保存食で作ったシチューを食べてた後、、俺とルーセは火龍の巣穴へと向かう。
時間的にはまだ余裕があるが、実際に準備をしつつ問題点を洗い直すことを考えればいい時間だった。
先ずは竪穴の中で足場とする岩を設置する。
岩山の上の入り口から中へと降りる。
入り口から5mほど降りた先で、システムメニューの【装備品】上では投擲用の石とされている『岩』を装備する。すると穴の半分以上をふさぐ形で岩が出現した。
「これなら十分な足場になるな」
足場としての強度を十分に持っているか慎重に確認してから岩の上に全体重を移した。
全部を塞がないのは万一撤退する場合に、この隙間を通って巣穴のドーム上の部屋まで滑り降りて逃げることが出来るし、それにルーセからの合図をこの隙間を通して聞き取るためだ。最初は周辺マップで火龍の視界がルーセの要る方角へと振れたタイミングで、俺が攻撃を開始する予定だったが、出来るなら声で指示を出した方が良いだろうと変更したからだ。
他にも俺が火龍に奇襲をかけてて成功した後、ルーセは横穴から巣穴に入って、そこから縦穴を登ってくる予定だったが、大地の精霊の加護により岩壁を地面のように移動できることが分かったので、外回りで岩山に登って貰う事にした。
「じゃあルーセ。予定の場所に立って大声を出してみて!」
そう大声で呼びかけると、俺は足場の上に跪いて隙間に耳を寄せた……上の入り口の方からは聞こえてくるけど、隙間の方からはいくら耳を澄ましても何も聞こえてこない。
一度穴から出てルーセの居る方へと歩いてみると20m足らずで急激に傾斜が強まり崖のような垂直な壁になっていた。
「これならいけるか」
再び縦穴に入ると周辺マップでルーセの位置を確認し、そちらを向かい、更に上下角を下へと構えると【装備品】では槍とされている、全長20m以上の杉に似た真っ直ぐに伸びた針葉樹の大木の枝を切り払ったものを装備する。そして岩に食い込んだ大木を収納する。
「駄目か」
対火龍の秘密兵器である特製の長槍も下に角度をつけた分、距離が長くなり貫通するには至らなかった訳だ……開いた穴に手を突っ込んでもう一度装備を実行する。ルーセの歓声が上がり、収納して覗き込んでみると穴の向こうに光が見えた。
「ルーセ。もう一回大声を出してみて!」
俺の叫び声に答えるように発せられた「わぁぁぁぁぁぁっ!」という叫び声が穴の向こうから聞こえてくる……成功だな。
俺は縦穴を飛び出すと大声で「聞こえたぞ!」と叫んで手を振る。するとルーセも大きく両手を振り替えしてきた。
全ての準備を終え、更にセーブを実行する──失敗してロードした時に、別の手段を考えて準備する時間を確保するために、この時点をセーブポイントとした──と、もう実際に戦って火龍を倒す以外にすることが無くなった俺とルーセは、岩山の頂で寝そべって空を見ながら話をしながら時間を潰す。
ルーセと出会ってわずか10日足らず、もっと長く一緒に居たような気もするが、出会ってからの思い出を語るために言葉にすると、それは驚くほどに少なかった。
話題が途切れたので、俺は前々から話そうと思っていたことを口にした。
「ルーセ。火龍を倒したら村を出て、俺と一緒に旅をしないか?」
かなり大事な話だというのに俺は上を向いたままでそう話しかける。何か照れ臭いのと、断られた時のショックを緩和したいという予防線でもある。
「……一緒に行きたい」
俺の中で緊張の糸がほぐれていく。
「そうか、ありがとう……!」
返事をしながら振り返ると、こちらを見つめるルーセの目からは涙が零れ落ちていた。
「ルーセ?」
「あぅ、何でもない」
そう言いながら涙を拭う。
「火龍を倒したら、俺がルーセをおいて村を出て行くと思ってたのか?」
「べ、別にそんなこと思ってなかった……ただ」
「ただ?」
「何でもない! 楽しみだな~色んな場所に行くのが楽しみだ」
慌てるルーセの様子に、俺はただ良かったなとしか思わなかった。
「来た!」
広域マップに火龍らしきこちらに向かう飛行物体が映る。らしきというのは火龍とはまだ一度もシステム上ではエンカウントしていないから固体識別がされていない。だが声を上げたルーセは加護で得た気配察知により、はっきりと火龍を認識できているのだろう。
「じゃあ打ち合わせどおりにやるよ」
「わかった」
俺の言葉に小さく肯き返すと、岩山を降りて射撃ポイントに潜む。
それを見届けると、俺も縦穴へと入ると自分の頭上に右手を掲げると『投擲用の石』を装備する。
縦穴の周辺の壁に縁を全てめり込ませるように『投擲用の石』は出現する。
「しかし投擲用って、こんなもん投げられるか……ルーセじゃあるまいし」
レベル39に達し、更に精霊の加護により現在の俺の5倍に迫るというふざけた筋力を持つルーセでも、さすがに持ち上げることは出来ても投げるのは無理だろうけど……無理だよね?
軽口を叩いている間に火龍は周辺マップの範囲内に入ってくると、わずか4秒で俺が隠れている縦穴の上空に達した。
横方向に開けた穴から警戒するような低い唸り声が響いてくる。
「さあ降りて来い」
火龍は上空をしばらく10周ほど旋回した後で、急に高度を下げ俺の真上へと降りてくる。岩肌に手を当て更に耳を澄ます。
……ドスンという小さく鈍い衝撃が掌を通して伝わってきた。
「………………」
そっと伸ばした左手を天井に当たる岩の蓋に触れさせると息を殺して、その瞬間を待つ。
「グゥガアァッァァァァァ!!!」
直接ではなく森の木々に反射して横穴から飛び込んできた音にも関わらず、肌をビリビリと振るわせる音というより振動が届く。
この糞っ垂れな爆音の中で俺は耳を塞がずに澄ます。ルーセからの指示を聞き逃さないように耐える。耐える……気力が絶える。
もう耳がもたないと思った時、ルーセの声が聞こえた。何を言ってるのか全く分からないが、ルーセが喉が張裂けんばかりに叫んでいるという事実だけで行動に移すには十分だった……まあなんだ。ちゃんと周辺マップで火龍の視界の方向を確認していたけどね。
「収納!」
自分を奮い立たせるようにあえて声に出して発動させる。
暗闇の中で待っていた俺には、日が傾き始めた空でさえも眩いほどに目を刺激するが、俺は眉間にしわを寄せて目を細めながらも、しっかりと正面を見上げていれば、レベルアップは恩恵は明暗順応にも影響を与えており、わずかな時間で穴の外に立ちルーセの居る方角へと首を回らせている火龍の姿を見せてくれた。
「装備!」
その言葉が口から紡ぎ出されると同時に、丸太を担ぎ上げるような構えをした俺の肩の上に、全長20m以上、直径45cmほどの大木が姿を現して火龍の胸から背中までを貫き通す。
火龍は自らの身体を貫く痛みに首を振って、自分の胸元を覗き見て固まる。多分これはジーパン刑事の「何じゃこりゃ!」の直前の溜めだと思ったが、容赦なく「装備!」「それから装備!」「ついでに装備!」と立て続けに4本の火龍の身体に突き刺す事に成功する。
そしてルーセに止めを刺すように指示を出そうとして今度は俺が凍りついた。火龍は20m級の大木4本に身を貫かれたままに飛び立とうとしていた。
体中を貫かれ、重要な臓器も破壊されて、更に4本の内1本は首の根元の部分を真ん中から貫き通し、ブレス攻撃どころか呼吸すら出来ない状況で、なお翼を羽ばたかせて、その巨体を宙へと浮かべんとする強靭な生命力と生きる意志には畏敬の念すら覚える。
だが、黙って飛び立たせる訳にはいかない。
足元の岩を蹴り、次に縦穴の縁を蹴ると宙に舞う。火龍は重傷を負いつつもなお戦意を失わず右の腕を鋭く振って俺を叩き落そうとするが、右足から岩を出すと蹴って左へと跳び、右腕のスイングの軌道の外へと退避すると、今度は左足から出した岩を蹴って火龍の右の翼へと跳ぶが、火龍もしつこく粘る。額から一本生えた1mほどの角で串刺しにでもする気なのか俺に目掛けて頭を振る。
だがその攻撃には既に俺の回避能力を上回るほどの勢いが無かった。余裕を持って身体をひねって先端の切っ先をかわし角を横から蹴って距離を取る。そんな自分の動きをイメージした瞬間、背筋に冷たいものを感じて咄嗟に岩を出すと、それを蹴って角から距離を取った。
「ぐっ!」
足の裏を焼かれる激痛に歯を食いしばりつつ何が起きたのか足の更にその先へと目を向けると、足場として蹴った岩が真っ赤に焼けていた。
「拙い!」
叫ぶと同時にシステムメニューを開く。岩は中の水分が水蒸気となった膨張圧に耐えられず弾け、溶岩を撒き散らすだろう。
俺は【所持アイテム】の中から大量の土砂を撒いて破裂した岩の破片を防ぎながら、溶かされたのとは別の岩を蹴って上空へと跳んでいた。
畜生! 岩を溶かす高温の攻撃はブレスではなく角かよ。全くの想定外だ。再びシステムメニューを開いて火傷した足の状態を確認するためにブーツを脱ぐ。
靴の底は真っ黒に焦げており、何枚も革を重ねて作られたソールは厚さの3/4ほどがボロボロと剥がれて落ちた。そして残った革を通して伝わった熱で足の裏の皮はズルリと剥がれていた……嫌なものを見てしまった。
【水球】で患部を冷やすと【軽傷癒】で治療する。3連続で使用すると火傷の跡に薄皮が張ったのでブーツを履き直した。
「さてどうしたものか」
角からの熱放射の攻撃が、角から直接発せられるだけとは思わない。
熱放射のポイントは意識的に移動させることが出来なければあの巣穴が完成している訳が無い……いや待てよ指向性か? 水龍のブレス攻撃だと同じだ。本来なら短い距離で拡散して強力な切断力を失ってしまうはずの水流に10m以上の距離でも収束させたように、魔力か精霊の力か知らんがファンタジーによって本来なら全方位に放射される熱量を狙った方向にのみ絞って放射できると考えた方が良いだろう。任意の位置にあの超高温を発生させられるとしたら俺はもう帰って寝るぞ。
下にいる火龍を見下ろす。
時間停止状態で奴がどのような動きで今の体勢になっているかは分からないが、多分俺を見失っているはずだ。システムメニューを解除したら、即効で【無明】で視界を一時的にでも奪うべきだな。
様子を見る限り、現在は岩を溶かしたような高熱は発していない。逃げる時にばら撒いた土砂から出た砂埃が溶けたり蒸発することなく角の周囲にただよっているのが証拠だ。
流石にあれほどの熱量を常時放射し続けるのは無理なのだろう……無理だよね? 無理って言ってよ。
放射による熱効率は、単純に計算すると対象までの距離にの二乗分の1で減少し、更に熱伝導によるロス等を環境による差異を物理学者的大雑把さで2割程度としよう。そして角から1m程度の距離で一瞬で岩が溶けた時の状況から推測される最低でも5桁で、多分6桁──プラズマの世界にようこそ──に達するだろう超高温が収束せずに全方位への熱放射で行われた場合に、遮蔽物が無い状況で人体への、いや既に人外ですが、俺の生命維持に支障が無い距離を計算しよう……駄目だこりゃ! 十数mしか離れていないこの状況では直ぐに死ぬという状況ではないがレンジでチンされているのと大して違いが無いし、更に攻撃を加えるために距離を詰めた時に熱放射が始まったら先ほどの岩と同じく中から弾けとぶだろう。
『ロード処理が終了しました』
「何故?」
ルーセがじっと俺を睨む。
「作戦失敗したからだよ。火龍が巣穴を作る時に岩を溶かしたのはブレス攻撃によるものだと思ってたから、奇襲で首の根元に攻撃してブレスを封じたけど、あれって角からの攻撃みたいでさ。あのまま戦っても勝てないというか死ぬ」
「角から……非常識」
「だろう? しかも、咄嗟に出して熱を防ぐことが出来た岩さえも、あっという間に溶けて破裂するくらいだから、一番最初に角を破壊しなければならなかったって事だよ」
「良く生き残った。リューえらい」
ルーセが感心して拍手してくれた。確かに自分の予感を信じられなかったら、いや一瞬でも判断が遅れればロードする事も出来ずに死んでいただろう。悪い予感に限って確率論を超えて良く当たるという圧倒的信頼感の悲しいジンクスに感謝する日が来るとは……
「という訳で作戦の練り直しだ」
その言葉にルーセの表情が曇ったので補足する。
「だけど今日中に火龍を倒す予定に変更はないよ」
「分かった」
……露骨なまでに表情を変えたな。
「それで確認しておきたいのだけど……火龍はルーセの手で倒したいよな?」
最悪、俺が倒してしまうというのも考えておく必要がある。
「……? 火龍を倒して村の人が襲われなければどうでもいい」
不思議そうに首を傾げながらそう答えた……しっかりとした考えを持ったお子さんで、それに引き換え俺ときたら、恥ずかしい! 何、この空回り、とんだピエロだよ。
俺が止めを刺していいなら、奇襲の一撃目で火龍の頭へと打ち込めば倒すことが出来るだろう。それが一番シンプルであり確実だろう。
あくまでもルーセが止めを刺すという事に拘るならば、俺とルーセの立ち位置を交換すれば良い。だが火龍に更に奥の手があった場合に備えて現時点でのセーブポイントは保持しておきたいので、セーブ&ロードで当たるまで射るという作戦の使えない現状において俺の弓の腕では火龍の注意をそらす事すら出来ないだろう……うん、役立たずだね俺って。
そうじゃなければ、先ほどと同じ俺が奇襲を行い最初の一撃で角を破壊し、次にブレス対策で首の付け根を潰し、それから接近戦で飛行能力を奪えば良い。だが位置的に角を破壊しようとすれば同時に頭部も一緒に破壊という可能性が高い。何せ丸太を肩に担ぐイメージで構えて装備を実行するのだから狙いをつけても正確性には欠けるのだ。
他には、敢えて角は攻撃せずに、奇襲時に木を突き刺したままにしないで装備と収納を繰り返して、飛び立てないほど体中を穴だらけにしてから一時撤退して距離を置く、そして弱ったところを見計らい襲撃をかけて止めを刺す……余りにも醜い戦い方を想像し顔を顰める。
それ以外に火龍を倒す方法が存在しないというならばともかく、いくらルーセの両親の仇だとしても気に入らない。それなら俺が倒してしまった方がマシだ……マシなのか。
「収納!」
縦穴を塞ぐ、頭上の岩を収納する。
ルーセは今回も龍の注意を惹きつけるという役目をきっちりと果たしてくれた。この抜群の安定性と信頼感はゴルゴ先生並だな。
ならば俺もきっちりと自分の役目を果たすだけだ。火龍の頭へとつながる首の一番細い場所へと狙いをつけて装備と収納を4連続行い火龍の首を切断した。
折角高値で売れる角を破壊するのはもったいないと思ったのと、落ちた頭を自分の手で破壊すればルーセも両親の仇を自分で討てるという考えだった、
尾から頭の先までの長さが25mにも達する巨体が、二足歩行とまでは後ろ足で立っているのだから、その血圧は途轍もなく高い。首の切断面からは巨大な噴水の様に血が噴出すと俺の身体やあたり一面の地面に赤い花を咲かせ……えっ、何だ? ちょっと待ておい!
『ロード処理が終了しました』
「何故?」
今回は明らかに怒りを込めて俺を睨んでいる。
「……信じられないことだが」
そこで一旦、言葉を切る。何故なら自分の目で見たはずの俺にとっても信じられないからだ。
「何?」
そう先を促す声や顔に険がある。
「火龍の血が発火した」
「……本当?」
怒っていたルーセも呆気にとられる。
「本当だ。飛び散った血が突然燃え出した。俺が全身に被った血もいきなり燃え出した」
「出鱈目」
「本当に出鱈目だろう。出来るだけ血を流さないように殺さなければならないって事だよ」
「出来る?」
「難しいな。頭をふっ飛ばしても、出血量は同じくらいだろうし……やるとするなら、最初に角だけを破壊して、次は最初の時のように胴体部分に刺した木をそのままにして出血を抑えるのが正解なんだろうけど。角だけを……どうやったら?」
2回も連続で想定外の事が起こった原因は、火龍に関する情報が少ないという事に尽きる。何せ俺のファンタジー的な知識と先入観、そしてルーセからの証言と、一昨日と昨日と今日の3日間の調査結果のみ。
だが俺はその少ない情報を十分に精査して、絞りつくしたのだろうか? そういえば一つ引っかかっている事がある。
最初の奇襲攻撃の時だが、俺が火龍の翼を攻撃するために跳躍した際に火龍は前足で攻撃を仕掛けて来た。
ティラノサウルスほど極端ではないが、その巨体に比べると明らかに小さく、退化の過程にあると思われる前足までも何故攻撃に使ったのか? いやむしろ、何故角による攻撃を先に行わなかったのか?
2つの可能性が考えられる。1つ目は熱放射にはデメリットがありおいそれとは使えない……これはない。既に火龍は致命傷を負っていた。デメリット云々いえる立場には無く、確実かつ早く俺を倒す必要があったのに使わなかった。この事は、2つ目の理由である熱放射は咄嗟には使えない。精神集中などの溜めの間か、それとも狙いをつけるためのタイミングが必要であるという仮説を強く補強する。
そう考えれば、前足の攻撃から即座に角の攻撃につなげたなら溜めの間は必要でない可能性が高い。それに火龍は角の攻撃をする時に首を振って角を俺へと近づけようとした……つまり狙いをつけ易くするためだ。素早く動く俺へ熱放射の攻撃を当てる事が出来ないと判断したから、出来るだけ俺に角を近づけてから攻撃した。という事は狙いをつけない全方位への攻撃も出来ないと考えて間違いない。
いくら火龍とはいえ生き物である以上、6桁に達するだろう超高温を額に生えた角から全方位に放射されたら脳が耐えられるとは思えない。更に連続的に使用するのも不可能なのだろう。それが出来るのなら急所でもある頭部に近寄らせてまで一撃で倒そうなどとせずに乱放射で対応するはずだ。
確信を得た。もしこれが間違いなら「そんな馬鹿な!」とお約束の言葉を口にしながら笑って死んでやろう……そんな余裕があったらロードするけどさ。
「やっぱりルーセに止めを刺して貰う」
「分かった」
「それで、もう何本か木が欲しいから宜しく」
そう言いつつも、岩山を降りて森へと向かうルーセの後を追う。
最初の奇襲時の4本に加えて、幾つか攻撃しておきたいポイントがある。中でも真っ先に破壊しておきたいのが心臓だ。
心臓さえ潰すことが出来れば、たとえ首を斬り落しても先程のように噴水のごとく血が噴出すなんて事は起こらない……それでも飛び散る血は十分に危険だが、最終的には頭を潰す必要があるので
問題は火龍の心臓が何処にあるかということだが、それは胴部分に対して大量の木を串刺しにしてやれば良い。
1回目の奇襲の時のように余計な事を口にしたりせずに、無言でひたすら装備を実行すればより短時間で大量の木を突き刺してやる事が可能だ。
ルーセが長剣を使って切り倒した木の枝を落して、収納していく……それにしても、その長剣はこれほどの蛮用に折れるどころか刃毀れ一つせず、切れ味も落ちないのだろうか?
「まだ斬る?」
10本を切り倒したところで、そろそろ良いんじゃないの? という視線を此方に向けてきた。
【所持アイテム】内にある4本と合わせれば十分な数だろう。
「もういいよ。ありがとう」
「うん。中々の斬り応えだけど、動かないので面白くない」
まだトロールが斬り足りないというのか? そんなに俺のトラウマを悪化させたいのだろうか?
「今度こそ倒せるかな?」
作業が終わり、ルーセは長剣を背中の鞘に収めながら──鞘といっても一方のサイドラインには全長の半分以上にわたり切れ目が入っていて抜き易いようになっていて、反対側のサイドラインは鍔の一部と組み合わさって、鞘に剣が固定されていて、剣を拳一つ分ほど抜かなければ外れないようになっている──呟いた。
「いい加減倒してしまおう」
「そうか、倒してしまうか……」
「どうしたルーセ?」
「リューと出会って、火龍を狩るために一緒に準備をして楽しかった。2年前のあの日以来一番楽しい時間だった……それが終わると思うと寂しい」
「何言ってるんだ。火龍を倒したら一緒に旅に出るんだろ。もっと楽しくなるから覚悟しておいてくれ」
「うん……期待している」
そんな微妙な間を入れられると『うん…(精々)…期待している』としか聞こえないんだけど。
「収納!」
右手で触れた頭上の岩を収納すると、眩しい日差しの中に立つ火龍に10本の大木を突き刺した。火龍はまだ此方を振り返ってすら居ない。
全身を激痛に襲われながらも自分の身に何が起こったかさえも分かっていないのだろう。だがそんな事は関係ない握った主導権は最後まで手放さないのが俺の流儀だ。
足場と縦穴の縁を蹴って火龍の視界の外へと回り込むように跳ぶと、一気に距離を詰めて角の根元に狙いを定めて構えを取ると剣を装備する。
根元から切り離された角を蹴り飛ばして火龍から引き離すと、火龍の頭から背中へと跳ぶと、左右の翼の翼膜を引き裂いて着地。
それと同時に残り4本の大木の槍を左右2本ずつ火龍の後ろ足に突き刺して俺の仕事は完了。
詰め将棋のように無駄の無い完璧な仕事だ……まあ、あの後ロードを3回もすれば当然といえる。
当然だが『2年前のあの日以来一番楽しい時間だった……それが終わると思うと寂しい』なんて可愛くも感傷的な台詞を口にしていたルーセの態度も悪化していき、最後にロードを実行した直後などは、俺が選ぶ名作ホラー映画ベスト3。その3本分に匹敵する恐怖を、まとめて2つの瞳に凝縮して此方を睨むのだ。ちびらなかった自分を誉めても良いと思う。
「ルーセ!」
俺が呼びかけるのと同時に、一気に岩山を駆け上がり走り込んで来た勢いをそのままに長剣を振り下ろす。
火龍の頭は一撃の下に爆砕し、振り下ろされた剣先は下の岩に深々と食い込んだ。
最初の攻撃で心臓は潰してあるので、噴水の様と言うほどの血は飛び散らなかったが、それでも少なからず飛び散ってルーセに掛かった火龍の血肉などは【水塊】を使って即座に洗い流した……俺は、火龍の身体を盾にしてやり過ごしたので問題なかった。
『火龍を倒しました』
そうアナウンスが流れるが、そんなのはどうでもいい。レベルアップのアナウンスも無視して俺は勝利の雄たけびを上げた。