「不幸だわ」 ポーカー、というゲームには必勝法はあるのか、と問われれば、実のところある。必勝とは言えないが、相手の捨てる手札の数で何が来たかを推察もできるし、自分が大きな役を持っているときに張り込み過ぎれば警戒されるから欲をかきすぎない、という程度のものだが、これが実践できれば大きい。 ただ、言うまでもないが運の要素も大きなゲームである。それを鑑みれば、この肩のあたりで髪を切りそろえた少女がポーカーをやる、というのは、実に自殺行為と言ってもよい。その名は山城という。少しばかり奇抜な巫女装束のような格好をした少女は、実に不運である。座ったベンチがペンキ塗りたては当たり前、アイス屋で二個の値段で三個つける、というキャンペーンに喜んで並べばコーンからすべて落とす、さらにはどこからともなく降り注いだタライが頭に命中する始末である。仮にコンタクトレンズをしていたなら、確実に落とした挙句に踏み砕いていただろう。眼鏡でも同じだ。「いやさあ、ポーカーで賭けって言うからさ、その……姉御、自信があるのかと思った」 きまり悪そうに、栗色の髪と青い瞳を持つ少女である摩耶は言う。出した役はスリーカード。二枚替えたので、ブラフでもなければおそらくは、という程度の役である。「ホント、なんていうか……私も悪い事してるみたいだったじゃない」 そう言って、ひらひらとカードで顔をあおぎながら、口を少しばかりとがらせているのが、曙である。横で結んだ、紫にも見える髪と、同じ色の瞳を持っているがために、少しばかり妙な雰囲気がある。手に持ったカードはフォーカード。全部取り替えてみたところ、大当たりを引いた、というところである。「うう……」 両の手をつき、突っ伏している山城は、といえば。「三枚変えたからさあ。てっきり……」 カードはどの組み合わせでもない。つまり。「警戒してみたらブタだもの……」 摩耶と曙は、完全に轟沈寸前と言った様子の山城を見て、お互いに視線を交わす。当人の目の前でなければ固い握手をした後に、さわやかな笑顔を浮かべそうな風情すらある。「ふ、不幸だわ……」 嘆く理由は、一つである。罰ゲームが待っているからだった。「スクウルミズギ、キタ」 スクール水着、という物の起こりは、われわれの世界においては戦後からとはいえ、実はかなり古い。とはいえ、学習指導要領で水泳が組み込まれ、学校指定水着という物が出来上がったころにはかなり画一化していた。競泳水着からの技術的なフィードバックもあり、かなり形を変えてきている。それがために「年代ごとのスクール水着なるもののイメージ」というものは思ったよりも一定ではない。いわゆる水抜き穴が備わった旧スクール水着から、素材の質の向上から水抜き穴を不要とした新スクール水着、競泳水着よりは一段階程度劣るものの、それでも従前の厚ぼったい水着とは比べ物にならない競泳型スクール水着から、さらに進んだ腕や足まで覆うタイプの競泳水着に近いものまで、千差万別である。 いずれにせよ「学校が指定する比較的安価な水着」というところは、実に不変である。安価、と言うのは、現代的に言えば同じようなフォルムの競泳水着はごく安くて五千円前後から二万円、という価格であるのに対し、おおよそ三千円まで、という程度のところである。 そして、少女たちが海の上を滑るように進み、現代的な兵器と肩を並べて深海棲艦と血で血を洗う闘争を繰り広げている世界においても、だいたいの相場観は同じであった。「……」 どよん、とした目で、山城は摩耶に手渡された水着を見る。青というよりは水色に近い、蛍光灯の光を受けて何かが奥で光っているようにも見える生地に、パイピングが肩紐のようになって、背中側でわきの下を通ったパイピングと合流し、Oの字のような穴の開いた部分とつながっても見える。競泳水着みたいだなあ、などと山城は端がくろずんだ蛍光灯を見て、水着を見た。ARN-170Wだとかなんとか言っていたが、今一つ価値がわからない。はあ、と山城は本日何度目かのため息をついて、足を肩紐の間から通し、両足を通して、ぐい、と胸の下あたりまでを覆う。そして、気付いた。「む、胸が……」 小さい。あまりにも、小さい。学童用の水着なのだから、成人女性、それも着物を着るためにサラシを巻いて少しばかり潰すように着こなしてもなお自己主張をする胸を持っている彼女にはあまりにも小さい。無理やりに胸を押し込むと、脇の下あたりに、覆いきれなかった胸の肉がはみ出し、前から見てもつめこみましたなあ、という意味不明の感想が湧き上がるほどにひどいことになっている。 そうして、摩耶は、というと、ニコニコ笑顔に青葉から借りてきた一眼レフに、白いボディに赤いリングのついたレンズまで持ち出している。風邪をひいて死にそうな顔をしていた青葉が本当に高いんだから、壊したら地の果てまでおいかけますよ、と笑顔ながら目は一切笑っていない様子で言っていたのが印象的だった。なら貸すな、という話だが、実は青葉を除けば摩耶が現在艦隊にいる艦娘の中では一番写真が上手いのだった。曙も一仕事終えた職人の顔をしていたものである。この水着を調達してきたのは曙なのである。「ふ……不幸だわ……」 うう、と前かがみになりながら地を焼き、陽炎をたたせる忌々しい太陽が昇る外に、まろび出る。 帰りたい。死ぬほど帰りたい。そう言っている彼女の、成熟した女性特有の腰つきと、背中の中央から、股下のクロッチの縫い目が、蠱惑的な桃に近い尻をあらわにしている。胸を隠そうと胸の下に左腕を回し、右腕を胸の真ん中あたりに回して、かがんでいるために、なおそれがあらわとなっている。「お、来たな、姉御!」「似合ってるわよ!山城教官」 教官、という言葉を曙が吐いたその時、二人そろって噴き出した。くそう、あのふたりは訓練メニューを二倍にしてやる。そういう呪詛を心の中でつぶやいた瞬間。「ここに撮影用の椅子もございます」 芝居がかった様子で、まるでプレイボーイ誌を飾る女性がビーチで寝そべっているような椅子を、摩耶は指す。腕をほどき、うわあ、とうめき声を、山城は漏らした。絵の世界にしかない、と思われがちな乳袋、としか形容の仕様のない、乳房の形をそのまま写し取ったかのような「袋」が、じょじょにずずず、という音をさせて、元に戻ろうとしていた。「お、良いですねー、山城教官!」 笑い声が、響く。何事か、と思いながら、男は声の方向を見た。「なんだ、あれは」 そう、隣の女性、加賀に問いを投げる。普段のサイドテールではなく、ポニーテールのようにした加賀は、さあ、と返した。「後で覚えてなさいよ!あなたたち……!」 きゃあきゃあと、山城、摩耶、曙は騒いでいる。一番そういうのが似合いそうにない山城が、スクール水着を着ているのが、ひどく印象的だった。スクウルミズギ、キタ ―了―