【第21話 おっさんの覚悟】
<< 白銀武 >>
12月5日 午前 国連軍横浜基地 中央作戦司令室
「──ラダビノッド司令……それは、どういうことですかな?」
「これは日本帝国の国内問題です。我々国連が帝国政府の要請も無しに干渉することでは……」
防衛体制発令時には、この作戦司令室に集合することになっている。
入室すると、ラダビノッド司令、夕呼、……そして、珠瀬事務次官が、口論中だった。
──ん?あれは……鎧衣課長、か。
壁際に鎧衣課長がひっそりとたたずんでいた。
気配を消しているが……たまたま目に入らなければ、俺も気付かなかっただろう。大した隠形だ。
あちらも、こっちに気付いたようで、人差し指を立てて口にあてた。
──黙ってろってか。
大方、また忍び込んだか。……本来なら問いただすべきだろうが、そんな状況ではないな。
鎧衣課長に倣って、この口論が終わるまで待つとするか。
…………………………
要するに、帝都でクーデターが発生し、それを見越していた様子の米軍艦隊は、すでに相模湾沖に展開していて、反クーデターの増援部隊を横浜基地に進駐させたいと主張している。
だが横浜基地としては、日本政府の要請、あるいは安保理の決議無しではそれは不可能だ、ということだ。
──まあ、俺も横浜基地所属であるし、“前の”世界のG弾戦略や、アラスカでの出来事から、米軍は嫌いな部類だ。夕呼の心情に同意だな。
その後、夕呼と珠瀬事務次官の、米軍の意図を巡った論争に発展し、ちょっとキレた様子の夕呼が米国の方針を非難。
対して珠瀬事務次官は、国連が米国の意向を無視するようなら、単独でもG弾の使用を辞さないだろうという見解を述べる。
「ご安心ください、事務次官。オルタネイティヴ5の発動も、米国の独断専行も許しませんから」
「……大した自身ですな。未だ具体的な成果が出ていないというのに、何があなたにそう言わせるのか……」
「虚勢と取るかそうでないかは、お任せしますわ」
「その判断は私のするところではなさそうだ……仕方ない……一旦、退散するとしますか」
夕呼の発言は、虚勢ではない。現状では、“最悪でも”00ユニットの起動は可能なのだから。
慢心が禁物であることは百も承知だが、この時点においてオルタネイティヴ4が凍結される事はありえない。
「安全保障理事会の正式な決定さえあれば、我が横浜基地はいつでも米軍を受け入れます」
「では、後ほど……すぐに戻ってきます」
ラダビノッド司令の言葉に、珠瀬事務次官は、そういって早足で退室していった。
──さて、そろそろ顔を見せよう……したところで、司令と夕呼が会話を続け、出るタイミングを逃してしまった。
その会話は対して長くはなかったが「安保理の決議が時間の問題だ」とういう所は気に留めておいた。
「私は発令室に戻る……博士、後は宜しく」
「はい」
──やっと終わったか。
そこで、鎧衣のおっさんが動き出して……俺の方に向かって来た。
「こんなところで何をしている、白銀武」
「あなたと同じですよ、鎧衣課長」
その会話に、夕呼はやっと俺達に気がついたようだ。
「あんた達、いつの間に……」
「鎧衣課長はそうでもないようですが、俺は堂々と入りましたよ?お話に夢中の様子でしたので、鎧衣課長に倣って、傍聴させていただきました」
「あっそ。……鎧衣、あなたはなんでここに……いえ、やっぱりいいわ」
夕呼は、相手をするのが面倒になった様子で、質問を途中で止めた。
理由など、情報収集に決まっている。
そして、鎧衣課長は、決起部隊の動向について情報を教えて──いや、勝手に喋った。
決起軍の手際──短時間で、おおよそ考えつく主要施設を制圧するとは、なかなか有能だ。
米国と、オルタネイティヴ5推進派が裏で糸を引いていると聞き、なるほどと思った。
その2つの勢力の相性が良いのは“前の”世界で体験済みなのだから。
──しかし、鎧衣課長……ここまで色んな陣営に渡りをつけて、大丈夫か?
「程々にしておいてちょうだい。利用価値の高い駒に、急にいなくなられるのは困るわ」
夕呼も、鎧衣課長の性格は気に入らなくても、能力は認めている。
俺としても、美琴の親父さんだから、あまり死んで欲しくはない。気をつけて欲しいものだが……。
「おお!博士に必要とされるとは何たる名誉!羨ましいだろう白銀武?」
「ええ、本当に羨ましい!俺もあやかりたいものです」
「ばーか」
夕呼の突っ込みは──たぶん俺たち2人に向けられたのだろう。
「では、今度はこちらが質問する番です」
「あなたが勝手に話したんじゃない」
「先程、珠瀬事務次官に随分と勇ましい事を言っておられましたね……ここに来て順調、というわけですか?オルタネイティヴ計画は」
美琴の父親らしく、自分の言いたい事だけ言って……俺を見た。
「白銀武のおかげ……といったところですか?」
「程々にしなさいって、さっき忠告しなかったかしら?便利な駒が他人の都合で無くなるのは困るけど、自分の都合で無くなるのは……割と納得できるモノよ?」
「おお怖い……つれないですなあ、私は博士のために粉骨砕身しているというのに」
「よく言うわ……自分の目的のためでしょう?」
「ええ、もちろん……商売柄、目的遂行のためには手段を選びません。それはあなたも同じでしょう……香月博士」
雰囲気が変わった。……これがこの人の本気か……侮っていたつもりはないが、考えを改める必要があるな。
「たとえそれが、将軍家所縁の者だろうが、首相の娘であろうが……実の娘であったとしても……犠牲は厭いませんよ」
「……」
「そして、都合の悪いものは……始末するだけですよ」
俺も含めて、と言いたげな目だな。
「鎧衣さん」
「なんだね?白銀武」
「俺も、副司令も言われるまでもありません。犠牲は嫌いですが……無駄にはしませんよ」
「ほう……これは、言いたい事を先に言われてしまったな」
俺の言葉で、鎧衣課長の雰囲気が戻った。
「……さて、お喋りが過ぎたようだ。私はそろそろお暇するとしようか。白銀武。これをやろう」
人型の像……上半身だけ鳥。これ、何ていうんだっけか。
「ムー大陸のお土産だ。君を守ってくれる。持っているといい」
……うーむ。さすがにこの形状じゃ……。
「捨てると呪われるよ。気をつけろ……おや、そのイースター島土産、気に入ってくれたようだね。まあ、チリ本土で買ったんだがね?」
俺の胸ポケットから、ちらりと見える『左近』に目を付けたようだ。
「ええ、かなりの逸品をいただきました。俺の“仲間たち”も、コイツを気に入ってますよ」
「それは何よりだ。贈った甲斐があるというもの──おや、博士。何かおかしい事でも?」
「い、いえ……プッ……なんでもないわ……くくくっ……」
行為中に『左近』と呼ぶと嫌がる夕呼も、さすがにおかしいらしい。
しかし、最近の夕呼はよく笑う。精神的に余裕が出てきたせいだろう。
「この年になっても、乙女心はよくわかりませんな……では、これにて」
さすがに年の功で、その話題に触れない方が良いと直感で判断したのか、鎧衣課長はこの場を後にした。
…………………………
<< 香月夕呼 >>
12月5日 午前 国連軍横浜基地 廊下
白銀を連れて、執務室へと向かうすがら、方針を打ち合わせる。
「あんたなら、この状況、どうする?」
「……どの道、出動と米軍受け入れが避けられないのならば、これを奇貨として、米軍はせいぜいこき使って、現政権に恩を売ります。上手く立ち回れば、手詰まりだった状況が良い具合に進められるかもしれません」
さすがに、私の考えと同じだ。
「で、クーデターの首謀者は、沙霧尚哉って奴らしんだけど……アンタ、記憶にある?」
「!……沙霧、ですか……」
「あら、珍しいわね、アンタがそこまで驚くなんて」
「“前の”世界では、アラスカ時代、帝国から奴が派遣されて来た時に知己を得ました。肩を並べて戦ったのは一度だけでしたが、戦術機の腕も、指揮能力も相当なものでした。学んだ事も多かったんですが……参ったな」
白銀はそう言って、後頭部を掻いた。
それから聞いた話だと、白銀の印象では、沙霧には幾分、近視眼的な所があったようで、世界よりも日本という国を重視する言動が目立ったそうだ。
もっとも、日本人のほとんどはそういう人間だから、沙霧を近視眼的と断ずるのは不公平かもしれない。
私や白銀、珠瀬事務次官、鎧衣……国の枠組みを重視しない人物の方が、この国では異端なのだろう。
──それにしても、この白銀が凄腕と認める男か……。
「なら、今回のクーデター鎮圧、長引く可能性は?」
「いえ、それはないでしょう。いかな沙霧とはいえ、手が不足しています。緒戦はいいようにやられるでしょうが、帝国軍は各防衛線から戦力を確保できます。また、当基地の部隊と米軍が出れば、鎮圧は時間の問題かと」
私の推測とも一致する。
BETAに対する防衛線を空けるなんて、正気の沙汰ではないけど……BETAより国家主権が大事な現政権なら、そうするだろう。
白銀も内心、馬鹿馬鹿しい考えだと思ってはいても、このあたりは冷静に判断できるようだ。
「将軍の確保が失敗して、連中から直命が発せられた場合、帝国軍が動けなくなるかもしれないけど……その時はどうするの?」
「確保失敗は痛いですが、君側の奸を討つといって、奴らがやったことをやり返してやれば済みます。直命は考慮に値しません」
私の思考を読んでいるのか、本当にそう思っているのか。
白銀は、おもしろいように私の考えを答えてくる。頼もしい事だ。
「沙霧ってのは、それくらいの計算が出来ないほど、馬鹿なの?」
「まさか。この決起は……礎になる覚悟かもしれません。無論、新政権確立に手を抜きはしないでしょう。でなければ、一緒に起った部下や同志に申し開きできないでしょうから」
……なるほどね。
決起が失敗しても、日本人に心意気を見せつけることで、国民の意識改革はできる、か。
「アンタ、この基地の増援部隊率いてみる?師団くらいなら経験あるでしょ」
「やめときますよ。“色小姓”がいきなり指揮をとったところで、まともに命令を聞くとは思えません。まあ、大軍なら大軍の、小軍なら小軍の戦いがありますよ」
私も本気で言ったわけじゃないけど……白銀の指揮というものを一度見てみたいと思った。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
12月5日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
「クーデター、とは……」
副司令と白銀少佐から、今回の事件の経緯を聞いて、私は驚きを隠せなかった。
──このご時世に、暢気なことだが、帝都……か。姉妹たちは大丈夫だろうか。
「それで、我々はどう動くのでしょう」
「こちらの協力者の手引きで、将軍が帝都から抜け道を通って脱出することになるから、その保護と、この基地までの警護。塔ヶ島と、帝都臨海部の離城のどちらかに出るそうよ」
……状況に応じて、行きやすい方に行くということか。
「ならば部隊を分ける必要がありますが……塔ヶ島はずいぶん離れていますね」
「いえ、A-01は帝都臨海部に行ってもらうわ。塔ヶ島には、まりもと207訓練部隊に向かわせるわ」
「……訓練部隊を、ですか」
──確かに、帝都には決起軍が居座っているから、帝都方面に向うのは、戦力的に見てA-01が向かうしかない。
塔ヶ島には訓練部隊……不安はあるが、神宮司軍曹がおられることだし、距離的に見て、塔ヶ島に殿下が来られる可能性は低い。
「で、白銀だけど……どうする?事が起こればA-01は激戦になるだろうから、そっちに行く?」
白銀少佐の行動は、まだ決まってなかったらしい。
さっきの話を聞いて、それは私も気にかかることだった。
「いえ、そうしたいのは山々ですが……消去法で塔ヶ島に行かざるを得ませんね」
「どういうこと?」
「ええ、それは──」
少佐が言うには、可能性は低いとはいえ、万が一、塔ヶ島に殿下が現れ、決起軍の標的となった場合、神宮司軍曹と訓練兵では荷が重いとのことだ。
神宮司軍曹の実力は折り紙つきだが、人間相手が初の実戦になる訓練兵では、さすがの軍曹も対応に苦心するだろう。
また、最高位が軍曹の部隊では、米軍ないしどこかの味方部隊の現役衛士が一人でも合流する事になった場合、その衛士が最上位となり、主導権を握られてしまう。
帝国軍にしても、米軍が進駐している横浜基地部隊の訓練部隊と知れば、どのような態度に出るかわからない。
その場合、わけ有り揃いの訓練部隊にとっては、よろしくない事態に発展する可能性があるが、少佐が同行すれば、そのリスクも軽減できる、とのことだ。
──なるほど、よく考えている。
「A-01の方は、白銀が抜けても問題ない?」
「ええ、そのために、少佐抜きでの連携も仕込んでいます」
「じゃ、部隊分けは決まりね。次は──」
部隊行動の方針については、あっさり決まった。
帝都臨海部に殿下が来られれば、A-01はそのまま横浜基地へ向けて進行。訓練部隊は帰還。
塔ヶ島に来られれば、訓練部隊は横浜基地へ進行、A-01は訓練部隊の支援に向かう。
まあ、状況的に、これ以外の方針など取りようがないのだから、当然だ。
「それと、伊隅。殿下が乗られる事を想定して、搭乗させる機体に、予備の強化装備1着と、固定用ハーネスを多めに積んでおけ。強化装備は、207の御剣のサイズで丁度合うはずだ。ああ、スコポラミンの確認も忘れるな」
「了解」
言われるまで気付かなかった。
将軍を酔い殺しては、面目が立たないどころじゃない。
「さすが、気がきくわね」
「本当は複座型の機体があれば良いんですがね。それでも、何も無しよりはだいぶ違うでしょう」
「そうね。それじゃ、伊隅はA-01への説明と出撃準備にかかりなさい。白銀はまりもと207の方、よろしくね」
「──あ、副司令、お待ちください」
「なに?」
「少佐から、A-01の連中に出撃前の訓示をいただきたいのですが」
全員、人間相手の実戦は初めてだ。
同行できない不安はあるだろうが、少佐の言葉があれば、少しは助けになるかもしれない。
恋人連中はもちろん、私や宗像、風間にしたって、この人を尊敬しているのは変わりないのだから。
……それに、もう会えなくなる可能性もある。
帝都側は激戦区になる可能性が高いから、何人か死んでもおかしくない。
少佐は、無言で副司令をちらりと見て、返事を窺った。
「白銀、アンタのハーレムよ。励ましてやんなさい」
「了解。──伊隅、出撃準備が整ったら、全員を待機所に集めろ」
「は!ありがとうございます!」
ハーレム、か。
……まあ、確かにほとんどそんなようなものね。
…………………………
<< 月詠真那 >>
12月5日 午後 国連軍横浜基地 16番整備格納庫
207部隊が出撃するとの連絡を受け、随伴を申し出るべく、はじめはあの魔女の所へ向かったが、
「207は白銀に任せてるから、アイツに言ってくれる?」
と、けんもほろろに追い払われてしまった。
格納庫で出撃準備を整えていると聞いたので、ここまで来たが──幸い、すぐに見つけられた。
声をかけ、振り向かれた時、冥夜様への仕打ちを思い出し、その顔面を殴りつけたい衝動が湧いたが──それを押さえつける。
殺気は漏れていないはずだ。
「香月博士より、こちらと伺いしました。207訓練部隊が出撃するとのことですが、我々も随伴させていただきたい」
「ふむ……」
「武御雷が4機。戦力としては申し分ないと存じますが」
「確かに、な……だが、指揮系統を混乱させられては困る。部下として、臨時的に俺の指揮下に入るならば許可してやる」
この男の立場からすると、妥当な要求だが……私の一存では、返答してよい事ではない。
だが、今の帝都の混乱状況から、出撃までに上から許可を得ることは難しいだろう。
──仕方あるまい。冥夜様の元を離れるよりは……。
「承知しました」
「ほう?」
「どうかなさいましたか?」
「いや……即答で受けるとは思わなかった。軍法会議にかけられても知らんぞ?」
「それは、少佐の関知する所ではございません」
──私の去就など、毛ほども気にならないだろうに。わざわざ口にするとは、嫌な男だ。
「ふ、そうだな……まあ、対外的には、ただの協力扱いにしてやる。命令に従う事は口約束でかまわんが……誓ってもらおうか」
「何に対して、でしょうか?」
「無論、貴様の大事なものにだ。殿下でも、御剣でも、武御雷にでも、剣にでも、だ」
「では、その全てに誓って、白銀少佐の命令に従う事をお約束します。……ただし、軍規に反する行動や、帝国に不利益となる行動においては、その限りではありません」
「当然だな──もし、約束を違えた場合だが」
──舐められたものだ。私が……殿下や冥夜様に誓って交わした約束を、反故にするとでも思うのか!
「そのような想定は必要ありませんが……そのときは、我らの命で「いや」──は?」
私の言葉を遮り、この男は嫌らしくニヤニヤしだした。
「約束を違えた場合、貴様と3名の少尉全員、俺の慰み者になってもらおう。──ありていに言えば、好きなだけセックスさせろ、ということだ」
「な、なあ!」
──な、なんだコイツは……!?
「なんだ、約束できんのか?なら──」
「し、承知した!その時は、す、す、好きになされよ!……では、準備があるので失礼する!」
私は、目の前の理解不能な男から逃げるように、部下たちの元へと向かった。
──なんだ、あの下衆な条件は。いくらなんでも予想外だぞ!……あれが……容赦なく訓練兵をしごいていたあの厳格な男……か?
「ああ、言っておくが、貴様等のうち、誰か一人でも逆らったら、全員ヤられるんだから、ちゃんと言い聞かせておけよー」
私の背中にかけられたその言葉を聞き、私は不満気な顔をした部下たちに、殺気を交えて言い聞かせることになった。
…………………………
<< 神宮司まりも >>
12月5日 夕方 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
「──以上が我々の任務内容だ」
白銀少佐に指揮を取っていただくのは心強いが、いきなりの実戦が人間相手となる訓練兵を連れて行くのは、不安が禁じえない。
あの子達の技量が、いかに並の衛士よりも上回るとしても、対人実戦となれば、勝手が違う。
特に、榊……クーデターに父親が殺害されたと聞いて、動揺していたけど……。
「少佐、質問があります……実際に武力による挑発や攻撃があった場合、防衛行動は認められるのでしょうか?」
その榊が、分隊長らしい質問をした。……気丈なことだ。
「この作戦は国連と臨時政府が決定したもので、殿下の御裁可をいただいたものではありません。帝国軍が、我々を『侵略者』とみなす危険性があります」
「……たとえ米軍のゴリ押しがあったとはいえ、この作戦は国連軍として正式なものだ。それに手を出す阿呆が帝国にいるかどうかわからんが……その場合は、反撃を許可する」
微妙な問題なのだけど……その場合、全責任は少佐が負うということか。
……味方の命を大事にする、少佐らしい言い切りだ。
「さて、貴様等に言っておく。──今回は特別に出撃拒否権を与える。出撃したくない者は申し出ろ」
何を言い出すかと思えば……前代未聞な……。
「時間がないから、締切は30秒後だ。それを過ぎれば貴様等全員の生殺与奪は、俺に握られるということだ。数えるぞ──」
そんな短時間で、そんな重大な決心ができるわけもなく、少佐は腕時計を見ながら秒読みを始め、……それはさえぎられる事なく終わった。
「──2、1、0。……只今をもって、貴様等は俺の指揮下に置かれた。以降、命令に対する反抗は厳罰を持って当たるからそのつもりでいろ」
「はい!」×5
なるほど。これは、あの子達に少しでも「自分で選んだ」という意識を付けさせるためだろう。
……少佐のことだから、万が一申し出ていれば、迷いなく置いて行っただろうけど。
「あらかじめ言っておくが、我々の担当区域で、“敵”とまみえる可能性は低い。……だが、皆無というわけではない。万が一、接敵した場合、当然戦闘になる事を、心構えておけ」
「はい!」×5
「……人間相手で混乱してるだろう、迷いもあるだろう。相手の主義主張に思う所もあるだろう。だが、そんなものは帰還後に考えろ。貴様達がトリガーを引くのをためらえば、敵がトリガーを引き、味方が死ぬ。いいか、躊躇いが味方を殺すのだ。今のやつらはBETAと同じ、仲間を殺そうとする敵だ。それでもなお、迷いが捨てきれない時は、申し出るように。――味方殺しはいない方がマシだから、俺がその場で殺してやる」
訓練兵に向けたその言葉は、いつもの怒声ではなく……静かな口調。
すさまじい程の覚悟が伝わる。
──これは……その時には、本気で殺す気だ。
私は、これほどの覚悟を決められるだろうか……。
「実際に接敵しなければそれでよし。だが、いざという時にうろたえられては困る。それまでに答えは出しておけよ……敵を殺すか、俺に殺されるかを。貴様等にはその2択しかないのだという事は、心に刻んでおけ。……わかったか!」
「はい!」×5
勢いのよい返事はしみ込んだ反射行動だろう。
状況に流されるような気分では、戦力にならない。
たとえ脅しであれ、強制であれ、自らが“戦う”気にならなければ、生き延びる事は難しい。
これで、あの子達の迷いが軽減されればいいのだけど……。
「では、各員、30分以内に火器管制装置の調整を済ませ、ハンガー前に集合せよ。以上、解散!」
…………………………
<< 伊隅みちる >>
12月5日 夕方 国連軍横浜基地 出撃要員待機所
「敬礼!」
出撃準備を終えて、さほど待つこともなく、白銀少佐がいらっしゃった。
少佐は珍しく壇上には行かず、我々の目の前に立った。
「待たせたな。今回は、帝都のバカタレが“おいた”をしたせいで、出撃となったわけだが……全員、人が相手だからといって、気を許すなよ。各員の奮闘を期待する」
「はい!」×10
「伊隅」
「は!」
「俺は伊隅みちるという衛士の能力を高く評価している。今回、貴様には負担をかけるが、隊のまとめを頼むぞ」
「はい!ありがとうございます!」
──初めて個人的に褒められた……ちょっと、これ、嬉しすぎるんですけど……。
私が一番前に立っていてよかった。出撃前に、部下に涙ぐんだ所など、見せられない。
「速瀬」
「はい!」
「俺は、こと戦闘能力において、貴様ほどの才能はそうそう見たことがない。突撃前衛長として、戦術機のお手本を、“反乱軍”のクソガキどもに見せつけてやれ」
「はい!ありがとうございます!」
──なんか、私より褒められてるような……。恋人だから贔屓してるわけじゃないとは思うけどさぁ……。
内心憮然とした私に気付くわけもなく、少佐は全員、一人一人に激励の言葉をかけてくださった。
全員、少佐からの期待と評価に対して喜び、それが奮起につながっているようだ。
──やはり、訓示をお願いしてよかった。
しかし、恋人に対するような甘い言葉は、一切無い。
こんなときくらいは、誰も非難しないと思うが……融通の利かない人だ。
まあ、そこが少佐の尊敬できる所でもあるのだけど。
「以上だ。では、全員──」
「「あ、あの!」」
麻倉と高原が同時に声を上げた。
「どうした?」
「えっと、その……」「あー、うー……」
呼び止めたはいいが、何と話していいかわからないようだ。
少佐も、アイツ等が声を上げた意図はわかっているようだが、少佐の方針から、私的な言葉はかけられない。
かといって、切って捨てるのも酷なのだろう。さすがの白銀少佐もやや困った雰囲気だ。
──やれやれ、私が叱られるかもしれないが……言ってやるか。
「少佐。少佐の方針は理解しておりますが……この2人は、今夜の記念すべき予定が狂ったのです。何か言ってやってもらえませんか?」
数秒、沈黙を守った少佐は、仕方がないな、という感じで嘆息した。
「この作戦が終わったら、念入りにかわいがってやる。無事に帰ってこいよ」
「「はい!」」
──まあ、これくらいが少佐の妥協点だろう。
…………………………
<< おっさん >>
12月5日 夜 神奈川県 箱根新道跡
俺とまりもが搭乗する不知火2機と、訓練兵の吹雪5機、斯衛の武御雷4機が歩くことで発する振動音が、断続的に響く中、俺は今日の作戦について考えていた。
あれだけ脅しつけたものの……全員、親近者がこの事件の渦中にいる207には、まだ不安が残る。
冥夜は、帝都の殿下が気になるだろうし、そもそも心情的には沙霧達に近いものがあるはずだ。
彩峰は……仲間の父親を、自分の昔馴染みが殺したのだ。心境は複雑だろう。
委員長は、気丈に振舞ってはいるが、父親が無残に殺された事で、動揺は隠し切れていない。
たまは、父親が今回の国連介入に関わっている事は、当然、推測する。……そして、それが多くの日本人に反感を買うことも。
美琴は自分の父親が何をしているか明確には知らないだろうが、たしか“前の”世界では、薄々気が付いていたと独白していたから、心境的には、たまと似たようなものだろう。
──純粋な戦闘力では、A-01にもひけは取らないんだがな……どうしてこう、それ以外の要素がこうも足を引っ張るかね……
全員、素質と能力に恵まれた207。
だが、政治的背景や、精神的甘さ──そして、今回、最も大きいのが実戦経験の無さ。
伊隅や先任に日ごろ薫陶を受け、戦いに対する甘さが無くなった元207A小隊の連中との差は大きい。
207Aといえば、今晩は麻倉、高原の同時開通を楽しみにしていたというのに……どのようにいただくか、何時間かけて何通り候補を考えて、決めたと思っている……!
──クソ、沙霧め……よりによって今日とは……せめて明日にしろというのに!
いつのまにか、俺は歯軋りをして、操縦桿を固く握り締めていた。
今回、やっかい事を起こした沙霧は、夕呼に語ったように、“前の”世界では知らない仲ではなかった。
唾を飛ばして持論を暑苦しく語ったり、俺の女性関係について説教してくるのは閉口したが、まあ、嫌な男ではなかった。
そのアイツは……この頃は、さらに直情的なようだ。
伊隅との打ち合わせ時に流れた、声明放送。そのガキくささに、夕呼が鼻で笑ったが、俺もつられそうだった。
どうやら、不法帰還者の扱いが不満だったようだが……まあ、あれが“この”世界での模範的日本人なのだろう。
自ら礎になっても、という覚悟は感心だが、被害を出しすぎだ。
これからさらに失われる衛士の命や、戦術機の数を想像すると、──やばい、めまいが起きそうだ。
BETA戦以外で、衛士が死ぬなど……。
──“前の”沙霧は、BETAに殺されたが……今度は、人の手にかかるか。
沙霧の死に様は、奴の部下から聞いた。
らしくないほど精彩を欠いた沙霧は、それまでの奮闘が信じられないほど、あっさりと要撃級の餌食となったそうだが、──その要因は、明らかだった。
俺は“その時”まで知らなかったのだが、沙霧は彩峰と旧知の仲で、出撃の前日、沙霧は彩峰を訪ねて来た時があった。
そして扉を開けて「やあ、慧」と言った直後、笑顔のまま固まった。
……ちょうど俺と彩峰が、全裸で繋がっているところだったのだ。
まあ、まりもとの行為中に冥夜が入室した時と同様、彩峰のあえぎ声を了解に取ってしまったんだな、これが。……やっぱ、鍵、要るよな。
沙霧が扉を開けたとき、俺たちは駅弁スタイルで、扉を背にしていたのは彩峰。
彩峰は行為に夢中で、沙霧が入ってきたのに気付かなかった。
驚いて、俺の唇が離れたことに不満な顔をし、俺が「まて」と言う前に、俺の口をふさいで舌をからめてきたので、沙霧の事を伝えられなかった。
一緒にいる時は、唇を貪ってないと不機嫌になる彩峰だから、仕方がないのだが……このときはちょっと勘弁してほしかった。
行為を続ける俺たち──彩峰を見た沙霧は、何か悟りきったような微笑みを浮かべ、ゆっくりと、音を立てないよう、扉をしめた。
その後、駅弁スタイルのまま数度、彩峰の中に発射してようやく落ち着いたところで、奴の来訪を伝えたのだが、
「そういえば、今日打ち明けたい事がある、って伝言があった」
と、少し頬を赤くして言ったので、額にチョップしておいた。
──それが、沙霧の訃報を受ける前日のこと。
数日後、彩峰に対する遺書が届いたとき、俺は一瞬、邪悪な心が沸き立った。
何しろ、後ろからでほとんど見えなかったとはいえ、彩峰の裸──特に、尻の穴を見れられた事は間違いないのだ。
俺たちの結合部は、角度的に大丈夫なはずだ……と思うが。
奴は、さも傷ついたような顔をしていたが、冷静に考えてみれば、被害者は俺たちの方なのだ。
篁唯依の元恋人の、メリケン野郎以上に、ボコボコにしてやるつもりだったが──戦死されてしまってはどうしようもない。
腹いせに、遺書を読ませながら、彩峰をバックから突いてやろうかと思ったが……さすがにそれはやりすぎだ。
どのような死に様であれ、アイツは衛士として立派に戦って死んだのだ。
であれば、その死は冒涜するべきではない。
よって、心の広い俺は、彩峰の菊穴は、沙霧への冥土の土産として、許してやることにした。
だというのに……最後に見た沙霧の微笑み。
その顔が、数日の間夢に出てきて、俺は夜中に目を覚まさせられることになった。
その夢は毎回、彩峰とした後の睡眠時なのだから、沙霧の呪いに間違いない。
俺はその度に、呪いを鎮めるため、寝ている彩峰を「悪霊退散、悪霊退散」と言いながら犯さざるを得なかった。
そうすると、なぜかその後は夢に沙霧が出ないのだ。
そしてその沙霧は……“前の”世界の逆恨みというべき“呪い”と、“この”世界で俺の大望を邪魔した罪は重い。
もはや、“この”世界で奴を生き延びさせる理由はない。
この戦いで、直接対峙する機会があるかどうかわからないが、その時は──
「残念だが……お前を殺すしかなさそうだよ、沙霧……」