今日も今日とて、2号を置き去りにして俺は宿を出た。
既に昨日の段階で2号には龍殺しの称号は諦めて、普通に軍人として仕官するように勧めてある。後はそれを2号が納得するかどうかは奴次第だ。
どうせ納得はしないだろうが、現状でこれ以上2号をどうするという考えは俺には無い。
暫くは普通にオーガ辺りを狩って名前を揚げておく──最近はすっかり雑魚扱いだが、オーガはそこそこの規模の町が壊滅しかねない魔物──ようにとは指示を出してあるのだが、今日は櫛木田達の事を説明するのが面倒なので、そのまま姿をくらましたという訳だ。
「! ……」
「目が覚めたか?」
深い森の奥で、硬い地面の上で目覚めた櫛木田は何がなんだか分らないといった様子で、目を見開いている。
穏やかな談笑の途中でいきなり気を失い。奴の主観的な次の瞬間には地面に横たわっているのだから仕方が無い。
「何が起きた?」
「お前の身に起きた事なら、一言で云うなら色々ってところだ」
「何をした!」
「質問に答える前に言わせて貰うなら、お前達を異世界に招待した」
「異世界だと? お前、まさか……」
「あちらはパラレルワールドで、こっちはファンタジーな異世界ってやつだ。安心しろ、あちらよりは幾分ましだぞ」
「ファンタジー?」
「そうだファンタジーだ……お前らも起きろ!」
両手に水球を出現させると、そのまま田村と伴尾の上で解除して頭に水を被せる。
「何!」
「うわっ!」
愕き飛び起きる2人に「おはよう!」と声をかける。
「た、高城?」
「何だ? いきなり……俺は何を?」
「面倒臭いから、結果だけを伝える。櫛木田にも話したことだが、お前達をファンタジーな異世界に連れてきてしまったって事だ」
「異世界ってまたか?」
「お前の想像しているのとは違って、今回はファンタジーな異世界だ。水晶球の化け物みたいのしかいないのと違うから」
「何を言ってるんだ高城?」
言っている事が理解出来ないというよりは、受け入れがたいという感じだな。ならば分りやすく理解させてあげるべきだろう……丁度良いタイミングだし。
「説明するよりも実際に見た方が分りやすいだろう。ちょっとこっちを見てくれ」
そう言って、3人の背後の空を指差す。
「えっ……紫村?」
「それに香籐……何故だ」
「何だアレは……そんな馬鹿な!」
3人が振り返った先には、空を飛ぶ紫村と香籐が背後に火龍を引き連れてこちらに向かって来ているのが見えているだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全長30m級の巨大な化け物が真っ直ぐ突っ込んでくる迫力の前に3人は一斉に悲鳴を上げた。
気持ちは分る。分るけれど、そんな風に驚く事が出来る事が少し羨ましいというか、初々しくさえ感じる。
「退避!」
俺が叫ぶと、紫村と香籐は鋭くそれぞれ左右に方向を変えて火龍の前から逃げた。
そして一瞬、どちらを追うべきか速度を落とした火龍の顔へと、レールガンよりずっと速いと呼ばれる超高速で打ち出された拳大の岩を撃ち出し、岩は摩擦熱で燃え上がる間もなく目標を捉えると同時に爆散させた。
残った頭から下は墜落して、地面に叩きつけられ激しく転がり、俺達の手前10mほどで止まった。
「た、助かったのか?」
「何が起きた? 何が起きてるんだ!」
「まあ、とりあえずファンタジーの世界にようこそって事だ」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
嫌だな、俺はふざけてなんていない。真面目にこんなことしてるというのにどうしてご理解頂けないのかな?
「大体、紫村! お前は空を飛んでたよな?」
奴らの追及の手は紫村へと向かった。
「僕達は全員空くらいなら飛べるよ」
そう言って身体をふわりと宙に浮かせて見せる。
「……どういう事だ高城!」
紫村が浮かんでいるという事実が自分の中で説明付けられない田村が今度は俺に矛先を変えた。
「分りやすく言うと魔法って奴だ。俺も紫村も香籐も使えるようになった。それをお前達にもって思ったのだが余計なお世話だったな。申し訳ない。今日一日、好きなだけ美味い物を食って時間を潰してくれ」
「ま、待ってくれ。魔法ってそんなものを俺達も使えるようになるのか?」
伴尾が食いついてきた。
すぐ使えるようになるのは魔術で、糞使えないのばかりだが、とりあえず嘘ではないので頷いておく。
「今日一日あれば使えるようにしてやれるけど、どうやら気に入らないみたいだから止めておくよ。無理強いはしたくないし」
敢えて突き放す。俺からお願いするのではなく奴等が望みそして頼み込んでくるように仕向ける。結果、どんな事が起きようとも自己責任という状況を作り出すのだ。
「高城ぃぃぃっ!」
雄叫びに振り返ると、そこには見事なまでの土下座をする櫛木田の姿があった。
「な、何だ?」
「俺に魔法を教えてくれ。頼む! この通りだ。魔法が使いたいです!」
腰を軽く浮かせて額を地面にズリズリと擦りつけながらの懇願だった……そういえばこいつは一時期手品にはまっていたな。全く適性は無く、逆に俺が一発で決めてやったら泣きながら悔しがっていた。
「教えるのはやぶさかではない。だが物事には常にメリットとデメリットが存在するのは分るな?」
「勿論だ。例えこの先にどれほどの困難が待ち構えていたとしても、この言葉を告げよう『時間よ止まれ、汝はいかにも美しい』と」
……こいつ、何を言っているんだ。
「高城君。ファウストだよ。ゲーテのファウストで、悪魔メフィストフェレスとファウスト博士が魂の契約を結ぶ際の言葉で……何時ものアレさ」
「知らんがな!」
大体誰が悪魔だ。
「また何時もの病気かと思ったら、やっぱり何時もの病気だよ」
「全くだ。お前は賢そうに見せたいのだろうが、ただの間抜けだ」
田村と伴尾からも容赦の無い罵声が飛ぶ。話す相手が分らないようなネタを選ぶ厭らしさが叩かれてるのであって、決して知らなかったので恥をかかされたと憤っての事ではない……としておく俺は友達思いである。
「それで田村と伴尾はどうする?」
櫛木田が落ちた。次に落ちるのはどちらか?
「高城。未だ他にメリットはあるのか?」
やはりこいつらは馬鹿だ。デメリットよりもメリットを先に考える。小心な俺には不可能な事を平気でしやがるものだ。
「田村……頭も良くなるぞ。頭の回転が高まり、コンピューター並みの演算力といえば語弊があるが、人間とコンピューターのどちらに近いといえばコンピューター寄りと言って良いだろう。それに記憶能力は本をぺらぺらとめくって読むだけで一字一句間違いなく頭の中に叩き込まれる感じだ。辞書だって一晩で頭に叩き込めるし、英語どころかフランス語だろうが辞書を頭に入れてから吹き替え無しの映画を3本くらい観れば日常会話で困ることは無くなる」
「高城……一生ついていくよ」
早っ! そして馬鹿だ! 想像以上に馬鹿だ!
「ほ、他には何かあるのか? 例えば──」
「肉体的に強くなる。しかも圧倒的に……というか人類を越える」
「……そうじゃなくて、ほら、女子から好かれるとか、モテモテになるような」
「申し訳ありませんが、当店では扱っておりません」
力なく崩れ落ちる伴尾……ごめんな。俺も力になってやりたいが、システムメニューにも出来る事と出来ない事があるんだ。俺だってモテてぇぇぇぇぇっ!
「高城君。見た目はどうにもならないけど、社交的で優しく気遣いの出来る性格になれば、女性受けは良くなると思わないかい?」
「そうか、【精神】関連の変化をオミットしないで、上昇してやれば……」
でも俺は嫌だな。性格が変わったら俺が俺じゃなくなるだろう。既に自分を見失いかけてる俺としてはこれ以上の変化はお断りだ。
「性格が変わるってどういうことだ?」
「何というか、性格を心優しく高潔な正義の味方へと変えてしまう副作用があるのだが、それをブロックする方法があってな。更にそれを部分的にブロックする事が出来るから、社交性と優しさと気遣いのパラメーターを上昇させると、頭が良くて運動が出来て性格も良い。ちょっと顔の怖いのが珠に傷だけど、完璧じゃないところが人間らしさを演出し、かえって好感度を上げるという。伴尾君が完成してしまうのだが──」
俺が気付いた時には既に伴尾は天に召されていた。その死に顔はとても嬉しそうな良い笑顔で……嬉しそう過ぎて気持ち悪かった」
「勝手に変なモノローグでまとめるな! まあ、何だ俺もその話に乗らせてもらうからな」
そんなツンデレっぽく言われても軽く殺意しか沸かないんですけど。
「──という事だったのさ」
いきなりこの夢世界に現れた事。
システムメニューの存在に気付いた事。
初めての戦闘と敗北。
現実世界と夢世界の両方に存在する俺の肉体の事。
システムメニューの力で俺が夢世界。そして現実世界で行った事。
そして、もう1つの世界であるパラレルワールドでの事をざっくりと説明した。
「それでお前は、俺達に何をさせるつもりなんだ?」
3人とも意外なほど動揺を見せない。
「とりあえずはレベルアップをして貰う。今のままじゃ現実世界の方で何かが起こったとしても役に立たないからな」
「まるで何かが起こるといわんばかりだな」
「起こるに決まってるだろう。このシステムメニューというのが自然現象に思えるのか?」
「ありえないな」
「だったら何者かの何らかの目的のために、俺を含めた1000人以上の対象にばら撒かれたものだ」
「それは本当なのか?」
「賭けても良いぞ」
答えは知ってるからな。
「そうか……」
「そこまでしておいて、このままめでたしめでたしで終わるようなシナリオを書くような脚本家がいると思うか?」
「いたとしたらよっぽどのヘボだな」
率直な意見だが、その脚本家が聞いていたら脚本を変更して、不用意な事を口にしたくしを作品から追い出すのではないだろうか?
「……それでだ。第二幕以降が存在するなら、部員達全員には生き残るためにレベルアップして貰いたいと言う事だ」
「高城の駒としてか?」
「そういう事言うなよ。本当にケツの穴が小さいな田村は、紫村に拡げて貰えよ」
「冗談でもそれは言うな。洒落にならない」
「安心して良いよ。僕も君は頼まれても嫌だから」
きっぱり言われて落ち込む田村。本当に嫌なんだけど、その嫌な対象から拒絶されると落ち込む気持ちは理解出来なくも無い。
日本の隣には日本が嫌いな癖に、日本が自分を好いてないとおかしいと思う国があるだろう。要するにエゴなんだけど、人間は度の違いはあれどエゴとは無縁ではいられない。
「大体だ。俺に利用されるのも織り込んだ上でメリットを取ったんだろうが、今更グダグダ文句を言うのはお門違いじゃないか?」
契約後にごねるなど悪魔もびっくりの所業だ。
「いや俺等はどうでも良いんだ。だが1年や2年の連中を引き込むのはな……」
そう言われるとつらいな。
「確かにそうだが、はっきり言っておくぞ。俺は別に一方的に利用しようなんて考えてはいない。俺のモットーは『皆で幸せになろうよ』だ」
「嘘くせぇ! こいつの言葉からは嘘特有のドブ臭さがしやがる!」
失礼な。
「嘘を吐いてどうなる? win-winの関係にこそ意味があるんだよ。一方的な搾取では継続的な協力関係は続けられない。だからこそを相手にも十分な利益を与え長く細く搾り取れるんだろう」
「うわぁっ! 良い事を言ってそうで何一つ良い事は言ってないぞ。汚い。大人って汚い!」
「何を言うか同級生。それに1・2年生達とお前等は大島に借りがあるんだろう。俺に協力すれば大島を蘇らせる事が出来るかもしれないんだぞ」
「大島? あいつを……どうやって?」
「奴と早乙女さんの遺体は俺が回収してある。今後のレベルアップで死者復活の魔術を使えるようになう可能性がある」
「大島が復活……嬉しいような嬉しくないようなというより、嬉しくなくてたまらない」
心の整理をつけたら、恩よりも怨の方がずっと大きかった事に頭ではなく心が分ってしまったのだろう……無理も無い。
多分、現在大島を復活させたいと心から願っているのは俺だけかもしれない。もっとも何時までも【所持アイテム】のリストに『大島の遺体』という項目があるのが嫌なだけだが。
やはりこの大島というカードは交渉には使えないか……本当に使えないな大島。
「駒と言ってもお前等に望むのは、またこの前みたいな事が起きた時に生き残って貰う事だ。ついでに後輩や周りの人間を可能な限り助けてくれると嬉しい」
「……それだけか?」
「後は、俺がこっそりと動く時などにアリバイ工作したり、手の足りない時の手伝いなどのバックアップをして貰いたい」
「お前の戦いに巻き込むつもりはないのか?」
「無いというか、俺が本気で助けて貰いたいと思うような戦いには、お前等は連れては行けない……死ぬから」
「レベルアップをしても戦力にはならないか?」
「もう一度、パラレルワールドに飛ばされて、お化け水晶球を大量に300万程倒せば今の俺と同じくらいになるだろうけどな」
「その機会はあるのか?」
「あると良いなとは思っている。その場合は、お化け水晶球を億単位で叩き割って絶滅させてやるつもりだ」
「それなら俺達も──」
「ありがたいが、俺の方がレベルの上がり方も、レベルアップ時のステータスの上昇も上だから差は開く一方だ」
「……分った。全面的に協力する」
櫛木田がそう答えると、田村、伴尾も協力を約束してくれた。
「高城ぃぃぃっ! お、お前は何てことをしてくれたんだ」
あーうるさい。
あの後、俺は初心者用の狩りの相手として「とりあえず練習がてらに、お前等が昨日食った豚肉を狩りに行かないか?」と誘って狩場につれて来て、「アレが豚肉だ」と言いながらオークを指差してやった結果の騒ぎだった。
「お前、あんな、あんなものを食わせたのか?」
いきり立つ櫛木田に笑顔で答えてやる。
「びっくりしただろう? 俺もびっくりしたぞ。初めてたどり着いた町で、この世界で最初の真っ当な食べ物が出てきたと思ったら、俺が狩ったオークの肉が出てきたんだから。しかも一口食ったら止められなくなって、美味しいやら悔しいやらで涙が出た」
「そ、それは……なんていうか」
俺は方をすぼめて、やれやれといった感じで頭を軽く左右に振る。
「別に食いたくないなら食わなくて結構。断っておくが昨日の牛も鶏も全部魔物の肉だから、大して違いは無いからな。この世界で美味しい肉は全部魔物の肉で、最高峰はドラゴンの肉だ。ああ残念だ。その内食わしてやる機会もあるだろうと思っていたんだが、オーク肉も食えないって奴には無理だし……ああ残念」
「……俺はオーク肉、悪いとは思わないぞ」
田村が手のひらを返した。
「櫛木田はわがままだな。子供じゃないんだから見た目で好き嫌いするな」
伴尾がはしごを外す。
こいつ等は本当に良い友人関係を築いていると思うよ……ある意味。
「肉となれ!」
「美味しい肉になれ」
「そして、ご馳走様だ!」
三馬鹿に俺達から借りた武器を手にして5体のオークの群れへと突撃して行く。
人間より遥かに嗅覚や聴覚に優れたオーク相手に奇襲をかけるのは難しい。俺や紫村達の様に空中からでも無い限りは飛び道具を使わなければ無理だと分った故の突撃だった。勿論セーブ済みだ。
櫛木田と伴尾は剣を、田村は槍を選択した。
「田村君。槍は突く事よりも引く事を念頭に入れた方がいいよ」という紫村の助言を田村がどれほど理解しているかが生死を分けるとみている。
全般的に魔物と呼ばれる存在の身体能力は人間どころか野生動物に比べても高い。一見丸くてプヨプヨとした柔らかそうなオークだが、その脂肪の下には鍛えた訳でもないのに物凄くブラッシュアップされた筋肉がこれでもかと詰め込まれた肉体が隠されている。
だから、レベルアップもしていない田村の腕で槍を深々と刺せば、収縮した筋肉に包まれた穂先が引き抜けなくなるのは間違いない。
掛け声ばかりは勇ましかった3人だが、はっきり言って浮き足立っている。
それほど自分の手で相手の命を奪うという事への心理的な障壁は厚くて堅い。
ましてやオークは曲りなりに亜人と分類される人型である。俺自身ゴブリンに対しては戸惑いを覚えたのは決して古い記憶ではない。
ゴブリンを観察して、猿よりも人類から遠いと決め付けなければ殺すのは難しかった。。
3人の掛け声も同じなのだろう。肉だと思い込まなければ戦えない……だが、自分の嘘で自分を騙し切れてもいない。その辺を割り切るためには──
「おおぉぉあっ!」
伴尾は真正面から踏み込んでの面を打ち込む……完全に剣道だ。インパクトの瞬間に左の小指からぎゅっと絞り込むように強く握りこんでも駄目なんだよ。
竹刀なら打った瞬間に綺麗に剣先が跳ね上がるような打ち方だが、この場合は剣の重量を生かして振り下ろして生まれた運動エネルギーを余さず全て叩き込むようにしないとオークの頭蓋骨にはひびが入ったとしても砕けない。
刀でも相手を一撃で死に至らしめるような場合は、斬りつけながら両膝を抜いて腰を落しならがその運動エネルギーすらも刃に乗せる。
案の定、オークは頭に一撃を貰いながらも反撃をし、伴尾は棍棒の一撃を避けるために横っ飛びで地面に身体を投げ出し転がった。
その隙を突いて別のオークが大きく頭上で振りかぶった棍棒を地面の上の伴尾に振り下ろそうとするところを、田村が槍で腹を突く。
しかし、焦りのために紫村の忠告を忘れたのだろうその穂先は深々と突き刺さり、腹筋によってからめ取られ引き抜く事が出来ずにいるところを、更に別のオークが棍棒で頭を殴り飛ばす……ああ、死んだな。
「田村ぁぁぁぁっ!」
死んでも時間を撒き戻して記憶以外は元通りと伝えてはあるのだが櫛木田は頭に血が上ってしまったようで、我を忘れて突っ込むと怒りに任せて振るった剣で、田村を殴り飛ばしたオークの腕を切りつけた。
剣道の打つではなく、叩き斬る様な一撃は肉裂いて骨を砕くが、両断は出来ずに皮一枚繋がった状況となり、そして櫛木田の身体は前へと体勢を泳がせる。
そこを、伴尾に頭を斬りつけられたオークの一撃が背後から襲い……背骨を折られたな。
更に伴尾が起き上がる前に残りのオーク2体が襲い掛かり、滅多打ちになった。
『ロード処理が終了しました』
「うわぁぁぁぁぁっ!」
3人はロード終了直後、死の恐怖に叫び、何かから逃れようと地面を転げまわる。
「よう、おめでとうさん」
嫌味ではなく心から祝う。やはり武道を志す者として、一度くらい無様に死んでおくべきだと思うのだよ。
「た、高城ぃ?」
這いつくばった状態から顔だけを上げる櫛木田。
「何だ? 最初から言っておいたよな、死んでもロードで時間を巻き戻すから安心して死んでこいと」
「いや、だけど……アレ、アレが俺の死なのか?」
苦しげに顔を歪めながら吐き出すように口した。
「自分の死に様はみっともなかったか?」
「……無様だった」
「良かったじゃないか、それを経験出来たんだから」
「そうだな……これは凄い経験だ。だが礼を言う気にはなれない」
「別に礼は入らないが、悔しいな。俺はその体験を試す事が出来ないのだからな」
「そうか、お前が悔しがるなら死ぬのも悪くはないな」
「じゃあ、後十回くらい死ねば良いと思うよ」
「この悪魔!」
「うるさいよ。櫛木田だけじゃなく伴尾だって剣道じゃないんだから考えて武器を扱えよ。田村は槍で首か心臓を狙って突けば良いのに、躊躇った挙句に焦って腹を思いっきり突いただろ。だから槍は抜けなくなったし反撃も貰った。お前等一度殺されてるんだから、もう手加減とか躊躇うのは止めろよ」
「分ってる。こちらが躊躇っても相手は躊躇わないんだ。無駄なことはもうしないさ」
割り切りの速い現実的な対処が俺たちの売りだから。
『ロード処理が終了しました』
『ロード処理が終了しました』
『ロード処理が終了しました』
『ロード処理が終了しました』
「ちっ、5回で終わりかよ」
櫛木田達は無事にオーク達の殲滅に成功した……心には大きく深い傷を負ったのだが、それはそれだ。
「舌打ちしたな?」
「気のせいだろう?」
3人の恨めしげな視線など痛痒も感じぬわ。
「折角だからレベルアップって奴を少し実感してみろよ」
「実感って……例えば?」
まあ、何時ものあれしかないよな。
「じゃあ、俺が掛け声を掛けるから、一斉に思いっきりジャンプしてみろ。一、二の、三!」
俺の余裕を与えないカウントダウンに合わせて、何も考える余裕も無いまま思いっきりジャンプした3人は、思った以上に高く跳んだ自分の身体を制御できずに空中でバランスを崩すと、空中で体勢を整える術などなくそのまま地面に落ちた。
「痛った……く無い?」
「それより、今凄く高く跳んだな」
「確かに、2mくらいは跳んだぞ。これがレベルアップの?」
「僅か3レベル上がって4レベルになっただけだが、既に普通の人間と呼ぶにはおこがましい存在で、やがて人類との別れを体験することになる……今日中にな!」
名残惜しさを感じる余裕も無い一足飛び生き急ぎすぎだよ……勿論他人事だ。
「それじゃあ、大島が復活しても、もう怯えないで澄むんだな」
「………………」
「黙るなよ!」
「………………」
「目をそらすな!」
注文が多いよ。
「だって、そもそもあいつは人間じゃないし」
システムメニューも認める人外だから。
「人間じゃないのか?」
「アレを人類と認めたら、人類への冒涜だよ。あいつは普通に魔術を弾くから。魔力を気合で無効にするんだよ。そんなの人間じゃないだろ?」
「……それって本当なんですか?」
意味が分かっていない櫛木田達とは違い、魔法の知識がある香籐が疑問を口にする。
「本当だ。『【昏倒】は対象の気合によって無効化されました』とアナウンスされたんだ。確かにレベルの低い非物理的な魔術は、魔法と違って魔力に影響されて効果を失うが、奴は魔力ではなく気合で無効化したという事だ。調べてみたら『ある種の生物には意志の力により少ない魔力を瞬間的に高めて魔術の効果を無効にする術を持っています。ただし人類は除く』とあった」
「本当に人類じゃないんですね」
「システムメニューによりレベルアップして人類の範疇から外れた俺達と違って、あいつはそもそも別の生き物なんだよ」
衝撃の事実の前に紫村さえ口を開けて固まっている。
「……大島先生を復活させて良いのか不安になってきたよ」
何とかショックから立ち直った紫村が余計な心配を始める。何故なら──
「大島の遺体を収納している俺の方が不安だ。この世のためとはいえ大島を封印し続けるつもりは無いからな」
「えっマジ!? 大島をアイテムボックスにいれてるのか? エンガチョ!」
これが我々の大島に対する赤心の吐露です。穢れの無い少年達がこうなってしまうほどの仕打ちを大島は行っていたのです……じゃない。アイテムボックス?
「田村、今アイテムボックスといったよな?」
「それがどうした?」
「お前のシステムメニューにはアイテムボックスという項目があるのか?」
「何だよ、普通にあるぞ」
「【所持アイテム】という項目は?」
「そんなものは無い」
「そのアイテムボックスという項目には、当然アイテムを入れられるんだよな?」
「アイテムボックスなんだからそうだろう。まだ何も入ってないから」
……なるほど。このシステムメニューの項目は本人の認識によって変化する。【所持アイテム】は俺が持ち物を入れておく項目をそうだと思ったから、項目に【所持アイテム】というラベルが貼られているという事か、別に大した問題ではないが、ここで俺は一計を案じた。
「試しにお前のアイテムボックスへ、俺の【所持アイテム】内のモノを送るから受け取ってみてくれ」
「分った」
チャンスだ。【所持アイテム】内のリストから大島の遺体を選択して……このままじゃ流石にバレるな。よし鈴中の部屋から回収した幅が2mを越える大型のクローゼットも選択する。すると『1つにまとめますか?』とアナウンスが出たので、迷わず『Yes』を選択すると、どうやら大島の遺体はクローゼットの中に収まったようで、リスト上はクーロゼット(*1)と注釈こそついているが、一見してクローゼットになった。ついでに鈴中と早乙女さんの遺体もクローゼットにまとめて入れると、何食わぬ顔で田村へと送りつける。
「クローゼット? 随分大きなものを寄越すな」
「最低でもそれくらいの大きさじゃないと、ありがたみが分らないだろう?」
「それもそうだ。Yes……と、それにしても随分と大きなクローゼットだな。何でこんなものが?」
「いや、鈴中の話をしただろ。あの時に証拠隠滅で奴の部屋の家具など一切合財を収納した時の奴だ。処分に困ってる奴だからお前にやるというか返さなくて結構だからな」
「そんなものこっちで捨てればいいじゃないのか?」
「合板とか使った家具なんてある意味オーパーツだからな。かといっても現実世界で捨てて足がついても困るから。本当ならパラレルワールドで捨ててしまうかとも思ったんだが、結局は何やかんやと忙しくてそれどころじゃなかったからな」
「分った。アイテムボックスが一杯になったら処分を検討すれば良いんだろ」
計画通り! いや、ただのごっつあんゴールだけど、とりあえずババは手札の中からは消えた。何という開放感だろう……幸せってこんな感じなのだろう。
『高城君。やったんだね?』
『やりましたね?』
『やらないはず無いだろう。何か問題があるか?』
『特には何も』
『僕もありません』
あるはずが無い。
ここで田村にチクったとしよう。田村は俺に送り返そうとするだろうが、俺は断固受け取りを拒否する。すると田村は自分のアイテムボックス内からクローゼットごと3人の遺体を取り出してしまうだろう。そうなれば結局は、鈴中はともかく大島と早乙女さんの遺体を6人の中の誰が収納するかで醜い押し付け合いになる事は2人にも分っているはずだ。
故に2人は口を噤む。この場合、雄弁は銀だが沈黙は金なのだ。
『マルまだ眠い……』
昨日は興奮して遅くまで起きていたマルはまだ眠り足りないようで、欠伸をしながら地面に胸を着けたまま立ち上がろうとしない。
「香籐。マルはまだ眠いから触るなウザイと言っている」
「マルちゃんはそんな事言いません!」
お前にマルの何が分る! と怒鳴りつけてやりたくなったが何とか抑える。
「いやいやマジで香籐ウゼェ! って言ってるから、近寄らないであげて」
止めを刺してあげた。
「嘘だどんどこどーん」
香籐は泣きながら走り去った。
「香籐君……親を説得して犬を飼えるようなると良いね」
「そうだな。そうすれば少しは症状が軽くなるよな?」
「…………」
「………………」
「……………………あっ、全滅したみたいだよ」
気付けば櫛木田達がオーガー相手に全滅していた。友人がオーガーの一撃でバラバラに弾け飛ぶ様をみて冷静でいられる俺達は精神面でも人から外れた存在になっているのかもしれない。
『ロード処理が終了しました』
「ふざけるな! 何だアレは!」
最初にオーガと戦って死に掛けた俺と同じような事を言っている。
そうだよな、化け物じみた力を手に入れたと思ったら、すぐにもっとトンでもない化け物と戦って殺される様な極限状態で、人間がとれるリアクションにはそれほどバリーションに富むはずが無いというのが俺の持論だ。
バリエーションを生み出すほどの精神的な余裕があったら、それは極限状態ではないのだから。
「現状では速さも力も劣っている。唯一の救いは、俺達の腕に宿る力はオーガの力には届かなくてもオーガの命には届くという事だ」
「つまり、その力をどうやってオーガの致命的な部分に送り込んでやるか……」
「もう1つ俺達に有利な点がある。奴は一体だが俺達は3人だ」
知恵と勇気と友情で乗り切る気か? 俺は1人だったぞ……色々インチキもしたけどな。
それにしても数の優位を戦力の計算に含めるとは、基本1対1、そして1対多数(1は自分)しか想定していない空手部の人間としては上出来だ。
もしかして、そんな事は無いとは思うのだが、3人は俺が想像していたよりも頭が良いのかも知れない。
いやいや、やっぱりそんなはずは無い。あいつ等は3人で戦えるから気付けただけで、俺はシステムメニューを身に付けてからずっとボッチで戦……やめよう、これ以上自分を追い込むような真似は危険だ。
俺はオーガに挑む3人に背を向けると、眠るマルの横に座って静かに彼女の身体を撫で続けるのであった……癒される。
「高城君。高城君」
「ん? ああ、また死んだのか」
「それでも全滅はせずにオーガを倒したよ」
「なるほどそれなら後1、2回ってところかロードロードと」
『ロード処理が終了しました』
「だから正三角形でオーガを囲うのは良いけど、三角形の頂点の1つが正面に来るのだけは避けないと駄目なんだ。真後ろに回り込む役以外は常にオーガの動きだけじゃなく視線や足の指の向きまでも気を配って、咄嗟の動きに警戒しつつ注意を自分に向けるというある意味矛盾する役割を全身全霊で果たす必要がある」
「だけどオーガだって馬鹿じゃない。先ずは誰かに狙いをつけるだろ」
「そのために他の2人が牽制して、常にオーガが誰か1人に狙いをつけるのを妨害するんだ」
3人は真面目にディスカッションをしている。幾ら生き返る事が出来ても進んで死にたくは無いようだ。死という感覚をとことん突き詰めようとする紫村や香籐に比べたら、多分俺は櫛木田達に近いのだろうと思う。
「高城、犬なんかを構ってないでお前も何か案を出せ」
そういうのは自分で考えてこそだろう櫛木田よ。それを俺に振った挙句に、犬なんか?……あっ、いい事思いついた。
「お前等は、安全を確保することばかり考えた結果、長期戦になりやられてるんだから短期決戦で挑めよ」
「短期決戦?」
「そうだ。三角形の頂点を正面に配置して、残りの2人が突貫してオーガのアキレス腱をぶった斬って無力化しちまえよ。そうだな囮は櫛木田にやらせれば良い」
「お、おいちょっと──」
「良いアイデアだ」
「さすが高城主将だ。副主将に厳しいのが素敵!」
再びあっさりと手のひらを返す田村と伴尾に、こいつ等3人組のコントグループとしてデビューすれば良いのにと思う。
結果的に俺の助言が功を奏して、両脚のアキレス腱を斬られて立ち上がれなくなったオーガを3人はあっさりと仕留めた。
「これでお前等のレベルは6になった。どうだ大分人類から遠ざかった気がしないか?」
「いや、そこまでは」
3人は一斉に首を横に振る。
「まあ、早い段階で諦めた方が楽になれるからな」
とりあえず忠告だけはしておく。別に胸が痛むとかいう訳ではない。心の何処にぽっかりと穴が開いたような虚無感が沸いてくるだけだ……
「そしてこの後の事だが、後3回位オーガを倒して戦闘慣れして貰ったら。龍狩りに向かう」
「龍? あまりにもいきなりハードルが上がり過ぎじゃないか」
「竜ってアレだろ、ワイバーンとか」
「それでも辛いわ!」
「残念だが、バリバリの龍だ、全長は20m程度から大きいものは30mを超える。超大物だから」
「無理だ!」
「分ってるから安心しろ、別にお前等に龍を倒せとは言っていない」
「そ、そうか──」
「龍に倒されて貰うだけだ」
「なんだってぇぇぇぇっ!」
良い反応だ。その顔が見たかった。
「お前達のレベルじゃ流石に無理だから。俺でも水龍と戦ったのはレベル10を越えてからだしな」
「じゃあ何故?」
「絶望的なほど力に差のある相手に蹂躙されるという経験は得がたいものだと思うぞ」
俺も経験してみたいのだが、それが出来ない以上は他人の状況を見て学ぶしかない。俺の糧になるがい……ゲフンゲフン、win-winだよ。
場所を変えながらオーガを狩って行く訳だが、櫛木田達は空を飛べないので……抱き上げて飛ぶのは嫌なので歩きだ。
ちなみにオーガの個体数はそれほど多くは無い。統計がある訳も無いので俺の私見だが、オークの数百分の一程度の頻度でしか発見出来ない。
勿論、これはオークの個体数がそれほど多く、それ故に人間にとって重要なたんぱく質の供給源となっていると言える。
俺のオーガのスコアが100を越えているのは、ど田舎にして魔境ともいうべきミガヤ領で稼いだスコアが大きいためであり、流石に王領ではオーガを狩るには、広域マップで検索をかけてヒットした個体を目指して数kmから10km程度は移動する必要があった。
「なあ高城。俺達はいつになったら飛べるようになるんだ?」
長い移動中に伴尾がそう尋ねてくる。女にモテタイのもあるだろうが、高所恐怖症でもない限り空を自由に飛んでみたいという夢は誰にでもあるだろう。
ちなみに、3人が【精神】のパラメータのレベルアップ時の変更をデフォルトでOFFにした後で、真っ先に個別設定でONに切り替えたのは高所耐性だった。
「そうだな、ギリギリ浮き上がる程度なら今でも出来るだろうが、ある程度実用レベルで飛べるようになるのはレベル30は必要で、思う存分自由自在に飛ぶならレベル50-60くらいじゃないかな」
【魔力】に関しては3人とも紫村や香籐とさほど変わらないので、そう判断した。
「それで今日俺達のレベル上げの目標はなんぼだ?」
「レベル60を目指す予定だから安心しろ。そのレベルになれば魔法も簡単に理解出来るようになっているだろうし、自分で新たに魔法を作れるようにもなるだろう……だがくれぐれも悪さはするなよ、俺や紫村を敵に回したくないなら」
「い、悪戯ならどうだ?」
「覗きとかか? 断っておくが、システムメニューのマップ機能は、互いに相手の位置情報とかも知る事が出来るから、恥ずかしい行動はしない方が良いぞ」
「し、しないしない、そんな事考えた事も無い!」
「この能力は文字通りチート、ズルだ。一度踏み越えたらズルズルと落ちていくだけだ。使う相手を間違うなよ」
「……ズルだけにズルズルと?」
「ホォァチャッ!」
化鳥の叫びと共に裏拳を叩き込むと伴尾は反動で空中で2回捻りをしながら跳んで落ちた。
完全に失神しているので、「面倒な」と吐き捨てると右足を掴み上げるとそのまま引きずりながら歩き始める……俺は自分以外が口にするイラっとするような冗談が嫌いだ。
『何これ? 新しい遊び? マルもマルも!』
何が楽しいのか分らないが、マルは伴尾の右肩の辺りを咥えると、嬉しそうに尻尾を振りながら引きずり始めた。
一連の様子を見ていた誰も突っ込んではこない。ただ櫛木田が「馬鹿め」と呟いただけ……死して屍拾う者無し。死して屍拾う者無し。
こういう殺伐とした人間関係が俺達がモテない理由なのかも知れないと、ふと思った。
「よし、レベル8だ」
レベルアップによる身体能力の向上と戦闘への慣れによって、3人はあっさりと2体目のオーガを倒した。
そして更にもう1体を倒してレベルを9に上げた段階で、オーガと1対1での戦いを指示する。
「無茶を言うな!」
そう抗議する田村を無視すると「1つ戦い方を教えてやる」と切り出す。
「戦い方? 何だ」
「櫛木田。見せてやるから俺の剣を返せ」
「おう」
放り投げて来た剣を掴むとそのまま収納する。
俺は剣を持たない素手の状態で、剣を両手で振り上げる構えを取ると、手の中に剣を装備すると同時に振り下ろす。
「?」
何の事か意味が分からないという顔をしている3人を無視して、振り下ろした状態で剣を収納し、素手のまま剣を振り上げる構えを取り、剣を装備すると同時に再び振り下ろす。
「そうか、そういうことか!」
「武器は攻撃の時にだけ手にしていれば良い。まさにシステムメニューを利用した戦い方だ」
「武器を持っていない間は武器の重さから自由になるだけではなく、長さのある武器を振り上げるためには重さ以上に力が必要となるからこれは大きなアドバンテージだ」
感心する3人だが、これから見せる本当のインチキを見てどんな顔をするのかが楽しみだ。
剣を収納してから近くの木に歩み寄ると、3人を一瞥してからニヤリと笑ってから木の幹に向けて、剣を持つような形で手を寄せた。
「お、おい!」
「まさか!」
「それはないだろ?」
驚きの声を上げる3人を他所に、俺は高らかに叫んだ「装備!」
「………………」
突如現れて直径50cmはあろう木の幹を貫通した剣に、3人はあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。
『凄い! 何が起きたの? マルもやってみたい!』
「知っている僕でさえ出鱈目だと思うのだから、無理も無いね」
「確かに、主将は凄いというか酷いですよ……」
「仕方がないだろう。それだけ追い込まれて必死だったんだから。俺は1人で自分が死んだらロードも出来ないんだからな」
異世界でボッチ過ぎたせいで、ちょっとおかしくなりかけた事も無い奴に文句は言われたくない。
現金なもので、装備を使った戦い方を知った途端に、櫛木田と伴尾も剣ではなく槍を使わせろと言って来た。届く範囲ならどんな対象にも無条件で突き刺さるなら得物は長い方が良いからだ。
「今回は1対1だから槍を使い回せよ。田村、櫛木田に槍を渡してやれ」
「俺からかよ!」
「自信ないのか? 確かに後回しになった方が、先に戦った奴の戦いを見て参考に出来るし、何より高いレベルで戦えるから楽だよな……副主将さんよ」
「こんな時だけ副主将かよ」
「お前はどんな場合に、俺を主将呼ばわりしていたか思い出してみろ」
「…………善し。俺が戦うところをしっかり見ておけよ」
素早く目をそらしてから、そう言うと田村から槍を奪い取った。納得して貰えて結構な事だよ畜生め!
『小さい方が負けるよ』
『マルは賢いな』
などとマルと話していると櫛木田の肉体が宙を舞う。バラバラにこそなっていないのはレベルアップのお陰なのだろうが、肉体からは心も魂も既に遠い彼方へと旅立ってしまっている。
『ロード処理が終了しました』
「だから、まだ向こうの方が速さすら上だから。あの長大な棍棒と呼ぶのもおこがましい何かの薙ぎ払いの範囲に入ったら、空手の技なんて何の役にも立たない。空手はああいうのを相手にするためのものじゃないから」
上から目線で説教。俺には説教してくれる奴が……いいんだ。もう別に……
「空手以外か……」
「大島相手にやりあうとしたら空手は使い物にならない事くらい想定してあるだろう。ならば搾り出せ、自分に出来る全ての可能性を。そして想像しろ、可能性というピースを組み合わせて勝利の形を作る方法を」
俺もそうだが、こいつ等が大島とやりあうことを想定しないで生きていこうと思うほど現実をお花畑な楽園だとは思っていないはずだ。
「勝利の形か」
「少し考えればわかる事だがオーガは大島よりも、そしてお前達よりも頭が悪い。これがヒントだ」
不親切なヒントだ。もっと肝心な部分を教えるヒントもあるのだが、それは何度か死んでる内に思いつくだろう。
櫛木田はオーガに向かって真っ直ぐ歩み寄っていく。ゆっくりとしかし自分を見据えながら近づいてくる人間の姿にオーガは戸惑いを覚えたように警戒しつつも、その場で待ち構えるように動きを見せない。
オーガの棍棒が届くギリギリのラインで立ち止まると突如「あっ! UFOだ!」と叫んで、オーガの間合いの内側に飛び込もうとしてホームラン性の当りで高々と宙を舞った。
『ロード処理が終了しました』
「なあ櫛木田。死ぬのが快感になってないだろうな?」
「…………」
「馬鹿だ。お前は馬鹿だ」
「…………」
「何があっ! UFOだ! だよ」
「…………」
「残念だったね櫛木田君。でも、あの自信満々の顔の根拠がアレなのはどうかと思うよ」
「…………」
「お、惜しかったと思いますよ」
「…………慰めが一番堪えるわ!」
吠えた櫛木田に俺と伴尾、そして田村が噛み付く。
「心配してくれた香籐に何を言ってるんだ?」
「後輩に八つ当たりする先輩。あ~嫌だ嫌だ」
「香籐が気配りの人じゃなかったら、お前なんてただの足の臭い先輩だぞ」
俺達は誰かを弄ってる時だけは心が通い合う……実に嫌な人間関係だ。
「田村っ! 足の臭いはこの際関係ないだろう!」
「この際だろうが、どの際だろうがお前の足は臭いんだよ。いつも櫛木田の足は臭い櫛木田の足は臭いと思ってるわ! お前の蹴りを受けたら空手着が臭くて堪らんから、その日のテンション駄々下がりなんじゃあ!」
「それを言ったらもう戦争だろうが!」
櫛木田は槍を構え、田村は「高城、武器をくれ!」と叫ぶが俺達は2人をその場に残すとさっさと退避する。
「高城、高城! ……高城?」
次の瞬間、櫛木田と田村は騒ぐ2人の声に走りこんできたオーガの一撃で仲良く一緒に空の散歩を楽しんだ。
『ロード処理が終了しました』
「先ずはあの棍棒を何とかするしかない。あれさえなければ槍を持っている俺の方がリーチが長い」
ロード終了後、何事もなかったかの話し出した櫛木田が憐れ過ぎて、先ほどの事に対して突っ込む言葉が無かった。
「それで具体的には?」
「……奴は必ずフルスイングしてくるから、タイミングを合わせて退いて空振りさせる。その僅かな時間だが奴は己の膂力によって自らの動きを封じられる!」
自信満々にそう断言した櫛木田に「やってみろ」とだけ答えた俺は……27秒後。櫛木田の飛距離を正確に測ってみたいという衝動に駆られていた。
『ロード処理が終了しました』
「勝手にオーガがフルスイングしているとか勘違いしてたみたいだけど、あいつ等が人間如きに全力で振るはず無いだろう」
実際は岡目八目とも言うように傍から見ていたからこそ気付いた事だ。棍棒で薙ぎ払った後のオーガの体幹を見れば全力には程遠く、十分に余力を残しているのが見て取れた。
「それは前もって言えよ。本当にお願いします」
前もって知ってたわけじゃないけど、それを言うのは癪だったので言い返す。
「前もって言っても、お前はどうせ俺を信じない」
「俺はお前を信じている。だからお前も俺を信じろ!」
「……無理」
オブラートに包まず本心を言葉にするなら「気でも違ったか?」だ。
「頑なだ! 何がお前の心をそこまで閉ざさせたんだ?」
「お前の普段の行い」
「うわっ! 思い当たる節が多すぎる。だがそれはお互い様だ!」
そんなやり取りがあった後。
『ロード処理が終了しました』
『ロード処理が終了しました』
『ロード処理が終了しました』
ついに櫛木田はオーガを1人で倒し切った。
「おめでとう」
拍手と共に勝利者を迎える。
「ありがとう。お前がアイテムボックスの使い方を教えてくれてたらここまで苦労しなかったけどな」
「若い時の苦労は買ってでもせよ」
「苦労してるから! 俺達は一緒に人一倍苦労してきた仲だろ? 何度殺されても折れない強い心が、その証だろ」
確かに、無残に死んでいるのだがトラウマともPTSDとも無縁の精神力……良く考えるとゴキブリ並みの強靭さって気持ち悪いな」
「心の中のモノローグを口に出す! 俺が気持ち悪いならお前だって気持ち悪いだろう!」
「いや、俺死んだことは無いし。多分、死んだら俺の繊細な心はガラスのように砕け散るよ」
「ポリカーボネートは割れても砕けないし、象が踏んでも壊れないから安心しろ」
その後、田村と伴尾はあっさりとオーガを倒した。櫛木田が舌打ちするほど鮮やかに完勝だった。
櫛木田という手本があり、さらには櫛木田のオマケでレベルアップを果たしているので当然だ。
櫛木田は棍棒を上体後ろにそらすスウェーバックでかわしながら、胸の10cm手前を通過する棍棒を下から触れて収納する。
今の櫛木田の目と反射神経なら400km/hの野球のボールさえもキャッチは無理でも触る事なら楽勝なはずだ……触れた時の衝撃で小指を折っていたが、それは治しておいた。
流石に十分に余裕を持ったはずのスイングでも、突然全長3mを越す俺の胴回り以上の太さを持つ棍棒が突然消えたら思いっきりバランスを崩すのは必然であり、倒れたオーガを背中から心臓を目掛けて槍で滅多刺しにして絶命させた。
田村は櫛木田の小指の骨折を踏まえて、棍棒へのタッチする時の手の向きを横にして、通過する棍棒を指先で軽く触れる様に工夫した。
伴尾は「マップ機能で俺が収納可能な大きさの岩を探す事って出来るか?」と有意義な質問をしてきたので、検索方法を教えた上で足場岩を提供してやる。
案の定だがスイングの軌道上に岩を出して盾とすると、そのまま槍を構えて突撃する。
岩を打ち付けた棍棒は自らの破壊力によって自らを破壊するが、伴尾は砕けた棍棒の破片を全身に浴びながらもそのままオーガの下顎から上へと槍を突き上げて頭蓋骨の内側に穂先を突き刺すと、左手で握り込んだ場所を支点に石突近くを握り込んだ右手で小さな円を描いて脳をカクテルをステアするように軽くかき混ぜた……酒に弱い中学生の俺がカクテルを飲んだ事があるわけではないが、ジェームズ・ボンドの「ウォッカマティーニを。ステアせずにシェイクで」という台詞からだ。父さんの影響──父さんは祖父ちゃんの影響──とはいえ、この手の知識ばかりを無駄に蓄えてしまうのが中学生男子の本懐だと思う。
「あ、あっさりレベル60を超えてしまった」
途中昼飯を挟んで龍を6体も狩れば、余程幼い個体ばかりを狙わない限りレベル60は越えてしまうものだ。
「良いのか? 何もしないのに強くなるって」
「良い訳ないだろう。これは人間を駄目にしてしまう」
伴尾は過ぎたる力が僅か1日で身に付いたという現実に強い危機感を感じている……信頼して引き入れた仲間が「棚ぼたラッキー!」と喜ぶような馬鹿じゃなくて良かったよ。
「所詮はただの力だ。今までだって俺達は学校という集団から爪弾きにされるほど力を持っていて、進んで力を使った事があるか? そもそも強くなって良かったと実感した事も、何かの役に立った事もほとんど無いだろう。今更、お前等がより強い力を手に入れたところで力に溺れる事も無いよ」
「だがよ、高城。こうも簡単に強くなったら、今までの練習で積み上げてきたものが無駄になっちまったような気がするぞ」
「そうだ。今まで死ぬような思いで磨き上げてきた技と力が、たった1日だ。お前等が龍を狩るのを見てるだけで、比べ物にならないレベルで上書きされたようなものだぞ……空しさでどうにかなりそうだ」
そんな心配しなくても、所詮、お前達の力はマルに大きく劣っている程度だから気にするなと言いたくなったが、それを言えば空しさの上塗りになると思ったので止めておいてあげる気配りの出来る俺。
「大体な、レベルアップの能力向上は基本的に掛け算だと説明してなかったか?」
「何の事だ?」
……なるほど言い忘れてたのかよ。
「システムメニューで?くパラメータを表示すると数値が出てるだろ。あの値に掛ける元の自分の身体能力が現在のお前等の身体能力だから、今までの努力が無駄になるなんて事は無いからな」
「だから、そういうのは早く言えよ!」
「伝える事が多すぎて、話さなければという思いはあるが口が追いつかない上に、他にも伝えたい事が多くて……」
「つまり、他にも沢山伝えてない事があるんだな?」
「システムメニューにはちゃんとヘルプ機能があるから、そこから【良くある質問】で調べろ。それでも分らないなら俺に聞けよ」
潔く投げ出した。
正直、俺自身ですらシステムメニューに関して調べれば分る部分に関してさえもコンプリートしていないし、調べても分らない部分に関して全ての考察が完了している訳でもないからだ。むしろ自分で調べ考えて俺に教えて欲しいくらいだ。
今日も早目に切り上げると、2号に櫛木田達の分の部屋を取る事を説明するのが面倒だったので、ムイダラップには戻らず、王都へと続く街道を北上せずに東部へと伸びる街道の先にあるノイツクアの街で宿を取った。
2号とはこれっきりになるかもしれないが、今まで奴にしてあげた事を考えると、2号は俺への深い感謝の念を忘れずにいつかきっと恩を返してくれるだろう……し、信じていれば必ず、多分、もしかしたら。
今日狩った龍は、6人で1体ずつ収納し『道具屋 グラストの店』へ売りには行かなかった。
香籐ですら熱を上げたミーアに三馬鹿を会わせればどうなるかなど考えてみるまでも無いからだ。
ついでに行ったところで在庫過剰で買い取ってはもらえないだろう。
日が暮れるまでは魔法関連のレクチャーを行いながら時間を潰そうかと思っていたのだが、櫛木田達の電池が切れてしまったようで、早い夕飯の途中には食べながら舟を漕ぎ始めた始末で、どうにか食事を終えて部屋に入ると早々にベッドで寝てしまった。
こいつらは現実世界の方では【昏倒】をかました直後に収納したために、本当に一瞬しか寝ている時間が無かったので当然といえば当然だ。
先ほどの事といい、この事も忘れていたという事は不思議だ。
例によって【良くある質問】先生で調べてみると、どうやら強化された記憶能力には選択性があり、重要な事はしっかりと脳裏に刻まれて、スムーズに思い出すことが出来るが、どうでも良い事はそれなりにしか記憶に残らず、意識しない限りは思い出されることも無い……これって凄いことだよな。