【第18話 おっさんの真意】
<< 柏木晴子 >>
11月23日 昼 国連軍横浜基地 廊下
「柏木少尉!」
「あ、ピアティフ中尉」
昼食後、自室でゆっくりしようと思った所で、ピアティフ中尉に呼び止められた。
珍しいこともあるものだ。
とりあえず、敬礼──っと。
「あの……、白銀少佐からお聞きしたのだけれど、柏木少尉が調整係だと……」
「ああ、はい。そうですが、何か?」
「そう。……いえ、確認しただけよ」
「そうですか」
「──ところで……」
「はい?」
「柏木少尉は、今何か欲しいものとか、困っていることとか、無いかしら?」
──きた。
調整係の事を聞いてきた時から、こうなるだろうとアタリはついていたけどね。
「えーと、中尉。申し訳ありませんが、『強制でも懐柔でも、スケジュールに口出しする奴がいたら、割合を減らせ』と少佐から命令されておりますので──もちろん、純粋な贈り物であれば、喜んで受け取りますが」
「あ、そう。あはは……うん、聞いてみただけだから。気にしないでね」
明らかに動揺したピアティフ中尉は、そう言って、早足で逃げるように行ってしまった。
──少佐の言った通りか。何でもお見通しね。
白銀少佐の“予言”通り、昨日は訓練の合間に、涼宮中尉と速瀬中尉と茜が便宜を図るようにお願いしてきたけど、さっきピアティフ中尉に向けた言葉を言うと、揃って同じ反応をしていた。
多恵は、私が任命された時に一緒に居たので、今更言ってくるほど抜けてはいないけど……目線で催促してくるのは鬱陶しい。
もう一人、秘密の人物“X”がいるのだけど、この人だけは、間隔を3日以上空けてはいけない、と厳命されている。
その時私は、つい、この人だけ特別扱いか、と思って、寂しげな顔をしてしまったようだ。
白銀少佐はそれを悟り、詳しくは言えないけど、この人は特別な理由があるためで、少佐は気持ちの上で“X”を私たちより上に置いているわけではない、と言ってくれたので、安心はできた。
──特別な理由……少佐に3日相手してもらえないと、寂しくて死ぬ、とか?まさか、ウサギじゃあるまいし……。それに、私だって、時間が空けば寂しいんだけどね。
まあ、普通に予定を組めば3日も空くことなんてまず無いのだけど、突然の出撃で予定が狂うことは十分ありえる。
その時に、この事を忘れず配慮すればいいだろう。
スケジュールを作っていて、他の人の体験談を思い出して、気付いた事がある。
どうも少佐は、私をちょっと乱暴に扱うのが好きなようだ。
少佐がソフトSという事も知っているし、“その時”の大きさで、少佐が普通にするより興奮しているのがわかるから、私も悪い気はしないんだけど……他の人達の話から判断すると、私への“乱暴率”が、ちょっと高めなのが気になった。
もちろん、私がお願いすれば、優しくしてくれるのだけど……どうせなら少佐に喜んで欲しいから、最近では好きにしてもらっている。
私が嫌いだから乱暴に扱っているのではない事は確かだけど、なぜだろうか。
直接聞いても、「たまたまそういう気分だ」と言って、はぐらかされたから、教えてくれる気はないようだし。
──まあ、いっか、別に嫌なわけじゃないし、私に興奮してくれるなら、それはそれで良い事よね。
と、自分に納得させた時、見覚えのある、小さな人影が前を歩いているのに気付いた。
──あれは、社。……確か、今日の昼の予定は、彼女の番ね。今から少佐の所に行くとこか。……同じ『メンバー』だし、挨拶くらいしておこう。
「おーい、やーしろー」
「こんにちは、柏木少尉」
「はい、こんにち……わ……?」
──この子、こんなに綺麗な子だったっけ?
私の声に振り返り、挨拶をしてきた社は、一瞬、別人かと思うほど、前とは印象が違った。
なんというか、前はお人形さんのような感じがしたけど……生気が出たというか……。
そのときなぜか、社がピクリとして、うれしそう──という表現がぴったり来る微笑みを浮かべた。
──くッ!か、かわいい……これじゃ、少佐が一軍扱いするのも、わかる気がするわ……。
しかも、この子の侮れない所は、この可愛い外見だけじゃなくて、お口のテクニックが『メンバー』の中でもナンバーワンな所だ。
少佐が「9番、ピッチャー(先発)、霞」と、よくわからないけど、なんだか凄そうな例えをしていたのが印象深かった。
社は、胸は流石にぺちゃんこだけど、それは時間が解決することだし……この子が成長したら、どう少なく見積もっても、超が付く美人になりそうよね……ちょっと凹むなぁ……。
ちなみに他の面々は忘れたけど、私は「6番、キャッチャー、晴子」と、これまた微妙な表現で、どう反応するべきか、わからなかった。
──っと、貴重な時間を邪魔したら悪いわね。
「じゃね、社。こんど、お口のテクニック教えてね」
別れ際の軽口のつもりだったけど、社は真に受けてしまったのか、
「はい。──では、今から、一緒にいきますか?」
と答え、私を驚かせた。
「え!?い、いやぁ、でも、悪いわよ」
「私は、かまいません。白銀さんなら、絶対よろこびますし」
確かに、少佐からは複数プレイをせがまれていて、A-01の仲間と一緒というのに抵抗があったから、返答を伸ばしていたけど……社なら、面識が少ない分、抵抗が少ないわね……少佐が喜ぶ顔も見たいし……思いきって、行っちゃおうかな?
「んじゃ、お言葉に甘えて──行こっか」
「はい」
…………………………
<< おっさん >>
11月23日 午後 国連軍横浜基地 廊下
晴子は、よく俺を驚かせる。
新潟出撃の夜、俺の部屋を訪ねて来たのもそうだし、調整係に任命した時もそう。
俺の予想以上の、かなりフェアといえる予定表を作った事にも驚いたが、任命した時の交換条件として、少しだけ、自分の割合を増やしていいか、とあらかじめ断って来たのだ。
委員長にしろ、みちるにしろ、こっそり増やしていたのだが……堂々と交換条件として出して来た時は、感心の気持ちが強かった。
晴子はダメ元のつもりで言って来たのだろうが、俺としては、埋もれていた人材を見つけたような喜びがあったので、快くOKしてやった。──もちろん、他の『メンバー』との差が出過ぎないように、と念は押したが。
性格的には、今まで会った女の中では、アイツが一番調整役として向いてるかもしれない。
──そして、今日の昼休み。
社と共に部屋に来て、「お口のお勉強」と称して、返事を渋っていたはずの複数プレイを申し出てくれたのだ。
前と後ろの同時口撃は、さすがの俺も、声に出てしまった。
その事に興奮した2人が、配置を交代しつつ一生懸命奉仕をしてきて、また声に出してしまって……と、恍惚の時間をすごした。
──やはり、複数は良い。“王”になったような気持ちが味わえるからな。
その口撃で何度出したか忘れたが、満足感を貰ったご褒美として、2人並べて後ろから交互に、いつも以上にガンガン突いて、何度もイかせてやったが……ちょっとやりすぎたかもしれない。
午後の職務に影響しなければいいのだが。
晴子はちょっと足がガクガクしていたが……霞は平気そうだ。
晴子は無自覚だろうが、こっちがガンガン責める時は、初めての夜と同じく、耐えるように目と口をギュっと閉じるので、相当興奮してしまうのだ。ソフトSの俺にとっては、あれはたまらん仕草だ。
なお、この事を晴子に言って、意識的にやられてしまっては興ざめなので、アイツには言わないでおくつもりだ。
よって、晴子がお願いしてこない限りは、ちょっと乱暴に扱う事に決めている。
──しかし、俺もいい女を手に入れたものだ。
そこまで考えた所で、隣で歩く霞に声をかけた。
今は、一緒に夕呼との待ち合わせ場所へ向かって、歩いていたところだったのだ。
「霞、さっきはちょっと興奮してしまってやりすぎたが……大丈夫か?」
「はい、平気です。興奮してくれて、嬉しかったです」
霞は小さいのに、こっち方面ではかなりタフだ。鍛えてる晴子でも足にきていたのに……何かコツでもあるのだろうか。
「ところで、どういう風の吹き回しだ?柏木を連れてくるなんて」
「口の使い方を教えて欲しいと、言われました」
確かに口使いそのものも、相当巧みになった霞だが、リーディングで俺のして欲しい所を的確に攻められるからこその、『お口のナンバーワン』だ。
晴子に教えて、大して変わるはずもないはずだが……。
俺の不審を読み取ったらしく、霞は続けた。
「それに、私の事を、綺麗になったと、表情が豊かになったと、“思って”くれました」
なるほど。それで嬉しくなって、感謝の気持ちで、俺との時間を共有したということか。
まあ、俺としても念願の複数プレイを体験できた。
しかも、晴子+霞は、想定したことがなかったからサプライズな組み合わせで、なかなかの連携だったから、俺からも感謝したいくらいだ。
──確か、コイツらをピッチャーとキャッチャーに例えた事があったが……奇しくも、良いバッテリーとなったか。
「だから、俺が言ったろ?お前はどんどん綺麗になってるって。これで、信じたろう」
「──はい」
俺や夕呼、イリーナのように、近しい相手から言われても、それが本心から出ているとはいえ、身内びいきという不安があった。
それが、ほとんど会話したことのない晴子からも同じ印象を持たれたことで、やっと自分の変化を評価する気になったようだ。
「よしよし、それでいい。──さて、到着だ」
<< 香月夕呼 >>
11月23日 午後 国連軍横浜基地 実験室
「副司令、お待たせしました」
「女を待たせるもんじゃないわよ。──こっちよ」
時間ぴったりではあるが、この会話は、まあお約束だ。
部屋の中の、保存用カプセルの1つへ向かう。
「これが、00ユニットのボディよ。アンタの要望を取り入れたバージョンだけど──どうかしら?」
保存溶液に満たされたカプセルの中には、00ユニット──鑑純夏に“なる予定”の裸体が、眠るように横たわっている。
20年前の、BETAのいない“元の”世界の記憶をたぐったのか、白銀は懐かしそうな表情を浮かべ、短く答えた。
「完璧です」
白銀が、00ユニットについて出した要望は2点。
──18才時点の体にすることと、内部の耐久力を上げること。
18才の体というのは、わからなくもない。
BETAに解体された当時の鑑は14才だったから、そのつもりでボディを仕上げていたのだけど、彼女にとって、最も親しい存在の白銀が18才の体なのだ。最愛の幼馴染と同年代でいたいという思いはあるだろう。
それに、“前の”世界と同じ現象が起こるのならば、“別世界の鑑”からの記憶流入により、鑑にとって最も馴染む体は18才時点のものだろう。
そのため、“前の”世界では、体が若すぎるという違和感があったようだ。
耐久力の向上については良く分からない所がある。
“前の”世界での00ユニット停止は、耐久力が“事故”で与えられたダメージを下回ったために起こったらしい。
元々、何かあっては困るので、本人が違和感を感じない程度に耐久力を持たせてはいたが、白銀はその3倍の耐久値を要求してきた。
耐久力を上げる事自体は、難しくはないのだけど、違和感が大きすぎて「自分が人間ではない」という思いが強くなってしまうのが懸念だった。
が、白銀が「純夏は、それくらいでストレスを感じるほど、ヤワなタマじゃないですよ。それに、俺が支えます」とまあ、自信満々だったので、その言葉を信じてみることにした。
その“事故”が少し気になったので聞いてみたところ、どうもハンガーで、落下してきた設備をモロに受けて、内臓パーツが大きな損傷を起こし、その痛みで量子電導脳への負荷が限界値を超えてしまったらしい。
有りえるような、有りえないような、どことなく腑に落ちない内容だったので、念のため、社にリーディングさせて見たけど、白銀の言葉に間違いはないそうなので、一応、納得はした。
──でも、やっぱり、何か引っかかるのよね。
事故自体、今回は気を使うから大丈夫だそうだけど、万一同じような状況になった時のために耐久力を上げておく、というのが白銀のリスク回避策だ。
まあ、その事はいいだろう。
この間、ふと気付いて、いつか聞いてみようと思っていた事を尋ねてみよう。
「この間、ふと思ったんだけどね。アラスカ出張、アンタが行く必要あるの?通信で『弐型よこせ』って指示するんじゃだめなの?」
部屋が暗くてよく分からなかったが、白銀が一瞬、頬をヒクつかせた気がした。
「──まあ、確かにそれでも弐型は来るでしょうが、あちらさんにしてみれば、精魂込めて仕上げた弐型を通信一つで、それも中隊分ごっそり掻っ攫われれば、いい気はしないでしょう。帝国軍の──巌谷中佐でしたか。あの人の心証だって相当悪くなり、それはひいては、帝国軍全体からの反感に繋がります。責任のある立場の者が、礼を尽くして行くのとそうでないのとでは、随分印象が違いますよ」
「そういうことなら、アンタが行くしかないわね。あたしはそんな面倒な所行くつもりはないから」
私は、利用できればそれでいいと思っているため、あまり気にしていなかった帝国軍との協調だけど、白銀はずいぶん気にしているから、その説明も十分納得いくはずなのだけど……なんで引っかかるのかしら?
“前の”事故が気になる事といい、どうも私の体調でも悪いのかもしれない。白銀に夜の相手をさせてから、心身ともに良好なはずなんだけど……。
「でしょうね──で、その出張前に巌谷中佐と面会するのは良いとして……207の任官は、あちらさん、まだ首を縦に振りませんか」
「ええ──相変わらず、返事は『ノー』の一辺倒よ」
アラスカ出張の時期──207訓練部隊の任官後というのは、まりもの為のようなものだ。
精液中──ぷッ!……だめだ、まだ笑いの発作がおさまらない。──あのやっかいな症状を持つまりものため、207の任官後に予定しているアラスカ出張だけど、肝心の207の“背景”が、任官にストップを掛けている。
鎧衣と珠瀬の父親はそうでもないのだけど、榊の父親と御剣家が、特に強硬に反対をしているのだ。
「あちらさんが、連中が大事で、そうするのはわかりますが……肝心の本人達にとってみれば、いい迷惑でしょうにね」
「でしょうね。あの子達も、うすうすは気付いてるんじゃない?」
「間違いなく、気付いているはずです。“前の”世界で、そのあたりは聞きましたから」
──なるほど、それは確かな情報だ。
「それにしても、佐渡島奪還作戦の目処も立たないし、そのせいで00ユニットも起動できないしで、今の所、打つ手がないわね──XM3のトライアルの時期、早めてみる?」
「このまま事態が推移すれば、その手しかないですね」
帝国軍への協力要請は、度々の催促にも『鋭意準備中』との返答だけで、あまり良い傾向ではない上に、00ユニットが乗る予定のXG-70──凄乃皇についても、米国がなかなか良い返事を出さない。
このまま時が過ぎれば、第4計画の凍結が待っているので、その兆候が出る前に、XM3をお披露目する必要がある。
新潟でA-01が派手にやってくれたから、帝国軍からの問い合わせはひっきりなしだから、お披露目自体は成功の可能性が高い──いや、“前の”世界での実績を考えると、間違いなく成功するだろう。
それまでに、何か、大きな動きがあればいいのだけど──、そういえば。
「それで思い出したけど、天元山の不法帰還者への対応は、本当に強制撤去でいいのね?」
「ええ、訓練兵には命令遵守を徹底的に仕込んでいますから、アイツ等を行かせても大丈夫と思いますが……万が一、“また”吹雪を失う事があっては、目も当てられません」
“前の”世界の不法帰還者への対応内容とその結果を聞いて、コイツにも、随分甘っちょろい事を言う時期があったのだなと、驚いたものだ。
──白銀は、コスト意識が異様に高い。
“前の”世界での顛末を聞いたから無理もないが、人命や設備についての無駄は一切許さないという、今の白銀の主義からすれば、1人の老婆の為に、2体の吹雪を損失したという事実は、相当な悔恨となっているようだ。
私としても、戦いが得意なだけの、馬鹿な猪を恋人にするのは願い下げだ。
また、トライアルでは、捕獲したBETAを使って、真相を知れば外道と謗られるのは間違いない事を仕組んでいるが、その計画を知った時も「良い案だと思います」と、眉一つ動かさなかった。──そして、その反応は私の期待通りだった。
その事もあって、やはりコイツは私の隣を張れる男だ、との思いを強くしたものだ。
「じゃあ、トライアルの準備だけは進めておくけど、訓練兵の準備はいいのよね?」
「ええ、どこの部隊のエースにも負けませんよ。A-01に入っても即戦力です」
従来の、総戦技演習から任官までに要する時間にはまだまだ足りないけど、あの子達はすでに実戦で即戦力になれるほどに仕上がっていると、報告は受けている。
まあ、任官ができなくても、実戦想定の訓練は続けられるから、あの連中にはこのまま衛士として白銀に磨かれてもらおう。
しかし、この短期間で仕上げるとは……白銀の力か、XM3の力か。──間違いなく、両方だろうが。
私はマクロの観点でしか見ていなかったから、XM3そのものの効力はさほど重要視していなかったけど、ミクロの改善がマクロに影響することもあるのだと気付かされ、感心させられたものだ。
考えが落ち着いたとき、体が冷えているのに気付いた。ここは、冷房が強めだった。
「冷えてきたわね。おしゃべりの続きは、執務室でやりましょ」
…………………………
11月23日 午後 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
……執務室の扉のロックが解除されていて、点けたままだったはずの、室内の電灯が消えていた。
その事を認識し終わる前に、白銀が、私と社を背後にかばうような位置に飛び出て、いつのまにか手にした銃を、部屋の人影に向けていた。
私を守る背中を頼もしく思い、頬が緩むのと同時に、私は人影の正体に気付いていた。
──こんな真似をするのはアイツね。……毎度、芸が無いこと。
「久しぶりだね、シロガネタケル」
「お久しぶりです。確か──鎧衣さん、でしたっけ?」
「ああ、そうだよ。──だから、その銃をしまってくれないか。また撃たれるのは勘弁して欲しいのだがね」
鎧衣の父親を忘れてるはずもないのに、「でしたっけ?」と言う白銀も役者だが、前回の教訓からか、鎧衣がすでに両手を上げているのには、笑いを誘った。
「──だそうですが、副司令、いかがなさいます?」
白銀は鎧衣の言葉を聞いても、銃と目線をそらさず、私の意向を聞いてきた。
私の顔を立てているのもあるだろうけど──いい性格をしている。
「しまってあげなさい。──礼儀のなってない不審者は、撃たれたほうが良いかもしれないけどね」
「いや、これは手厳しい」
前回と同じ台詞だ。……この男も、何考えているかよくわからないわね。有能なのは間違いないのだけど。
「しかし、香月博士は、ますますお美しくなられましたね。恋でもなさっているのですかな?」
「まあ、当たらずとも遠からずね」
「ほう、それは興味深い。若い愛人と随分お盛んとの噂は本当でしたかな?──ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、社霞……ちゃん?」
鎧衣は、そう言って、白銀をチラリと見たが、当の白銀は表情を微塵も動かさない。
そして、いつのまにか、社は白銀の後ろにぴったりくっついていた。
「想像にまかせるわ」
そう返したとき、白銀が前回のように、気を利かせてきた。
「副司令、俺は席を外しましょうか?」
「いいわ、ここに居なさい。彼も、そんなに長く居ないでしょうし」
「ははは、これはつれないですな」
「そんな事はいいから、さっさと本題に入りなさい」
「XG-70の件ですよ。……ご興味ない?」
さっきもその話をしていたから、興味なくはないけど……。
続けて、鎧衣は米国のXG-70についての状況を説明したが、あの国がいらないはずのガラクタを出し渋っているのは分かりきっていることだ。
つまらない前フリはさっさと切り上げさせよう。
「そろそろ本題に入ったらどう?つまらない話はもうウンザリ」
「おや……つまらなかったですか?」
「ええ、面白くないわ。さっさと本題に入ってちょうだい」
そして、鎧衣は帝国軍の一部に不穏な動きがあり、戦略研究会なる勉強会が結成されてる事。
もし事が起これば、政治的、軍事的空白が出来る可能性があり、オルタネイティヴ計画を秘密裏に誘致した現政権が倒れた場合、国益を最優先する国家や反オルタネイティヴ勢力や、国連内部の別勢力も黙っては居ないだろうという事。
さらに、国益最優先の国の諜報機関が動いているという事を説明した。
……確かに驚きの情報だけど、これが本題じゃないことは確かだろう。
こんなものは、わざわざ鎧衣自らが、出張って説明しなくても済む話なのだから。
「あたしは、本題に入れと言ったのだけど」
私の再三の催促に対する返事はなく、鎧衣は唐突に話題を変えてきた。
「ここ最近、奇妙な命令が何度か発令されてましてね。正規のルートからではない最優先命令が、帝国軍内と国連軍に1度ずつ発令されたんです」
──気付いたか。まあ、その可能性もあるとは思ってはいたけど……。
「1度目は11月10日。帝国陸軍総司令部宛。2度目は昨日の朝、国連の宇宙総軍北米司令部宛でね。穏やかじゃないですな……自軍のHSSTを見張れとは」
どう凌ごうかと、内心対策を練っているこちらにかまわず、鎧衣は続けた。
「しかも、座標まで的確に指示が出されていた。そのポイントで国連軍のHSSTを監視しろと。万が一、不穏な動きを察知した場合は、撃墜も厭わず……とも。ああ、恐ろしい」
「ずいぶん物騒な命令を出したヤツがいたものね」
わざとらしく体を奮わせた鎧衣に、惚けるように合いの手を入れてやった。
「おかげでエドワーズは一時、大混乱に陥ったらしいですなぁ……メンツが大事なお国柄……そりゃぁ、ガラクタでも出し渋りたくなるでしょうよ。昨日の件、何かの予防措置のような気がするんですがねぇ……いったい何が起ころうとしていたんです?」
ここまで言うのであれば、相当裏が取れているのだろうけど、──真相は明かせない。
明かしたとしても、信じるわけがないし……白銀という重要な駒を失う可能性を作るわけにもいかない。
「……まるで、あたしが関係しているみたいな言い方ね?」
「……香月博士の外に、そんな真似が出来る者は……そういないでしょう?」
「よしてちょうだい。いくらあたしでも、何もかも予測できるワケじゃないわ」
「ほう……では先日のBETA上陸の際……彼らの動きを正確に予想し的確な部隊の増強を指示できたのはなぜです?」
「さあ?指示した人間に聞いてよ」
「神の御業か悪魔の力か……そのどちらかでも、手にされたのですかな?初めは社霞かと疑ったが……死んだはずの男がここにいる。もしかしたら、君が関係しているのかな?シロガネタケル」
「──もしそうだとしたら、どうします?」
ここで、今まで沈黙を守っていた白銀が口を開いた。この状況を楽しんでいるふうにも見える。
この鎧衣もそうだけど……動じない奴らね。
「さて、どうしたものかな?おとなしく尋問されてくれるような男じゃないだろう?」
「そりゃあもちろん。──ですが、ひとつだけ忠告しておきますよ」
「ほう、何かね?」
「真相を知った所で、意味はありません」
「なぜそう言いきれるのかな?」
「これは俺の“予想”にすぎませんが、“たまたま”狙い済ましたかのように事態が推移したような“偶然”は、今後発生しないと“思います”。よって、真相を知った所で、今後、何かに役立つわけじゃない。好奇心が満足するだけの事を調べるより、他の事に注力なさったほうがよろしいかと愚考しますよ」
なるほど、こう惚ける気ね。……ならば、私も白銀に合わせますか。
「白銀の言う通りよ。仕事熱心なのは結構だけど……少し脇道に逸れすぎじゃない?あなたにお願いしたのは、仲介と調停だったはずだけど?」
「おっと、これは失礼……なにぶん飼い主想いなもので」
「どうしても知りたいなら、人に聞く前に自分で調べたらどう?それが仕事でしょう?」
「これは耳が痛い……ではご忠告に従って、自力でひと調べしていきますか」
潮時と思い、ピアティフに通信を入れる。
「──あたしだけど……鎧衣課長がお帰りよ。エントランスまで送って差し上げなさい」
「やれやれ……本当に嫌われたものですな。では、この辺で失礼するとしましょう」
そこで白銀が、鎧衣に声をかけた。
「鎧衣さん。娘さんには、会っていかないので?」
「……そうだ、忘れていた。かの娘の動向を探る名目でやってきたのでした」
「……どっちの?」
忘れていたなどと、どこまでも惚ける男だ。
娘とは、御剣冥夜か、鎧衣美琴か。おそらく前者だろうが……。
「この場合、どちらが面白いと思いますか?」
「……さあね」
そんなもの、私の知ったことじゃない。鬱陶しい男だ。
「では、さらばだ。またの機会に会おう、シロガネタケル。──それと、これはお土産だよ」
そう言って鎧衣が置いていったのは……手のひらサイズの、真鍮製のモアイ像か──くだらない。
「白銀、これ、処分しといて」
「じゃあ、俺がいただいておきますよ」
なんだか、むしゃくしゃする。
ああいう腹の探り合いは、ストレスが溜まる。特に、今回はこちらが不利な状況だったから、なおさらだ。
──こういうときは、コイツしかない。
「社、今日の仕事は終わりにするから、休みなさい。──白銀、夜まで相手しなさい」
「はい」「了解」
…………………………
<< おっさん >>
11月23日 夕方 国連軍横浜基地 香月夕呼自室
スッキリしたような顔で失神した全裸の夕呼に、シーツをかけてやる。
いつもながら、“本気”で相手した後の夕呼は、『レイプ被害者、1名』としか表現できない有様だ。
まったく、夕呼には思い入れが強いとはいえ、我ながらよくこれだけの量を発射できるものだ。
──しかし、今日は驚かされっぱなしの一日だった。
昼間の晴子といい、純夏のボディの前でアラスカ行きの必要性を問われたときといい、鎧衣のおっさんが現れたことといい、夕呼が珍しく仕事を切り上げて、行為に走ったことといい……。
アラスカ行きを問われた時は、正直、やばかった。
咄嗟に、もっともらしい言い訳が出せたが、部屋が暗くて顔がひきつったのを悟られなかったのは、僥倖というしかない。
たしかにああいう突っ込みは考慮しておいてしかるべきことだ。俺もうかつな事だ……。
鎧衣のおっさんの突っ込みはそれなりに鋭かったが、夕呼が指令を出したことは突き止められても、なぜ予想ができたか、までは、神でもない身には不可能だろう。
あまり嗅ぎ回られても鬱陶しいが、あれで、もしかしたら調査の手はゆるむかもしれない、と思うのは、あのおっさんを侮りすぎかな?
しかし、あのおっさんが来てくれたおかげで、夕呼が「なんでもしていいから、スッキリさせなさい」と、半ばヤケ気味にやらせてくれたのだ。
──それに、このモアイも、あのおっさんには感謝しなきゃな……。
俺の手の上にはしっとり濡れたモアイ像があった。
このモアイ……何に使ったかは説明するまでもないだろうが……ちょうどいいサイズと形状だったのだ。
神の啓示のように、夕呼に「なんでもしていい」と言われたので、早速試しに使ってみた。
ゴツゴツはしていても尖っていないから痛くないし、この鼻の部分がスポットにひっかかって、どえらい効果をもたらした。
──このモアイ……凄ぇよ。マジで使える……!
と、若い頃の口調で感心してしまった。
アラスカでは電動式バイブ『撃震』を購入予定だったが、形状だけであれを凌ぐ効果とは……鎧衣のおっさんの慧眼、おそるべし。
さっそく、俺が来るのを部屋で待っているはずの水月にも使ってあげよう。きっと喜ぶに違いない。
「水月、まってろよー。今、新境地を味わわせてやるからな……ククク……」
俺は、モアイ像をもてあそびながら、水月の部屋へと、スキップしながら向かった。