【第15話 おっさんの空しさ】
<< 伊隅みちる >>
11月17日 深夜 国連軍横浜基地 伊隅みちる自室
──今、私の全身に満ちている感情は何と表現したらいいだろうか。
怒り?
悲しみ?
驚き?
羞恥?
後悔?
──その全てだ。
私の前には、涼宮茜が呆然と立っている。
まるで時が止まったように、微動だにしない。
私は──
……裸だった。それも下半身だけ。手は大事な所に当てている。
そう、私の──“マスターベーション”の最中に、コイツ──涼宮茜が突然、ノックもせずに乱入してきたのだ。
なぜ……なぜ私は今日に限って……せめて毛布をかけていれば……。
…………………………
(数十分前)
2日前、涼宮と速瀬と柏木が少佐と付き合っていて、築地もそれを希望しているという事が明らかになって以来、我が部隊では猥談が増えた。──それも、異様に。
とはいっても、少佐の相手+希望者の4人が中心となり、興味深げな麻倉と高原が聞き入っているというスタイルは変わらず、私と宗像、風間、茜の4人は、置いてきぼり状態だった。
いや、宗像は聞き手として、合いの手を入れては居るが……無理をしている感がある。
「アイツ、本当は経験ないんじゃ?」と、新任連中は感づき始めているだろう。
速瀬は、シモネタが平気になり、今までの恨みをはらすかのように、宗像をからかっている。
宗像もさすがというべきか、処女(のはずだ)のくせに、そうそうやり込められはしないが、やはり圧倒的経験値を持つ速瀬にはかなわない。
実戦経験者と知識豊富な処女では、性格補正が入ったとしても、相手にはならないようだ。
──根は純な癖に、あんなキャラ作りをするからだ、まったく。
いや、宗像の事などどうでもいい。
実は休憩時間に涼宮が少佐とヤっていると聞いて、殴りたくなったが──次の準備をしていたのは本当らしかったので、殴るに殴れなかったのも、まあいいだろう。
本題は……確かに私は以前、白銀少佐のシモネタに反応する新任連中に「あんな会話は前線では当たり前だ」と言ったが──言ってしまったのだが………………いくらなんでも、生々しすぎるってーの!
少佐は基本的に優しいとか、キスが巧いとか、たまに野獣になるとか、何度イったかとか、大きいから圧迫されてイイとか、どこに出されたとか、アレを飲んだとか、後ろの穴を舐めさせられたとか、あんなモノまで飲まされたとか、それは私はまだとか、意外と平気だったとか、風呂で髪をタオルにされたとか、ブタの鳴き真似をさせられたとか、初めてなのにガンガン突かれたとか、初回で後ろも奪われたとか、髪を執拗にベトベトにされたとか、目隠しは興奮したとか、実はいじめられるのが快感になってきたとか、すでに縛られたとか、最近複数プレイを要求されて迷っているとか……。
徐々に過激になっていった、その内容。──全て、鮮明に耳に残ってしまっている。
正直、処女の私にはついていけなかった。聞くだけで精一杯だ。
築地、麻倉、高原は、赤面しつつ、太ももをもじもじとすり合わせていたが、あんなに聞き入れるアイツらが少し羨ましかった。
──私だって、さっさと経験したい気持ちはある。
けど、相手は正樹と決めている。これは私の人生の誓いだ。
正樹とは何の約束も、告白もしていないし、そもそも女として意識されていない。
しかし──これだけは譲れない。
それにしてもだ。私ももう2(ピー)才。さすがにムラムラ来る時もある。
そういうときは、夜、自分で慰めるのが習慣になっていた。
さらに、今回は昼の生々しい猥談にあてられたのだ。
誰にも迷惑はかけないのだから、自分で鎮めることは、ごく普通のはずだ。
そして、いつものように始めたのだが……最中に私の脳裏に浮かんでいたのは、なぜか白銀少佐だった。
いや、それだけなら、昼の会話のせいでイメージが強かったせいだといえるだろう。
それに、白銀少佐は尊敬できる方だし、まあ──正直、相当いい男だと思う。
衛士としての凄さ、厳しさもそうだし、年下とは微塵も感じさせないほどの包容力は、まるで自分が子供になったように感じる時がある。
正樹という存在がいなければ、私は今ごろ、彼に懸想していた可能性は高い。
けど、少佐をオカズにするにしろ、普通ならあの『任官式』の時の優しげな微笑を浮かべるのが普通だろう。
なのに、私はなぜか──少佐の怒鳴っている顔を思い浮かべていた。
なぜだ?……自分がわからない。──私は、普通のはずだ。
気を取り直して、今度はちゃんと正樹でイこうと思い、──さあ盛り上がってきたぞ!というとき──「伊隅大尉!」という叫びとともに、涼宮が乱入してきたのだ。
…………………………
現実逃避はここまでにしよう。今は……。
「涼宮……貴様……」
「た、大尉……」
回想から戻った私が、声を発したのを機に、涼宮が再起動した。
「い、今何時だと思っている……」
「──え?突っ込む所、そこ?」
……このアホ毛が!
私の思惑を無視した台詞を吐きやがった。
しかも、混乱しているせいか、タメ口。
「今、何時だと思っている!!」
「は、はい!えっと──ふたさんごーまるであります!」
「ならば、さっさと寝ろ!」
「りょ、了解!」
声を荒げて繰り返すと、アホ毛は、私が無かった事にしようとしているのを、やっと理解したようだ。
だが、念を押す必要がある。
駆け足で戻ろうとするアホ毛を、冷たい声で呼び止める。
「──待て」
「は、はい!」
「今、見た事……誰かに話したら……わかっているな?」
「も、もちろんであります!」
「よし、ならば……行けぇ!!」
アホ毛は、来たときよりも速く去っていった。
BETAに対する以上の殺気を、これ以上ないというほど込めて脅したから、あのアホ毛も馬鹿な真似はしないだろう。
実際、アレを隊員に言いふらされたら……隊長としての私は終わりだ。
そこでやっと、私はずっと自慰中のポーズで固まっていた事に気付き──そのマヌケさにまた落ち込むことになった。
…………………………
<< おっさん >>
11月17日 深夜 国連軍横浜基地 廊下
俺は、懐の銃をいつでも抜けるように、警戒しつつ廊下をさまよっていた。
さきほど、何者かが俺の部屋の前から駆け去って行ったのを、察知したのだ。
自室にいるときの俺は、若干気が緩むようだ。
軍人モード全開の時ならば、部屋の前に誰かが潜んでいれば、すぐに気付くのだが……。
曲者の駆け出した方向は、かすかに聞こえた足音から見当をつけて来たのだが、もう逃げてしまった可能性は高い。
──オルタネイティヴ5推進派の手の者か……?
夕呼に報告しようかどうか迷っているとき──走る茜が、角から曲がってきたのが見えた。なにやら、必死の形相だ。
「涼宮、こんな時間に何をしている?」
「ひっ!!」
俺を見て「ひっ」は無いだろうと思ったが、流してやる。
まあ、夜中にいきなり恐い上官と出会ったら、驚くのも当然だという気もするし。
「し、白銀少佐……」
「俺は何をしている、と聞いたんだが?」
「いえ、ちょ、ちょっと散歩を……」
目が泳いでる。挙動不振すぎる。うそ臭い。足も震えている。
それに、あれだけ必死に走っていて散歩はないだろう。
「正直に言え」
「う、うそじゃありません!」
「──正直に言え」
威圧する空気とともに、言葉を繰り返す。
訓練時の恐怖を思い出したのか、茜は気をつけをして、ペラっと口を割った。
「い、伊隅大尉の所に伺っておりました!」
「ほう?伊隅の部屋は、たしかにこの先だったが……なぜそれを隠す必要がある?」
「そ、それは……………………申し上げられません……」
今度は良い言い訳が思いつかなかったようだ。
しかし、この空気で言えないということは、よほど都合が悪い事があるとみえる。
──では、誘導尋問開始。
「ほう?それは、貴様にとって、都合が悪い事だからか?それとも……伊隅の都合かな?」
“伊隅”の部分で微かに頬肉がヒクついた。つまり……。
「たとえば……伊隅の都合が悪くなるような事を見聞きした、とか?」
またゆれた。動揺しているせいか、相当分かりやすい。
“前の”世界であった、オルタネイティヴ5推進派の残党を相手にするよりは、よほど楽だ。
──むほほ、オラ、なんだか楽しくなってきたぞ!
よし、どんどん揺さぶりをかけてやろう。
…………………………
(数分後)
「──で、貴様は伊隅がオナニーしている所を見てしまった、と」
「お!オナ……て」
「何かと思えばつまらん。てっきりスパイか何かと思ったぞ」
まあ、スパイなどと、微塵も思っていなかったのだが、好奇心で尋問しました、じゃさすがに怒るだろう。
「ス、スパイだなんてそんな!」
「ああ、それは俺の勘違いだった。しかし、オナニーくらいで大げさなやつだな」
まったく、オナニーくらいで何をそんなにムキになるかな。
俺なんて、女に見られると興奮して……おっと。
考えてみれば、この頃のみちるはまだ処女だから、そういう初心な所はあるだろう。
遙たちの会話に比べれば、笑い話にもならないというのに……まあそこがあいつの可愛い所でもあるのだが。
“前の”世界でも、あいつのオナニー方法は下半身裸で、毛布も何もかけない状態でやるのが通常のスタイルだったな。
誰か来た時に困るから、せめて何かかけておけと、良く注意したものだが、気が乗らないといって聞かなかった。
まあ、幸いそんな場面に遭遇するのは俺だけだったから、問題にはならなかったが。
──いや、あいつは俺が来るのを見越してやっていた節もあるな。なにせMだから。
ところで、俺が最後にオナニーしたのはいつだっけ?
裸で大股開きさせたみちるに、俺が一人で慰めてぶっかける、という、じらしプレイなら結構あったのだが、それを除けば……冥夜と付き合う前か?
……おお、もう20年近くしていないな。
「お、お願いします!皆には黙っていてください!私がバラしたなんて大尉に知れたら、私は──」
「どうなるのかな?」
クク、相当テンパってる。
大したことでもない内容に必死になる茜がおかしかった。
「私は──う、うう……」
涙目になったが──それくらいでひるむほど、俺はガキではない。
ガキではないが、俺はまだ、遊びたいのだ。
「よし、では交換条件だ」
「こうかんじょうけん……?」
涙目のまま、わずかに首をかしげる茜。
──やば、カワイイぞこいつ……!流石は“前の”世界での、白銀武累積使用時間最長記録保持者だ。無意識にツボを心得てやがる……!
「黙っていてやる代わりに、朝までお前を自由にさせてもらおうか」
「──!」
茜の、血の気が引いた音が、聞こえた気がした。
(10秒経過)
──て、おいおい、普通、即答で断るだろ、こんな条件……そんなに伊隅が怖かったのか?
「……わかりま「冗談だ、涼宮」──え!?」
茜が了承の言葉を口にしようとしたので、慌てて遮った。
やれやれ、もう少し遊びたかったが仕方がない。
「俺は、脅迫で無理やり女を落とすほど、鬼畜じゃないぞ」
「……」
──そんなに意外そうな顔をするなよ。
さっきの尋問で、俺の部屋の前に居たのがコイツで、俺の事を、女を洗脳して好き放題していると疑っていたから、という理由も聞いたから、確かにコイツが意外に思うのも無理は無いが。
……正直、そんな風に疑われたのはちょっとショックだった。──誰が女を好き放題しているというのだ。まったく!
「俺は合意の上でしか関係を持つつもりは無い。オナニーくらいで大騒ぎする貴様等の心境は理解できんが、伊隅には黙っててやるし、他言もしない。だから今日はもう、安心して眠れ」
「……」
まだ、呆然としてる。
まあ、今夜は特別だ。礼儀云々はいうまい。
そこで、あくびをかみ殺し、自分が相当眠いことを自覚した。
さっき気を張っていた分、揺り返しで睡眠欲が強くなったようだ。
「じゃあな、おやすみ、茜」
もはや茜の事も、どうでもよくなってきたので、返事を待たずにとっとと去ることにした。
“前の”世界の茜を思い出したせいか、強い睡魔のせいか。
軍人モードではなくなっていたせいもあるだろう。
このとき、俺は無意識に茜を名前で呼んでいた──らしい。
…………………………
<< 涼宮茜 >>
11月18日 早朝 国連軍横浜基地 涼宮茜自室
──少佐、私の事、“茜”って……。
私は、気が抜けたまま、いつのまにか自分の部屋に戻っていた。
ベッドの上で寝転んではいるが、眠れない。
今、頭にあるのは、伊隅大尉の、お、おな……自慰行為ではなく、その後の白銀少佐とのやりとり。
白銀少佐は、お姉ちゃん達恋人を、人前で名前を呼ぶことは決してない。
2人きりの時は別だそうで、ずいぶん徹底していることだ、と思った。
──そんな人が、私を名前で……どういうことだろう。
その事も不思議だったけど、今は、もっと強い考えが頭を占めている。
──私の、勘違いだったのだろうか。
少佐の出した、交換条件。
私の思っていた通りの人物なら、あそこで引くはずがない。
私は気が動転していたし、伊隅大尉に殺されるくらいなら、白銀少佐に身を預けても──という考えがあったのは事実だ。
冷静になれば、伊隅大尉が私を殺すわけがないと、わかることなのに。──あ、でも半殺しくらいはありえる。
正気になってみれば、自分がどれだけ異常な思考をしていたかが分かる。
それに……
──何やってたんだろう、私……恩人に向かって……。
あの作戦後のデブリーフィングで、伊隅大尉が、今まで見たことのないような、本当に嬉しそうな笑顔で言っていたじゃないか。
「出撃で、隊員に戦死者が出なかったのは、初めてだ」
と。
それは、どうして成し遂げられた?
少佐がXM3を発案してくれたから──私たちを鍛えてくれたおかげじゃない?
あの作戦は、本来なら、晴子に限らず、戦死者無しで達成できるほど甘くはなかった。
XM3と、少佐の訓練無しという条件を想定すると、とても楽観視はできない。
もちろん、それらが無ければ作戦内容も変わっていたかもしれないから、無意味な仮定なのも理解しているけど。
それに、あの人は晴子の命の恩人だ。
晴子は、少佐の援護がなければ、間違いなく戦死していた。
伊隅大尉以外には内緒でついてきてくれていたのには驚いたけど……その事を大尉から告げられた時の、みんなの安心したような顔は、今でも鮮明だ。──私も同じ顔をしていたはずだ。
あの後の追加任務で、少佐の前で格好悪いところは見せられない、と、みんな発奮したことが、大きな戦果が出せた一因だと思っている。
少佐が私たちにもたらしてくれた様々な事を思うと、どうして少佐の事をあんなに悪く考えていたのかが不思議になってくる。
──結局、私は、嫉妬していたんだ。
お姉ちゃん、速瀬中尉、晴子、多恵……私の親しい人がみんな、少佐に取られていくようで。
私だけ、仲間はずれになった気分で。
──みんな、楽しそうにしていただけなのに。みんな、合意の上だと言っていたのに。
それに、私が白銀少佐を疑っていたと、口を割ったときの少佐の顔……ほんの一瞬で、殆ど表情は動かなかったけど、あれが傷つけられた表情だったのは確かだ。
教え子から嫌われてでも徹底的に鍛える方針──これは、伊隅大尉が推測した事で、私も、作戦後にその推測は正しいだろうと思った。
嫌われるのは覚悟の上だろうけど、そうまでして鍛えた相手に、女の子を無理やり──と、そんな風に疑われたなら。
──私ならどう思うだろうか……。
自分が……恥ずかしい。自分の恩知らずぶりが。自分の狭量ぶりが。自分の──馬鹿さ加減が。
いつのまにか私の心は“後悔”一色になっていた。
そして、涙を流している事に気付いた時、すでに私は嗚咽を漏らしていた。
「うっ、うっ、ごめんなさい、白銀少佐……ごめんなさい……ごめんなさい……」
──そして、起床時間になる頃、ようやく涙が止まるまで、私はここには居ない少佐に、ずっと泣きながら謝り続けた。
その間、私の脳裏には少佐の「おやすみ、茜」の言葉と、少し眠たげな顔がずっと浮かんでいた。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
11月18日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
今日の訓練は、2チームに別れての実機演習を行なった。
白銀少佐が入るとバランスが大きく崩れるので、少佐は涼宮とともに、指揮車から指示を出していた。
現在は演習後のデブリーフィングの時間だ。
いつものように、少佐が壇上で隊員の演習時の行動について指摘している。
全員、真剣な表情をして聞き入っている。
ふと、視界の端の茜が気になった。
──訓練前、私は、何気ないふりで茜の様子を窺ったが、茜は朝まで泣きはらしたような顔をしていた。
その事を他の隊員に聞かれても、「なんでもないから、大丈夫」と笑顔で答えていた。
──少し、脅しすぎたのだろうか。
脅しを入れたのは確かだが、茜があそこまで泣くほど恐かったのだろうか、と少々の後悔の念が湧いた。
その茜は演習前に「大尉、昨日はいきなり押しかけてすみませんでした!」と、まぶたを腫らしてはいるものの、スッキリした表情で謝罪してきた。
結局、茜の心境はよくわからなかったが、昨夜の“不幸な事故”は、これでカタがついたと思ってよさそうだ。
──それにしてもアイツらの動き、良くなったわね……。
少佐の指摘であらためて考えると、涼宮、速瀬、柏木の3人が、どんどん能力を向上させているのが明らかだった。
休憩時間は延々と猥談を続ける3人だったが、いざ訓練となると、甘い雰囲気は欠片もまとわない。
──どうみても、白銀少佐が模範になってるのよね……。
速瀬は隙が無くなってきたし、柏木も冷静に周囲を把握する力が増したようだ。
涼宮も、指揮能力は元々高かったが、状況に応じて的確に指示や情報を出す能力が、格段に向上している。
3人は、それぞれの長所を伸ばし、短所はあっても、長所や、仲間の力を利用して上手く補っている。
全員に共通しているのは、精神的に落ち着きが見られるという所だ。
──これじゃ、いくら猥談を続けられても、責められないわね。
こうまで結果を出されると、少佐と付き合う事がメリットになっている事は疑いない。
きっと今晩、あのメンバーに加入する築地もそうなるのだろう。
むしろ、私も含めて、他の隊員の方が、気持ちの切り替えが上手くいっていないような感がある。
しかし、「他の者の気が散るからやめろ」とは言いづらい。
猥談“ごとき”で、訓練に影響が出る方が悪いのは明白だし、そもそも猥談を許可するような事を最初に言ったのは私だ。
──いいなぁ。私も──いやいや!何を考えていた私は!
「伊隅!何ぼうっとしている!」
「は、は!申し訳ありません!」
「隊長たる貴様がその調子では困るな」
「──以後、気をつけます!」
気がそぞろになっていたのを白銀少佐に怒鳴られて、快感にも似た痺れが体を走ったが──気のせいだ。
その事は深く考えないようにし、気を取り直して落ち着く。
白銀少佐は、慣熟訓練の時とは違い、最初の対面の際の雰囲気で、訓練をするようになった。
確かに先ほどのように気を抜いていたり、馬鹿なミスをすれば怒られはするが、慣熟訓練の時とは大違いだ。
連携訓練開始時は、また閻魔のように怒鳴られるのだろうと身構えていた私たちは、再び肩透かしをされた思いがあった。
私たちの意表をつくために、そのように振舞っているわけはないだろうが、全員、不思議に思っていたので、今日のデブリーフィング後、解散前に尋ねてみることにした。
──すると。
「ああ、あの時は貴様等はまだ“教え子”だったからな。“仲間”との訓練では必要以上に怒鳴りはしないさ」
その言葉を聞いて……『任官式』の時のように、涙腺が緩んだ。
“仲間”──と。
我々は守られる存在ではなく、肩を並べる存在だと、背中を預ける存在だと、憧れの衛士から言われたのだ。
これが嬉しくなくて、何が嬉しいというのだ……!
どう口を開こうか迷っていると、速瀬が先んじた。
「少佐ぁー、全員涙目です。あまり泣かさないでください」
「そんなつもりは無かったんだがな」
「少佐の場合、そのつもりが無いから、たちが悪いんです」
「ふむ、では、今後気をつけよう」
こういう時は、いつもは宗像が口火を切る役だったが、今回は珍しく速瀬だった。
付き合いが発覚してから、勤務中における、少佐とその恋人3人の会話の割合は増えたものの、そこに甘い雰囲気はないので、惚気に当てられることは無かった。
──なるほど、徹底している。
ここで、柏木と涼宮が、口を開いた。
「うーん、私は、白銀少佐はそのままでいいと思いますよ」
「そうだよね」
「わ、私だってそうよ!少佐に変われとまでは言ってませんからね」
「わかった、わかった」
──どう見ても、部下に慕われる上官という以上には見えない。……これじゃ、本当に何も言えないな。
「伊隅、どうした?今日は調子が悪いようだが」
「は!いえ、気がたるんでいただけです。お気を使わせてすみません」
ため息をついたのが目立ったのだろうか、少佐に気を使わせてしまった。
その少佐は、いつものニヤリとした笑みで、続けた。
「伊隅、もしかして溜まっているのか?いつでも来いと言っただろう。今日は築地の番だから、明日来るか?」
「い、いいえ!結構です!」
私は、少佐が雰囲気を変えようとした事に気付いていながら、普通に返せなかった。
──しまった、これじゃ以前の速瀬と同じ反応じゃない……。
そんな私を、一瞬いぶかしげに見た少佐だったが、それ以上は触れなかった。
「それは残念、では、これで解さ「少佐!」──ん?」
話も終わり、時間も良いところだったので、少佐が解散を告げようとしたのを遮ったのは……
涼宮──茜。
「では、明日、私が伺ってもよろしいでしょうか」
………………………………え?
「──本気か?」
「はい」
「わかった、では明日の夕食後、来るといい」
「はいッ!」
私たちの目の前で……涼宮茜が……自ら……。
そして、あらためて解散を告げた少佐が去った後、既存メンバー+予定者が、茜にわっと駆け寄った。
「茜ぇ~、アンタも覚悟決めたんだー」
「思い切ったね、茜。歓迎するよ」
「みんなの前とはやるねー。でも、良く頑張った!」
「茜ちゃん……すごかったよ!」
速瀬、涼宮、柏木、築地から順番に声をかけられて、茜は嬉しそうに笑顔で答えた。
「みんな……うん!」
新しいメンバーが加入(予定)となったのに、明るい表情だ。
──自分の割り当てが少なくなる事は、あまり気にしていないのかな?
茜は涙ぐんでいて、高原、麻倉も微笑みながら、「よかったね」などと声をかけている。
そこで宗像が近づいてきて、私に小声で話し掛けて来た。
「伊隅大尉。一見、感動の場面なのですが……その……内容が……」
それは、私も思っていた事だ。が。
「宗像。やめておけ……ここでは私たちが異常なのだ」
「……そうですわね」
同意の言葉を口にしたのは、いつのまにか近くにいた風間だった。
私、宗像、風間。
これからこの3人は、少数派として、ますます休憩時間に肩身が狭くなるのだろう。
それは予想ではなく、確信だった。
…………………………
<< おっさん >>
11月18日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣
──ここ連日、驚かされてばかりだな。
茜がやけにスッキリした表情で、相手をお願いしてきた。
晴子、築地に続いて、か。何の連鎖反応だろうか。
たしかに昨晩の茜は可愛くて、そろそろだと思ったが……あの変わり様は、昨晩の邂逅しか心当たりがない。
あれの何が茜の琴線に触れたのかはわからないが、まあ、俺は結果主義者だ。そのあたりは気にしない。
茜が自ら俺の手に入ってきた事は、大歓迎だ。
だが、晴子を入手したあたりから生まれ始めた空虚感は、茜に至って相当強くなっていることを、感じずにはいられなかった。
元来、俺はハンターなのだ。
──口説く楽しみってものもあるんだけどなあ……。
あまりその気の無い相手を、ほんのちょっと強引に口説き、わけのわからない内に相思相愛に持ち込む、という俺の手練手管。
“前の”夕呼に『恋愛の突撃前衛長(ストーム・バンガード・ワン)』と賞賛されたこの力。
“この”世界で使った相手は、イリーナと遙の2名。
夕呼は別として、まりもはいつのまにか俺に惚れてたし、あとは自分からお願いしてきたようなものだ。
また、イリーナは俺への傾倒が少し見えていたから、真の意味で俺の手腕を発揮できたのは、遙だけだろう。
戦果がこれでは、せっかくの力も宝の持ち腐れだ。
──どいつもこいつも、人の気も知らないで……まったく。
過去の戦歴を思い起すと、“前の”世界で、最も達成感があったのは、──篁唯依だ。
基本的に恋人がいる相手は放置する主義の俺だが、あの女はその方針を捨てるほどの価値があった。
恋人が生きて傍にいたのと、その硬い性格もあって、“前の”世界では、最も手ごわかった相手だった。
──この空しさ……“この”世界でも、あの女にぶつけてやろう。
茜のように、間を置くと勝手に惚れる可能性も捨てきれないから──勝負は初日だ!
現時点で、あのメリケン野郎と付き合っていようがいまいが、関係ない。
“前の”世界でアイツが揺れるポイントは、把握している。
攻略法を知っているので、正確にいえばハントにはならないが──それでも今の空しさよりはマシだ。
「さてさて、唯依タンには何をしてやろうか……ククク……」
「あれー、たけるさん、起きてたんですかー?」
楽しみのあまり、つい漏らした言葉に、浅い眠りについてた全裸の築地──いや、多恵が、むにゃむにゃと目をこすりながら起きた。
「ああ、まあな。眠いなら寝てていいんだぞ」
「もったいないから、もう少し起きてます」
「好きにしろ」
多恵は、思った以上だった。抱き心地も上々だったが、──初めての癖に、全部やった所が凄かった。
遙と水月と晴子から色々な話を聞いて、全部試したかったようだ。
いちいち「***はしないんですか?」と聞いてくるので、「んじゃ、やっとくか」てな具合で、物理的に無理なプレイ以外は全部やった。
だが──数多くの女を抱いた俺だが、初めてで飲尿までしたのはコイツだけだ。おそらく今後もいまい。
最近では、小便の為にトイレに行く機会はめっきり少なくなっていたが、“前の”世界のように、トイレが皆無になるのはそう遠くないようだ。──理由は言うまでもないだろう。
しかし、破瓜の痛みもまだあろうに、このあたりのチャレンジ精神は、“前の”美琴に通じるものがある。
このタイプは、調子に乗らせるとパンドラの箱を開けてしまうから、気をつけてやらねばならない。
正直、ハードSMは、もう“前の”世界で懲りたのだ。──委員長のように戦死されても困るし。
いきなり色々なプレイをこなした多恵だったが、調教する手間が省けたので、良いといえば良いのだが……その楽しみを奪われた感もある。
なんというか、RPGでいきなり呪文を全部覚えた状態からスタートしたような感覚、と言えばわかるだろうか。
この点についても、若干の空しさを感じてしまった。
まあ、あまり贅沢は言うまい。好奇心が旺盛なのは悪い事ではない。
コイツなら、アラスカで入手予定の道具にも、きっと喜んで対応するだろう。
──そうだ、アラスカで入手する道具。全て篁唯依で試用するのもアリだな……
また思考の海に沈み始めた俺に、多恵が声をかけてきた。
「あのー」
「ん?」
「もっかい、しません?」
「かまわんが、今度はお前が上だ。さっき教えた通りにやってみろ。──ああ、ちゃんと舌は使えよ」
「はーい」
嬉し気に、笑顔でのしかかって来た多恵に身を任せながら、明日の茜はどう調理しようか、と楽しく悩む俺だった。