【第23話 おっさん、逃げる】
<< 煌武院悠陽 >>
12月6日 未明 神奈川県 伊豆スカイライン跡 山伏峠付近
現在、207機甲小隊は、速度を維持し、伊豆スカイライン跡沿いに冷川料金所跡へと向かっている。
ここを抜ければ、決起軍はこちらに追いつく事は叶わぬ。
追撃してくる決起軍の進撃速度も相当なもので、事態は逼迫しているはずだと言うのに……この不知火のコクピット内では、私と白銀の、場違いというべき穏やかな会話が交わされている。
「──と、いうわけなんですよ。ひどいでしょ?」
「ふふふ、面白い男ですね、そなたは」
白銀武と名乗った国連軍の少佐。
逃亡中であるというのに、私はこの者との会話に夢中になっていた。
若いと思っていたが、驚くことに、私と同い年という。
斯衛では、武家の子弟であればそう珍しく無いのだが、国連軍では異質といえよう。
この者の過去ははぐらかされたが、上司である香月博士の要求がいかに無茶か、年上の部下たちがいかに生意気で反抗的か、そしてそれを従わせるのにいかに苦心しているか、など、面白おかしく話してくれ、はしたなくも声を上げて笑い転げてしまった。
会話がひとしきり落ち着いたところで、通信で月詠の名前を聞いた時から、聞いてみたかったことを尋ねてみることにした。
「ところで、月詠中尉が随伴しているということは……そなたの部隊にも武御雷が配備されているはずなのですが……」
私の言葉の意図がわからなかったようで、白銀は不思議そうな顔をした。
「冥夜が……御剣冥夜がこの部隊にいるのでしょう?」
「ええ。おりますよ」
「ではなぜ、武御雷が見あたらないのですか?」
「ああ、それはそうですよ。御剣は国連の訓練兵です。武御雷の使用などという特別扱いは許可できません。それに、アイツ自身、そのつもりはないようです」
考えてみればすぐわかる事だったというのに……国連軍にも、面子と方針がある。
だが、その事を恥じるよりも、あの者自身にそのつもりがない、という点が、私の心を重くした。
「……あの者は今まで1度たりと、私の贈り物を素直に受けてくれたことがないそうです」
「……御剣なりに、気を使っているのでしょう。お心遣いを嬉しく思っていることは間違いありません」
「そうですか……」
白銀の励ましに幾分心が軽くなった。
その後、あの者の近況として、いかに訓練に前向きに励んでいるかを教えて貰い、私もあの者が壮健であることに安堵した。
白銀は、会話をしつつも、操縦桿を忙しげに動かし続けてる。
その動作に違和感を感じた私は、差し出がましいとは思いつつも、好奇心を押さえられなかった。
「白銀、軍機に触れない程度でかまわないのですが……」
「なんでしょう?」
「この不知火、やけに鋭い動きしますが、そなたの腕だけでもないように見えます」
「ああ、それは、新概念のOSを積んでるんですよ」
「新概念?」
「ええ、XM3といいまして──」
白銀発案の新概念を組み込んだ理論であることと、オルタネイティヴ計画の副産物であることが白銀の口から伝えられた。
そして、白銀はこちらの内心に反して、気前良くXM3についての情報を教えてくれた。
……いや、この程度は知っておいて欲しい、というような口ぶりであった。
「……なるほど、あの鬼才と、そなたとの合作ですか」
“魔女”との異名をとる香月夕呼博士。
色々と良くない噂もあるが、その能力を疑うものはおらぬ。
このような素晴らしいOSの開発に携わったのであるから、かの者もまた、人類の為に働く一人の有志なのである事には違いない。
「そのうちお披露目する予定ですし、帝国にもいくつか渡します。その時は、よろしければ殿下もお確かめください」
「ええ、是非に」
私は、本心から、そう思った。
この年齢で少佐であり、これまでの振舞いから、白銀がその地位に劣らぬ優れた指揮官であり、衛士であることはうかがえた。
その白銀が、あの鬼才とともに作り出したOSなのだ。無益なものであるはずもない。
その後白銀は、時折部下に指示を出しながらも、私との会話を止めることはなかった。
なんとも器用な事であるが、会話しながらでも、その目線は一定せず、状況把握はぬかりない様子。
乗り物酔いは、会話をすることで、紛らわせることができる。
白銀の会話は、それを意図したものであり……きっと、私の緊張を紛らわせるためでもあろう。
事実、不知火に乗るまで私にかかっていた重石のような感覚は、相当軽減されている。
私は、内心でそっと、白銀の配慮に感謝した。
しかし、この白銀。
私にこれほど親しげに話す人間は、亡き両親・祖父を除き、これまでおらなんだ。
さりとて、無礼というわけでもなく……私はこの者をどう見ればよいか、いまだに決めかねている。
少なくとも私は、酔いの事とは別に、この者と話を続けたい、という誘惑に抗えなかった。
いつしか、搭乗時よりも互いの顔が近くなっていた事に気付き、頬が熱を持ったのを感じたが……私は距離を取る気にはなれなかった。
──なんであろうか、この感覚は。とても心地よい、だが少し切ない感じは……。
「……本当に不思議な男ですね……そなたは……」
私は、脈絡もなく、そのような事を呟いていた。
しかし、ひとつ気になっていることがある。
忙しい様子の白銀に聞くのは心苦しくもあり、聞いてはならぬことのように思えるのであるが……。
搭乗してよりずっと感じている、私の臀部に当たる、この熱く硬いモノは、いったい……。
<< おっさん >>
会話の様子からすると、悠陽の調子は良さそうだ。
その事には安心したが……少し困った事に、俺のマグナムがさっきからずっと、いきりっぱなしなのだ。
そりゃそうだ。悠陽のケツが乗ってるんだ。
ここで勃たない男は、オカマか不能しかあり得ない。
幸い、悠陽は当たっている事を何も言ってこないが、言われたとしても「正直、すまん」としかいえない。
“前の”世界で、俺とするまで、男の勃起を見たこともなかった悠陽だから、まあ、大丈夫だろう。
どうせわからないなら、と、腰を動かしてやろうと思ったが……後で斯衛にでも尋ねられると、俺の命がヤバイ。
悠陽にはそういった、天然で俺を殺しかけた事が何度かあるのだ。
斯衛の紅蓮大将の目の前で、先日は俺のアレでお腹いっぱいになりました、とか、今日は縛る予定は?とか……。
あのおかげで、鬼の形相の紅蓮大将に、無現鬼道流のかわし方を無理やり教わる羽目になった。……技を伝授されたわけではないのがポイントだ。
無理やり習わされたのは、結果的に役には立ったが……あの修練は、“前の”世界で、一番死を感じた時だった。
まあ、そんなこんなで、いきりたったブツのせいで、目の前の悠陽をひん剥きたくて仕方が無かったのだが……。
──あせるな、まだ時間はある。
自分にそう言い聞かせて、心だけは、なんとか落ち着かせていた。
だが、帰還までにヤってしまうのはさすがに難しいだろうが、そのきっかけくらいは作っておく必要がある。
なにしろ、悠陽と会うチャンスなんて滅多にないのだ。
コイツを落とすのは、そう難しくはなく、弱いセリフも分かっている。
それに、俺に落とされる為に生まれた、といっても過言ではないほど、俺とはかなり波長が合うのだ。
まあ、冥夜と双子なのだから、それは不思議ではないが。
──問題は、いつ仕掛けるかのタイミングだな……。
「──4時方向より機影多数接近!稜線の向こうからいきなり!」
……一瞬、内心を読まれて、怒られたのかと思ったが、監視を担当させていた美琴からの報告だった。
快適なドライブはここまでのようだ。
気持ちを切り替えよう。
<< 白銀武 >>
──追撃が速すぎるな。
帝国軍の部隊が、こうも短時間で抜けられるのは意外だった。
それだけ、追撃部隊の練度が高いという事だろう。
だが、今の脱出ルートなら、幾分余裕があったはず……。
まだこちらに補足されていない決起部隊がいるのかもしれない。
──さすがは沙霧。奴もそうそう、礎になる気は無いということか。
「国連軍及び斯衛部隊の指揮官に告ぐ。我に攻撃の意図あらず。繰り返す。攻撃の意図あらず。直ちに停止されたし」
──停止できるわけないだろうが、まったく……。
追撃部隊から、オープンチャンネルで通信があったが、無視。
沙霧は、悠陽もろとも俺たちを撃墜して、国連と米軍の非を謳うような男ではないから、うかつに撃ってこないはず。
ここは突っ切るしかない。
「──貴官らの行為は、我が日本国主権の重大なる侵害である」
追撃部隊からの再度の警告が聞こえた時──前方より機影多数!……一瞬、肝が冷える。
──いや、ブリップマークが小さい。この反応は、確か……
「00より各機。前方の機影は味方だ。速度を落とさず、そのまますれ違うぞ」
「了解!」×10
「こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊──いいぞ、そのまま行け!」
「ここは任せろ!」
すれ違いざまの、米軍機とのやりとり。
気に食わない奴らでも、この状況ではなんとも頼もしいのだから、俺も勝手なものだ。
「207リーダー了解。よろしく頼む」
「作戦に変更はない。安心して行け」
「207各機、陣形を維持し最大戦闘速度!」
「了解!」×10
さっきの米軍部隊には、ラプターが混じっていた。
さすがにあれは、たやすくは抜けないはずだ。
──この進行速度であれば、冷川料金所跡は、こちらが先に抜けられそうだが……次の手はあるのか、沙霧?
すれ違って間もなく、別の米軍機から通信が入った。
「──207戦術機甲小隊に告ぐ。私は米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官、ウォーケン少佐だ」
いかにも軍人という感じの男の顔が、網膜に投影される。
──その部隊名……さっきの部隊の本隊か。
「現在、我がA中隊が時間を稼いでいるが、彼我の戦力差を考えれば楽観できる状況ではない。我々は亀石峠で諸君らの到着を待つ。到着次第、補給作業を開始する。可及的速やかに合流せよ──以上だ」
必要最小限の情報のみ通達。相手の実直さがうかがえる。
「207リーダー了解。──00より各機。亀石峠まで連続噴射跳躍で行く。各機500刻みでリンク。タイミングは00に同調」
「了解」×10
補給はありがたい。そろそろ悠陽にも休憩させたい所だった。
会話を続けて悠陽の気を紛らわせていたとはいえ、フィードバック情報が蓄積されていない強化装備では、限度がある。
…………………………
12月6日 未明 神奈川県 伊豆スカイライン跡 亀石峠
亀石峠に到着後、すぐに米軍の指示に従い、順番に補給を行う。
補給中、米軍大隊の隊長機から通信が入った。
「こちらは、アルフレッド・ウォーケン少佐だ」
「こちら国連軍横浜基地所属、白銀武少佐だ。助力に感謝する。ウォーケン少佐」
怪訝な顔をされた。──まあ、こんな若僧が出れば、驚くわな。
「これが我々の任務だ。感謝は不要だ。……ところで、以後はこちらの指揮下に入ってもらいたいのだが」
あちらは大隊、こっちは混成の中隊だから妥当な申し出だが、指揮権を渡してしまうのは、少々困る。
「いや、すまないがそれはできない。このような場合、米軍の指揮下に入ることは禁じられている。ここは斯衛と同様、随伴となるか、こちらの指揮下に入ってもらうしかないのだが、どうする?」
禁じられている、というか、夕呼のお墨付きを貰っているだけだが、まるっきり嘘でもない。
殿下の身柄を預けるわけにもいかないし、日本のいざこざで米軍機を損耗したくないからといって、こちらの面子を捨て石にされても困る。
まあ、そんな姑息な事をするような男には見えなかったが、人間、見た目ではわからないものだ。リスクは減らしておくに限る。
「……了解した。では、協力部隊として随伴させてもらう」
あちらも、使いつぶされるのは御免だろう。
ウォーケン少佐の返答は、俺の予想通りだった。
「これからの行動だが、我々は予定通り――」
ウォーケン少佐と、現状の整理と脱出ルートの説明を行う。
向こうとしてもすでに予測を立てていたのだろう。大して驚きもせず、素直に受け入れた。
短い打ち合わせの結果、米軍機が両翼と最後部を固めるという隊形で落ち着いた。
これで、最悪でも冷川料金所跡は先に抜けられるはず。
だが、脱出の成功が見えてきたというのに……俺の心は、晴れなかった。
──何か、見落としているような……。
…………………………
<< 神宮司まりも >>
12月6日 明け方 神奈川県 伊豆スカイライン跡 沢口付近
想像以上の追撃部隊の速さに、こちらの行動もあわせて修正する必要が出たものの、今の状況は明るい。
緊張がないわけでもないだろうに、最初から全く自然体を通した白銀少佐は、さすがと言える。
訓練兵たちも、緊張は隠せないものの、落ち着いてはいる。
最後まであの状態を保てれば良いのだけれど……。
「噂のラプターの実物を初めて拝見したが、なかなか精悍だな、ウォーケン少佐」
「ふ、こちらこそ、武御雷、不知火、吹雪と、日本の誇る3名機を拝めて光栄だよ。白銀少佐」
オープンチャンネルで交わされる、隊長同士の軽口。
白銀少佐が米軍にあまり良い感情を持っていないことは知っているから、この会話は、部下達に聞かせるためのものだろう。
こちらは、米軍に当然含みがあり、米軍の衛士は、この情勢で、クーデターを起こした日本という国を快く思っていないだろうから、このやりとりで、協力しあう部隊の殺伐とした空気を、わずかでも和らげようとしているのだろう。
クーデターの事には触れず、当たり障りのないやりとりが続いていたとき、少佐が話題を変えた。
「ところでウォーケン少佐。万が一敵部隊が追いついた時には、貴官にはきつい作業を担当していただく事になる。その時は、いい物をやるから、死ぬんじゃないぞ?」
「ほう?いいもの、とは?」
「……将軍殿下が今着用なさっている、強化装備だ」
ブフォーーーーーー!
「し、少佐!」「ふ、不敬ですぞ!」
噴いた直後、月詠中尉と同時に突っ込んでいた。
「な、なにを、ば、馬鹿なことを――」
ウォーケン少佐は表情を変えてはいなかったが……頬が赤い。眼だけが横を向いている。
──この人も……結構、複雑な人のようだ。
「現在、殿下がご着用の強化装備は、国連軍が貸与しているものだ。当然ながら横浜基地に着けば我々に返却される。それを、日米友好の証として協力部隊に進呈しよう。……殿下は良い匂いがするぞ~、ウォーケン少佐!」
白銀少佐は、殿下の頭付近をくんかくんか、と匂いを嗅ぐしぐさをして──『ニコっ』と表現するのが最も適切だろう。
なんとも素敵な、つい笑みを誘われそうな、心からの笑顔だった。……その台詞さえなければ、だが。
そして、言われた当のウォーケン少佐は、先ほどと目線と表情は変わらず……いや、鼻の穴が広がっている。鼻息も少し荒い。
──思ったより親しみやすい人なのかもしれない。……私は遠慮するが。
白銀節は相変わらずのようだけど……こんな少佐を初めて見る訓練兵と斯衛は固まっている。
──緊張は解れたみたいだけど……ちょっと抜けすぎじゃない?
それよりも驚きなのが、
「し、白銀、困ります。そのような事……」
と、照れてはいるが、少佐にくんかくんかされて、……どうみても嬉しそうな殿下の様子。
――殿下ですらこの短時間に……私だってくんかくんかされたいのに……いや、後半は無しね。
その様子に、殿下が『メンバー』の一員となる日は、そう遠くないだろうと思った。
全員の緊張が抜けたその時、──上空に機体反応!
──友軍機……帝国軍671航空輸送隊?厚木基地所属部隊……。
少佐に警戒を怠らないよう言い渡されていなければ、気付くのが遅かったかもしれない。
不審に思ったが、ひとまず全機に通信を入れ、注意を促す。
「作戦参加は聞いていないが……」
ウォーケン少佐が怪訝な声を上げる。
そして、月詠中尉が、はっとしたように叫んだ。
「──空挺作戦!」
「なに!?」
驚きの声を上げたのはウォーケン少佐だったが、私も──全員、同じ思いだっただろう。
──まさか!空からなんて……!
囲まれる!敵影マーカーが、私たちを囲むように、どんどん増え──
「うろたえるな!」
心が泡立ち始めてすぐ……白銀少佐の声が轟いた。
「よく見ろ。敵の配置はまばらだ。まだ包囲が完成されたわけではない。敵の態勢が整わないうちに、このまま12時方向へ最大戦速で強襲、突破する。00と06のエレメントを中心に、右翼を斯衛小隊、左翼は207小隊。ウォーケン少佐は、麾下の戦力をもって後方の追撃機に当たっていただきたい」
少佐は、落ち着いた声で、すぐさま対応策を提示した。
その声を聞くうち、こちらもなんとか落ち着きを取り戻せた。
しかし……輸送機を確認して数秒。なんという決断の早さ。
いや、警戒を促されていたのだから、この場合も想定していたのかもしれない。
それにしても、米軍を迷うことなく盾に、とは。
確かにこの状況、今回の米軍の行動目的からすると正しいのだろうが……敵の練度によっては、使い捨てになるというのに。
「ハンター1了解。我々はそのために来たのだからな。しかしトップは大丈夫か?」
このあたり、さすがに大隊を率いるだけあって、いち早く反応したのはウォーケン少佐だった。
彼も、この状況ならそれしかないと判断したのだろう。
トップは白銀少佐と私。自信はある。
少佐とのエレメントは体が覚えこんでいる。
正面のあの程度の敵など、数の内にも入らない。
「ああ、真正面はたった2機だ。問題ない。まあ、こっちを気にせず、後ろからの客をもてなす事に専念してくれ」
「ふ、了解」
「月詠中尉、右翼は若干数が多いが頼むぞ」
「──承知」
「“榊”、207は貴様に任せる。上手く使えよ」
「り、了解!」
榊が戸惑ったのは、久しぶりに少佐から名前で呼ばれたからだろう。
今だけは一人前扱い、という短いサインだ。
各隊長に指示を出し終え、少佐は訓練兵全員に向けて、声をかけた。
「訓練兵に告ぐ。ここが正念場だ。何を失い、何を手に入れるか、それは貴様等の覚悟次第だ。その吹雪には、俺と副司令、神宮司軍曹、そして貴様達自身が育て上げた最高のOSが積んである。これまでの練成がお前たちを守るだろう。自信を持って、今やれることをやれ。いいな?」
「了解!」×5
今まであの子達にはかけたことのない、穏やかな、落ち着く声。
訓練兵の目から、動揺の色が消える。
「合図と同時に、各機、最大戦闘速度──」
決起軍の降下が目視できた。
──そして戦いが、始まる。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
12月6日 明け方 神奈川県 箱根周辺
周辺に散らばる、凄惨な光景──決起軍の残骸を見ながら、数時間ぶりに、一息つく。
「ヴァルキリー・マムより各機。周辺の敵影、ありません」
「残敵無しか。あらかた食ったな──各機、被害状況を報告しろ」
全員から報告を受ける。
築地機が何発か被弾したものの、行動に影響はない様子だ。
「ここでだいぶ遮断できましたね」
「そうだな」
風間に返答し、数時間前、副司令より任務変更の通達を受けた時の事を思い出した。
煌武院殿下を、白銀少佐の部隊が保護した、という所までは想定内だったが、その情報が敵にリークされたという所にはヒヤリとした。
そして、我々は207部隊へ殺到する増援部隊を箱根手前で遮断すべく、急行する事になったのだ。
これまでにない過酷な戦力差だったが、XM3の機動を生かした連携の前には、決起軍は次々とその屍を晒す事になった。
彼らはきっと、少佐と初めて戦った時の私たちと、同じ気持ちだっただろう。
だが、憐憫はあっても、後悔はない。
「随分、気合が入っていましたね、速瀬中尉。自分の男は自分が守る、といったところですか?」
「まーねー。ここで踏ん張った分、あっちの負担が減るもんねぇ」
「内助の功、というやつですね。健気なことで」
雰囲気を変えるかのような、速瀬と宗像のやりとり。
全員、人間相手に怯むことなくよく戦ったが、やはり人を殺したという罪悪感はある。
率先してこういう会話をしてくれるのだから、猥談で押され気味とはいえ、やはり宗像の存在はありがたい。
「宗像中尉。自分“たち”の男です。間違えないようにしてくださいよ」
「そうそう!」
「そうです!」
柏木が割って入り、涼宮茜と築地が同意する。
──ホント、ハーレムよね……。
その時、涼宮の硬い声が割って入った。
「──ヴァルキリー・マムより各機。5時方向より機影多数、接近中!」
すぐさまレーダーを確認し、モニターを望遠モードにする。
──露軍迷彩の不知火。これは……富士教導団、か。
「おやおや、教導部隊まであちらの一味でしたか」
宗像が呆れたような口調で嘆息した。
私も同意見だ。これほどの部隊が決起軍に与しているとは……。
あれ以上の部隊は考えられない。
恐らく、敵の切り札だろうが……我々が最も手ごわいと見て、その札をこっちに切ってきたか。
どうやら頑張り過ぎたようだが、まあいい。
それだけ我々が戦況に影響を与えている、ということだ。
気持ちを入替え、全員に発破をかける。
「貴様等、相手は教導のエリートだ。だが、こちらも香月副司令直属の特殊部隊。肩書きでは負けてはいないぞ!」
「相手にとって不足はありません!」
「人の恋路を邪魔するやつは──ってやつですよ!」
高原と麻倉が、真っ先に威勢の良い台詞を吐いた。
速瀬が言いたかったようだが……台詞を奪われて、苦笑いしている。
──ふ、頼もしいことだ。
「よーし、良い気合だ。こっちにはXM3というアドバンテージがあるんだ。各機、動きを止めるなよ!」
「了解!」×8
そして、この夜、A-01にとって最も苛烈となる戦闘の幕が開けた。