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No.39807の一覧
[0] 【習作】夢で異世界、現は地獄 ~システムメニューの使い方~(R-15/異世界/チート)[TKZ](2016/11/10 16:46)
[1] 第1話[TKZ](2014/06/24 18:52)
[2] 第2話[TKZ](2014/06/24 18:53)
[3] 第3話[TKZ](2014/06/24 18:54)
[4] 第4話[TKZ](2014/06/24 18:54)
[5] 第5話[TKZ](2014/12/30 18:30)
[6] 第6話[TKZ](2014/06/24 18:56)
[7] 第7話[TKZ](2014/12/30 18:31)
[8] 第8話[TKZ](2014/06/24 18:57)
[9] 第9話[TKZ](2014/06/24 18:58)
[10] 第10話[TKZ](2014/10/01 00:04)
[11] 第11話[TKZ](2014/06/24 19:12)
[12] 挿話1[TKZ](2015/06/15 23:24)
[13] 第12話[TKZ](2014/06/24 19:30)
[14] 第13話[TKZ](2014/06/24 19:31)
[15] 第14話[TKZ](2015/04/27 12:36)
[16] 第15話[TKZ](2014/06/24 19:32)
[17] 第16話[TKZ](2014/06/24 19:33)
[18] 第17話[TKZ](2014/06/24 19:33)
[19] 第18話[TKZ](2014/12/30 18:33)
[20] 第19話[TKZ](2015/09/23 21:32)
[21] 第20話[TKZ](2015/06/15 23:17)
[22] 第21話[TKZ](2014/06/24 19:36)
[23] 第22話[TKZ](2014/06/24 19:36)
[24] 第23話[TKZ](2015/07/19 22:03)
[25] 第24話[TKZ](2014/06/24 19:38)
[26] 第25話[TKZ](2014/06/24 19:43)
[27] 挿話2[TKZ](2014/06/24 19:48)
[28] 挿話3[TKZ](2014/06/24 19:50)
[29] 第26話[TKZ](2014/07/22 21:36)
[30] 第27話[TKZ](2014/06/24 20:00)
[31] 第28話[TKZ](2014/06/24 20:02)
[32] 第29話[TKZ](2015/06/15 23:18)
[33] 第30話[TKZ](2014/12/30 18:35)
[34] 第31話[TKZ](2014/06/24 20:04)
[35] 第32話[TKZ](2014/06/24 20:05)
[36] 第33話[TKZ](2014/06/24 20:06)
[37] 第34話[TKZ](2014/07/22 21:37)
[38] 第35話[TKZ](2014/06/24 20:08)
[39] 第36話[TKZ](2014/06/24 20:08)
[40] 第37話[TKZ](2014/06/24 20:09)
[41] 第38話[TKZ](2014/06/24 20:10)
[42] 第39話[TKZ](2014/06/24 20:10)
[43] 第40話[TKZ](2014/07/22 21:39)
[44] 第41話[TKZ](2014/12/30 18:37)
[45] 第42話[TKZ](2014/06/24 20:12)
[46] 第43話[TKZ](2014/10/26 21:10)
[47] 第44話[TKZ](2014/07/22 21:40)
[48] 第45話[TKZ](2014/06/24 20:16)
[49] 第46話[TKZ](2014/06/24 20:18)
[50] 第47話[TKZ](2015/07/19 22:04)
[51] 第48話[TKZ](2014/07/22 21:04)
[52] 挿話4[TKZ](2014/07/22 21:04)
[53] 第49話[TKZ](2015/04/27 12:37)
[54] 第50話[TKZ](2014/07/22 21:05)
[55] 第51話 (仮:ルーセ編 最終話)[TKZ](2014/09/02 20:02)
[56] 第51話 (本編)[TKZ](2014/09/02 19:56)
[57] 第52話[TKZ](2016/01/01 17:43)
[58] 第53話[TKZ](2015/02/15 21:07)
[59] 第54話[TKZ](2015/06/15 22:18)
[60] 第55話[TKZ](2015/06/15 22:18)
[61] 第56話[TKZ](2015/06/15 22:20)
[62] 第57話[TKZ](2015/06/15 22:21)
[63] 第58話[TKZ](2015/07/19 22:05)
[64] 第59話[TKZ](2015/06/15 22:26)
[65] 第60話[TKZ](2015/06/15 22:27)
[66] 第61話[TKZ](2015/06/15 22:29)
[67] 第62話[TKZ](2015/06/15 22:30)
[68] 第63話[TKZ](2014/12/30 18:44)
[69] 第64話[TKZ](2014/11/26 18:45)
[70] 第65話[TKZ](2014/11/26 18:52)
[71] 第66話[TKZ](2014/12/30 18:50)
[72] 第67話[TKZ](2016/11/10 17:07)
[73] 第68話[TKZ](2014/12/30 18:49)
[74] 第69話[TKZ](2014/12/30 18:51)
[75] 第70話[TKZ](2015/04/27 12:40)
[76] 第71話[TKZ](2016/11/10 17:09)
[77] 第72話[TKZ](2015/07/19 22:08)
[78] 第73話[TKZ](2014/12/30 18:55)
[79] 第74話[TKZ](2014/12/30 18:56)
[80] 第75話[TKZ](2015/02/15 21:12)
[81] 第76話[TKZ](2014/12/30 18:59)
[82] 第77話[TKZ](2015/06/15 23:20)
[83] 第78話[TKZ](2015/06/15 23:22)
[84] 第79話[TKZ](2015/02/15 20:49)
[85] 第80話[TKZ](2015/07/19 22:10)
[86] 第81話[TKZ](2015/04/27 12:43)
[87] 第82話[TKZ](2016/11/10 17:10)
[88] 第83話[TKZ](2015/04/27 12:45)
[89] 第84話[TKZ](2015/04/27 12:29)
[90] 第85話[TKZ](2016/11/10 17:13)
[91] 第86話[TKZ](2015/04/27 12:47)
[92] 第87話[TKZ](2015/07/19 22:12)
[93] 第88話[TKZ](2015/06/15 23:36)
[94] 第89話[TKZ](2015/07/19 22:17)
[95] 第90話[TKZ](2015/11/17 19:29)
[96] 第91話[TKZ](2016/01/01 17:47)
[97] 第92話[TKZ](2015/08/25 21:56)
[98] 第93話[TKZ](2015/11/17 19:30)
[99] 第94話[TKZ](2016/11/10 17:14)
[100] 挿話5[TKZ](2015/09/23 21:58)
[101] 第95話[TKZ](2015/11/17 19:25)
[102] 第96話[TKZ](2015/11/17 19:27)
[103] 第97話[TKZ](2016/11/10 17:16)
[104] 第98話[TKZ](2016/11/10 17:01)
[105] 挿話6[TKZ](2016/11/10 16:50)
[106] 第99話[TKZ](2016/11/10 16:51)
[107] 第100話[TKZ](2016/11/10 16:53)
[108] 第101話[TKZ](2016/11/10 16:54)
[123] お久しぶりです[TKZ](2019/03/06 22:00)
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[39807] 第101話
Name: TKZ◆504ce643 ID:dd2e1479 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/11/10 16:54
 久しぶりにマルと2人きりの……1人と1匹の夢世界なので、朝食後に『道具屋 グラストの店』を訪れることにした。
『マルねレベルアップしたい! もっと強くなってユキちゃん守る』
 すっかり、しっかり者のお姉ちゃんの風格を漂わせている。確かマルの中では涼も妹枠のはずなのだが、ここまでお姉ちゃん度を上げはしなかった。
 これは間違いなく、涼に可愛い妹としての素養が無いからお姉ちゃん度が上がらないのだろう。俺や兄貴の中でお兄ちゃん度が息をしていなかったようなものだ。
「そうだな一緒にユキを守ろう──」
『タカシは要らない。マルとお母さんで十分!』
 マルはユキへの独占欲が最近酷く、自分と母さん以外が構うのを嫌がる……赤ん坊とペットが無条件に可愛いと思えるのは、彼らが口を利けないからだというのは本当だな。
 とりあえずマルの上顎と下顎を一緒にぎゅっと握りしめてやるのであった。


「いらっしゃいませリュー様。おはようマルちゃん」
「おはよう。今日は──」
 視界の隅に2号の姿を発見してしまった。
「久しぶりだねリュー。本当に久しぶりだね」
「そういうのは何年も会ってないかった相手に言うんだな」
「人を置き去りにしておいて良く言うね!」
「無人島に置き去りにしたとかならともかくグダグダ言うな。それにホモの愁嘆場のような気持ち悪いのは止めろ」
「失礼な。僕にはそんな趣味は無い!」
「もし俺にそんな趣味があったとしてもお前は趣味じゃない」
「……何だこのほっとした様な、悔しいような気持ちは?」
「黙ってほっとしておけ、そういうのが本当に気持ち悪いんだよ!」
 2号の顎を殴り飛ばして失神させた。

「先日お納め頂きました材料にて、大甕3口(こう。大きく口の空いた器の数え方)分を用意出来ました」
 失神した2号だが、3秒ほどで復活しているので、ミーアは気を利かせて特定されるような名前を使わずに報告してきた。
「分かった。とりあえず出来た分を貰っていこう」
 俺も話を合わせるが──
「何を意味ありげに話してるの?」
 ……まあ、不自然に思うわな。
「安心しろ。お前には全く関係ない話だ。心置きなく聞き流しておけ」
「そうまでして隠そうとする話。聞かずに擱くべきか」
「そのお喋りな口と聞きたがりの耳を今すぐ塞ぐか、2度と戻って来られない暗くて寒い遠い遠い場所に1人で放り出されるの、どっちが良い?」
 固く握りしめた拳を前に突き出し、殺意をオブラートで包み問いかけると、俺が本気だという事が分かって貰えたようだ。


「お願いがあります」
 今の俺にとって主食ともいうべきカロリー汁を受け取り、ついでに海龍を買い取って貰い(料金後払い)戻ってくると、2号が土下座していた。
「俺に頼みがあるのにあんな態度だったのか?」
「それは緊張を解そうと思って」
「何で俺がお前に緊張しなければならない」
「いや、僕がね」
「……さて帰るか。また来るけどその馬鹿は入店禁止にしておいた方が良いぞ」
「無視しないで!」
 まるで俺が悪いとでも言わんばかりにこちらを憐れみを誘う目つきで見るが、どうにも演技臭さが鼻につく。
「そうですね。お客様という訳でもないのに居座られても迷惑ですし」
「こいつ、どれくらい居座ってるの?」
「この数日は毎日数時間ほどは……」
「帰れこの野郎!」
 そう怒鳴りつけたのは人として当然の行為だと思う。
「待ってくれ! 本当に大事な話なんだ。この国の存亡に関わるんだ」
「……俺、この国の人間じゃないし」
「当店は複数の国で営業しておりますので」
 俺とミーアは冷静に塩対応する。
 一方マルは2号には興味が無いようだ。
 「そんなミツバチがいるかっ!」と叫びたくな超巨大ミツバの巣から採れる名状しがたきハチミツ。そして謎の動物から採れるミルク。更に常識的な範囲の素材として数種類の果汁・香辛料・薬草を加えて作られた。超高カロリーで吸収も良い。カロリー汁を旨そうに深皿から飲んでいる……ミーアが与えたようだが、犬が飲んで大丈夫なのか不安だ。

「うわぁ~……だ、だがしかし。このその件に関して君の仲間が関わっているようなんだ。それで敵の大規模な侵略を許して……」
 俺の仲間? ……心当たりがあるとするなら大島達だが、あれは俺の仲間じゃないので、何があろうと責任は取らない。取る気が無い。
「俺の仲間と呼べる相手は国の存亡に関わるような事には手を出してないはずだし、仮に俺の知り合い(大島達)が何かをしても、俺が責任を取る義務は無い」
「仲間じゃなければ同じ力を持っている連中が南方での紛争に介入している節があると言ったらどうだい?」
 同じ力……オリジナルシステムメニュー保持者という事か?
「顔色が変わったね。少しは話を聞く気になってくれたかな?」
「はっ」
 してやったりと言わんばかりの2号に冷や水を架ける様に鼻で笑ってやる。
「何故に?」
 あからさまな否定に戸惑っている。
「もう欲しい情報は手に入ったからお前は必要無い。つまりお前に協力してやる必要も無いという事だ」
 要するにリートヌルブ帝国と紛争が起きている──つうか攻め込まれている──南の国境付近に御同輩が出没している。これだけで俺には十分だ。
 【所持アイテム】と【マップ機能】を利用すれば、この世界でなら戦争の概念すら変えてしまう事すら可能だ。
 【所持アイテム】を使えば、食料・水、消耗品である矢などの補給物資のみならず、陣地を構築するための資材。大型の攻城兵器などを人一人を移動させる労力で、好きな場所に用意する事が出来る。
 【マップ機能】は、システムメニュー保持者を連れて戦場を偵察させる手間が必要だが、戦場の全てを把握出来なくても、表示可能範囲を敵が横切るのを把握できれば相手の動きは把握出来る。
 これはレベルが上がって身体能力が上がり、システムメニューで覚えた【魔術】を使えても単に強くて便利な力を持った個人に過ぎない2号には真似の出来ない活躍だろう。
 つまり奴が俺から引き出したいのはパーティーへの再加入だろうが、お断りだ!」
 途中──つまりの後から──から声に出していたのは当然わざとだ。
「そんな、ひどい!」
「酷いのはお前の依頼心だ。いい加減俺に頼るのは止めろ。むしろ俺に頼りにされろ。お前に協力したのもそういう約束だろ。お前が何か俺に返してくれたか?」
「女性を紹介しよう」
 何?!
「先程とは比べ物にならないくらいはっきりと顔色が変わったね」
 変わるに決まっているだろう。女性を紹介すると言われてどんな形であれ反応を示さないオスなど生物学的にありえない。
 その証拠に、窓を指さして「あっ、風でネエチャンのスカート──」
「えっ! ……何処? 何処? ……はっ!」
 ……そういう事だ。
 街を歩いていて悪戯な風に、スカートの裾がふわりと舞い上がるのを視界の端だろうが捉えていたならば0.3秒で反応して振り返ってしまうのが漢ってものだろ。
 心理学においてカクテルパーティー効果の視覚版として認められている……勿論嘘だ。
 男と言うのは、ただ舞い上がったスカートの裾がかたちどる人為と自然が織りなす造形美と、その下に隠されていた神秘をとらえる天性のハンターである。
 その結果、相手の容姿や年齢が自分のストライクゾーンを大きく外していたとしても、それどころか相手が女装のオッサンだったとしても後悔はすれど反省はしない。そして何度後悔しようとも、その瞬間が訪れたのなら光の速さで振り返るのだ。
 同様に、女性を紹介すると言われた瞬間に「どうせ、こいつが紹介するのに期待なんて出来ない」なんて考える判断力を神は男に授けてなどいない。
 その瞬間「女」の一文字が脳裏の120%、未使用領域まで溢れてしまう欠陥品なんだよ男ってのは。

「とりあえず、何だ……話し合う余地はあるようだな」
「サイテーです」
 背後からミーアの非難の声が届くが無視だ。そもそも俺にとっての「女」の範疇から丁重にピンセット抓みだされた姉妹の片割れに「男」としてののあり方を問われる筋合いなどない。
「お前が俺に望むのは、この国を救うために俺と同じ能力を持った者の排除だな」
「そうだ。出来るのか?」
 よし言質は取った。顔がにやけるのを堪えながら「誰に訊いてるんだ?」と返す。
 はっきり言って戦場の状況は全く分からないので、出来ない可能性だって十分にある。しかし十中八九出来ると確信しているなら自信たっぷりにしている方が格好がつく。
 一方大島は、勝率が5割を超えるなら虚勢を張って堂々としていろ。背伸びしているくらいの方が勝率は上がると言っていた。たまには教育者らしい事も言うのだなと驚きつつも、その頻度の低さに呆れ、そして、奴自身は挙句に失敗しても不敵な態度を崩さないのだろうなと……諦めた。

「明日南方戦線に向かうけど、そっちの都合は良いのか?」
「都合は構わない。だが俺は先に行くから、お前は後から来い」
「えっ」
 驚く、2号に対して逆に驚きながら、声をひそめて「お前が使える初期バージョンの浮遊/飛行魔法では俺について来れないから」と告げる。
 当然だ。先程、建前とはいえ「国を救うため」という理由を口にしたのだ。こいつ個人の功名など配慮してやる必要なんてないのだから。
 2号が使えるのはとりあえず飛べるだけで風防魔法も無い旧式魔法。速度を上げると自らが発生させた乱気流で錐揉み回転を始めて墜落するだろうし、何とかバランスを維持して速度を上げても呼吸が出来ないので長時間の連続飛行には耐えられない。
 それに対してこちとら超音速、いや超音速クルージングを目指して日々進化を遂げる浮遊/飛行魔法の最先端だ……衝撃波の問題がクリア出来ないんだ。衝撃波の発生で風防魔法が歪み発生する後方乱気流……超音速で飛行中にそんな事が起こるとどうなるかなんて考えたくも無い。

「それを教えてよ!」
 何故こいつが強気に要求してくるのか意味が分からないので、耳に手を当てて「……はぁ?」と聞き返す。
「教えてくれたって良いじゃないか?」
「教えてあげたって良いなら、教えてあげなくたって良いじゃないか? その境界線上からどちらに俺の心情を落とし込むのかはお前次第だ」
 我ながら恐ろしいほど血も涙もない正論だ。
 当然ながら2号に俺の心を震わせるようなネタがあるはずも無い。そもそも女紹介する云々だって怪しいのだ。
 散々カロリー汁を飲みまくっておねむになってしまったマルを収納すると、2号を置き去りにして南へと旅立った……マルは多分太ると思う。


 そして長い長い旅路を1時間足らずで踏破した……距離的には十分長い。ただ移動速度が速かっただけだ。
 別に目印に『ようこそ戦場へ』なんて分かりやすい看板が出ている訳では無く、国境線の一部である湖が眼下に広がっているからだ。
 他のオリジナルシステムメニュー保持者のマップに引っ掛からない様に飛んでいる上空12000mから見下ろすと、琵琶湖を大きく超える巨大なミシニワード湖が一望出来る。
 直径75㎞ほどのほぼ円形。間違いなくカルデラ湖であろう……カルデラ湖は好きだ。地図を見ていていきなりポコッと丸い地形が現れるとほっこりする。
 南北を分ける中央に国境線が設定されているはずなのだが、現在は北岸に拠点を築かれて、既に砦と呼べるレベルに成長している。
 オリジナルシステムメニュー保持者による1人補給大隊が一晩で必要な資材を運び込んだのだろう……墨俣城というより、これはもうジョパンニの仕業だよ。
 他者の所業に、改めてシステムメニューの基本機能の恐ろしさを再認識させられた。

 砦には3000人ほどの人間が居て、広さは400m四方を土塀でも石垣でもなく板壁に囲まれている。南側がすぐ湖になっていて、岸から100mほど湖に3本の突き出した長い何か、多分桟橋が架けられている。それを使って直ぐに船で運ばれた人や物資を中へ運び込め、更に帝国領への脱出も容易になっているのだろう。

 一方、地上にいる人間の姿は、流石に今の俺の視力でも捉えられるのは自分の真下を移動する何かの列を、辛うじて集団で進む人の列と認識するのが精一杯で1人1人を視認するのはとても無理だ。
 視力は低レベルの頃と比べて余り上昇していない。眼自体の能力の問題ではなく大気中の埃や水蒸気、そして気温や風による大気自体の密度のむらにより正確に像を結ぶのが難しいためだ。これは機能の向上した脳による補正処理の範疇を超える。
 それでもマップ機能は地上の直径1㎞程度の範囲ではあるが「視認出来ている」と判定してくれているようでマッピングをしてくれている。
 ちなみに双眼鏡も持ってきているので、それを使えば目に入る情報量が増える分だけより遠くを見通せるが、その代わりマッピングされる範囲は双眼鏡の視野のみとなり逆に狭くなる。
 わざわざそんな高い位置からマッピングしているのは、当然俺以外のオリジナルシステムメニュー保持者を警戒しての事だ。
 俺よりも遥かに視力や脳の補正機能が劣るとは言え、連中もマッピングを行っているのでその表示可能範囲に引っ掛かるのを避ける必要があった。
 そうは言っても、マッピング行うのに上空まで範囲に入れるような酔狂な奴はいないと思う、しかし絶対にいないとも言い切れない……どうやら心配は無駄ではなかった。
 眼下、高度500mほどを飛ぶワイバーン。その背の上に人間と思しき姿を見つけた……ワイバーンって乗れるのかよ。

 双眼鏡を取り出してワイバーンの背の上を確認すると確かに兵士のようだ。帝国側の兵士ではない。
 戦争している一方でワイバーンを偵察に使っているのなら相手が使ってない可能性は低い。つまりリートヌルブ帝国側に付いたオリジナルシステムメニュー保持者は、ワイバーンに乗ってマッピングしたと考えるのが妥当だ。
 だとするなら、ゆっくり足で移動しながらマッピングするのとは違い、移動速度の速いワイバーンの上では上空を確認する余裕はないはずだし、何より偵察手段のワイバーンが1000m以下を飛行するなら、今より高度を上げる必要も無いだろう。
 元々視力2.0の俺がレベル一桁台の頃にマッピング範囲が10000m程度だったのだからワイバーンの飛行高度を多少多く見積もって+1000mしても少し余裕がある。

 更に列をなして進む集団を見つけたので再び双眼鏡を覗き込むと、2列になって進む200人ほどの隊列だった。
 兵装は特にお揃いという訳では無く、兜に縦に太く赤い線が入っているのが敵味方の区別を付けるための印なのだろう……それだけで良いのか疑問に思ったが、他にも何か敵味方を見分ける方法があるのかもしれない。
 とにかく湖の10㎞以上北側を悠然と行進しているので、兜の赤い線が王国側の兵である事は間違い無い。
 そう言えば、先ほどのワイバーンに騎乗していた兵の兜にも赤い縦線が入っていたので王国側の竜騎士で間違い無い……ワイバーンを竜と呼んで良いのかは知らないが。


 3時間ほどかけて、戦場とその周辺のマッピングを終える……マッピングは終了してないけど。
 本来の予定なら明日一杯までかかるはずだが、流石に単調と呼ぶのも生易しい、ただひたすら飛び続けるだけの作業に音を上げてしまった。
 そして冷静に考えてみて気付く。俺と違って低レベルのシステムメニュー保持者にとって、この広い範囲をリアルタイムで監視出来るのはワールドマップだけで、ワールドマップ上に表示出来る対象は、周辺マップ内にエンカウントして個体識別情報を入手した対象のみだという事……こんな事にすぐに気づけなかった自分が悲しい。
 つまり、実際に相手が偵察に出て視認出来る範囲に俺が入らない限り、俺の事は相手に捉える事は不可能なので、俺が相手のオリジナルシステムメニュー保持者の個体識別情報を手に入れたなら、その範囲外を上空2000mほどで飛び回れば、短時間にマッピング作業は終わるのだ。
 それに気づいた俺は大雑把に5㎞幅の格子状にマッピングし、アクティブ部分を通過した人物の情報を【ログデータ】へ放り込む様に設定した。
 これもマップ機能の2度目の拡張時に実装された俺以外には使えない……はずの機能だ。


 マッピング作業を中断した俺は、湖から北西に50㎞ほど離れた村の一軒しかない宿屋で余裕を見て3日分の料金を先払いして部屋を借り、その部屋のベッドの上に寝転がりマップを拡大表示して眺めていた。
 マルは収納したままにしておく。これから俺がやる事はマルの教育上良くないと思うから……俺の教育は? そもそも中学校で受けた教育が99%間違っているのだから今更だ。

「来たか」
 網目状に張り巡らせた表示可能の範囲に【オリジナルシステムメニュー保持者】が表示される。
 同時に【システムメニュー保持者】の条件でも検索をかけているのだが、オリジナル以外のシステムメニュー保持者は現れていない。
 やはり、パーティーに加入させた相手が居ないと考えて良いのだろう。正直、この世界の人間である2号をパーティーに加入させたのはちょっと考えなしだったと反省をしない訳でもない。
 何故、奴を簡単に加入させてしまったのか正直自分でも良く分からない。今思い出してもおかしいと思う。紫村と香籐を仲間に入れた時は十分な理由があったが、2号の場合は理由が弱い。特に初めてのパーティー加入者なんだから、もっと慎重になるべきだったのだから、奴に対して精神的な壁が極度に低くなっていたとしか思えない。

 話は逸れたが、オリジナルシステムメニュー保持者、長いからオリ保で良いか? だったらオリジナル以外のシステムメニュー保持者はシス保か……
止めておこう。
 オリ保、いやオリジナルシステムメニュー保持者は湖を多分船で北上している。物資を【所持アイテム】に詰め込んで王国領に侵入するつもりなのだろう。
 ……きっと俺は今、凄い悪党面をしているだろう。だけど心の中はもっと悪人だから大丈夫。ちゃんとバランスはとれている。
 拉致して、殺してシステムメニューを奪い取り、ついでにボーナスでレベルアップして、蘇らせて放置して逃げる……なんて悪党なんだろう。
 対象をロックした状態で、検索条件を『男』に変えると消えた。
「また女かよ」
 何だろう野郎相手なら何やっても特に罪悪感は湧かないのに……
「ズルいな女は!」
 自分でも訳の分からない愚痴がこぼれる。
 仕方ない当面は拉致収納で勘弁してやろう……まあ、現実世界でのこの女を捕らえたら、現実世界の身体を殺した場合のこちらの身体がどうなるか? その逆の場合はどうなるのか? 実験するんだけどな……べ、別に無理に悪ぶってるわけじゃないんだから、やる時はやる子だから俺。

「テンション下がるわ~」
 やっぱり気は進まない。システムメニューなんて面倒事から解放してやるという錦の御旗があっても、女を殺すのは俺達を拉致しようとした野郎を返り討ちに知るのに比べると当社比で35倍くらいは気が進まない……当社って何?
 だけど、俺も心情的には王国側に立っている。侵略しているのは帝国な上に、何だかんだとこの国に居続けているので「俺の縄張り(シマ)に余所者(他のオリジナルシステムメニュー保持者)が手を出しやがって」的な意識も芽生えてしまっている。
 まあ、この戦争の原因とかによってはその心情もどちらに傾くかは分からないが、ずっと昔から湖を挟んで攻めたり攻められたりしているようなので、一方的な理由なんてものは無いのだろう。
 それを踏まえても、相手が女子供だろうが排除する必要性は弱いけどある……あるのだが、やはり「テンション下がるわ~」という事になる。
 しかし、やる気が無くてもやらねばならない。そういうシチュエーションに対して慣れと諦め一杯で立ち向かうのが空手部魂である。
 再び【迷彩】で姿を消すと、部屋の窓から空へと飛び立った。


 現在安全圏内の上空12000mで待機している。
 対象は天幕の中に入っているのでどんな顔をしているかどころか人種すら分からない……年齢とかどの国の人間かなどはマップの検索機能を使えば総当たりで調べる事は出来る事は出来るが、面倒なのでやってない。

 相手の探知範囲の外側から一方的に相手の状況を把握する。犯罪臭ぷんぷんだが別にスケベ根性どころか好きでやっている事ですらない。
 相手のマップ表示可能範囲に踏み込むのが難しいと思えるが、塞ぎようのない大きな穴がある。寝込みを襲われたら対応を取れない。こればかりは俺自身にもどうしようもない穴だった。
 故にこちらの素性は絶対に知られてはいけない。
「長丁場になりそうだ」
 相手が寝るまで起きて無ければならないのだから当然だ。
 一向に天幕の中で移動する様子は無いので2000mまで高度を下げた。

 最悪、日付が変わるまで粘るのを覚悟していたのだが、まだ7時前だというのに対象のシンボルは睡眠/失神を示す灰色に変化した。
「早っ! 小学生か!」
 しかも低学年並みのだ。
 もっとも現代社会と違い、夜暗くなれば寝て朝日が昇れば起きる。一部の都市部に住む者たちを除けば、圧倒的多数にとってそれが常識なのだが、それにしても子供にとっても長すぎる夜だ。
 昼間の長いこの季節ですら現実世界のS県なら10時間近い。正確には分からないがこちらの世界も季節は春の様なので似たようなものだろう。暇を持て余した大人が子作りに励むはずである。
 そんなどうでも良い事を考えながら降下を開始する。

 きっちり3分後に地上に降り立った……余り早く降りると怖い。ちゃんとやる事はやってるんだから、怯えるくらいは良いよな? 心の中の膝がガクガク震える自由は誰にも奪う事など出来ないのだから。
 目標の天幕の傍に姿を消したまま音も無く降り立つ。天幕の前には兵士が1人立っているだけで周囲には人の姿が無い。
 様子がおかしい。単に周囲に人気が無いのではなく天幕を中心とした10m四方に柵が張り巡らされ、こそれはまるで帝国軍にとっては重要人物であるオリジナルシステムメニュー保持者を守るというより隔離されているようだ。

 嫌な予感がしたので、とっとと目的を果たしてドロンさせて頂くことにした。
 素早く天幕前の兵士に近寄り、足音に反応してこちらを怪訝そうに振り返ったその腹の鳩尾に内臓が破裂する勢いで拳を叩き付ける。
 そして実際に破裂した内臓を魔術で治療する……当たり前だが、大怪我を負わせずかつ、声を上げる事も出来ない一撃でを喰らわせて失神させる。そんな妙技を使えるほど他人の腹を殴って失神させた経験は無い。

 崩れ落ちる兵士の脇に腕を差し入れて支えながら素早く天幕の中に入る。
「なんだとぅ?」
 俺が目にしたのは、天幕を支える中央の柱に鎖で繋がれた5歳くらいの女の子だった。
 首輪をはめられ、むき出しの硬い地面の上に横たわる、その目元に浮かんだ涙が見えた。
 抱えていた兵士を地面に叩き付ける。こいつが嫌々ながらも上官の命令に従っただけだろうと、家に帰れば良き夫で良き父親だろうが関係ない。
「死ね」
 首元に振り上げた足の踵で脛骨を踏み砕いた。

 女の子の元に歩み寄る。
 浅黒い肌。黒人種というより南方に住む黄色人種といった感じ。顔立ちは中東系に近いがモンゴロイドの影響も強い……良く分からないがインド辺りか? 確かインドは人種の坩堝と呼ばれていたな。
 彼女の顔にはどす黒い痣があり、首輪の下の皮膚からは出血すらあった。
 女の子の傍に膝を突くと【大傷癒】をかけて治療を施した。こんな小さい子供に何故こんな真似が出来るのか俺には分からない。
 首はめられた頑丈そうな鉄環は俺の腕力でも簡単に破壊出来そうになかった。
 右手の中にナイフを装備してみる。そのして何度か収納と装備を繰り返して現れる刀身の位置関係を確認してから、鉄環と女の子の首の間に左手を差し込んで隙間を作ると、嵌められた鎖付きの鉄環にナイフの刀身を当て、一度収納して少し右手の位置を少女の首元に近づけ、ナイフを装備する。
 鉄環の8割ほどに刀身が食い込んだ形でナイフが出現すると、刀身の分だけ押し広げられた事により、残りの2割に亀裂が入り甲高い金属音を立てて割れた。。
 鉄環の反対側にもアムリタで同じ処置を行い。真っ二つになった鉄環を女の子の首から外した。

「さて……」
 女の子を収納する。これからこの場で起こる事は彼女に見せるには教育上良くないからで、決してやましい目的のための拉致ではない。
 システムメニューを開いて時間停止状態にしてから【所持アイテム】のリスト検索で女の子を探し出して、彼女の情報をチェックする。
 名前:アムリタ……うん、不老長寿の霊薬の名前だったな、というかそれだけ?
 国籍:インド……やっぱり、だけどインド人って何か色々、沢山名前があるイメージだったんだけど。もしかして孤児とか?
 年齢:6歳
 身長…………
「と、とりあえず保護しないと駄目だよな……」
 流石に、帝国軍から解放して放り出すという選択肢は無い。
「その前に落とし前は付けてさせて貰うか」
 頭の痛い問題を先送りにして、別のやり易い方法を選択する。

 システムメニューを解除し、マップで食料などの物資を集めている場所を検索すると、湖岸から少し離れた位置にある大きな天幕に集められているのが分かったので、姿を消して入り込み中身や数など関係なく手当たり次第、全て収納する。
 全部が食料だったとしても3000人規模の軍勢の食料としては随分少ない。1週間程度分しか無いじゃない?
 食料などの物資はアムリタに運び込ませればいいので、緊急時の撤退を想定して必要以上の物は王国領に持ち込まない様にしているのだろう。
「セコイ!」
 たっぷりせしめてやろうと思っていたのに当てが外れた……金に困っている訳でもないのにセコイのは俺じゃない? と思ったが多分気のせいだろう。
 更に武器を集積した天幕を見つけて、当然の様に全て収納する。
 槍と弓と矢がほとんどで、剣の類は兵は持たされないだろうし、士官クラスは自前だろうが、食料などと違って3000の規模にふさわしいだけの数が用意されていた。

 次に移動したのは湖岸の桟橋。当然連中の退路を断つのが目的。
 3本が川の字に並ぶ桟橋には大小40隻程の船が係留されているのだが、小型の手漕ぎの舟などはともかく、大型の輸送船──これは兵を載せて撤退するための船だろう──は常に動かせるようになのだろう。必ず船員が2名ほど待機しているようなので収納という訳にはいかない。
 小型の舟を2艘収納し、残りは『俺のポケットには大きすぎらぁ』という事で、上空から足場岩を落下させて漏れなく撃沈させる。
 幾人もの船員が巻き込まれて命を落としたのだろうが、先程の見張りの兵士も含めても経験値は雀の涙ほどにもならない。
 一方で人を殺した事には対しては、現実世界で感じたほどの後悔は無い。
 相手が非戦闘員への虐殺も辞さない軍人であるという事。そしてアムリタへの仕打ちに対する憤りもある。だがそれ以上に割り切ってしまったという部分がある……この世界では人命がそれほど重く無い事が原因だ。

 アムリタが船で湖を渡っていた数時間を、彼女がリアルタイムでマッピング出来る範囲外を一気にマッピングした際に、緑ばかりの景色の中に黒く焼け焦げた場所が見えたので降りてみたら、そこは焼き討ちされた村だった。
 崩れた石塀に木製の張と屋根が焼け落ちた石造りの家々、埋められる事無く放置されたのだろう遺体は、獣か魔物に食い荒らされたのだろう村のあちらこちらに散乱していた。
 そうした村や集落は他にも幾つもあり、昨日、今日襲われたのだろう村ではオオカミに似た魔獣が村人達の遺体を奪い合うように食い漁っていた。
 軍による略奪行為がこの世界では常識だとするなら、仕方のない事なのかもしれない……だからといって俺が納得するかは別問題だ。

 平和とか隣人愛とか道徳とかマナーは、互いに相手の大事なものを尊重し合う事によって互いに利を得る互恵関係であって、一個人が一方的に周囲にそれらを適用しようとするなら、ただのお人好しの変わり者で終ってしまう。
 例えるなら、この世に一台しかない電話を持つようなものであり、やはり電話は話した相手にも所有して貰わなければ意味が無い。

 そして人命が等しく尊いものであるというのは、国家の様な巨大な集団が内包する個人を平等に扱う必要があるが故に使われる言葉であり、個人にとっては全く意味が無い。
 個人は明確に命に順番を持っている。
 一番大事で尊いのは自分と自分にとって大切な存在である。
 第二のカテゴリーに属するのは、自分にとって無害などうでも良い存在。
 そして最後は、その他の存在。自分や第一・第二のカテゴリーに属する人々の生命や財産を脅かす存在。
 大事な場面で、その順序を守れず全員を等しく尊いなどと考える奴は、守るべきものを守らない、人としての心を持たない者と断言出来る。
 博愛という概念は個人にとっては重過ぎる。個人個人が自分と自分の大切な相手を大事にし守ろうとする。それが人と人の結びつきにより社会全体に広がり、結果として人々の中に博愛と呼べる空気が生まれればそれで良い。


 その後、更に3本の桟橋も破壊して帝国側が救助の船を出しても接舷出来ない様にすると、連中を砦に封じ込めるために3か所ある扉の場所に足場岩を数十個単位で落として塞ぐ。
 そして砦内の天幕に火を点けて回った。
 防水の為に帆布の様な丈夫な生地に樹脂などを塗布してあったのだろう。天幕は一度火が付くと黒い煙と鼻の奥を突くような刺激臭を放ちながら激しく燃え上がり、たちまちの内に周囲の視界は煙に閉ざされ、帝国兵達は突然の火事に武器も持たずに墓地の様に整然と区画割りされた砦内を怒声上げながら右往左往する……我ながら放火犯の才能があるようだ。

「駄目だ。門が開かない!」
 そんな絶望の叫び声がパニックの引き金だった。
 扉を押し開けようと兵達が門の前に押し寄せるも、皆が協力して力を合わせも簡単に開くものではない砦の扉とは、号令に息を合わせて集団で押しでもしない限り開かない強度を持っているものだ。烏合の衆が集まってバラバラに押した程度で破れる訳も無い。
 なまじ数が多いだけに、火と煙に混乱状態の兵達を統率する事が出来ないのだろう。個々の指揮官がそれぞれに別の命令を上げて混乱に拍車をかけるばかりだ。
 扉に取り付いた前列の兵士達は後ろから押し寄せた兵によって押し潰され、血反吐を吐きながら次々に倒れていく。
 倒れた兵士達のシンボルは次々に生物から物体へと変わっていく……それに対して後悔も反省も無いが、ザマアミロと笑えるほど爽快でも無い。

 やがて壁の一部を押し倒す事に成功する。壁は構造上、外部からの力を受けても耐えられるように柱を支える様に斜めに柱木が渡さているのだが、逆に内側から外へと押す力に対しては、ある程度としか言えない程度の対策しか施されていない。
 倒れた壁は壁の外側に巡らせてある堀を渡す橋となり、他にも破壊された箇所から兵士達は脱出していく。
「まあ、仕方ないか」
 もっと人数を減らす予定だったが、多くの兵が着の身着のまま脱出したので戦力にならないだろう。
 俺がすべきは、砦を使う事が出来ない様に完全に燃やし尽くす事だ。先ほど奪った物資を【所持アイテム】内で検索をかけると灯り用の油が入った壺が幾つかあったので取り出して、【操水】で壁の下側に満遍なく撒きながら着火していく。
 四方を取り巻く壁が燃え上がると、やがて中心で火災旋風が起こり、砦の中央に竜巻状の火柱が立ち上がり炎の奔流が全てを飲み込んでいく……門の扉で圧死した者達、炎と煙に巻かれた者達。その死体すらも飲み込んでいった。


 帝国軍は、兵士の殆どが武器を持たず着の身着のまま焼け出され、帰る手立ての船も失い。敵地に放り出されたという事実に項垂れ座り込む。
 その数は500人ほど減って2500人足らず。
 この状況なら同程度の人数の王国軍とぶつかれば即敗走だろう。
 逃げた先で近隣の村を襲ってそこを拠点にしてしのぎ援軍を待つという方法も普通ならあり得るが、こいつらが焼き討ちを架けたので近隣に無事な村なんて存在しないので本当に詰んでいる……自業自得としか言いようがない。

 それにやがて王国軍がやって来るだろう。あれだけ大きな狼煙を上げたのだから到着は今日中は……無いな。
 まず斥候を立てて情報収集し、その報告が届くのは夜になるだろう。この世界の軍隊が夜間行軍や野戦に耐え得る練度を持ち合わせているのかは分からない。だが敵軍を包囲殲滅、または捕縛するのに夜の暗闇は無いだろう。必ず大量に取り逃がして後々厄介な事になる。
 素人の俺が直ぐに思いつく程度の事をプロフェッショナルである軍のお偉いさんが気づかないはずが無い。
 馬鹿な敵将を山盛りで登場させれば主人公達が賢く見えるというどこぞの戦記物のような事は現実ではあり得ない。
 歴史上、馬鹿な指揮官の話は数多くあるが、それはその愚行が洒落にならない大事だからこそ後世にまで語り継がれているのであり、愚将が数多くいたという意味ではない。
 多くの兵士の命と国家の命運すら握る軍の指揮官というのは大抵は"Right stuff"(適任)であるのだから、基本常識外れな判断は下されない。
 時に馬鹿が神輿として担がれても、それを支える優秀な人材がそれを支える。
 同様に馬鹿がアメリカ大統領になっても、優秀なスタッフと政府の高官が己の権限と世論を利用して大統領を掣肘して愚かな真似は許さず、何となく無難に大統領として任期を終えるのだ……ただし再選は無理。

 明日の早朝に出立……積極的行動を好む指揮官ならば、多少のリスクを冒しても夜間行軍をして10㎞程度の距離まで接近し、先行させた斥候の報告に従って布陣も済ませるだろう。そして夜明けと共に攻撃という可能性もあるかもしれない。
 いや、それ以前に普通の野生動物とは違う魔物が闊歩するこの世界で軍隊といえども夜間に行軍出来るのか?
 この世界の人間は、現実世界の日本人に比べても体格面ではかなり劣り、平均的な身体能力でも運動不足になりがちな現代の日本人と良い勝負だろう。鍛え上げられた者同士を比較するなら確実に日本人に軍配が上がる。
 一方でシステムメニューの恩恵が無い状態の俺は、オーク3体以上を同時に素手で相手にすれば遅れをとりかねない──分厚い脂肪と筋肉に守られた身体や頑強で徒手空拳では鳩尾にすらダメージが通るかすら怪しい。更に見かけの割に動作もかなり素早い──のだが、そんなネイキッド隆にも勝てる人間がこの世界にどれほど居るのか疑問だ。
 多分、夜間行軍中に数十頭のオークの群に遭遇し視界の利かない状態で奇襲を受ければパニックを起こして軍が壊乱し為す術も無しなんて状況が予想される。
 勿論夜間行軍の訓練を普段から行っているとするならば対応策もあるのだろうが、その対応策が有るかはかなり疑問だ。。
 魔物対策を考えてもさっぱり思いつかない。もしかしたら俺の知らない魔物避けなどのファンタジー臭満載な魔法の道具があるのかもしれないが、これからミーアの店に戻って尋ねるにしても往復で2時間近くかかってしまう。
 とりあえず日付が変わる前にはには王国軍は来ないのは確かなので、それまでにやる事を済ませて退散すれば良いさ。
 一方、2号は間もなくこちらにたどり着くだろう……やったね2号。手柄立て放題だよ!
 勿論、ここまでお膳立ては済ませてあるのだから、後は自分で何とかして貰いたい。

「静まれ!」
 突然、響き渡る良く通る渋い声に、混乱し右往左往していた兵士達が一斉に声の主を振り返る。
 まさか「静まれ」の一言で本当に静まるなんて事が起きるとは思っても居なかった俺も声の方を振り返ってしまったよ。

「司令部付き中隊は我前に集合。工兵大隊は我右に集合。歩兵大隊は左手に集合。司令部付き中隊は速やかに必要な分隊を編成し拠点内の状況確認を急げ……自時間は無い! 各大隊は被害状況を確認し報告。その後、工兵大隊は桟橋と船の残骸から可能な限り多くの筏を……」
 三角巾で右腕を吊り、頭と顔半分を包帯に覆われた指揮官らしき男が次々に命令を下している。
 面白く無い。折角の負け犬の集団が軍隊へと返り咲こうとしている。

「……くたばれ」
 【装備】した弓に矢をつがえると引き絞り、50mほど離れた上空から標的に狙いを定めると放つ。
 今更、1人を殺す事に躊躇いなど無い。むしろ帝国軍がやらかした事についての責任は、現場責任者であるこいつに帰すのだから、こいつが生きていたら先に死んだ500人の兵士達の立場が無いってものだろう。

 暇を見ては練習してた弓の腕は結構上がっていたので、放たれた矢は指揮官の頭を目掛けて突き進む。しかし的を射る直前、横切った銀光によって切り落された。
「何奴かっ!」
 指揮官を自らの背に庇うように立ってそう叫ぶは、ファンタジーRPGに出てきそうな実用性を無視しデザイン重視のお洒落っぽい剣と鎧を身に付けた……決してイケメンじゃなく、むしろ俺と同じで顔を形容する言葉に、岩山を形容するような単語が幾つも出てくる厳つさで、さらに言えば結構不細工だった。
『許す!』
 何を許すのか知らないが、その言葉が胸に湧き上がった。お洒落鎧を着こんだ身体に対して顔が妙に浮き上がってるこの男に対して、俺はそれ以外の感情を持つことが出来なかった……もしウザいくらにイケメンだったら足場岩をマッハ30で射出し、一瞬で2500の軍勢と共に蒸発させた上にほぼ円形の湖を瓢箪形に変え、更に世界中の皆に小氷河期をプレゼントしてやるところだ。

「はっ!」
 余計な事を考えている間に奴は傍にいた槍を持った兵士から槍を奪うと気合と共にに正確に俺を目掛けて投擲してきた……えっ? 俺って【迷彩】で姿見えないはずだけど。
 驚きつつも槍を避けようとした時、嫌な予感が脳裏を過り、咄嗟に穂先の根元を掴む。するとと手の中で槍がもがくように暴れる。
 別に意志を持って動いたという訳では無く、突如外から力が加わった様に回転しながら力を増して押し込んで来た。
 しかし、俺の馬鹿みたいに強い握力から逃れられるはずも無く大人しくなったところを、そのまま投げ返した。

 自分が投げた倍の速度で帰って来た槍を、男は難なく掴み取る……どういう事だ? 奴の直前でいきなり減速したぞ。
「英雄イースフィグ!」
「イースフィグ。風の勇士!」
「精霊の導き手イースフィグ!」
 一連の攻防に兵士達が奴の名前なのだろうイースフィグが連呼して讃える。英雄ね……まあ、放たれた矢を剣で切り落した技量からそう呼ばれる実力者である事は分からないでもない。
 だが風の勇士だ精霊の導き手というは、風の魔法の使い手という事なのだろう。つまり先程の槍の挙動は全て風魔法の影響という事か。
 何にせよ、戦争で非戦闘員、女子供まで虐殺する類の連中に讃えられる英雄様だ。死んだ英雄にしてやるのが世の為、人の為、俺の為。
 遊んでやろう……ちなみに、50mの距離はとにかく、30mほどの高さに居る俺に槍を投げつける事からして身体能力はネイキッド隆くんを間違いなく上回る、しかも圧倒的に。

 俺だって、空手に振り分けられたリソースの全てを槍投げの練習に注いでいたら、何かの間違いでどこかのスポーツ弱小国のオリンピック代表になるポテンシャルは秘めている自信はある。
 だが槍投げの世界記録は100mにも満たない。奴が投げた実戦用の槍ではなく競技投擲用の800gの槍を投げてそれである。
 軽く3kgは超える重量の槍を50m地点で高さ30mを通過させる、しかも勢いを失って穂先が下がっての30mじゃなく、ピンと糸を張ったように直線に飛ばすなんて、人類がその域に到達にするには100年以上未来に、俺の子孫が「薬の力だけでオリンピックをやってた時代があったなんて信じられないね」と語る様になるのを待たねばならない。
 つまり、何だ……偉そうな事を言って申し訳ありません。僕は自分の才能や努力で身に付けた訳でもないチートで好き勝手にするので宜しく! って事だ。
 もっとも槍の挙動から奴も何らかのインチキをやってる可能性があるけど。

 俺は親父のプロレス関連グッズのコレクションからパクっておいた白地に黒の模様で額に赤でkが刻まれた覆面レスラーのマスクを取り出して被る……こっちの世界で被るためにパクったではなく、先日の事もあり現実世界で何かやらかす時に有った方が便利だと思ってパクったのだが、こちらの世界で役立ってしまうとは備えあれば嬉しいなって訳だ。

 自分の手の中の槍を信じられないと言わんばかりに睨みつけたイースフィグは、こちらを振り返って叫ぶ。
「この力、貴様も精霊の加護を持っているのか!」
 精霊の加護? 聞いた事があるような無いような……今の俺の記憶力で思い出せないなら聞いた事が無いのだろう。
 奴との30mほど距離をおいて地面に着地し【迷彩】を解く。
「貴様、名を名乗れ!」
「自ら名を名乗りもしない田舎者の帝国っぽが」
 名を名乗れと言われたこう答えるのが世の情け……かな?
「……俺は──」
「貴様の名を聞く耳など無い!」
 貴様に名乗る名前など無いの逆バージョンを勢いだけでぶつけてやる。
「おっ……おう?」
 想定外の状況に相手も見事に混乱している……ちなみに勢いで言った俺もどうオチを持っていけば良いのか着地点が見いだせない。
「な……ならばこの剣に懸けて問うのみ!」
 何とか自力で着地点を発見したようだが──
「剣ではなく槍です、そして返してください」
 奴が手にしているのは、そう抗議した兵士の槍だった……着地失敗。

 イースフィグ死んだ魚ような目で槍を兵士に投げ渡す。
 そして一度大きく深呼吸をすると、腰の剣を鞘から抜き放ち「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」と勇ましくウォークライを吠え上げてこちらに突っ込んでくる……気不味さを誤魔化す為の方法がそれしか見つからなかったのだろう。
「剣を抜け!」
 走りながら剣を振り上げてそう叫ぶが俺の剣は【所持アイテム】の中だから、こいつには俺が剣を持っているようには見えないはずなのに何を言ってるのやら。
 さらに言えば、この高城隆は飛び道具以外の武器を恐れた事など一度も無い。剣で俺に脅威を感じさせたいならライトサーベルでも持ってくるんだな……嘘だけど。

「貴様が抜かずとも斬る!」
 本人は格好良いつもりで言ってるのかもしれないが、単に武器を持たない相手に斬りかかる言い訳だろう。
 驚異的身体能力で間合いを詰め、人外の力で斬りつけてくる英雄(笑)に対して、俺は奴の剣の届く範囲の内側へと速度で対抗するのではなくタイミングを読んで踏み込んで行く。
 俺とイースフィグの視線が交差する。そして奴の目が驚愕に見開かれた時には鎧越しに掌底を鳩尾へと打ち込み終えていた。
 俺に反撃を喰らうまで全く反応出来なかったことから、こいつの力は加護とやらの借り物の力だと確信した。

 口から血反吐を吹き出し、その場に崩れ落ちる姿に帝国兵達から悲鳴のような声が上がる。
「英雄がぁ……精霊の加護がぁ……」
 湖を挟んだ敵地で拠り所である砦を失い。更には精神的支柱とも呼ぶべき英雄様が一撃で倒されたんだから、そりゃあ泣くさ俺でも泣く……だがこれでこいつらの心が折れてくれ──
 いきなり下から掬い上げる様にして俺の首目掛けて走る斬撃を横から右脚で蹴り付けると、折れて刀身が飛んでいく。

「き、貴様も……やはり……精霊の加護……」
 付け根から刀身を失った剣を握りしめ、鋭い眼光でこちらを睨みつけながら、必死に膝や肘をカクカクブルブルさせながら立ち上がろうとする英雄様。その鎧の腹部は俺の掌底で大きく陥没していた……やっぱり見た目重視で防御性能はお察しレベルか。
「知らねえな。精霊の籠だの瓶だのなんて」
「馬鹿な……加護のも無に……我に、勝てる者など……」
 折角煽ってやったのに、軽やかにスルーされただと?
 まあ良い。とにかくこいつに勝つのは難しい事ではなかった。加藤以外の空手部の2年生でもマジモードなら同様の結果になったはずだ。
 確かに奴は人類に出せる速度をはるかに上回ってはいたが、最後の踏み込みの時点で速度は100㎞/hを超える訳では全くないし、振り下ろされる剣の切っ先の速さがバドミントン男子のトップクラスの選手のスマッシュの速さを越えている訳でもない。
 つまり、人類の枠内に楽勝で留まっていたネイキッド隆くんの目でも追えない速さでは無いどころか、身体が反応出来ない速さでも無かった。
 しかも全力で走り込んで来て全力で振り下ろす。その目標が俺と決まっているのだから、何処に最後の一歩を踏み下ろして、何処に振り下ろすのか予め決まっている。
 その走る歩幅と速度からどのタイミングで振り下ろすのかも丸分かりだから、その瞬間、俺は奴が振り下ろす場所より1m足らず前へ踏み込んで奴の鳩尾目掛けて掌底を打ち込めば良いだけだった
 左足で踏み込んで前進する力を受け止めて、左足から身体の左側を軸として右回りに発生した回転力を使い右側から袈裟懸けに剣を振り下ろすという動作において、左足を踏み込むタイミングを読まれて相手に懐に飛び込まれた場合。
 力を加減しているならともかく全力ならば止める事も大きく軌道を変えたりタイミングをずらす事は、こいつが自分の速度に対応出来る反射神経を持っていたとしても不可能。分かって居ても止まれるモノではない。
 ちなみに、そのタイミングを読む程度の事が出来ないなら生きていく資格は無いと、空手部員は1年の二学期中には気づかされる……ちなみに物覚えの悪い方だった俺は目覚めた病院のベッドの上で気づいた。

「嘘だ……ありえない……加護も持たない……者に負けたなど……」
 加護加護うるさいな。何か気に障るフレーズだ。
「精霊の加護を……持つ我が……」
 イラつくのできっぱりと言ってやることにした。
「精霊の加護とやらを持つ割にはお前弱いな。俺の知る精霊の加護を持つ……」
 俺の知る? ……来た来た! いつもの頭の中を掻き回すような不快な感覚。
 毎回毎回ふざけるな。ふざけるな。ふざけんなーっ!
 気合全開で抗う。だが気合が足りないのか次第に不快感が強まっていく。このままでは押し負ける。気合が足りないなら【気】も持っていきやがれ!
 次の瞬間、頭の中で何かのスイッチが入ったように『プチっ』という感覚と共に不快感が引いていく。
 勝った。逆転勝訴! 第一部完! ……そんな状況ではない。同時に頭の中に俺の知る精霊の加護を持つ者。ルーセの記憶が思い浮かんだ。

 だがじっくり思い出に浸れる状況ではない。即座に目の前の英雄様の顎を蹴り砕いて失神させる。
 さてどうしたものだろう……すぐにでもコードアに行ってルーセの行方の手掛かりを探したいが、こいつらを放置という訳にもいかない。
 皆殺しか、2500人も……それは面倒過ぎる! それなら龍を数匹狩る方が楽だ。
 まとめて気絶させて、収納して……その後はどうする?
 開放したらこいつらの口から『全員いきなり気絶させられた』『気付いたら元居た場所とは別の場所だった』『目覚めたらかなり時間が経過していた』等々の余計な情報がリークする事になる。
 ……そうか、どこか遠くで幸せになって貰えば良いのだよ。遠い無人島にでも置き去りにすれば良い。
 自分の手で殺さなくても男しかいないこいつらは、放っておいても数十年後には全滅するだろう。
 脱出しようにも周囲に数百kmに陸地の無い絶海の孤島を探してあげよう。2500人が生きていくのに十分な広さを持つ島。食べ物に困らないよう、果物が豊富にとれる南の島が良い。魚も沢山獲れるサンゴ礁に囲まれてるのが良いな……絶望の楽園で死ぬまでゆっくりと余生を過ごせるようにな。


「殺した方が楽だった……」
 見通しが甘すぎた。2500もの人間を半径10mほどの【昏倒】を使って失神させ、収納するという作業は逃げ惑う兵士達との果てしの無い追いかけっこであった。

 下手に指揮を執らせれば厄介だと思って最初に指揮官とその周辺にいた上級士官等にまとめて【昏倒】を喰らわせたのが拙かったのだろう。
 彼らが倒れた事で、2500の兵士が完全に烏合の衆と化してそれぞれがバラバラに逃げ散ってしまったのだ。
 これが「待てよ~!」「つかまえてみなさい~!」的なキャッキャウフフ要素満載なら楽しいのだろうが、むくつけき兵士共を相手に盛り上がる要素など何一つなく、心が疲弊するだけだった。
 仕方が無いので、再び【迷彩】で姿を消すと、浮遊/飛行魔法を使い上空から【昏倒】の爆撃を喰らわせては時間停止状態で収納するのを繰り返す事になった。
 レベルⅥやⅦに【昏倒】の上位魔術が無かったのが悪いんだ。
 相変わらず実戦的だったり実用的だったりする魔術は少なく、多くがしょうもないのがレベルが上がる事で規模を拡大するだけのパターンが多い。


 最後にマップ上に兵士の残りがいない事を確認してから、コードアに向けて移動を開始する。
 時折、懲りずに例の不快感が襲ってくるが【気】を高めて排除する。
 使い方に慣れていないので常時【気】を高めておくには集中力が必要で、少しでも気が逸れた途端に襲ってきやがる。

 途中で2号とすれ違う。互いに【迷彩】を使っているので、マップを使える俺は奴に気付けたが、2号は俺に気づかずに高度200m程をチンタラと80km/h以下で飛んでいる。
 飛行中に余り高度を取らない事は俺にとっては速度を上げるためにはメリットがあるが、逆に2号にとってはデメリットだ。
 音速を超える際の衝撃波が壁になっている俺は、気圧と温度が高く音の伝播速度が速い低高度を飛ぶ事でより速く飛ぶことが出来るが、逆に風の抵抗が速度を上げる壁になっている2号は、空気の薄さと寒さに耐えられる範囲で高度を上げた方が空気の抵抗が少なく速度を上げられる。
 ちなみに高度3000mでの音速は地上の340m/sに対して300m/sと1割以上も低くなるので、俺は有り余る魔力をつぎ込んで200m以下の低高度を音速を少し下回る速度を維持して飛んでいる。
 衝撃波の問題をクリア出来たなら成層圏を飛ぶ。それに成功したなら上空100㎞の先、宇宙を狙うと誓う。勿論何の意味も無くただのロマンな自己満足だが、男って奴はいつだって浪漫の欠片を追い求める生き物だ。


 さほどかからずコードアにたどり着く。
 見覚えのある村には、1週間ほどだが俺がルーセと共に過ごした家は無く更地になっていた。
「やりやがったな……」
 急に公共事業計画が立ち上がって区画整理に引っ掛かったという訳ではない。人の住んでいない家なんて村には幾つもあって、何年も放置されてはお化けでも住んでそうな廃屋でさえ1か月前と変わらず傾きながらでも建っている。
 ルーセの家だけが取り壊されたのだ。こんな事をするのは、執拗に俺の頭に干渉してルーセの記憶を思い出せないようにしていた糞っ垂れな精霊だ。
 どうせ村人の頭に干渉してルーセの家を壊したのだろう。ルーセの痕跡を残らず消すために……ならばルーセは何処へ? 嫌な予感しかしない。

 村を出ると森を北へと進み、火龍の巣の入口の前に降り立つ。
 この場所でルーセと別れたのが最後だった。
「ここから、用を足しにと言って向こうへ……」
 彼女の足取りを思い出しながら森の中へ踏み入ると、10mも進まない内に茂みに落ちている布を見つけた。
「これは!」
 雨風に晒されて汚れてはいるが小さな子供服。しかも見覚えがあった。
「まさか……」
 俺は膝を突いて服を拾い上げる。
 間違いなくルーセが着ていた上着だった。それだけではないズボンや靴も全て一揃えが落ちていた。
 認めたくはないが、目の前の光景が意味する事は想像がつく。この森の中で身に付けている全てを脱ぎ捨てて何処に行ったと言うんだ。しかも家のあるコードアにも戻らずに。
 感じていた嫌な予感。精霊が執拗なまでにルーセが存在していた痕跡を消そうとしているならば、真っ先に消そうとするのはルーセ自身のはず……いや、ルーセ自身が存在していないからこそ痕跡を消していると考えるのが自然だという事。
 以前からこの事は考えまいとしても何度も頭を過っていたが認めずに今まで来た。俺の考えが間違っている。夢世界で記憶を取り戻せばルーセを探し出せるはずだと。


「ここまでしやがるのか……」
 ルーセの両親の墓へとやって来て目にしたのは、見る影もない2人の名前が刻まれた墓標代りの石だった。一抱えはあったはずの大きな石が粉々に砕かれていた。
 墓の周辺の地面にある複数の足跡からオーガの仕業と分かる。そしてそれが精霊が操ってやらせたのだという事も。
 決定的だ。今まで何度も精霊が敵となる可能性を考えていたが、ちがう高城隆が精霊を敵とするのだ。
「この報いは必ずくれてやる」
 そう誓いを立てた。

 足場岩を新たな墓標として設置して名前を刻み終えると、手を合わせて「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱える……以前にこうした時には隣にルーセがいた事を思い出す。
 ふと2人の墓のあった場所の隣にある石が目に入った。ルーセは両親の墓穴を掘った時に出て来た石だと言っていた。
 思い出すその時のルーセの表情が引っ掛かり、跪いて石を手にする……頭の中でもう1人の俺が止めろと警告を発している。
 だが宝物を扱うようにそっと石を横に置くと、そのまま道具も使わず手で地面を掘り始める。
 一応空手使いとして、脛や拳だけでなく貫手を使える様に指先も鍛えてある。
 これらはスポーツ空手においては意味の無い鍛錬であり、巻き藁打ちをしても拳の骨が硬くなる事は医学的にありえない。
 しかし実戦を想定する場合において巻き藁打ちは決して無意味な行為ではなく、あれはどの程度殴っても拳が壊れないか知るための確認だと思っている。
 拳は想像以上に堅固であり、かつ想像以上に脆い。何処まで拳を壊さずに殴る事が出来るか知る事は非常に重要な事だ。
 一方、貫手の方は少し意味合いが違う。貫手で砂を突いても指先は、拳同様に硬くはならない。
 あれは指を痛める事無くより強く突けるコツを掴む練習だ。
 大島ですら、貫手はコツを掴んだら、後は忘れない様にたまに確認する程度にしろと注意するほどだ。日常的にそんな鍛錬をしていると歳を取ってから指の関節が曲がらなくなるそうだ。
 そしてそんな鍛錬も無意味になるほどレベルアップの恩恵は大きく、砂場で穴を掘るよりもむしろ楽に掘り進んでいく。
 すると指先に硬い何かが触れる。
 収納して確認するとそれは人骨で……ルーセの骨だった。


 その後、自分が何をしたかははっきりと憶えていない。
 堪えようのない感情に押し流され、癇癪を起した5歳児の様に泣き喚き暴れる様を、まるで他人事のように見ている記憶があるだけで全く現実の事の様な気がしない。
 やがて爆発した感情の熱量を使い果たしてしまうと虚脱感に襲われてその場に蹲る様に倒れたのだった。

 感情が収まり頭が回る様になってくると、次は後悔の念が湧き上がる。
 何故気付いて上げられなかったのか……迫りくる終わりの時。火龍を倒せない焦りと死への恐怖。ルーセはそれをすべて胸の奥に抱え込んでいたのだ。年長者としてどうして気付けなかったのか? ルーセの「リューありがとう!」という言葉にどれほどの想いが込められていたのかに、どうして気付いて上げられなかったのか? 自分の不甲斐なさが情けない。


 気が付けば日がとっぷりと暮れていた。
 慌ててルーセの骨を埋め戻そうとした時、この骨に【反魂】を使えばルーセを蘇らせる事が出来る可能性について閃いた。
 無理がある事は重々承知だが、僅かな可能性に懸けてみたくなった。

 先ずは骨を全て掘り返して集める。
 その為にマルの力を借りようと思ったが、口の中でボリボリとさせながら『イマイチ美味しくない』と言うのを想像してしまい試す気にはなれなかった。
 周辺マップ機能でルーセの遺体を骨だけではなく歯の1本、そして少し残った毛髪まで残さず検索して位置を確認する。
 それらの分布は深さ60-90㎝、縦70㎝横幅50㎝の範囲に分布し、身体を軽く丸めて横たわる形になっていた。
 しっかりの狙いを定めてひとつ残らず範囲に納める様にして【大抗】を発動して、範囲内の土ごとルーセの遺体を【所持アイテム】内に取り込む。
 そして土の塊の中から、ルーセの遺体を抜き出して取り出す。

「やっぱりこのままでは駄目だよな……」
 こんな手足も頭も雑多に混ざった状態で復活したらと考えると恐ろしい。
 一番わかりやすい頭骨と骨盤を配置して、それを基準にして他の骨の位置を一つ一つ決めていく。
 大腿骨の様に分かりやすい大きな骨も、一度収納しリストから左右をきちんと確認して配置していく。
 似たような骨が多い背骨や頸骨も順番を確認して正確に配置する。


 ……まあ、結果は失敗だ。
 失敗の理由は親切にもアナウンスしてくれた。
 1つは、重要臓器の欠損。
 つまり骨だけで生きられる人間は居ないという事だ。
 【反魂】は失われた臓器まで復活させる訳では無い。そして【傷癒】シリーズを含む魔術による治療も、破損した組織の回復や一部再生は可能でも、骨しか残っていない状況から全ての臓器を完全再生などは治療の範疇を越えている。
 もう1つは、魂の有無の問題。
 【良くある質問】先生曰く、死んだ人間の身体には魂が数時間から最長で数日残り続けるそうだ。ルーセの場合は死後すぐに仮初の身体に魂が移っていたので完全に無理って事だ。

 だが俺は諦めない。
 身体の方はレベルアップすれば骨からでも再生する魔術を使えるようになるかもしれない。
 ルーセの魂が精霊が用意した仮初の身体に移ったというのなら、その魂はまだ精霊の元にある可能性がある。
 そうならば精霊をボッコボコにぶん殴った上で取り返せばいい。
 その為にはレベルアップをする……実にシンプルな計画だ。現実とか運命とかいう奴等が「もう勘弁してください。お願いしますお願いします」と土下座するまで諦めずにやってやる。


「ちっともシンプルじゃねぇ……どうしよう」
 宿屋に戻って頭を抱える。
 ベッドの上に転がした幼女6歳の処遇に頭が痛いのだ。
 1人分でも十分頭が痛いのに2人分の幼女問題を抱え込む事になるとは……ルーセは11歳と名乗っていたが、実質8歳の身体のまま成長していないし、そもそも成育が遅いから幼女枠で十分だ。
 とりあえず、システムメニュー持ちの最大の問題である【セーブ&ロード】は使えないはずだ。使えるならあんな奴隷扱いのような立場に甘んじてはいないだろう。
 使い方を知らないか、使い方を知っていても既に捕まって首輪をされた後に気づいたかのどちらかのはずだ。
 そうだとするなら、俺が与える待遇が帝国軍よりましなら彼女はロードを実行しない…………相手が子供だからな何するか本当に分かんないけどな!
 何よりいきなり俺の顔を見たら子供は怯えるだろう。
 どうするか? 先程使った額にkの一文字が眩しい『キロ・マスカラス』の覆面を……馬鹿野郎! 余計怯えるわっ!
 あっ、そんな事を考えてる内に目覚め始めてしまった。
 ベッドの上でもぞもぞと動き、意識の覚醒を嫌がる様に枕に顔を押し付けるが、突然何かに気付いたかのように固まった。
 ゆっくりと手を伸ばし枕の感触を確かめ、再び固まる。
 そしてゆっくりと10秒ほどかけて枕に顔を押し付けたまま首を捻って顔をこちらに向ける。
「!」
 案の定、驚きと恐怖を浮かべて顔が凍り付く……予想通りの結果に、予想通りに俺のガラスのハートに亀裂が走る。

「俺は隆。君は?」
 動揺を抑え、インドの公用語であるヒンディー語で出来るだけ優しい声で話しかけるも、返事は無く、アナウンスが『……返事は無い。ただの幼女のようだ』と告げる……うるさい黙ってろ!
 ヒンディー語を身に付けるのは比較的楽だった。英語以外の外国語を身に付けるのに俺にとって身近な教材は吹き替えや字幕入りの映画だが、意外に日本でDVDやRDで提供されている映画を作ってる国は少ない。
 映画で多いのは英語、フランス語、中国語、朝鮮語。そして最近はインド映画でヒンディー語となり、ドイツ語やイタリア語などの映画よりもレンタルショップで借りやすい。

 一向に返事は無いがこちらをじっと見つめる幼女。目を逸らしたらお終いだと言わんばかりの必死さで大きな目を更に大きく見開き、恐怖を押し殺して俺を見つめ続ける……心の傷に貼る絆創膏って何処で売ってるの?

 一方、俺も目を逸らす事が出来ない。幼女の目には死ぬなら叶わぬともせめて一太刀的な悲壮感すら込められており、目を逸らせば攻撃されそうな緊張感があり怖い。
 その為、睨み合いがしばし続いた。
 ここはマルを出して、動物の癒し効果で場の空気を……いやいや、ユキの時の二の舞だ。マルは俺を悪者にしてでも幼女の心をガッチリ鷲掴み作戦を実行するだろう。
 何でマルに美味しいところをマルに盗られなければならないんだ? ここは自分の力で何とかしなければ。


 突然『ぐぅ~』という緊張感の欠片も無い音が、幼女のお腹から鳴り響く。
「……………………」
「……お腹減ってるの?」
「…………」
 しばしの葛藤の後、握りしめた拳を震わせ涙目で声を出さずに頷いた。

 チャンス到来だ。警戒心の強い野生の小動物に対して有効なのは餌付けだ。まして言葉の通じる人間相手により効果的なのは間違いない。
「食べる?」
 ボストルとエスロッレコートインの朝市の屋台で買ってストックしてあったスタンダードなオーク肉と得体の知れないが滅茶苦茶旨い貝の串焼きを取り出して差し出す。
 目をまん丸に見開いて串焼きを凝視するが受け取ろうとはしない……そう、野生動物は決して人間の手から餌は食べない。
 しかし、差し出した手を左右に振っても、標的をロックオンした彼女の視線は串焼きから外れる事は無い……食いついている。
 【所持アイテム】内では時間が経過しないので、焼き立ての串焼きの匂いの粒子がゆっくりと空気中に拡散して、呼吸と共に幼女の鼻腔に到達し、奥の受容体にドッキングすると稲妻の如き衝撃として、頭骨を貫通して直結した神経を介して情報を脳にお見舞いするのだから無理も無い。

「いらないか、じゃあ」
 あっさりそう言い放つと海鮮串の根元を咥え、引き抜くようにして一口食いする。
 目だけではなく口まで全開にして見せる驚きと絶望の形。
 しかし、俺はそれに気づくそぶりも見せず、続け様にオーク串も一口食いする。
 俺の手に残った何も刺さっていない2本の串を見て、そのままベッドの上で両手と両膝を突いて項垂れる幼女。
 肩が震えている……悔しかろう。こんな殺し屋の様な顔をした得体の知れない男の差し出す食い物に心を奪われ、食欲と警戒心とプライドを秤にかけて決断を下せぬ内に食われてしまったのだから、プライドを捨てかけた事が悔しいだろう。自分の決断が遅かった事が悔しいだろう。串焼きを食べられなかった事が悔しいだろう。
 大島が倒れ伏した俺に「悔しかろうて?」と笑顔で問いかけてくる時の気持ちが分か……いや全く分からない。
 仕方ないので、その顔の下に串焼きを6本ほど載せた紙皿を差し込んでやると、顔を伏せたまま食べ始める。もう2度と機会を逃すまいといった必死さが良い。

 串焼きと言っても、串の長さだけでも日本の焼き鳥の倍以上あり3-4本も食べれば俺でもある程度腹が満足するのだが、すぐにも食い尽くしてしまいそうな勢いなので【所持アイテム】内からタッパー(100均の偽物)に入ったカレーと、レンジでチンするレトルトごはんを取り出し、ついに実用段階に入った新魔法『電子レンジ』で温める。
 『電子レンジ』とは、兄貴が開発中の核融合発電魔法の研究段階で生み出された技術を使っていて、反応プラズマを封じ込めるフィールド魔法を流用し、フィールド魔法で形成した空間内にマイクロ波を発生させることでマイクロ波加熱を起こすという無駄に高度な技術を使った魔法である。
 正20面体を形成するフィールド内の温める対象が置かれた中心部に向かって12箇所ある頂点からマイクロウェーブを照射する事で短時間でむらなく温める優れもので、更に温度センサーで予め設定された温度以上に上昇しない親切設計。その性能と便利さに母さんを感激させたのであった。
 ちなみに次回のバージョンアップでオーブン機能も追加する予定である。
 加熱開始10秒後、終了を知らせるこだわりの音である「チン!」と鳴りフィールドが消えると取り出し、レトルトごはんを深手の紙皿にあけてカレーの入ったタッパー。そして一応スプーンを共にベッド脇のチェストの上に置く。

 カレーの香りに誘われたかのように最後の串を口に咥えたまま頭を上げて周囲を見渡して、チェスト上にある物を発見して再び固まる。
 インド人といえばカレーのイメージだが、元々かレーという言葉はインドにないけど逆に海外から流入して使われているとかはどうでも良いが、
外国人にとってインド料理が全てカレーにカテゴライズされるのは間違いない。
 そしてインド人にとっても、欧風だろうが日本風だろうがクスクスだろうがスープカレーだろうが焼きカレーだろうが、海外でローカライズされたインド料理のバリエーションだろう。
 しかもこのカレーは、母さんの料理の腕がどうこうなどちっぽけな要素──母さんが自分で認めた──になるほど、こちらの世界の滅茶苦茶旨い食材を使いまくって作られた究極の一品だ。むしろインド人の癖に、このカレーの芳醇な香りに惹き付けられないならそれはもうインド人じゃなくパキスタン人だ……勿論、パキスタンとインドは宗教でイスラム教徒のヒンドゥー教ごとに分離独立しただけで宗教が関わらない部分では文化風習には違いは無いだろうから嘘だけど。

 予想通り、幼女の視線はカレーに釘付けだ。
 視線を泳がせてはカレーを凝視するという動作を何度も繰り返し、唾を幾度も飲み込んで、三度俺に泣きそうな目を向けて一言。
「……………………食べていい?」
 つ、遂に来た! クララが立った! いや、アムリタが喋った!
「……どうぞ」
 一拍おいて興奮を抑え込みながらそう答えるや否や猛然とカレーに挑みかかるが、しっかり温めてしまったので熱かったのだろう手を抑えてもだえる。そしてすぐにスプーンを掴んで凄い勢いで食べ始めた……やっぱりインド人もスプーンを使う事はあるんだね。
 お代わりまでして、一体小さな身体の何処に入ったのだと思うほど食べ、満足したというより限界に達したという感じで仰向けに寝転がる……何処に入ったのかは一目瞭然だった。お腹がぽっこりで、その様子に俺の心はほっこりだ。

 20分ほど満腹感と共にまどろんでいた幼女が、いきなりむくりと起き上がると「私はアムリタ。このお礼に何をすれば良いの?」と言い出した。
 先程俺がした自己紹介をスルーした事をちゃんと気にしていたのだろう……良い子じゃないか。実の妹に比べたら。
 しかし「何を」と言われてもノープランだ。単に脳内会議で「この幼女を助けてやらないと、俺ヤバくね?」と自己主張の激しい自尊心クンが言い出し、結果会議が踊ってしまった結果であり、利害関係の調整等を突き詰めた結果の行動ではない。
 所詮男という生き物は『梵天丸もかくありたい』……梵天丸は関係ねぇ! 『こうでありたい』という自分の理想像を守ったり裏切ったりしながら自分を作り上げていくだけだ。そして今回は理想像を守っただけで別に特別な事ではない。

「お子様は、笑顔で素直にありがとうと言っておけば世の中の大概は乗り越えて渡っていけるんだよ」
 他に必要なのは『ごめんなさい』と『お願いします』だな。むしろ『でも』とか『だって』とか余計な言葉は憶えるなと言いたい。
「でも……」
 デターッ! 全人類にとって自分が言う分には気にしないが他人が使うのは大っ嫌いな言葉の一つが言ってる傍から出てしまったよ。
「……ありがとうじゃどうにもならなかった」
 うっ、確かに捕まって首輪されて鎖に繋がれたら言葉なんて無力だね。
「そうだね、世の中には言葉は通じても話が通じないろくでなしがいるね」
「あやまっても頼んでも止めてくれない……いつも」
 ……いつも?
「まさか現実の世界でも?」
 幼女は答えの代わりに小さく首を縦に2度振る……世界は本当に糞っ垂れだ。

 言葉少なく語る幼女の話を聞く限り、彼女は1年ほど前に両親を失ったストリートチルドレンの様だった。
 別にインドでは珍しいはなしでもないようだ。インドのストリートチルドレンは公称50万人、実際はその倍とも言われている。
 そして大人や他のストリートチルドレンから暴力を日常的に受けていたようだ。
 どうする俺? インドまでちょいと出掛けて、幼女を1人誘拐してくるか? 大して難しいミッションではないし、ストリートチルドレンの女の子が1人消えたところで問題になる事は無いだろう。しかしその後の事を考えると全くお勧め出来ない。
 例え父さん達の同意があったとしても、日本は身元不明の外国人幼女を家に住まわせて何事も無くめでたしめでたしになるようないい加減な社会じゃないし、国籍不明の不法滞在者では幼女の将来がどうなるのかまで考えて行動する必要がある……とりあえずだが、今日中にやっておくべき事が一つ思いついた。


「よし、狩に行こう!」
 この言葉を口にする前に30分ほど、少しずつ互いの話をしたりしてある程度打ち解けた……と思う。
 今後の事を考えても今日中に上げられるだけ幼女のレベルを上げる必要があるが、いきなりは無理なので怯えられないように結構頑張ってみた。
 レベルさえ上がれば、身体能力が向上して例え大人の暴力からでも身を守れるようになる。
 レベル60を越えれば【伝心】を覚えて、何時でも俺と意思の疎通が出来る。
 レベル70になれば【所持アイテム】が現実世界と夢世界共用になり、こちらで幼女に渡した食べ物などが現実世界の幼女も食べられるようになる。
 そうなれば、こちらの世界で俺が彼女の生活の面倒を見れば当面の心配は無くなる訳だが……本当に当面に過ぎない。
 まだ6歳なのでこれからきちんと教育を受けさせれば普通に生きる事も出来るようになるだろうが、定住先も無いストリートチルドレンでは教育を受ける事も出来ない。
 インドでストリートチルドレン支援をしている欧米系NGO法人を探して、支援・保護プログラムに参加させるかしかないかもしれない。とりあえず紫村に丸投げだな……我ながら酷い。

 幼女は突然の発言に「何言ってるんだこの馬鹿?」という表情を浮かべる……それは気のせいかもしれないが、気のせいと思えないペシミストな俺。
「まあ良いから、夜のハンティングに出かけようじゃないか」
 自分の心を誤魔化す為に無理にテンションを上げながら手を差し伸べると、幼女は明らかに困った顔しながら仕方なさそうにベッドを降りて近づいてくる。
 腰を屈めて抱き上げようとした瞬間、強烈な臭いが鼻の奥をめった刺しにする。
「くっさ!!」
 弾かれた様に飛び退いた俺に幼女は衝撃を受けたみたいだが、自分の服の脇の辺りを引っ張って鼻先にもってきて思いっきり深呼吸して、まるで鼻にヘビー級の世界ランカーのストレートを喰らったかの如く大きく、そして素早く仰け反ると、そのまま後ろに崩れ落ちるように倒れた。

「臭いぃ……」
 改めて知った自分の臭いに涙目でこちらに訴えてくる。
 確かに汚い。肩にもかからない短めの黒髪の中に小さな白い粒が幾つも蠢いているのを見つけ
、慄き背筋に震えが走る。
「身体を洗うから服を脱ぐんだ!」
 咄嗟に警察に通報されてもおかしくない発言してしまうが、幼女はためらうことなく裾の長い貫頭衣を腰紐で縛っただけの服を10秒足らずで脱ぎ捨てる。
 一方俺は【水塊】と【操熱】で直径1mほどの温めのお湯の塊を宙に浮かべる。
「…………!?」
 幼女は驚き固まるが構っている場合じゃない。
 髪の中に蠢く白いのはシラミだろう。もしかするとノミもいるのかもしれない?
 その可能性に気付いて、即座にシステムメニューを開いて時間停止すると【マップ機能】と【所持アイテム】をリンクさせ、室内の『ノミ』『シラミ』『ダニ』など思いつく限りの寄生虫を全て周辺マップ内に表示させ、そしてまとめて全て収納を実行した。
 虫に意識があると認識しないのか? それとも虫には意識というものが無視にはないのか? 虫には意識があると主張する学者がいるが、そもそも意識の有無という線が何処にあるかもはっきりしていないから……とりあえず寄生虫の収納は出来た。
 出来なければ宿を引き払ったうえで、一度幼女を失神させて収納して寄生虫などを除外して取り出せば良く、ベッドの上に落ちただろう寄生虫に関しては同様にベッドごと収納して取り出せば良い。
 しかし床に落ちただろう寄生虫の処置は難しいので他に別の町で宿をとって、そちらに泊まるという非道を行う事になっただろう。

「そのまま動くなよ」
 そう告げて幼女の頭上に浮かべた水塊に回転をかけてゆっくりと下へと降ろしていく。
 怯えた目で「魔法使い?」と聞いてきたので「すぐに自分でも使えるようになるから」と告げた。
「どうして?」
「自分にも不思議な力がある事くらい知っているだろう。その力にはもっと先があるって事だよ」
 パワーレベリングで高レベルにしてからネタ晴らしして驚かせたいのでぼんやりとしか説明しない。
「魔法使いになりたい!」
「なりたければ、先ず身体をきれいにするんだ」
「うん」

 それからお湯を2度取り換えてしっかり幼女の身体についていた埃や垢を洗い流す。同時に衣服も洗濯をして即座に乾燥も行う。
 身体も服もきれいになった幼女は見違える様……にはならない。確かに女はお洒落な服を着て化粧をしてヘアメイクすれば別人の様になるが、所詮は幼女だ漫画じゃないので汚れていてもきれいでも見れば分かる程度だ。
 だが、こざっぱりしたことで印象は良くなったのは確かだ。

 初期装備のロープ──これも剣などと同じく壊れない物品だった──を幼女の身体にたすき掛けにして、余った分を俺の左の肩と肘の2ヵ所に縛りつけてから幼女を左手で抱き上げ「首に両手を回してしっかり捕まるんだ」と指示を出す。幼女は魔法使いになりたい一心だろうか迷い見せる事無く従う。
「それじゃあ行くぞ」
「うん!」
 浮遊/飛行魔法を発動させ宙に浮く。
「?」
 浮かび上がった感覚に違和感を覚えたのだろう。俺の首から手を放して肩の辺りを掴むと俺から身体を遠ざける様にして肩越しに下を覗き込んだ。
「あぁぁっ! 飛んでる?」
 興奮して叫び声を上げると、俺の頭をぺチぺチと叩き出す。笑顔できゃっきゃしている幼女の無邪気な姿に率直に感動した。涼もルーセもなぁ……捻くれてて可愛気に乏しかったからな。

「最悪落ちても大丈夫なようにロープで結んであるけど、しっかりとしがみついておけよ」
 そう告げてから【迷彩】で姿を消す。
「何!?」と声を上げるので「自分の手が見えるか?」と尋ねる。
「見えない! 何これ?」
「姿を消す魔法だよ」
「魔法凄い!」
「これもすぐに使えるようになるから……」
 今日中にね。
「頑張る!」
 頑張ろうが頑張るまいが、君の意志に関係なく強制的に使えるようになって貰うからね……君の身の安全の為というよりも、俺の心の平安の為に。


 暗闇の中をこの世界の人間が、いや生物が体験した事の無いだろう超高速で飛ぶ。
 最初は見下ろす村の灯りに喜んでいたが、高度を上げて水平飛行に移り町を離れてしまうと、ところどころ遠くにボンヤリと人々の生活の灯りが見える以外は、厚い雲に閉ざされた空には月や星の明かりさえも無い。見るべき物も無く一気にテンションは下がってしまったようだ。
 俺の頭にしがみついたまま呼吸がゆっくりとなって来た……寝落ちの兆候だ! 慌てて声をかけて起こす。
 ここで寝られて現実世界に行かれたらどうなるかも楽しみではあるが、今日だけは目的を果たすまで寝て貰っては困る。
 朝に出発したエスロッレコートインをスルーして北上し続けて目指すは以前お世話になった入り江。
 狙いは勿論クラーケン。超パワーレベリング! 今日中にレベル70以上まで一気に上げるのに龍を何匹も狩っている時間など無い……けれど確認しておくべき事があった。

 入り江近くで寄り道してマップ機能を使ってオーガを探す。
 今までのルーセや2号や紫村達は、俺のパーティーメンバーで、俺と一定距離内にいる場合は、魔物を俺が倒そうが奴等が倒そうが互いに経験値が入る。
 多少の目減りがあるが、一定距離内のパーティーメンバー全員に無条件で8割程度の経験値が入るという大盤振る舞い。
 この事に関しては推論がある。システムメニュー保持者が魔物などを殺す事によって何らかの価値が発生し、システムメニューはそれと引き換えに所持者にレベルアップという恩恵を与える。しかし実際はレベルアップに比べてシステムメニューが得る価値の方が圧倒的に高い。つまり所持者側が搾取される関係。
 だからこそ、このような大盤振る舞いが可能であり【所持アイテム】の様なとんでもない能力がコスト0で使用出来るように設定されているのではないかという考えだ。

 それはさておき、幼女は俺のパーティーメンバーではないので、本番前にどうやればパワーレベリング出来るか確認しておきたい……システムメニューではオリジナルシステムメニュー保持者同士の協力プレイは推奨されていないようで【良くある質問】先生にも、その手に関する情報は無い。

 先ず幼女を左腕に抱き上げた状態で、1匹で森の中を散策中のオーガに上空から襲い掛かり、降下の勢いを利用して斜め上から振り下ろした蹴りの一撃で脛骨をへし折って倒した。
 視力が強化されている俺とは違って、この闇の中では何も見えていなかったのだろう。高速機動に少し驚いたものの一体何が行われたのかは分かっていないってところなのだろう。
「レベルが上がったとか、そんな声が聞こえなかった?」
 その問いに幼女は首を振る……という事はオーガの経験値なら例え1%でもレベル1から2へと上昇するはずなので、近くにいても無条件で経験値が配分される事は無いというルールと理解しておこう。
 残るパワーレベリングの可能性は共同撃破による経験値の分配か、止めを刺した者による全取り、もしくは一定割合の獲得だろう。

 再び浮遊/飛行魔法で飛び上がり、2分後にはオーガの真上30mの位置に到着していた。
「はい。これを収納して。そして俺が指示したら取り出して下に落とす。すると下にいるオーガの頭に当たる……分ったかな?」
 握り拳大の石を右手の掌の上に載せて差し出す。握り拳大といっても俺の握り拳大だから幼女の手には余る大きさなので収納が推奨。
「オーガ? 当たったら怒らない?」
 頭に角を生やした4mに迫る巨人の姿が見えてない事に感謝する。見えていたら大きな悲鳴が鳴り響く事になっただろう。
「怒っても次の瞬間には倒すから関係ないよ。これから行うのは戦いではなく実験だから」
 良く分からないオーガに怯えて震えながら小さく頷いて石を収納した。

「今だ。落として」
 俺の指示に慌てた様子で石を取り出してそのまま下へと落とす。
 500g以上はあるだろう石だが高さは26m程度の距離を落ちただけでは人間の頭ならともかくオーガにとっては大したダメージでは無かったようで「痛い!」というよりも「何だ?」と言った様子で上を見あげた時には既に俺の右手はそいつの角を握りしめていた。
 そのまま肩越しに背後へと抜けながら身体ごと捻りオーガの首をへし折った。
 直後発生した悲鳴が左の鼓膜に突き刺さり弾かれたように首を右へと傾げる。
「ああ、そりゃあ……」
 幼女の目から全てを覆い隠すはずの暗闇へと雲の切れ間から月の灯りが差し込んでいた。
 そして首をへし折られたオーガの顔が丁度真上から幼女を見下ろすような位置にあり、顎の落ちた口元からは長い舌が垂れ下がり、そこから涎が雫となって失神した彼女の額へと滴り落ちていた……そうなるな。

 水球で額の涎を洗い流した後、アルコール入りのウェットティッシュで念入りに吹い手上げたのだが、幼女は俺の首に縋りついたまま泣いている。
 鎖骨に辺りに滴り落ちる涙は我慢するとしても、涙とは明らかに違った粘性のある生暖かい液体が、ゆっくりと首筋を伝い落ちるおぞましき感触は本当に勘弁して貰いたい。

 泣き続ける幼女を宥めすかしながら何食わぬ顔で次のオーガを探し出して、その頭上へと移動し終えていた……自分で言うのもなんだが酷い。
 最後の実験を行う前に確認しておくことがあった。
「今度もレベルは上がらなかったか?」
「……うぅ……何にも」
 ぐずりながらも涙を堪えて幼女は答えた。しかし経験値を確認して貰うと僅かながら経験値が増えているらしい。
 本当に雀の涙ほどの量だが、かといって移動中に羽虫を払ったりして倒した程度では増えない数値であり、オーガを共同撃破したとして経験値の分配が行われたと考えるべきだろう。
「よし最終実験開始だ」
「……最終?」
 怯えた目でまだ何かあるの? と訴えてくる幼女に「大丈夫。何の危険も無いし、実験はこれで最後だから」と言い聞かせる。
 そう嘘は言っていない。『実験』は最後なんだ。ただその後に本番が待っているだけで騙す気なんてさらさらない……訳が無い。
 違うんだ。ベテランが初心者を連れて山登りをするときに「もう少し」を連呼するようなもので、別に嫌がらせでやっている訳じゃない。
 人間は「もう少し」なら頑張れる生き物だ。しかし疲れ切って弱音が出たところに「まだ半分も来てないな」等と事実を言っても心を折るだけだ。
 登頂をさせてやりたいからこそ「もう少し」という言葉が出るんだ。
 別に初心者のせいで登頂せずに引き返すのはやってらんねぇから、とりあえず「もう少し」を餌に限界を突破させれば良いよな? なんて考えている訳では無い……訳では無い。
 それだけは断言出来る。何故なら空手部でランニングで「死ぬ」とか抜かしている新入部員に「もう少しだから」なんて糞ったるい言葉を口にした事など無い。
 心の命ずるままに「生きている内は黙って走れ」としか言わないのだから。
 俺が新入部員の頃、大島に「喜べ、走り続けている内は生かしておいてやる」と言われたのに比べたら遥かに優しいよな?

 近くの一番高い木に近寄って、どさくさで【所持アイテム】内に残っていた登山用のザイルを幹を一周させて結びつける。
 そして幼女をザイルが引っ掛かった太い枝の上に腰かけさせると、ザイルと幼女の腰紐をカラビナで繋げて落下防止策を講じると。
「ちょっと、ここで静かにしていてね」
「あぅ……」
 心細そうに、俺の服の肩の辺りを握って放さない……自分の中で何かが50万周期の時を超えて蘇ってしまいそう。
 前田や2号なんかと違って女の子に、ここまで懐かれて頼られると心が弾むね。空だって飛べそうな気分になる……飛べるけど。
 実際は「こんなところに連れて来たんだから最後まで責任を持て馬鹿野郎!」なのかもしれないが、事実を知って落ち込むのは出来るだけ後の方が良いし、更にいうなら気づかないで済む方がずっと良い。

「これから起こる事をしっかり見て、そして覚悟を決めて欲しい。生き残るためには闘わなければならないという現実を」
 実際のところ俺が覚悟を決めれば、幼女は闘わなくても生きていけるだろう。
 現実世界に戻って両親を説得し学校を休んでインドまで飛んで連れ帰れば良い。
 だがそれは幼女にとってベストな結果をもたらすとは思えない。そもそも幼女にとってのベストが何なのかが分からない。この辺りは人生経験の不足という面が大きい……という事で父さんと母さんに丸投げかな?
 やはり俺はやるべきことはレベリングだ。明日になったら幼女が現実世界で死んでいたなんて嫌だぞ。
「う……見てる」
 小さく頷く。多分、これから起こる事など何も分かっていないだろうに……つまり俺、信頼されてる。

 果物を一つ渡して「これが食べ終わる前に終わる」と言い残して地面へと降りていく。
 音も無く着地したはずだが、オーガは何かを感じたんだろう鋭くこちらを振り返り、威嚇の唸り声を上げる。
 【光明】を4つ発動し周囲の木の幹に光を灯す。
 オーガは突然の明かりに明暗順応が追い付かず武器の棍棒を持たない左手を目の前に翳すが、俺はその隙を突かない。俺の中の闘争本能が「今だやっちゃえ!」と命じるが突かない。
 これから行うのはレベルアップを果たした人間がどれほど強いのかを幼女に分からせるための戦いなので隙を突いて楽勝では駄目だ。

 ブルース・リーの様に、顎をしゃくらせて掌を上に向けて差し出し、人差し指から小指の4本をくいくいと2度起こして挑発する。
 オーガはブルース・リーの物真似は分からなくとも、舐められていると理解したのだろう。その巨体に似合った長大な棍棒を振り上げると風と喉を唸らせて打ち付けてきた。
 ほぼ真上から降るように落ちてくる棍棒を「我生涯に一片の悔いなし!」と突き上げた拳で打ち砕く。
 ……この体格差が良い。今の一撃が真横から薙ぎ払いであったなら、どんなに俺が強くても受ける事など不可能。ホームランボールの様に吹っ飛ばされる。
 しかし、上から下への攻撃なら常に大地が俺の味方をする。そしてそれはこちらが攻撃に出ても同じだ。
 爆発でもしたかのように吹き飛んだ棍棒からの反動で仰け反ったオーガの足元に素早く潜り込むと、斜め上へと蹴り出す左の『ローキック』で脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)を2本まとめて4つにへし折った。
 大島が教えるローキックは2種類ある。上から斜め下へと蹴り下ろす普通のローキックと、下から斜め上へと蹴り上げるローキック。
 そして多くの場合は後者を使う。
 下から斜め上に蹴り上げると相手が膝を上げれば力を逃す事が出来ると言うが、その場合は大島は逃がさずそのまま相手の脚をすくい上げてバランスを崩し、時には転倒させる。
 そして相手が膝を上げて防御しなければ難なくへし折る。更にいうと本気を出せば相手が膝を上げて防御しても、そのままへし折るのが大島クオリティー……

 右脚を折られて倒れ込みながらも左腕を振り上げて叩き付けようとするが、万全の体勢から振り下ろした棍棒すらも破壊されたのに無駄な事をと思いながら、再び「我生涯に一片の悔いなし!」と突き上げた拳で掌底部を粉砕し、有頭骨から舟状骨までのビリヤードのラックの様に組まれた8つの骨を、ブレイクショットの様に掌と言う名の肉袋の中にぶちまけてやる。
「ぐわぁぁっぁぁぁぁっぁっ!」
 起死回生の一撃を心と共に打ち砕かれたオーガは戦意を失い痛みに転げまわるが容赦せず、残りの右腕と左足を破壊する。そして改めて四肢が完全に動かせない様に肩の付け根と股関節を破壊して、仕上げに【昏倒】で眠らせる。

 目の前で起きた惨劇に口をパクパクしている樹上の幼女の元に戻り、残酷な告知を行う。
「止めはアムリタ、君が刺すんだ」
「え゛っ?」
 この幼女もまたア行濁点の使い手だったようだ。
「俺達は魔物を殺す事で強くなれる。だから他の命を奪っても強くなり生き残る。その覚悟を示すんだ」
 自分が6歳の頃は、平和な日本でのほほんと暮らし、危機感と言えるほど強い感情は実の妹に抱く位だった癖に、自分よりもずっと過酷な生活を送って来た6歳の幼女に何を言ってるんだろう? ……そんな疑問もあるが、彼女が過酷な環境に生きているからこそ必要な覚悟だと思う。
「あぅあぅ……怖い……」
 自分の限界を超える恐怖に怯えているのだろう。目から涙がポロポロと零れ落ちていく……やっぱり無理だね。6歳児に何を要求しているんだ俺。幼女をこんなに泣かせてしまって。
 何か流れと言うか勢いで行けるような気がしたんだけど気のせいだったね。
 ……気のせいだったねじゃねえ! だったらどうするんだよ!

 そうだ目隠しして「そう、そうそのまま……ああちょっとずれちゃったから構えを右に戻して、今!」とかやるなんてどう……結局やるこたぁ同じだよ。殺しだよ。割と人間っぽい大動物の殺害だよ。
 日本一殺伐とした中学生集団である我校の空手部。その主将たる俺ですらゴブリン討伐には思うところが無かった訳では無い。外見の余りの醜悪さに猿以下と自己暗示する事で乗り切った位だ。
 なのに幼女だよ幼女。お前6歳の頃にそんなことしたか? かつてお前にそんな事をさせる大人が居ましたか? どうなんですか隆君!
 脳内会議で繰り広げられる激しい隆君パッシングの嵐……はいはい、反省しました。これからは性根を改めて真人間として……違う! やはりレベリングは必要なんだ。

 このままでは現実世界で明日を迎えても俺には幼女を身柄を確保する事は、親の説得とか抜きにしても不可能なんだ。
 幼女には自分が住んでいる──果たして住んでいると言って良いのか分からないが──町の名前を宿でも聞いたが分からないとの事だった。
 5歳でストリートチルドレンとなり、生きるだけで精一杯だった幼女が知らなくても無理はないのだが、分からないと捜し出すのは無理だ。
 オリジナルシステムメニュー保持者同士ではパーティーも組めないので、マップ情報が共有出来ない。
 国籍がインドだと分かっているだけでインドの何処に住んでいるのかは分からないのだから、一日中インド上空を飛び回っても見つけ出すのは難しいだろう。
 ならば幼女の身柄を確保する最短ルートは、明日現実世界での自分のいる場所をワールドマップで確認して貰い。夢世界での明日にその情報を得て、更に翌日の現実世界で幼女を確保する事になる。
 つまり幼女は後1日半はストリートチルドレンとして自力で生き延びる必要がある。
 しかもそれさえも、父さん達の説得に成功し、父さん達が合法的に幼女を引き取る何らかの方法を即見つけ出したらという無茶な条件での最短時間だ。
 多少なら今まで1年間過ごしてきたのだから多分大丈夫だろうという考えもあるが、だが所詮それは「多分」に過ぎない。
 心配すらさせて貰う事も出来ずルーセは居なくなってしまった……あんなのは2度と御免だ。

 その点、レベル70までのレベリングに成功すれば日本とインドでも【伝心】で意志の疎通が可能になる。そして【所持アイテム】も現実世界と夢世界で共通化されるので、こちらの世界で食料や必要なものを渡しておけば、現実世界でもそれを取り出す事が出来る。
 更に【坑】シリーズを使いこなせば地下に簡易住居を作る事も出来るので、生きるという事について心配は無くなる。


「頼む。俺の為だと思って我慢してくれ」
「あぅぅ……隆の?」
 ちょっと鼻水が垂れていたので、ティッシュで拭いて上げてから答える。
「そう俺の為だ」
 出会って数時間の幼女にここまで入れ込むのは全て俺の都合だ。小さな子供を守れないような奴は男じゃない。そんな時代遅れの感情が根底にあるのは確かだが、その感情を強くしたのはやはりルーセが原因だ。
「俺の為に頑張ってくれないか?」
 本心からの言葉だが、これって「そうしてくれるとお母さん嬉しいな」作戦だ。
 子供に何かさせる時によく使われがちな「貴方の為なんだからやりなさい!」作戦に対して子供を追い込まないので、子供からすると反発心が芽生えないので受け入れやすい提案である。
 母さんが良くやる手なのだが、俺が「これって上手く乗せられてないか?」と気づいたのは10歳の誕生日まで半年の時点だった……小学生の頃はとても純真な子供だったんだよ!

「……やる。頑張る!」
 そう言わせてしまったという罪悪感。肩を震わせ拳をぎゅっと握りしめ、小さな身体中からありったけの勇気を振り絞らさせてしまった事に胸の痛みを感じる程度の良心は俺にだってある。
 だがそれ以上にほっとしている。
「ありがとう」
 そう言って手を伸ばして彼女の頭を撫でようとして思い出した……インド人にナデポは通用しないという事を。
 つうか、インド人の頭を撫でるのはタブーだよ。実際は欧米文化の影響を受けてそんなにうるさい事は言わないようだが、5歳でストリートチルドレンとなった幼女がどう思うかは俺には分からない。
 とりあえずハグはOKみたいなので、軽く抱きしめて背中をそっと叩いた。
「頑張るから……」
 語尾は俺の耳をもってしても聞こえなかったが嫌がっている様子は無かったので続行。

 やる気さえ出して貰えたなら、途中で怖気づく要素が少ない方法を使えば良い。
 幼女を再び抱き上げて樹上から降ろすと【所持アイテム】から槍を取り出して差し出し「これを収納してくれ」と告げる。
 『何で?』という顔をしながらも頷き手を伸ばして槍に触れた瞬間に消えたので、収納は問題なく使いこなせるようだ。

 そして大音声で鼾を立てて寝るオーガの前へと連れて行くと、漁師が銛を構える様に右肩の上に拳を構えるて見せて「この格好をして」と言って、同じ構えを取らせる。
「拳は完全に握り込まないで、これくらい開いて」と親指と人差し指で円を描いて見せたり、構える向きを細かく調整した上で「先程の槍を頭に思い浮かべながら装備」と念じてみて。

 ……エライ事になってしまった。
 自分の手の中に現れた槍が正確にオーガの頭を貫くのを見た幼女は悲鳴を上げ、腰を抜かしてその場にへたり込み失禁した。
 俺って奴は、ルーセに続いて……教えてくれ、俺はあと何人の幼女にお漏らしさせれば良い?

 幼女は騙されたという悔しさと羞恥心に耳まで赤くし、俯きながら俺の腹の辺りを可愛らしくポカポカ音を立てて殴り続けるが、突然ポカポカがドゴドゴに変わり、3発に1発位の頻度で拳が鳩尾を捉えると流石にダメージが来る。
 レベルが一気に上がったのだろう。
 多分、10には届いていないだろうが7か8か9のどれかくらいだろう……これでレベリングが出来る!
 何せシステムメニュー所持者を勇者様に仕立て上げようと企んでいるんじゃないかとしか思えないデフォルト設定なので、特に恐怖心へ克己は重要なのだろう。
 これが無ければ、最後の止めだけとはいえ幼女をクラーケンに立ち向かわせようなんて発想自体が生まれない。
 ニヤリと笑みを浮かべた途端、鳩尾にいい感じにクリティカルヒットを貰い地面に跪かされてしまった。


 その後、レベルを確認した後に現在の身体能力を認識させるために、いつも通りのジャンプをして貰った。
「自分が強くなったのは分かる?」
 俺の言葉に強く頷いた。幼女のレベルは予想の範囲で8だったが、試しに跳んでみて軽々と俺の頭の上を飛び越えることが出来れば嫌でも状況認識が出来るというものだろう。
「この調子で次もいける?」
 幼女は頷くものの、流石にこのままはクラーケンとは駄目かなと思い直す。時間は無いがせめてオーガをもう何頭か狩ってからの方が良い……また失禁されても困る。
 レベル10台中盤までもっていけばハイクラーケンに止めを刺す程度の胆力は身に付くと良いな~せめて漏らさない程度には身に付いて欲しい。
 だけど難しいな。単に精神的な衝撃やストレスに対して強くなりましたというのは良くない。色んな経験を積む事で様々な事態に『慣れる』事で身につく強さが人間には必要だと思う。
 恐怖を感じないとか絶対におかしい。そんな奴は意味も無く危険を冒す事になるだけだ。
 恐れてもなお立ち向かう勇気……こう言うと格好良いけど、その根幹にあるのは恐怖と向かい合える慣れだと思うんだよ。

 追加のオーガ狩りはサクサクと進んだ。
 やはりレベル8までデフォルトでレベル上げをすると人が変わる。元々魔術・魔法に興味津々だけにレベルアップへのモチベーションは高かったのもあってかなり積極的でむしろ怖いくらいだ。
 延長戦で4体のオーガを倒してレベルは14。同じオリジナルシステムメニュー保持者としてはレベルアップが遅い気がするが、それは自力で倒し続けた俺に対して、止めだけを刺している幼女との違いで、止めだけを刺す場合は総経験値量に対して8割程度しか取得でき無いよう為だった。

「次はもっと大物を狩る事になるけどやれるか?」
 俺の質問に力強く無言で頷く。その顔はとても幼女とは思えない凛々しい男前の雰囲気を醸し出していた……おっと、これ以上は駄目だな。レベルアップ時の【精神】のパラメーター関連の変動設定をしなければ、幼女ではない何か別の生き物になってしまう。
 可愛い幼女が怯えて涙目になって、それでも頑張って立ち向かうのが視聴者の感動を誘うのであって、血風が吹き荒れる様な惨状の中で眉一つ動かさず両の眼に決意の光を湛えるのは違う。手遅れかもしれない。レベル10くらいで止めておくべきだったかもしれない。だが今後次第で何とかなるのが人の心だ……


 入り江を一望する断崖の上に着地すると【迷彩】を解いて幼女を地面に降ろしながら、光属性魔法レベルⅤの【大光球】を頭上に浮かべる。
 この【光球】シリーズは一番最初の【光球】ですら光属性レベルⅣと覚えるのが遅いが、物体を光らせる事しか出来ない【光明】に比べると球状の光を作り出し自由に位置を動かす事が出来る優れもので、俺の中では【光明】の上位互換として認識している……あまり使わないけどな。
「まず、これを収納して」
 明かりを見上げて「おぉぉぉぉ」と感嘆の唸り声を上げる幼女に告げると【所持アイテム】内から火龍との戦いに使った20m級の丸太よりも長い30m級の丸太を取り出して地面に転がした……見事な大物だ。
 幼女は迷いなく丸太に手を伸ばして収納すると、俺が注意する間もなく槍を構える格好をすると【装備】を実行してしまった。
 その果断さに、少しは考えろよと思う。
 幼女は現れた丸太の重さに一瞬たりとも耐える事は出来ず、手放すと前のめりになって激しく顔から地面に倒れ込んだ。
「痛い……」
 鼻血と涙を流す幼女に、屈みこんで顔の前に手を翳して【中傷癒】をかけてやる。
「……痛くない?」
 驚く幼女の顔と手に付いた鼻血を【水球】を使って洗い落とす。
「血も出てない!」
 鼻の下を擦って血が付いていない手を見てまた驚く……初めてこの世界に来てシステムメニューを知った時の自分のはしゃぎっぷりを思い出すと、そんな幼女を生暖かい目で見る権利など俺にないのだ。

「ごめんな。まず最初に注意しておけば良かった」
 幼女なら飴でも用意しておけばご機嫌取りが出来たのだろうが生憎持ち合わせていない……飴か、例のカロリー汁も飴に出来たら……検討する価値はあるな。
「もう痛くないから大丈夫」
 とても前向きだ。幼女には魔法使いになって色々やらかす自分の姿しか見えてないのかもしれない。

 再び幼女に丸太を収納して貰ってから手本を見せる事に知る。
「このサイズになると取扱いに注意が必要だけど、逆にこのサイズだからこそ出来る使い方もあるんだよ」
 そう言うと、20m先にある断崖の縁から5m手前を狙って丸太を右肩に担ぐイメージで装備する。
 次の瞬間、出現した丸太は目標地点を貫き崖の斜面まで抜けた。
「丸太は重いから装備したらすぐに収納するのが大事なんだよ。そして更に!」
 構えをそのままにパノラマ写真を撮る様に、水平方向の角度を維持しながらゆっくりと身体を右へと捻りつつ1/100秒ごとに収納と装備を繰り返していく。
 これが昼間ならば貫通して出来た穴から天気次第では鮮やかな青い海が見えただろうが、残念ながら黒い穴が横へと広がっていくだけだ。
 そして穴は5mの長さまで成長する直前で、音を立てて海へと崩れ落ちて行った。
「ここまでやれるようになれとは言わないけど、こいつを的に打ち込めるように──」
「…………おぶおぶ」
 レベル14の勇者様仕様の精神をもってしても、目の前で起きた事実を受け止めかねるのだろう。
 幼女はどこぞのシュールなカワウソの様な声を上げながら身体ごと右へ左へと振り返りながら怪しい挙動を見せる……まだ恐れを感じる人間らしさが十分残っている事にほっとした。


 これから戦う事になるクラーケンの弱点が目と目の間で、そこに丸太を打ち込むんだと教えてから幼女を左腕に抱き上げて海上へと出る。
 雲の切れ間から零れ落ちる月の光が、波間に反射する僅かな輝きが暗闇の中で辛うじて見えるが、幼女の目には何も見えていないだろう。
「それじゃあ始めるよ」
 先ず【大光球】で海面付近に4つの光の珠を発生させる。タコは知らないがイカには正の走光性──光に向かって集まるのが正の走光性、逆に光から逃げるのが負の走光性──があるので、タコ7、イカ3くらいの見た目なので、クラーケンの中に息づくイカ成分を信じての行為……ではなく、単に自分の視界を確保するのが目的だ。
 【大光球】の上位魔術も存在するが、光源から100mくらい離れた位置で太陽光に匹敵する明るさって使い道が無さ過ぎる。

 クラーケンをおびき寄せる方法は臭い。そこでオークの死体を10体投下。
 海面に叩き付けられてから30秒ほどで浮かび上がった死体をロックオンすると、先ほど集めておいた崖っぷちを砕いた時に出来た手頃な大きさの破片を連続で射出する。
 拳の2倍ほど岩の破片が音速でオーガの胴体に吸い込まれると、次の瞬間に血煙を上げて弾け四散した。
 驚いて俺の首にガッチリとしがみつき耳元で「おぶおぶ」と再びカワウソのモノ真似を始めた幼女に生暖かい視線を送り続けたのは仕方のない事だろう。

「そろそろ来る」
 中々混乱から回復しない幼女の背中に右手を回して優しく叩いて正気づかせる。
 そして「何が?」と言いながら俺の指さす方向を見た次の瞬間。オーガの血肉の臭いに引き寄せられて奴が現れる。
「ドーン!」
 擬音でも何でもなく、そのままの音を立てて海面を突き破り、その衝撃で大気を振動させ、水煙の中から現れたのはクラーケン…………いや、ハイクラーケンでした。

 前回倒したハイクラーケンに比べるとかなり小型でギリギリハイクラーケンの領域に踏み入れたといった感じだが、マップ上のシンボルには紛れも無く『ハイクラーケン』と表示されている。
 ハイクラーケンが相手ならと、圧縮した魔力の塊を作り出して……? あれれれれ、内に左の脇腹の辺りに生暖かい液体が垂れていくよ。

 ええい! 相手がハイクラーケンなら幼女の失禁など気にしている暇はない。
 時間をかければ厄介な雷を落とし始めるので、先手必勝しなければ電気伝導性の高い電解質溶液(尿とも言う)塗れの今の俺と幼女は良い的となるだろう。
 改めて圧縮した魔力の塊をハイクラーケンの周囲に送り込んでおく。

「本当に目が良いいな」
 既にハイクラーケンは俺達の存在を認識しているのだろう。体表の色を激しく変化させる警戒信号を発するだけでなく、その巨大な目がこちらを睨みつけている。
「きれい」
 幼女は無邪気に目を輝かせている。ちびった癖にアレを綺麗だと思う余裕を取り戻しているのか? いやむしろ混乱している可能性が高い。アレが綺麗だと俺にはとても思えない。

「来るぞ」
 音速で飛んできた触腕が、10音速の3倍で射出された足場岩に撃たれ、僅か10m手前で爆散する。
 直後、幼女の腰をぐっと絞めると足元に足場岩を出して蹴ると、飛び散った無数の触腕の破片を目隠しになる様に間に挟んで後方に飛び退く。
 そしてシステムメニューを開いて時間停止状態を作り、周辺マップ内でハイクラーケンの各脚の付け根部分をロックオンすると一斉に足場岩を射出する。
 素早く動く足先の部分ならともかく、ほぼ動く事の無い脚の付け根に対してロックオンは有効で、それぞれに自分で狙いを付けた訳でもないのに【射出】と念じるだけで、撃ち出された足場岩は次々と目標を捉えて吹き飛ばす。
「おうっ!」
 次の瞬間、俺と幼女を掠める様にして巨大な触腕が通り過ぎる。
 命中より先に巨大な質量が撃ち出されては止まる訳も無い。しかしあれだけの質量を撃ち出す力の反動を受ければハイクラーケンの本体はひっくり返るなどの影響を受けそうなものだが、全くファンタジー生物は度し難い!
 罵りながら、更にクラーケンの胴体の正中線──と言って良いのか分からないが──に沿って足場岩を5発打ち込む。
 着弾の衝撃で、それほど強度の無い足場岩は砕け散りながらハイクラーケンの体内に飛び散りダメージを広範囲に広げ、体内の重要器官を破壊していく。

「しかし、これで死なねえのかよ」
 四肢断裂……4本じゃ済まないけど、その上に重要器官の多くが破壊され、脳ですら爆発的な圧力で破壊されていてもおかしくないのに、ハイクラーケンの両眼は鋭く俺達を見据えて離さない。
 だが俺は戦いの中にロマンチズムを持ち込まない。厨二病だから持ち込みたいけど持ち込まない。戦いの中で格好良い厨二っぽいセリフを吐きまくりたいけど自重します……だって主将なんだもの。
 死を前にしてもなお戦わんとするその意気に感じ入って反撃の機会を与えてやろうとか感傷じみた考えは格好いいけど、大島という厳しい現実を前に、そんな感傷は裸足で逃げ出してしまったよ。
 だから勝機は決して逃さない。一度握った主導権は最後の一滴まで絞りつくすまで手放さない……だから奴の両目を吹っ飛ばして視力を奪い取った。
 これで雷を落とすしか奴には手は無いはずだ。
 光速は30万km/s弱だが雷速は音速の400倍程度と遅い……ちっとも遅くねぇ!
 ビームを見て避けるロボットアニメの主人公じゃないのだから、雷光を見てから避けるのは不可能なので、ハイクラーケンの周囲に配置した圧縮した魔力の塊を破裂させる事で、雷が落ちる前に妨害するしかない。
 しかし止めを刺す幼女は、またもやカワウソの物真似で忙しそうだ。

 失敗の二文字が脳裏を過る。
 ハイクラーケンを俺が倒せばレベル179になりレベル180へリーチとなる。
 レベル180で属性レベルⅧが開放されるが、実際に属性レベルⅧの魔術を覚えるのはレベル181以降だが、その他にもマップ機能の強化がある予定なので楽しみだ……現実逃避している場合ではない。
 今日中に幼女をレベル70以上にするのは既定事項だ。
 どうする時間は無い。時間停止で考える時間が幾らあっても、ハイクラーケン自身の命はそんなに長く残っていない。最後の力を振り絞り一発雷を落としたら力尽きて直ぐにも死ぬ可能性が高い。
 その間に、幼女にハイクラーケンの止めを刺して貰う方法を考えなければならない。その為には幼女に正気づいて冷静になってもらう必要があるのだが、そんな時間は残されていない……あれ、俺って馬鹿? 幼女にもシステムメニューを開いて時間停止を行えるだろ。

 軽く幼女の額をデコピンで弾く。
「おぶおぶおぶおぶ……あうっ!」
 両手で額を抑えて、涙目で何をするだーっと訴えかけてくるが無視する。
「これからアイツに接近する」
 俺の言葉にビクリと身体を震わせる……心が折れている?
「奴は腕という腕を失い。このまま放っておいても死ぬくらいに弱っている」
「で、でも……」
「だが、まだ反撃の牙を失っている訳では無い」
「うう……」
「だけど、俺が奴に攻撃を許さない。アムリタの攻撃が届く場所へ何もさせずに連れて行く。絶対にだ……だから止めはアムリタが刺すんだ」
「……」
「怖いよな。システムメニューを開けば自分以外の全ての時間は止まるからじっくりと考えて答えを出して欲しい。戦うのなら首を縦に振って、嫌なら横に振ってくれ」
 そう告げた次の瞬間には幼女は力強く首を縦に振って頷いた。一体どのくらいの時間をかけて考え抜いたのかは分からないが、決して短い時間ではないだろう。その証拠に再び男前な目つきに変わっていた……だからそこまで行ってしまうの? もっと後戻り出来そうな場所で踏み止まれないの?

 幼女を肩車すると、術式崩壊限界ギリギリまで魔力を注ぎ込んだ浮遊/飛行魔法を多重起動し、足場岩を蹴ると同時に最大加速で突撃する。
 次の瞬間魔力がざわめく。ハイクラーケンが残された魔力を身体中から集めて雷を落とそうとしているのだ。
 ハイクラーケンの周囲に浮かべた魔力球を破裂させ、奴の魔力の流れを掻き乱し術式を崩壊させる。
 そして浮遊/飛行魔法最大出力で制動をかけ、同時に足元に出した足場岩をハイクラーケンの急所である目と目の間に蹴り飛ばす事でも制動をかける。
 ハイクラーケンの直上10mの位置で静止すると「あの岩を目掛けて丸太を打ち込め!」と叫んだ。

 幼女は俺の頭から両手を離すと太腿でぎゅっと俺の首を絞めつけ身体を固定すると……ヤバイ!
 いきなり何かが飛んでくる。速いが小さい物ではない少なくとも俺の身体よりもずっと大きい質量の物体。
 反射的に殴りつける。ありったけの【気】を使っての一撃。
 目の前で爆散したのはハイクラーケンが無理矢理に再生させたのだろう20m程度の触腕。
 本来の長さがあったら先端の速度は音速を超えるので拳を繰り出すタイミングを合わせる事は出来ても【気】を通すなんて真似は出来なかった筈だ……まあその場合は、時間停止状態から【所持アイテム】内の全てを取り出して盾にするので問題は無いけどな。
 しかしハイクラーケンの死すとも敵を道連れにしようとする執念は見習う必要がある。

「凄いレベルアップした」
 急所というか各腕ごとにある脳を司る中枢脳とでもいうべき存在を丸太で貫き止めを刺した幼女は見事にレベルアップを果たしたようだが、問題はそのレベルだ。
「何レベルになったの?」
「78!」
「良し! これで勝てる」
 うん、小なりとはいえ流石ハイクラーケンだ。しかも止め分の8割程度で、普通サイズの龍10匹分にも相当する経験値だよ。
「何に勝つの?」
「碌でもない現実って奴にだよ」
「?」
 何が何だか分からないといった風に首を捻る幼女。
「それじゃあ、ハイクラーケンを収納して宿に戻る……前に魔術と魔法の練習をしておこう」
「やったーっ! ……魔術と魔法って違うの」
 やっぱりそこから説明しないと駄目だよな。

 簡単に魔術はシステムメニューが提供するものでレベルが上がると覚えられる……微妙に便利だけど、色々と微妙なモノで、魔法は自分で覚えたり作ったりするモノだとザックリと説明をした。
 そして全てを説明するには夜も遅いので明日すぐにでも必要となる呪文だけを説明した。
 現実世界での明日に真っ先に使う【伝心】
 迎えに行くまでに身を隠して貰う場所を作るための【坑】シリーズ。【大坑】で作った入り口の横穴の先に【巨坑】で空間を作り、【光明】で明かりを確保し、入り口を隠せば隠れ家として十分だろう。
 そして隠れ家を作る場所まで移動するには浮遊/飛行魔法と【迷彩】のセット。
 それからついでに【傷癒】【病癒】【解毒】の薬箱セットをどうにか教え切った。幼女も途中で何度か意識を失いかけたが頑張って覚えた。


 結局寝てしまった幼女を抱いて宿屋に戻ると、幼女をベッドに寝かしつけてから【所持アイテム】内からマルを取り出す。
 背中をポンポンと軽く叩いて起こすと、マルは周囲を警戒するように耳を立てて、首を左右に振る……その理由はわかる。
『何で夜なの?』
 不信の目を向けるマルの当然の疑問に俺は答える言葉を持っていなかった。
『…………あれ?』
 じっと俺を睨んでいたが、ふと何かに気付いたようだ……何かって一つしかないけど。
『ここ!』
 ベッドの上に両前脚を載せて叫ぶ。
『何この子? どうしたの? マルの妹?』
 嬉しそうに尻尾で床を掃除しているところを申し訳ないが妹は無い。この幼女は俺の妹だからな!
『ちょっと訳あって助けた』
『訳って何?』
『悪い奴らに捕まっているところを助けた』
『……じゃあ家の子だ。挨拶しておこう!』
 ベッドに飛び乗ると幼女の顔に自分の顔を近づけるマルの上下の顎をまとめてガッチリと握り込む。
『疲れて寝ている子供をマルは無理矢理起こすのかな?』
『ま、マルはそんなことしない!』
 嫌そうに掴む俺の手の甲を前脚でポンポンと叩いて抗議しながら嘘を吐くので、握る手に更に力を込める。
『マル嘘吐いた。ごめんなさい!』
 自分の欲望へも含めて素直な事に定評があるマルだ。一応反省しているようなので『よしよし、ごめんなさいが言えて偉いぞ』と褒めながら撫でてやる……ちなみに俺は素直にごめんなさいが言えない性質だ。
 マルは嬉しそうに身もだえしながらベッドの上で仰向けになり、お腹を撫でてのポーズをとる。
 最近のマルは褒められると以前よりもオーバーリアクション気味に喜ぶ。
 以前は撫で方、声の高さと大きさ、顔の表情から褒められ具合を計り、そして漠然とどんな事で褒められたのかを察する事しか出来なかったが、【伝心】による意思疎通で、ピンポイントで褒められた理由が分かると嬉しいそうだ。
 とにかく叱られた凹んだ直後に褒められて有頂天となり、その落差に何が何だか分からなくなってしまったマルは俺を追求する気も無くし、撫でられて褒められてご機嫌のまま眠りに落ちた……チョロい。



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>上空12000mから見下ろすと、琵琶湖を大きく超える巨大なミシニワード湖が一望出来る。
上空から見下ろして視野角120度に収まる地上の範囲は、高度の4√3倍(7倍弱)の直径(つまり12000m上空の場合は83㎞強)の円となる。


>当社比
新製品と自社の旧製品との性能差を示す言葉だが、当社比何倍の数字が大きいと、前の製品は随分性能低かったんだねという事なってしまう諸刃の剣。

>これはもうジョパンニの仕業だよ。
 デスノートの登場人物。物語の最終局面において、一晩ありゃジェット機だって直らぁと叫んで、神経質な夜神月をも騙せる完成度のデスノートの偽物を作り上げ、夜神月へ決定打を与えたキラ事件解決の功労者。
 同時に多くの読者に「はぁ?」と言わせ、最後の最後で作品をぶっ壊した大罪人。
 一説には、ニアがデスノートに「ジョバンニ。一晩でデスノートの完璧なコピーを作成し、その後死亡」と書いたゆえに出来たとも言われる。

>加護持ち
78話で主人公は、この言葉に絡みルーセの記憶を思い出しかけた為に、精霊の加護という言葉も記憶から消されているという設定を作者自身の記憶からも消されていた……精霊恐るべし。

>帝国っぽ
水戸っぽだの薩摩っぽだのと、相手の出身地+っぽの言い回しは幕末モノでしか聞かない不思議。

>ライトサーベル
ライトセーバーではない微妙なパチモノ感……とても大事だと思います。

>バドミントン男子のトップクラスの選手のスマッシュの速さ
書いた時は300㎞/hを超えるくらいの認識だったけど、念のために確認してみたら公式試合で計測された最速は493㎞/hで茶を吹いた。

>日常的にそんな鍛錬をしていると歳を取ってから指の関節が曲がらなくなるそうだ。
まあ、これも作者自身の事なんだけどね……温泉通いして改善したけど、一時は第一関節から先と第二関節から下をくっつけらない状況で、箸遣いも満足に出来ずご飯ポロポロこぼしていたよ。

>キロ・マスカラス
疑い様も無いほどミル・マスカラスのパチモノ。
ミルは千を、マスカラスは仮面の複数形を意味するスペイン語。
ミルフィーユというお菓子も、スペイン語と同じくラテン語を源流とするフランス語で千を意味するミルが使われている。
ミルをキロに変えてパチモノ感をかもしている。
額の一文字がKではなくkなのは、千倍を意味するキロの表記は小文字のkとお約束で決まっているからで、大文字Kは普通温度の単位であるケルビンを意味する。
ちなみに1kBは1000byteで、1KBは1024(2の10乗)byteで読みもキロバイトではなくケーバイトと読むのが正しいとのこと。


>朝鮮語
マスコミは何故か韓国語という言葉を使うが、北朝鮮でも同じ言葉を使ってるのに韓国語というのはおかしな話で、歴史的・文化的に考えて朝鮮語が正しい。
特にNHKが朝鮮語をハングルと呼称するに至っては、さっさと民営化して経営に失敗して潰れるか、国営化して政府の管理下で公務員給与水準で働けと思わずにはいられない。

>どこぞのシュールなカワウソ
「ぼのぼの」の主人公、ぼのぼのの事。
主人公が間違ってカワウソと思い込んでいるだけで実際はラッコ。
作者もしばらくカワウゾだと勘違いしていた。普通アライグマやシマリスの友達がラッコ? って思うよね。


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