【第27話 おっさん、解禁】
<< 風間祷子 >>
12月8日 朝 国連軍横浜基地 PX
「おはよう、祷子」
「おはようございます、美冴さん」
いつもの席で朝食を採ろうとした所で、美冴さんがトレイを持ってやってきた。
今日は、時間が丁度合ったようだ。
「昨日、祷子の部屋に寄ったんだが……白銀少佐か?」
「ああ、いらしてたんですか」
どうやら、私たちが“集団カウンセリング”をしている時に、部屋を訪ねて来たようだ。
隠す事ではないので(というか、すぐバレる事なので)昨日あった事を、詳細は伏せて話した。
「そ、そうか……2回目で複数……しかも8人でとは……祷子も結構大胆だな」
さすがの美冴さんも、少し引いている。
私も、初めての翌日にあれはどうかと思ったのだけれど、他の皆に誘われてしまい、断る事ができなかった。
もちろん、興味があったのもあるけど……それはもう少し先の事だと思っていた。
昨日の事を思い出すと、今でも顔が火照る。
まさか、いきなり私ひとりが裸になって、布で目隠しと轡をされて、大股開きの状態で縛られて、大事な所を評価されてしまうとは……あんな事、想像できるわけがない。
白銀少佐が、縛る事に相当手馴れているのが呆れたけど、他の皆も面白そうに手伝うものだから、抵抗する暇もなく、あっというまにあんな状態にされていた。
確かに、最初に服を脱いだのは、自分でやった事だから、私に責任がないわけではない。
でも……突撃前衛長らしく、速瀬中尉が「と・う・こ!と・う・こ!」と音頭を取り出して、他の皆がすぐに合いの手を入れて、場は大盛り上がり。
そんな雰囲気に逆らうことなど、とても出来ず……つい、脱いでしまったのだ。
──ああ、空気を読んでしまう自分が憎い。
縛られた後は、少佐が、形、匂い、味の評価などを、いやらしさの欠片も無い、研究者のような口調で評価するものだから、皆も「ふんふん、なるほど」と相槌を打ち……私は消えてしまいたかった。
轡はともかく、目隠しは優しさなのかもしれない。
あんな事されている時に、誰かと目が合ったら、羞恥で死んでしまいそうだ。
評価がひとしきり終わると「では、耐えた被験者にご褒美だ」という少佐の声が聞こえ、その直後私を襲ったのは……凄まじいほどの快楽。
初めての時より、圧倒的なその感覚に、私は数分で失神してしまった。
次に目を開いたとき、白銀少佐の姿はなく、全員、満足げに眠っていて、私は拘束を解かれていた。
案の定、私の髪の毛は少佐のアレで重くなっていた。
──髪を気に入ってくれたのは嬉しいんだけど……
洗うのが大変なので、少し控えてほしいのだけど、少佐に、あの子供のような喜々とした表情をされると、……きっと、次も断れないだろう。
どうも私は、ああいう事については、押しに弱いようだ。
昨日の事もそうだし、初めての夜も、気持ちが有耶無耶なうちに抱かれてしまった。
「いいよな?な?」という少佐の言葉には逆らえず、いつのまにか脱がされていて、色んな事をされてしまった。
もちろん、最初は優しかったのだけど、「次、これいいよな?」と言われると、断れず……これまで皆から聞いた、上級者向けと思われる事まで及んだ。
元々、白銀少佐は尊敬できる方だと思っていたし、男性としても魅力的に感じていた事は確か。
でも、『メンバー』の一員になりたい、とまでは思わなかったのだけれど……。
以前、ピアティフ中尉と少佐のやりとりを見たときは、こんな事になるとは露ほども思っていなかった。
昨日、恋する乙女の顔をしている、と美冴さんに指摘されたから、私もあの時のピアティフ中尉と同じ顔をしていたのだろう。
最初に口説かれた時の事を思うと、今でも首をかしげてしまうけど、少佐と別れるつもりはないのだから、現状、私があの人を好きな事は間違いない。
それに、麻倉少尉と高原少尉の事で、沈んでいた心が軽くなったというのも、また間違いない事なのだから。
一応、自分の気持ちに結論を出したところで、美冴さんに言おうと思っていた事を思い出した。
ただでさえ肩身が狭かったのに、ある意味、裏切った形になってしまったのだ。
「美冴さん、ごめんなさい。伊隅大尉とふたりだけにしてしまいました」
「……いや、祷子が幸せなら言うことはないさ」
と、苦笑された。美冴さんならこう答えるとは思っていた。
幸せ……たしかに、幸せといえば幸せな気分だけれど、この、少し感じる寂しさは……。
──そうか、美冴さんと一緒じゃないのが、寂しいんだ。
プライベートな時間は、大抵ふたりで行動していた私と美冴さん。
今後は、私は白銀少佐と一緒に過ごす時間が増えるだろう。
美冴さんも、そちらを優先しろ、と言ってくれている。
それは私にとって嬉しい事だけど、やはり、美冴さんをひとりにしてしまう事は、少し後ろめたい。
──あ、そうだ。美冴さんも、仲間になってくれれば……。
ふと思いついた事だけれど、意外と良い考えかもしれない。
一度経験してしまえば、根は純情な美冴さんが、皆との話に無理をする必要もなく、自然にふるまえるだろう。
問題は……故郷に残した美冴さんの想い人。
あの男性への純な想いを邪魔するのは忍びないけど……『遠くの親類より近くの他人』ということわざもあるし……。
……私は、もしかしたら、道連れが欲しかったのかもしれない。
もしくは、年下の子たちに一番新参扱いされるのが、嫌だったのかもしれない。
最初は冗談のような考えだったはずなのに、いつしか私は、美冴さんを仲間に引きずり込む方法を、真剣に考えていた。
「どうした、祷子?」
「いえ、なんでもありませんわ」
いつのまにか顔を凝視していた私に、美冴さんがこちらを窺ったけど、にっこり笑って誤魔化した。
──今度、白銀少佐に相談してみましょうか。良い案が浮かぶかもしれません。
…………………………
<< 御剣冥夜 >>
12月9日 午前 国連軍横浜基地 講堂
本日の午前9時丁度に、講堂集合の指令を受けたのは、昨日の事。
今までになかったその呼び出しに、妙に気持ちが落ち着かなかったが……時間になって始まったのは、思いもかけぬ、第207衛士訓練小隊解隊式と、衛士徽章授与。
今朝からの落ち着かぬ心は、無意識にこの事を予想していたからやもしれぬ。
ラダビノッド司令が、訓示の中で、殿下より賜った御祝辞を述べられた時は、まぶたが熱くなる思いだった。
御祝辞の最後のお言葉──『わが心は、いかなる時もそなた達とともに有ります』──は、おそらく私に向けられたもの。
そう思うのは、傲慢であろうか……。
そして、神宮司教官の解散の号令で、──我等は訓練兵ではなくなった。
本当は、この晴れの日に、白銀少佐にいらしていただきたかったが……。
あの方の姿が最後まで見えなかった事が残念だった。
「……私たち……私たち……とうとう……」
「そうよ……国連軍の衛士に……なったのよ……」
珠瀬と榊は、感に堪えぬといった声だった。
涼宮ら、207A分隊が先に任官した事で、この半年、焦りがなかったとはいえぬ。
喜びもひとしおであろう。
「……皆……良く耐えたな……」
私の声も……榊らと同様だった。
耐えたと言ったのは、訓練だけではなく、先日の決起軍との戦いについても、意を含めた。
全員、心に思うところはあれど、それを押して、戦い抜いたのだ。
「冥夜さんだって……みんながんばったよ!ねえ?」
「……鎧衣……」
鎧衣の言葉が、素直にありがたかった。
「そうですよ……みんなで……みんなで力を合わせたから……」
「……そうだね」
続けられた珠瀬と彩峰の言葉で、また心が震えた。
あの激戦も……この者達と共にあったからこそ、最後までやり通せたのだ。
「……みんな……ありがとう……」
榊を口火に、皆で、心からの礼を言い合う。
彩峰と榊……犬猿の仲だったふたりも、良い戦友となった。
普段は憎まれ口を叩くふたりも、今ばかりは素直になっている。
私も、素直に今の心境を口にしよう。
「私からも言わせて欲しい……そなた達に心よりの感謝を……」
…………………………
講堂の外には、神宮司教官……いや、神宮司“軍曹”が待っていた。
この方にも、色々お世話になった。
戦術機の訓練課程からは、白銀少佐からの教導が多くを占めたが、それでもこの方には、言葉で言い表せぬほど、軍人として大事な事を教わったのだ。
榊が、今までのように丁寧な言葉で語りかけてしまい、やんわりと注意された。
その口調からも、我等と軍曹の立場の違い……軍というものを意識させられる。
だが、白銀少佐はあの若さで堂々と、年上の米軍少佐や、沙霧大尉とやり合っていたのだ。
あの姿を範とせねばなるまい。
──榊の次は、私の番だ。
「貴官の練成に心より感謝する……」
「ご昇進おめでとうございます少尉殿!」
「貴官の教えと、栄えある207衛士訓練小隊の名を汚さぬよう、戦場においても精進し、人類の楯となる所存だ」
「はッ。身に余る光栄です。武運長久をお祈りしております」
「どうか……どうか、ご壮健であれ」
「は……ありがとうございます」
“上官”として態度を取れたと思うが……私は、涙を堪えるのに精一杯だった。
その後の面々も、榊と似たようなものであった。
鎧衣が“教官”と言ってしまい、訂正された。
彩峰は言葉を失い、ひとすじの涙を流し、軍曹は、ありがとうございます、と答えた。
珠瀬は泣き出してしまい、軍曹に、お気持ちは十分戴きました、と言われてしまった。
何度も思うが……ここに、白銀少佐がいらっしゃったら……様々な事に対する礼を言えたのだが。
……いや、あの方の事だ。きっと、自分がしゃしゃり出て、我等の気分を台無しにはしたくない、と思っての事であろう。
あの方ならば、きっと、影で我等の任官を喜んでくれているはずだ……。
…………………………
12月9日 夕方 国連軍横浜基地 PX
夕食は一緒にしよう、という珠瀬の提案には、無論、同意した。
明日からは、我等“だけ”で食事を採るのも最後なのだ。
そう……解散式直後は、明日から皆、別々の部隊だと覚悟をしていたのだが、全員揃って、明日の12月10日午前0時をもって、横浜基地司令部直轄の特殊任務部隊、A-01部隊に配属、と、神宮司軍曹より伝達された。
ただし、明日は装備性能評価演習に参加することとなっているので、その終了を待って、正式配属ということになる。
それまでは仮配属ということだ。
装備性能評価演習というものが気になったが、榊が質問した所、詳しくは明日のブリーフィングで行なうので、概要のみ説明されたが……要は、XM3のお披露目だった。
我々は、この演習に参加するために、A207小隊として臨時編成される事になり、榊が臨時指揮官として任じられた。
……つまり、今まで通りだ。
肩透かしの気分であったが、もうしばらくこの面々と肩を並べられる事は、素直に嬉しい。
テーブルに並ぶのは、京塚臨時曹長のご好意で、通常より豪華な夕食であり、飲み物もつけてくださった。
私たちの晴れの門出だ。ささやかではあるが、このくらいは良かろう。
そして、雑談から誰が音頭を取るかの話になったが、彩峰と鎧衣がふざけあって話が進まなかったので、私が買って出ることにした。
「埒が明かんな。僭越ながらこの私が音頭を取ろう」
「そうね。御剣、お願い」
「では、我等の門出を祝して……乾杯!」
「乾杯!」×4
めいめいに、訓練の思い出を話し出した。
彩峰と榊のいがみ合いも、今では懐かしい。
クーデターの事も、口に出してみたが、皆、自らの戦いを誇らしく思っているようで、気に病む様子はなかった。
落ち込みのひどかった珠瀬も、すっかり調子を取り戻している。
きっと、神宮司軍曹あたりが世話をしてくださったのだろう。
話題は、総戦技演習前の話もあったが、やはり印象に強いのは、念願の戦術機に乗れるようになってからのことだ。
約一月ほどになる、白銀少佐からの教練は、心に強烈に残っている。
おそらく、今後もそれが消えることはあるまい。
この思い出話で、白銀少佐の事が語られるのは当然であろう。
だが、……その内容には、やはり眉をひそめてしまう。
せいせいするだの、あの顔は二度と見たくないなど……。
珠瀬は珍しく黙っている。最後くらいは、という心境であろうか。
よって、悪口は榊と鎧衣が中心になっているが、彩峰も話に乗っている。
あの者も、少佐への敬意は持っているはずだが……よく平然と芝居ができるものだ。
私は……もう限界だ。
少佐の本意を語るのは、直接お礼を申し上げてからにしようと思っておったのだが……。
──そろそろ、打ち明けても良かろう。
「すまぬが、皆「御剣、ちょっと来て……」」
姿勢を正して話しかけたとき、彩峰に遮られ、腕を取られて物陰に連れ込まれた。
皆に聞かれたくない様子だったので、小声で話す。
「なんだというのだ、彩峰?」
「白銀少佐のこと……話すつもり?」
「そうだが……」
「黙ってて」
──どういうことだ?時が来れば、少佐の本意を話すということは、以前伝えたはずだが……。
不審な顔をした私に、彩峰は続けた。
「ライバルは、少ない方がいい」
──ライバル?何の…………はッ!
「そなた……まさか、少佐の事を……」
「……ぽ」
「……擬音を口にするでない」
道化じみた彩峰だったが、頬が赤いところから見て、本音であろう。
確かに、今思うと、ふたりで少佐の事を語るときは、彩峰からはどことなく熱い物を感じた気がする。
「御剣も、同じはず」
「うっ……」
意外……ではないか。
私がうすうす彩峰の気持ちを感じていたように、彩峰が私の気持ちを悟っていてもおかしくはない。
「だが、このまま少佐を誤解させておいては……」
「ヒントはたくさんあった。気付かない方が悪い。そもそも、少佐はそんなこと望んでない」
──む。それはたしかに、一理あるのだが……。
結局、彩峰の言葉に確たる反論もできず、皆には、彩峰がもっともらしく誤魔化して、納めてしまった。
──だが、彩峰よ……白銀少佐は、複数の方と、関係を……。
白銀少佐の裏の顔を、彩峰に教えるべきかどうか、私は悩むことになった。
…………………………
<< おっさん >>
12月9日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
珍しく、まりもとふたりで夕呼の部屋に呼ばれたと思ったら、
「これ、昨日渡すつもりだったけど、忘れていたわ」
と、それぞれ辞令書を手渡された。
内容は……12月9日午前0時をもって、俺が中佐への昇進。12月10日午前0時をもって、まりもが大尉への昇進。
──って、俺のはもう過ぎてるじゃねーか!
内容の割に適当な渡し方だったが、まりもはともかく、俺の昇進は当分無いと思っていただけに、内心の突っ込みとは別に、意外な気持ちだった。
「気前の良いことですねぇ」
「いきなり大尉ですか……」
まりもは戸惑っているが、教官になる前は中尉だったのだから、それほど大きな昇進とは思わない。
「訓練兵が、先日の貢献を買われて昇進したからね。白銀はその隊長だったし、殿下直々のお礼の御言葉もあったから、ラダビノッド司令も認めたわ。まりもは……ついでかしらね」
「ついでって……ふぅ」
まりもは、呆れたように──諦めたように、溜息をついた。……気持ちはわかる。
「それに、将軍殿下の所に行ったり、アラスカに行くにしても、箔があったほうがいいでしょ」
俺としては、どうでもよかったが……まあ、くれるというものを断るほど無欲でもない。
俺の階級など、しょせん夕呼の庇護あってのものだし、夕呼の言った通り、階級はあるに越したことはないのだ。
「では、謹んで拝命します。……一個中隊に中佐ってのは、階級が勝ちすぎてる気もしますがね」
「一言多い」
「これは失礼」
昇進についての話は終わり、夕呼は、日程が迫ってきたアラスカ出張に言及した。
「アラスカ行きの前に、帝国軍の巌谷中佐と会っておきなさい。アポイントは取ってるから」
「了解」
──もしかしたら、向こうの階級に合わせてくれたのかな?
「なんか、渋い声していたそうだから、ご機嫌とっておきなさいねー」
夕呼の事だから、本当に「弐型よこせ」としか言ってないのかもしれない。
これは、大変そうだ……。
そして、一通り事務的な会話が終わった後、夕呼はニヤニヤしてまりもを向き、爆弾を投下した。
「まりもも大変よねぇ……“発作”のせいで、白銀について行かなきゃならないんだから」
──なっ!……そのカードをここで切るのか……!
夕呼自身、笑いの発作のせいで、口に出せなかったはずだが……ようやく克服したか。
……いや、これを言うために、ふたり揃って呼んだに違いない。
「ちゅうさぁ~……よりによって~……夕呼に言うなんてぇ~……」
「すまん……」
アラスカ出張の理由を、言わないわけにもいかなかったんだ……という台詞は、口に出せなかった。
泣きべそをかきながら、俺を恨みがましく見るまりもには、何を言っても無駄だと思ったから、俺は、珍しく本心から謝った。
そして夕呼は相変わらず容赦がなく、以前、俺が夕呼をチアノーゼに追い込んだ言葉の数々……「あたし、精液がないと発作が出ちゃうの」「疲れた時でも、精液があれば、元気ハツラツ!」などの台詞を一言一句間違わずに、再現した。
──なんという、無駄な記憶力だ……!
夕呼のからかいと笑い声が響く度に、まりもの目が潤み、その表情は悲壮になっていく。
もちろん、その目はこちらを恨めしげに見ているが……俺は目を合わすことができず、ケタケタと笑い転げる夕呼を見るしかなかった。
──仕方がない。顔をぶってやることで、ご機嫌を取るしかない……。
俺は、この一月の間、まりもから地道にお願いされていた“あの”禁断の行為を、ついに解禁せざるを得ないと、覚悟を決めた……。
…………………………
<< 榊千鶴 >>
12月10日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
ブリーフィングルームで待つ私たちの前に現れたのは、予想通り、神宮司……大尉!?
階級章を見て唖然としたが、とにかく号令を出した。
「け、敬礼!」
神宮司──大尉も、昨日の今日で、さすがにばつが悪そうだ。
「驚いているだろうが……本日付けで大尉に任命された。お前たちには、上下を混乱させてすまないが、これも軍の一面だ。納得しろ」
「は、はい」×5
大尉ということは、もう教官はしないということだろう。
まあ、私たちも、神宮司大尉に偉そうな口調など難しかったから、ありがたいといえばありがたい。
──あれ?でも、大尉の頬……ちょっと腫れているような……。
以前、白銀少佐から平手打ちされていた時のようだ。
──誰かとケンカ……?白銀少佐かしら。
でも、機嫌はかなり良さそうだし。
入室する前、確かに鼻歌を歌っていたのが聞こえた。
どういう事だろうか……。
戸惑う私たちにかまわず、大尉は、微笑みを浮かべたまま、昨日、概要だけ伝えられた評価演習の詳細を説明した。
「次世代OSのトライアル……ですか」
評価方法は、すべてXM3を搭載した機体で行なう。
旧OS搭載機との単純比較でない事は、私たちに緊張感をもたらした。
しかし、XM3搭載機同士の戦いを経験しているのは、私たちだけ。
実戦経験があるのも、そうだ。
……負けること自体、あってはならない。
連携実測については、旧OSを搭載した撃震で編成された仮想敵部隊を相手取る。
いずれも出撃20回以上の熟練衛士。……緊張感が高まる。
さらに、XM3搭載機は機数制限がある。
通常、1小隊は4機編成だけど、XM3搭載機の部隊は3機編成。
「A207小隊は2分されるが、貴様等は5名。よって、3名と2名に分割する。内訳は、貴様等に一任する」
3名でもハンディがあるというのに、2名……!
しかも、私たちと戦う時には、仮想敵部隊は、他のXM3搭載機と戦った後だ。
つまり、XM3搭載機と戦い慣れたエース達を相手に、半数の機体で挑むということになる。
戦力バランスから行くと、片方に珠瀬が入ることは間違いない。
高機動中の射撃を習得してからの珠瀬は、1対1じゃ、誰も手に負えないほどなのだから。
あとは、前衛を一人……御剣か、彩峰。
甲乙つけがたいけど、機体制御なら、彩峰に若干、分がある。
「本日の演習を持って、白銀“中佐”主導のプロジェクトは完了となる。最後の仕上げだ、気を抜くなよ」
「はい」×5
返事をした直後、大尉の発言内容が引っかかった。
──白銀………“中佐”?……あの人も、昇進したということか……。
「以前説明した通り、貴様等は、既存OSを知らない衛士のサンプルだ。任官したての新人が、このXM3でどれだけ戦えるかという事を、証明しろ。そして、XM3の熟練者がどれほど戦えるかは……白銀中佐と私が証明する」
──神宮司大尉も出られるのか。
白銀──中佐との連携の凄さは、体に染み込んでいる。主役はあちらということだろう。
そして、戦う順番は、私たちの分割小隊がそれぞれ2度戦った後、中佐のエレメントが仮想敵部隊“2個”小隊を相手取る。
その後、A207小隊5機と、仮想敵部隊2個小隊とが戦う、というものだった。
「中佐の腕前は貴様等も知っての通りだ。言ってみれば、貴様等は引き立て役に近いものがあるが……それに甘んじるなよ。貴様等の役割も、このトライアルでは重要な位置をしめているのだからな!」
「はい!」×5
「大トリは貴様等だ。XM3の“群体”が、どれほどの効果を発揮するか、ノロマな機体に乗ったエースどもに見せつけてやれ!」
「はい!」×5
…………………………
神宮司大尉が去った後、打ち合わせを行なったが、私の考えた部隊の分け方は、すんなり合意された。
全員、似たような構成はすでに頭にあったらしい。
「でも、白銀しょ──中佐も、昇進していたとはねー」
「我等も、先の任務の貢献で昇進したのだ。指揮官たる白銀中佐が昇進してもおかしくはなかろう」
鎧衣の感想に、御剣が答えた。
確かに、あの時の指揮ぶりは、凄かった。
包囲直後の指示の早さと的確さは、震えが走ったほどだ。
あの能力だけは、素直に敬服する。
──それに、殿下にも、覚えがよくなったようだし……。
あの“日米友好の証”の事を考えると、何か、幻想が壊れそうになる。
──あれは、演技よ。演技。そうにきまっているわ!
そう。あの時、帰還までに口利きをお願いして、昇進にこぎつけた可能性もあるのだ。
……いや、その為に、世間知らずの殿下に馴れ馴れしく近付いたに違いない。
そうすれば、あのひょうきんな振る舞いも、納得できる。
まったく、あの性根が腐った男の考えそうなことだ……。
…………………………
<< 神宮司まりも >>
12月10日 午前 国連軍横浜基地 14番整備格納庫
「神宮司大尉、おつかれさん」
「中佐……」
格納庫に着くと、中佐から声をかけられた。
あたりにはふたりしかいないが、もちろん、型通り敬礼をする。
「連中、どうだった?」
「さすがに昨日の今日で上官に戻ってしまいましたから、戸惑っていました」
「だろうな」
予想通りで納得した中佐に、気になっていた事を訊ねる。
「あの子たちに、声をかけなくていいんですか?」
手塩にかけて育てた教え子が任官したというのに、この人は珠瀬をケアした後、誰とも顔を合わせていないのだ。
「任官仕立ての良い気分の所を、俺の顔を見せて、損なわせなくてもいいだろう。どうせ、そのうち嫌でも顔を合わせるんだしな」
聞けば、このトライアルの間も、顔を見せるつもりはないらしく、次に会うのは、アラスカから帰って来た時だそうだ。
後の事は、伊隅大尉にまかせてあり、部隊の空気に慣れさせておく期間としては丁度いいだろう、とのことだ。
──でも、配属後の自分の上司が白銀中佐と知ったら、随分驚くでしょうね……。
確かに、冷却期間としては良いかもしれない。
あの子たちも、実戦部隊の空気に触れて冷静になれば、この人から貰った色々な事に気付くかもしれない。
「それじゃ、まずはみなさんの奮闘を拝見しますか」
「はい」
私たちの出番は、午後の実戦の一度だけだ。その時までは、あの子達の活躍ぶりを見せてもらおう。