いつもの様に異世界での朝が始まる。
俺の隣には大人しくルーセが寝ている。毎朝こうだと楽なんだけどな。しかし何時もは俺が寝た後に忍び込んできたのに昨日は普通に一緒にベッドの中に入ってきて寝たよな……余りに自然な態度だったので咎める事も無く一緒に寝てしまったのだが、俺ってロリコンどころかペドへの道を順調に進んでない?
だがルーセの無垢な寝顔を見ていると癒される。本当に寝ているときは天使だね。
ここ数日、現実世界では汚いものを見せられすぎた。
ロリコンの鈴中。ロリコン教師が世間を騒がせる事は多いが、ロリコンが教師になるのではなく、教師と言う職業が人間をロリコンに変えるという説を俺は信じている。自分の周りに居る女性の多くが、本来対象外の中学生ばかりだったとしたら「まあ、女子中学生でも良いか」と妥協して道を誤る教師も出るのも仕方ないのではないだろうか? ともかく学校や文部科学省は教師が過ちを犯さないように出来るだけ若い内に結婚させるよう圧力を掛ける職場環境を作るべきだと思う。
そして中島。若くて美人である北條先生に薄汚い獣欲を抱いたのなら理解出来る。むしろ変な噂を流されたくらいで彼女を敬遠する男性教師達や男子生徒達にチンポが付いているのか疑問を感じるくらいだ。
だがセクハラが原因じゃないとするなら、鈴中を使ってまで北條先生の悪い噂を流して校内で孤立させようとする奴の執拗さは何処から来ているのだろう?
この件には何か大きな謎が隠されている気がする。そして俺はより汚い現実をみる事になるのだろう……というと何処かのハードボイルドな探偵みたいで俺の厨二心をくすぐる。
「おはよう」
目覚めたルーセが子猫の様に細めた目をこすりながら挨拶をする。
「おはよう」
俺も朝の挨拶を返しながら、彼女の明るい栗毛の髪の中に指を挿し入れて撫でるように梳る。
「今日はレベルアップ?」
「うん。そうだよ……昨日の練習を生かした戦い方をしてね」
「わかった。ルーセ頑張る」
火龍討伐までのスケジュールが決まったことで前向きになっているのが助かる。
「じゃあ、今日も頑張っていくか」
ルーセを抱き起こしてからベッドを降りると、背中に飛び乗ってくる重みがずしり。
そのまま上へと登ってくるのを放っておくと両肩の上にしっかり座って頭の上に両手を置かれる。
「出発しますよお嬢様」
「うん!」
裏庭の水場まで肩車でルーセを運ぶ……なんて事は無いが、ほっと心の安らぐ時間だった。
朝食を終えた俺達は、村を出ると森の奥深くまで入った。
長剣を振り回して大型の獲物をぶった斬る様子を見られるのも色々と問題かと思うが、それ以上にルーセの長剣が何処から持ってきたのかと聞かれるのが困る。
俺がこの村に来た時は、2体のオークの死体を草のソリで引っ張り槍を担いでいた。長剣など持ち込めるはずもない。それにこんな小さな狩人達の村で長剣なんて売っているはずも無いのだ。
「今日はルーセの大好きなレベルアップです。オーガなどの大型の獲物を中心に狩りますが、先程も言ったように力技にならないように注意して狩りを行ってください」
「分かりました!」
今日の目的がレベルアップのためテンションの高いルーセは、長剣を頭上に掲げて元気の良い返事が返えす……本当だろうな。イマイチ信用出来ない。
ふとルーセの長剣に目をやると、全く刃毀れが無い事に気付く。オーガ、トロールさえも骨ごと両断にするルーセの蛮用をもってしても刃毀れしないとは、俺の初期装備って本当は凄いものだったのかもしれない。
【装備品】や【所持アイテム】での物品の説明も切れ味がいいとか、とても丈夫とか品質に対する説明があっても良いのに、何処か不親切と言うよりは、そこまで親切にしてやる義理はないよと突き放している感じがする。
「じゃあ、行くか?」
「おう!」
既に森のかなり奥まで踏み入れているので、何度もオーガに遭遇して倒しているが、やはりトロールは狩り尽くしたのかもしれないと思うほど出会わない。
「ところで気になったんだけど?」
「何?」
「この森ってオーガが多いよね。オーガが何匹も来たらコードアの皆はやはり避難するの」
オーガはネハヘロでは現れたという情報が入っただけで代官が逃げ出す騒ぎになったほどの魔物だ。
コードアの住人達の多くは屈強な狩人達だが、彼らの獲物は弓であり頑強な肉体を持ち、戦闘意欲の高いオーガに対しては無力とは言わないが、有効な武器とはいえない。
「村は臭いから大丈夫」
「臭い?」
「むぅ。リューは鼻が悪い」
「……もしかして、あの変な臭いのこと?」
確かに最初に村に入った時に、何と表現するべきか、甘いようなすっぱいような香ばしいよなともかく奇妙な臭いがしたのは憶えている。
「そう。エルピトルムの実の臭い。砕いて潰して巻くと魔物は嫌がって寄って来ない」
「寄って来ないって、臭いを嗅いだら苦しむとか?」
「そこまで効かない。嫌がるだけ」
一瞬、火龍の巣にぶち撒けたらどうなるかと思ったが、それじゃあ単に巣に寄り付かなくなるだけで火龍の居場所が分からなくなるだけでメリットが無い。
「そうか……どうやらお客さんが来たみたいだ」
此処まで森の奥に入ると、広域マップも6割以上が未表示になっているが、逆にルーセはオーガが多数生息する森の奥まで弓一つを武器に狩りに来ていたという事だ。狩人としてのルーセの腕と経験は凄まじいものだと改めて実感する。
「リュー行こう」
「はいはい」
「はいは一回!」
……それって異世界でも言うんだね。
「ここから北は行ったことが無い」
ルーセの言葉通りに、広域マップでは北より上は全て未表示状態になっている。
「この先は駄目。村ではそう言われている。でもルーセはリューと一緒なら行けると思う」
常人である村人達が危険と判断する場所でも、異常人である俺とルーセなら何とかなる可能性は高い。勿論、火龍クラスの魔物が出てこない事が前提だけどな。
「一つ聞きたいんだけど、この先には何が生息してるの?」
「グリフォンにワイバーン」
両方とも俺もゲームとかで知っているメジャーな魔物だ。
グリフォン……確か鷲だか鷹の頭と翼を持つ獅子だったよな。尻尾が蛇だっけ? ……それはキマイラ?
ワイバーンはあれだ。実際の翼竜と同じく腕が翼に進化した小型のドラゴンだな。
「そいつら空飛ぶでしょ?」
「うん、飛ぶ」
「俺飛び道具もって無いんだけど? ……持ってても使えないし」
いざとなったら矢が当たるまでセーブ&ロードという方法もあるが、俺自身でさえ面倒な上に、今はルーセを繰り返しに巻き込む事になるから、グリフォンやワイバーンに矢が当たる前に、我慢の限界を超えたルーセに俺が殺される可能性が高い。
「ルーセが射落とす。リューが止めを刺す。何の問題も無い」
そう断言するルーセからは何の迷いも感じられない。相変わらず男前過ぎる。
「分かった。だが無理はしないよ」
「うん!」
「……つか無理じゃない?」
山肌から崩れた瓦礫によって森が開かれた場所で、上空を舞うワイバーンの5体の群れに思わずそう呟く。
上空50mを超える程度の高さを体長5-8mほどの巨体が旋回する様子は戦意を喪失させるには十分だった。
「やる!」
俺の言葉を無視すると、ルーセは気合を込めて矢を放つ。
矢は吸い込まれるように、1頭のワイバーンの右翼の羽を支える3本の翼枝──指が変化したものの真ん中の1本を射抜いた……相変わらずの女ゴルゴ。いや大幅なレベルアップもあり、もはや神の領域に達した感もある。
翼の膜が捲くれ上がり飛行姿勢を保てなくなったワイバーン錐揉みしながら落下を始め、俺はその落下点を目掛けて走る。
そのまま落下すれば致命傷だろうが、ワイバーンはもがく様に翼を操り落下速度を落とす。
「畜生!」
俺は走りながら足元の瓦礫をすくい上げるとワイバーン目掛けて投げる。
砲丸並みの重さはある瓦礫は真っ直ぐワイバーンに向かって飛ぶと、首の付け根の辺りぶつかりバランスを崩して再び落下した。
僅か3-4mほどの高さだったが、着地と墜落の違いは大きい。瓦礫の上に倒れ、翼を不器用に使いながら起き上がろうともがくワイバーンに走り寄るとそのまま首に斬りつけて刎ねた。
かなり丈夫な鱗に守られた直径50cmを超える首を一刀両断か我ながら凄い事になったものだと考え、戦いへの集中が逸れていた。
「リューっ!」
ルーセの叫びとシステムメニューのエンカウントアナウンスに上を見上げると、2体のワイバーンが絡み合って俺の上に堕ちて来る。
システムメニューを開くが、俺に頭上3mくらいで全力で避けても間に合いそうも無い。しかも起きてから1度もセーブしていない……俺の馬鹿野郎!
こんな状況でも落ち着いて考え状況を整理出来るのはシステムメニューの最大の利点かもしれない。
絡まり合って堕ちてくる2体のワイバーンを観察する。
50mほどの高さからの落下する……そうだな翼竜なので体重は軽いとしても2体で1tは軽く超えるだろう。約50mの高さからの自由落下による加速状態だったとすれば10m/s弱に加速しているはずだから3mなら0.3秒足らずで俺の頭に直撃する。ワイバーン同士の衝突によるロスやその形状による空気抵抗の大きさを考えればある程度の減速を期待できるが0.4秒あれば御の字だ。
今の身体能力を持ってしても棒立ちの今の姿勢からでは避ける事は無理であり、激突されて生き残るのは無理だ。
だが俺にはまだ選択肢がある。
ロードだ。うん間違いなくセーブしていなかった事を、俺と同じく巻き戻し時に記憶を引き継いでしまうルーセから叱られるだろう。戦いの途中で集中を切らした事と合わせて滅茶苦茶叱られるだろう。だからパスだ。
そして俺が選択したのは【大水塊】だった。直径3mくらいの水の球を生み出す魔術で、俺は【水球】【水塊】からのつながりに対して、水の球を浮かべるのに必死と批判したが、またもや頼りにしてしまった。
堕ちてくるワイバーンを包み込むように【大水塊】を発動。
直径3mの巨大な水の球が顕現と同時に破裂して飛び散るが構わず再び【大水塊】を発動。
同様に水の球は顕現と同時に破裂する。そして耳を塞いで目を閉じ、口を開いた状態で三度発動させた【大水塊】は僅か1mに接近した俺とワイバーンの間。両者を包むように顕現し、次の瞬間には弾け飛ぶ水に押されて俺の身体は吹っ飛んだ。
一瞬の意識が飛んだが、2つの【大水塊】に衝突した事による大幅な減速と、最後の【大水塊】が直接的な衝突を防いだ事によって身体へのダメージはそれほど大きくは無かった。
すぐさま立ち上がると墜落した2体のワイバーンに向かうが、まだ周辺マップ上に赤いシンボルマークこそ残っているが、既に戦闘能力を失っているのは一目瞭然だった。
走りながら口元に堪えきれずに笑みが浮かぶ。己の命を危機に晒したあの瞬間、俺は悦楽に溺れた。その余韻が身体から抜けないのだ……我ながら狂っている。大島という異常かつ強力すぎる存在に影響を受けざるを得なかったと言う事にしておこう。俺は安全第一の小心で慎重な男なのに、こんな風になってしまったのはみんな大島が悪いんだよ。
上空を見上げると残り2体のワイバーンは、まだ上空で旋回を続けている。
「リュー! 残りまとめて落とす」
「分かった」
俺が返事を返すと矢継ぎ早ってこういう事なんだと思わず呆れるほど短い間隔で矢を2本放ち、翼にダメージを与えると墜落させる……なんかもう火龍もこれで倒せるんじゃないだろうかと思えてきた。
墜落した4体のワイバーンの首を落とすと『ワイバーン5体を倒しました』『レベルが2上がりました』と討伐とレベルアップのアナウンスが立て続けにやってきた。
これでレベルは37で目標までは3レベルか……
「リュー!」
いきなりルーセが飛びついてきた。
「馬鹿! 油断しちゃ駄目!」
左腕を俺の首に回し、右手で背中を掴んでしがみつくルーセの背中に手を回す。
「ごめん。心配か──いたぁぁぁたぁっ!」
首筋に思いっきり噛み付かれた。
「ごめんじゃない。反省が足りない」
一旦首から口を離して、そう言うと再びガブリと噛み付く。
「いたぁぁぁぁいっ! 痛いの! 本当に痛いから止めて! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
俺は首筋を齧られながら謝り続け、最終的には土下座する羽目になった。ちなみに土下座は「こっちが申し訳なく感じるから嫌」との事だった。
この日の成果によって俺はレベル39でルーセはレベル37となり、レベルアップの目標はほぼ達成したと言って良い状況になった……あくまでもレベル40は目安であり、レベル40になれば強力な魔術を憶えるとか、特別なスキルが身につくという事で目指していたわけではない。
だが、レベル38になった時についに『魔術:水属性Ⅲ/土属性Ⅲ取得』のアナウンスを聞くことが出来た。
もっとも憶えたのは【浄水】広範囲にわたる汚染された水を浄化する。浄化後の水は名水百選の上位に食い込む美味さ……名水百選って何処の何処の百選だよ! と叫んでルーセをびっくりさせる程度のもので、相変わらず戦闘時に余り役に立つ魔術は憶えられない。
どうせなら【巨水塊】とか出して【水球】シリーズを極めさせてくれよ……すっかり【水球】シリーズにはまってしまった自分がいる。