「核攻撃は完了したか。降雨も観測出来ているな?」 その言葉を聞いて、はい、と加賀は答える。十分に距離が離れているとはいえ、甲板に出た場合、艦娘として機能していなければ放射線を浴びすぎてしまう可能性がある。遠くに見える四つのキノコ雲を見れば、不吉な思いを禁じ得ない。「……攻撃を発起するにしても、降雨が収まってから最低でも12時間後だ。しばらくは待ちだぞ」 そう言って、加賀の方を見る。現在は鳳翔が航空支援を兼ねた航空偵察を行っている。敵影はほぼ見えない。そのデータを受信するため、加賀はブリッジに居る。十二時間。現在時刻は一四〇〇であり、かりに今すぐ降雨が収まったとして次の日の〇二〇〇から、という事になる。間違いなく深夜だ。第一艦隊、つまり戦艦山城を旗艦とし、航空巡洋艦最上、重巡洋艦摩耶、軽巡洋艦長良に、駆逐艦電、駆逐艦曙を加えた編成の艦隊は一関係上すでに展開しているが、現在は陸上に上がって、空軍が所有していた旧春日DCで待機中である。陸軍も放射性降下物を避けるため、同様に退避している。 12時間後。なぜ12時間後なのかというと、7の法則とよばれるものが存在し、核攻撃後の放射線量が7時間経過すれば10分の1になるのだ。観測した風向き上、日本海側に放射性物質は流れているものが多い。とはいえ、危険なことには変わりがない。作戦行動が可能なレベルにまで放射線量が降下するマージンを見て12時間としたのである。艤装動作時の艦娘たちにはむろん関係が無いのであるが、陸軍の兵隊にはそんな便利なものはついていない。対馬に突撃するパワードスーツ兵を除けば、タイベックススーツの上に防毒衣というような貧弱な防護装備しかないのである。「……それでは、第二艦隊に休息を取らせてはいかがでしょうか。彼女たちは臨戦態勢のままですので、艤装のフィードバックでの疲労があるかと考えます」「そうだな……。ただ、交代で休息を取るようにさせてくれ。鳳翔さんが警戒してくれているが、深海棲艦の攻撃が無いとは限らない」「わかりました、伝えます」 それにしても、と男はつぶやいた。核攻撃は威力は大きいがやはり作戦の柔軟性に欠ける、と。佐世保失陥編 第四話:After Mass「……対馬、か」 そう作戦用の地図を表示しながら、山城はつぶやく。イ号集団が朝鮮半島の鎮海から殺到し始めた時、彼女はその海にはいなかった。だが、部下たちは全員そこから撤退するなりして呉鎮守府に戻ってきた面々である。そう思えば、実に因果なものだ。それでも、復讐戦を行うには、まだ早い。敵の陣容を確認して、それからだ。地表の核攻撃を行ったとはいえ、深海棲艦の「もと」となるコールタールのような物質が焼けただけで、敵戦力はまだ大半がわだかまっているだろうことは疑いようがない。そもそも、対馬の後背地として朝鮮半島が存在するのだ。 最上、摩耶、長良は支給されたレトルトパックのカレーを、元は春日DCの整備員の使っていた休憩室のソファで食べながら、第二艦隊は今頃どんな飯を食べてるんだろうな、という話をしている。それを聞いて、基地の発動発電機を除いて、大した設備が残っていないのだから仕方ない、と思いながら、レンジで温めるタイプのように見える、トレイ入りの白米と、カレーのアルミのパックが一緒にパウチされたパックを眺め、ため息をついた。不味くはないというより、レトルトとしてはおいしい部類には入るのだが、船の飯に比べるとどうしても数段劣る。それだから、ため息の一つも出ようものである。「どうしたのです?」 食事を終えて薬を飲んだのか、少し眠たげにしている電が山城に問いを投げる。「なんというか、金曜日でもないのにカレーを食べるのは変な気がして」 そう言ってあいまいに微笑むと、眠たげだった目が少し開いた。「カレー……」 そう聞くと、つ、と電の目の端から、涙がこぼれる。「ど、どうしたの?」「いえ、なんだか……急に悲しくなってきたのです」 そう言って、目元を袖でごしごしと拭う。「そういえば、あの作戦前もカレーだったな、って」「……そう」 その言葉を聞いて、曙が行儀悪くクリーム色のプラスチックスプーンをくわえ、もごもごと声を出す。「今度は勝って帰るわよ。どうせ作戦発起は夜になるんだから、さっさと寝なさいよ」 食べ終わったのか、食べ残しを袋に入れて、ゴミ捨て場にしている、黒いビニールをかぶせた段ボールの中にほうりこみ、電を手招きしながら、二人用の寝袋にくるまっている。切り替えの早いことだ、と半ばは呆れながら、はあ、と山城はため息をついた。 その時、がちゃり、と扉の開く音がした。振り向くと、そこには陸軍の連絡官としてこちらにいるあきつ丸がそこに立っていた。「おお、山城どの、こちらにいらっしゃったか」 ははは、と笑いながら軍帽を小脇に抱えた黒い詰襟を着た、雪白の肌をもつ少女は入ってくる。「お話がありまして。来てはいただけませんか」「ここではできない話、でしょうか」 ちら、とあきつ丸は摩耶の方に視線を向ける。なるほど、血気盛んな人間が居ては不都合な話がある、という事か。という事を山城は理解する。「あん? なんだよ、あたしがどうかしたのか?」 そう言って、摩耶は曙と同じくスプーンを咥えながらもごもごとやっている。これで式典に出せばそれなりの立ち居振る舞いができるのだから、わからないものだ、という感触も、山城にはあった。「いやいや、休憩中にするような話ではないのでありますよ」 またうさんくさいははは、という笑いを、あきつ丸は浮かべている。山城からすれば、こういう笑いをする手合いはなかなか手ごわい、という意識もある。「じゃ、山城さん、よろしくね」 そう言って、童女のようにばいばい、と手を振るのは最上だ。立ち話をこれ以上されても迷惑だからさっさと行ってくれ、ということだろう。こういう部分は、元西村艦隊であった、という記憶がある、というところが役に立つ。お互いに「わかって」いるからだ。「それでは、こちらに」 口角を上げる愛想笑いを収め、あきつ丸は扉を開いて、山城を先導する。どんな話だろうか、と床を見て見れば、空軍はよほどあわただしく撤退していったのか、ワックスが塗られた床には靴墨の跡があちこちについており、混乱のほどがうかがえた。 ぴたり、とあきつ丸が足を止める。最小限の電力しか供給されていないためか、非常灯だけがともった階段からさす明かりで、白い肌が闇から浮かび上がる様に見える。「いや、わざわざ申し訳ありませんな」「いえ。摩耶に聞かせたらまずい話なのでしょう?」 別に聞いてもかまいはしないのですが、とあきつ丸は前置きをし、さてどこから話すべきか、というように、目をぐるりと回して、うん、と首を縦に振った。「佐世保鎮守府から脱出を試みている海軍の部隊が確認できました」 その一言を聞いて、山城はぎくり、と身じろぎをする。「確かなのですか?」「はい。おそらくそちらにもすぐ情報は行くと思いますが、単純に間に挟まる人間の数の問題でしょうな。海軍さんの司令官は海上に出ていますから、海兵隊の連絡官から情報が伝わるのが遅かった可能性があります」 ブルーリッジには海兵隊、陸軍の連絡官が乗っているが、ブルーリッジから第一艦隊への情報伝達となると、電波妨害下にあるため、いったん加賀か鳳翔の艤装にデータを取り込み、量子リンカで情報を伝達する必要がある。そのために時間的な差があったのだろう。「なぜそちらは……ああ、陸軍のネットワークと直接リンクしているのでしたね」「まあ、そういうことですな」 特に隠そう、とかそういう意図はないのでしょうが、と言って、あきつ丸は山城の量子リンカにリンクし、情報を渡してくる。核攻撃を行ったB-70、そしてその護衛戦闘機としてのミグ25が微弱な救難信号を受信。電波妨害下であったが、奇跡的に受信に成功し、所属情報等も得られた。それが佐世保鎮守府所属の朝潮と那珂のものだったのである。「ですので、現在こちらのCV-22を向かわせています」「……危険ではありませんか?」「当然、撃墜の危険性もありますな。そうは言っても、連絡をする必要はあるわけですから……」 上級司令部から、なにかしら追加の指示が来る可能性があります。とあきつ丸が口にしたのを聞いて、思わず山城は天を仰いだ。「不幸だわ……」「まァ、そういう事でありましょうな。なに、このあきつ丸も付き合います故、不幸のおすそ分けと行きましょう」「……人間、できているのね」「上官が靴下しか愛せぬ変態ゆえ……」「……は?」「いえ、何でもありませんよ」 ははは、とまたあきつ丸が笑う。今度は、疲れた笑いだった。それに対して、山城は妙な親近感を覚える。たぶん、同類なのだろう。 そうして、あきつ丸は敬礼をして、階段を上って行く。白い首筋が揺れる髪の中で浮かび上がり、まるで幽鬼のようだ。という感想を、思わず抱いた。「ところで、長良。立ち聞きはよくないわね」「ご、ごめんなさい……」 その声を聞いて、はあ、とため息をつく。駆逐艦に聞かせるのは問題だろうから、ということで、耳の良い長良は摩耶に送り出されたのだろう。「まあ、別にいいわ。全部話すつもりだったんだから」 そう言って、来なさい、とばかりに長良を追い越し、山城は歩き始める。「たぶん、作戦が変わるわ。私たちが囮になって、玄界灘を佐世保鎮守府の連中に抜けさせることになる」「それは……」 長良が息を飲む音が、聞こえた。「まったく、不幸だわ」 そう呟いて、扉を開く。うわ、山城の姉御にバレたのかよ、という摩耶の声を聞いて、小細工なんてしないでも教えるんだから、止めなさい、と山城は言う。まあ、前回の疑似餌は向こうの艦隊だったのだから、帳尻は合う。そう、彼女は考えた。「確かなのか」 その言葉を、提督はかろうじて吐き出した。加賀は、こくり、と首を縦に振る。「海兵隊から、佐世保鎮守府の生存者の情報が得られました。陸軍が現在CV-22で近海を捜索中です。連絡が取れ次第、情報を送るとのことです」「……そうか。鳳翔に捜索を手伝わせることはできるか?」「現在実施していますが、まだ……」 そう言って、加賀は言葉を切る。ごくり、と喉を鳴らし、普段はほとんど表に出さない表情の変化が、出た。「位置を特定いたしました。鳳翔教官……いえ、鳳翔さんから情報が送られてきます。コンソール上に表示しますので、少々お待ちください」 そう言って、加賀は端末を操作し、艤装と接続する。INSからの座標情報と、得られた画像データを照合し、地形を分析して地図上に発見位置を表示する。「これは……エルドリッジか」「はい。その通りです。また、佐世保鎮守府はほぼ地上設備は損壊していました。陸軍にこの情報を通知しますが、よろしいですね?」「問題ない」 そう提督は答え、くそ、と口の中で毒づいた。新たな戦力はおおいに魅力だが、幾らなんでも場所が悪い。何しろ、これから対馬に対して攻撃を行うのである。「……愚にもつかない質問だが、現在陸軍が確保している港湾はどうなっている?」 そう聞くと、加賀はおそらくこの質問が飛んでくるだろう、ということで準備をしていたのか、ほとんど間を置かずに回答が返ってくる。「ブルーリッジの現在の喫水であれば問題ないかとは思いますが、エルドリッジはおそらく限界まで人員や物資を満載しているでしょうから、接岸時に不都合が出るかと思われます」「理由は?」「深海棲艦の死骸がかなりの量ヘドロ状になっているため、浚渫の必要性があります。港湾の浚渫をやっている時間、人員の余裕は現状ありませんので、不可能でしょう」 言葉を切り、加賀は続ける。「作業船を呉から引っ張っていくにしても、作業を行うのは民間人です。これから戦闘を行うのに、民間人に作業を強要することは難しい、と思われます」「……わかった。仮に彼らを北回りで脱出させ、救出をするのなら、玄界灘を抜けてもらわなければ困る、という事だな」「ご理解いただけて幸いです」 そう言って、加賀は敬礼して足をCICの外に向ける。なるほど、それにしても。と、続けそうになった言葉を、提督は飲み込む。よりにもよってこんな時にどうして。そう言いかけて、止めたのだ。