【第16話 スパルタン・おっさん】
<< 珠瀬壬姫 >>
11月20日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
今日は、久々に、市街地での実機演習だった。
内容は、私たちの吹雪5機対、白銀少佐の撃震1機。
全機、XM3を搭載しているものの、さすがにスペックの劣る撃震相手で1対5なら勝てるだろうと思い、演習前まではみんなで袋叩きにしてやろう、と意気込んでいたのだけど……結果は惨敗。
今日の演習内容は前日に言われていたから、榊さんを中心として入念に作戦を練り、万全の体制で当たったつもりだったのだけど、こっちの手を全て読んでいるかのように、打つ手打つ手がことごとくかわされてしまった。
私の役割──長距離からの射撃も、最後まで射線を取ることすらできなかった。
私は射線を取る事に躍起になり、いつしか周りの状況が見えなくなってしまい、気付けば他のみんながやられていた。
その後、私は少佐にさんざん追い回され、やっと距離をとったと思った時──少佐の“長距離からの射撃”で大破させられてしまった。
結局、わざと泳がされて、格が違うという所を見せ付けられただけだった。
その少佐は、今、壇上で淡々と私たちの行動評価を行っている。
「作戦自体はオーソドックスだが、及第をやろう。おおかたゲジマユの作戦だろうが、奇をてらわない分、隙の無いフォーメーションだ。跳躍、射撃、近接などの、個々の詳細の動作もまあ、それなりに使えていたから、技術的には特に言うことは無い。貴様等自身、課題はわかっているようだしな」
白銀少佐は、一応、褒める所は褒めてくれる。
けど、ここでいい気になるような暢気さは、すでに私たちの中にはない。
「……だが、問題はその技術の運用だ!」
──そらきた。
ここから、少佐は人が変わったかのように吼える。
「オチムシャ、長刀でカタを付けようとしたのはかまわん。だが、突撃砲で仕留める気がないのが見え見えだ!剣に頼りすぎるなと、いつも言ってるだろうが!」
ここで、御剣さんへ平手打ち。──というような生易しいものじゃないだろう。あの威力は。
もう、少佐はいちいち「歯を食いしばれ」とは言わなくなった。
代わりに3日前の“本格”訓練開始時に、「いつでも殴られると思っておけ」との、ありがたいお言葉をもらっている。
「ご指導、ありがたくあります!」
という、御剣さんの礼を気にしたふうもなく、少佐は次に、私に向かった。
「チンクシャ、貴様は逆に長距離射撃に拘りすぎだ。貴様の技量がいくら優れていようと、撃たせなければどうと言うことは無い。それに貴様、距離をとれば勝てると思い、油断したな。狙撃手ならば集中力を欠かすな!」
そして、おなじみの衝撃。
──いッたーーーー!
「ご指導、ありがたくあります!」
──罵声にはだいぶ慣れたけど、この痛さには本当、慣れないなぁ……。
「カマオはオチムシャがやられて動揺しすぎだ。アイツは撃墜される直前、わざと俺の射線に割り込んで時間を稼いだというのに、うろたえた挙句の撃墜など、アイツは無駄死にもいいところだろうが!」
鎧衣さんの頬から乾いた音が鳴り、鎧衣さんは皆に倣って礼を言った。
──白銀少佐は、“本格”訓練開始時から、私たちを名前で呼ばなくなった。
榊さんは『ゲジマユ』、御剣さんは『オチムシャ』、彩峰さんは『デカパイ』、鎧衣さんは『カマオ』、……そして私は『チンクシャ』……。
「貴様等は俺が名を呼ぶにも値しない。俺がTACネームを付けてやる」ということらしい。
この、“TACネーム”。御剣さん以外は、身体的特徴を悪意をもって表現したものだけど、私や彩峰さんはともかく、榊さんと鎧衣さんのはひどい。
榊さんは特徴ある眉毛だけど、ゲジマユなんて表現をされるほどじゃない。
鎧衣さんは確かに中性的だけど、どう見ても女の子なのに、オカマさんを意味する呼び方だなんて……。
御剣さんの呼び名は「武士や侍では上等すぎる。将軍の縁者がここまで落ちたのだから、貴様には落ち武者で十分だろう」という理由でつけられた。
──ある意味、これが一番ひどいあだ名かもしれない。
こんな悪意しか感じないような、ひどい呼び方をするなんて、最初は本当に傷ついて、呼ばれるだけで涙が出そうになった。
今は、気にならなくなったわけじゃないけど、「勝手に言っていれば?」と達観する気持ちが強い。
こんなものは、開き直ってしまえば大したダメージにはならないと気付いたのは、一昨日、皆で話し合ったとき。
けど、こんな呼ばれ方をされると、私たちが嫌われているというのを、嫌でも実感させられる。
これまで、厳しい教官の噂はいろいろ聞いたことがあるけど、こんなやり方は聞いた事がない。
白銀少佐は教官のように振舞うけど、正確には教官でなく、単なるプロジェクトの一貫で私たちを指導しているそうだから、こんな事も許されるのでは、と榊さんが言っていたけど……。
──そのとき、榊さんと彩峰さんを呼びつける白銀少佐の声で、私の思考は遮られた。
「おい、デカパイ、ゲジマユ」
「「はい!」」
「貴様等については、まあ前よりはマシだ。だが、いちいち直前に、意見を言い合っていて、とっさに動けるかよ!」
少佐の手が2度ぶれ、鋭い音が2度鳴った。
いつもながら、あの平手の速さには、感心してしまう。
「「ご指導、ありがたくあります!」」
2人に対しては、少佐はさらに続けた。
「貴様等2人のソリが合わんのは、誰でも知っている……。だがなぁ、ソリが合おうが合うまいが、うまくやるんだよ!」
今度はお腹に蹴り……!
さすがに立っていられず、尻餅をついた2人だったけど、もう慣れたもので、すぐに立ち上がった。
「「はい、申し訳ありません!」」
「貴様等、ソープ嬢にでもなって、色んな男をもてなす事を覚えたらどうだ?ちょっとは人に合わせるコツがわかるかもしれんぞ。特に、デカパイ、貴様の無駄にデカイおっぱいは、いい客寄せになるだろう」
「「はい!ご指導ありがたくあります!」」
2人はそういうしかない。──殴られるから。
……私たちに許された返事は『はい』だけ。これは芯まで浸透させられた。
「いいか、配属先に気の合う奴だけが居ると思うなよ。嫌な奴でも背中をまかせる。それが軍人というものであり、貴様等が食わせてもらっている国民の皆様に対する、最低限の義務だ!」
意地悪な罵倒の後は、非の打ち所の無いような正論。
でも、榊さんと彩峰さんの仲が改善し始めたときに言うなんて、……もっと早く言ってくれればいいのに、と思うのは私の我侭だろうか。
こういう意地悪な所も、私たちが嫌われているんだな、と感じるところだ。
「逆に、気が合う奴でも、そいつが敵で、命令があればトリガーを引く。それが貴様等の義務だ。撃つべきかどうか、撃っていいのかどうか、などと考える権利は貴様等には無い!その事を考えるのは指揮官の仕事だ!貴様等に許される事は、『どうやって撃つか』を考えることだけだ!──それが、軍と言う所だ。わかったか!」
「はい!」×5
「よし、では──解散の前に、チンクシャ。貴様に朗報がある」
「は、はい!なんでしょうか」
「貴様の親父殿が、明後日、この横浜基地に視察に来られるそうだ。泣きつくいい機会だ。逃がすんじゃないぞ?」
「は……ぁ」
はい、と答えようとしたけど、そう答えてしまえば「逃げます」と言ってるようなものなので、結局、中途半端な返事になってしまった。
正直、パパが来ることは、昨日届いた手紙で知っていたけど、少佐から言われるとは思わなかった。
「──ふん。では、解散だ」
私の内心を察したのか、少佐はそれ以上、何も言わず、いつものように、つまらなさそうに鼻を鳴らして、教官とともにブリーフィングルームから退出した。
…………………………
<< 榊千鶴 >>
「ふうーーーーーー」×5
全員、少佐と教官が視界から消えたとたん、大きなため息。
「今日も、容赦なかったね……」
数十秒の沈黙の後、鎧衣が沈んだ声で感想を漏らした。
「そうね……というか、いつもより厳しかった気がするわ」
心もち、平手と蹴りの威力が高かったような。──といっても、誤差の範囲でしょうけど。
「でも、今日は誰も泣かなかったね!」
それはみんな思っていたかもしれないけど、泣く、泣かないの話は言い出しにくかった。
そんな話題をあっさり口にする所は、鎧衣らしい。
「泣くといえば……この間の御剣には、貴重なモノを見せてもらったわね」
「榊!──それを言うでない……」
御剣は、やや憮然とした。
これまで、どんなに厳しい訓練でも、つらさの涙は流さなかった御剣が、嗚咽を漏らしながら泣いた。
神宮司軍曹が殴られ続けたときは流石に涙を見せたけど、その時も私たちのように嗚咽はもらさず、少佐をきつく睨んでいた。
驚きもあったけど、私には、彼女も泣く事があるのか、と安心した気持ちが強かった。
精神的な強さでは、御剣は私たちより相当上だと思っていたから……どこか超然とした所に、なんとなく壁のようなものを感じていた御剣だったけど、あれから、みんなの彼女に対する親近感が増したように思える。
「御剣が、泣いてた……」
「彩峰!そなた!」
「まあまあ、泣いたのはみんな同じでしょ?」
「ですよねー。私は笑えません」
彩峰のからかいに、慌てる御剣をなだめる鎧衣と、苦笑いをする珠瀬。
──今となっては、泣いた事も、いい笑い話になったのかしら?
泣き話が落ち着いたところで、鎧衣が話題を変えてきた。
「でもさ、あの“TACネーム”だけは、なんとかしてほしいよね……」
──プッ
鎧衣のTACネーム『カマオ』を思い出し、軽く噴いてしまった。
「あー!ひどいよ、千鶴さん!」
「ご、ごめんなさい……」
──だって、いくらなんでもおかま……
「榊のも、結構笑える……まゆげ」
「なっ!彩峰、あなただって、『デカパイ』じゃない!」
「私は大丈夫……自信、あるから」
──クッ!こいつ……!
「強がるでない。その分、そなたは少佐によく揶揄されておろうが」
「……うん。あれは、結構ひどい……」
『デカパイ』の呼称自体は気にしてなさそうな彩峰も、セクハラ発言が多い分、どっこいだろう。
「壬姫さんはいいよね!ボクと変わってほしいよ……」
「私のも、そんなにいいとは思えませんけど……」
珠瀬の“TACネーム”は『チンクシャ』。
まあ、私たち4人に比べれば可愛いと言えなくもないけど……変わりたいとまでは思わないわね。
「御剣のは──まあ、たいがいよね」
御剣が泣いてしまったのも、“TACネーム”の由来をわざわざ意地悪に教えられた事にも起因しているだろう。
加えて、殿下との関係を、色々と嫌味をまぜて揶揄されたのだ。
「ああ、不覚を見せてしまったが、……事実は事実だ。あのように言われる事を想定していなかった。私の思慮が足りなかったようだ」
「あんなの、予想できるほうがおかしいですよ!良くあれだけ悪口を考えられますよねー!」
珠瀬が憤慨したように、御剣を弁護する。
私も同感で、他の面々もうなずいている。
珠瀬に限らず、少佐の御剣への意地悪さは、皆、思うところがあったようだ。
「そうだよねー。もうボクたちに対して考え付く悪口、全部言われたような気がするよ」
“TACネーム”や、セクハラ発言などやさしいものだ。
今日のデブリーフィングでは珍しく言われなかったけど、私たちの政治的立場をあからさまに言われるのが、一番堪える。
──徴兵免除を返上?えらいもんだな、おい!
──悔しいか?権力者のパパに泣きついてもいいんだぞ!
──いいねぇ、逃げ場のある人間は、適当にやっても生きていけるからなぁ!
と、その口から出る言葉は、下衆そのものだった。
確かに衛士としての能力が高いことは認める。でも、その品性は──最低だ。
また、ひどいのは言葉だけじゃない。
この間などは、髪の毛を捕まれて、床に転がされて、踏みつけ、蹴られた。
……あんなもの、指導なんてものじゃない。
でも、軍の規定では──なんて理屈が通じる相手でもない。
少佐が言ってたように、親に泣き付けばなんとかなるかもしれない。
でもそれは、──それだけは、意地でもできないことだ。
──絶対……負けてなるものですか!
昨日までは泣かされたけど、今日は全員、不敵な態度は取れたと思う。
どういうわけか、神宮司教官が殴られていた時もそうだけど、「目つきが気に入らない」と言って殴りはしないから、私たちのできる精一杯の抵抗ができた。──ささやかなものだけど。
不幸中の幸いというか、白銀少佐の言うことや教えてくれる内容は、どれも勉強になる。
戦術機の操作についても、──あれ以上の人間がいるとは、とても想像ができないほどだ。
また、その年齢に似合わない、豊富な経験談や、的確な判断基準は、指揮官を目指す私にとって、大きな糧になっている。
内容が意外に充実しているのは、上層部から突っ込まれたときに暴力の言い訳ができないからだろう。
密度を濃くしているといえば、対外的にも一応、言い訳がたつのだから。
──まったく、なんて姑息な男……。
まあ、とにもかくにも、お互いの泣いた所を指摘したり、“TACネーム”のからかいあいなどで笑えるだけ、私たちは段々タフになっているのだろうとは思う。
…………………………
<< 神宮司まりも >>
11月20日 昼 国連軍横浜基地 廊下
白銀少佐が午前から207の訓練に参加することは珍しく、久しぶりに一緒に昼食を取る事になった。
PXへの通路を2人で歩きながら、私はさっきの少佐の言葉を思い出していた。
──『ソリが合おうが合うまいが、うまくやれ』か……。
奇しくも、訓練兵時代に私が言われたことと同じだ。
ソリが合わないから、別の奴と組ませてくれ、などと言う兵は使い物にならない。
まったくの正論であり、あの子達は口先だけではなく、心で理解しなければならない事だ。
けど、なぜ今の時期だったのかが少し気になったので、白銀少佐に、もっと前にそれとなく伝えても良かったのでは、と訊いてみた。
「ああ、それも考えたが……“本当に上辺だけ”合わせるような気がしてな」
……私と、あの男もそうだった。いがみ合って罰を受けるよりは、と、最低限必要な会話だけをし、それ以外は、お互い無視をするようになった。
それは、総戦技評価演習の際に、やっと解消したが。
「なるほど、それで、解消の兆しが見えた今、ですか」
「まあな。杞憂かもしれなかったが」
「いえ、私は、少佐の判断を支持します」
「そうか」
白銀少佐は、訓練兵をぞんざいに扱っているように見えるが、その実、よく細かいところまで気を使っている。
私をしごきに参加させず、あの子達のフォロー役としているのも、その1つだ。
今のところ、あの子達は、少佐のしごきに対する反発心を、うまくやる気に換えているようだけど、一歩間違えたら、どん底に落ち込みそうな訓練内容だ。
このあたりの少佐の匙加減は、絶妙というべきだろう。
それと……あの子達には、少し申し訳ないという気持ちがある。
以前、XM3の事を説明しすぎたために、白銀少佐に向かう険しさが、若干弱くなってしまった。
そこで、少佐が「軌道修正をする」と言って始めたのが──あの“TACネーム”。
あんな呼び方をされて「実は、私たちの事を考えてくれている?」などと思うお気楽者がいたら、見てみたいものだ。
──私だったら、なんて“TACネーム”をつけられるのかしら?
と、つい益体もないことを考えてしまった。
「でも、私もさすがに4日目で慣れてくるとは思いませんでした」
今日のあの子達は、あの罵倒や暴力に対して、内心はともかく堂々と返事をするようになっていた。
あの子達の心が日々強くなっているのが顕著に現れていて、喜びを禁じえない。
「ああ、俺たちの予想を超えてくるとは、なかなかのものだ。──だが、まだまだこれからだよ」
そういって、いたずらっ気のあるあの顔を浮かべた。
──この顔に弱いのよね、私……。
……私の“女”の部分が刺激されてしまった。
昼にこちらから誘ったことは無いけど、少し勇気を出して、声をかけることにした。
「少佐、あの「白銀少佐!」」
──やられた。この声は……。
<< おっさん >>
「どうした?ピアティフ中尉」
「あの──昼食後のご予定は、おありでしょうか」
「いや、大丈夫だ」
恐る恐るといったイリーナだったが、俺の返事に、顔を輝かせた。
「では、──よろしいでしょうか?」
具体的には言わないが、内容はわかりきっている。
「ああ、だが、午前の演習で汗をかいたから、シャワーを浴びてから行くよ」
「いえ、かまいません」
「いや、でも汗臭「かまいません、浴びずに来てください」──わ、わかった」
「はい!――では、お待ちしています」
そして目を少し血走らせて怖くなったイリーナは、いそいそと早歩きで去っていった。
――匂いフェチは“前の”世界と同じ、か。
たいがいのプレイは素直にやらせてくれる、使い勝手の良いイリーナだが、玉にキズなのが、あの“匂いに異様に拘る”事だ。
まりもの精液好きにも一部通じる所はあるが、イリーナの場合、精液に限らない。
股間や肛門は慣れてるからいいとして、脇や足の指の間など、「いや、ちょっとそこはカンベン」って所まで嗅いでくるので、さすがの俺も頬を染めてしまう。
そんな俺を見て「えへへー」とニヤニヤするイリーナを見るたび、
──俺って、実はちょっとMなところもあるんだよな……。
と実感させられるのだ。
“前の”世界では、俺は加齢臭が気になる年だったから、イリーナのおかげで体臭には気を使うようになった。
他の女は、加齢臭などしない、と言ってくれてたのだが、あまりにイリーナがくんくん嗅ぐので、不安は残ったままだった。
しかし、俺が若くなった今でもそうするということは、加齢臭は俺の気にしすぎだったようだ。
──それにしても、だんだん傾向がひどくなってきたな……。
最近、俺が行為前にシャワーを浴びると、あらかさまに不機嫌な顔をするようになってきた。
年を経た後の趣味だろうと思っていたが、どうやらイリーナのは先天的嗜好らしい。
そのとき、まりもがちょっと不機嫌そうな顔をしているのに気付いた。
──さすがに目の前で他の女と約束するのは無神経だったな。
「軍曹、明日の俺の昼は軍曹にやるから、そう拗ねないでくれ」
「──は!お、お恥ずかしい所をお見せしました」
「いいさ。そういう所も気に入っているんだ」
「あ……ありがとうございます」
セックスは濃いくせに、こんな言葉で照れるまりもがちょっと可愛かったので、その頭をなんとなく撫でてみた。
──だが、そろそろ、時間調整が大変になってきたな……。
昨晩、茜も正式に『メンバー』に加入したことで、ますますスケジューリングが厳しくなってしまった。
こう言うと茜を疎んでるように聞こえるかもしれないが、茜の加入には拍子抜けしたものの、姉妹プレイの駒が揃ったことで、断然、嬉しさの方が優る。
もちろん茜自身の価値も大きい。
イリーナのような変なクセがない分、使い勝手が良いので、今後は重宝することだろう。
はやく色々仕込みたかったが、昨日は茜の開通式だったので、水月と同様、かなり手加減をしておいた。
その分、今はやや欲求不満気味だ。
──俺自身、そのつもりはなかったが、もしかしたら無意識に207の連中に強めに当たってしまったかも……いや、俺に限ってそれはないはずだ。
話を戻すと、やはり、今のような状態となっては、スケジュール係が必要だ。こう大勢だと不公平だと感じる女が出てくるだろう。
──晴子と多恵に、試しに予定表を組ませてみるか。
“前の”世界で関係していなかったあの2人なら、もしかしたら、委員長やみちるまでとはいわずとも、うまく調整係になれるかもしれない。
まあ、多恵はあの性格だから望み薄だろうが、晴子はもしかしたら、スケジューラーの素質があるかもしれない。
──と、その前に、昼食後にイリーナを嬲らなければいけないな。……まったく、アレが乾く間もないとはこの事だ。
照れながらも、おとなしく頭を撫でられるまりもを微笑ましく見ながら、俺は自室で待っているイリーナをどう陵辱しようか想像し、アレに血が滾ってくるのを感じていた。
…………………………
<< 月詠真那 >>
11月20日 昼 国連軍横浜基地 PX
──人が視線で殺せたならば。
訓練兵に厳しくするのは、衛士を目指すならば当たり前のこと。
それはいい。
このご時世だ。帝国軍においても、軍規に反するとはいえ、直接的な暴力をふるって訓練兵を従わせる教導官は、いくらでもいる。
白銀少佐の訓練内容も、多少行き過ぎではあるが、帝国軍のやり方とさほど代わり映えはしない。
だが、冥夜様をあのように『オチムシャ』などと屈辱的な呼称で呼びつけ、よりにもよって、な、な、な、泣かせるなど……!
冥夜様とて、無現鬼道流の過酷な修練を経たお方だ。
これまでの訓練でも、あの男が現れるまで、くやし涙などは見たことがない。
よほど、精神的に堪えること──おそらくは、殿下の身辺の事を触れたか。でなくては、冥夜様が泣くはずが無い。
……拳を握る手が震える。
そのとき、神代が進言してきた。
「真那様……あの男の始末をお命じください!」
怒りの表情。
見ると、他の2名も同じ表情だ。
──こやつ等も私と同じ心境か。その事には喜びを覚える。しかし……。
「ならん。私とて思いは同じだ。だが、冥夜様のご意思だ。それに……貴様等では敵うまい」
あの物腰ゆえ、初対面の時から“できる”とは思っていた。
殴るときのあの手の速さと、揺らぐ事のない腰の重心でわかる。
あれは我流のようだったが、相当修羅場をくぐっている。
──あのような手錬が、今まで世に隠れていたとはな……。
だが、奴の身体能力の高さとは別に、ひとつ解せない事があった。
冥夜様への嫌悪をはっきりとさせたらしいが、──それならそれでやりようがあるはずだ。
あのように馬鹿正直に、衛士としての訓練を与える必要はない。
衛士としてスポイルさせたいのであれば、適当に教えていればいいのだ。
それこそ、我等“背景”が最初に申し出た要望と一致する。
好悪は別にして、仕事はきっちりする性分なのか。
殴る事の言い訳として、教えるべきことは教えているのか。
それとも──本当に、心身ともに鍛えるため、か?
第207衛士訓練小隊の面々は、いずれも重要人物の縁者。
わざわざ嫌われる事を言って、覚えを悪くすることの利点は無い。
いや、むしろあの男ならば、表面は良くしておき、裏でほくそえむ程度の腹芸はできるだろう。
面と向かって嫌いだ、などと子供のような事を言って満足するような男には見えない。
しかし、あの男が、まことに冥夜様達を成長させるつもりだとすれば、説明がつく。
──だが、そうまでして、あの男に何の得があるというのだ?
使い勝手の良い駒として育てるにしては、207小隊の面々は政治的に難がありすぎる。
あの“魔女”の思惑のひとつという可能性もあるが……。
「……しばらく様子を見る」
「「「真那様!?」」」
「あの男の教練は、やりすぎです!」
「冥夜様のお顔に傷でも残ったら!
「とても許せませんわ!」
「私は、様子を見る、と言ったぞ」
「「「……」」」
異議をとなえた3人を睨め付けると、揃ってしゅんとなった。
「あれだけでは、まだ手は出せん。あの程度で抗議などしようものなら、帝国軍、いや、斯衛の訓練はよほどヌルいのだと公言するようなものだ」
あの男もそれを見越している部分はあるだろう。──まったく、忌々しい。
「だがもし、あの男が訓練の範疇を超え、冥夜様に害をなそうものなら……私の一命に代えても、あの男──白銀武は、生かしてはおかぬ。……その時はお前達も付き合え」
「「「了解!」」」
──それは、我々の覚悟と、誓い。
願わくば、この誓いを果たさねばならぬような男ではない事を……。