【第19話 苦肉のおっさん】
<< 鎧衣美琴 >>
12月3日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
「──マオ!こら、カマオ!聞いてるのか!」
「は、はい!」
気付けば、いつもの、白銀少佐の怒声が響いていた。
──まずい……いつの間にか、考え事に夢中になっちゃったみたいだ。
「上官の講義中に考え事とは、偉くなったものだな!」
「も、申し訳ありません!」
「さすがに兵役免除資格を持つお方は、少佐ごときの話では聞く気にもならんと見える。男のまたぐらの事でも考えてたか?」
──たしかに、少佐の講義中に考え事をしてたボクが悪いけど……いつも以上にネチネチしてくる。
ボクの睨みも、相変わらず全く気にした様子もなく、少佐は壇上から降りてきてボクに近づき、いつも以上に絡んできた。
──イライラする……。
もう慣れたはずなのに、ニヤニヤしながら発せられる少佐の言葉が、ボクの心を少しずつえぐっていく。
そして、最後に何を言われたかよく覚えていないけど、──その言葉を聞いたとき……ボクの中で何かが切れた。
「うわあああああ!」
ボクは、少佐に殴りかかり、少佐の顔面を殴りつけていた。
──という説明は後からみんなから教えて貰って、知った。その時は無我夢中だった。
少佐に打撃を与えた直後、視界が回転し、背中に衝撃を感じる。
一瞬、息が詰まった所で、ボクは正気に戻った。
見上げると、倒れたボクの襟を掴んでいる少佐が目に入った。
どうやら殴った直後、投げ技で床に叩き付けられたようだけど──とてもキレの良い投げだったと、これも後から教わった。
そして、……少佐の口の端には、血が滲んでいた。
自分が何をしでかしたかを理解して──『殺される』と、そう思った。
でも、少佐は面白そうに笑みを浮かべて、口の端を舌でひと舐めした後、
「体格の割には、腰の入ったなかなかの打撃だ。だが、その後がお粗末すぎるな」
そう言って、ボクの襟を放し……何事も無かったように、壇上へ戻り、講義を再開した。
「説明に戻るぞ。先ほども言ったように、貴様等もまあまあ動けるようにはなった。だが、戦場では射撃、格闘、戦闘指揮……目に見えて華々しいこれらの要素の他にも、S11の設置、武器弾薬の補給など、精密さを要求される行動も同じように重要だ。特に、ハイヴ内では工作系の技術の有無で、部隊の命運が分けられる事も珍しくはない。目立つ事ばかりに気を取られず、そのあたりも心しておけ!」
「はい!」×4
ボクは、まだ呆けていて、返事をしそこなった。
「その辺の技術は、カマオが得意としているだろう。お互いの得意分野は共有し合っておけよ」
「はい!」×4
「では、これで解散とする」
「敬礼!」
千鶴さんの号令による敬礼は、ボクも何とか合わせることができた。
…………………………
白銀少佐と神宮司教官が退出した直後、壬姫さん、千鶴さん、慧さんが話しかけてきた。
「鎧衣さん!どうしたんですか、いったい」
「少佐に殴りかかるなんて……血の気が引いたわよ!」
「鎧衣……やるね」
「あはは、いやー、なんだか、キレちゃったみたい……だね」
ばつが悪くなったボクは、誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「銃殺されてもおかしくなかったわよ?……どういう風の吹き回しかしらね」
「あの人に出来ることは、嫌味と暴力くらいなんですよ。“政治的圧力”が怖いから銃殺なんてできませんよ」
千鶴さんの言葉には冷や汗が出たけど、その言葉には、壬姫さんが、最近よく見るようになった憮然とした表情で答えた。
──でも、少佐にとっては、これ幸いと懲罰を加えるチャンスだったのに……ボクは投げられただけだった。
「しかし鎧衣よ。確かにいつも以上に少佐は嫌味を言っておられたが、何度も言われた事ばかりではないか。それがあのような暴挙に出るなど……何か悩みでもあったのではないか?」
冥夜さんに言われて、ドキリとした。
言葉にしようかどうか、迷ったけど……ボクらは生死を共にする『仲間』だ。思い切って打ち明けてみよう。
「実は、最近ね。……ちょっと劣等感感じちゃっててさ。千鶴さんは戦闘指揮、冥夜さんと慧さんは近接、壬姫さんは狙撃。それぞれ、凄い長所があるけど、ボクの得意分野って、戦術機では活かせてなくて……」
「最近、たまに考え込んでいたのは、そのせいだったんですか……」
壬姫さんには、バレていた。
……他のみんなも頷いているから、全員に気付かれていたみたいだ。
「しかし、少佐も仰っていたではないか。そなたは精密作業に関しては群を抜いておる。我等のような特性がなくとも、気に病む事はあるまい」
「そうよ。それに、戦闘技術だけでいえば、私と大差ないじゃない」
「そうですよ!鎧衣さんには鎧衣さんのいい所があります」
「鎧衣……気にしない」
4人に言われて、心のモヤが払われたように感じた。
「そうだね。みんな、ありがとう……スッキリしたよ!」
ボクは、4人に感謝で返した。
──もっと早く、打ち明ければ良かったなあ……。
この時、ボクは無意識に、考えるのを避けていたのだろう。
本当は、白銀少佐の言葉を聞いたとき、ボクの劣等感は消えていた、という事を。
…………………………
<< 御剣冥夜 >>
12月3日 夜 国連軍横浜基地 グラウンド
就寝前、日課としている夜の走り込みをしながら、私は今日の訓練内容の事を考えていた。
──やはり、白銀少佐は、我等の事を大事に考えておられる。
あの方は、我等が気付かなかった鎧衣の悩みを正確に把握していた。
乱暴なやり方ではあったが、助言を得た鎧衣は、肩の力が抜けたようだった。
その感謝は、少佐ではなく我等に向かっていたが、誰もそれを不審に思っていないようだ。
鎧衣からの打撃も、わざと受けていた。
なにしろ少佐は、鎧衣の拳を当たる直前まで“見て”いたのだから、それは間違いない。
──しかし、少佐も大変だ。あのように振舞わねば、いちいち助言もできぬとは。
少佐が言葉通り『苦肉の策』を取った心境を思うと、苦笑が出る。
ああして殴らせた事で、鎧衣の気も少しは晴れたであろうし、その事実が強烈すぎで、“少佐が助言した”という事にはあまり目を向けられてはいない。
10日ほど前、少佐の真意を確信して以来、どれだけ細部に渡って少佐が我々の事を気遣っているのかが、よくわかった。
大事な助言を行なう時は、ああして強めの“いじめ”と同時にする。──今回は、これまで以上に強かったが。
そして、負けん気の強い面々の207小隊は、全員、なにくそと思い、同じ指摘はされないように奮起する。
そういった配慮に気付くたび、私は睨む視線が緩んでしまうのを、多大な労を持って防がねばならなかった。
それとは別に、神宮司教官の、少佐を見る“あの”まなざしを見るたび……心が冷えるのが分かった。
なぜ、そう思うのか最初はわからなかったが……いや、意識的にそう考えるのを避けていたのであろう。
──私は、白銀少佐に懸想している。
私は自らの本心に気付いたとき、絶望を感じた。
神宮司教官という、女性としても素晴らしい相手がいる男性に、想いを寄せるなど……。
諦めるべき想いであるとは理性で理解はしているが、自分の心には嘘をつけぬ。
それどころか、日々高まって行くその想いは、私を戸惑わせるばかりだった。
──どうしたものか……時間が解決するのであろうか。
…………………………
迷いながらも走り続けていたその時、グラウンドの端にある物資用の物置から、かすかに女性の悲鳴が聞こえた気がした。
──気のせい?……いや、何かあっては一大事だ。
足音を消し、物置に近づくと……やはり、聞こえる。何かを叩きつけているような音が、絶えず響いている。
私は警戒心を最大にし、気配を消して、物置からゆっくり顔を覗かせ…………愕然とした。
少佐が、壁に両手をついた女性──明らかに神宮司教官とは違う──を、背後からのしかかるように……腰を叩きつけていた。
ふたりとも、下半身には何も纏っておらず……何をしているかは一目瞭然だった。
あまりの事実に、私は全身が麻痺したように、……まばたきすらできなかった。
時折、女性が小声で発する「嫌ぁ……」「孝之くん、助けて……」という言葉。
それに対する白銀少佐の「感じてるくせに、この変態女」「死んだ男に助けを呼んでも無駄だ」などの下品な言葉。
たまに見せる、女性の臀部への平手や、髪を強引に引っ張り、繋がったまま後ろを向かせて口に乱暴に吸い付く行為。
──その他諸々を一部始終見せつけられた。
女性が乱暴に扱われ、助けを求めていたというのに……止めるべきだというのに……私は、動けなかった。
そして、少佐がうめき声を上げ、ふたりの動作が止まり……少佐が満足気なため息をついた時……私はようやく動く事ができた。
「何をなさっているのです!!」
「う、うわっ!」
「だ、誰!?」
白銀少佐と女性は、心底驚愕したような声を発し、繋がったままこちらを見た。
「め……オチムシャ?」
少佐は、すぐにこちらを認識したようだ。
「これは……明らかな強姦ですぞ!少佐ともあろう方が……なぜ……!」
詰問してるうち、足が震え出し、涙が滲み出すのを感じた。
それを、拳をこれ以上無いというほど強く握りしめて、耐える。
──私は、このような下衆に想いを……!なんという愚か者なのだ、私は……!
「あー、いや、これはだな……」
「誤解よ。えっと……オチムシャ、さん?」
返答に迷ったふうの少佐の代わりに、女性が答えた。その落ち着いた様子に、私は少し気を抜かれた。
「まずは、落ち着いて話をしましょう……少し向こうを向いていてくれるかな?」
女性がそう言った後、ふたりはようやく離れ──私は堂々と下半身をあらわにした、少佐の……濡れたアレを、直視してしまい、慌てて回れ右をした。
──少しは隠すそぶりをしてくれれば良いものを……しかし、少佐が手にしていたものは……モアイ像?
…………………………
(数分後)
「──では、おふたりの合意の上、という事に間違いはありませぬか」
「そうだ」「ええ、そうよ」
私は、どのような表情をしていたのであろう。
顔が赤くなっているのは確かだろうが、このふたりが、その……。
『たまには外というのも新鮮かも』→『どうせなら面白いシチュエーションで』→『レイプごっこが場所に合ってて良いかも」
という飛躍理論で、あのような行為をしていたと聞き(しかも発案は女性の方だという)、情けない気持ちになった。
「ならば、私から言う事はありませぬ。……お邪魔をして申し訳ありませんでした」
──本当は言いたい事は山ほどあった。
特に、神宮司教官との事を詰問したかったが……それを聞いてしまうと、“あの”日、私が行為に気付いていた事を知らさねばならなくなるので、それはできなかった。
「いや、俺たちがうかつだった。貴様の行動は正当なものだ。詫びるのはこちらの方だ。すまなかったな」
「ごめんなさいね、オチムシャ訓練兵」
「いえ、謝罪には及びません。では、失礼します」
白銀少佐と、中尉の階級章を付けた女性に敬礼し、私はその場所を後にした。
──中尉の呼び方は気になったが……私は名乗っていないし、悪気は無さそうなので指摘はしなかった。
…………………………
拍子抜けしてしまった私は、鍛錬を切り上げて、自室に戻る事にした。
グラウンドを歩いていると、赤い人影が近くまで来ていることに気付いた。
「冥夜様、何かございましたか?」
私が、一周走るのに時間をかけたのを不審に思ったのであろう。
月詠と神代、戎、巴が心配気な顔をしていた。
まだ、物置の影には白銀少佐とあの中尉がいるはずだが、おそらく我等が消えてから、戻るつもりであろう。
それとも、また続きをやるのであろうか。……いや、まさか、それはあるまい。
「いや……そこの物陰で、一組の男女が逢引をしておった。邪魔をしてしまったから、それ以上、触れるでない」
「はっ」
月詠の安心した表情を確認し、宿舎へと向かった。
──しかし、神宮司教官という方がありながら、あの優し気な女性と関係を持つとは……教官は、この事をご存知なのであろうか。
複数の女性と付き合っていて、女性の方がそれを納得するという状況など、寡聞にして知らぬ。
おそらく、神宮司教官には黙って、あの中尉と関係を持ち……あの中尉も、神宮司教官の事はご存知無いであろう。
軍人としては、尊敬の対象である白銀少佐。だが、男女関係においては、……不実なお人のようだ。
同じく尊敬する神宮司教官が、恋人に騙されている。しかし、それを私が報告するのは……僭越であろう。
私の倫理観からすれば許せない事であり、教官に黙っている事に申し訳ない気持ちもあるが、このような色恋沙汰は、私が出る幕ではなかろう。
此度の事は衝撃的ではあったが、だからと言って軍人としての白銀少佐の評価に影響する事はない。
だが、男性としてみた場合の白銀少佐は……どうであろうか。
あの方が複数の女性と付き合えるならば、私も…………なッ……!私は今、何を考えていた……!?
「冥夜様、どうかなさいましたか?」
「な、なんでもない!戻るぞ!」
「は、はぁ……」
一瞬沸いた想いと、私の表情の急変が気になった月詠から逃げるように、私は部屋へと急いだ。
…………………………
<< おっさん >>
「驚いたな……人が近付いているのに気付かないとは……すまなかったな、遙」
「いえ、私もちょっと……夢中になっていましたから」
冥夜だと知ったときは、つい名前で呼びそうになった。
青姦は結構興奮するので好きなシチュエーションだが、部屋よりも格段に見られるリスクが高いから、あまり頻繁にはしなかったのだが……久々にやった時に限ってこれとは、俺もついていない。
「しかしお前、鳴海少尉の名前を呼ぶとは思わなかったぞ」
「えへへ、その方が“役”に入り込めそうだったから……でも、大きくなってましたから、興奮したでしょう?」
「あー……まあな」
鳴海少尉に悪い気はしたが、興奮したのは確かだ。
彼の事は、遙の中で区切りは付いているようだが、あの最中に名前を呼べるなど、遙の中でどう整理しているのかは、俺には理解不能だ。
そして、遙が思い出したように話かけてきた。
「あ、そうだ、麻倉少尉と高原少尉のこと、聞いてますか?」
「──ん?ああ、今日、本人達から直接告白されたぞ。思い切った事を考えたもんだ──確か予定は……明後日だな」
今日、遙の部屋に行こうとしていた時、麻倉と高原が部屋を訪ねて来た。
曰く──ふたり一緒に相手をしてほしい、と。
その時俺は、つくづくA-01の連中は俺を驚かせるものだと思ったものだ。
感心な事に、晴子にはすでに手回しをして、時間調整を手配済みらしい。
俺も、処女ふたりの同時開通は経験がなかったから、期待感が高い。
もっとも、ふたりとも『水月・茜コース』を希望していたから、俺の性欲が満たされることはないだろうが、初めてのパターンは新鮮味があり、精神的には満足できるだろう。
複数プレイ自体は、最近では珍しくない。
霞と晴子の同時プレイを聞きつけたのか、『メンバー』全員が次々と良い返事を返してきて、最近では短時間の小休憩以外では、今日の遙のような単独プレイの方が少ないくらいだ。
なぜ流行りだしたかというと、俺の反応が良いというのもあるだろうが、スケジュール上、同時にすれば一緒にいられる時間も2倍になる、というところに着目したようだ。
同時プレイは、3人ではまだそれほどこなしていないが、2人では、大方の組み合わせは経験済みだ。
2人の組み合わせで、まだこなしていないのは、茜+遙と、まりも+イリーナ以外、というところか。
茜は“前の”世界と同じく、実の姉とは抵抗があるようだが、それをどう崩すのかを楽しんでいる。
まりもとの関係は、まだ機密に抵触するし、サプライズとして用意してあるから、イリーナとだけ組ませたが……あのふたり、お互いの性癖を『異常よ!』と言い合ったのが笑えた。
その言い合いは、なぜこの良さがわからないのか、という討論にまでなり、本格化する前に押し倒して、うやむやにしたが……あれは、放っておけば殴り合いまでになったかもしれない。
夕呼は『メンバー』でないので組み合わせ対象外だが「まりもとなら面白いかも」と、興味を示している。
まりもの方は抵抗がありそうだが、夕呼には『禁断症状』という切り札を与えてしまっているから、夕呼がその気になれば断る事はできないだろう。
──教えてはいけない相手に、教えてはいけない情報を与えてしまったかもしれない。
心に冷や汗をかいたとき、遙がルーキー2名の話を続けた。
「あのふたり、昨日やっと風間少尉に相談して、叱られたらしいですよ?」
「へえ、どうやって?」
「何でもっとはやく言わないのか、ですって。逆に風間少尉が落ち込んだので、大変でした」
「まあ、自分に気を使われて躊躇されたんじゃ、風間の性格ならそうなるだろうな」
麻倉、高原からは、前から好意の視線を感じていたが、どうもふんぎりがつかない様子だった。
その理由は、茜経由で聞いたが、俺としては動くつもりはなかった。
他の『メンバー』の面子に気後れしていたという理由については、あのふたりの容姿は十分に美少女の範疇だから、全く問題ではなかった。
その理由を聞いたときは「そんな事気にしてるなら、さっさと口説いてやろう」とおかしく思ったものだ。
だが、疎外感を感じているらしき風間達に気を使っている、という理由では、手を出しにくい。
風間を含めて全員、さっさと落とせば済む話ではあるが、俺は他の男に想いを寄せている相手は、よほどの理由が無い限り、自分から手を出す事はしない。
まあ、その匙加減は、俺のその時の気持ち次第ではあるのだが、風間を落としてしまうと、みちると宗像がますます肩身が狭くなるだろうから、どうしたものか迷っていたのだ。
やや足りなくはあるが、現『メンバー』でも十分ローテーションが回せているので、それほど必要性を感じなかったのもあり、これまで放置しているうちに、麻倉と高原の方から動いた、という訳だ。
「あのふたりは、ずいぶん期待していましたから、優しくしてあげてくださいね」
「ああ、そのつもりだ」
その時、遙が何かに気付き、
「──あ、武さん、『左近』が落ちてますよ」
と言って、しゃがみ込んだ。
「おっと、着替えた時に落としてしまったか」
そういって、遙から手渡されたモアイ像──『左近』についた砂を払った。
当初はこれをモアイ、モアイと呼んではいたが、多恵が「せっかくだから、お名前つけてあげましょう」と言い出したので、贈り主をリスペクトする意味を込めて、俺が『左近』と名付けたのだ。
以来、『メンバー』全員からも、このモアイは『左近』として親しまれてはいる。
最初は「左近をもっと動かしてください!」とか言われると、少しげんなりさせられたが、最近では慣れたもので、気にならなくなった。
鎧衣のおっさんを名前で呼ぶ事などないだろうから、俺たちにとっての『左近』はこのモアイだ。
夕呼だけは、その呼び方を嫌ってはいるが……まあ、彼女からしてみれば当然かもしれない。
砂を払い終わり、俺が『左近』を胸ポケットにしまうと、
「では、そろそろ続きをしましょう」
と、当たり前のように遙は言った。
──やはり、こいつは貪欲だ。
“前の”世界では遙の思い通りになっていた気がしたので、これまで様子を窺っていたのだが……コイツは腹黒いのではなく、単なる“天然”だということが判明した。
性に対して貪欲なくせに、それをあまり表に出さないから、俺も妙に操作されている感があったのだが、気付いてしまえば可愛いものだ。
「ああ、いいぞ。俺も1回程度じゃ、不完全燃焼もいい所だしな」
そして、先ほどの出来事を教訓とし、今度は周囲の気配に気をつけながら、満足するまで行為を続けた。