砲撃音が、耳に入る。こくり、とうなずいた山城は、円陣を見回した。いずれも、緊張の色が濃い。「第一艦隊、出撃します! 抜錨!」 その山城の声とともに、無数のCV-22オスプレイが、F-35とミグ25に護衛され、上空をフライパスしていく。中には、パワードスーツが詰め込まれ、対馬への侵攻を目指していた。それの支援を行うため、上空の掃討に加賀と鳳翔が戦闘機を対馬上空へ送り込んでいる。「状況、どうなっています?」 ノイズ交じりの無線機の音と、肉声が届く。最上だ。単縦陣をとっているため、背中の声に応ずる形となる。「今のところ航空戦は発生していません。……心配?」「ええ、まあ」 そう言ううちに、再び砲撃が始まる。上空から深海棲艦の位置情報がもたらされたのだろう。M110A2の有効射程を考えれば、山城の砲撃能力ならば届く距離だ。位置情報を貰えれば、砲撃が可能である。「こちら呉鎮守府所属山城。第五師団司令部、応答を願います」「こちら第五師団司令部。何か」「現在砲撃中の座標情報をいただければ支援砲撃ができるかと思われます。量子リンカでの参照できるような形で送付することはできますか」「……少し待て」 データネットワーク上に情報がアップロードされたことが検出される。しめた、とばかりに諸元を入力。それに合わせ、最上と摩耶と合わせ、統制砲撃。 爆炎と大量の黒煙が砲口から吐き出され、それに合わせた鉄量が放出される。静かだった海が、泡立った。「始まったか」 そういって、提督は椅子の座面に背中を押し付ける。航空機を放出し終わったのか、時折制御のために意識がよそに行っている風の加賀もそばにいる。「はい。第二艦隊、第一艦隊ともに順調に航行中です。佐世保のエルドリッジも異状なく航行。合流地点まではまだ距離がありますが……」「第一艦隊は唐津港から出航。およそ一時間三十分で合流可能。そう見ていいな?」 それに対し、加賀ははい、と首肯する。各人のGPSは早々に電波妨害下ゆえに機能不全を起こしており、艦隊所属の艦娘のINSのデータを補正して位置情報を量子データリンカで送付しているのだが、どうしても誤差は出るし、なにより敵と遭遇した場合は定刻に到着できるとは限らない。状況は流動的なのだ。「陸軍の連中はどうしている?」「沿岸部から自走砲での砲撃を実施しています。今のところ駆逐艦クラスの殺到のみであるため、何とか対応できているとのこと。オスプレイは壱岐上空です」 今のところ第一艦隊の動きを除けば予定通り。という言葉は、お互いに飲み込んだ。言っても仕方のない事である。「……不気味な位静かだな」 深雪は、五島列島の影から出て、平戸島と九州の間を進む。色濃い新緑と、砲撃を受けたのか、つぶれてしまった建物を見てごくり、と唾をのみ込みながら、そう言う。首の後ろがちりちりとする。順調にいきすぎている。という感覚が、ぬぐえない。対潜警戒のために前進しているが、エルドリッジのソナーのほうが、艦娘のそれより強力であるため、本来は頼りにできる、はずである。「なんかうまくいきすぎてるんだよな」「お喋りが仕事でしたの?」 うへっ、と深雪はうめく。熊野からの冷たい視線を浴びながら、いえいえ、そんなことはございません、と返した。荒潮はそれを見て、くすくすと笑っている。「霧島さん、まだ向こうのINSの信号はこちらに向かっていませんの?」「まだ距離はあるけれど……」 ぞくっ、と背が寒くなる感覚が、ある。量子リンカから探知情報が送られてくる。反応は潜水カ級。くそ、大当たりだ、と毒づく。「敵発見!真下だ!爆雷投下!」 深雪は即座に爆雷を落とし、荒潮もそれに続く。指定の深度に到達した瞬間に爆発する。倒したか、とごくり、と唾を飲み、血が浮かんでくるのを確認して、ふう、とため息をついた。「まったく、ひやっとしたよ……」 ふう、と深雪はため息をつき、砲を持ち直す。ソナーがいきなり反応した理由はなんだ、と考えるが、しかし。「ああ、くそ。反応多数!まだたっぷりいるぜ!」 毒づく。頼りにしていいはず、なんて考えたのは一体誰だ、と完全に自分のことを棚上げにして吐かれたその言葉に、思わず苦笑いをする。「エルドリッジのソナーが探知できるんじゃなかったのぉ?」 その声を聞いて、良いから爆雷を落とせって、と深雪は叫ぶ。まだまだたっぷり敵はいる。護衛対象をやられるわけにはいかないのだ。「潜水艦……まあ、そりゃあ投入してくるわよね」 そう、山城は毒づいた。それに対して、長良は口を開く。「対潜水艦戦を行ってると思う。私と電、曙は先行したほうが良いかもしれないわ」「待ってよ、潜水艦戦ならボクも……」 そう言う最上に対して、首だけを向けて、山城は口を開く。摩耶は、というと、潜水艦あいてかあ、と天を仰いでいた。「最上。二人っきりって結構さびしいのよ。だからダメ」「……ダメって、そんな子供みたいな……」「理由はいくつかあるけど、説明している暇はないの。だから行って、長良」「はいっ、対潜水艦戦ならお任せを!」 にいっと長良は笑いながら、山城の前に出て、くるっと踊るように敬礼。電と曙に手を振って、山城の航跡から外れる。梯形陣をとり、そのまま速力を合わせて前進。ああ、やっぱり速力が欲しいなあ、とうめくように口の中で言う。 それを見て、最上は不満げに「ん……何が理由だったのさ」「戦艦が一隻だけでウロウロしてたらカモそのものじゃないかしら」 そう短く言う。それに対して、にや、と摩耶は笑いながら応じる。「じゃ、あたしはネギってとこかな」「ふうん、じゃあボクはネギ二号か」「まあ、ネギ何号でもいいけれど、どっちにしても近寄りすぎるとやられるわよ。航空機、上げられるわね?」「ネギ一号了解!」「ああ、もう、ネギ二号了解!」 そう言って、水偵を摩耶と最上は放出する。山城もそれに倣った。爆雷を投下させるためではあるが、しかし。「向こう側と座標情報を共有できてる、ってのが凄いわよね。昔の戦争の時もこういうの、あればよかったのに」「昔の戦争、っつったってあたしたちがのご先祖がやらかしてたやつなわけじゃないからなあ」 からからと摩耶は笑う。この子、意外ときわどい発言をするのだな、と少しばかりの警戒感を山城は覚える。最上は、というとあいまいに笑っていた。 ひい、ひい、という呼吸音が、ノイズ交じりに霧島の耳に届く。深雪が汗を腕でぬぐい、顔を上げてもういねぇだろう、と願望を口にする。周囲には、援護でやってきた長良たち、すなわち呉鎮守府の艦隊の面々が居る。「も、もう爆雷も品切れだぞ。もう来ねえだろ」「まあ、確かに居ないけど。願望口にするの、やめたら?」 曙の毒づく声が、耳に入る。ああ、合流できたのだ。そういう実感が、霧島の胸に去来する。 顔を下に向けて、ため息をつく。目を開ければ、青く、ひたすらに青い透き通るような海。顔を上げれば、赤い、巨大なつり橋が目に入る。ここさえ抜ければ、という考えが、霧島の脳裏に浮かんだ。しかし。 ずる、と何者かが浮かび上がってくる。強化された視力がとらえた情報を艤装側が自動的にデータベースと照合。「ひ、ヒヒ」 ウォークライが、耳に届く。甲高い声。悲鳴に近い声。砲を構え、発砲をしようとする。だが。ぬるり、と砲口が上に向くのが、まるで超高速度撮影のように、見えた。長大な発砲炎が、立ち上る。見せつけるような、曳光弾。それが橋げたに叩き込まれ、そして。幾度も、幾度も、叩き付けるように、見せつけるように、執拗に発砲が行われる。ぐら、と橋がかしぐ。ワイヤーが引きちぎれ、鞭のようにしなり、空を切る音と、鉄骨がひしゃげる悲鳴を、響かせた。 敵の名は、戦艦レ級。哄笑に近いウォークライ。ワイヤーに横殴りにされても、平然と海に浮かぶ、魔女。砲弾を、放つ。そうして。 ぐりん、と、霧島に怪物が意識を向けた。ぞぶり、ぞぶり、と、海の底から、敵の仲間たちが姿を現す。焼かれたあかぐろい肌を見せつけるように。「……今、何といった?」 加賀の報告を聞き、ごくり、と口の中に湧き上がった酸っぱいものを飲み込むように、した。「平戸大橋が落ちました」 簡潔にして要を得た報告だ。まさしく理想的と言えよう。だが。「敵に落とされたのか。艦娘はともかく、エルドリッジは航行不能だな。……どんな個体だ?」 そう聞いた提督に対して、同じく加賀も唾を飲み込んで、言葉を続ける。「戦艦レ級を確認。他にも戦艦タ級二隻に空母ヲ級二隻です」 それを聞いて、目を見開き、帽子を床に叩き付けそうになるのを、提督はこらえた。指揮官は、いつでも平静でいなくてはならない。いなくてはならないのだ。「そうか。海兵隊に航空支援を要請できるか」「……現在、対馬上空で戦闘が生起しています。不可能です」 天を、仰いだ。あんなところを通るよう指示しなければ、あるいは状況は違ったかもしれない。そう考え、そして、辞めた。「……エルドリッジを守りきれる公算はあるか」「回頭し、全速力で逃げていますが……今のところ、かなり難しいものと思われます」 どうする。どうすればいい。見捨てて戦力の保全を最優先しろ、と命令するべきか。それとも。「……待て、レ級はどちらにいる?」 そう、疑問を口にする。どちらか、どちらなのかによる。或いは、エルドリッジを守り、艦隊を保全する。そういう手が取れるかもしれない。そう、考えた。「世界の終りってのはこんな光景かもな」 そう、パワードスーツを身にまとった兵たちは、前進しながら毒づく。世界の終り。そう、それは焼き尽くされた街であり、一瞬で燃え上がり、そして黒い雨で火を消された死の大地であり。深海棲艦の「原料」が燃えながら腕を突き出し、身もだえしていたであろう、腕の林立する、終末の体現。 ロケットモーターを使っての強襲と同時に、多数の映像データを持ち帰らなければならない。そうは思うものの、吐き気がこらえきれない。「ジャンプ!下島を突っ切るぞ!」 ああ、畜生。なんてことだ。そう、毒づきながら、ハイパーゴリック推進剤が長大な推進炎を生み出し、その推力で飛び上がる。その横をほとんどかすめるような高度で、CV-22が飛んでいく。カメラポッドを搭載したタイプだ。決死行だな。と考え、タッチダウン。再び推進炎をたなびかせ、飛び上がる。 かつて町だった場所。かつて風雅な山野だった場所。それは全て核で焼き尽くされ、爆発の余波で同心円状になぎ倒され、一部はガラス化すらしている。 対馬は、地獄だ。その呪いの声を、爆音に隠しながら、彼らは進んだ。