【第28話 おっさんの原点】
<< おっさん >>
12月10日 午前 国連軍横浜基地 管制室
トライアルで実施する測定のうち、機体の反応測定と、機動制御による負荷の変化測定は、……正直つまらない。
今日初めてXM3に触れる連中の操縦に興味が無い訳ではないが、それも何例か見れば飽きるし、A207小隊がどれくらい動けるかは、すでに把握していることだ。
結局、今日の本命は、連携実測なのだ。
そういう理由もあり、トライアルの様子を少し見た後は、まりもの編入を、A-01の皆に説明することになっていた。
これを逃がすと、次の機会はアラスカから帰ってきた後になるのだ。
──しかし、アイツ等の顔は見ものだったなぁ。
「くくっ……」
「中佐、どうかなさいましたか?」
思い出し笑いが堪えきれなかった所を、まりもに見咎められた。
「いや、さっきの紹介を思い出していた」
「はぁ……」
まりもは、諦めたように、ため息を付いた。
最近、夕呼の行動に対するような反応を、俺にもするようになってきたが、……俺も同類ということだろうか。
まりもの編入はみちるには伝えてあったが、その他は全員、まりもの顔を見て一様に驚いていた。
だが、慕っている恩師なのだ。すぐに調子を取り戻した後は、歓迎の言葉とともに、まりもを取り囲んだ。
盛り上がりの頃合を見て、まりもが『メンバー』の謎の人物の正体だと伝えたとき……全員、俺の期待以上の反応をしてくれた。
アイツ等はいちいち驚いてくれるから、こちらとしてもからかい甲斐がある。
鬼教官としての印象と、自分達の同類というギャップに、整理がつかなかったのだろう。
茜は「ど、どうしよう、お姉ちゃん」と、何故か相談していたし、水月と晴子は「シェー」を崩したようなポーズで固まり、遙と祷子は、目の焦点が合わず、現実逃避しているようだった。
多恵は、……アホみたいになっていた。
しかし隊員の中でも最も見るべきは、みちると宗像の表情。
なにしろ、頼りになる『仲間』が増えたと思ったら、それも『メンバー』の一員だったのだ。
ふたり並べて『悲壮感』というタイトルを付けたくなったくらいだった。
──だが、いたずらが過ぎたかもな。“午後の任務”に影響しなきゃいいが……。
今回起きる“事故”を知っているのは、夕呼と俺だけだ。
BETAの代謝機能低下処置装置への工作も、夕呼が直接やる手はずだが、イリーナは、夕呼のそばにいるから気付くかもしれない。
まあ、みちるとて、お飾りでA-01を率いているわけじゃない。
事が起きれば頭を切り替えるだろう。
それはともかく、宗像といえば、昨日、祷子から相談された事が思い出される。
内容は、宗像を『メンバー』に加えたいが、どうしたらいいだろうか、というものだった。
とはいえ祷子も、宗像の純情を守ってあげたいという気持ちも同じ位あるようで、板ばさみになっているようだ。
その振舞いに比べて、宗像が意外と純情ということは、最初の対面での分析でわかっていた。
隊内のバランスを考えて、みちる、祷子とともに放置していたが、祷子の脱落により、残り2名。
こうなったら、みちるも宗像も落としてしまうのがアイツ等のためと思い、まず宗像から落とす覚悟を決めていたのだが……宗像に、故郷に恋人っぽい男がいると聞いて、逆に引いてしまった。
知らなければ、遠慮なく落とす所なのだが、俺は寝取りが好きなわけではないのだ。
とりあえず祷子には余計なことをするなと言っておいたが、今日で207の連中もA-01に入隊するから、バランスは取れるだろう。
だが……宗像ほどの女を手つかずというのは、あまりに惜しい気もする。
正直、今の若いみちるとも、やりたくてたまらない時があるのだが、彼女の気持ちは知っているし、“前の”世界ではさんざんお世話になったから、今回はみちるの想い人に譲ろうと、今では思っている。
みちるの想いは相当強いが、宗像はどうだろうか。落とすべきか、放置すべきか……。
一度、本人と話してみて、決めよう。
…………………………
<< 白銀武 >>
12月10日 午後 国連軍横浜基地 管制室
午前のトライアルの評価を確認し、予想通りの結果に安心した。
──小隊評価はどちらもA、個人評価も全員、90後半……ま、当然だな。
他の先任を押さえつけて、上位5人を独占したのは当然だったが、彩峰とたまのエレメントがA評価という結果は凄い。
どいつも、任官したてのヒヨッコの動きに、さぞ驚いたことだろう。
「クーデターの時の、中佐の行動を参考にしたようですね」
「ああ、おそらく榊の案だろう」
1戦目の連携実測を見て、まりもも俺と同じ結論を出したようだ。
静から動への急激な変化で意表を突くのは、クーデター事件で、沙霧に対してとった俺の戦法だ。
他の先任は、XM3に慣れていないから、高機動とはいえ、しょせん既存の動きの延長。仮想敵部隊の熟練衛士なら、だいたい予想は立てられる。
そういう理由で、他の先任連中は、どの部隊も仮想敵部隊を打ち破る事はできなかったのだ。
A207は、序盤、他の先任部隊と同じような機動で仮想敵部隊に当たっていたが、相手が包囲しかけて油断した所を、“従来”の動きに切り替え、一気に片を付けた。
初めて見るその機動に、仮想敵部隊は、わけがわからないまま撃墜されたようだった。
A小隊、B小隊とも、同じような展開だった。
「しかし、2戦目はよくやりましたね」
「ああ、さすがに今度は、誰かやられると思ったんだがな」
2戦目は、互いの相手を入れ替えて行う。
意表を突けた1戦目に対して、今度は手の内の片鱗を見せた後だ。
苦戦は予想されたが、A207は最初から全開の動きで翻弄し、追い詰めた挙句、全機を仕留めた。
1戦目では受身で行動を取っていたが、今度は最初から最後まで、先手を取り続けていた。
こう表現すると、いとも簡単に終わったようだが、実際は、仮想敵部隊もその作戦は読んでいて、ヒヤリとした所も相当あったのだが……結果を見れば圧勝といえるだろう。
何しろ、A207小隊は、誰も撃墜判定をされていないのだ。
「機体とOSで差があるとはいえ、こうも成果を出してくれると、嬉しいものだな」
「ええ、まったくです」
まりもと感想を言い合ったところで、場内アナウンスが流れた。
『第4整備班は、A207C小隊の機体点検作業を開始せよ……繰り返す、第4整備班は──』
「さて、俺たちも準備しようか」
「はい。教え子に負けてはいられませんね」
…………………………
<< 神宮司まりも >>
不知火に搭乗せんと、格納庫を歩いていると、階下に教え子達の姿が見えた。
評価結果を映した大型ディスプレイを前に、見知らぬ衛士たちと話をしているようだった。
一瞬、絡まれているのかと心配したが、その衛士たちは、あの子たちの肩をばしばしと叩いている。
笑い声がここまで聞こえる事から、おそらく、あの子達の健闘を称えているのだろう。
その様子に気付いていない白銀中佐に、言葉をかけた。
「中佐。あそこであの子達と話しているのが、仮想敵部隊の衛士のようですよ」
「……へえ、あれが歴戦のエース達か。さすがにいい面構え……ッ!」
──えッ!?
仮想敵部隊の衛士を見た中佐の瞳が一瞬、ピンク色に煌いた気がした。
私は、自分の目を疑った。中佐が……怯えていたからだ。
私は、白銀中佐のこのような姿など、初めて見た。
体は震え、脂汗も吹き出ている。
「中佐!大丈夫ですか!?」」
「……あ、ああ……問題無い……少し待ってくれ」
体をよろめかせたので、思わず支えたが、中佐は私の声で、少し正気に戻ったようだ。
あんな連中に萎縮するほど、可愛げがある人じゃないはずだけど……。
「神宮司大尉、行こうか」
「はっ……」
少しして、平常通りとなった中佐は何も言わず、私を先へと促した。
中佐の態度が、触れるなと言っていたから、何も言葉が出なかった。
──いったい、何があったというの……?
中佐の状態が心配だったけど、これから私たちの連携実測なのだ。
今は平然としてるし、この人が戦えるというなら、戦える状態なのだ。
さっきの事も、必要があれば、教えてくれるだろう。
とにかく、次は2対8という戦力差なのだ。気を引き締めなければならない。
…………………………
<< インドラ・サーダン・ミュン >>
12月10日 午後 国連軍横浜基地 第二演習場
「うそでしょ……」
2個小隊。8機の撃震……いずれも熟練。
それが、2機の不知火に、まるで子供扱い。
こちらの攻撃はかすりもせず、まるでからかうように翻弄され、全機撃墜。
「XM3の発案者、シロガネタケル中佐……か……」
支援に徹した相方も相当なものだったが……なんとまあ、すごい衛士がいたものだ。
新任連中にたて続けにやられた時は、悔しさもあったが、OSの凄さが素直に評価できた。
何せ、新任が、他の先任を差し置いて、あたし達を仕留めたのだ。
操縦技術そのものも、たいしたものだった。
その新任連中から聞いて、あの不知火に乗るのが、連中の教官たちだと聞いていたから、油断はしていなかった。
新任連中の動きを踏まえて作戦を立て、さすがに今度はいたぶってやれるだろうと思ったというのに。
──あたしらは、やっぱり体の良いかませ犬だってわけかい……。
この任務を聞いた時から、それが目的だろうと思ってはいたが、上層部の思い通りになってたまるかと発奮し、XM3搭載機の機動にてこずらされながら、なんとかやられずにここまで来たものの……。
新任の小隊……しかも、片方は2機の部隊に立て続けにやられ、今度は2対8という圧倒差でも、やられてしまった。
──ここまでやられちゃ、認めないわけにはいかないね。
嘆息したところで、同僚から声がかかる。
「おい、ミュン、そろそろ戻るぜぇ」
「わかったわよ」
機体をハンガーに向かわせると、見れば、あの不知火も戻っているところだった。
それを見て、搭乗者に会ってみたい、と思った。
──確か、見た目は若僧でも、中身は猛獣だから気をつけろってメガネの子が教えてくれたねぇ……。
“副司令の色小姓”という悪い噂が、基地内ではあったけど、……これは間違いなく“本物”だ。
舐めた態度は控えた方がいいだろう。
──けど、あのメガネの子、“素質”ありそうだったわねぇ……。
…………………………
<< おっさん >>
12月10日 午後 国連軍横浜基地 第14番格納庫
「シロガネ中佐ですかい?」
コクピットから降りて、まりもと管制室へ向かう所で、北欧系の、白人の大男に呼び止められた。
さっき207の連中と話していた、仮想敵部隊の衛士のひとりだ。
「大尉、先に行ってろ」
「は……」
何が目的か知らないが、まりもが居る必要はない。
大男の後ろには、3名の中尉がいたが、その中でも俺の意識を捕らえるのは、当然……
──インドラ・サーダン・ミュン中尉……!
忘れもしない。……忘れられるものか。
俺を一度、“殺した”女……。
そう……俺はかつて、冥夜一筋だった。
来る日も来る日もアイツだけとやりまくり、それは、アラスカに飛ばされた後も続いていた。
強化装備を破るプレイなどはしたが、皆琉神威の鞘をアソコに突っ込むなんて、想像すらしなかった。
夕呼には、俺が“変わった”経緯を話したことがあったが、実は俺もだいたいの内容しか覚えていなかった。
詳細な所はぼやけていたのだが……ミュンの顔を見て、そのおぼろげな記憶が鮮明になる。
ある日、名は忘れたが、腕の良い整備兵と気が合い、基地内のバーで一緒に酒を飲んでいたところ、この女が「あら、結構かわいい顔してるじゃないか。暇ならどうだい?」と、俺を誘ってきたのだ。
その時、この隣のドレッドの男は「悪い事はいわねぇ、こいつだけはやめとけ」と、止めてくれた。
だが、結構美人顔で、その野性的魅力とアルコールの勢いで、俺は、つい誘われるまま行ってしまい……。
俺の精力が常人よりも高かった事も災いしたのだろう。
ノリに乗ったミュンは、何度も何度も俺を嬲り、絞り続けた。
最初はもちろん、気持ちが良かったのだが……後半はもう、その気持ちよさが苦痛になっていた。本当の苦痛もあった。
思えば、俺のちょっとしたM気質は、その時、培われたものかもしれない。
S気質も、あの時にやられた事を、女たちにやり返したい、という無意識な思いから発生したのかもしれない。
そして、あの“王への反乱”の夜に、多恵が俺に『左近』を入れようとしたとき、なぜあんなに恐怖を感じたのかを、思い出してしまった。
──ミュンの『撃震』が、俺の……尻に……。
そう……あれがとどめとなり、俺の頭の中にある、“種”としか表現できないピンクの何かが割れたのを感じ……俺は生まれ変わったのだ。
その夜を境に俺は豹変し、記憶が曖昧になったせいもあり、自分で買ったものだと思い込んでいたが、“前の”世界で俺が愛用していた『撃震』は、行為の後「記念にやるよ」と、ミュンに貰ったものだ。
失われていた記憶と、俺のトラウマを認識できたが、……今の俺のこの感情は、何だろうか。
仇敵に会った時の恐怖か、それとも恩人に会えた喜びだろうか。
自分の気持ちがわからなかったが、とにかく因縁の中尉と、今、対峙している。
「へえ……あなたが……シロガネ中佐?」
「この人が?とてもあの不知火の衛士には見えないね」
ヨーロッパ系の白人美女の中尉が口を開き、ミュンがそれに続いた。
白人美女に食指が動く所だが……俺は今、“接敵中”だ。
「あの隊の男はこの人だけだ。間違いない」
「オイオイ、見た目だけで判断すりゃ、おまえなんてメスゴリラだろ。とても戦術機を動かせるようには見えねえけどな?」
大男が念を押した後、ドレッドヘアの浅黒い肌の男が茶々を入れる。
──ああ、“あの夜”も、こんな雰囲気だったな。
そして、ミュンとドレッドの男が憎まれ口を叩き合い、それを他のふたりが笑うという、“じゃれあい”を続けた。
──呼び止めておいてこの態度……舐めてるんだろうなぁ。
「おい、用件があるならさっさと言え……くだらんおしゃべりをいつまで見せるつもりだ?」
少し声を落とし、中尉共の注意をこちらに向ける。
これで態度を改めないようなら、少々“本気”を見せるしかないが……。
「失礼しました!」×4
予想に反して、4名とも、背筋を伸ばして気を付けをした。
以前、俺に聞こえるように色小姓呼ばわりした奴は、一度警告をしても平然としていたから“修正”してやったが、……さすがに熟練衛士となると、弁えるところは弁えるか。
「あのOS、シロガネ中佐が考えたと聞きましてね」
「そうだが?」
ミュンの言葉に、何を聞くのかと不審に思ったところで、全員が一歩近付き、俺の警戒心を高めたが──
「やってくれましたねぇ!」
「中佐の脳みそは最高ですよ!」
「全く……どこからあんなOSの発想が出てくるんですかねぇ」
「あれが採用されたら、とんでもねえ騒ぎになりますぜ?特に最前線では」
大男、ミュン、白人女、ドレッドが満面の笑みで親しげに肩を組んだり、手を握ってきたりした。
「気に入ってくれたようだな」
「そりゃあ、あんな動き見せられちゃねぇ。中佐の技術も圧倒されましたが、あのOSの凄さは、新任にやられた時から実感してましたよ!」
俺の言葉には、ミュンが答えた。
新型OS搭載機に乗ってなくても、それくらいは評価してくれたようだ。
やはり、“前の”世界で経験済みとはいえ、こうやって賛同の意をもらえると、嬉しいものがある。
この反応こそ、このトライアルで俺が望んだものなのだから。
その後、連中は操縦について詳しく質問してきたので、操縦記録は公開してるから後で確認しろ、と言っておいた。
口で言うより、見たほうが早いからだ。
そこで、次の準備のアナウンスが場内に響き、短い会合はお流れとなった。
「溜まったらいつでも来てくださいよ。スッキリさせてあげますよ」
別れ際、ミュンがそう言って、ウインクをして、通りすぎようとしたところで、……俺は、覚悟を決めた。
「では、今晩お願いしようか。丁度溜まってるところだ」
──俺は……俺は、この女を越えなければならないんだ……!
4人とも、想像もしなかっただろう俺の言葉に愕然としている。
言った当のミュンも、本当にお願いするとは思っていなかったのだろう。
「ち、中佐ぁ、本気ですか……悪い事は言いません。こいつだけは止めといたほうが「アンタは黙ってな……」」
ドレッドが俺を止めようとしたが、ミュンが制止した。
──ああ、このドレッド、“前の”世界では、本当に、俺の為に止めてくれたんだよな。
あの時は、もしかしたらミュンに気があるんじゃ?と邪推してしまったが、ドレッドの優しさに内心感謝し、ミュンと会話を続ける。
「どうした?いつでも良いんじゃなかったのか?」
「もちろん、あたしが言い出した事ですから、……満足させますよ」
「俺も、伊達に“色小姓”とは噂されてはいないぞ。気持ち良ーく、天国にいかせてやろう」
周りで引いている3人を放置し、俺たちはフフ、と火花を散らし合った。
俺の性交力は、あの時とは比べ物にならない。特に、テクニックは、大人と赤ん坊の差がある。
戦力比から言って、俺が負ける要素はないが……精神面に不安がある。
トラウマとは恐ろしいものだ。だが……。
──大丈夫だ。いざとなったら、俺には『左近』がある。鎧衣課長……俺を守ってくれ。
俺は、胸ポケットの『左近』にそっと手を当てながら、クーデター以降、姿を見せない鎧衣課長に祈った。
…………………………
<< 白銀武 >>
仮想敵部隊の連中と別れた後、夕呼が話し掛けてきた。
「ずいぶんと、気負ってるわね。顔がこわばっているわよ?」
「副司令……トライアルをご覧にいらしたんですか?」
ここに来るとは思っていなかったが……顔のこわばりを指摘されて、意識して表情を緩める。
「評価結果、見たわよ。厳しい条件でA評価とは畏れ入ったわね」
「OS発案者として看板掲げるんですから、それくらいはね」
確かに厳しい条件だったが、自信はあった。
熟練衛士とはいえ、A-01より格段に優っているわけではない。
シミュレーターでA-01全員を相手取ったときに比べれば、条件は随分と緩いのだ。
夕呼は、XM3が他の小隊にも受けがよく、評価は上々で、このトライアルが上手く言っている事を話し、最後に、意味ありげな台詞を吐いた。
「気を付けなさいよ?何が起きるかわからないのが世の中なんだから」
「重々、承知してますよ」
「そう。がんばってね」
そういって夕呼は去ったが、この後に起こる事を暗に言っていたのは明白だ。
俺に念を押しにくるとは……さすがの夕呼も、見た目ほど、内心は平然としていないのかもしれない。
俺とて、夕呼の考えには同意したものの、この“事故”で出るであろう犠牲を考えると、気が重い。
無論、それを表に出すようなヘマはしない。事情を知らないまりもに悟られては困る。
せめて、早期鎮圧に努めよう。──我ながら、偽善も甚だしい事だが。
…………………………
12月10日 午後 国連軍横浜基地 管制室
最後の大トリ、A207小隊5機と、仮想敵部隊2個小隊との連携実測。
観覧している者が、これまでのXM3の効果を見て、A207小隊の勝利を予測しているのか、その逆を予測しているのかはわからない。
少なくとも俺は、クーデター事件や先ほどまでの戦いぶりから、前者だと踏んでいて、その予想通り、序盤からA207小隊が優勢だった。
そして、状況が大きく動きを見せようとしたとき──警報音が鳴り響いた。
──コード991……来たか!
『HQより各部隊へ。防衛基準態勢1へ移行。繰り返す、防衛基準態勢1へ移行』
警報音の後に続いたのは、HQからの通達。
慌てているだろうA207の連中に指示を出そうと、データリンクに割り込むと──
「みんな、落ち着いて!まずは、実弾装備と交換する必要があるわ!ハンガーまで後退するわよ!」
委員長が、硬い声ながらも、全員に指示を出していた。
──はは、凄ぇよ、委員長……
俺の周囲で慌てふためいている連中よりは、よほど肝が座っている。
感心したところで、別の声が割り込んだ。
「そうだ、新任共。ここはあたし達が維持する。貴様の小隊は37番ハンガーまで後退、突撃砲をありったけもってこい」
仮想敵部隊の衛士が、委員長の方針に加え、詳しい指示を出した。
──この声……さっきの白人女か。
「しかし、中尉殿も一緒に後退──」
「バカ、こいつらを足止めする奴が必要だろうが。基地が無茶苦茶になるぞ。問答の時間が惜しい。さっさと行け!」
「……了解。──01より各機、隊形三角弐型。背面の警戒を強化しつつ、ハンガーへ全速移動。武装を入手次第、エリア3に搬送する」
「了解!」×4
XM3と吹雪の組み合わせの方が足が速いから、あの白人女の判断は妥当なものだ。
委員長もそれをすぐ悟り、了解したのだろう。
さて、俺たちもすぐに出なければ。
ミュンにもリベンジしなきゃならないから、ここで死んでもらっては困る。
そこへ、整備班に実弾装備への換装指示を出し終わったまりもが、戻って来た。
「大尉。換装終了次第、出るぞ。搭乗しておけ」
「了解」
まりもの表情は、実戦の緊張はあるものの、──教え子の成長を見れた嬉しさもあった。
…………………………
<< 榊千鶴 >>
12月10日 午後 国連軍横浜基地 第二演習場
BETAがいきなり出たときは、本当に驚いた。
予想もしない状況に、うろたえる所だったけど……脳裏に浮かんだのは、決起軍に包囲されかけた時の、白銀中佐の姿。
落ち着くように指示を出し、後退を指示できたのは、自分でも驚きだ。
本当なら、上位者たる仮想敵部隊の指揮下に入り、指示を仰ぐべきだったのだろうけど、……とにかく人に落ち着く指示を出した事で、自分の心も幾分静まった。
仮想敵部隊の人たちを残して行くのは気がかりだったけれど、中尉が言ったとおり、問答している時間があったら、武器を取りに行った方がマシだった。
それに、足の速いこちらが行った方が、当然、武器も早く確保できるのだ。
──白銀中佐なら、さっさと足止めを任せて、迅速に行動したでしょうね……えッ!?
レーダーに突然表示されたBETAのマーカー群。
すでに目視できる距離だ。ここは──
「全機散開ッ!全速退避!各自ハンガーを目指して!」
「了解!」×4
とにかく、武器がなければ始まらないのだ。
散開してBETAを回避して抜けようとした時、──銃撃音とともに、BETAの頭部にいくつもの血花が咲いた。
すぐさまレーダーを確認。
──白銀中佐と神宮司大尉の不知火!
さすがに行動が早い。
警報からさほど時間が経っていないのに、もう実弾装備に交換して出てきたのか。
「00より各機。落ち着いて武器を取りに戻れ。仮想敵部隊の連中も、心配するな」
「了解!」×5
中佐と大尉のエレメントとすれ違い、レーダーを見ると、すでにBETAのマーカーが減り始めていた。
普段は嫌っておきながら、こういう時は頼りにするなんて、自分でも少し勝手だとは思うけれど……私の心は、落ち着いていた。