【第30話 おっさんの謁見】
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12月11日 午後 帝国軍本部基地 応接室
唯依が入室した後、彼女への説明は、主に巌谷中佐がやってくれたので、手間が省けたのはいい。
──だが、危ない所だった……。
目の前にいる獲物を前に、俺は背中に冷や汗を感じた。
危うく、唯依と入れ違いになる所だったのだ。
まさか、クーデターを機に、帝都に来ていたとは……。
雰囲気からすると、この面会には急遽呼ばれたようだから、もし巌谷中佐の機嫌を損ねていれば、アラスカ出張の第2の目的達成が不可能になっていただろう。
巌谷中佐に厭味をネチネチ言われた時は、殴りたい気持ちを堪え、想像でボコボコにするだけに留めたが……真摯に対応をして良かった。
俺の説明が終わると、うってかわって友好的になったから、あれは夕呼が作った借りと思って我慢しよう。
好感度を高めすぎたせいか、余計なお世話でアラスカ行きを妨害されそうになったのは危なかったが。
「……なるほど。そういう事であれば、喜んでご協力致します」
「ありがとう、中尉」
入室時は険しい顔をしていた唯依だったが、説明が進むにつれてその険も失せ、穏やかな表情になっていた。
あっさり信じるとは、よほど巌谷中佐を信頼していると見える。──まあ、父親代わりのようなものらしいから、当然か。
その巌谷中佐は、さらに喜ばしい事を言ってくれた。
「篁中尉。良い機会だ。貴様も白銀中佐と一緒にアラスカへ戻ってはどうだ。急な話だが、帝都でやり残した事もあるまい」
「……はい。案内役、喜んでお引受けします」
言葉とは裏腹に、唯依に少し抵抗感があるように見える。
同行が嫌というようには思えないから、何か戻りたくない理由でもあるのだろうか。
「篁中尉。開発主任たる貴様とここで会えたのも何かの縁だろう。アラスカまでよろしく頼む」
「はっ。よろしくお願いします」
そして、出発のスケジュールを打ち合わせ、唯依は俺たちと一緒の便で、ユーコン基地へ飛ぶ事になった。
幸い、彼女は大して私物を持って行くつもりはなく、準備時間も不要とのことで、いつでも出発できるそうだ。
また、この後に控えている悠陽への謁見についても、斯衛の一員だから都合が良いと言って、巌谷中佐が、唯依に案内役を命じた。
その後、XFJ計画の詳細データを提供され、弐型開発の推移の説明を受けた。
なかなか波乱万丈の開発だったようで、興味深かった。
資料をぱらぱらとめくっていると、見覚えのある名前が目に入った。
「ユウヤ・ブリッジス少尉……」
思い出した。たしかに、こんな名前だった。
コイツが、担当衛士だったとは。
男の名前を思い出したからといって嬉しいわけではないが、記憶が戻って、少しすっきりした。
だが、俺が思わずブリッジスの名前を口にした時、唯依がうかない顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
もしかしたら、ブリッジスとうまく行っていないのかもしれない。
だとすれば、予想よりもあっさり落とせるだろう。もう少し探りを入れておくか。
「政治的理由があるとはいえ、弐型開発に米国人を担当させなければならなかったとは……ご苦労なさったでしょう」
「ほう、お気付きでしたか」
巌谷中佐と唯依が、驚きの表情を浮かべたが、これは大した推理じゃない。
「それくらいはわかります。米国人と日本人では、戦術機の思想が全く異なります。むしろ、米国人は接近戦を好む傾向のある帝国軍人を馬鹿にする風潮すらあります。トップガンのエリートとはいえ、わざわざ米軍衛士を担当させる理由は、政治的なもの以外には思いつきません」
「全く、仰る通り。最善の手段を取れなかった事は、我々としても歯がゆかったのです。ですが、彼もなかなかの衛士でして、良い結果を残してくれました」
「そのようですね」
俺は結果を重視する主義だ。
ブリッジスが帝国軍衛士の思想を理解し、弐型の完成度を高めた事については評価するが……やはり無駄なコストがかかったと言えるだろう。
例えば、唯依あたりが直接やれば、もっと早期に完成目処が立ったはずなのだ。
だが、そのあたりの仮定は、目の前のふたりも承知の事だろうからわざわざ口にはしない。
政治的理由で、最善手を取れない事については、俺も人の事は言えないのだから。
さて、ブリッジスの話題をふってみたが、唯依の反応は……戸惑いが見える。
やはり、あまりうまくいっていないようだ。
俺の分析で、唯依がまだ処女なのは、すでに分かっている。
──“前の”世界ではブリッジスに持っていかれていたが、今度は……ククク。
…………………………
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12月11日 夕方 帝都城 控え室
「はぁ~」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや、……なんでもない」
思わず出た溜息を、篁中尉に見とがめられ、誤魔化した。
私も、すっかり溜息癖がついてしまったようだ。
殿下との謁見は、クーデター事件の時よりも緊張した。なにせ、今回は正式な使者としてだ。
もちろん、私が白銀中佐のおまけであるのは承知しているが、それでも──いや、それだからこそ、背筋を正さずにはいられなかった。
高座に座す煌武院殿下は、先日のような、市井の女性のようないでたちではなく、煌びやかな衣を纏い、白銀中佐とはまた違った神々しさをかもし出していた。
だが、周りの斯衛の目は……冷たかった。
間違いなく、殿下と懇意にしている、白銀中佐への隔意の表われだ。
先の事件で、殿下をお運びしたのは、我々国連軍。
もちろん、その他の戦場で、帝国軍が奮戦したのは確かだが、直接お救いしたのが国連軍だという事実は、斯衛の誇りを刺激するには十分だろう。
それに加えて、巌谷中佐の言では、殿下はしきりに白銀中佐の名前を口に出すようになったとのことだ。
斯衛が面白く思わないのは当然だ。
とはいえ、私まで睨むのは勘弁してほしかったのだが……まあ、国連軍に所属する日本人は、ここではあまり好まれない。仕方がないだろう。
あの針のむしろの中で平然とできる白銀中佐は、今更だが、いい性格をしている。
私がかつて訓練兵だった頃から勇名を馳せていた、紅蓮醍三郎大将の、殺気を込めた睨みもあったというのに……。
私は、表向き平常を保つのに努力が必要だったが、あの人のそれは、“素”だ。
これまでの、短くも濃い付き合いで、それはわかっている。
中佐があまりに平然としているからだろうか。
紅蓮大将は、しまいには、面白いモノを見た、といいたげな表情を浮かべていた。試されたのかもしれない。
だが、私が溜息をついた理由は、そんな事ではない。
謁見も始まり、型通りのやりとりが続いた後、殿下が「では、内密な話がありますゆえ……」と仰り、人払い──ではなく、中佐を連れて、いずこへと去っていった。
……あっけに取られた斯衛と私をその場に残して。
内密な話と仰ったものの、その目的は私にはわかる。なぜなら──
──殿下のあの目……完全にイってたわね……。
殿下が中佐を見る目は、完全に据わっていた。
おそらく、今朝の私も同じような目をしていたはずだ。
その時、篁中尉が不思議な事を聞いてきた。
「ところで、神宮司大尉……白銀中佐は、殿下に何か、粗相でもされたのでしょうか?」
「質問の意図がわからないが……」
「殿下のお顔が、厳しくあられました。あのような目は、今まで見たことがありません……」
──ああ、知らない人には、そう見えたのね……。
確かに、殿下のお顔は、話を続けているうちに、だんだん強張っていった。
傍から見れば、白銀中佐の振る舞いが、お気に障ったように見える。
道理で、殿下と中佐が去った後、それまで厳しかった斯衛の目が、少し同情的になったわけだ。
この人も斯衛も、ふたりが今ごろ何をしているか……正確に把握しているのは、私と、殿下について行った、月詠中尉にそっくりな護衛だけだろう。
「中佐が粗相をしたはずはない。おそらく、今後の作戦の事を思われて、覚悟がお顔に表われただけだろうと思う」
正確な情報など教えられるわけがないので、適当に返事をしておいた。
少々気の毒だが、斯衛も含めて、真相は知らない方が心の健康を保てるだろう。
男の斯衛など、血の涙を流しそうだ。
「そうですか……しかし、白銀中佐とは……」
気持ちを決めかねている様子の篁中尉だったが、──この人が中佐の標的になった事は、すぐに分かった。
一見、普通に話していた白銀中佐だけど、その目の輝きまでは消せない。
今更メンバーが増えた所で嫉妬するほど、浅い付き合いではないし、そんな感覚はもう麻痺しきっている。
独占したい気持ちはなくはないけど、逆にこちらの身がもたなくなるのは、メンバー全員の共通認識だろう。
どうせその気になった中佐が、落とせない女はいないのだ(と信じている)。
ここはアシストをした方が、中佐の受けがいいはずだ。
──そうすれば……またぶってくれるかもしれないし。
中佐は、私に借りを作らないと、あの行為はしてくれないようだ。
先日、夕呼に“発作”の事でからかわれたときは、暴露した中佐を恨んだけれど、念願の、あの行為をしてくれたので、逆に夕呼に感謝したくらいだ。
だから、ここで点数稼ぎをして、中佐に迫る。彼も、そこまでする私のお願いを断らないはずだ。
──ああ、本当、私って尽くす女……。
そうと決まれば──
「殿下と中佐の“会議”は、まだ時間がかかるだろうから、説明しておこう。白銀中佐というお人は──」
…………………………
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12月11日 夕方 帝都城 煌武院悠陽自室
悠陽の乱れた髪を撫でてやりながら、俺は至福を感じていた。
悠陽自身の魅力もさることながら、この国の政威大将軍を好き勝手できるというこの征服感は、他の女では味わえない。
謁見で型通りの挨拶をしたのも束の間、悠陽に私室まで連れて行かれた時は、何事かと思った。
さすがに、護衛の月詠真耶はついて来たが、それも、自室前に待機を命じられたとき、──俺はやっと悠陽の状態に気付いた。
その後は──まあ、言うまでもないが、念願の開通式だ。
悠陽の状態のせいか、当初の想定よりも、粗いものになってしまったが、悠陽が満足そうだから良いだろう。
だが、今日は本当に謁見だけのつもりだったし、悠陽の強引な誘いも、公務中だから抵抗があったのだが……断ると殺られる、と思ったので、事に及ばざるを得なかった。
まあ、帝国軍との折衝は俺の役目だ。これも公務の内、と自分に言い訳をすることにした。
部屋に入る前の、真耶の氷のような視線が、なかなかそそったが……あの様子だと、“前の”世界と同じ展開になるかもしれない。
さっきも、悠陽の凄い嬌声が聞こえていたはずだ。
外に出たとたん、斬りかかられてもおかしくはない。油断しないでおこ──ムッ!
「こほ、こほっ」
「あ、すまん」
せき込む悠陽の背中をさすってやる。
「……いえ、平気です。未熟な所をお見せしました」
「初めてなんだから、無理して飲まなくていいのに」
「私は他の者より時間的に不利ですから……これしきの事で遅れを取りたくはありません」
悠陽のこういう健気な所は、犯したくなるほど可愛い。
丁度一区切りついたので、気になっていた事を聞いてみる。
「なあ、悠陽……俺、何か変わったか?」
帝都への道中、車を停車した途端、まりもが狂犬化したのは、ちょっと引いた。
最近、女に襲われる事が多くなったから、慣れたものなのだが、「愛してる!」と叫びながら、涙を流して腰を振るまりもには、頭がイってしまったのかと思った。
何度か発射を強要されて、休憩というには少し長い時間を過ごした後、落ちついたまりもが恥ずかしそうに謝罪を入れてきた。
加えて、俺が異様に魅力的に思えたせいだ、と、八つ当たり的な言い訳もされたが。
「ええ……正直、武殿を見た瞬間、胸が高鳴って、気が狂うかと思いました。ますます、男ぶりが増されたかと」
「そうか……」
悠陽への“仕込み”はクーデターの時にしていたが、ここまで我を忘れるほどではないはず。
おそらく、まりもと同じ現象だろう。
しかし、いったい何が変わったのか……。
「では、いまひとたび……よろしいですね?」
「おう……」
──変わった事と言えば、トラウマを克服したこと位なんだが……確かにミュンとの激戦は、俺の人生に残る一戦だった。
…………………………
最初はお互い様子見といった感じで、キス、愛撫までは甘い雰囲気だったが……挿入すると、ミュンは不敵に笑った。
それからはもう上になったり下になったり、もう凄かった。
ミュンは俺の上を取ると得意げになり、俺を締め上げた。なかなかの刺激だったが、たまの締めに叶う訳がない。
下から突き上げてやり、奴の力が弛んだ隙をついて、くるっと体勢を入れ替えて、俺の最も得意とする体位……すなわち、バック。
それでもミュンの顔には余裕があった。
たしかにこの女なら、この体勢からでも逆転できるほどの技巧を持っている。
──だが、侮るなよ……“あの夜”から、俺がどれほどの経験を積んだ思っている!
気迫を込める俺。だが、敵もさるもの。不利な態勢からでも俺の性感帯を刺激してくる。なんて器用な奴。
それに、“前の”記憶では、これほどタフじゃなかったはずだが、……どうやら手加減されていたようだ。
考えてみれば、“前の”俺は、セックスの回数だけはいっちょまえの、純情君。
ミュンが本気を出すには値しなかったのか。
ミュンの繰り出す快楽に、何度か放出してしまったが、あちらも何度か気をやっていた。
状況は互角といったところで、まだまだ終わりが見えなかった。
敵の強大さにくじけそうになったが……その時、目に入ったのは、脱ぎ捨てた俺の上着の胸ポケットの、お守り。
──そうだ。いざとなればアレがある。あれは、俺と恋人たちの絆だ。鎧衣課長のためにも、ここは負けられない。
そして俺は、……祈った。
──みんな、ほんのちょっとずつでいい。俺に、力を分けてくれ!
冥夜、彩峰、美琴、たま、委員長、唯依、イリーナ、夕呼、霞、まりも、遙、水月、茜、みちる、3バカ、真那、悠陽、真耶、凛……そして、純夏。
“前の”世界で、俺を愛してくれた女たちを順番に思い出しながら、腰を降り続けた。
その次は、“この”世界での恋人たちを。
それが一巡すると、また“前の”世界の恋人たちの事を、繰り返し、思い続けた。
何度ミュンに出したのか忘れるくらい、気の遠くなるような時間が過ぎ、何も考えられなくなった時──俺は、最も大事な事を思い出した。
──何を勘違いしていたんだ、俺は。女は……心を込めて愛するべき存在なのに。
思えば、最近の俺は、テクニックや回数に囚われていた。
もちろん、俺なりに愛していたつもりだったが。
いや、つもりになっていただけだ。俺は、基本的な事を疎かにしていたようだ。
──ミュンだって……ほら。
気持ちがすっと楽になり、今度は“心”を込めて行為を続けると……ミュンの反応が変わった。
余裕の笑みが一変し、焦りの表情が浮かぶ。
マジで感じてしまって、抑えられない顔だ。
また、ミュンは、本気の喘ぎ声が出るのをかみ殺していた。
可愛い反応もできるんじゃないかと思い、さらに“愛”を込めて唇を合わせると……趨勢は決まった。
既に空は明るくなってきていたので、気絶したミュンにシーツをかけてやり、俺自身は脱ぎすてた服に着替えたのだが……ミュンが、気を失いながらも、なかなか俺の手を離さなかったのには、笑みを誘われた。
ミュンの部屋を出ると、あのドレッド中尉があくびをかみ殺しながら廊下を歩いていた。
彼は見かけによらず健康的で、外へラジオ体操をしに行く所だったらしい。
ドレッドは、ピンピンしている俺を見つけて、呆然と呟いた。
「中佐……ミュンに……勝ったんですかい……」
「勝ち負けじゃない。ただ、……愛し合っただけさ」
そう言って踵を返したが、彼の目には、トライアルの時よりも、強い尊敬の念があった。
…………………………
──あれで、恋愛放射線の効果でも上がったか?
“前の”夕呼の仮説だと、好意を持たない相手には効き目がないそうだから、帝都城に入ってからの家臣団や、月詠真耶の冷たい視線も、説明がつく。
ゼロに何をかけてもゼロというわけだ。
男には効かなかったはずだが、今日の巌谷中佐を見ると、女ほどじゃなくてもそれなりに効果はあるのかもしれない。
まあ、巌谷中佐のあれは、単に俺の意志に感銘を受けただけかもしれないが。
だがこの能力も、メリットはあってもデメリットは──ムッ!
「こほ、こほっ」
「おいおい、無理するなってば」
再びせき込んだ悠陽の背中をさすってやる。
「うう……面目ありません。思ったよりも多くて。……ですが武殿、お出しになる時は、一声かけてくださると助かるのですが……」
「わかった、次はそうする」
申し訳なさそうな顔の悠陽は、犯したくなるほど可愛かったから、その願いは快く了承した。
だが、つい“前の”悠陽のつもりで身を任せてしまったのは反省するべきだろう。
少し慣れれば、出る前兆はすぐわかるそうだが、初日で無宣言発射は、さすがの悠陽もキツかったようだ。
「では、今一度、挑んでもよろしいですか?」
「いや。俺もそうしたい所だが、そろそろ出ないと、夜の便に間に合わなくなる」
横浜基地へは、そこそこかかる。
名残惜しいが、今日の所はお別れだ。
「それなら、心配ご無用です。帝都の基地から、私の専用機を飛ばさせましょう」
「いや、それは公私混同だ。受け入れられないな」
しゅんとなった悠陽は、犯したくなるほど可愛かったが、これは譲れない。
だが、悠陽はすぐに、何か閃いたような顔をした。
「武殿。斯衛の篁が、ご一緒するとのことでしたが」
「ああ、それがどうした?」
「ならば、帝国軍が航空機を用立てても問題はないでしょう。それに、此度の“取引”、XM3の対価としては不知火弐型では不足です。せめてもの心尽くしとして、ユーコン基地までの足を提供したく思います」
そうきたか。
悠陽にそこまで言われて、国連軍中佐として拒否すれば、礼を失するな。
「畏れ多い事ですが、ありがたく頂戴しましょう。では、お気のすむようになさいませ、殿下」
「もう……ふたりの時は、その言葉遣いはおやめくださいな……」
拗ねたような悠陽の仕草が、犯したくなるほど可愛かったが、今は悠陽のお勉強タイムだ。
熱心な悠陽は、もうコツを覚えたようで、結構な上達ぶりだ。
──だが、やはり冥夜と並べて突いてみたいよなぁ……。
悠陽を見ていると、一度はあきらめかけた欲望が呼び覚まされた。
──俺もパワーアップしたみたいだし。なんとか、冥夜を俺に、好意をもつようにできないかな……。
そうすれば、この姉妹も堂々と?会えるだろうし、ふたりの仲も急速に良くなるだろう。
誰にとってもハッピーエンドだ。
ついでに、真那と真耶の従姉妹プレイにまた発展できるかもしれないし、4人揃えて5Pというのも壮観だろう。
夢が膨らむことだ──ムムッ!
…………………………
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12月11日 夕方 帝都城 控え室
「そうですか……そんな凄い方だったとは……」
白銀中佐の女関係以外の事をつらつらと述べ終わると、篁中尉は感極まったような吐息をついた。
実際、女関係と機密に関する事を伏せただけで、述べた内容は全て事実だ。
女関係で物凄いマイナスイメージがあるから気付かなかったが、説明していて、感心し直したくらいだ。
女関係にしても……いざ付き合ってしまえば、そのおかげでとても良い時間を過ごせるのだから、私たちメンバーにとってはマイナスとも言い切れない。
それに、これくらいの欠点がある方が、人間として好ましいと思う……と感じるのは、もう頭の芯まで汚染されているのかもしれない。本望なのだけど。
それはともかく、篁中尉は、白銀中佐に対して、大きな敬意を持ったようだ。
その功績だけではなく、男性としての魅力や、懐の深さにも言及しながら説明し、衛士としてではなく、人間として凄い人だというように話を持って行ったつもりだ。
なかなかに順調の様子だけど、いまいち男性の部分では食い付きが悪い。
頬を赤らめるくらいにはできるかと思ったけど……まあ、私はアシストだ。この辺の底上げだけでも、十分貢献しただろう。
しかし、この篁中尉──今の『メンバー』にはいないタイプ。
年の頃は、月詠中尉より少し下くらいだろうか。
凛とした仕草は、斯衛である所以か、由緒ある武家の出自によるものか……月詠中尉と共通した部分がある。
また、日本人形を思わせるような、奇麗な髪は、癖のある私にとっては羨ましい。
胸は……若干私の方があるかな?
白銀中佐は胸の大小にこだわりはないから、比較しても仕方がないのだけど。
この人が乱れる姿というのも、なかなか興味深い。
他のメンバーは、色んな組み合わせをして楽しんでいるようだが、私は複数プレイはまだピアティフ中尉としか経験がない。
あれも最初は恥ずかしかったが、慣れてしまうとなかなかに楽しいものだ。
ピアティフ中尉とは、最初は口論になったけど……どちらが異常かなんて、些細なことだった。
彼女の言う通り、匂いというのも良い着眼点だ。あれは確かにクセになりそうだ。
私はレズッ気はないけれど、他人の乱れ姿やテクニックは勉強になるし、中佐の感じる姿を客観的に見れて良い。
特に、ピアティフ中尉が、においを嗅いで中佐を照れさせた時は、目から鱗が落ちたものだ。
──そうだ、この人を落とすのを手伝う代わりに、混ぜてもらおう。
いつも夕呼にいじられる私だ。
たまには、私だって……この初心そうな人なら、私でも──
私の思惑に気付くそぶりもなく、篁中尉は暢気な言葉を口にした。
「しかし、殿下と白銀中佐のお話は、ずいぶんかかりますね」
「そうだな……きっと話が“白熱”しているのだろう」
…………………………
<< 月詠真耶 >>
12月11日 夕方 帝都城 煌武院悠陽自室前
背後から、ギシギシと寝台が軋む音と、殿下のみだらなお声が、ようやく止んだのが、少し前。
終わったかと安堵したのも束の間、それからは、殿下の“ご奉仕のお勉強”の時間が始まった。
そして今、3度目の奉仕をしている所だったが……今度こそ、私にとって悪夢のような時間が終わったようだ。
殿下のお部屋の扉は、有事の際、控えの者が気付きやすいように、やや薄造りになっており、室内の音が良く聞こえる。
こうして扉を背に立ち、耳をすますだけで、中の会話は丸聞こえなのだ。
殿下が厳しいお顔で、あの男を連れてこの部屋へ入られた時は、折檻でもなさるのかと、意外な思いだった。
「何が聞こえても入ってはならぬ」と厳命されたゆえ、私は殿下があの男を殺しかねないと、不安になったが……同時にいい気味だった。
あのような得体の知れぬ、経歴不詳の男に、殿下がご執心という噂は、──紛れも無い真実だ。
常にお傍に控える私は、殿下が時折呆けたように虚空を見つめ、「武殿……」と呟くのを何度も見たのだ。
従姉妹の真那によれば、経歴は怪しくとも、本性は善良、との報告を受けたが、真那の判断など当てにはできぬ。
たった一晩で、殿下があのように変わられるなど、あの男が何かしでかしたに違いない、と思ったが……侍医の診断では、全くの正常。
その診断は私にとって信じたくない事であり、……あの夜、囮の為に殿下のお傍を離れた事を、深く後悔した。
そして、此度の謁見時、飄々とこちらの殺気を受け流すあの男の姿を見て、さらに忌々しさをかきたてられたが……段々と殿下のお顔が変わられる様子を見て、やっと正気に戻ってくださった、と思った。
殿下があの男を連れて入室した時も、死因をどう捏造しようかと考えていたが……その後に聞こえたやりとりは、信じられないものだった。
よりにもよって、殿下から、あの男におねだりをして、貞操を捧げるとは……!
むしろ、あの男の方が抵抗をしていたほどで、殿下の強引さに、あの男も渋々という様子で了承し、その後は──思い出したくも無い。
そして、調子にのったあの男──いや、もう“下衆”でよかろう。
あの下衆は、従順な殿下に対して調子に乗り、「次はこの格好だ」「ここ舐めろよ」「もっと腰を振れ」など、無礼極まりない言葉で、殿下を良いように扱ったのだ。
何度、扉を蹴破って、この刀であの下衆に斬りつけたいと思ったことか……!
だが、全ては殿下のご意志。
なにより、あの下衆の指示を聞くたび、殿下は「はい」と嬉しそうに答えた事が、私の足をここに留めた。
口惜しいが……確かに殿下は、これまでで最も、お幸せそうだったのだ……。
あれから、時間にしてどれくらい経っただろうか。
両手を見ると、爪が掌に食い込んでいて、血がうっすらと出ていた。私も、良く耐えたものだ。
ようやく、一息つけた私だったが、不安は消えない。
今日、終わったからといって、この問題が解決したわけではないのだから。
──しかし……あの男が“謁見”に来るたび、私はこの地獄に耐えねばならないのだろうか……。
先行きが暗くなった私に、さらに追い討ちがかかった。
「武殿。もう一度、させてくださいな」
「またか?……ま、いいけど」
次までに、耳栓を用意しておこうと決意した。