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No.39807の一覧
[0] 【習作】夢で異世界、現は地獄 ~システムメニューの使い方~(R-15/異世界/チート)[TKZ](2016/11/10 16:46)
[1] 第1話[TKZ](2014/06/24 18:52)
[2] 第2話[TKZ](2014/06/24 18:53)
[3] 第3話[TKZ](2014/06/24 18:54)
[4] 第4話[TKZ](2014/06/24 18:54)
[5] 第5話[TKZ](2014/12/30 18:30)
[6] 第6話[TKZ](2014/06/24 18:56)
[7] 第7話[TKZ](2014/12/30 18:31)
[8] 第8話[TKZ](2014/06/24 18:57)
[9] 第9話[TKZ](2014/06/24 18:58)
[10] 第10話[TKZ](2014/10/01 00:04)
[11] 第11話[TKZ](2014/06/24 19:12)
[12] 挿話1[TKZ](2015/06/15 23:24)
[13] 第12話[TKZ](2014/06/24 19:30)
[14] 第13話[TKZ](2014/06/24 19:31)
[15] 第14話[TKZ](2015/04/27 12:36)
[16] 第15話[TKZ](2014/06/24 19:32)
[17] 第16話[TKZ](2014/06/24 19:33)
[18] 第17話[TKZ](2014/06/24 19:33)
[19] 第18話[TKZ](2014/12/30 18:33)
[20] 第19話[TKZ](2015/09/23 21:32)
[21] 第20話[TKZ](2015/06/15 23:17)
[22] 第21話[TKZ](2014/06/24 19:36)
[23] 第22話[TKZ](2014/06/24 19:36)
[24] 第23話[TKZ](2015/07/19 22:03)
[25] 第24話[TKZ](2014/06/24 19:38)
[26] 第25話[TKZ](2014/06/24 19:43)
[27] 挿話2[TKZ](2014/06/24 19:48)
[28] 挿話3[TKZ](2014/06/24 19:50)
[29] 第26話[TKZ](2014/07/22 21:36)
[30] 第27話[TKZ](2014/06/24 20:00)
[31] 第28話[TKZ](2014/06/24 20:02)
[32] 第29話[TKZ](2015/06/15 23:18)
[33] 第30話[TKZ](2014/12/30 18:35)
[34] 第31話[TKZ](2014/06/24 20:04)
[35] 第32話[TKZ](2014/06/24 20:05)
[36] 第33話[TKZ](2014/06/24 20:06)
[37] 第34話[TKZ](2014/07/22 21:37)
[38] 第35話[TKZ](2014/06/24 20:08)
[39] 第36話[TKZ](2014/06/24 20:08)
[40] 第37話[TKZ](2014/06/24 20:09)
[41] 第38話[TKZ](2014/06/24 20:10)
[42] 第39話[TKZ](2014/06/24 20:10)
[43] 第40話[TKZ](2014/07/22 21:39)
[44] 第41話[TKZ](2014/12/30 18:37)
[45] 第42話[TKZ](2014/06/24 20:12)
[46] 第43話[TKZ](2014/10/26 21:10)
[47] 第44話[TKZ](2014/07/22 21:40)
[48] 第45話[TKZ](2014/06/24 20:16)
[49] 第46話[TKZ](2014/06/24 20:18)
[50] 第47話[TKZ](2015/07/19 22:04)
[51] 第48話[TKZ](2014/07/22 21:04)
[52] 挿話4[TKZ](2014/07/22 21:04)
[53] 第49話[TKZ](2015/04/27 12:37)
[54] 第50話[TKZ](2014/07/22 21:05)
[55] 第51話 (仮:ルーセ編 最終話)[TKZ](2014/09/02 20:02)
[56] 第51話 (本編)[TKZ](2014/09/02 19:56)
[57] 第52話[TKZ](2016/01/01 17:43)
[58] 第53話[TKZ](2015/02/15 21:07)
[59] 第54話[TKZ](2015/06/15 22:18)
[60] 第55話[TKZ](2015/06/15 22:18)
[61] 第56話[TKZ](2015/06/15 22:20)
[62] 第57話[TKZ](2015/06/15 22:21)
[63] 第58話[TKZ](2015/07/19 22:05)
[64] 第59話[TKZ](2015/06/15 22:26)
[65] 第60話[TKZ](2015/06/15 22:27)
[66] 第61話[TKZ](2015/06/15 22:29)
[67] 第62話[TKZ](2015/06/15 22:30)
[68] 第63話[TKZ](2014/12/30 18:44)
[69] 第64話[TKZ](2014/11/26 18:45)
[70] 第65話[TKZ](2014/11/26 18:52)
[71] 第66話[TKZ](2014/12/30 18:50)
[72] 第67話[TKZ](2016/11/10 17:07)
[73] 第68話[TKZ](2014/12/30 18:49)
[74] 第69話[TKZ](2014/12/30 18:51)
[75] 第70話[TKZ](2015/04/27 12:40)
[76] 第71話[TKZ](2016/11/10 17:09)
[77] 第72話[TKZ](2015/07/19 22:08)
[78] 第73話[TKZ](2014/12/30 18:55)
[79] 第74話[TKZ](2014/12/30 18:56)
[80] 第75話[TKZ](2015/02/15 21:12)
[81] 第76話[TKZ](2014/12/30 18:59)
[82] 第77話[TKZ](2015/06/15 23:20)
[83] 第78話[TKZ](2015/06/15 23:22)
[84] 第79話[TKZ](2015/02/15 20:49)
[85] 第80話[TKZ](2015/07/19 22:10)
[86] 第81話[TKZ](2015/04/27 12:43)
[87] 第82話[TKZ](2016/11/10 17:10)
[88] 第83話[TKZ](2015/04/27 12:45)
[89] 第84話[TKZ](2015/04/27 12:29)
[90] 第85話[TKZ](2016/11/10 17:13)
[91] 第86話[TKZ](2015/04/27 12:47)
[92] 第87話[TKZ](2015/07/19 22:12)
[93] 第88話[TKZ](2015/06/15 23:36)
[94] 第89話[TKZ](2015/07/19 22:17)
[95] 第90話[TKZ](2015/11/17 19:29)
[96] 第91話[TKZ](2016/01/01 17:47)
[97] 第92話[TKZ](2015/08/25 21:56)
[98] 第93話[TKZ](2015/11/17 19:30)
[99] 第94話[TKZ](2016/11/10 17:14)
[100] 挿話5[TKZ](2015/09/23 21:58)
[101] 第95話[TKZ](2015/11/17 19:25)
[102] 第96話[TKZ](2015/11/17 19:27)
[103] 第97話[TKZ](2016/11/10 17:16)
[104] 第98話[TKZ](2016/11/10 17:01)
[105] 挿話6[TKZ](2016/11/10 16:50)
[106] 第99話[TKZ](2016/11/10 16:51)
[107] 第100話[TKZ](2016/11/10 16:53)
[108] 第101話[TKZ](2016/11/10 16:54)
[123] お久しぶりです[TKZ](2019/03/06 22:00)
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[39807] 第99話
Name: TKZ◆504ce643 ID:dd2e1479 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/11/10 16:51
「おう高城!」
 ランニングを終えて朝飯を食いに宿に戻ると大島に捕まった。
 大島が俺のパーティーに入っている限りマップ情報が共有されるので、俺が避けても向こうからやって来るので諦め、ここしばらく定宿であり、大島も泊まっている宿の食堂に踏み入ったのだから当然だが、せめて朝飯位はこいつの顔を見ずに食べたかったというのは贅沢な願いだろうか?

 まず、「おう」じゃなくて「おはようだ馬鹿野郎」という言葉を飲み込んで「おはようございます」と返す。当然ながら返事は戻って来ない。
 イラッとしつつも、気にしない気にしないと自分に言い聞かせる。これは大島へのおはようではない、食堂にいる皆さんに対する挨拶だ……別に誰からも返事が無くても気にしないよ。紳士たれという自分のスタイルを貫いただけだ。

「まあ座れ」
 そう言いながら自分の着いた席の対面を顎で示す。
 それを無視してカウンターで料理を受け取り──この世界では宿の朝食のメニューなんて良くても3種類、下手をすると選択肢は無いので、一食分ずつトレーに用意されてる分を受け取るだけ──そのまま別のテーブルに座った。
「おいっ!」
 更に無視をすると、大島は席を立つとこちらに床を踏み鳴らしながら近づいてきて、いきなり振り上げた拳をテーブルに叩きつけようとしたので、自分の食事をトレイごと持ち上げると、今度はシステムメニューを開いて5mほど離れた位置の大島の食事が乗ったトレイを収納する。
 そして大島のトレーを大島の拳が叩き付けられようとしているテーブルの上に出す……おっと、トレイの下、大島と反対側にフォークを差し入れるのを忘れていた。
 そして、システムメニュー解除。
 拳が叩き付けられた瞬間、丈夫な天板はその衝撃に沈み込み、そしてエネルギーを平面上に波打つように変形しながら周囲へと広げていく。同時にテーブルの上に乗っていた全ての物は跳ね上がり、特に大島へと傾斜をつけておいたトレーの上の皿や器は大島目掛けて栄光への虹の架け橋を描きながら跳ぶのを見送りながら、テーブルの振動を止めるために1/100秒の間にテーブルを収納し、再び同じ位置に取り出す。

『ざまあみろ』
 自分の朝飯の乗ったトレイをテーブルの上に戻しながら、そう胸の内で呟いた直後、俺はほくそ笑みを浮かべたまま驚きに顎だけがストンと落ちた。
 大島は自分に向かって飛び散った全てを一瞬で収納して見せた。パンや焼き魚などの固形物はまだしも、飛び散ったスープやエール──朝っぱらか酒を飲んでいたんだよ──の細かく飛び散った数百の飛沫さえも。
 オリジナルシステムメニューとは違って時間停止が使えないのにも拘わらずである。

 収納した次の瞬間には飛び散ったはずの食事が全て元のままにテーブルの上におかれていた。
 喧噪の中でもテーブルを殴った音は大きく響き渡り周囲の注目を浴びているが、肝心な場面は誰も見ていないだろう。
「どうした鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして?」
 腹の立つドヤ顔でこちらを見下してくる。
 だがどうやったんだ? あれを一瞬で収納するには、一定範囲の空間にある物をまとめて収納したとしか思えない。だがそれは出来ない。
 テーブルの上に置かれた水を入れたコップは、水だけ、コップだけ、テーブルだけ、そして水とコップ、コップとテーブル。更に水とコップとテーブルと選択的に一度に収納可能であり、コップによって隔てられている水とテーブルだけを一度に収納するというのは出来ない。
 また、大きな一枚岩の半分だけを収納する事は出来ない。つまり海の水を収納しようとすると、世界の海の全ての水を収納する事になる……試した事は無いが無理だろうけど。
 つまり、空気を収納するというのはこの星の大気中の空気を全て収納する事であり、こちらも怖いから試してないがやはり無理だろう。
 空気を収納する場合には、気密性の高い箱の中の空気を収納する以外に方法はないはずだ。
 それに何らかの方法で一定範囲の空気ごと収納したのならば、収納され一時的に真空状態になったその空間に周囲の空気が流れ込むのだが、そんな気配はなかった。

『つまりは、飛び散った飛沫までも一つ一つ正確に認識しあの僅かな時間で素早く収納していったと言うのか?』
 周囲の注目が集まってしまったので【伝心】で話しかける。
『この不肖の弟子が、だからお前は駄目なんだ。今の自分に何が出来るかを貪欲に突き詰めようとしねえ。それがお前らゆとり世代の限界だ』
『不肖の弟子は弟子が自分を謙って使う言葉だ。お前が誰かの不肖の弟子である事と、俺が駄目な事には何の因果関係も無いだろ』
『ああ言えばこう言う! 人の話を黙って聞けコラァっ!』
『人の話を聞かないのはお前の十八番だ!』
 そう罵り合いながら、俺は冷静に考える。今の自分に何が出来るのか? つまり大島はアイツなりにシステムメニューに何が出来るかを徹底的に調べ、より効果的に使う方法を突き詰めているという事なのだろう。
 ならば簡単、困った時は【よくある質問】先生だ。
 もしもし、先生? オレオレ。そうそう……困った事があってお金を……じゃなくて、教えて欲しい事が……えっ? 年上の女性を口説く方法? ……それは後程詳しく、本当にお願いします……それで【所持アイテム】の収納機能の事なんですけど、一度に異なる沢山のモノを一気に収納する方法で……えっ? やっぱりあるの……おおなるほど、そういう事ですか………………
 って何で対話式になってるんだ? しかも先生めっちゃフレンドリー!?

『まあ想像はつく。個別に認識た対象について条件付けで絞り込んで一気に収納する。例えば目の前にある全てのモノを認識し、その中で空中を飛んでいるモノとかな。そして収納した後は、エールやソースの飛沫は同じ物同士をまとめて食器に戻してから取り出した……俺にも出来ない訳じゃない。必要ないだけで』
 先生に聞いたという事をおくびにも出さずに嘯く……こういう腹芸が出来る中学生ってどうなんだろう。自分以外の中学生がやってたら、そいつの将来心配するわ~。

 まあ本来は、目の前に飛び散る飛沫などを一瞬で全て認識するのが難しいのだが、レベルアップのおかげでその気になれば完全記憶を動画で行う事が出来るので難しくはない……んな訳あるか! 完全記憶は視覚情報を絵として見えたままに記憶するだけで、視界に存在する全てを一つ一つ区別して認識している訳じゃない。100分の数秒で手前の物に隠れて見えない小さな飛沫さえも全て認識するという事は俺にはまだ不可能だ。
『ふん、ヒントをやり過ぎたか』
『ヒントをやろうと思った訳じゃなく、単に調子に乗って口を滑らせた事を、こうも恩着せがましく言う奴ってどうよ?』
 肝が冷える思いを飲み込んで強気にそう煽ってみせる。
『きっ──』
『図星を突かれて喚き散らせば、自分が惨めになる事くらい理解出来るよな?』
 次の瞬間、一瞬前まで俺の頭のあった空間を大島の拳が空気の壁を突き破り、ボッっと音を立てて通り過ぎて行った。
『開き直りやがったな!』
『俺のこの拳は、五月蠅い奴を黙らせるためにある』
 実に大島らしい反応だ。ここまでくると清々しくさえ感じる……だからと言って、大島を許せる気分になれる訳でもない。
 俺と大島の間の空気が張りつめていく──
「おはようシュン!」
 この殺伐とした空気を無視して挨拶をかました20歳くらいの女性。そのまま大島の無駄に太い二の腕に自分の腕を絡ませて寄り添った……仕草一つ一つが大人の女の色っぽさを醸し出している。
 身長はこの世界の女性としては破格に高い。170㎝をわずかに越えているだろう大女だが、大島と比べると似合いの身長差。見るからに肉食系女子であり出ると処はこれでもかと出て、引っ込むところは生き物としての強度が不安に感じるほど引っ込んだ日本人女性では太刀打ちするのが難しいポテンシャルを秘めている。
 だが、それだけではなく引き締まり発達した手足、首から肩への筋肉。そして一目見てわかる安定した体幹。ちょっときつめな赤銅色に焼けた美貌。
 戦士としての力量も感じさせる……多分、傭兵ってところだろうか?
 はっきり言ってかなり俺好みでもある女性が大島にデレている状況を見せられて、心穏やかではいられない。
 学校では教師、生徒を問わず特に女からは蛇蠍の如く嫌われている癖に解せぬ。

「あれ? もしかしてシュンの子」
「誰がだ!」
 大島と俺が珍しくハモった。
「だってほら、似てるじゃない」
「何処がだ!」
 再びハモる。もう訴えても良いレベルだろ。
「そう言うところが似てるのよ……もしかして近親憎悪って奴? シュンは所帯を持つのには向いて無さそうだし、そんな父親を持ったら子供がグレるのも分かるわ」
 勝手に物語を紡ぎ出す女を無視し、席に座ると無言でテーブル上の自分の食事に取り掛かる。関わりさえしなければ自分とは無関係な出来事として感情も処理出来る。
 気づくと大島も向かいの席について、無言で飯を口に押し込むようにして食べ始めていた。
「不器用な親子の食卓ね」
「五月蠅いわっ!」
 土瓶の中にマツタケと一緒に入れて蒸してしまいたいくらいハモるのであった。

「私はフェアレソール……ねえ、お母さんって呼んでみない?」
 肉食だ。想像以上に肉食だ。大島がこちらの世界で復活を遂げてまだ3日目。実質的には丸2日にも満たない時間しか経過していない。
 童貞少年にとって、2日足らずでワイルド系美人をモノにしてヤルことヤッテいる大島にも驚愕するが、それ以上にもうそこまで頭の中で明るい家庭像が進行してしまっている彼女に恐ろしいモノを感じずにはいられなかった……まあ、北條先生に結婚してと言われたら間髪入れずに三つ指突いて土下座して「不束者ですが末永く宜しくお願い申し上げます」と答えるけどな。
 しかし、恐怖心など俺にとっては馴染みの隣人のようなもの……平和で平穏な生活を送りたい。
 だからクールにこう言ってやるのだ。
「俺が知る限りでも、シュンちゃんは現在進行形で2人と付き合っているぞ」
 以前大島が自分で言った事だ。
 俺の言葉に笑顔を凍り付かせる女性に対して、大島が噛みついてくる。
「誰がシュンちゃんだと?」
 突っ込むところはそこなんだ。
「俊作、略してシュンちゃんだろ。親のつけてくれた名前に文句を言うな」
「勝手に略するな!」
「何だ? 女には鼻の下のばしてシュンとか呼ばせておいて、可愛い教え子には呼ばせないつもりか? OBを含め空手部全員に言っちまうぞ。シュンちゃんと女に呼ばれて鼻の下を伸ばした大島は、想像以上に気持ち悪かったってな」
「ふん、そんな嘘を言ったところで──」
「皆俺のいう事を信じるぞ。間違いなくな」
「…………」
 決して俺が人望に満ちあふれている訳では無い。ただ己の人望の無さに関しては人後に落ちない事くらい自覚しているのだろう。反論の糸口すら見出す事の出来ない大島にほくそ笑む。

「……ちょ、ちょっとどういう事なのシュン?」
 お待ちかねの修羅場がやって来て、俺ニヤニヤが止まらない。
「…………」
 何ともいえない深みのある表情を見える大島……これって顔芸で乗り切ろうとする売れない芸人と大して違いが無いだろう。
「ちゃんと答えて」
「………………」
 ちらりと俺に視線を送ってくる。助けろのサインだが……『万が一にも俺に助ける気があったとして、この状況を何とか出来るスキルがあると思うか?』と【伝心】で返事すると蔑むようであり憐れむようでもあり、そして切なげでもある目で俺を見やがった。
 まともな恋愛経験すら無い寂しい男子中学生に何を求めてやがる。そう胸の中で吐き捨てると耳も心も閉ざして朝飯を平らげて行く。
 大島が最終手段で女性を抱き締めて濃厚な口付けを交わし「俺を信じろ」などと意味不明な事を囁き出したのには、心を折られ「死ね、チンポ腐り落ちて死ね」と呟きながらもしっかり録画しておくのは忘れなかった。大島が現実世界復帰後にはネットに流してやる予定だ。


 朝食を食べ終えて紅茶に似た匂いの……いやもう紅茶で良いな紅茶で。それを飲んでまったりしていると、一旦女性を連れて部屋に戻った大島が、すっきりした表情で戻って来た。
「幾らなんでも早漏(はやい)だろう?」
「ふん、床入り前に前戯など必要も無いほど高め、失神するほど責めれば後戯すら必要ない」
「ば、馬鹿な、そんなのどんなHow to本にも書いてないぞ……」
 中学生の性への探求心は何者に止める事は不可能だ。しかしこのエロ孔明をもってしてもその発想は無かったわ。
「これだから童貞は、役にも立てる当てもないマニュアルが大好きだな」
 童貞を母親の腹の中に置いて生まれて来た訳でもないくせに童貞を下に見る態度への憤りが、普段なら決して言わないだろう言葉を腹の底から押し出した。
「それにしても短い、早漏に過ぎる」
「……所詮、穴に突っ込んだら出すとしか考えられない童貞の浅はかさよ。女をいかせるのに俺なら3分もあれば十分だ」
 そう答える大島の目からは、ほんの僅かだが動揺の光りを感じた。
「お前、すっきりした顔してたじゃん」
「馬鹿か? 自分もいかないでどうするんだ?」
「一見正論だ。だが卵が先なのか?、鶏が先なのか?」
「そもそも卵は鶏じゃねえ、鶏という種が誕生したのは卵から鶏が生まれた時点に決まってるだろう。何を馬鹿な事を言ってやがる?」
 予想もしなかった方向に話をそらしやがった。
「早漏を補うために、それほどの技術を磨いたとは……」
 そろそろ、他の客達も俺と大島のやり取りに耳を傾けているようで、そんなコメントちらほらと聞こえてくる。
「高城ぃ、テメェ人聞きの悪い事を抜かしやがって!」
 そう凄んでくるが──
「3分は早いよな」
「牛の交尾よりは長いな」
「そんなに早く女をいかせる必要はないよな」
「作業じゃあるまいし、女はもっとじっくり可愛がるもんだろ」
 世論は一気に俺に傾き始めていた。

 しかしそれを大島は力尽くでねじ伏せる。もちろん周囲の奴らを叩き伏せるとかは流石に無しだ。
 銅貨を両手の親指と人差し指でつまむと、そのまま左右の手を逆に捻ってねじ切ると床にポイ捨てする。周囲を凄い笑顔で見回しながら銅貨を半分にちぎって捨て続ける大島に周囲は目を逸らすと、無言で自分達の前の食事に没頭し始める。
 日本人よりも平均身長が10㎝は低いこの世界の住人が185㎝以上ある上に、筋肉特盛状態である大島に凄まれたらこうなるよな……日本でも同じ結果だけど。


「ほう、チャンコロがお前らの身柄を狙って動いてると……身の程知らずめ!」
 朝っぱらからお代わりしたエールをあおり、追加注文した肉を喰らう……ワイルド過ぎる。
 アラフォーで最近は野菜メインのさっぱり系の朝食をとるはずなのに、システムメニューの影響で若さも取り戻したのだろう。システムメニューも余計な事をする。
 ちなみに呼吸をするくらいに自然に口にしたチャンコロは蔑称ではなく古い中国の国名「清」の人間を意味する言葉が訛ったものという説もある。まあ蔑称だとしても、そもそも連中も呼吸するが如く日本人への蔑称を使うのでお互い様だろう。
 むしろ「相手がそうだからと言って同じレベルで罵り合うのは……」云々と綺麗事を口にする奴等こそ相手を同等とは扱わず、人間としての格が違うとばかりに、平然と相手を見下す様は深刻な差別主義者だと断言出来る。
 気に入らない相手とは単純に「バーカ! バーカ!」と罵り合っているくらいの方が人として健全な関係だろう。
 しかし、どう言葉を言い繕ったところで大島が「チャンコロ」を蔑称として使っているのは間違いない。そしてメロン熊の様に顔面に浮き出た血管の網目が奴の怒りの大きさを示している。

 それにしても、大島はいつの間にかレベル95に達していやがる。溜まっていたログを確認した時、思わず2度見してしまい、どういうレベリングしたんだと愕然としたほどだ。
 しかし、そこまでレベルアップし、【精神】関連のパラメータ変化の設定変更を一切行っていないにも拘わらず、この有様だ。
 もしかすると……やはり闇属性の【反魂】で復活させた影響だろうか? 闇属性だぞ。他の治療魔術系は全て光属性なのに、どう考えても不吉だろ。

「一度向こうに帰ってゴミ掃除でもするか」
 既に連中を人間扱いすらしていない。流石大島、システムメニューによってレベルアップの度に正義の勇者様へと性格が改変されようともブレない人で無しっぷりだ。
 俺はレベル4にして、自分の性格の変化に違和感を覚え、レベル12で確信に至った……ちなみにレベル5から12までは一気に上がっているので、もう少し段階を踏んでレベルアップしているなら、もっと早くに自分が気持ち悪いほど善人へと性格を捻じ曲げられている事に気づいたに違いない。
 決して善良とは言えない──空手部に入り、恐怖、怒り、そして憎しみ。負の感情を性根に刻み込まれ、人格が大いに歪みまくった──俺がである。
 もしレベル95まで自分の異変に気付かずに過ごしていれば、いつも笑顔で挨拶を欠かさず、毎朝近所を掃除して回るような変な人になっていただろう。
 そう考えると多少丸くなったとはいえど、未だ大島らしさを失おうとはしない奴本来の性格の異常性に改めてゾッとする。
 同時に、大島もレベルアップを重ねれば何れは真人間を通り越してウザいくらいの正義の味方になるだろうと、高を括っていた自分の考えの甘さが一番怖い。最低限社会人として恥ずかしくない口の利き方をするようになるなどと夢想した数日前の自分に「死ねばいいのに」と言ってやりたい。

 どうするんだよ? こいつ……はっきり言って、レベル95に達した大島は今の俺にとっても十分に脅威だ。殴り合い以外に持ち込めば十分に勝機を望めるが、殴り合いになったら認めたくないが勝ち目は薄い……というよりそんな条件で戦うのは全力でお断りして奥の手を出すけどな。
 どちらにしても不意打ちをくらえば一撃で殺される可能性は十分にある。
 普通に考えればマップ機能により常に距離と位置関係、更にはこちらに対する敵意すら表示されている状態なので互いに不意打ちは不可能に近いはずで、更にこちらはレベル差によって各種パラメータは倍の差があり、しかも時間停止まで使えるので不可能と断言してもいいはずだ。
しかし手品師が普通なら絶対に出来ないと考える事を、人間の認識の穴を縫うようにすり抜けて成し遂げるように、大島が俺が考える絶対という名の城壁を突き崩さない等と言えるはずもない。

「よし今日中に大台に乗せておくか。高城、手伝え」
 正気か? 今日1日でレベルを100の大台に乗せる気なのか? レベル60までとレベル60以上ではレベルアップに必要な経験との量が全く違うんだぞ。ましてやレベル95から100となれば必要とされる経験値は龍を10倒した程度では全然足りない。そうクラーケンでも狩らない限り……クラーケン?
「クラーケンを狩っていやがったな?」
 現実世界で他人の目がある状況ならともかく、今更大島に敬語を使う気はさらさら無い。。
「ああ、お前らが狩ったハイクラーケンほどではないだろうが、なかなか手ごたえのある獲物だったぞ」
「何体狩った?」
 クラーケンは間違いなく海の生態系の頂点に立つのに、そんなのをポンポン倒したら、この世界の海がどうなるか? なんて事は余り気にしていない。
 食物連鎖の底辺にあるプランクトンなどが大幅に増減するのに比べると影響はかなり限定的であり回復も早い。
 所詮生態系はベースとなる食物連鎖の底辺の量によって養われる許容範囲に収まる様に全体量が推移するのであり、逆に食物連鎖の最上位層の量が数%レベルで減少しても影響は短期的には各層における量の増減が多少起こるだろうが数年で回復する程度だろう。
 また、この世界において漁業は沿岸部に限定された小規模──漁業技術や造船技術の不足以前に、海龍だのクラーケンなどが出現する海で遠洋漁業なんて考える者はいない。この世界で航海と呼べる距離を往く船は、それらを寄せ付けない手段を持つ大型の戦船だけらしい──なものであり、人の手による乱獲が無いために海に魚影は濃く、漁獲高は規模や未発達な漁業技術に対して高いので漁師達への影響も少ないだろう。
「昨日までの5体。そろそろレベルの伸びが小さくなってきたからレベルを5上げるのには2体は倒さないとならねぇな」
「そうか……」
 それはそうだろう。オリジナルのシステムメニューを持つ俺に対して、大島や紫村達の場合はレベル60以降はレベルアップに必要な経験値の上昇が大きくなるので、レベル95なら同じレベル帯の俺がレベルアップに必要とする経験値の倍近くになっている筈だ。
 ちなみに、ハイクラーケンの経験値はレベル177へのレベルアップに必要な経験値を大幅に超えていたため、クラーケンを2体倒せばレベル179に届く可能性が高い。
 そして【所持アイテム】内に眠るオリジナルシステムメニュー保持者を……そんな非道な事は決して思っていても口にしません……駄目じゃん!
 だが死体の方はどうだろう? 生き返らせて、奴が状況を認識してロードするよりも早く、具体的には蘇生後1/100秒以内に再び殺す。いやそんな裏技めいたやり方は通じないな。しっかりFAQを質問から全て自分で作り上げてしまうような暇人が、そんな抜け穴を残しておくとは思えない……そうしっかりとフラグを立てておく、やっぱりこういうのって大事だ。

「飯も食ったし行くぞ」
 突然そう言って大島が立ち上がる。
「何処へ?」
 大島達は『道具屋 グラストの店』を知らないはずだ。ミーア以外にこの手の情報を持っている奴が居ない訳じゃないだろうが、ネットも無いこの世界で簡単に情報を入手出来るとは思わない。
「お前がハイクラーケンを狩った場所だ」
「はい?」
「分からんか? クラーケンの上位種であるハイクラーケンが独占する条件の良い猟場だ。そこの主であるハイクラーケンがいなくなれば、クラーケンが後釜を狙って集まるに決まっているだろう。ヤクザもんのシマ争いと一緒だ」
 ああ嫌だ嫌だ。何でヤクザを例えに出して説明して中学生に通じると思うんだろう? 何が一番嫌だって、ソンな例えで納得出来る荒んだ自分が嫌だ。

「おい高城。例の空飛ぶ方法を教えろ」
「……教えてください」
「…………」
 俺の切り返しに黙り込む。以前なら同じ黙り込むでも無言で殴りかかって来ただろうから、人間として成長……もとい、人間に近づいてきたと言えるのだろう。
「何か言えよ」
 こんな前進の90%が筋肉で出来てそうなオッサンとお見合いを続ける気はないので先を促す。
「代わりにクラーケンを倒す方法をお前に教えてやる」
「いや、すでにハイクラーケンを倒したから別に必要ない」
 もったいぶった挙句に何を言い出すんだ?
「お前等のやり方とは違う方法だぞ」
「どう違うんだ?」
「殴り殺す!」
 あっ? 何を言ってるんだ。ハイクラーケンに比べれば確かにキッズサイズだが、それでも全長100mを超える化け物だぞ……ま、まさか高等打撃法?

 高等打撃法。これは俺達空手部部員がそういうモノがあると信じてる仮定の技術。
 大島は立てた空のペットボトルのスクリューキャップの受け口部分を手刀の一振りで斬り飛ばす。もちろん実際に手刀で斬る訳じゃなく硬い親指の爪を受け口部分の下の樹脂の分厚く硬い部分に当てる事で、あの軽くて丈夫なPET樹脂を、何かに固定する事も無く割るのが正解だ。
 しかしレベルアップ前の俺が真似をして試したが、ペットボトルが真横に吹っ飛ぶだけで、大島の様に受け口部分だけを斬り飛ばし、ボトル本体はほぼ真上に跳ね上がるような現象は起こらなかった。
 その結果に対して他の部員達に「スイング速度が倍あれば出来そう」と言ったが、それは冗談のつもりはない。最低限それくらいの速度が無いと無理だと確信したのだ。
 だが大島が俺の倍の速度で手刀を真横に振り得る事が出来たかと言えば、そんな事はありえない。
 大人と小さな子供だったり、世界トップクラスの短距離ランナーと足の遅い肥満児だったら記録に倍以上の差が生まれる事はあるだろうが、ある程度身体が出来上がり、そしてその動作について一定以上の経験がある者同士ならば倍の差が付くような事はまず無い。
 例えば、俺は野球のボールを100㎞/h位なら投げる事は出来る自信はある。ちゃんと投げ方を練習すれば+10㎞/h以上の上乗せは出来るだろう。
 だが、大島が200㎞/h以上でボールを投げられるかと言えば、数ある野球漫画(フィクション)の中でもその速度で投げられるのは某緑山の二階堂君しか俺は知らない。
 それはさすがに無理だ。奴が丸一日真面目に練習しても精々150㎞/h程度だろう……いや、それも十分おかしいのだが。

 つまりは、大島の打撃には俺達の知らない何か別の技術がある。
 実際、部活の練習中に奴の放った腰の入っていない戯れのような軽い一振りを受けただけで部員が失神するという事がたまにある。特に急所や顎などの部位に当たっている様子も無いのに関わらずだ。
 その一撃に関して空手部では高等打撃法という名称が付けられ、先輩から代々受け継がれている。

 その正体は気だと主張する奴は各学年に1人居たりなかったりだが、冗談は顔の怖さだけにしておけと笑い飛ばされるレベルだった。しかし魔術、魔法というものが実際に存在する事を知り、更にその魔術を気合で無効化された経験から全く笑えなくなってしまった。
 発勁だと言う奴も各学年に何人かは現れる。発勁とはフィクションなどで神秘的な扱いを受ける事が多い技だが、結局は関節と筋肉を効果的に使い力を生み出し伝達する技術であり、毎日千回以上もの正拳突きを、全力で突く事のではなく常に身体の中の力の流れを意識してやり続ければ、自分なりのそれっぽいモノを見出す事は出来る。
 むしろ自分の身体の中の筋肉と関節によって生み出される力の流れを、どうやて相手に効果的に送り込むかだが、これはいきなり胡散臭くなる。
 浸透勁という言葉をたまに耳にするが、これは何となく中国武術っぽい感じがするが単なる日本語で、中国武術にはそんな言葉は無い……大島の打撃法を秘密を探るべくネットで浸透勁を調べていたらwikiに書いてあって驚いた。
 俺なりに考察した結論は、物理学上、力は運動エネルギーも熱も電気も流れ易きに流れ、逃げ易きに逃げるため、人体に衝撃を加えると硬い筋肉や骨よりも皮膚や脂肪などの柔らかい部位へ、更に内側よりは動く余地が大きな表面へと向かう。
 つまり、打撃力を効果的に対象の芯へと伝えるのは難しい。

 人体は大半を水によって作られているが、水面を打った時、その速度が速いほど水面で大きな衝撃が発生して大きな水飛沫が発生する。
 上がる水飛沫の量は打撃のエネルギーの総量ではなく、速度に影響を受ける。同じ形状、同じ体積で質量が1と100の物体を質量1の方を速度10で、質量100の方を速度1で水面に落とす。その時の運動エネルギーの総量は共に同じだが、上がる水飛沫の大きさは必ず前者の方が大きくなるのだ。
 この水飛沫こそが相手の身体の内側へと伝わらずに失われる打撃力だと俺は結論付けた。
 つまり、相手により多くの打撃力を効率的に伝えるためには拳の速度を上げない事が重要……うん、自分でも明らかにおかしな事を言っている。
 ここがネックとなり、高等打撃法の研究は進んでいない……だが、その秘密のベールがついに剥がされる時が来た!

「分かった。その方法と引き換えなら応じる」
 浮遊/飛行魔法Ver1.0前のβ版というよりもα版レベルのやつを、術式の説明無しに結論だけをシステムメニューによる情報共有で教えてやろう。どうせ大島も素直に全てを伝える気はないだろうから、それ以降は交渉になるだろうが最新版は教える気はない。

「それで良い」
 口元をにやりと歪ませて大島は応じた。
「ところで早乙女さんはどうした?」
 早乙女さんの姿どころか、表示半径3㎞の周辺マップにも30㎞の広域マップにも姿が無い。
「……山で食材採取している」
 詳しく話を聞くと、この世界の食材の旨さに止せばいいのに琴線を震わせてしまい、市場に出回る食材を手当たり次第味見するだけではなく、市場にも出回らないようなまだ見ぬ食材を求めて近辺の山を駆けずり回っているそうだ。
「山の生活が好きだからな……」
 大島をしてついていけないという表情をさせる。流石大島の先輩を長年続けてきた人だ。
「それならクラーケン狩りは1人で?」
「いや、クラーケン狩りには合流する。コリコリとした吸盤が堪らねえんだとよ……」
「流石は早乙女さんイカはエンペラ。タコは吸盤と軟骨に決まってる」
 クラーケンのスケールだと吸盤も直径1m以上はあるのを想像するがそうではない。ある程度小さな物体をとらえるためには小さな、とはいえ直径5-10㎝程度の吸盤も備えている。これに隠し包丁を入れて醤油をかけて丸ごと焼くと堪らないのだ。
「こいつもだと?」
 俺の発言にうんざりだというように顔を顰める……良い気分だ。やはり一方的に大島によって顔を顰めさせられる立場より大島の顔を顰めさせる立場の方がずっと素晴らしい。


 足場岩を利用した空中跳躍で移動する大島を置き去りにし、ハイクラーケンが根城にしていた河口を抱え込む入り江へとたどり着く。
 海岸線から急激に落ち込む海底が作り出す濃い群青に染まる穏やかな水面。この数日でこの入り江を埋め尽くすほどの量のクラーケンが命を失ったとは思えないほどの美しい光景……そう思うと潮の匂いが生臭く感じて来た。

 頭を振って気持ちの悪い考えを振り払うと、スポーツドリンク用のボトルを取り出し、中に詰めた高カロリー・ドリンクを喉を鳴らしながら飲む。
 レベルアップによって生じる数少ない問題の中で、命にも関わるカロリー消費量の増大という大問題。
 全力どころか6-7割程度に抑えた力で2時間程度身体を動かし続けただけで身体中のエネルギーを使い果たし極度の低血糖状態に陥り、突然スイッチが切れた様に身体が動かなくなる。これが戦闘中なら間違いなく命に関わる。
 何せレベルアップによる身体能力の向上の一端である消化栄養吸収能力の向上よりも、遥かに消費カロリーの増大が遥かに大きいので、身体的に無理の無いペースで一日中走り続けると、その間ずっとバナナなどの糖質の多い食品を胃袋の許す限り食べ続けていてもハンガーノックで倒れる。
 そこで手に入れたのがこのドリンクだ。ハチミツ……外見上蜜蜂に相似──国語的意味ではなく数学用語として──する生き物。正式名はエピンスと呼ばれるのだが、何故か広く一般に『ミツバチ』と呼ばれ、俺の常識という概念を突き崩そうとする存在だ。
 生態も現実世界の蜜蜂に似て花粉を集めて巣に持ち帰り蜜を作り出す。本当にサイズが異なるだけの魔物。
 ともかくそいつの巣より得られる超高カロリーな食品と、牛乳、勿論、牛から絞られた乳では無い。牛乳に似たおぞましい何かだ。俺はそれの正体を知らない絶対に知らない! ああ知りたいとも思わない! ただ栄養価が異常に高い。それだけを知っていれば十分。
 その2つを混ぜ合わせ、数種類の果汁や香辛料と薬草を加えて作ったドリンクで、現実世界の食べ物に比べると味、栄養価に優れるこの世界の食べ物だが、その中でもこの組み合わせが栄養吸収に良いと知られるレシピであり、24時間は戦えないが、これを飲みながらならば8時間くらいはそこそこ激しいと言えるレベルで身体を動かし続ける事が出来る。
 元々は病気になって体力を落とした子供や老人向けの回復薬としてミーアが開発した『道具屋 グラストの店』の商品であり、結構値は張るし保存が利くものでは無く大量に入手出来るものではないが、金は食事や宿代以外に使い道が無いまま貯まり続けている。せめて金貨を鋳潰して現実世界で現金化する当てでもあれば良いのだが、今のところは『道具屋 グラストの店』で龍の在庫が捌ける度に買い取って貰えるので増える一方なので、まとまった量を購入し、保存は【所持アイテム】内に保管すれば品質劣化も無い。
 今後は『道具屋 グラストの店』に原材料の中で一番入手が難しいハチミツを卸すことで入手可能という契約を結んだ。

 こうして考えると、俺の異世界での交流相手ってミーアを起点としたものしかないような。そうだ、他にも2号がいるじゃないか……今頃何してるのかな?
 ってとっくに交流が途絶えてるよ! ……いやいや違うぞ。男同士の友情っていうのはそんなもんじゃない。例え何年も会わず、何の連絡も無くても、顔を合わせて「よう、久しぶりだな!」と声を掛け合っただけで、会わなかった時間なんて飛び越えてしまう。そしてその後二度と会う事が無くても友達であり続ける。それが男同士の友情ってものだ。
 問題は2号と俺が友達かという事だ。友達の後に(笑)が付くなら、間違いなく友達だ。むしろ親友(笑)なんて「親」の一文字が実に笑いを誘ってくれる。

 今頃2号は、魔物狩りで腕を磨きつつ名を上げているか、それとも昔のコネを使って仕官して軍に潜り込んでいるかだろう。
 早く名を上げるなり出世するなりして、俺に恩返しが出来るようになって貰いたい。
 最初に2号に求めていた情報や便宜はミーアとのビジネスライクな関係でほぼ得られているので2号からお返しを受けていない。
 これはいけない。2号も俺にお返しがしたくてしたくて堪らず、毎日ストレスを溜め続けている事だろう。このままでは彼の胃が持たないに違いない。
 心配だ。ああ心配で堪らない。何としても早く彼の肩の重荷をおろして上げなければならない。親友(笑)として!
 ……まあ、実際のところはどうでも良い。奴から返してもらいたいと思うようなモノは今のところは無い。かと言って心配してやるほど弱くもない。
 10年後にでも再会して、ありえないとは思うが奴が結婚して子供でもこさえていたら、親父のある事ある事吹き込んで「あるある!」と喜ばせてやれば良い。

「よう!」
 そんな小さな企てを考えていると、背後から聞き慣れたというほどではないが、かなり聞き覚えのある特徴的な濁声を投げかけられる。
「おはようございます」
 頭を下げて挨拶をする。大島はともかく早乙女さんへの礼儀を捨て去る気はない。実際この人には随分と世話になっている。無論、合宿のたびに大島の片棒を担いで我々を地獄へと突き落としてくれる、良く言って悪魔の様な人だが、大島に比べたら遥かに常識を持ち合わせているので、大島がやり過ぎるような場面ではストップをかけてくれる大島専用のブレーキのような人だ……そもそも大島に効くブレーキなんて彼以外には知らない。
 お陰で、我々はぎりぎり死線を掻い潜りこうして生きていられるので、色々と言いたい事もあるが命の恩人でもある。
「大島の奴はまだか……ところで、それは何だ?」
 俺の手の中のボトルを指さして尋ねて来た。
「まあ、栄養ドリンクみたいなものですよ。飲みますか?」
「悪いな」
 取り出した別のボトルを受け取ると、絞り出すようにして口の中へと流し込む。
「ふぅ……牛乳にハチミツってところだが、抜群に美味いな。流石異世界」
「そうですね。でも旨いだけじゃなく、今のところ知りうる限り栄養補給という面で一番優れたモノですよ」
「本当か?」
「本当です。栄養価が高く吸収性にも優れているので、これさえあれば簡単にガス切れを起こす事は無いですね」
 レベル差とさらにシステムメニューがオリジナルかどうかの差で、身体能力の上昇に関わる係数が俺に比べて小さいので、早乙女さんがこのドリンクを使えば24時間戦えるかもしれない。

「何処で手に入れた? まだ手に入るのか?」
「入手経路は内緒で……早乙女さんには教えてもいいんですが、教えると大島にも伝わりますよね?」
「言いたい事は理解出来る……後輩が自分の教え子に人望が無さ過ぎるのは、先輩たる俺のせいなのだろうか?」
 上を見上げてそう呟く。否定して貰いたいのだろうかチラチラとこちらに向けてくる視線がウザったかった。
 だけど否定はしないが肯定もしない。「あんたさえしっかり指導していれば大島も少しは違ったんだよ」と本心を口にしない俺は優しい人間だった。
「定期的に入手は可能ですが、一つ問題があります」
「な、何だ?」
 チラ見を無視して話を進める俺に傷ついたのだろう焦った様子で聞いてくる。
「ミツバチというか、蜜を貯めるとんでもなくデカいハチともいうべき奴の巣から取れるハチミツが不足気味らしくて──」
「よし狩ろう! クラーケンなんて狩ってる場合じゃない! なんて言うハチなんだ?」
 必死だ。それだけ身体の燃費の悪さには頭を悩ませていたのだろう。
「エピンスという名の全長80cmクラスの蜂で、形状は話に聞いた限りはミツバチよりもスズメバチに近いようです」
 はっきり言おう、俺は無視の類が得意では無い。あの複眼が嫌だ。脚の関節が嫌だ。全体的形状が嫌だ。キャーキャー言うほどでは無いが、大きい蜘蛛を目の前にすると無言になる程度に嫌いだ。
 それが全長80㎝の超特大サイズとなると想像するだけで胸が締め付けられる。だから早乙女さんが取って来てくれるとありがた──
「じゃあ行くぞ!」
「えっ?」
「えっ? じゃないだろハチミツを取りに行くんだよ」
「でも大島が──」
「だから大島が来る前にずらかるんだよ。ここまで来てクラーケン狩りを断ったら……奴はしつこいぞ」
 それは知ってる。しかし──
「今なら俺に急用が出来て、ついでに教え子を借りたと言えば何とかなる」
「きょ、今日は大島先生にクラーケンの狩り方を教わるという約束をしてまして」
 べ、別にでっかい蜂が怖くて抗ってるわけじゃないんだからね。俺の目的は高等打撃法の取得なんだからね。
「はぁ? クラーケンの殺り方なら俺が教えてやるから行くぞ!」
「よろしくお願いします!」
 俺は腰を直角に曲げ、深々と頭を下げた。早乙女さんが教えてくれるというのなら大島にはもう用は無い。所詮デカい蜂など、大島とクラーケンのタッグの前には雑魚だ。


 自分自身のマップ機能をOFFにして大島のマップ機能に情報が反映されないようにし、南から接近する大島の広域マップの範囲に入らないように北上する。
 普段からワールドマップを使用してる可能性は低いので、広域マップ表示範囲外での俺達の動きを把握していない大島には俺達の足取りは分からなくなったはずだ。
 その後、王都のある西へと向かって30分ほど移動しミーアから聞かされていたエピンス発見情報がある山にたどり着く。
 麓の村から山頂へと続く道と呼ぶのもおこがましい山道の中腹辺りで村人が発見したという話なので、その辺一体を上空から捜索する。
 マップ機能を使えばすぐに発見可能だが、ここは徹底して大島への情報流出を避ける。
 しかし、あっさりと見つかる。山肌を覆う木々の上を飛ぶ毒々しい黄色と黒の縞模様の80㎝くらいはあるだろう物体を見逃すほど俺達の目は悪くない……しかし、話で聞いた以上にスズメバチだよホーネットだよ。

「追うぞ!」
 無言で頷き、遥か上空から、後ろ脚に花粉団子を付けたエピンスの追尾を開始する。
「それにしてもあの図体でよく飛ぶものだな」
 形状は本当にスズメバチそのものだが、スズメバチの中でも最大のオオスズメバチと比較しても体長で20倍、つまり体積で8000倍だ。そして大きな身体を支える外骨格の強度は実際のスズメバチよりはるかに向上しているはず──さもなければ、自分自身の質量に外骨格が耐え切れずに裂ける──なので、重量は体積以上に対象なりとも増えている可能性が高いのだ。
 それにも関わらず翅の大きさが極端に大きくなっていないので、8000倍以上の質量を400倍の翼面積で飛ばすのは不可能と考えるだろうが、聞こえてくる羽音の周期が実際のスズメバチと比べて違和感を感じない程度なので、単純に考えて翅のストロークの距離が20倍に増えたのに対して同じ間隔で往復しているなら翅の羽ばたく速度は20倍である。
 つまり、オオスズメバチに対して8000倍強の質量を持つが、400倍の翼面積を持つ翅を20倍の長さのストロークで羽ばたかせる事で、時間当たりに8000倍の体積の空気を押し下げて8000倍の揚力を得ているので大雑把には釣り合う計算になる。
 翅がその速度の耐えられるものなのか不思議でならないが、実際に飛んでるのだから仕方がない……蜂の死体もかなり価値があるのでハチミツ以外にもある程度狩って来て欲しいと言われていたが、翅は面白そうな素材なので兄貴や紫村へのお土産として一部回収しておこう。

 10分程、重たげに飛ぶエピンスを追い続けていると、眼下に数匹のエピンスが行き来するポイントを発見した。
「此処だな」
「行くんですか?」
 蜜蜂なら数千~数万匹の群れを作り、スズメバチだとしても最大で1000匹前後の数となる……どうするんだよ。
「蜂は小さいから厄介なんだ。あんなに的が大きい上に俊敏にも動けないなら一撃だろ」
 確かにあの巨体を宙に浮かせてはいるが普通の蜂のような切れのある飛び方は出来ないようだが……俺はあれを殴れるのか? いや、そもそも触れるのか?
 結論。剣で斬り殺してした。
 あれだけデカいと作り物臭さが出てきて、まるで大きな昆虫のフィギアの様であり、あまり嫌悪感を感じないで済んだ。
 しかも早乙女さんが言うように鈍重で的がデカい。しかもデカいだけに一個体が占有する空間が広すぎて同時に沢山群がるような攻撃方法がとれないので、精々3体を同時に相手どれば良いので、戦う相手としてはむしろ物足りないほどだった。
 注意すべき攻撃と言えばスズメバチと同じく、こちらの目を狙って撃ち出す毒液攻撃だったが、飛行時に使う風防魔法は気流の制御が目的の為に、雨などの細かい液体は巻き込んで僅かだが粒子状にして内部に取り込んでしまうので毒液に対してはむしろ被害を増大させかねなく、液体を操作する魔術【操水】も四方から吹きかけられる液体を全て操作するというのは無理だった。
 しかし、今朝大島が使った収納の新しい使い方を利用し、更に島合宿に備えて持っていた海中用ゴーグルがあったので、毒液攻撃をものともせず戦いという名の作業を進める事が出来た。


「思ったより個体数は多くなかったですね」
 駆除したエピンスの数は18匹で、女王蜂などを含む出口を塞いで巣ごと【昏倒】を掛けて眠らせた61匹と合わせても3桁には届かなかった。
 討伐数が少なかったのは、勿論今後もお邪魔して継続的にハチミツを頂く為だ。
「これだけのサイズだ、こんなもんだろ。形状はどうあれ蜜蜂だろ。この図体では飛べる距離もそれほど長くはない。だとすれば集められる花粉の量にも限りはある。むしろよくこれだけの数を揃えたものだと思うぞ」
 確かにクマは自分に必要な獲物を獲得する事が出来るだけのテリトリーを持つが、逆に蜂にとってテリトリーの範囲が最初から決まっているのなら、その範囲で生存出来る個体数に群れは収まるという事か。流石山の男そういう事はやけに詳しい。

 中を確認するために壊した巣の上部の穴へと早乙女さんと2人して上半身を突っ込んで中の様子を確認していると遠く背後で地響きがする。しかもどうやらこちらへと接近してきているみたいだ。
 マップ機能を使えば確認は簡単だが、そうすれば大島に我々の居場所が分かってしまい、ハチミツ目的で巣を襲った事もバレてしまうだろう。

「何だありゃ?」
 背後を振り返った早乙女さんが戸惑いを隠せない様子で声を上げる。
 遅れて振り返って見ると、小山の如き黒い塊が左右に揺れながらかなりの速度でこちらに向かってくる。
「レゴヴァードナウ、ハチミツグマとも呼ばれる巨大な熊ですよ……体長は6mを超えるそうです」
 ちなみに普通、エピンスのハチミツを手に入れるには、この熊を巣に誘導して巣を破壊させ、熊が十分にハチミツを堪能して立ち去った後の残りを回収するという、いささか乱暴で継続的収穫が不可能な方法でしかないらしい。

「そんなデカいのは熊じゃねえな。流石にレベルアップする前の俺じゃあどうにもならんぞ」
 あれほどデカくない熊なら素手で倒す奴だって十分人間じゃねえよ。
「それを言うならこいつらだって蜂じゃないですよ」
「まあ、そうだな……うん、あいつは俺が倒す。望みのモノを見せてやるから目を掻っ穿って(かっぽじって)おけ」
「待ってました大統領! よっ大島の先輩!」
「……それは褒めてるのか?」
「いえ全く」
「だろうな」
 そう吐き捨てるようにして、熊目掛けて走り出していくのを見送る……訳にもいかず追いかける。

 四肢の爪を大地に食い込ませるようにして地響きを鳴らしながら、自分に真っ直ぐ突っ込んでくる巨熊に顔色一つ変える事無く立つ。
「良いか! 大物相手に身体の芯にダメージを通すには速く打ち込むな!」
 そう叫ぶと100mではなく200mを10秒切るペースで身体ごとぶつかる様に熊の懐に飛び込むと、噛みつこうと襲い掛かる熊の顎を左の裏拳で弾き飛ばす……あれって首の骨折れてないか? もしかしていつもの力技?
 そのままの勢いで更に一歩踏み込んで、熊の右の首の根元というか肩というべきか微妙な位置に、打ち込むというより勢いよく正拳突きの構えのまま拳を押し当てる。
 そして衝突のエネルギーを拳の一点で受け止め、その衝撃を吸収するように肘と肩をたわめるていく。それはオイルバンパーが衝撃を吸収するというよりもバネが受け止めたエネルギーを溜め込む様であり、同時に練習時に動きを確認するために行う正拳突きの大きな予備動作の様でもあった。
 拳を深く食い込ませながら早乙女さんの身体が熊の身体に接触する寸前、引き絞られた弓から矢が放たれるように──
「ふんっ!」
 気合と共に打ち出された正拳突きは、次の瞬間には深く肘の辺りまで熊の身体に食い込んでいた。一瞬だけその衝撃を自らの身体で支え力を熊の身体の奥底へと送り込んだ直後、反動で早乙女さんが後ろに吹っ飛び、空中でとんぼを切ると左手を地面に突いて着地する。
 一方熊は、そのまま一歩二歩と進んで三歩目で鼻先から地面に突っ込むと、ビクンビクンと生物としてヤバイとしか言えない痙攣を無理返して10秒足らずで完全に動きを止めた。
 口や目、鼻、身体の穴という穴から血を流し絶命した熊の巨体に対して、早乙女さんは血の一滴、汗の一滴すら流していない。
 直接の死因は首の骨折のような気がしないでもないが気のせいだという事にしておく。だが首が折れて無くても確かにあの一撃は熊の身体を内部から破壊していた。

「どうだ?」
「恐ろしい技ですね」
 俺が考えたのと同じ方向性だが、遥か先を行っている。
 今の俺では同じ威力で殴ったところで、この巨体を今の様に破壊する事は出来ない。
「クラーケンを倒すのに使ったのはこいつの更に先にある技。いや業だ」
「……なるほどそう来たかって感じですが、理屈は分かっても簡単に真似出来るようなものじゃないですね」
 こいつの先があるというはとりあえず保留と紫、それ以前に幾つもおかしい。あの一撃のエネルギーが熊の身体の中に余すことなく伝わったとしても、あの巨体に対してああまでダメージを与えられるとは思わない。
 命を奪うには十分であったが、あそこまで肉体を破壊出来る訳が無い。早乙女さんの身体は大島を凌ぐ190㎝近い長身で骨太の骨格に筋肉特盛で体重は130㎏を超えるだろうが、その体重が数m後方に飛ばされる程度のエネルギー量。見た目だけで正確な計算は出来ないが全エネルギーが反作用に転じたとは思えないのでざっくり半分と考えると、そのエネルギーの大きさは大体エレファントライフルとアンチマテリアルライフルの間くらいだ。確かに大したものではあるが、これで体長6mを超える巨熊を倒すとするなら、高い貫通力で身体の奥深くに食い込んで、そこで運動エネルギーをぶちまける銃弾にも匹敵するエネルギー伝達の効率性が必要になる。
 何かある。俺にまだ示していない何かがあるはずだ……しかもその先すらも。

 手掛かりになりそうな何か……固有振動数の同調……共振?
 交換した古いCPUに着いていたヒートシンクが、本気で咳込むと1m以上離れていても鳴るようにエネルギーの波を身体の奥底まで伝えたのか?
 何を言ってるんだ俺は? そんな事は出来るはずが無い。ハチミツグマは早乙女さんにとっても初めての遭遇だ。そんな相手の重要器官に共振でダメージを与えるなんて幾ら人外にして人害な鬼剋流の使い手といえども無……いや、先に拳はハチミツグマの身体に触れていた。だからその感触から……だから何を言ってるんだ漫画の見過ぎだろう俺。大体固有振動数の同調を起こす様な振動をどうやって生み出すんだ?

「感謝しても良いぞ。今日大島に付き合ってたら必ずぶっつけ本番でクラーケン相手にやらされてたからな」
 こみあげてくるモノに抑えきれずブルっと身体が震えた。確かに大島ならやらせようとするだろう。そういう男だ。
「あざーっす!!」
 全力で頭を下げた……やはりこの人がいなかったら、俺は、俺達は夏冬の合宿中に死んでいてもおかしくはなかったのだ。

「ヒグマ程度が相手ならここまでやらない。拳を打ち込む瞬間に身体中の関節の動きを止めて己の肉体を一つの塊として叩き付ければ済む……先ずはそれを身に着けてから、何度も何度も生き物の身体を殴っていれば、何れは相手を中から破壊する方法が何となく見えてくるもんだ。これは口で言っても分からん。頭じゃなく心で感じろ」
 事も無げに口にするが、この人はレベルアップの恩恵も無しにヒグマ相手にそんな事をやって来た訳だ。尊敬……否、こいつ馬鹿じゃないの? という思いが強く胸の内に湧き上がるのは仕方がない事だろう。


 巣の中に並ぶ六角形仕切りが集まって出来たハニカム構造体。その仕切りの中にたっぷりと詰まってるいるハチミツ。
 1つの仕切りの大きさは六角形の対角線が45㎝程度に深さが130㎝程度なので大雑把に計算して170Lとなる。
 ハチミツが詰まった仕切りは全部で11あったが、俺達は今後の事を考えて3つの仕切りの中のハチミツだけを頂くことにした。
 その回収法というのが、あらかじめミーアに渡された回収道具は甕と長柄杓、つまり長柄杓で掬い取って甕に入れる。
 長柄杓で1回に掬い取れる量は最大で1L程度だろう。零さないようにするためには掬い上げる量を減らすとすると7分目8分目程度になる。それに対してハチミツの量は3つの仕切りで大体500Lである。
 考えてもみて貰いたい。有史以前から一つ一つの不便をこつこつと便利に変えて文明を築き上げた人類の端っこにぶら下がる者として、馬鹿みたくただ長柄杓でハチミツを掬い上げるような真似をしていて良いのだろうか?
 この高城隆。昔から母さんに「隆は楽する事ばかり考えて」と褒め続けられてきた男として、そんなので良いはずが無い! ……あれ、何かおかしいような?

 結局、ハチミツの入った仕切りの底と、その真下にある巣の外壁を壊して甕に流しいれる方法を採った。
 中が空の使われていない仕切りを【操熱】で溶かし──ハニカム構造体は蜜蝋で出来ており、現在蝋燭などの主成分として使われる石油から取れるパラフィンに比べて融点も60度台前半と低いので、簡単に溶かす事が出来る──てサラサラな液体にしたものを【操水】で巨大な漏斗状に形を整え、再び【操熱】で冷やし固めた物を使って甕へとハチミツを導いた。
 さらにハチミツ自体も【操熱】で仕切りや漏斗が解けない40度程度まで熱して時間短縮して流し込む事が出来た。
 後の巣の回復を考えてハチミツの入っていた仕切りの穴は塞いておく。

「これで、どれくらい作れるんだ?」
「全体量の1割以下って話だから少なくても5000L位は作れると思いますよ」
「つまり、1日2L程度使うとして2人で2年分くらいか……まだ要るな」
「これを持ち込んドリンクとして引き渡されるのは半分ですよ。他の材料や加工、それにエピンスの巣の情報。全て向こう持ちなんだから」
「そうか……仕方ないな」
 表面的には大島にかなり近い、むしろ大島に影響を与えたのは早乙女さんだろうと睨んでいるのだが、この辺の物分かりの良さなどが大島との決定的な違いだろう。
「……ところで他に、巣に関する情報は無いのか?」
「ありますよ」
 ハチミツは保存食であり、通常の方法でもきちんと保存しておけば劣化の心配は少なく。更にハチミツは俺からの買取では無く代金の代わりに加工した半分を引き渡す契約なので引き取り不可という事は無いので、ミーアからは「是非沢山採って来て下さい」という言葉と共にエピンスの巣の情報は複数貰て来ている。

「じゃあ次、行くが……おい、あの飛ぶ方法教えてくれよ」
「それは構わないんですが、早乙女さんに教えると大島にも伝わりますよね」
「そりゃ、まあ……そうなるだろう? そんなにアイツには知られたくないのか?」
「それがですね……」
 俺は現実世界の方で、世界の中心を意味する名を持つ某国の特殊部隊とオリジナルシステムメニュー持ちが友引町で騒ぎを起こした事を伝えた。
「そりゃあ、大島の奴は怒るだろな」
 早乙女さんは自分のテリトリー外での出来事なのですこぶる冷静だ。もしこれが自分の山での事なら大島の様に激怒するだろう。
「それでですね……某国を亡国にするために乗り込む気満々なんですよ」
「それは、流石に拙いな」
「そうでしょう!」
「マスクで顔を隠すように言わないと……ああ、犯行声明も出さないよう言い含めて……面倒だ俺も付き合ってやるか……楽しそうだな」
 だ、駄目だ。やっぱりこいつは肝心な根っこの部分が大島の先輩だ。
「それでだ。海を渡るには空を飛ぶのが一番だろ。幾ら俺の名前が早乙女でも泳いで日本海は渡れねぇぞ」
 何を言ってるのか分からない。多分彼の世代になら分かる渾身のパンダネタなのだろうが、平成2桁生まれの俺には、そんな上手い事言ったとドヤ顔されても分からない。
「戦争を起こすつもりですか?」
「安心しろ。ちゃんとバレ無い様にする」
 安心出来るはずが無い。大島という暴走車に早乙女さんという踏み込んでも効きの悪いブレーキの組み合わせに安心出来る要素が何一つない。
「そのちゃんとが信用出来ないんですよ」
「まあ、俺自身あんまり信用してねぇな……ああ面倒くせぇ! だったらお前もついて来ればいいじゃねぇか!」
「俺は学校あるから」
「お、おう。そうだな学生相手に何言ってるんだ……つうか大体お前が中学生ってのがおかしいだろ? こんな可愛気の無い中学生が居るか!」
「男子中学生に可愛気を求めるな変態か? 自分が中学生の時にそんなもの持ち合わせていたのか?」
 そいつは流石に看過しがたい……キレたよ。こんなに可愛い俺に何を抜かしてくれてるの?
「何を言う。俺のガキの頃は可愛かったぞ」
 そう強弁する彼の目は泳いでいた。豪快にバタフライで泳いでいた。
「さぞかし可愛い熊さんだったんでしょうね!」
 しかし、どうやっても彼に似た可愛い熊は想像出来なかった。
「誰が熊だ。俺にだって可愛いと呼ばれた時期があったんだ!」
 あんただよ。この熊人間が。
「あんたが可愛いなら俺なんてめっちゃ可愛いよ!」
 そして一呼吸の間の沈黙。
「この嘘吐きが!」
 同時にそう叫んだ。
「大体だ。いきなり態度を変えやがって!」
「敬意とは払う価値のある相手に払われるべきで、その価値の無い相手に払うのは勿体無い」
 お前の株はストップ安で、取引停止中だよ。

 不毛なにらみ合いを打ち切るために、強引に話題を変える。
「それで今悩んでるのは、こいつをどうしようかって事なんですよ」
 オリジナルシステムメニュー保持者の死体を地面に転がして悩みを打ち明ける。
 ちなみに、こいつの体内の爆弾は時間停止状態で腹部を切開して取り除いて【所持アイテム】に収納してある。体内から取り出して単体として収納した事で、リストから確認出来る情報はより詳細になり、HNIW(ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン)という爆発物を使用している事が分かったが、残念ながら聞いた事すらない。また1分間対象の心臓停止を確認すると爆発する仕掛けだがカウントは1つ減って59になっていた。
「死体なんて埋めちまえば良いじゃないか」
 何の躊躇いも無いというより、非常に言い慣れた様子で吐き捨てた。絶対にこの人は何人も埋めている。そう確信した事に気づかれないように話を変える……気づかれたら俺も埋められそうで怖い。
「そうじゃなくて、こいつを殺した時にいきなりレベルアップしたんですよ。だから【反魂】を使って復活させてからもう一度殺せば無限レベルアップが可能になるんじゃないかと」
「そいつはやってみる価値があるな」
 この場には人でなしが2人もいる。ちなみにこの場にいるのは俺と早乙女さんの2人だけだ。
「問題は、こいつもオリジナルシステムメニュー持ちなんで、復活した瞬間にロードを使われると面倒なんですよ」
「俺が復活した時は暫くは頭が回らなかった。すぐに〆れば問題ねぇよ」
 〆るってねぇ……
 やってみた。
 レベルアップは出来なかった。しかも全く経験値は入らなかったよ。
「こいつ役立たずだな」
 【所持アイテム】の一覧リストから、生きてる方のシステムメニュー保持者と比較すると、生きてる方の名前の後に【システムメニュー保持者】と表示されているが、死んでる方には表示が無かった。

「もう君の事を思い出すことも無いと思う。いつか俺が歳をとって自分の時間が残り少ないと自覚した時、不用品と一緒にまとめて火口にでも投げ込んで処分する事になるだろう。サヨウナラ」
 そう口に出してから収納した。
「お前、酷ぇ奴だな……さっさと埋めてやれよ」
 そんなに埋めたいのだろうか?
「もしかしたら思い出すこともあるかもしれない。思い出すという事は何か用があるって事だから……」
「要らない物を捨てられない性質だろ?」
「物と人を一緒に考えるなんてサイテー!」
「…………」
 目が「どの口で言いやがる」と俺を責めている。目を合わせる気は全くないが絶対に責めているはずだ。この左の頬に何かが当たるようなチリチリとした感覚が証拠だ。

「それでもう1人システムメニュー持ちが【所持アイテム】内にいるんですよ。また10代の女性なんですけどね」
 再び強引に話を変える。
「よし殺してレベルアップだ。なに生き返らせれば良いんだから何の問題も無い。何か? 恨みも無い奴を殺すのが嫌か? 分かる分かる。お前の気持ちはよく分かる。代わりに俺がやってやろう」
「そんなにレベルアップが?」
「それもある。だがなこのシステムメニューそのものに興味があるな。こいつは単なる使ってる人間がレベルアップで強くなってハッピーなんて便利なもんじゃない。どす黒い悪意の塊だ」
「俺もそう思いますよ」
「それに俺もお前も乗っかってしまったんだ。悪意の正体を突き止めなければケツがむず痒いだろう」
「早乙女さんには降りるって選択肢がありますよ」
「ふん、こんな楽しそうなのから誰が降りるかよ。大島だって絶対に降りねぇぞ……お前がどんなに降りて欲しくてもな」
「迷惑だな~」
「アイツは何時だって迷惑な奴だ」
 その言葉に腹を抱えて笑った……ヤケクソだった。
「まあ、何だな……やっぱり殺すならお前がやっておいた方が良いだろう。多分、お前が殺して俺がレベルアップ出来ないなら、俺が殺しても俺もお前もレベルアップ出来ないだろう」
「……その可能性はありますね」
「何だ? 女を殺すのは気が引けるのか?」
「そもそも人を殺すこと自体、気が引けるんですよ」
 アンタらと一緒にはされたくない。
「まあ気にするな。これは人助けだと思え」
「人助け?」
「どう考えても人助けだろ。女でまだ10代なんだろ? システムメニューなんてものは普通の人間にとってみればお荷物以外なんでもねえよ。それを取り払ってやるんだから人助けだ」
 確かにそれは正論だ。普通はシステムメニューを与えられてファンタジーな異世界に送り込まれてもレベルアップどころか死ぬだろ。
 俺が最初に送り込まれた森の中は、この世界でもかなり危険な場所であり、俺にしてみても早い段階でシステムメニューの存在に気づかなかったら生き残る事は不可能だっただろう。
 あの森に比べれば安全な場所に送り込まれたとしても生き残る事が出来た奴は少ないだろう。実際【所持アイテム】内の女性はレベル1であり、もしかしたらシステムメニューの存在にすら気付いていない可能性もある。
 そう考えると、多くの──多分9割以上のシステムメニュー所持者がシステムメニューに気付く事なく初日で命を失ったという可能性も十分に考えられる。
 むしろ気づく方がおかしい。自分がいるのが地球上ではない事に気づくなり「ベリーイージーモードで再スタート」とか「リセット」とか叫んでいた自分を省みて恥ずかしいと思うのだから……
 初日でシステムメニューに気付く事が出来たのは間違いなく極少数派だろう……もし多数派だったとしたら人類に失望してスペースコロニーを地球に落とすレベルだよ。

 だが、そうだとするなら疑問が生じる。
 俺達がこちらの夢世界ではなく、平行世界に飛ばされた時の事は、未確認を含めて1000件以上の失踪事件が起きたと聞いたが、仮にその時点でのシステムメニュー保持者が1000人だとして、それまでに夢世界で命を落とした人間は1万人じゃあ済まないはずだ。
 多分、その犠牲者の多くは初日に発生しただろう。
 無駄にサバイバリティに溢れている俺ですら、初日に命を落としかけたのだから1%も生き残れたとしたなら御の字だろう。
 いや単に俺が出現した場所がヤバかったという可能性を考慮して10%か、更に平行世界に飛ばされるまでの2週間以上を生き延びた可能性は5%は難しいだろう。
 だが俺が最初にこの夢世界に飛ばされた4月15日に世界中で4桁に届く人間が睡眠中の突然死を迎えたなんてニュースは耳にした事が無い。俺が知らなくても紫村ならネット上でなんでも拾ってくれるはずだ。

 この矛盾を埋める可能性として考えられるのは、夢世界ではシステムメニュー保持者は死なないという可能性。
 しかしこれはこれで疑問が生まれる。
 死なないというアドバンテージがあるなら、システムメニュー保持者は生き残り続けて、やがてレベルアップする事が出来る。するとレベルアップのアナウンスでシステムメニューの存在に気づかされるだろう。
 そうなった場合、【セーブ&ロード】と死なない身体を使って、俺以上に大胆に狩を行いレベルを上げる奴も出てくるはずだ。
 だが実際は、殺した方はレベル3で生きてる方はレベル1。この2人を平均的システムメニュー保持者と断じる事は出来ないが、可能性としてはかなり低いし、平行世界の方でも、状況からして帰還条件を成立させたのも俺だから、少なくともその時点で俺よりレベルの高い奴は居なかったはずだ。

 それらを踏まえ上で考えられるのが、夢世界で死んだ場合はシステムメニューとシステムメニューに関わる全ての記憶を失い現実世界で目覚めて、普通の生活を何事も無かったように送るという可能性。
 これが今の段階で思いつく矛盾を排除出来る都合の良い解釈だろう。矛盾を排除する以外の観点は本当に一切ないけどな。

 また違った疑問が生まれる。
 現実世界と夢世界の俺の身体が別の身体である可能性。これはこちらの世界で負った傷をあえて残した状態で眠りに就いて、現実世界で目覚めると身体には傷が残っておらず、現実世界で眠りに就いて、再び夢世界で目覚めると傷が残っている事から間違いないと思う。
 すると、現在この夢世界には彼女の肉体が2つ同時に存在するという事だ。
 現実世界での身体で一度死ぬと、現実世界の身体からはシステムメニューが消えたが、こちらの世界の身体はどうなるのか?
 死んだり、消滅するのならさほど問題はないだろう。今夢世界の身体を使ってる俺から見ても、この身体には俺以外の意識みたいなものは無い。この世界で俺の意識の器として何者かによって用意された肉体なのだから。
 問題は、夢世界の身体が何事も無かったかの様に、今まで通りに生きていく場合。システムメニューは所持しているのか? 今までの記憶はあるのか? 意識は現実世界のままなのか?
 自分事でもあるので是非とも確認したい。

「どうした?」
 時間停止も使わずに考え込んでいたようだ。
「いえ、ちょっと考え事を」
「何だ?」
 自分が考えていた事を早乙女さんに伝える。
「……そういう訳で、やるなら、こちらでの彼女の身柄を確保してから試してみたいんですよ」
「二度手間三度手間が好きな奴はいねえって事だな」
「手間とか言うよりも、生きた状態でオリジナルのシステムメニュー保持者を確保出来る機会が、そうあるとは思えませんから」


 結局、システムメニュー保持者については保留のまま、早乙女さんに浮遊/飛行魔法を教えると午前中に更に3か所の巣を回り、追加で1000Lほどのハチミツを入手する事が出来た。
 それにしてもどいつもこいつも簡単に浮遊/飛行魔法を使いこなすな……

 今日中に『道具屋 グラストの店』に持ち込めば3日でドリンクを引き渡してくれるとの事だし、手持ちの分を早乙女さんに分けても十分な量だ。
 ハチミツ1500Lから出来る15000Lのドリンクが出来るので、その半分の7500L、更に早乙女さんと山分けで3500Lで十分に思えるが、紫村達にも回す分、ついでに、香籐以外の2年生達もこっちに引き込む事を考えると2か月に1度位はハチミツ狩りをする必要があるだろう。
 それに余り採り過ぎて供給過剰になる場合は、ドリンクを買い取りとなる……まあ、金はあるからむしろハチミツ狩りをしなくて済む分ラッキーだな。

「午後からはどうする?」
「そうですね大島と合流しますか?」
「だったら、この匂いをなんとかしないとならねえな」
 確かに今の俺達の身体は、濃厚なハチミツの甘ったるい匂いに包まれているので、何をしていたのか大島にはバレバレだろう。
 俺達は【水塊】を使って直径1mの水球を作り出すと、指を突っ込んで【操熱】で良い感じまで加熱する。
 そして服を脱ぐと水球を回転させながら水球の中に粉石鹸を投入する。そして水球の中に身体を入れると水球を上下に動かしながら全身を洗う。
 粉石鹸を使うのには理由がある。石鹸の天然界面活性剤は多くの洗剤に使われる合成界面活性剤とは違い、川の水などの自然水に含まれるミネラル分に非常に弱く、排水が川などの自然環境に流入しても短時間に界面活性を失い無害な石鹸カス(凝固温度が高い油)となり魚などの餌となってしまう。石鹸カスを食べた魚の身が石鹸臭くなるかもしれないが……
 ともかく、キャンプなどの野外生活で使うような『環境に優しいが髪に優しいかどうかは分からないシャンプー』は基本的に液体石鹸だ。
 液体石鹸にも問題はある。髪に優しいかどうか分からないどころか、使い方を間違えると害でしかない。
 石鹸は中性ではなくアルカリ性であり、一般的な洗剤に比べると洗剤切れの悪い。そのため洗髪後しっかり洗い流さないと髪を構成するタンパク質がアルカリ成分によって溶かされダメージを受けてゴワゴワになる。更に酷いとタンパク質が溶けた事で髪同士がくっついて塊になり、最終的には髪を全て切り落とすしかなかったという事例もある。
 まあ、俺も早乙女さんも髪は戦いの最中に掴まれてもすぐに外れる程度の長さしかなく洗い流すのも簡単なので大して問題はない。

 身に着けていた服も洗い、しっかりと濯ぎ脱水をしてから収納する。【所持アイテム】内なら湿っていても雑菌が繁殖し、臭くなる事は無いので宿の部屋で【操熱】で加熱しながら干せば良いだろう。
「これなら風呂はいらねえな」
「身体を洗うのと、ゆっくりお湯に浸かるのは別でしょう」
「中学生の癖に爺臭い奴だな。風呂なんてぱっと入ってぱっと出るに限る」
 烏の行水め、大体それを言うならぱっと咲いてぱっと散る桜だろ?
 俺自身は特に長湯というほどでもないと思うが、一日の終わりに20分ぐらいはじっくり湯船に浸かり、湯上りの気怠さと共に眠りにつくのが最高だと思う。
「まあ良いとりあえず石鹸寄越せ。それから明日は髭剃りもだ。頼むぞ」
「髭剃り? その顔のどこに髭剃りが?」
 髭をのばし放題で熊と見まごう、髭8:肌2という顔のどこに髭剃りが必要なのだろう?
「何言ってるんだ? 髭はちゃんと手入れをしているぞ」
「嘘だ! 1年は人の手が入ってない雑草生え放題の荒れ果てた庭のような顔して何を図々しい」
「餓鬼だな。このダンディーな髭の良さが分からんとは」
 漫画に出てくるような山賊だってもう少し髭の手入れに気を使ってるとしか思えないよ。
「大体、大島だって髭何て生やしてないでしょう!」
 さすがに奴だって教師として最低限の身だしなみに気を使っているんだ──
「アイツは、髭にビールの泡が付くのが我慢できないらしい。馬鹿だよな」
 想定外の理由だったが、どっちも馬鹿だよ。

 その後、昼食を取り、更に頼まていた調味料を渡す。
「何だミリンが……昆布もねえぞ。それに鰹節とは言わないが顆粒のカツオだしとか、どうして持ってこないんだろうな?」
「……塩と胡椒で十分じゃないの?」
 これでも気を使って醤油と味噌、マヨネーズにソースとケチャップ、それからわさびに一味、カレー粉も持ってきてやったのだ。何だよミリンとか出汁とか、そんな上等なモノを使って料理する熊なんて何処のサーカスにも居ねえよ。
「……そうか、お前は可哀想な子だったんだよな。ごめんな。お前の精一杯を馬鹿にしちまって」
 生温い目で同情されただと? しかし、どんなに憤りを覚えても、反論する言葉が上手く見つからなかった。
 分かってるんだ。目の前の熊は俺よりずっと料理が上手いって事くらい。
 そもそも比較すること自体間違ってる。俺のは料理以前の段階だ……くっ、とうとう自分でも慰めの言葉が何も浮かんで来なくなってしまった。


「それじゃあ奴と合流するか……」
 早乙女さんの言葉を合図に俺もマップ機能をONにする。
 事前に2人で手分けをして海岸線から王都手前までの表示不可能範囲の上空を全力で飛び回る事で、ハチミツ狩りで移動した範囲が分からないようにしたので、大島がワールドマップで確認していても一度に表示範囲が更新されるので、俺達が何処をどの順番に移動したかは分からないようになっている。
 これで大島にはドリンクに関しての情報の手がかりを与えるどころか、俺達が何をしていたかさえも分からないだろう。
 何故、早乙女さんがそこまで協力してくれるかというと、早乙女さんをして暴走気味と評せずにはいられない大島を抑え込む材料として、奴へのドリンクの供給源を自分だけに絞るというのはメリットがあるのだろうと予想するが多分外れているのだろう……当たっても嬉しくない。

「何をしていた?」
 再会の挨拶は字面からは想像も出来ない恫喝。子供が泣くどころか、野生の虎ですら腰が砕けて座り小便を流す事だろう。
 そんな物理的圧力すら伴う──実際、気合で魔術すら無効化するのだからしょうがない──威圧に対して俺は正々堂々と早乙女さんを盾にした。
「俺の用事で手を借りただけだ」
「態々、足取りを消してか?」
 息さえしがたい緊張感。
 龍虎相打つ……いや、東映チャンピオン祭り ゴジラ体メカゴジラ 同時上映、アルプスの少女ハイジ他。それくらいスケールがデカい。
 この2人が真剣にやり合うところは見た事が無い。今後も武の道を進み続けるとするなら学ぶ事が多い特別な一戦となるだろう。
「何か問題があるっていうのか?」
「押忍! いいえ」
 大島が折れた? しかも軍隊の「サー、イエッサー、ノーサー」的なヤツで……何たる期待外れ、大島の事を買いかぶり過ぎていた自分が恥ずかしい。
 いや、これがレベルアップによる【精神】パラメーター変動による影響。俺が気づかない内に奴も人間らしくなってきたという事なのか……良かったな大島。お前はやっと憧れていた人間になれたんだよ。(妖怪人間 オオシマ 完)


「どういう事だ?」
 今度は浮遊/飛行魔法を使い自在に空を飛ぶ早乙女さんの姿に大島はこちらを睨んでくる。
「早乙女さんに例の打撃法を教えて貰ったお礼だ」
「ふん、まあ良い」
 どうせ早乙女さんから教えて貰えば良いと甘い事を考えているのだろうが──
「俺は教えてやらねえぞ」
「くっ」
 早乙女さんはしっかりと釘を刺した。
 理由は簡単。基本的に一番カロリーを消費するのは移動だ。高速で長距離を移動出来るが故に限界まで体力を使い切ってしまう。それに比べれば戦闘なんて戦争にでも参加して倒しても倒しても切がないほどの敵と持久戦を繰り広げるのではなければ、基本的に数分で勝つか負けるか決着を迎えるか、逃げるかの判断を下す事になる。
 だから高カロリー・ドリンクの供給で大島を縛るなら、浮遊/飛行魔法を覚えさせないのが一番だ──
「土下座するなら考えてもやらん」
 えっ? それで良いの? いや、そもそも大島に土下座が出来る訳が無い。つまりこれはオブラートで包んだお断りのメッセージに違いない。
「断る!」
 そうだろう。当然そうだろう──
「じゃあ、向こうに戻ったら寿司でも奢れ」
 えっ、えぇぇぇぇっ! 金で済んじゃうの?
「じゃあ、美味い酒のある店で……やべぇ馴染みの店は使えねえな」
 公式的には失踪扱いで政府的には死んだ事になってる大島が、普通に馴染みの店で早乙女さんと一緒に飲み食いするとすぐにバレるだろう。2人はすぐに姿をくらますので、結局面倒事は全て俺が引っ被る事になるだろう。
 だが止めろと声に出す事は出来ない。それは自分の弱味を見せる事になり、大島は笑顔で俺に無茶振りをしてくるだろう。ここはあくまでも「そんな事は知ったこっちゃない」という態度を守るべきだ。
「どうした? 都合悪いけど興味ない振りしてやり過ごそうってか? いつも通りの分かりやすい顔してんな高城ぃ~」
 何て邪悪な笑みを浮かべるんだろう。本当にこいつは大嫌いだ。今すぐ隕石が頭に直撃して、転んだ拍子に川に落ちて海まで流されて、どこか遠い無人島で生涯を終えてくれねぇかな? ……妄想の中でも老衰しか思い浮かばない弱気な自分が悲しい。
「いえいえ、歩く3歩先に犬の糞を見つけた程度の気分ですよ」
 何をしようがお前はその程度の存在だと言外に匂わせてやる……自分で挑発しておいてちょっと心臓バクバクなのは骨の髄まで刷り込まれた恐怖心のせいだ。
「言うようになったもんだ。命のやり取りを経験し、殺しもやっただけはあるな」
 まるで通過儀礼を経て仲間入りしたような口振りは止めて貰いたい。本当にお願いします。アンタらと俺は別のカテゴリーに属してるんだから。
 まあ、ここで嫌がる素振りを見せれば、一層掘り返してくるので軽く流そう。
「まだまだ、お2人には敵いませんよ」
 出来るだけ無難に返した。
「そりゃそうだ。場数が違う」
「年季が違うからな」
 こいつら、自分達が人殺しの経験がある事も軽く認めてるだろ。
「もしかして、2人が【反魂】で蘇った時にレベルアップしたのは、沢山殺しをして経験値を貯めてた……から?」
 ついでだから、今まで聞かずにスルーしてきた事を聞いてみる。
「人間か? 人間は経験値にならないぞ。こっちでも賊の類を結構狩ったが、奴らからは経験値は鼻糞にもならん程度だ」
「レベルアップの経験値は、熊やイノシシのだろうな」
 こっち『でも』って、疑う余地も無く完璧に殺人の事実を認めてるよ。こいつらにとっては賊の類なら殺ってしまっても構わないって事らしい。
 確かに俺だって生かしておけば、自分や自分の周囲の人間の命に関わるような敵対的存在は、一発ぶっ飛ばしてから優しく「やり直せ、お前はまだやり直せる、一からやり直すんだ……来世でな」と止めを刺して後悔の言葉一つ漏らさないだろうが、この2人にとっては敵対者の命はもっと軽いようだ。


 浮遊/飛行魔法を覚えた大島は簡単に使いこなして、早乙女さんと空中戦を演じている。
「マジかよ」
 俺が生まれる前に原作の漫画の連載も、オリジナルのテレビシリーズも終了したが、何故か知ってる国民的アニメ。しかも今年は十数年ぶりの新作映画まで上映している例のアレ。キーアイテムでタイトルになってる竜珠が途中からフレーバーなアレ。
 それそっくりな空中戦が目の前で繰り広げられているのだ。
 完全に一つ一つの動作が地上での動作と比べて遜色がない。むしろ浮遊/飛行魔法によって重心の移動をサポートする事で切れや緩急幅など小さいが非常に意味のある動作が洗練され、全てが水の流れの様につながっている。
 身体の動作を伴わない重心移動は、ある程度武を修めて予備動作から何をするのかを読む者にとっては魔法にも等しく──魔法だけど──意識する事すら出来ぬ間に攻撃・回避に移る行動の第一ステップを終えている事になる。
 それだけではなく重力に逆らう形での重心移動も可能なので気付かない内にどうこうではなく、何が起きたのか気づいた時にこそ激しく動揺、混乱し隙を作ることなるはずだ。
 悔しいが俺などが割って入る余地はなく、見惚れるしかないほど見事な戦いだ。
 あの2人は空を見上げて飛ぶ鳥を見ては飛べぬ我身を呪い、いつか自分が重力から解き放たれることを渇望して来たのだろう。そして同時に飛べたならば自分がどう戦うかもイメージする。そんな事を繰り返してきたのだろう……そうでなければ、飛べるようになってすぐに、ああまでも空を自分の物に出来るはずが無い。
 才能の問題じゃ無く、強くなるためにどこまでも貪欲なれる心構えが俺とは全く違う。そんな男達が俺が生まれるずっと前から己の武を磨き続けてきたのだ……勝てないな。俺には『まだ』勝てない。だが『何時か』越えてやる──
「初めてでここまで出来る俺達って天才だな、大島!」
「ああ、こんな想像すらしたことも無い状況だというのにイメージが次から次と湧いてきて止まらん!」
 おーいっ! 色々と台無しだよ。畜生! 才能あるものが才能の無い凡人を虐めるのは止めろ。あとシリアスさんが呼吸してないからほんと頼むわ。


「凹むわぁ~」
 まだ空中戦を楽しんでる2人の姿に心が折れそうになる。
 高所恐怖症が改善されているとはいえ、完全に呪縛から解き放たれてはいない俺には浮遊/飛行魔法と足場岩を使った。三次元的な素早い動きは出来ない……別に良いんだ。ほら、土から離れては生きられないと昔から言うだろ。
「高城、こいつは良いな。お前も上がって来いよ」
 俺が高所恐怖症だと知った上での挑発に対して答える言葉は一つしかない。
「だが断る!」
「お前なぁ~、いい加減克服しろってんだよ」
 気に入らないな。その他人の苦悩を理解しようとすらしない態度。
「出来るもんならとっくにやってる」
「自分がパラシュート無しでスカイダイブして死ねる身体じゃない事くらい受け入れろ」
「世の中には1200mで飛行機から飛び出して、パラシュートが全く開かないまま、木などのクッション無しに粘土質の地面に叩きつけられて生き残った女性もいる。 そういう意味では、俺なら死なない可能性も十分にある……かも?」
「かもじゃねえ分かってねえな……お前は200km/hくらいで岩壁に突っ込んで死ぬ自分を想像出来るか?」
 200km/hか、500km/h以上で飛びながら足場岩を蹴って直角に曲がる事が出来るのだから、激突の前に足で壁を蹴って、そのまま壁を上へと走れば衝撃は殺せるだろうな。
「出来ねえだろう。スカイダイブでの人間の落下速度は、1番速い頭を下に向けた姿勢なら300km/h以上は出るだろうが、身体の正面を地面に向けて手足を広げた状態なら最大でも200km/hは出ねえ、お前みたいに痩せで手足の長い奴なら精々180㎞/hってところで、空気抵抗と重力が釣り合ってそれ以上加速は出来ねえんだよ。何を恐れる必要がある?」
 俺が痩せだと言うには凄い疑問があるが、早乙女さんは他人に教える時にきちんと相手が納得出来る言葉を使う。大島とはえらい違いだ……一方、大島は余計な事を教えやがってという目つきで早乙女さんを睨んでいる。
 教員免許の取得って人格とか面接で判断しないのだろうか? 面接があって通過したとするなら面接官の家族を人質にとって脅迫したと考えるのが妥当だろう。恐るべし、こんな無茶な妄想に全く違和感を覚えさせない恐ろしさ。

 早乙女さんの指摘を受けたおかげで、俺は多少高所への恐れを減らすことが出来たと思う……だから実験をやってみようという気持ちになれた。
 試しに上空500m程で魔法の使用をやめて、落下を始める……本来ならここでケツから背筋を通って頭の天辺から突き抜けていく恐怖に意識が遠のくのだが『ちゃんと対応すれば怪我はしない』『失敗しても痛いで済む』と自分に暗示をかける事で耐え切る事が出来る様になっていた。
 地上を見下ろしながら大の字に手足を伸ばす。普通なら肘や膝を曲げた安定度の高い姿勢を取るのだが、俺は出来る限り空気を身体で受け止めるために手足を伸ばす。空気が激しく身体に当たる時の圧力で、粘性の高い液体の様に身体の表面を流れていく。姿勢制御を試すように身体を微妙に動かしていると、やはりこの姿勢の安定度は低くほんの僅かな動きで一瞬にしてバランスを失う。ちびる事すら出来ないほど恐怖に駆られたがすぐに冷静さを取り戻し体勢を立て直す事が出来た……今までの俺とは確かに違う。違うのだよ!

 掌を空気を掴むよう形にして受け止める事で、何も無い宙にいる自分の身体を支える支点にする。上手く空気を逃がすようにしないと反動が大きすぎて上体が仰け反るので調節が必要……だが、確かに落下の加速はある一定で収まる。
「何とかなりそうだ」
 そう呟くつもりだったが、吹き付ける風に上唇が反り返り、訳の分からない音が漏れて、慌てて口元を引き締めた。
 思っていた以上に大地がゆっくりと迫って来るのが見える。自分がここまで冷静でいられる事に軽い驚きを覚える。
 頭の中で着地のイメージを描く、5点着地? そんなのやった事ねえよ。そもそも高所恐怖症の俺が高いところから飛び降りて着地する練習なんかするはずが無い。
 だからもっと単純な着地法を使う。軽く前傾姿勢で足から着地し、垂直方向に上から圧し掛かる運動エネルギーの一部を足首、膝、股関節、腰、背骨で順番に受けつつ、大半を前に向かって倒れる方向へと逃がす。
 そして、身体の傾きが45度を超えた段階で撓めた関節を伸ばす事で前方へと跳ぶ。腕を突いて肩を支点にするイメージで運動エネルギーを身体ごと回転軸に巻き込むように前転する……イメージは完璧だ。行ける!
 そう確信し着地する直前。殴りつけるような大島の叫びが耳を打った。
「小細工するな。そのまま足から着地しろ!」
 余りにドンピシャのタイミングに、俺は着地の直前に身体を硬直させてしまった……
「お、おい! 無事に2本の脚で地面に降り立ったよ。降り立ってしまったよ!」
 両足の膝をカクカクとさせながら天に向かってそう吠えた。

 それはさておき、振り向きざまのバックスイングで裏拳を飛ばす。
「おっと……あぶねえな」
 全然危なくねぇ、余裕で受け止めやがる。牽制目的で当てるつもりも無かったが、こうまで余裕だと苛立つ。
「危ないのはお前だお前! 何してくれんの? なあ、一体何考えてるんだ?」
「何でも無かったんだろう、何が問題なんだ?」
「死ぬかと思ったわ! ちびったらどうするんだよ! お前が洗濯してくれるのか?」
「とりあえず写真に撮ってお前の実名でネットに流すだろうな」
 うわっ、どこかの性質の悪い中学生みたいな事を……俺だよ!
「人だと思った事は無いけど、人でなし!」
「中々いうじゃないか? それなら俺と空中戦といこうじゃないか……なあ高城?」
「練習もさせないつもりか?」
「俺だって今初めて飛べるようになったばかりだ、何の問題も無いな」
 嫌な流れに引きづり込まれている……まさか!
「ここまでの流れを全て読み切ったのか?」
「読むだと? 分かると言って貰おうじゃねえか」
 な、なんだって────っ!? と驚く事は無かった。大島は良くこういうはったりをかます。そしてすぐにバレて逆切れする……何て面倒くさい大人だ。
「嘘吐け」
 次の瞬間、早乙女さんが大島の背中を容赦なく蹴り飛ばしたことに驚いた。
 蹴られた大島は怒った様子もな無く、むしろ笑顔で早乙女さんを蹴り返す……いい歳してじゃれ合っているだと?
「その思いついた事をとりあえず口にする癖は止めろ」
「そっちの方が格好良いじゃないか」
「いい加減、40近くにもなって大人として責任のある発言をしろ」
 まあ、大島は常にノリと勢いと暴力で生きて来たような男だ。勝手に話を膨らませた挙句に、それを前提にして強引に事を進めようとする……駄目だ。何と表現した良いのか言葉が浮かばない。
 それにしても、早乙女さんと素で話す大島はまるで悪餓鬼そのもので……全く可愛くない。
 こんなに可愛くない無邪気さというのが存在する事に俺は恐怖した。動物園の熊だって食後のまったりとした気分でじゃれ合っている様子には可愛らしさがあると言うのに……


「俺等がやるのをしっかり見とけよ」
 ……などと言われたものの、早乙女さんからは実際に殴って覚えるしかないと言われているので、むしろオーガでも殴りに行った方が役立つんだよな。

 海上200mほどから、オーガの死体を10体ほどを適当に撒餌として投下する。
 素材としても高値で買い取りして貰えるオーガだが、解体の手間を惜しんで一番高く、そして簡単に取る事の出来る角以外はまとめてポイという勿体無さだが、俺も最近は角以外のオーガ死体は海洋投棄しているので文句はいえない。
 相場次第だがオーガの角は1対で10000ネアほどで買い取って貰える。更に皮や骨、ついでに肉は合わせると1体分8000ネアほどで買い取って貰えるので本当は勿体無いだのだが、解体業者へ持ち込むのに【所持アイテム】から取り出すというのも問題があり、面倒なので角をミーアに卸すだけにしている。
 俺が普段泊まるような比較的評判が良ければ値段も良い店で、個室で食事が晩と朝に2食付いた部屋が50ネア以下なので、8000ネアなら約半年は泊まれるのでかなりの大金なのだが、龍の買取金額が高すぎて金銭感覚が完全に麻痺してしまっている。
 あの2人だってオーガを10体も狩って角を売れば、1年間は遊んで……いや、豪遊して暮らせるだけの金が手に入るので異世界生活3日目にしてこの有様だった。

「ダボハゼ並みだな」
 ものの数分で現れてオーガの死体を触腕で捉え、カラストンビと呼ぶにはスケールが大きすぎる上下の顎板で、驚くほどあっさりと上半身と下半身を2つに切り裂き、前者を飲み込んでしまうクラーケンを大島はそう評した。
 大島が時折口にする言葉だがダボハゼとは何かは知らないし、知りたいと思うほど興味を持った事は無い。大島の口ぶりから何にでも食らいつく雑魚という意味だと想定しているから、クラーケンは雑魚はないだろうと内心突っ込む。


「行くぞ」
「おう!」
 先に降下を始める早乙女さんを大島が3秒ほど遅れで追いかけて降下して行く。その3秒という数字の意味は分からないが、俺は大島にそう遅れずに浮遊/飛行魔法の重力制御を止めて追いかける。
 餌に意識を向けているといえども、タコ同様に各腕に副脳を持ち、捕食作業に費やす脳のリソースの多くを副脳が請け負う事で、クラーケンの意識は常に周囲への警戒におろそかにはしないので、即座に上空への迎撃を開始した。

 鋭く伸びてくる触腕に、一瞬早乙女さんの身を案じたが、2人は既に何匹ものクラーケンを狩っている。だからこの程度の攻撃への対処は出来ている筈なので手は出さずに見守る事にすると、予想外の事が起きる。触腕とぶつかる瞬間に早乙女さんは取り出した岩を足場に使い触腕を殴り付けた瞬間「パンっ!」と音と共に触腕が殴られた場所から破裂して千切れ飛んだのだ。
 俺の目の前で物理法則が崩壊した瞬間であった。

「はぁ?」
 思わず間抜けな声が漏れる。
 レベルアップによるハイパワーとかハイスピードとか高等打撃とか謎の共振現象なんてちゃちなもんじゃない。俺の大っ嫌いなオカルトっぽいモノを感じた。
 はっきり言って格闘技+オカルトなんて格闘技+宗教と同じくらいに気持ち悪い。
 個人的見解として格闘技+オカルト=合気道という公式が成立するほど、俺は合気道を毛嫌いしている。

 そもそも合気道という武術はオカルト抜きでも嫌いだ。
 強くなるという目的に対する最短ルートを真っ向から拒否している迂遠な姿勢が嫌だ。
 そもそも合気道は護身術などと称して人を集めているが、合気道は他の格闘技に比べ決して習得し易くはなく、むしろある程度『使える』レベルまで習得するには、空手と比べれば倍以上の時間と努力を要するだろう。
 少し考えれば分かる事だが護身術であり基本的に相手の攻撃に対して応じる形になる。つまり初歩の段階から他の格闘技では初級レベルを脱した者がやる難易度で始まるのだから敷居がかなり高い。

 しかも目立ちがり屋の馬鹿がテレビに出ては詐欺紛いで……いや、明確に詐欺で客寄せをする。
 見世物よろしく「背後からここを、こう掴まれたら、こうして下さい」的な阿呆発言。背後からいきなり肩を掴まれたしても掴んで来た手が右手か左手かでは全然対処法が違う。背後から掴んで来た手が右手か左手か、どういう体勢なのか瞬時に判断して最適な行動をとれるなら、そもそも合気道なんかを身に付ける必要は無い。

 護身術として『こうされたら、こうする』というのは、その前提条件として『相手にこう【させる】為の状況を作り出す』という方法が先に必要であって、それが無ければ無限の可能性に対処する方法を身に着けて、状況に応じて使い分ける必要がある……まあ、無限は言い過ぎだが。
 つまり、テレビなどで『背後からこう掴まれたら、こうすれば撃退できます。どうです合気道って簡単で凄いですよ。是非とも学んでみませんか?』という宣伝は詐欺である。
 実際それを有効に使えるようになるには様々な前段階の練習が必要であり、身に着けるにはかなりの時間と努力必要になる。短期間である程度強くなりたいならば他の格闘技をお勧めしますというのが誠意ある態度だろう。
 弱い者が自分よりも強い者から身を守る手段を身に着けたいと思っているのに、他の格闘技に比べて習得が難しい合気道を選択させるのは犯罪にも等しい。防犯用アイテムでも持たせておいた方が遥かに役立つ。

 その手の馬鹿だけでも十分唾棄するに値するのだが、更に許せないのが『気』とか言い出す。格闘技オカルト派共である。
 何が気だ。やられる方は完全に自分で跳んでるだろうが、いい年してヒーローごっこと同じ事を、しかも人前で真剣にやって恥ずかしくないのか?
 大体、おっさんが「私は気を使って、手を触れずに相手を吹っ飛ばせます」なんて言い出した時の相手の心情を慮れ、むしろ相手の方が『大丈夫かこの人? 病院に行くことを勧めるべきか、それとも警察を呼んだ方が良いだろうか?』と気を使う立場だよ。
 腹を切れ腹を……それなのにだ! よりによってこいつらが格闘技にインチキ臭いモノを取り入れやがったなんて、よくも2人して俺を裏切ったな! …………いや、別にインチキじゃないなら良くないか? あれ?


 その後も続け様に高射砲の如く飛んで来る触腕による迎撃を逆に次々と迎え撃つ。早乙女さんの腕が足が振るわれる度に巨木の幹にも匹敵する太さの触腕が千切れ飛ぶと、重さ1tを超える足場岩が殴った反動で二重にブレて見えるほど動き、収納されて消える。
 しかし、早乙女さん身体の軸は一切ブレない。どれだけのボディーコントロールを身に着ければ為し得るのか俺には想像すらつかない。

 そしてついに早乙女さんの両足はクラーケンの丁度両目の間を捉える。
 しかしクラーケンの身体の表面に波紋が立たない。200m以上の高さから重力によって引き下ろされた身体が持つ運動エネルギーによって、その水分量の多そうな身体の上に立つ波の形が見えないのである。
 確かに彼の着地点は大きな窪みになっているのだが、窪みの縁の外側に波紋らしきものを俺の目にも捉える事は出来ない。
 つまり、力はほぼ真下。クラーケンの身体の両目の奥にある脳へと向かっているという事だ。
 着地の衝撃を極限まで減らす事で、身体に掛かったベクトルの方向を分散する事なく目標の一点に絞り込む……口で言うほど簡単な事ではない。俺と早乙女さんとの力量の差を見せつけられるばかりだ。

 早乙女さんは位置エネルギーから変換された運動エネルギーが0になる直前に、着地時から身体をたわめて蓄えていた力を足元に叩き付ける様に跳躍する。
 そして直後、入れ替わる様にして大島が落下による運動エネルギーに己の身体の筋力の全てを削ぎこんだ一撃を着地点に打ち込んだ。
 着地の瞬間に大島の足元から湧き上がり押し寄せる物理的な干渉を伴う何か。気合と称して魔術の発動すらも封じる何かが、かつてない巨大な波となって俺にぶつかった……これはもう、クラーケン駄目かもわからんねと思わせられる。


 絶命したばかりである証の体表面に斑が浮き出たり消えたりをランダムに繰り返しながら海上に浮かぶクラーケンの上に降り立つと、そのまま大島を問い詰める。
「おい、アレは何だったんだ?」
「何だも何もただの【気】を入れた一撃だろ」
 おい、そこで何言ってるんだこいつ? みたいな驚いた顔をするな……ん? 早乙女さん?
「気合を入れた一撃?」
「【気】だ。【気】! 民明書房の本に書いてあるだろう!」
 また訳の分からない事を言い出す。
「知らねえよ!」
 知りたくも無い。こいつが何を言ってるのか分かったら負けな気がする。
「だから【気】だって言ってるだろう。2週間に渡って腕を回しながら溜めに溜めて打った必殺技的なアレだ。イライラしてそんなことしてる間に相手も殴れよってテレビに向かって叫んで、親父にウルセエ! って怒鳴られるアレだ!」
「本当に知らねえよっ!」
 昭和生まれが少年時代に夢中になったモノで例えられても分かるかよ。


「だ、大体【気】って何だよ。何でいきなりオカルト染みたことを──」
「……魔法とか使っておいて、お前がそれを言う?」
 大島が心底驚いたとばかりの表情を浮かべている。言われないでも、自分でもそうじゃないかと思いつつも気づかない振りをして、それを誤魔化すために合気道に切れてみせたりもしたというのに……とにかく落ち着いて話を聞こう。
「何でそんなモノを身につけられたんだよ?」
「そりゃあまあ鬼剋流ってのはそういうもんだからだな。【気】の一つも使えずに鬼とは戦えねえだろ」
 他人に対して気の一つも使った事が無いくせに! ……いやそうじゃない。もっともな話だがそうじゃない。
「お前、今何て言った? 鬼とか──」
「ああ鬼だ」
「鬼? やっぱり気狂いか? 気狂いなら仕方がない」
 残念だが、身体の病気は治せても心の病気を治す魔術は知らないんだよ。
「誰がだ! いるんだ鬼は、実際いるんだよっ!」
 何処か必死な響きのあるとはいえ大島の言葉を信じるのは愚かだが、だが嘘を吐いてまで、いい歳したオッサンが「鬼がいるんだ」なんて恥ずかしい事を主張する理由が俺には想像出来ない。そうだとするなら事実かどうかはさておき少なくとも奴は本気で言ってるという事だ。
「マジかよ!?」
 【気】だの【鬼】だの、こいつら今更世界観すら変えるつもりなのか?
 今までの爽やかな青春学園物……無理があるのは重々承知だ馬鹿野郎! ……がいきなり「鬼畜ヒデエwiki」や「夢枕立つ」の作品みたいな伝奇アクション物に路線変更する気なのか? 腐女子共によって紫村を軸とする空手部を舞台とした18禁BL小説シリーズの登場人物にされているだけでも頭痛いのに。本当に頭痛いのにぃぃぃぃっ!

「何をいまさら驚く? 鬼に勝つと書いて鬼剋流だ。いい歳した連中がこの世に存在しない化け物相手に勝つ練習を必死にしている様な頭のおかしな団体だと思っていたのか?」
「あっ、はい」
「あっ、はいじゃねえっ!」
 そんな事を言われても、本気でそう思ってたし。
「かなり気持ち悪く、関わり合いになりたくないというのが代々の部員達の偽りの無い気持ちです」
 容赦なく事実だけを包み隠さず伝えた。
「お、お前らな!」
「大島! お前は教え子達にどういう指導を──」
「無理無理、そもそも大島と俺達の間には何の信頼関係も無いし、一見上意下達の関係ですがそこには尊敬などという感情を挟む余地は無く、恐怖で縛られているだけなので、大島がいきなりこの世には鬼なるものが実在し、鬼剋流はその鬼と戦うためになどという話しても、表面上は頷きながら、とうとう社会生活が不可能なレベルまで狂ったかくらいにしか思いませんから」
「それは酷いな!」
「子供相手にそんな人間関係しか築けない大人ってどう思います?」
「……マジ最低だな! 道理で、総帥が直接スカウトに行ったら泣いて嫌がったはずだ……なぁ大島?」
「ちっ! 泣いてんじぇねえってんだよ」
「お前は反省しろ!」
「泣いたのは、何で中学を卒業した後も大島に関わらなければならないのかという胸に去来するやるせなさのせいだと……」
「ああっ! 全く何でこんな事になってるんだ? 高城ぃっ! お前は入門するよな? するんだろ? な!」
 早乙女さんもかなりテンパっている。
「嫌か、嫌じゃないかといえば、積極的に嫌です」
「納得の回答ありがとうな。だがそこを何とか!」
「この件は持ち帰り精査した上で前向きに検討したく」
「それは日本語で言うとNOじゃねえか!」
 英語だよ。

「大体、何で俺達を鬼剋流に引き込もうとしてるんです?」
「……」
 早乙女さんは黙して語らず、ただ何か言おうとした大島の脇腹を拳で抉った。
「なるほど。他人様の子供を鬼とやらと戦わせようって心算ですね……人でなし」
「お前のような子供がいるかっ!」
「さぶイボが立つわ!」
 こいつら2人とも酷いわ。
「……検討の結果、今回はご縁が無かったという事でオナシャス。今後の皆様のご活躍とご健勝をお祈りいたしております」
「オナシャスって何だ!」
 大島、何でも人に尋ねないで自分で調べろ!
「そう言う問題じゃない。奴は完全に心を閉ざしたぞ」
「問題ない。アイツはいつも心を閉ざしているから」
 失礼な、まるで俺が精神的に病んでるかのように言うな。
「お前だけにだろ! 前から思ってたけどお前は教師に全く向いてない。教える方も教えられる方も不幸だから辞めろ」
「いえ、大島は何時だって幸せそうですよ。ただ奴の幸せと教えられる側の幸せが反比例しているだけで……勿論、教えられる側の人数の方が多いので世界全体の幸福量は大島によって激減中ですが」
「大勢の犠牲の上に成り立つ。俺の幸福……最高じゃないか」
「自分勝手な事を言うな! せめて他人のちょっとした不幸を出汁に、この上ない幸せを追求してみせろ」
 ……早乙女さん、言いたい事は分かるけど、それもかなり最低な発想です。
「なるほど」
 納得するな馬鹿野郎! 他人の不幸とは関係無い方法で幸せを見つけろ……兎に角どこか遠くでな!

「俺達を引き込まなければならないほど人手不足か?」
「鬼と戦えるようになれる奴はそう多くは無い」
 早乙女さんの言葉に俺は一つの答えにたどり着いた。
「……なるほど、つまり早乙女さんは【気】とか【鬼】の話は、現実世界に帰るまで俺に聞かせたくなかった……という事ですね」
「な、何を?」
「だって早乙女さん。大島が【気】について話した時、明らかに動揺したじゃないですか?」
 そう俺は、大島が何言ってるんだこいつ? みたいな顔で驚いている時、早乙女さんがしまったとばかりに顔を歪めたのを目にしていた。
「聞かせるべきでは無い話を大島が口にしてしまった。でも何かおかしかったんですよ。強く止めさせたり否定する事もせず、いや出来なかった。それは知られた事以上に、今この場で知られるのが拙かったと言わんばかりで」
「一体何が──」
 反論しようとする早乙女さんを手で制す。
「貴方は俺達を鬼剋流に引き入れたい。ならば大島の発言はその妨げになるのでは? そう考えると色々と想像以上に空想の輪が広がり、しかもぴったりとはまり込むんですよ」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取らせて貰いますよ。多分早乙女さんは現実世界に戻り、システムメニューの事を鬼剋流本部に報告したいと考えていた。そして鬼剋流の総力を挙げて我々をスカウトするつもりだった。だから大島が余計な事を口にした後は過剰なほど俺に同調するそぶりを見せた」
「…………」
「さぶイボの件で貴方の本音を聞けて気づけました。本来こういう人だった筈なのに変だとね。そしてどうして大島は、ああまでも迂闊に口を滑らせたのか? という疑問が湧きます。その男は適当でズボラでいい加減な奴ですが、自分の利害に関しては計算高い。つまりあの発言は大島本人にとっては利害関係には無いと判断した上での発言」
「大島?」
 驚き見やる早乙女さんに、大島は不敵な笑みを浮かべる。
「部員達にいう事を聞かせさせる事など俺には簡単な──」
「そうそれだよ大島。俺がやっと気づいたお前を絶対に許せない理由がそこにあるんだよ!」
「ほう……」
「お前が学校で女達から心底嫌われている。あれは態とだろ。俺達に女子が近寄らなくするために態とやっているんだろう!」
 女二人と、しかもこっそり二股じゃなく公認の上で付き合うというプチハーレム状態で、異世界においても48時間で相手が結婚を意識するほど誑し込むという、エディー・マーフィーもびっくりなうらやま……けしからん男だ。
 当然、女の扱いに長じていなければ無理な話であり、そんな奴が女から蛇蠍の如く嫌われる? 騙されていた自分が馬鹿過ぎて笑えるほど有り得ない事だ。
「ふん、良く気づいたな正解だ」
 つまり、こいつは空手部部員を態と女にモテない状況に追い込み、いざとなったらハニートラップに嵌めて俺達を意のままにするつもりだったという事だ。
 そう、俺達に全く女っ気が無かったのは大島の企みのせいだったと……決して、俺達がモテないという訳では無い……絶対に無い……きっと。
 これは大島はチンポをもいでも許されてしかるべき事案だ……悔しいんだ。女にモテたくて必死な男子中学生を追い込むためだけに、学校では態と女性から嫌われてみせる余裕。そして私生活では複数の女を侍らせる余裕。
 悔しくて悔しくて仕方ない。俺達が空しい中学生活を送っているのを陰で笑いながら見ていて、自分はしっかり女とやりたい放題だったなんて。
 歴代空手部部員達の無念を思うと……大島を考え得る限り最も残酷な方法で殺した上で、裁判で無罪を勝ち取り世界中から「良くやった」と称賛され、後にノーベル平和賞を受賞したくらいだ。

「とりあえず、2人共こちらの世界に島流し続行&システムメニュー剥奪で」
「おいっ!」
「ウルセエ! 糞野郎。当然の処置だ命あるだけ感謝しろ!」
「大島が、俺も退くくらい糞野郎なのは同意だが、俺までシステムメニュー剥奪かよ!」
「連座制」
 俺は無情にもそう告げた。
「れ、連座制?」
「連座も何もあんただって同罪だろ、知ってて俺を止めずに笑ってたんだし」
「てめぇこの!」
 暴露した大島に絡むこいつも結局は人でなしなのだった。
「結局あんたも大島の類か、この屑め」
「いや、違うぞ。俺はこいつよりはまだ──」
 俺の向ける目が冷たすぎたのだろう。途中で言葉を飲み込んだ。
「俺を騙したよね?」
「何がだ?」
「何が技だ? いや業だ? ただのオカルトじぇねえか!」
「いや違う。【気】を身に付ける前段階としてお前に教えた事は本当に必要だ」
「……話を聞こう」
「【気】は単なる打撃よりもずっと身体の表面へと逃げやすい性質を持つ。だからより多くの【気】を相手の身体の芯へと送り込むにはあの技法が必要になる」
「そうか……でも結局は騙して鬼剋流に引き込むつもりだったのは変わらないから」
 冷たい視線を送ると『元』早乙女さんの人でなしがしつこく粘る。
「……鬼剋流には入門するよな?」
「誰がするか馬鹿野郎!」
 何故そこまで俺達を鬼剋流に入れたがる? 鬼とは俺達の力まで必要とする相手なのか?
「大体、鬼って何なんだ?」
 気になったので聞いてみる。レベルアップ前の大島達が戦えたのなら何とかなるとは思うが……
「お前は鬼と聞いて何を連想するんだ?」
「そりゃあ、角が生えてて──」
「先ず、そのステロタイプは捨てろ」
「……親父ギャグか?」
「ば、馬鹿野郎! ただの偶然だ!」
 顔を真っ赤位にして否定する。本当に偶然のようだ。
「『鬼』には対になる言葉がある。それは『悪』だ。『悪』には、単に道徳や法に従わないという意味での悪いという意味以外にも、古くは恐ろしいほどに強いという意味。そして『災い』を意味でも使われていた」
「災い……何を災うと言うんだ?」
「人だ。古来から人に災いをもたらすモノを鬼と呼ぶんだ」
「だから鬼と戦わなければならないと……どうすれば鬼は倒せる。殴れば殺れるのか?」
 それなら少なくとも自分と自分の周囲の人間は助けられる……うん、それで十分だ。
 世界平和ってのはたった1人ヒーローが世界を背負って戦い勝ち取るモノじゃなく、世界中の1人1人が自分と自分にとって大事な人々を守る事で成し遂げられるものなんだから。
 直接的に知り合いじゃなくとも、知り合いの知り合いをたどれば間に5-6人も挟めば世界中の誰とでも繋がるんだから、自分にとって大事な人を尊重するならばその人が大事に思っている人にも手を差し伸べるだろう。
 そう考えると世界は驚くほど狭く感じられるはずだ……まあ、それっぽい事を言っただけで嘘なんだけどな。
 世の中そんなに簡単なモノじゃねえ事くらい中学生にも分かる。分からない奴は人間を全く理解してない。究極の自己中か馬鹿だのどちらかだ。

「鬼を倒す為の業が【気】だ」
 何となく予想はついていたが、そうなると俺には倒せない。
「【気】ね……」
「古くは『氣』であり、そして元々は『鬼』、『鬼気』とも呼ぶ。毒を持って毒を制す。鬼を倒し得る業も人もまた鬼だ」
「残念だが力になれそうもないわ。気とやら使えないし。いや本当に残念」
 出来ない事は出来ないと割り切るべきだ。特にこいつらに関わる事ではその見切りが大事だ。
「身につけろよ。努力しろよ。諦めるなよ!」
「俺、今時の子供だからそんな風にグイグイ来られるのが嫌い」
 俺の拒絶の言葉に、諦め、そして──
「分かった分かった……じゃあ教えてやるよ!」
 何をするつもり──「なっ!?」
 しまったこの手があったか……【伝心】によるイメージ情報の伝達。気を身体の中で練り上げる感覚。身体の隅々にまで送り出す感覚。そして相手に打ち込む感覚。その全てが情報の奔流となって流れ込んでくる。
 マズイ。このままでは【気】を使えるようなってしまう。
「どうだ? 【気】を身につけたら、鬼が見えるようになるぞ。そうなった時、人を害する鬼を見過ごす事が出来るのか? なあ高城」
 やられた……社会だ。世の中だ。世界だと大きな事を言われれば中学生に頼るなよ関わり合いにならない理屈も見つける事が出来るが、流石に自分の目の前に災いと呼ばれるような存在が現れれば放っておけない。
 仕方ない。それに【気】とやらを使ってみたいという気持ちもある……だって厨二病だもの。

 元早乙女さんに目配せすると、無言で頷き返してきた。そして「おい」と大島に声をかけ気を惹いた瞬間、その背後から伸びて来た2本の腕が奴に抵抗する暇すら与えず捉えて身動きを封じる。
「よし試してみろ」
 その声に俺が頷くと、流石に大島も慌てた様子で「おい、止めろ!」と叫ぶ。
「手加減は期待しないでくれ、何せ初めてだから」
 流石に殺す気は無い。先程【伝心】で伝えられた情報の中から、ヤクザ相手に殺さない程度に手加減して打ち込んだ【気】のイメージを頭の中に再現しながら脅す。
「お、憶えてろ!」
 【気】を練り上げていく。なるほど、実際の感覚と【伝心】で流し込まれた感覚とではさほど差はない。これなら問題なく使えそうだし、紫村達に教えるのも簡単だろう。
 どうやら空手部の練習メニューは【気】を使える様になる事を前提に作られているようだ。
 呼吸法から体重移動。身体中の関節の使い方のすべてが【気】を使いこなす事を前提に作られている様に感じられる。身体の全てが【気】に馴染んでいる。そんな感じがする。

 かなり軽く【気】を込め、そして軽めに殴ってみる。拳に伝わる衝撃と一緒に身体の中でうねりを上げる何かが拳の先から迸り、大島の身体へと流れ込んでいく。
 大島は、その場に倒れ伏してビクンビクン痙攣し始める……生命の終わりを生々しく感じさせる動きで気持ち悪い。
 ともかく【気】が使えるようになってしまったのは間違いないようだ。

「やるじゃないか、良い【気】の流れだったぞ」
 いまだ意識不明な大島を他所に切り替えの早い元早乙女さん。
「そりゃあどうも」
 あんたから送られてきたイメージ通りにやっただけだが、それが出来るというのも凄い事なんだろう。
「それにしてもこいつは相変わらず防御が下手だな」
「こいつが下手?」
「ああ、下手糞だな。攻撃は最大の防御とか言って攻撃一辺倒の馬鹿だ。だから【気】の防御もこの有様だ……確かに攻撃だけなら鬼剋流でも一番かもしれん。なまじ攻撃に自信があるせいで一向に改める素振りすら見せねえ」
 肩をすくめる元早乙女さんだが、はっきり言って大島は防御においても俺から見れば「神技の域に達してるんじゃねえ?」というレベルなんだけど……どれだけこいつらの要求レベルが高いのか想像がつかない。
 この2人や幹部の井上を除けば、俺の知る鬼剋流のレベルはそれほど高くないと思うのだが……
「それから、鬼相手ならともかく人間相手に使うなら、今の1/10……いやもっと抑えておけ、殺す気ならともかくな」
「じゃあ、大島は?」
「大丈夫だ。一応防ぎはしていたからな。お前もある程度の【気】は防げるようになっておけよ」
 確かに【伝心】で送り込まれたイメージの中には防御の時の【気】の使い方もあった。相手の攻撃に対してピンポイントで【気】を集中して防ぐのだが……
「この馬鹿は、防御の時に【気】を集中が甘いから、普通の打撃ならともかく練り上げられた【気】にはこの有様だ」
 初心者の加減した【気】の攻撃を受けての有様だとすると本当に防御は甘いのだろう。

「だが流石に全力はやめろよ。曲がりなりにも【気】の使い手のこいつだからこそ生きてるが、普通なら本当に死ぬからな」
「いや、そっちが送り付けた殺さないで無力化するイメージでやったぞ」
「……あっ」
 取り返しのつかない大事な事を忘れてていたと言わんばかりに大袈裟に顔を歪める。
「な、何だよ?」
 思わず不安を掻き立てられる。
「レベルアップすると【気】も強化されるんだった。こっちに来てから人間を相手にした事ねえから、お前に送ったイメージは……」
 その言葉にシステムメニューを開いてパラメーターを確認すると一番下に【気】という項目が追加されていた。
 そしてその強化係数は……「わおっ!」
 システムメニューを解除して、時間停止を伴わないオリジナルではないシステムメニュー保持者が使う簡易版のステータスウィンドウを出して元早乙女さんの方へと飛ばす。
 それを覗き込み、記された素敵な数字を見た彼の反応もまた……「わおっ!」だった。
「大島っ!」
 既に痙攣をすら止めた大島に駆け寄り、地面に膝を突いて──地面に指先で記された「SAOTOME TAKAGI」という大島のダイイングメッセージを見つけて片手で払い飛ばしてから抱き起す。
「大島。死ぬな! 死ぬんじゃねえ!」
 その姿に、クラスの女子の間で爪弾きにされている女子が転校するとHRで聞かされ、突如涙する女子達に感じた様な、背筋がゾッとするおぞましさを覚えた。


 可能な限りの処置を行い、何とか大島は息を吹き返した。流石光属性レベルⅥの【真傷癒】は強力だった。
「まあ現実世界に戻ったなら、存分にその力を鬼相手に振るうんだな。お前の活躍を期待してるぞ」
 まるで既定事項の様に、凶相に笑顔を湛えて俺の肩を叩く。
 しかし、俺にはまだ逃れる方法が残っていた。
「その鬼って奴は、昼間から出てくるのか?」
「ん? いや普通は夜だな……」
「それで出没するのは住宅街?」
「そんな場所には……あれ?」
 やっと気づいたか。
「どうせ繁華街とかに出るんだろ? 残念だが、夜は結構早くに寝るしほとんど出歩く事も無い。何せ品行方正な中学生だし」
「けっ! 何が品行方正だ。日本語を舐めるな!」
 吐き捨てられる様な事は言ってないぞ。早寝早起き、無遅刻無欠席、文武両道……俺ってもしかして天使じゃない? と思うくらい品行方正だろう。
「大体、どうしてあんたらがそんな事に必死になってるんだよ? おかしいだろ? ただの粗暴で空手キチガイのあんたらが何でそんな正義の味方みたいな真似してるんだよ? どう考えたって悪党の側の癖に!」
「じ、人類愛?」
「疑問に思うなら口にするな! ……金の匂いがするな」
「何を言うんだ?」
「その反応で分かった。間違いなく金だ」
 犯人はこの中に居る! くらいの確信をもって断言する。
「そんなわけないだろ。何で鬼を倒して金になるんだ?」
「知った事か、とにかく金だな」
「馬鹿な事を……」
「金にならないとして、普通の人間が鬼なんて知らないという事は感謝されることも無い」
「ボランティアだ。非営利活動、NPOって奴だ」
 自分の面を見て言え、そんな玉かよ。
「まあ、自分より強い奴に会いに行くとか訳の分からない目的意識があったとしてもだ、それなら自分達が勝手に好きなだけ戦えばいいだけなのに、俺達にも強要しようとする……つまり金だ。金以外ありえない! 大島の命を懸けても良い」
「そんなもんに価値があるか!」
 酷い事を言った俺へ、もっと酷い言葉が返って来た。
「じゃあ、どこから金が出るかという話をしよう……国だな」
 まだ何か言いたそうなのを無視して話を進める。
「な、なんでそうなる」
 確信という訳ではない。ただ思い当たるのが他に無かっただけだが、あえて自信満々にかましたはったりは図星だった様で、明らかに狼狽えている。
 そして動揺を面に出してしまった事に気づいて諦めの苦笑いを浮かべている。
「害獣駆除と考えると金を出すのは行政と決まってる。鬼剋流が細々とだが一応全国規模で活動している事を考えると地方じゃなく国だろ」
「細々は余計だ! だいたい害獣と一緒にすんなよ!」
「同じ駆除対象だろ。結局は駆除し易いかし辛いかの違いだけだ」
「違い過ぎるわ!」
「……駆除対象である事は否定しないんだな」
「今更誤魔化して何とかなるのか?」
「つまり、鬼剋流ってのは政府のひも付きって事だな。意外だなアウトロー気取りの大島とその仲間達が政府の犬か……似合わねえな」
「……お前、大島はお前の学校の教師、公務員だぞ」
「こ、公務員……」
 その言葉に、俺は驚きに目を見開いているだろう。口元を覆う左手が震えていやがる。大島が父さんと同じ公僕である事を思い出し、その事実に背筋が凍る。

「まあ良いか、確かにお前が察したとおりに鬼剋流には後ろ盾が存在する」
「だろうな、経営センスも無い脳筋が力ずくで強引かつ適当にやってる流派にしては規模がデカい。門下生からの月謝以外に収入が無ければ立ちいかないだろう」
 はっきり言って、前に粛清を喰らった某支部長の方が武道家としてや指導者としてはともかく経営者としては正解だったしな。
「テメェ! そこまで分かっていって──」
「所轄官庁は警察……が怪しいが、違うな」
 一瞬の表情の変化から感じ取った。これが大島ならおくびにも出さなかっただろう。
「……そういえば、鬼を払うと言えば陰陽寮」
「馬鹿が、それはお伽噺の類だ。陰陽師の仕事の主な仕事は暦で、追儺は大舎人だが、ただの儀式。実際に鬼を払うは北面、西面、滝口などの武士だ」
「なるほど、つまり皇室……宮内庁ってことか」
 そんな予算がどうやってつくのか分からんが、嘗て早乙女さんと呼んだ男の顔を見れば的を射たと確信出来た。
「ふ~ん、当たりか」
「ぐっ、だがそれを知った以上は──」
「ネットにセンセーショナルかつショッキングなタグをつけて流出されたくなかったら、俺達をお前等の仲間に引き入れようなんて下らない事は考えるなよ」
 大勢の目を惹くようにして流出してしまったデータを削除する方法なんてあの中国国内ですら無い。
「逆に脅すのかよっ!!」
「脅されたくなければ少しは考えろよ。こちらには情報を流出させる意味なんて報復以外には無い。逆にお前らは情報流出で宮内庁と手切れになったら鬼剋流終了だろう。俺達を鬼剋流を含めお前達の仲間に引き入れないと誓うなら2人とも現実世界に戻してやるから、精々好きなだけ鬼退治に励むんだな」
 ちなみに光属性レベルⅦには【誓約】と言う魔術が存在する。ミーアが使った商人達の間で交わされる誓約とは違い。破った場合には直接的な罰則を自動的に己の手で下す事になる呪いの様なものだ。光属性と言うよりも闇属性っぽく【呪】とか【呪縛】とすれば同じ効果で闇属性にぴったりな魔術だと思う。
 これを使えば問題はないだろう。

「先ず条件は、既に入門している者以外の空手部関係者を鬼剋流への入門。および鬼剋流関係者の仲間にしない。これを破った場合は……そうだなアンタら2人主演で本番ホモビデオ撮ってネット流出だな」
「おぞましい事を言うな!」
「鬼かお前は!」
「別に破らなければ良いんだ。最初は自分の竿と両方の玉を切り落として料理して自分で食べて貰おうと思ったけど、ほら欠損を回復する魔術があるから意味ねえなと思ってさ」
「ちゅ、中学生の発想じゃねえ! 大島お前はどういう教育を施してきたんだ?」
「……割とあんな感じだな」
 無言で大島を殴る早乙女さんの偽物。大島も「碌でも無い先輩の教育が悪かったんだろう!」と殴り返す。
 類は友を呼ぶ、割れ鍋に綴じ蓋……三つ子の魂百までもが混ざっているような気がする。

 結局2人は俺との【誓約】に応じた。いや応じさせた。
「最初から約束を守る気が無いなら。俺はあんたらをこっちに島流しでも良いんだぞ」と脅したのが決定打となった。
 2人は俺以外のシステムメニュー保持者を引き合いに出すが、誰がこんな危険人物を野に放とうと思うだろうか?
 それにこの2人に出来る交渉手段など力づくのみだが、結局現実世界に帰るには相手に収納されなければならないので使う事が出来ないので無理だと指摘すると苦虫を噛んだかの様に顔を顰め、低い声で唸るだけだった。

「先程の条件だけど、俺達が鬼剋流に入門したいと言い出しても断らなければホモAVデビューだからな」
 目的を達したので親切にも俺は教えて上げた。
 鬼剋流への入門。および鬼剋流関係者の仲間にしないとは、そういう意味になる。
 2人は自分達が直接勧誘しなければ問題無いと勝手に勘違いし、俺の事を「まだまだ甘い」と侮っていたようだが、それは誘いだ。
 如何に【誓約】といえども、対象外の人間の行動を縛る事など出来るはずもない……そんな事が出来たら世界を支配出来てしまう。
 つまりこの2人だけではなく、鬼剋流からのアプローチへの壁も必要であり、この【誓約】によって2人はその役目を果たさなければならない状況に陥ったのだ。
 まさに神算鬼謀。2人は希望(キボウ)を無くし辛酸(シンサン)を嘗めるのだ…………今の無し。


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>護身術であり基本的に相手の攻撃に対して応じる形になる。
仮想敵がチンピラ程度なら、攻撃をいなしてから逃げるとかそういう発想が全く浮かばない。立ちふさがる敵は粉砕あるのみ……彼もまた大島の犠牲者なのだった。
まあ、合気道には胡散臭さが伴うのは間違いないけど。

>しかも軍隊の「サー、イエッサー、ノーサー」的なヤツで……
軍曹「お前はスカート履いたオカマちゃんか」
新兵「ノーサー!」
軍曹「貴様が俺に向かってカエルの如くグェグェと鳴く時は、頭とケツに必ずサーを付けろ。福原愛の様にな! 分かったか?」
新兵「サー、イエッサー!」
軍曹「分かったかと聞かれたらアイアイサーだ。貴様言葉も満足に喋れないのか? まあ良い、それで貴様はオカマなのか?」
新兵「サー、ノーサー!」
軍曹「貴様が如き、蛆虫以下の分際で俺の意見にノーを突き付けるとは死ぬ気か? 好物は犬の糞かと尋ねても貴様がまず口にするのはイエスだ。分かったか?」
新兵「サー、アイアイサー!」
軍曹「さっさとお前がオカマかどうか答えろ」
新兵「サー、イエッサー……?」
軍曹「つまり貴様はオカマか? オカマが軍内でオカマ天国でも作るつもりか!」
新兵「い、いえ、自分はオカマではありません」
軍曹「だったら、お前が答えるべき言葉は、サー、イエッサー、ノーサーだ! 分かったか」
新兵「サー、アイアイサー!」
 この件を何かで見た時、コントだな~と思った。


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