶していたためだ。何を言っている、と思ったが、冷えた飲み物が飲める、というのは意外に重要なことだ、とこの立場になってみて初めて分かった。それが多くの兵の精神を落ち着けているのだ、ということも。ひげ面の大人がコーラを飲んで涙を流す光景など、そうそう拝めるものでもない。

 そして、自販機に行き当たると、ふむ、これは。と思わずつぶやいた。やはり。

「いやあ、クソ暑いから仕方ないとはいえ」

 汁粉だけが綺麗に残っていた。なお、これを手土産に見舞いをしたのは、本当に汁粉しかなかったからである。補充が為されないため、当然といえば当然ではあった。

「……いや、しかしまあクソ熱いな、これ」

 ほれ、と缶を電に手渡す。電はそれをうけとると、はわわ、といいながら、熱くて持てない、とばかりにそわそわと動かしている。

「……うーむ、加賀に買ってきてもらえばよかったかな」

「え、加賀さんに、ですか」

「ン?」

 そう言った時、電は顔を一瞬ゆがめて見せた。

「そう。あの愛想のない子。右手折ってるからって左手で敬礼すんのな、あいつ」

 わざと左手で敬礼すると、電は年齢に見合わない、薄い笑いを浮かべた。

「いい気味なのです」

 確かに聞こえたが、それを聞かなかったフリをして、提督はプルタブを引き、かきょっという音をさせながら、汁粉を口に注いだ。

「……甘いし熱いな、これは」

 うめきながら、汁粉を飲む。半固形状のどろりとした触感が口の中に入り、体温に合わせて生ぬるくなるにつれ、甘さが舌を刺し、小豆がそのまま入ってくる。

「……夏に飲むものじゃないのです……」

「まあ、そりゃあな」

 そういって、一呼吸置いた。

「……なあ、無理か。戦うのは」

「……えっ……」

 電は顔をこちらに向けてくる。一瞬、小さく首を縦に振りかけ、慌てて大きく首を振った。

「……できます」

「本当に?」

 聞けば、目を見開く。当然だ。出来なかったから曙の腕は吹き飛んだのだ。

「……う……」

 ボロボロと、大粒の涙が目から零れ落ちるのを、提督は見た。

「無理なのです……ほんとうは、無理なのです……」

「わかっている」

 ひっく、としゃくりあげながら、肩を震わせるのを見て、提督は知らず、下唇を噛んだ。
わかっているのか、ガンパウダーの代わりに薬漬けにして、小娘を戦わせているんだぞ、お前は。と兵士としての自分が怒りに満ちたまなざしを向けてくる。卑劣漢め、この小娘の背中の後ろに隠れるのか。と戦士としての自分が罵りの声を上げているのを聞く。

 だが、しかし。指揮官としての自分が、言った。

「戦え。俺にはそれしか言えん」

 がさり、と何かが落ちる音がした。薬の袋だ。

「拾え」

「し、司令官、さん」

「拾えないか。……拾ってやる」

 袋をつかみ、電の手に握らせる。

「飲め。戦え。お前が戦わなければ、あそこに居る避難民が死ぬ」

 くそったれ。

 ぐずぐずと泣いている電の気配が、遠くなる。ぐい、と缶の中身を干した。吐き気がするほど、甘かった。



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