「確かですの!?」 跳ね起きた熊野はスロートマイクをつけているにもかかわらず、思わず大声を出す。「声おっきーよ!マジだって!後部甲板に着陸許可、おろしてくれって言ってる!」 そう言っている深雪の声を聞いて、布団を蹴飛ばしてCICへと小走りに向かう。全く、どういう事態なんだ、という気分になっている。「霧島さん!」 CICで指示を出していたらしい霧島が、こちらを振り向く。言いたいことはわかる、というような光を、目が放っていた。「どういう事ですの。CV-22が着陸したいって……どこの!?」「広島の第五師団よ」 それを聞いて、頭が状況に追いつかないのを、熊野は感じた。広島。第五師団。なぜこんなところに、という様子である。いや、当然と言えば当然だ。米海兵隊が単独でこちらに進出してくることは考えにくい。そう考えれば、第五師団が動くに決まっているのだ。「……で、どうしますの?」「着艦してもらいます。当然でしょう。今の状況を変化させられるかもしれませんから」 まあ、そうだろう。という調子で熊野は頷く。孤立無援ではなくなった。それが心を軽くしていた。「あれがCV-22かあ。プロペラでっけーなー」 そう言いながら、深雪は海上の警戒を行っている。通信波を先に受信した関係で中継をしたのだが、実際にCV-22を見たのは初めてである。九州ではどちらかと言えばCH-53が飛んでいることが多かったからだ。「ええ、そうね」 荒潮の声を聞きながら、やっぱり気落ちしているなあ、と深雪は感じる。朝潮が短期的に、とはいえ、戦闘不能な状況になっているのが堪えているのだろう。「朝潮は大丈夫だろ」「そうね……」「そっちこそ、大丈夫かよ、荒潮。いつもだったらあたしにつっかかってきてるのに」 あ、余計なことを言った。と思わず口をふさぐ。そういうところが無神経なのだ、といつも那珂には怒られていたのに、どうにも治らない。「……当たっても、帰ってこないんだもの。みんな」「……ん、そうだな」 当たったところでかえって来ない。確かにみんなかえっては来ないのだ。「はーい、みんなー、聞こえるー?」 那珂の声が、通信機に響く。頭を切ってしまった時に、ひいひい言いながら縫われて居た時とは打って変わった、明るい声。「ちょっとね、戻って来て欲しいんだ。色々と説明することがあるの」「……戻って来てぇ? 大丈夫なの?」 荒潮の声を聞いて、まあ、確かにそうだ、という感触が、ある。水偵を含めた航空機がほぼない以上、駆逐艦による哨戒が必要となる。「ん……データリンク、見てもらえるかな? 霧島さん、外れてるでしょ?」「あ、ホントだ。……あれ、ひょっとして」「そ、わかったらすぐに戻って来て。良いお話だよ」 声が弾んでいる。なるほど、そういう事か。思わず、深雪もにやり、と笑ってしまう。それほどに、良い話なのだろう、という予想はついた。「電波妨害下だから量子リンカでのみのコンタクトになったけど……。呉鎮守府側、本気で対馬をこの戦力で攻め落とせるつもりなのかしら」「まあ、強行偵察を行う、とのことでしたから、本来はもっと戦力がいるのかもしれません」 敵戦力の概算の算定。という事になると、実際問題として、彼女たちはあまり役に立てない。なぜなら、陸上兵力が過小であったため、対馬の実際の戦力配置等が把握できなかったからだ。航空偵察をするたびに状況が変わっており、ろくに情報が得られない。その点に関しては、呉鎮守府と全く同じ状況である。ただし、現在は呉鎮守府の鳳翔のおかげで、全員が集結しての作戦会議が行えているのである。「結論から言ってしまうわ。北回りでの突破を行います」 それを聞いて、熊野は嘆息し、那珂は天を仰いだ。「平戸大橋で呉鎮守府第一艦隊と合流し、鐘ノ岬……宗像市の近海ね。そのあたりまで護衛を行ってもらいます。およそ2時間から3時間の行程となるわ」「……それ、エルドリッジが全速力の23ノットで航行した場合の数字じゃありませんの? ……そのあとは?」「呉鎮守府側の機雷が敷設してあるので、それに注意しながら、下関に向かう形になるわね。下関で負傷者を下して……」 ズレた眼鏡を直しながら、霧島は言葉をつづけた。「状況が流動的だから何とも言えないけれど、呉鎮守府の指揮下に入って、強行偵察作戦の支援を行います」「ふうん……北回りね。南回りの場合、熊本も新田原も支援は難しいって言ってるんでしょ?」 そう、那珂が言葉をつなぐ。それに対して霧島は頷いて見せる。「どっちにしても、戦力の空白地帯である鹿児島を通らなくちゃいけないから……。まあ、危険を冒してでも北回りじゃないと、難しいわね」 そういって、霧島は肩をすくめて見せた。疲れは、やはり覗いている。だが、目には希望の色も見えていた。「おう、馬糞。どうする」「おう、女衒か。どうするもこうするも、放置してはおけんだろう」 陸軍が指揮所として使っている旧春日基地、そして岩国基地の米軍との会議通話が組まれようとしている。その前に、陸軍とのすり合わせを行うべく、提督は馬糞こと馬淵中佐に連絡を行っている。「言い方を変えるぞ。陸軍は5時間以上も深海棲艦の攻勢に耐えられるのか」「厳しいな」 厳しいな、という一言が、馬淵中佐から返ってくる。つまり、なんとか耐えられる、という事だろう。そう提督は解釈する。「……第二艦隊を対馬に近づけるほかない。こちらに誘引する戦力を増やすのが、ベストとは言わなくてもベターだろう」 これは加賀が提案した話である。実際、そうするほかはないのだが、ブルーリッジを完全に無防備にしてしまいかねない部分がある。とはいえ、陸軍の協力が不可欠な以上はこうするほかはない。「助かる。いや、助かるというよりはそうしてもらわないと困る。何等かの妨害で足が鈍ったらそれ以上時間がかかるのは確実だからな……」「だろうな。ここ最近の深海棲艦は明らかに「馬鹿」ではなくなっている。そう考えれば、何か妨害を行ってくるはずだ。はずだ、ではないな。確実だろう」 相互にため息をついてみせる。実際上、敵がひたすらに向かってくるだけならば、対処するにはひたすらに火力が要求されるだろう。だが、相手もなぜか「知恵」が回るようになっている。南方でマレーシア海軍、国連軍と共同歩調を取っていた時とはまるで感触が違った。「知恵の実でもかじったかね」「はは、かじったなら恥らってるだろうさ。ヲ級の格好なんか、道を歩いてたら通報ものだろうよ」「違いない。……真面目な話、頼むぞ。早く戻って来てもらわなければ陸軍は破滅だからな」「ああ。……靴下を融通しよう」「……魅力的な話だが、さすがに靴下で部下の命を売るわけにはいかんから、それは」「違う。事前協議に応じてくれた個人的な礼さ」 話している内容は聞くに堪えない物であったが、合意は成った。あとは、海兵隊の説得である。さすがに付き合い切れない、と言われた場合どうするか。それを考えると、頭痛を覚えるほどである。「いやあ、生きててよかったなぁ」 そう、短く深雪は言う。目を閉じていた朝潮が、ゆっくりと目を開けた。鼻にカニューレが差し込まれているのが見て取れた。千切れ飛んだはずの腕は新しく製造され、接合されている。治療を促進するMEMSや薬剤も投入されており、一週間もすれば、日焼けの色合いが違うことを除けばほぼ継ぎ目は目立たなくなるほどだ。ことに、朝潮はちょうどよく骨を損壊せず、腕だけが吹き飛んだからでもある。逆に言えば、都合のいいところでいったん切ってから接合する、という事で、骨を固定するボルトを入れたりなどをする必要があるためでもある。 むろん、いったん切り落としてしまってから、そこに新しい腕を継げばいいのだが、そういう手術をやるためには体力が必要で、腕が吹き飛ぶような負傷をしてしまった場合はそのための体力や血の量が足りないケースが少なからずあるため、なかなかそうそう踏み切れるものでもない。「……でも……」「ん?なんだよ」 深雪は、でも、という朝潮の声を聞き咎める。生き残った事に何か負い目でもあるのか、という気分だった。「……しばらく、戦えないのが……」 少しの間の沈黙。んー、とうなり声を出した深雪は、なあ、と改めて言う。「そんなにあたしたち、頼りないかな」 深雪様にどーんとまかせとけ、と言おうとした口は、別の言葉を吐き出していた。その言葉に、自分でもおや、という思いがある。「やっぱさ、一人いなくなるのはキツいけどさ。居ない間くらいさ、あたしたちで何とかできるよ。そんでさ」 言葉を切り、続けた。「そういうこと、考えないでさ、治療に専念してほしいわけよ、やっぱり。はやく帰ってきて欲しいだろ?」 そう言って、深雪は背中がむずむずする思いを抱く。がたん、と立ち上がって、扉を閉める前にそれじゃ、と言って、部屋から外に足を踏み出す。そして、出て行く直前に見えた朝潮は、微笑んでいた。 人の気配が、した。朝潮とよく似た気配。「……聞いてたのか、荒潮」「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったの」「入ってくりゃ良かったのに」 え、と荒潮は怪訝な顔を作った。にやり、と深雪は笑って、言う。「そんじゃ、しばらく朝潮のぶんも頑張らなきゃな。な!」 ばんばん、と荒潮の肩をたたき、なにか良くわからない歌を歌いながら、深雪は歩みを進めた。毒気を抜かれていたような顔をした荒潮は、朝潮と同じ表情を、作ってみせた。「……大丈夫。大丈夫」 曲がり角に差し掛かると、深雪はぴたり、と足を止め、スカートをくしゃり、と握りしめて、そう念じるように、言った。「……それでは、作戦案に微妙な修正が加わるのですね」 そう、大和は言う。ああ、と提督は返し、加賀に説明するように、と目配せをすると、咳払いをして、説明資料を回し始める。席には、戦艦の大和、金剛、榛名、そして吹雪と響が座っていた。長良は第一艦隊に一時的に派遣されているため、巡洋艦は居ないが、火力としては異常に高い。問題は、大和の搭載砲は周防大島攻略時に強奪されて以来、山城がかつて使っていた35・6cm連装砲なのだが。「微妙な、と言っていいかどうかは判断が分かれるでしょうが……結論から言えば、第一艦隊は佐世保鎮守府からの撤退を支援することになります」 ざわ、と空気が揺れる音が、した。佐世保鎮守府からの撤退。つまり、少し前まで、彼らは抵抗を行えていたのだ、という事でもある。「それに関連して、従前は沖ノ島あたりで待機し、戦闘を行う、と指示しましたが、対馬方面に進出してもらうことになる、と我々は考えています」「あの……発言、良いでしょうか」 おずおず、という様子で手を挙げた吹雪に対して、加賀はこくり、と首を縦に振って見せる。では、とばかりに立ち上がり、口を開いた。「陸軍の方たちが撤退する時期と重なった場合、どう判断をすればいいんでしょうか。その、なんというか、戦力の層を厚くして、苦労をかけちゃわないかな、って」「ん……それについては検討はしましたが……結論から言うなら、状況が流動的でありすぎるため、臨機応変に動いてもらうことになるかと考えます」「つまり、何も考えられてない、ってことだね。おっと、不規則発言、失礼」「否定はしませんよ、響」 そう加賀は返す。一瞬冷たいものが響との間で相互に流れたが、当然と言えば当然、という気もしている。なぜなら、加賀が暴走をしなければ、彼女が塗炭の苦しみを味合わなくても済んだかもしれないからだ。 もう、響ちゃん。と吹雪は言い、あいまいに笑いながら着席する。これだけと言えばこれだけの話だが、これで終わるならばつづけはしまい、という感がある。「続いてですが……佐世保鎮守府の護衛艦隊について説明します。彼女たちの母艦、エルドリッジの下関への護衛の完遂後、第二艦隊との共同歩調を取っていただくことになります」 一瞬、加賀の表情が嫌悪に歪んだように、提督には見えた。それはそうだろう。これからよりにもよって説明しにくい相手が二人もいるのだから。「……まず、旗艦、兼佐世保鎮守府司令代理として、戦艦『霧島』が居ます。ご存知ですね、二人とも」 口元を、抑えているのが見える。う、といううめき声。「吹雪。外に」 そう、提督は短く、しかしはっきりと言う。やはりか。と口の中で毒づきながら。