「……おぅ!」
目覚めると見覚えのある部屋。一昨日、昨日と連泊したイーリベソックの宿の部屋だった。
うん、あの後で俺はそのまま意識を取り戻すことなく夢世界に来てしまったようだ……自分の身体がちょっと心配だ。無理が利くから無理をさせるという状態が続きすぎている。
違う! 何を俺は寝起きにまったりとしてるんだ? あの後一体どうなったのかに思い悩めよ。
まあ、俺がこうして夢世界に来ているのだから死んだって事は無いはずだ。無いよな。無いと思いたい。
俺が不安に感じているのは、お化け水晶球がB-29(仮)形態になって高度700-800m程度を飛行していたと言う事実。
そこから予測されるのは自由落下による自爆攻撃だ。もしその上にバンカーバスター(地中貫通爆弾)と同じような細長い棒状に変化して落下し地面に深く突き刺さるよう形状変化し、俺達の拠点と疑わしき範囲への絨毯爆撃を敢行されれば、地下に篭っていてもただではすまない。
俺の指示した通りに離れた位置に拠点を移して、そこで攻撃をやり過ごしていれば大丈夫だとは思うが……なんか、あの後飯を食ったような気もするんだよな?
取り合えず今の俺に出来る事はレベルアップで新しい魔術を覚えるか、それとも新しい魔法を作り出すかのどちらかだ。
魔術は、レベルアップで幾つかの魔術を覚えたが、残念ながらカロリー不足を補えるような魔術は無かった。いや、そもそもそんな魔術は無いと思う。
【通心】以外に覚えた中で【大傷癒】【大病癒】の医療系魔術の進化版を覚えられたのはあり難い。しかも今回は大幅に効果が上がって心から役に立つなぁと実感出来るレベルだ。
ここまでくるのが本当に長かった……いや、まだ3週間も経ってないんだけどね。
他は……相変わらず微妙だ。
とりあえずは新たなる魔法の開発作成だ。
何を作るかはもう考えてある。物体の温度を一定に保つ魔法だ。しかも起動する時に温度を設定しておけば、その後は自分で操作することなく設定温度を自動的に維持する高機能さ……【操熱】が使えなかった時の無念さは忘れてはない。
対象──自分の身体の周囲を包む程度の効果範囲があれば十分だろう──の大きさから、必要と思われる効率的に熱を発する魔粒子──魔粒子の多くは主たる機能の他に副作用的に僅かな熱を発するものは少なくないが、これは熱の発生が主たる機能である──を選択する事で、操作する魔粒子の数や使用する魔力の量を抑える事が出来る。
温度を調節する機能以外は『基礎魔法入門Ⅱ』どころか『基礎魔法入門』に記載されている最も基礎的な魔法の実践段階「レッスン1、まずは温めてみよう」で紹介されているレベルだ。
問題は温度調節のための魔力制御魔法だ。そうだ、そもそも自動的に魔法の効果を一定に保つために魔力制御を行う魔法さえあれば『浮遊/飛行魔法』も簡易化出来、その応用性は計り知れない。
その機能を達成するために、俺の灰色の脳細胞が3秒間ほど考えた──男とは見栄で生きる生き物である──結果思いついたのは、あえて魔粒子の1つを静止させることだ。
静止状態を維持するために必要な魔力の消費量によって、回転させている魔粒子が効果を及ぼす範囲の状態を測ることが出来る。
今回の物体の温度を一定に保つ魔法の場合、魔力により操作の行わない状態の魔粒子は常温では常に右回転をしているが、周囲の気温が氷点下の状態で下がり続けるとやがて回転は止まり、更に下がり続けると逆回転を始める……正確な停止する温度は知らん。
本来物理現象の影響を受けない魔粒子が唯一影響を受けるのは、自らが干渉を行う物理現象である。
つまり、設定温度より対象の温度が低いならば、静止状態を維持するために必要な魔力は小さく、逆に温度が上がりすぎている場合なら必要な魔力は大きくなる事を利用して、温度を上げるために使われる魔力を調整する。
【場】の中の全てを把握し理解する。それが世界を知る事とミーアは言っていたのだが、今その状態にかなり近づいている気もする。しかし肝心の世界が全く見えてこないので気のせいなのだろう。
「最近食欲が凄いんだけど」
食堂で大盛りの定食を、貴族のお坊ちゃまらしさを片鱗も感じさせない勢いで掻きこみながら2号が愚痴る。
「身体を動かせば腹が減る。そして動かした分食わなければやがて死ぬ。当たり前の事だろう」
「いや、何ていうか腹一杯に食べてもね。食べたり無いって感じがするんだよ」
はっきり言って普通盛りの定食でさえ、日本じゃガテン系でも「多いわ」と言うレベルの量であり、その大盛りといえば素人さんお断りレベルの大食いチャレンジメニューなのだが、2号はその小柄な身体──この世界の人間の体格が、現実世界の日本人に比べても小柄なだけで、こちらでは標準よりは若干細い程度──に似合わぬ健啖さを見せ付ける。
2号も昨日の戦闘でレベル50近くになり、考え無しに全力で動き回れば、身体が受け付ける食事で取れる分以上のカロリーを消費してしまう段階に入ったようだ。
「そりゃあそうだ。今までの10倍の力を使ったら10倍食わなければならない。いくら身体能力が上がっても食った飯が10倍の速さで消化……腹がこなれるわけじゃないだろう。必要な時以外は出来るだけ力は抑えておけ」
まあ実際の身体能力は10倍どころの騒ぎじゃないんだけどな。
だが、ひとつはっきりしている事がある。現実世界の食事に比べて、こちらの世界の食事の方が腹持ちがいいというか、簡単にガス欠にならない気がする。
こちらの世界では向こうの世界では出来ない身体能力を生かした長距離の高速移動を何度かしているが、先ほどの現実世界──と言うには疑問がある──でのような深刻なハンガーノック状態に陥ったことは無い……味の面だけでなく、栄養まで負けたら現実の立場が無いな。
「そうだけど、あの岩を出して空を跳び回るってのはずっと、ほとんど全力で動く必要があるからさ」
「……後で魔法を教えてやるよ」
「魔法?」
「空を飛べる奴だ」
「でも、僕は魔法なんて」
「システムメニューで【魔力】をチェックしてみろ。余程適正が無い限りは、俺が教える魔法くらいは使えるはずだ」
素の状態の2号の魔力では「レッスン1、まずは温めてみよう」で、コップ一杯の水を温くするのを1日に1・2回が精一杯で魔法を使えるようになる意味は無いはずだが、今はレベルアップによって俺が使える2つの魔法なら同時に使っても半日程度は楽勝で連続使用出来る数値になっている。
「本当に僕が?」
「まあ、覚えることが出来たならな」
絶対コツなんて教えてやらない。『基礎魔法入門』と『基礎魔法入門Ⅱ』で勝手に覚えるが良い。
あっさり使いやがったよ……
2号が王都で通っていた学院では、必修として魔法の基礎も教わっていたそうで、俺が躓いた魔眼の件もスルーしやがったよ。
そうなれば、僕の考えた格好良い呪文……じゃなくて俺の考えた2つの魔法を頭の中に焼き付けて、イメージ的に引き出すなんて真似はレベル48の2号にとっては、食後にベッドで寝転がって鼻くそほじっている間に終わってしまう程度の事に過ぎなかった……く、悔しくなってないんだから。
「これは楽だね。それに学院で教えていた魔法とは全然効率が違うね。何というか合理的で無駄が無い。これに比べたら学院の教授の魔法理論なんて子供の落書きレベルだよ」
はっはっはっは、もっと褒めてくれても良いんだよ。そう、俺には『褒められ分』が慢性的に不足しているんだ。
「確かに本に書かれているような理屈の無いぼんやりとしたイメージ的な部分を極力排して組み上げた魔法だが、まだ魔法について理解の及ばない部分がありすぎて足りない部分も余計な部分も沢山あると思う」
「でも【場】の中に存在する間粒子の中から、使用する魔法に必要な魔粒子を特定して、必要する数だけ支配下に置くという作業を自動的に行うとか、魔法の出力を自動的に制御するとか、今までに無い素晴らしい発想だと思うよ。正直、僕は今人生で一番他人を尊敬していると思うよ……君なんかを相手に」
取り合えず、右手の人差し指と中指を揃えて2号の鳩尾へと送り込んでおいた。
「どうして僕は2日連続で龍と戦うことになったんだろう?」
今日も龍のテリトリーで【所持アイテム】内から取り出される事になった2号が、どこか遠くを見つめるような目で呟く。
ここはロロサート湖からはるか東、国境付近……というか国境を兼ねるノレマシド山脈へとやってきていた。
山頂近くの断崖から見渡す景色はとても素晴らしく、空を行く白金の巨体が日差しの下をキラキラと鱗を輝かせながら飛んでいく……
「今日はあの風龍を狩ります」
「聞いてない」
「言ってない」
0.3秒の被り返しに、2号は右側の口角だけを器用にピクピクと動かす芸で応えてくれた。
「リュー教えてくれ。僕は後何回死ねば良い」
風龍に3度殺されて巻き戻された2号は泣き言を口にしだす。
「風龍を倒すまでだろ。今日こそはお前に『龍殺し』の称号を手に入れてもらいたい。格好良いな『龍殺し』だ。箔がつくぞ」
まあ実際のところ『龍殺し』がどれだけ凄い事なのかは全く分からないが、角や身体の売却価格からしてとてつもない事だというのは想像出来る。しかも単独での討伐だから、かなり名前が売れる事になるだろう。
そして2号が龍狩りに成功したなら、その偉業は隠すこと無く広く伝えて貰うようにミーアには頼んである。
レベルは予定を遥かにオーバーしていて、十分以上に力を手に入れている。そして『龍殺し』の声望があれば軍に入るのも、そして高い階級からのスタートが切れるだろう。
そうなれば俺と2号の契約の終わりが見えてくる。思えば2号にやって貰う予定だった事はミーアのお陰で全て必要なくなってしまっているので、一方的に2号が利益を享受しただけとも言える結果だが、それはこれから出世して地位と権力と財力を手に入れた2号に、色々と便宜を図って貰う事で払って貰う事とする予定だ。
「分かったよ。畜生! やってれやるよ!」
そんな言葉も空しく、リロードの回数は2桁の大台に乗った。
「お願いです。どうかヒントを下さい」
土下座をする2号……この世界にも土下座なんてあったのかよ?
「ヒントねぇ……じゃあ、俺が倒すのを見てみるか? 昨日みたいに俺が倒しておしまいと言う可能性もあるけどな」
「それはそれで困る。『龍殺し』を名乗れるようにはなりたい。それがあるとないとじゃ立場が違ってくるから」
やはり『龍殺し』ってのはステータスなんだな。
「ならばヒントだ。お前は一体今までどの距離まで近づいて殺されたかだ」
2号は『浮遊/飛行魔法』を使って空を飛ぶ風龍に接近しては様々な攻撃手段で殺されて続けた。より多くの攻撃手段を引き出した事を褒めるべきか、それとも失敗を糧にすることなく策も無く似たようなパターンで殺され続けた事を責めれば良いのかは分からない。
今更ながらに思うんだが、2号って戦いのセンスが無い。
これは頭の良し悪しとは関係ない。ある分野において活躍出来るか否かはセンスによって決定されると思う。
センスとはその分野に対して適応されたシステムを自分の頭の中に構築しているかだ。
幼い子供は日々の成長の中で、自分の行動、思考を司るシステムを何かに向かって適応するために構築していく。
頭の良い悪いとは、そのシステムが完成度の高さであって、センスとはそのシステムがどの分野に適応するように構築されたかだ。
生まれ持って障害を持つか、俺のようにシステムメニューの恩恵(チート)を受けていない限りは、頭の良し悪しはシステムの完成度であって、脳というハードウェアにはそれほど差は無い。
自動車は空を飛べず飛行機は海に潜れない。自動車は空を飛ぶようには作られていない。飛行機は海に潜るようには作られていない。そして2号は戦うために自らを構築していない。これが全てであり、今更2号の頭の中のシステムを再構築(リストラクチャー)するのは不可能だ。
そう、俺が2号にしてやれる事はもう……猛特訓しかない! 奴が思い返して、今までがぬるま湯だったと腐った魚のような目で呟くような、徹底的な猛特訓が必要だ。
人間は自分の脳内システムがどっちの方向を向いて作られていようが、教育である程度は全方位に対応出来るようになる。
俺だって、生まれながらどころか空手部に入るまでは、戦闘民族だった訳ではない。しごきと言う強制パッチを何度も当てられてバージョンアップを重ねて戦闘民族へと改正(リフォーム)させられたのだ。
「ヒントってそれだけ?」
「それだけだ。距離を憶えてないなら、今から何度でも死んで調べて来い」
「いや、分かる。分かるよ!」
「分かるなら、その距離の内側でどう振舞うべきかを考えろ」
「ええっと、もっと遠くから加速して突入する事で、迎撃される前に相手の懐に入り込む?」
「アホか? 速くなれば速くなるほど方向を変えるのが難しくなるって事も分かってなかったのか? 今まで何のために死んできたの?」
「それは……こちらの攻撃が届く範囲に接近しようと、そのためにどの方向から攻めれば良いかとか考えていて──」
「話にならん! そんな事は死ぬ前に駄目だと判断を下せ。何時までも死んでもやり直せるなんて考えてるんじゃねぇぞ! 小兵の戦いは大兵の周りを回る事から始まるんだよ。馬鹿みたいに突撃する前に相手の周りを距離をつめながら回って相手の攻撃を1つでも多く引き出せ」
「相手の攻撃を引き出す?」
「お前に遠距離から一撃で風龍を倒す手段があるなら何も考える必要ない。だがそれが出来ないなら、相手の間合いに入って何発も殴り合うしかない。そんな状況で一発貰えば死ぬしかないような敵に、相手の攻撃方法も知らずに突っ込むのは馬鹿だ。馬鹿も馬鹿ななりに10回も死ぬチャンスを得て情報を引き出したんだ。対策を立ててみろ」
2号は風龍の長く先端が刃のように鋭く硬い尾によって、3度胴体を真っ二つに引き裂かれ、5度前足で捉えられて頭から丸齧り、そして2度後ろ足で胴体を蹴られ、その衝撃で文字通り破裂して死んだ。
その10回の死、その全てが2号が20m程度の範囲に飛び込んだ瞬間に風の乱流によって翻弄された結果だった。
「風龍の周りにあるあの風を何とかする必要がある。あの風に負けずに風龍までたどり着く方法は──」
「あるはずだから考えろ」
「……空中で移動する手段は2つだから、もう1つの足場岩を使った移動方法なら……多少の強風程度なら突っ切る事も出来る──」
「まあ、そうなるだろうな」
しかし、2号には装備と同時に相手に突き刺さるという攻撃手段は教えていない──パーティー離脱後の2号にとっては悪い影響しかないだろうから──ので、風龍に対して一撃必殺の攻撃手段は無い……ついで言うと、その方法を封じられたら俺にも無いという事にしておく。
「そして一撃加えて離脱。これを繰り返せば──」
「先ずどこへと攻撃を加える?」
「……翼かな?」
「龍があの巨体を翼だけで飛ばせてると思うなよ」
物理学的にも生物学的にも不可能だが、こちらの世界の人間にはそんな知識は無いだろうから釘を刺しておく。
「あの翼だけでは無理なのか?」
「大きさが全然足りない上に、ほとんど羽ばたきもしないで飛べるか! 基本的には俺が教えた魔法と似たような方法で飛んでいて翼はあくまでも補助だと考えろ」
「それなら……いっそ角を落とすか──」
「根元からきちんと落とさずに、中途半端な位置で折れたり、砕けたら価値は激減だぞ。言っておくが風龍の角や身体の売却益が今後のお前の活動資金だからな」
「それは困る! ……どこだ……どこに攻撃すれば……」
2号は頭を悩ませているが、自分が2号だったらという条件で考えた作戦なら少しでもダメージを与えることが出来ればどうでも良い、その方法では最初の一撃は風龍を怒らせて注意を惹けさえすれば何でもかまわない。構わないが限られる……さて2号の考えは如何に?
「先ずは……眼を攻撃──」
「先ほどは言わなかったけど、俺なら生きている龍の角の近くには絶対に近づかないぞ。死にたくないからな」
龍の攻撃は通常攻撃<ブレス攻撃<角による特殊攻撃の順に威力が高いというのが、今までの経験から導き出された結論だ。
だから龍のHPが一桁状態でも、俺は生きている龍の角の近くには行かない。
「……そうか、ならば……やはり翼を」
「ほう。飛行の補助でしか無い翼をか」
「例え補助でも、風龍の飛行能力を少しでも抑える事が出来るなら、最初の一撃として悪くないと思う」
それが正解だ。そもそも2号の武器で風龍に対してまともにダメージを与えられそうなのは翼の皮膜だろう。俺は翼は飛行の補助でしかないと言ったのは引っ掛けであり、翼を責めるのは下策だとは言っていない……ちょっと待て、風龍が魔法、もしくは魔法的な手段を用いて飛行しているならば水龍の時に使った方法で飛行能力を奪う事が出来るかもしれない。
「それで、一撃を加えた後はどうする?」
「一撃を加えた後は離脱して再び攻撃を加える。これを繰り返す事によりダメージを蓄積させて──」
「やってみろ」
結局、その後3回続けてロードしなおす事になった。
ヒット&アウェーを繰り返し、風龍の翼の皮膜をボロボロにして、その空中での機動力を殺ぎつつ、ダメージを蓄積していくが、自分の疲労の蓄積の方が先に上限に達するのを3度繰り返したのだ。
俺は自分の実験のために、2号が死んだ後にすぐロードを実行せず風龍に戦いを挑んで、圧縮魔力の開放による魔粒子操作の妨害を行ってみたが失敗した……余りに解せなくて、思わずその場でセーブしそうになったくらいだ。
「あと少しで──」
3回目のロードの後、2号は1回目、2回目と同様の言葉を口にしようとするのを遮る。
「何度も言うようだが、普通は死んでもやり直しは出来ない。だから『あと少しで』と良いながら3回も死ぬようなやり方で戦っては絶対にならない。それなのにお前はやってはいけない事を懲りることなく3回も繰り返した。勝利に足り無いものがあると分かっていて、命懸けで戦ってみる必要のある場面なんて一生に一度あれば十分だ。それ以上の人生はイベント多すぎだ」
「死ぬのには慣れてしまったんだよ。僕をこんな風にしたのはリューだろう。今更何を言ってるんだ?」
死ぬのに慣れる。死の一瞬前まで冷静でいられるなんて素晴らしい資質を手に入れたものだ。正直羨ましいくらいだが……そろそろ死なないで勝つという事を頭に置いて貰わないと駄目だ。まあ、まだ良いんだけどね。
「お前のレベルアップは今日で終わり卒業なんだよ。だから何時までもロードして復活して貰えるとは思うな」
「えっ?」
「分からない? 貴方は、当校の全過程を修めたことをここに証し、卒業といたします(棒」
「括弧棒って、ちゃんと括弧閉じろよ! いや、それじゃなく棒って何だ……いやいや、それも違う。ともかくいきなり過ぎるし、色々とおかしい!」
2号が混乱してちょっと嬉しい。
「予定を大幅に超えてレベル上げしたんだからもう良いじゃないか? 後はお前の甘っちょろい性格を徹底的に叩きなおすだけなんだよ」
「ちょっと待て! 卒業はどうした?」
「俺の国では、この国と違って、義務養育だけで小学校と中学校があるんだよ。小学校を卒業したら今度は地獄の中学校って事も知らんのか!」
「知らんがな! ……って義務教育って何!?」
底に食いつくのかよ……でも無視する。
「今まではお前を取り合えずレベルアップさせて下地を作っただけだ。俺のお楽しみはこれからだ」
「本音がタダ漏れだよ!」
「俺が楽しんで何が悪い? むしろ楽しませろ!」
「無茶苦茶だよ。この人無茶苦茶だよ! 助けて!」
「助けなんてこねぇよ!」
この後、軽く揉めた……主観的には軽く。
「どうすれば……」
打つ手を思いつく事が出来ず2号は頭を抱える。
しかし、ここで俺が自分の出した答えを教えても2号に成長は無い。俺に出来るのは2号が苦しみ悩む姿を、じっと見守ることしか出来ない……
「ニヤニヤしながら見てるだけなら、どこか行っててくれないかな!」
荒んでいるな。だが胃に穴が開くほどのストレスでも加わらなければ人間は変わらない……身体も壊すかもしれないけどな。
「…………ぅぅぅぅうううううっうっうっ」
どこかで聞いた事のあるような唸り声を始める……壊れたか? 軽く壊れるくらいが良いんだが。
突然、2号がこちらを振り返り血走った眼で叫ぶ。
「ヒント! ヒントをくれ!」
この甘ったれめが、この期に及んでヒントだと……待てよ。もしかして、これは正解なのか? 問題解決のために自分が選択し得る最短ルートで一番可能性の高い方法を選んだとも言える……いや、言っていいのか? 何だか俺にも良く分からなくなってきた。
「ヒントは……お前が使える手段の中に、必ず風龍を倒す手段があるって事だ」
「倒せるんだな。この僕の手で。答えのない問題を解かされてるわけじゃないんだな?」
「そこまで悪趣味じゃない」
大島じゃあるまいし。
「ならいい。答えがあるなら探せば良い……つかそれっぽい事を言っただけでヒントじゃないだろ!」
俺がお茶を濁してごまかそうとした事に気付きやがったよ。
「先ずは、自分が出来る事を全て頭に思い浮かべろ。その中から風龍攻略を一歩でも進める事の出来る方法を探し出し、次の一歩へとつながる手を考えろ。次に今頭の中にある風龍についての情報を全て頭に思い浮かべて、最終的に風龍を倒したというイメージから、その一歩手前の段階でどうやって風龍に止めをさせるのかを考えろ。『どうするか?』を『それをどう達成するか?』と必ずしも関連付ける必要はない……どうせ最終的に全部は繋がらないから力尽くで何とかしろ」
そもそも机上の問題ではないのだから、精密な作戦を立てるほど小さなトラブルで破綻するので意味が無い。
「それはアプローチ法として、かなりおかしくないか?」
お行儀良くボトムアップ・トップダウンアプローチで答えへの道筋が最後まで見えるなんて事は、自分が居て敵が居て直接殴り合う戦闘においては無いと考えるべきだ。
トップダウンは、ボトムアップに比べて机上の空論的という批判もあるが、命懸けの戦いにおいてはボトムアップの試行錯誤こそ机上の空論でしかありえない。
結局戦いとは、飛び石状の道を渡りながら、どこかで発生する予想外を力尽くで帳尻合わせする自信がなければやってられない。
命が懸かっている以上、必ず勝たなければならない。だが戦いに必ずは無い。そんな矛盾を埋めてくれるのは客観的な根拠のない自信だけだ。
「お前にとって、風龍をぶっ殺す最終的なイメージは何だ?」
「……地面に叩きつけてから、上から岩を落として潰す」
実に明確かつシンプルなほ
「つまり最初に風龍の翼を傷つけて、最終的には地面に叩き落して岩で押し潰す。実に良いじゃないか。それなら風龍を地面に叩きつける前に何かしておく事はあるか?」
「眼を潰しておきたい」
「眼か、眼を潰しただけで風龍が周囲を知る力を失うと思えないが冷静さを奪う事は出来るだろう。だが攻めづらい場所だ。どうやる?」
「これから川に砂利を取りに行くから、それで奴の視力を奪うよ」
「だが奴の周囲にある風の乱流を通して届かせる事が出来るのか?」
「いくら風龍でも周囲の乱気流と共に素早く飛ぶとは思えない。だから奴を挑発してこちらに向かって全力で飛ぶように仕向ければ、いけると思う」
俺が考えた作戦とほぼ同じだ。風龍に一撃を加えた後で、上へと高速で離脱──『浮遊/飛行魔法』と足場岩を使った跳躍を併用──して、俺を追って上昇してくる風龍の進路に足場岩を回収せずに落として……まあ、こんな感じだったんだが。
「目を潰した。例え龍だろうが思いもしないタイミングでいきなり視力を奪われたら驚き怯むのは必定だ。それをどう活かす?」
「接近して、奴の頭部を【大水塊】に巻き込んでから【強操熱】で茹で上げる」
……あれ?
「もう【強操熱】を使えるのか?」
【操熱】の上位版で温度操作の範囲が-60℃~250℃と効果が上がっている分、水を沸騰させるまでの時間も圧倒的に短くなっている魔術だが、俺が覚えたのってレベル60超えた昨日の事だったと思うんだけど? 個人差というに大きすぎる。
「……まあ良い。それからどうする?」
「これから用意するよ」
2号は、崖っぷちに近寄ると縁の3mほど手前に【大坑】で穴を開けた。
この段階で2号が何をするつもりなのか、そしてその問題点に気付いてしまった。
「手伝ってくれないか?」
崖の縁の手前3mのラインに沿って【大坑】で横に並べるように穴を掘りながら言ってきた。
「分かった」
この作業自体は無駄になると分かっていたが、足場用岩の補給という意味で引き受ける。
掘った穴を更に深くするために穴の中に降りて【大坑】を使う。
最終的に厚さ3m、縦横10m程度の岩の塊を2号は作り出したかったのだろうが、当然ながら作業が進むほどに岩全体を支える箇所への負荷が大きくなり、やがて限界に達してひびが入り、そこから大きく割れて崩れた。
俺は咄嗟に逃げて無事だったが、2号は巻き込まれて落ちて、うん死んで無いけど意識が無くて良かったねって感じだった。
『ロード処理が終了しました』
「おい?」
「今はそっとしておいて……」
自分の醜態に両手と両膝を地面に突き、がっくりと項垂れる2号にかける言葉など無く。俺に出来るのは……
「クックックク……プッ、フッファハハハッ……」
ただ腹を抱えて笑うことしか出来なかった。
「笑うなよ!」
「ガッ、グハッヘヘッへ……」
愛想笑いじゃないんだから、笑うなと言われて止められるものじゃない。
「一生懸命堪えても堪えきれずに笑っちゃうのかよ!」
予想はしていたが、本当にその通りになるとは想像していなかったのだから仕方が無い。
この後、無茶苦茶笑った。
「十分な厚みは取ったのに、あんなに簡単に割れてしまうとは……」
「岩は確かに丈夫だが、逆に割れやすいものだからな。意味なく薄くするんじゃなく、出来るだけ丸くして表面積を減らせば割れるリスクも下がる」
俺も幼稚園ぐらいの頃までは鉄は絶対に曲がったりしない頑丈なものだと思い込んでいた。我ながら可愛いものだ。そんな可愛気のある子供が育って今の俺になるだなんて親だって想像はしていなかったはずだ。
「わかった。今度は丸く──」
「取り合えずやってみるんだな」
俺は自分の【所持アイテム】の容量を無限だとは思っていない。ましてや2号の【所持アイテム】の容量が俺のを上回るとも思えない。俺のレベルアップが60から伸び悩み──経験値大量ゲットで実際は伸びまくり──しているのに対して、紫村達がレベル50で伸び悩み──こちらも同様に伸びまくり──しているように、パーティーメンバーのシステムメニューの機能は俺のシステムメニューに比べると絞り込まれているからだ。
出来上がったのは直径7m足らずでかなり歪な球状の岩の塊だが2号はそれを収納する事が出来た。
何の不思議も無い当然の結果だ。何せ本来は10m近い大きさで山の斜面から切り出したものを、2号が収納出来る大きさまで削り取ったのだから。
とにかく、今回の試行錯誤の結果【所持アイテム】の容量は大きさではなく重さだという事と、現在の2号の【所持アイテム】の容量が龍1頭程度であるという事がわかった。
それに対して、俺の【所持アイテム】の容量は龍2体と大量の足場岩を収納出来る。これは単なるレベル差の問題ではないだろう。
俺がレベル60になってシステムメニューの機能が拡張された事によるものか、それとも元となる本家システムメニューであるためか、そうでないとするなら2号に対して唯一3倍以上の差をつけているパラメーターは【魔力】しかなく──他のパラメーターは3倍以内に収まるが、魔力だけは10倍差どころではない──この3つのどれかだろうことは間違いない。
「よし、今度こそ風龍を!」という言葉を言い残して2号は青空に大きな赤い花を咲かせ、そして散った……
『ロード処理が終了しました』
「風龍の目を潰すのを失敗した段階で当初の作戦は破綻してるんだから元の作戦に拘らず、駄目元で良いからあがいて、何か臨機応変に対応するべきだったと思う」
「ううっ……」
「どうして駄目だと分かっているのに、最初の作戦通りの行動を続けようと思ったんだ?」
聞かなくてもパニくっての行動だとは察しはついている。頭は良いが想定外の出来事に対応出来ない。そして想定外を作らないほど天才的には頭は良くない。
想定外に対して対応が取れないのは、失敗を織り込んだ計画を立てていないせいだ。あれだけ考える余裕があったのに計画に失敗を織り込めないのは性格だろう。
その性格を作ったのは頭の良さ。なまじ知恵が働くから小さな想定外を即興で切り抜ける事が出来た。出来たから失敗を織り込んで考える癖が無い……非常に思い当たる節があって胸が痛い。
とにかくそれを治すためには、理不尽な想定外に嫌というほど何度も遭遇して痛い目に遭う必要がある……思い出して吐きそうになる。
結局、その日の2号は『龍殺し』の称号を手に入れることは無かったがレベルが52へと上がってしまう。
駄目だ。こいつは駄目だ……明日だ。もう明日!