——朝起きると、見知らぬ本が枕元にあった。
すまん、何を言ってるか分からんかもしれんがこれが事実なんだ。
寝ぼけてるわけでもない。
昨日寝る前の記憶がないわけでもない。
普通に寝たはず。
そもそも俺はそんなに本が好きなわけでもない。
家にこもって本を読むくらいなら外に出て遊んでいた方がマシだ。
だからこんな重厚な、みるからに難しそうな本など持っているはずがない。
表紙には「冒険の書」と書いてある。
一応、中身を見てみる。
「なんだこりゃ…」
完全な白紙。
ページ数にして1000を超えるだろうそれの中身は全て白紙であった。
そこで彼は思い出す。
そういえば先日、城から布告があったな。
確かなんかの本に100万Gの懸賞がかけられたんだった。
それって…もしかしてこれじゃね?
もしそうなら一気に金持ちじゃん!
寝起きの冴えない頭が一気に覚醒する。
とにかくまずは確認だ!
俺はベッドから下り、両親の待つ居間へと向かう為、階段を駆け下りていった。
ーー冒険の書ーー
第零頁
「勇者」
ーーーーーーーー
いや〜散々だった!
いきなり親父には「どこから盗んできたっ!」て殴られるしお袋には泣かれるし。
どれだけ俺って信用ねぇんだよ。
とりあえず事情を説明したけど、ありゃまだ納得してねぇな。
でもやっぱり懸賞のかけられた本はこれっぽいし、とりあえず城に行く事になった。
おいこら親父、自首しにいく人間を見送るような目で見るんじゃねぇ。
俺は潔白だ!
なんかこの分だと、城でも同じ扱い受けるんじゃ…
最悪投獄されるのでは?という恐怖がよぎる。
だが、俺はまだぎりぎり未成年。
ちゃんと話せば大丈夫だと思うし、もし冤罪なすりつけられても軽い罰で済むだろう。
何より、一般庶民家庭育ちの俺には、100万Gは眩し過ぎる。
賭けに出るには充分な報酬だと思ったんだ。
——今から思えば、そんな浅ましい気持ちが全ての始まりだったんだよなぁ。
*
王城について、衛兵に用件を伝えると、学者のような人が現れて本を持っていった。
待ち合い室で待つように言われ、出されたお茶をまったり飲んでいると、数人の衛兵が現れた。
彼ら曰く、
「王がお待ちです」
へ?そんな重大なこと??
もしかしてやっぱり、あの本、本物だったんじゃ!?
100万Gゲットなのか!?
逸る気持ちを抑えつつ、衛兵についていく。
通された部屋は、どうやら本当に謁見の間だ。
俺みたいな庶民がここに入れるのは、年に1度の城内開放の時くらいだ。
その時はもちろん王や妃がいたりはしない。
単なる施設見学のようなものだから。
でも、今日は違う。
これでもかというくらい立派な椅子には王様が座っているし、となりにはお妃もいる。
王様の隣には大臣が立っているし、そこまで続く赤い絨毯の脇には、親衛隊がずらっと並んでいる。
気圧されながらも前に進み、跪く。
そして王様の言葉を待つ。
俺みたいな庶民が、王様に話しかける事など許されないからだ。
「面をあげよ」
言われて、顔を上げる。
もちろん王様の視線に合わすような無礼はしない。
王様の胸あたりに視線を移す。
「名前を名乗りなさい」
「ロト家のアルスと申します」
王様はやっぱりすごいオーラがあるけど、なんか口調が優しい。
この口調でいきなり
「泥棒め、ひっとらえろ!」
なんて展開はないだろう。
ひとまず安心だ。
「ロトよ。そなたの持ってきた冒険の書。本物の可能性がある」
やっぱり!100万Gが現実になってきたぞ。
「それを調べる為に、一つ試して欲しいことがあるのじゃ」
「はい。」
なんだろう?
そもそもそれは俺がやることなのか?
そう思っていると、先程本を持っていった学者が歩いてくる。
そして、本と筆を渡される。
ん?どういうこと?
「その本の最初の頁に、こう書きなさい。『三の月、一の日 これから勇者の試練を受ける』と」
「わかりました。」
なんだかよく分からないが、言われた通りに書く。
あまり字はきれいな方ではないので、そこまで注目されると少し恥ずかしい。
普段、教会で勉強する時とは比べ物にならないほど丁寧に筆を走らせる。
「書けました。」
「——よし。ロトのアルスよ。100万Gは間違いなく渡そう」
「あ…ありがとうございます!本物だったんですね!?」
これはなんて幸運!
夢じゃないかと頬をつねりたくなる。
王様の手前、そんなことはしないけど。
「いや…本物かどうかはこれから分かる事。だが、例え偽者であったとしても…ロト家には確かに支払う。許せよ…」
「…え?」
どういう事だろうか。
だが、俺はそれ以上思考を続けることが出来なかった。
——いつの間にか俺の背後にいた衛兵に、首を、はねられていたのだから。
*
——頭を苛む鈍痛、曖昧な自我、薄れる記憶。
今まで体験した事のないような悪寒を感じて、俺は倒れそうになる身体を押しとどめた。
視界が真っ暗だ。
あれ、いつの間に目を瞑っていたのだろう。
王様の前なのに無礼をしてしまっている。
すぐに目を開ける。
「…どうした?もう一度言おう。その本の最初の頁に、こう書きなさい。『三の月、一の日 これから勇者の試練を受ける』と」
あ、そうだったそうだった。
なんでぼーっとしていたんだろう。
すぐに書かないと。100万Gのチャンスなんだから!
そして本の1頁目に目を移す。
だがそこで俺は驚愕した。
朝見たとき、確かに本は全て白紙だったはず。
なのに1頁目に先程の王様の言葉の通り、
『三の月、一の日 これから勇者の試練を受ける』
と書いてあったのだから。
先程本を預かった時に誰かが書いたのだろうか?
よく分からないが…王様に聞いてみよう。
「あの…僕が書く前に、既にそう書かれているのですが」
「なんと!!」
そう言うと、王様が大仰に驚く。
周りの大臣達もざわめく。
どういうことなのだろう。
「…確かに、この書は本物じゃ」
「本当ですか!?」
100万Gだ!!
「うむ。100万G、確かに払おう。…ところで、その書に書かれている文字、その筆跡に心当たりはないかね?」
「筆跡、ですか…?」
言われてよく見てみる。
確かに見慣れた筆跡だ。
というか俺の筆跡にすごく似ている。
普段よりも丁寧に書いた感じだ。
「あ…僕の筆跡に似ていますが…で、でも!僕は間違いなく書いていません!!」
隠れて書いた、と思われているのだろうか。
本物を確かめる作業で不正を働いた、と思われてはたまらない。
100万Gがパーになる可能性がある。
俺は必死に否定した。
そんな俺に、王様は落ち着いて言う。
「それは分かっておる。そうではないんじゃ、勇者ロトよ」
え、勇者…?
この世界には、人類の絶対的な敵対者である魔王が存在する。
莫大な魔力を持ち、高い知能を駆使し、多くの魔物を従える、強大な存在だ。
その魔王と比べれば、人間の力はあまりに小さい。
にも関わらず、これまで何度となく、人類は魔王を退けてきた。
ある時は剣でその首を刎ね、ある時は魔法で焼き付くし、ある時は秘術で封印をした。
そのようなことを可能にしているのは何か。
人類を守る絶対の守護神。
それが勇者。
誰が始まりの勇者なのか。
どのようにして勇者は生まれたのか。
そういったことは一切分かっていない。
人類を愛する神によって作られた。
魔王を驚異と見た精霊によって作られた。
太古の人間自身が作り上げた。
色々な説があるが、そのどれもに証拠がなく、勇者の起源は全く判明していない。
分かっているのは、人類の危機に勇者が現れること。
そして勇者となるものの条件。
それが、冒険の書の所持である。
「つまり、僕が勇者、だということですか…?」
「そうじゃ。その書の裏表紙を見てみると良い。」
言われて、頁をめくる。
そこには、朝見た時には書かれていなかった文字があった。
一、勇者はこの冒険の書により、「セーブ」と「ロード」を行うことができる
一、「セーブ」はその時点での世界の状況を記録・保存する。
一、「ロード」は記録した時点に世界の状況を巻き戻す。
一、一度「セーブ」するとそれ以前の記録から「ロード」することはできない。
一、勇者が死亡すると自動的に「ロード」が発動する
一、勇者は自らの意思によってその資格を放棄することができる。
「これは…どういうことでしょうか…?」
混乱したまま王様に尋ねる。
すると王様は語りだした。
勇者のことを。
これまで、歴史の中には幾人かの勇者がいた。
彼らはそのいずれもが、強大な力を持った魔王を打ち倒すことに成功している。
しかし、それは、莫大な勇者本人の死によってもたらされているのだ。
簡単なことだ。失敗すれば「ロード」、死亡しても「ロード」その繰り返し。
莫大な試行を経て、目標は達成される。
「ロード」すれば人々の記憶も巻き戻る。そのため、失敗の記録は残らず、魔王を打ち倒したという輝かしい結果のみが残る。
しかしここには、一つの問題がある。
「ロード」を行うと、周囲の人々はもちろん、勇者本人の記憶も「セーブ」した時点に巻き戻ってしまうのだ。
勇者に残るのは、「ロード」が行われたという実感のみ。
自分がどのような失敗をしたのか、どのようにして死亡したのかが分からない。
そのため、勇者には言い伝えられている一つの手段がある。
それが「冒険の書」への旅の記録であった。
勇者達は、セーブを行う前に必ずそこまでの旅の記録を書に書く。
そして、これからの予定もそこに書き記す。
こうしておくと、もしロードを行っても、それが何度目のロードなのか、またどのような行動をして失敗をしてしまったのかということが分かる。
ロードした際には、書を見て、追記し、セーブする。そして予定していた行動を少し変えて行動する。
これを繰り返すことで、望む結果を得る。
それが勇者である。
「勇者の試練とは、わしの目の前で『セーブ』させた後、その者を殺す。もしその者が勇者であり、冒険の書が本物であるならば自動的に書に記録した時点に『ロード』されるはず、というものじゃ。この後そちの後ろにいる衛兵に首をはねさせるつもりじゃった」
「!!」
言われて振り返る。
帯剣した衛兵が背後で待機していた。
全く気付かなかった…
「つまりそちは、『セーブ』した後、その衛兵に首をはねられ、この時点に『ロード』したということじゃ。セーブした後の記憶はそちにも、わしらにも残らないため実感はないじゃろうが」
つまりは、俺は、勇者、だということなのか…?
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あとがき
以前「勇者システム」という名前で投降したものを改訂。
しばらく連載してみます。