【第3話 鉄壁のおっさん】
<< 白銀武 >>
10月23日 午後 国連軍横浜基地 屋上
屋上から町の風景を眺めていると、白い3人を引き連れた赤い人が現れた。
「白銀武少佐、ですな」
タイミングが前回よりも早い。前回はたしか戦術機の前で――そう、武御雷が搬入されるときに顔を会わせるはずだが。
まあ、同じ怪しげな男でも、訓練兵が加わるより、佐官がいきなり現れる方が目立つ分、警戒も早いわな。
「ええ。そういうあなたは?」
無論、名前は知っているが、この人とは“初対面”だ。
うかつに名前を呼ぶヘマはしない。
「死人がなぜここにいる?」
俺からの質問は無視し、鋭い目線とともに、月詠中尉は続けた。
あの3バカも、中尉の背後から厳しい表情で俺を見ている。
「――ぶしつけだな。俺が死んでるように見えるとは、その目は飾りか?」
おかえしとばかりに聞き返す。
「……とぼけないでもらおう。返答次第によっては――」
「貴様等に答える義務はない。そして答えるつもりもない」
殺気を放つ月詠中尉。
「俺に関することは国連軍の機密であり、帝国軍の、それも斯衛とはいえ一介の中尉に話せることではない。居候は居候らしく、護衛は護衛らしく、おとなしく御剣訓練兵に張り付いておくといい――俺が刺客なら、護衛のいない今を狙うがね」
「なっ……!」
あからさまな怒気を放つ月詠中尉。狙い通り。
「中尉。俺はこれでも多忙でね。そちらと違って将軍の縁者とはいえ、たかだか訓練兵一人にかまけておられんよ。貴様等の大事な“アレ”については総戦技演習に合格するまで接触するつもりはない。俺を“アレ”に近づけたくないのなら、それまでに除隊させておくんだな」
これは本当だ。今は冥夜にかまっている暇はない。新OSの開発、未来の対策、それと夜の特殊任務(コレ一番重要ね)。俺にはやるべきことが多い。
また、訓練兵に手を出すのは任官してからと決めている。任官できなければ……運命にまかせよう。
「貴様!」「冥夜様を“アレ”などと!」「無礼ですわ!」
激昂する3バカ。まあ当然だろう。
「“アレ”を特別扱いしろとの命令は受けていない。よって、他の訓練兵と同等に扱うだけだ。だいたい無礼というが、貴様等、自分自身の発言内容が、国連軍少佐に対するものとしてふさわしいと思っているのか?――それとも、斯衛“小学校”の時間割に、礼節の科目はないのかな?」
「くっ!貴様ぁ――」
いい感じでキてる。
だが、いくら怪しいとはいえ、斯衛が副司令直属の俺に危害を加えた場合、どのような問題になるか想像できないほど、この女は馬鹿じゃない。
威嚇する獣でも、檻に入っていれば怖がる必要はない。たとえ檻を破り、襲い掛かって来たとしても──今の彼女では俺には勝てない。
しかし――俺が少佐でも訓練兵でも詰問方法が変わらないとは、ある意味すごい女だ。誰であろうと冥夜に危害は加えさせないということか。
「さっさと下がれ。現時点で貴様等に話す事など何もない」
その言葉に、斯衛四人は俺を睨む。それはもう睨む。
“前の”真那の顔は優しげな笑みしか覚えていないので、この殺す気の睨み顔は懐かしい。
「……いくぞ」
3バカを連れて去ろうとしたが、ここで聞いておかないと、今後口をすべらせそうな事を抑えておかねばならない。
「待て、まだ名前を聞いてない。教えてくれんのなら、次は“赤いおねーちゃん”とでも呼ぶぞ?」
「……月詠真那中尉だ」
一瞬だけ足を止め、振り向かずに答えて、去って行った。
<< おっさん >>
とりあえず、想定通りにいい感じに怒らせたようだ。
俺への憎しみが強いほど、それが反転したときのデレっぷりはすごい。それが月詠真那という女だ。
一旦惚れると、真那は冥夜以上に従順で、盲目的だ。
冥夜の形見の皆琉神威の鞘を押し込んでやると、敬愛する亡き主人との繋がりを感じて、狂喜していた。あれだけ喜ばれたのだから、“前の”冥夜も草葉の陰で満足したことだろう。良い供養になったはずだ。
また、ときどき出会った頃の事を話題に上げると、10年以上昔のことを「あ、あの時は……申し訳ありませんでした」と捨て犬のようにすがり、大抵のプレイを、機嫌を取るように受け入れた。
そんな“前の”真那を考えると、今回の真那の態度――事が及んだ時、どれほどの表情を見せてくれるのか、ゾクゾクする。
「ククク……」
そう遠くない未来に思いをはせ、俺は愉悦の声を抑え切れなかった。
――しかし、3バカはやっぱり、4Pしかさせてくれんのだろうなぁ……。
…………………………
<< 月詠真那 >>
奴の経歴はどう見ても捏造したもの。いったいどこから突っ込むべきか迷うほど穴だらけだ。
城内省のデータベースでは死亡扱いのまま。
怪しさ極まりない男を見極めようと威嚇を交えて反応を見てみたが……つかめない男だった。
単なる刺客ではないようだが、最後の殺気を受けても、悠然と受け流していた。いや、微笑さえ浮かべていた。
あれはこちらが手を出せないと確信していただけではない。
隙だらけのように見えて、隙のない姿勢。
こちらを見透かすような目。
あの若さであれほどの堂々たる態度。
奴の述べた内容も、口惜しい事この上ないが、正論だった。
……今わかるのは、奴が油断ならぬ男だということだけだった。
「小細工が通じる相手とは思えんが……どう手を打ったものか……」
「「「……真那さま~……」」」
いかん、部下の前で弱気を出してしまった。
「警護に戻る。奴に対しては交代で目を光らせておけ。動きがあればすぐに知らせろ。単独で当たってはならんぞ。それと……情報省に奴の経歴を委細もらさず洗うよう、指示しておけ」
「「「了解!」」」
…………………………
<< 彩峰慧 >>
「ククク……」「あ……」
昨日と同じく、言葉少なく過ごした昼食を終え、いたたまれずに屋上に来ると、新任の少佐がいた。――笑っていた?
「ん?おお、彩峰か。偶然だな」
敬礼。答礼を待ち、手を下ろす。
少佐と話すのは気まずい。私たちはまだ何も問題を解決していない。いや、まだ話題にさえ上げることができない。
「失礼します……」
そう言って踵を返そうとすると、止められた。
「まあ待て、俺は今から戻るところだ。ここは譲るよ」
少佐は階下へと続く扉を開けようとした。
ここで放っておけばよかったのかもしれないが、私の中でくすぶっていた何かが少佐を呼び止めてしまった。
「待って」
「……彩峰。そこは『お待ちください』だ。上官にその物言い、殴り倒されても文句は言えんぞ」
「……申し訳ありません」
私は丁寧な物言いが得意ではないが、苦手というほど苦手でもない。
少佐が同じ年ごろであることから、つい出てしまった。若くとも上官であることを忘れてはいけない。
「で、なんだ?」
呼び止めるつもりはなかったが、やってしまった以上、聞きたかったことを尋ねる。
「先ほどの、お話のことです」
「先ほどといっても色々ある。質問の内容は明確にしろ」
「……私たちが、演習に不合格となる可能性が高いとおっしゃった理由についてです」
「ふむ。俺の発言に、わかりにくいところでもあったか?」
「いえ……」
私は、自分の考えを述べた――。
…………………………
「貴様の話を要約すると、自分は悪くない、悪いのは榊だ、ということか?」
顔が“かぁっ”と赤くなるのが分かった。
たしかにそう要約されてしまうとそうなのだが、いかにも子供っぽい言い訳のようになってしまったからだ。
違うとも言えず、私は返答に窮した。
「ふむ……貴様等の問題は神宮司軍曹に任せてあるのだが……まあいい。おい彩峰。貴様、神宮司軍曹に恨みでもあるのか?」
「?――いいえ?」
わけがわからない。
「では、貴様と神宮司軍曹、軍に関する知識、経験、技術において、どちらが優れていると思う?」
「――軍曹です」
比較するまでもなく、当然のことだ。
格闘技術だけはなんとか超えるものの、いざ“戦い”となると足元にも及ばない。総合力で差がありすぎるのだ。
無論、いつかは越えてみせるという意志はある。
「しかし、貴様は2つの点で軍曹を侮辱している。まず第1に、軍曹が貴様等の中で、最も指揮官特性があると認めた榊を、貴様が認めていないこと。すなわち、軍曹の判断を認めていないということだ」
「!……」
言葉がでない。
「第2。貴様が“上官の命令は絶対”という軍の原則を真っ向から否定していること。貴様がダダっ子のように振舞えば、その教官である神宮司軍曹はこう思われる――軍の掟の初歩を、教え子にろくに浸透させることのできない無能だ――とな」
「ちがう!わたしはそんなつもり――」
最後までいえなかった。頬に衝撃が走り、身体がよろめく。少佐が私を殴りつけたからだ。
「そこは『はい、そうではありません』だ、彩峰。殴り倒されても文句は言えないと、さっき教えてやったばかりだろう?」
悔しさで視界が歪みそうだった。
「それと、貴様は榊を無能というが……お前の力はそれほど大層なものか?格闘能力が高いとのことだが、俺が“撫でて”やっただけでそのざまでは、知れたものだ」
「今のは……不意打ちでしたので……」
私の誇り。格闘なら負けない。こんな地位だけの“若僧”に……
「……訓練に付き合っていただければ……本気をお見せします」
「ほう?俺との訓練を希望するか」
「……ぜひ、お願いします」
「戦技教練は俺の職務範囲ではない。──それを押し込むのだから、それなりの見返りをもらおう」
見返り?はぐらかして逃げる気だろう?
「なんでしょうか」
「もし俺に一撃でも入れられれば、先ほどの発言を、謝罪も付けて撤回しよう。もし一撃も入れられなければ――お前のおっぱいを俺の気が済むまで揉ませろ。この条件でどうだ?」
──は?――――――今、なんと言ったのだこの男は?
「聞こえなかったのか?お前のおっぱいを――」
「――いえ、聞こえました。その条件で結構です」
おっぱいおっぱいと――こいつはただのスケベ野郎だ。
絶対に後悔させてやる。後遺症なんて知ったことか。病院でのたうちまわらせてやる!
……このとき私は思考がマヒしていたのだろう。なぜあんな条件を飲んでしまったのか……
しかし、事が終わった後、拒否すればよかった、とも思えなかったのが、余計に腹立たしかった。
…………………………
<< おっさん >>
「ちょっとサービスしすぎたかな」
介入するつもりはなかったが、偶然会って会話するうち、ヒントを与えてしまった。
しかし、彩峰とて馬鹿ではない。あの程度の原則論は理解している。その上でなお委員長が認められないのだから、根が深いのだ。
あの程度で持論を曲げるようなら、まりもも苦労しない。
「しかし彩峰のやつ……あいかわらずいいモンもってやがる」
さきほどの感触を思い出す。彩峰と最後に関係を持ったのは、主観時間で、彼女が死んだ10年前となる。それ以降、あの胸を超える女にはお目にかかれなかった。
そのため、若かりし頃の感触を確認したい誘惑に抗えなかったのだ。
小一時間揉んだことになるが――いつの間にか頬を赤らめ、息が荒くなってきた彩峰を見て、あわてて止める羽目になった。
自分に誓ったのだ。訓練兵のうちは手を出さないと。
――今回のは、手を出したうちには入らないよな?