【第13話 暴露のおっさん】
<< 涼宮茜 >>
11月14日 昼 国連軍横浜基地 PX
昼食が終わって、A-01の皆は、めいめいに話をしている。
お姉ちゃんだけは、まださっきの訓練の事後処理をしているけど、先に食べるようにとのことだった。
いつもの事なので、みんなも気にしなくなっていた。
丁度、私と話す相手がいない状態になったので、最近気になっていることを考えてみる。
まず──多恵が、変わった。
白銀少佐の訓練と、先日の初陣を経て、彼女は本当に変わったと思う。以前の多恵と、どこが違うのか。
まず、以前はことあるごとに、私にくっついて来た多恵だけど、あまりベタベタしなくなった。
そのことに若干寂しさもあるけれど、今の方が友人として良い関係になっていると思う。
もっと大きい変化が、戦術機に乗ったときの変わりようだ。
XM3の慣熟訓練で、散々に白銀少佐から指摘──というほど生易しいものではなかったけど──を受けて、落ち着きが無いのが治った。
初陣のときも立派なものだった。
迫り来るBETAに慌てふためく事もなく、うわつきもせず落ち着いていた。
技量が格段に上がったわけでもないのに、冷静に対処していた分、私達新任5人の中で最も戦果を上げていた。
そのことは、作戦後のデブリーフィングで、伊隅大尉にも誉められていた。
もっとも、戦術機を降りてしまえば、いつも通りの多恵なのだけど……上手くスイッチを切り替えてる、という表現がぴったり来るかもしれない。
──やっぱり、白銀少佐の影響なんだろうな。
かつて、神宮司軍曹も伊隅大尉も、多恵の落ち着きの無さを修正しようとしていたけど、結局は匙を投げた。
というよりも、落ち着きの無さが、多恵のトリッキーな動きに繋がっていたし、作戦行動に影響が出るほど害でもなく、むしろムードメーカーとしての役割を果たしていた所があったので、さほど本気で修正しようとはしていなかったのだ。
それが、白銀少佐に徹底的に修正されて、一皮向けたというか、衛士としての格が上がったように思える。
もちろん、同じ経験を経た私たちも、同じく成長はした。
けど、他の隊員に比べると、ややお荷物の感があった多恵が、堂々と肩を並べるくらいに成長したのは確かだ。
──成長した多恵も偉いけど……やっぱりそれを見越して徹底的にやった白銀少佐が凄いよね……
白銀武少佐。いきなり現れた、同い年で、単機で私達A-01全員を下すほどの凄腕衛士。
XM3を考案した頭脳といい、堂々としたその貫禄といい、とても同い年とは思えない。
これが、ただの腕の良い衛士だったら、ライバル心も沸いたかもしれないけど、ここまで差があると、そんなものは欠片も起こらない。
それは伊隅大尉も含めて、全員の一致した考えだと思う。
何より、それを決定的にしたのは、あの『任官式』。
訓練で泣かされたことに恨みも抱いたけど、あの『任官式』で、私のちょっとした劣等感──前衛向きでないこと──を言い当てられたことだ。
『前衛向きでないことはお前の長所だ。突出したのが無いんじゃない。弱点が無いんだ。お前には苦手な距離が無い。指揮官としては、何でも出来るお前のような存在が、一番頼りになるんだ』
その言葉で、私は速瀬中尉への憧れが、少し歪んだ価値観を生んでいたことに気付いた。
自分でも気付いていなかったその気持ちを言い当てられて、しかもそれを振り払ってくれたのだ。……多恵ほど号泣はしなかったものの、涙はせき止められなかった。
その多恵は、2日前に連携訓練が始まってから、時折少佐をじっと見つめるようになった。
──あれはやっぱり、速瀬中尉と同じく……あれよね。
速瀬中尉は、白銀少佐に想いを寄せている。──明言はしてないけど、“あの”時の反応が明白すぎて、誰もわざわざ確認する気は起きなかった。
──晴子の言った通り、性格がオヤジなのを除けば、顔も頭もいいし、凄い人なのもわかるけど……。
副司令のお相手をしていて、他にも女が居そうな男性を好きになるということは、私の理解の外──のはずだ。
恋愛は自由だけど、速瀬中尉も多恵も、その事は気にならないのだろうか。
晴子も、なんとなく白銀少佐に気があるような雰囲気だし……。
と、そう考え込んでいるうちに、お姉ちゃんがやってきて、珍しく、最初に晴子に声をかけた。
「柏木少尉」
「はい」
お姉ちゃんは、ヒソヒソ話をするように声を小さくして話を続けた。
「──なんだけど、どうする?」
「はい!行きます行きます!──あ、ゴメン茜、食器片付けといて!」
よく聞き取れなかったけど、何かを尋ねられた晴子は、顔をぱっと輝かせて、私の返事を待たず、さっさとどこかへ急ぎ足で行ってしまった。
──な、なに?いったい……。
「ぶーぶー」
「拗ねないの。昨日は水月だったでしょ」
速瀬中尉は何か知っている様子だけど……。
そういえば、昨日は速瀬中尉があんな風にいそいそとどこかへ行って、晴子がちょっと拗ねていたような……?
「ね、お姉ちゃん、さっきのって、何?」
「あ、うん、えーとね……白銀少佐の“お手伝い”よ」
“お手伝い”って、なんだろう?──しかも、お姉ちゃんじゃなくて晴子に?
……非常に気になる。聞きたいけど……なぜか聞いちゃいけない気もする。
どうしようか迷っていると、訳知り顔の速瀬中尉が口を開いた。
「遙ぁ、いちいち誤魔化さなくてもいいんじゃない?どうせすぐバレるし、少佐は隠せとは言ってないでしょ?」
「あはは、まあ、そうなんだけどね。……あまり開けっぴろげには言い辛いというか」
まだ抵抗のありそうなお姉ちゃんに、宗像中尉が催促した。
「涼宮中尉、速瀬中尉がそこまで言ってしまえば、我々としても気になって落ち着かないのですが……」
そうだそうだ。皆もウンウン頷いている。
その言葉で、意を決したのか、お姉ちゃんは爽やかな笑顔とともに答えた。
「そうだね……えっとね──実は私達、白銀少佐とお付き合いしてるの」
……
……
……
「えええええええええーーーーー!!」×7
PXに響く悲鳴の声。
そりゃ、全員、驚くしかないだろう。──伊隅大尉、宗像中尉、風間少尉が揃って口をあんぐりと開けて呆然としている様は、私は一生忘れられないと思う。
「ちょ、ま、お前達、いつのまに!?」「お、お2人ともですか!?」
いち早く正気を取り戻した伊隅大尉と宗像中尉が、揃って2人に詰め寄った。
「はいはい、落ち着いてください。聞きたいことがあったら答えますから。あと、2人じゃなくて3人です。柏木もですから」
速瀬中尉の言葉が耳に入り、さきほどの衝撃で処理速度が低下した脳が、その言葉を理解しようと働く。
……
……
……
「えええええええええーーーーー!!」×7
PXに再び金切り声の合唱が響いた。
──う、うそ……あの晴子が?何を言っていいか──混乱がおさまらないよ……!
「ちょ、ちょっと待て涼宮!じゃあ、さっき柏木が少佐に呼ばれたのは、まさか……?」
「さっき言った通り、“お手伝い”です。──性的な意味で、ですが」
お姉ちゃんのその言葉で、今度は悲鳴は起こらなかったが──当のお姉ちゃんと速瀬中尉を除いて、全員真っ赤だ。
──宗像中尉まで顔を赤くしていたのが、後から考えるとかなり意外に思えた。
…………………………
その後、なんとか落ち着いた私達は、3人が白銀少佐と付き合うまでのいきさつを聞いた。
お姉ちゃんは、ほんのちょっと強引に口説かれたらしいけど、速瀬中尉と晴子は自分から行ったというのを聞いて、また驚かされた。
「そ、そうか──しかし、すごいな、お前達。なんというか……」
「まー、私も最初は“こう”なるとは思ってなかったんですけどね」
「確かに『溜まったらいつでも来い』とは言われましたが、実際にするとは……」
そりゃそうだろう。あの軽口を、まにうける人間がこの世に──2人いたか。
そのとき、聞き捨てならない呟きが、隣から聞こえた。
「──そか、行ってもいいんだ……」
「え!?た、多恵!?」
「──え、何?茜ちゃん」
「あんた、今……」
「あれ?わ、わ、私、今、こ、声に出してた?」
自分が、とんでもない事を口に出してたことに気付き、わたわたと慌てふためく多恵。
もう、私、さっきから驚きっぱなしでどうしたらええねん。
「おおー、築地ぃ、アンタもその気?行け行け、人生観変わるわよぉー?」
「少佐は初めての時は“比較的”やさしいから、安心していいよ?あ、でも当分夜は埋まってるそうだから、急ぐなら──」
平然として多恵に声をかけ、会話を続ける事が出来たのは、速瀬中尉とお姉ちゃんだけだった。
──もう……誰も突っ込めなかった。
…………………………
その後、昼休憩が終わる直前に戻って来た晴子は、やけにスッキリした表情で、上機嫌だった。髪にわずかに付着した白いモノは、多分みんなが想像しているアレなんだろうけど、指摘できるわけがない。
皆が注目してる事に怪訝な顔をした晴子は、お姉ちゃんから事情を話されて、「ま、いっか。隠す手間が省けるし」とあっさりしていた。髪の白いモノはお姉ちゃんに指摘されて、「あれま」と言っただけで、慌てることなく拭き取っていた。
──おかしい。
私はお姉ちゃんと速瀬中尉と晴子を良く知っている。
以前ならこんなことはありえなかった。
鳴海孝之という人のことを、あっさり整理しているのもそうだし、いくら隠し事の無い我が部隊とはいえ、あんな性的な話題を赤面もせず、堂々と話すような3人だっただろうか。
──まさか、催眠術──洗脳?
私の考えすぎかもしれない。この3人が、そういう性格だったのを、私が見誤っていたというのも考えられる。
現に、不自然な所はなく、ちょっとムカつくほど明るい程度だ。──そこが、ちょっと羨ましくもあるけど。
それでも、私はこの時から、以前よりも笑顔が多くなった3人と、白銀少佐を疑惑の目で見るようになった。
…………………………
<< 御剣冥夜 >>
11月14日 夜 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室
私は、白銀少佐という人物を、見損なっていた。
言動とは裏腹に、内心ではきっと我々のことを思ってあのような態度を取っているのだ、という思いがあった。
だが、この連日のやりよう──私とは、到底相容れぬ人物だ。
軍人として、白銀少佐の言動は、全て正しい。だが、ただそれだけでは、民をないがしろにする今の軍のありよう、そのものではないか!
──月詠の言葉は正しかったか。
その結論に達したとき、一抹の寂しさを覚えた。勝手に期待して、勝手に失望するなど、少佐にとっては片腹痛いことであろうが……。
──いかん、集中せねば。戦術機のマニュアルを読んでいたというのに、いつのまにか少佐の事を考えていた。
──ん?
支給されてより、何度も読んだマニュアルだったが、違和感を感じた。
──これは……少し違う?
実際に操作した戦術機の挙動と、マニュアルで記載されている内容に差異があることに気付いた。
我々が、神宮司教官から散々頭に叩き込まれた、先行入力、キャンセル、コンボの事など、一言も書かれていないのだ。
──どういうことであろうか……明朝、皆に話してみようか。
…………………………
11月15日 朝 国連軍横浜基地 PX
「あなたもそう思ったの?」
朝食時間に、昨晩、気になった点を話してみると、榊からそのような返答が返ってきた。
「そなたも気付いていたか」
「ええ……私も毎晩マニュアルを読んでるのだけれど、なんであんなに散々言われてるような事が、載っていないのか不思議に思っていたわ。神宮司教官に聞こうかと思ってたけど、最近色々あったから、話しそびれちゃってて」
他の者にも話を向けると、鎧衣や珠瀬、彩峰も、同じような気持ちを持っていたようだ。
話に聞いていたより性能がいいとか、戦術機であんな動きをするとは思わなかった、など、応用課程に入る頃から、演習内容に違和感を感じていたようだ。
私もその点は同じだが、戦術機とはそのようなものなのだと、強引に納得させていた。
実際、マニュアルに記載されていないというだけだから、榊も放置していたのであろう。
──しかし、何か、引っかかる。
「榊、我等の思い過ごしやもしれぬが、代表してそなたが教官に質問してみてくれぬか?」
「ええ、わかったわ」
…………………………
11月15日 午前 国連軍横浜基地 教習室
「ほう?気付いたか」
座学で一区切り付いた後の質疑の時間、さきほどの疑問を榊が尋ねると、にやりと楽しげに笑みを浮かべて、神宮司教官はそう返した。その反応を見て、我等の疑念が正しかったことを理解した。
「上からは、貴様等が自分達で気付いたら、話してもいいと言われているから、説明してやろう。……以前、話してやった事があっただろう。あるプロジェクトで、貴様等がその対象に選ばれたと」
──そう、白銀少佐との初対面のときだ。少佐が我々に教導するのも、その一環だと。──その後の少佐の発言があまりに衝撃的だったので、プロジェクトの事は情けないことに失念していたが。
そして、神宮司教官から、プロジェクトの内容を説明された。
それは、これまでの概念を覆す新OS、XM3の開発。
テストケースとして、我等が対象になったという。
我等は、既存OSに触れた事がない。つまり、戦術機の操作に先入観の無い衛士のサンプルとして、時期的、場所的、人材的の観点から、うってつけであったということだ。
「このXM3が普及した暁には、衛士の戦死率は大幅に下がると、上層部は確信している。かくいう私もそのテストケースの1人で、貴様等に先立って慣熟訓練を受けたが……それは間違いない、と自信を持って言える」
まるで、夢のような話だ。死者が、減る。──BETAによって散らされる命が減る。
それは、世界中の誰もが願ってやまないことであろう。
「貴様等がさっき言った、マニュアルとの差異。それがそのままXM3の特徴となっている。既存のOSは、先行入力、キャンセル、コンボはなく、動作の即応性も大きく下まわる。──想像してみろ。実際に乗った貴様等には、それだけでXM3の有効性が理解できるだろう」
先行入力、キャンセル、コンボ。
基本動作を教導された後、その3つはしつこいくらい教え込まれた。
これらが無い状態で戦うなど……手足に重りをつけて格闘戦をしろというようなものだ。
──なんと、すばらしいOSを開発したのだ……。
私は、感動的な思いに、体が震えた。──と同時に、製作者への興味が湧いた。
「教官。質問、よろしいでしょうか」
「何だ?御剣」
「このXM3……やはり、香月博士が開発なさったのでしょうか」
この横浜基地の存在意義を考えると、そうとしか思えぬ。
香月博士は色々と噂もある方だが、あの方が天才的頭脳をもつことは、疑うべくも無い。
「その通りだが、それだけでは説明不足だな。開発担当は確かに博士だが──新概念については白銀少佐が発案なさった」
──なんと!
……心臓が大きく脈打ったのがわかった。
他の者からも、息を呑む音が聞こえた。
「また、少佐がなさったのは発案だけではない。動作パターンの初期設定は、全て白銀少佐ご自身でなされた。つまり、貴様等が応用課程に入ってから行っている機動は、白銀少佐が発想し、登録した機動を再現“させてもらった”結果だ。──怒りを糧に精進するのはいいが、見るべき物を見損なうような真似はするなよ」
教官は、意味深な言葉を付け足し、この話題は終了となった。
──わからぬ……あのような、世界に影響を与えるような素晴らしい発想が出来る方が、なぜ……
──私は、どう判断したら良いのだ……私は、どう判断したいのだ……。
この日より、再び私は毎晩、白銀少佐の事で悩むことになった。
…………………………
<< おっさん >>
11月15日 夜 国連軍横浜基地 神宮司まりも自室
ここ最近の日課となったように、まりもの部屋で裸でベッドに寝そべる。
午前はA-01との連携訓練、午後は207の戦術機教導という訓練漬けの毎日で、少し疲労がある。──俺の場合、ちょっと疲れ気味の方が精力が過多になってしまう。巷で言うところの“疲れ勃ち”の一種だろう。
特に、当面はまりもを優しく抱かなければならないので、どこかでソフトSとしての鬱憤を発散しなければならなかった。
一昨日の昼休みに水月、昨日の昼休みは晴子、今日の昼休みはイリーナ、そして連携訓練の合間の休憩は遙、と、あの4人をバックからさんざん嬲っているので、落ち着いてはいる。
──明日は水月にしようか。いや、霞がそろそろ使えるな。一軍としてローテーションに入れよう。
夜に全力を出せないのはやや不満だが、俺の腕枕で寄り添うように、抱きつくまりもの感触は心地良いので、まあいいかと、寛大な気持ちになる。
また、こういう体勢は、まるで自分がジゴロになったようで、少し乙な気分だ。俺は嗜まないが、これでタバコがあれば典型的なジゴロの行為後のシーンだろう。
それにしても、昨晩のまりもの爆弾発言──顔を強く張れとの言葉には、肝を冷やされた。
聞いてみると、痛み自体に快感を得たわけではなく、優しさとのギャップにハマったらしい。“前の”委員長のように、真性のハードMに目覚めたわけではなさそうだが、俺がまりもを痛めつけるという点は変わらないので、何の慰めにもならない。
昨日、今日と「肘に違和感が」と言ってごまかしたが、いつまでも断りきれるものではない。どうしたものだろうか……。
内心で一人ごちた後、思考から逃げるように、今日の訓練の感想を話すことにした。まりもは腕枕に乗せたままだ。
「アイツ等も、ようやくまともになってきたな」
「ええ、あの子達も、自分達がなんとかしなければ、と、全員でかなり話し込んだみたいね。PXで怒鳴り声も聞こえたし、榊と彩峰は殴り合いまでしたようです」
私的な時間ではあるが、任務の話なので、まりもも中途半端な口調になっているが、そこは気にしない。
「いい傾向だ。上っ面だけじゃ真の仲間意識は生まれない。まだ解決というには程遠いが、まりもが体を張った成果が出てきたな」
「ええ、まったく」
解決に向かっているのは良いとして、今日気になった事を確認することにした。
「ところで、アイツ等の目から、少し険が取れていたんだが……何か言ったのか?」
「……ええ、既存OSとの差異に気付いたので、XM3の説明をしました。──武が発案したことも」
「余計なことを──わざとか?」
「ごめんなさい。武があんなに睨まれるのが……私も同罪だと言うのに、武だけが責められてるのが……」
「それで、俺を見直させたって?確かに、口止めはしてなかったが──まあ、その程度なら明日には戻ってるだろう。気にするな」
まりもは情に厚い。それを嫌というほど知ってるから、今回の先走りは咎めはしなかった。それに、口止めしなかった俺にも非はある。
アイツ等も、今日はOSの発案者ということに驚いただけだろう。明日になれば気持ちも落ち着いて、またキツい眼で刺すように睨んでくると思う。大勢に影響はないはずだ。
207の話題も終わったことで、空気を変えようと、まりもが口を開いた。
「ところで、私がA-01に入ることですけど、伊隅大尉たちは混乱しないでしょうか」
「ま、最初はするだろうが、尊敬する恩師と肩を並べて戦えるんだ。きっと上手くいくさ」
「そうだと、いいのだけど……」
アラスカ行きは、先日夕呼に話して承認は貰ったが、1つ、条件を追加しなければならなかった。──禁断症状を持つまりもをアラスカに連れて行く必要があったのだ。
アラスカでは何日かかるかわからないし、予想外の展開も有りうる。“前の”世界のようにストックを大量に与えておくという考えもあるが──あれはどん引きする光景だったので、極力見たくは無い。
となると、まりもが教導官のままでは、アラスカに連れて行く口実がなかったのだが、207の任官と同時にA-01に入れてしまえば良い、と閃いたのは、夕呼にアラスカ行きを説明しているときだった。
夕呼も、207の後には、素体候補者がいないということで、まりもという優秀な衛士を遊ばせておく気はなかったらしい。
そこで、まりもの症状を話し、アラスカへ連れて行けるように頼んだのだ。
──まりもの禁断症状を話したときの夕呼は、それはもう、見ものだった。
飲んでいたコーヒーモドキを──わざとそのタイミングで、真顔で話したのだが──鼻から吹き出し、よだれをたらしながら爆笑した。
顔を真っ赤にして、腹を抱えて椅子から転げ落ち、それでも笑い続け、息が苦しくなっても収まらず──俺は慌ててかけよって背中をさすってやった。
そこでつい若気の至りで、耳元で「精液中毒」とささやくと、また笑いの発作が出るのが微笑ましくて──「あたし、精液がないと発作が出ちゃうの」「疲れた時でも、精液があれば、元気ハツラツ!」など、戯言を繰り返して30分ほど、夕呼で楽しんでしまった。
結局、夕呼が酸欠でチアノーゼを起こした(おまけに失禁もしていた)ため、医務室へ運ばれる羽目になったのだが、その後、調子を取り戻した夕呼にボコボコにされた。──まあ、貧弱な夕呼なので大したダメージにはならなかったが、「こんなことで人類を終わらせる気!?」という夕呼の言葉には、少々ドキリとさせられた。
何せ“前の”世界では、不可抗力でどうしようもなかったとはいえ、人類滅亡の引き金を引いたのは俺と純夏だからだ。
あれが、俺たちが最善を尽くした結果であり、他にどんな道もなかったとしても、それは変わらない事実だ。
なので、“前の”世界の事情は、霞には黙っててもらうよう、強くお願いしておいた。夕呼に余計な心労を与えてはいけないからだ。──誓って保身の為ではない。霞が少し呆れてるように見えたのは、気のせいだろう。
──話が脱線したが、そのような経緯でまりものA-01編入と、アラスカ行きは決定した。
これで、あとは207の連中が任官すれば、準備は整う。
そうすればアラスカで、アダルトな道具と、篁唯依と……えっと────そう、不知火弐型を手に入れることができるはずだ。
「何、考えてるの?」
考え込んだ俺が気になったのか、まりもが尋ねてきた。
「ん?ああ、未来のことさ。少し、希望が見えてきたかもしれないってね──さて、そろそろ寝ようか」
「そう……そうね。きっと、人類は……」
何か、まりもと想いがズレているような気がしたが、まあいい。
こうして、俺たちは穏やかな気持ちで朝を迎える事になった。