【第34話 おっさんの誤解】
<< ステラ・ブレーメル >>
12月12日 夜 国連軍ユーコン基地 通路
賑やかな“接待”も終わり、白銀中佐は仮宿舎へと戻って行った。
他の3人は、もう少し飲みたいようだったので、私は先に上がらせてもらい、先に戻った白銀中佐を探していた。
──あ、いた。
それほど時間もかけず、通路脇に、しゃがみ込んでいる白銀中佐を見つけた。
別れ際、足取りがふらついていたから、念のため追ってみたが、案の定だったようだ。
さっそく駆け寄り、声をかける。
「中佐殿……大丈夫ですか?」
「ああ、ブレーメル少尉か。少し飲み過ぎた。みっともない所をみせてしまったな」
顔は赤いが、滑舌がはっきりしているのに安堵し、ミネラルウォーターのボトルを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう。……ブレーメルは優しいな。思った通りだ」
「あら、冷たい女とよく言われるのですけど」
「少し見る目があれば、わかることさ」
お世辞か本心か。初対面で優しいと思われていたのは初めてだ。
私がそう振舞っているせいもあるけど、大抵の男は近寄りがたいものを感じるというのに。
「他の連中と飲み直すんじゃないのか?」
「私は先に上がらせてもらいました。中佐殿がこうなってるような気がしまして」
「やれやれ、お見通しだったか」
中佐は苦笑を浮かべて、ボトルを勢いよく傾けて、喉を鳴らした。
その間に、中佐の隣に腰を下ろす。
断りを入れないで上官に並んで座るのは、無礼になるけど、この程度の事は、今は気にしない人だとわかっている。
ボトルを半分ほど飲んだ中佐が、大きく息を吐いたところで、伝えたかった事を口にした。
「気を使っていただいて、ありがとうございます」
「……何のことだ?」
「わざと道化を演じてくださった事です」
「……」
「おかげで、ユウヤも気を取り直しました。他の者も、少しあったわだかまりが無くなりましたし」
「……少し、わざとらしすぎたかな?」
私が確信を持って話していることから、中佐は惚けるのをやめたようだ。
冷静に見ていれば、ユウヤへの言葉がやけに多い事は明らかだった。──それも、ユウヤが黙り込んだ時に限って。
他にも、いつもより調子に乗ったVGとヴィンセントの、タリサへのからかいの度が過ぎそうになった時に、さり気なくフォローを入れたり、話題から外れそうになった私に声をかけたり……その細やかさに気付いた時は、感心するよりも呆れてしまった。
「ほんの少し。私は、洞察力と判断力には定評がありますので」
「そこまでわかっているなら、気付かぬふりをしてくれても良いだろうに」
拗ねたような、困ったような顔をする白銀中佐は、少し、年相応に見えた。
「あれで全員に隠し通せたと思われると、面白くありませんので。ユーコンにも、物が見える人間が居るということを知っておいて欲しかったんですよ」
「降参」
短く答えて手を挙げた中佐のやわらかな微笑みは、私よりもだいぶ年上のように思えた。
まるで、子供に対して、大人がとるような──。
ふと、さっきのやりとりを脳内で変換すると、「気付いたよ、私えらい?」「ああ、えらいぞ」……少し、恥ずかしくなり、思わず顔をそむけた。
「だが、全部演技じゃないぞ?俺なりに楽しんだしな。少し大げさにしただけだ」
「それなら、安心しました」
接待しておいて、気を使われただけで終わったら、私たちは立つ瀬がないし、私とタリサの胸をあんなに揉んだのだから、つまらなかったと言われれば腹が立つ。
あの時は、中佐の豹変に一瞬戸惑ったけれど、席替え要求直後のニヤリとした笑みで、すぐに冗談とわかり、皆で笑ったものだ。
しかし、単なる冗談でも無かったようで、VGが「は、ただちに!」と言ってきびきび席替えをした後、彼はそれまで以上に上機嫌だった。
その時私は、私とタリサを侍らせたくらいで浮かれる中佐を、少し可愛いと思ってしまった。
タリサはタリサで、美女扱いが新鮮で嬉しかったのか、肩を抱かれて馴れ馴れしそうにされても、されるがままにしていたが……胸を揉まれては別だ。
まさかの行動に、全員、唖然とさせられたが、中佐の「ふむ、どちらもなかなか味があっていい」という、妙に真面目な評価に、正気に戻ると同時に、タリサが中佐に平手を食らわせた。
血の気が引きそうになったが、叩かれた当の本人は「すまん、すまん」と笑っていたから、私の心配損だった。
公開プロフィールを見たときから、年齢にそぐわぬ地位と能力をカサに着た人物を想像していたけど、良い方向にイメージが崩れた。
細かな心遣いは、私にとって好ましいし、スケベな所も、まあ男の本性はあんなものだろう。
VGも似たようなものだし、暗い所がないから、ムッツリ系のユウヤよりは良い。
「色々ありましたが、私も楽しかったです。ありがとうございました」
胸を揉んだ事は別として、中佐がこちらに合わせてくれた事に対して、あらためてお礼を言うと、中佐はまた、あのニヤリと笑みを浮かべて、自分の唇を人差し指でトントンと指して言った。
「礼なら、言葉より、行動で示してほしいな」
こういう所は、かつて私のバスローブ姿程度で戸惑ったユウヤとは違うところだ。
この基地に出向してきた頃のユウヤが、今の白銀中佐と丁度同じ年頃だから、つい比べてしまう。
「神宮司大尉と、篁中尉に恨まれますよ?」
私は、中佐の軽口には、そう答えた。
ユウヤを殴った時の神宮司大尉の顔……敬愛する上司をコケにされて、忠実な部下として怒ったというよりも、女として怒ったように見えた。
それに、篁中尉。
ニブチンの男どもや、ネンネのタリサは気付いていないようだけれど、あれは、白銀中佐に気がある素振りだ。
私には、避けているというより、つい目で追ってしまうのを自制しているようにしか見えない。
おそらく、日本に帰国している間に色々あったのだろう。
これは女の勘だが、ふたりとも、中佐とすでに、男女の仲ではないかと睨んでいる。
ユウヤにとってはかわいそうな結果だと思うけど、こればっかりは巡り合わせだ。
その白銀中佐は、私に図星を当てられて、あわてるかと思いきや、平然と言った。
「ふたりとも、それくらいで怒るほど狭量じゃないさ」
──日本人男性は、奥手だと聞いたけど……この人は例外のようね。
いつもなら軽くかわす所だし、中佐も本気で言ってるわけじゃないだろうけど……まあ、キスくらい、たまにはいいか。
「本当は、そんなに安くないんですよ?」
「それも、わかっている」
そして、お互い目をつむって、軽く触れ合うだけのキスをした。
「それじゃ、お大事に」
「ああ、ごちそうさま」
そう言い交わし、まだ少しふらつく中佐と別れ、私は自分の宿舎へと足を向けた。
ごちそうさまといったのは、接待の事か、水の事か、キスの事か。
たぶん、最後の事だろう。
軽い言動なのに、軽さを感じさせないのは、何故だろうか。
VGなどと違って、プライベートとの区分けをはっきりしているからか。軽さの中にも真剣さが見えるからか。
いずれにせよ、得な性格をしている。
──でも、あの人、あんなに良い男だったかしら?
飲み会が始まった頃は、ただの2枚目にしか見えなかったはず。
見た目が変わったはずも無いのに、自分の心境の変化が不思議だった。
中佐がまぶしく見えたのは、月明かりのせいだろう。
そして、自分の脈拍が上がっているのは、きっとお酒のせい……。
<< おっさん >>
まだ足元がしっかりしない。
──まずい……やっぱり飲み過ぎだな。情けない。
そういえば、酒を飲んだのは“前の”世界以来だ。
もしかして、アルコール耐性も、若い時の状態なのかもしれない。
こっちも強いままなら良かったのに……今後は酒量に気を付けよう。
しかし、ブレーメルに悟られるとは思わなかったが、なかなか鋭い女だ。
今日の様子を見るに、ブレーメルは、結構好感触だ。キスは儲けものだった。
マナンダルは、まだまだお子様だが、勢いでやってしまえばどうとでもなるタイプだ。
ふたりとも、結構なハイスペックだから、帰るまでに落としておきたい。
幸い、アルゴス小隊の男どもは、どちらにも手を出していないようだが……あんないい女を何で放置してるのだろうか。
俺が奴らなら、入隊した日に口説くところだ。
──ま、とりあえず、今晩は唯依と道具プレイだ。
と、気を取り直して、道具を取りに宿舎に戻ろうとしたとき。
小さな人影が、物陰からひょっこり顔を出し、俺に微笑んできた。
──おや、こんな所に、白人美少女……ソ連軍の、少尉か。
まあ、美少女といっても、俺の外見年齢と同じか、それ以上だが、月明りに輝く美しい銀髪と、邪気がなさそうな顔は、どこか霞を思わせる雰囲気で、美少女と形容したくなった。
俺は上機嫌だったので、とりあえず微笑み返したが、美少女の口から出た言葉は、俺を一瞬ひるませた。
「かみさま?」
「神?まあ、そうだが……白銀武という名前があるぞ」
なんのつもりで聞いてきたかわからないが、一応、そう答えておいた。
ある意味、俺は神だから、間違いではない。
だが、誰に言ったわけでもないのに、どうやって知ったのだろうか。
「たける……?」
馴れ馴れしい呼び方だが、無邪気な様子に、咎める気は失せた。
上目遣いが、なかなかそそる女だ。
「少尉。貴様の名は?こんな所で何をしている?」
「イーニァ。たけるにあいにきたの」
こちらの質問に答えるのはいいが、姓も言えというのに。礼儀のなっていない奴だ。
しかし、俺に会いに来ただと?……横浜絡みの事しかないか。
この様子だと、公開したXM3の情報が興味を引いて、衛士として質問したくなったというのが妥当な線だが。
いや、人は見た目じゃわからん。スパイという可能性もある。
ふと、クーデターの時のイルマが、思い出された。
あの女も、俺から情報を聞き出すため、好意的に近付いてきた。
無垢そうだからといって、油断しない方がいいだろう。
色々な憶測をしながら、イーニァと名乗った少女を見ると、目をきらきらさせて、こっちをじっと見ている。──と思ったら、たたた、と俺に駆け寄って、ぎゅっと俺に抱きついてきた。
反射条件で抱き返したが、イーニァは、そのまま俺を見上げて、少し潤んだ目で言った。
「……たける、すき」
嬉しい言葉だったが、あまりにも嘘くさい。
「ん~?唐突だな。どこかで会ったことあったか?」
俺の問いに、首を横に振るイーニァ。
しかし、その目は、昨日のまりもや悠陽、唯依のような状態だ。
だが、いくら神たる俺でも、一言も言葉を交わさずに女を惚れさせるなど、できるわけがない。
非現実的な状況がうさんくさすぎて、俺の中でスパイ説が濃厚になった。
それに、女を使って標的を籠絡するのは、陳腐だが、有効な作戦だ。
もちろん、俺にとってみれば、イルマのように返り討ちに合うのがオチだが。
「イーニァ、すぱいじゃないよ」
「そうかそうか。まあ、どっちでもいい」
俺の顔色から、疑念を読んだのは上出来だ。
しかし、このイーニァ。スパイにしては無邪気すぎる。
意表を突いてるから、それだけ見れば成功といえるが、登場後の展開がお粗末だ。
「俺の宿舎は、すぐそこだ。俺が好きなら、イイことしようぜ。フヒヒ」
「イイこと?」
「そりゃもう、とっても気持ちいい事だ。たくさん、優しく愛してあげるぞ。フヒヒ」
アルコールで調子に乗っていた所もあったが、多少演技を含めて、下品に振舞ってみた。
普通の女なら、絶対どん引きする。スパイなら、乗ってくる。
「やさしい……あいする…………いいよ」
イーニァは、俺の言葉をかみしめるようにした後、了解した。
スパイの確率、99パーセント。
まあ、とりあえず、引っかかったふりをして、いただこう。話はそれからだ。
「……すぱいじゃないのに」
「どっちでもいいって。いいから行こうぜ」
口を尖らせて拗ねたイーニァをせかす。
──しかし、随分と察しがいいな、こいつ。酔いのせいで、顔に出てるのか?
まあ、スパイどうかは、やればはっきりすることだ。
スパイなら、逆にたらし込んで、情報を聞き出す。
万一スパイじゃないなら……疑ったおわびに、心を込めて、いっぱい愛してあげよう。
どちらにせよ、これほどの上玉、黙って帰すほど、俺は聖人君子ではない。
唯依は少し待たせてしまうが、まあその分、念入りにサービスする事で許してもらおう。
「いっぱい……あい………ふふふ」
前半部分の言葉が気になったが、イーニァは、とても嬉しそうに、ふたたび俺に抱きついた。
柔らかな感触に、下半身の高揚を感じた時──
闖入者が現れた。
「誰だ、貴様!イーニァから離れろ!」
声とシルエットから、女性であることだけは分かった。
その女は、鋭い声を上げると同時に、俺に銃口を向けていた。
「いきなり銃を向けるとは、穏やかじゃないな。名を聞く時は、自分から名乗れ」
階級章からすると、この女も少尉だ。俺の反応は至極まっとうなもの。
俺の階級章が見えないわけでもないだろうに、その女は、銃口を下げず、さらに声を荒げた。
「イーニァから離れろと言っている!この変態が!」
──なッ!よりによって、変態だと!?この躾の悪いメスガキが!
俺が本当に変態なら、まだ納得もできる。
だが、俺はちょっぴり変わったプレイが好きな、ごくノーマルな平均的男性のはずだ。
変態などという悪評でも着いたら、亡き両親に顔向けできない。──“元の”世界ではピンピンしてるだろうが。
と、思ったが、今の自分の状態を顧みる。
そういえば、アルコールに加えて、イーニァの誘惑で、息が荒くなっている。しかも、俺のマグナムはすでに臨戦体勢。
はたから見れば、変態がハァハァしながら、無垢な少女に言い寄ったようにも見えなくもない。……というか、それにしか見えないだろう。
抱きついているのはイーニァの方なのだが、撃たれてはかなわないので、イーニァの手をそっと振りほどいた。
女は、俺に銃を向けたまま、イーニァの手を引っ張り、後ろ手にかばった。
その時、嫌な予想が閃いた。
──まさか……変態に仕立て上げて、俺と横浜基地を……!
何をやっている、俺は。典型的な美人局じゃないか。
オルタネイティヴ4の最高責任者の腹心が、このような不始末。
MPに逮捕でもされたら、世界中にその不名誉をばらまける。
どの勢力が画策したか知らないが、相当な貸しを作れるだろう。
──まさか、俺の名誉という点を突いてくるとは……やられた。
その時、女の背後にいたイーニァが、暢気な声を上げた。
「クリスカ、へんたいじゃなくて、たけるだよ」
闖入者は、クリスカという名前のようだ。
クリスカは、髪といい、顔立ちといい、イーニァと姉妹のように見えるが、雰囲気はえらく違う。
顔も同じく秀麗だが、それよりも目を引くのは……けしからん程のおっぱいだ。
ブレーメルもなかなかのモノだったが、コイツは彩峰といい勝負しそうだ。
それはともかく、イーニァが騒ぎ立てないのは、もしかしたらスパイというのは、俺の考えすぎなのかもしれない。
この様子だと、まだうやむやにできる余地はありそうだ。
「貴様……イーニァに何をした!?」
「何もしとらん」
これからイイことしようかと思っただけだ。
「これからイイことするところだったの」
──畜生!やっぱり美人局か!
「き、貴様ぁ……よくも、イーニァを……」
体と一緒に、けしからんおっぱいをぷるぷると震わせて、凄まじい殺気を込めてこちらを睨むクリスカ。
言い訳の余地は無くなった。
こうなったら覚悟を決めるしかない。……口封じをさせてもらう。
何しろ、俺の肩には、恋人たちと、A-01の連中と、横浜基地と、人類──最近すっかり忘れていたが──の、未来がかかっているのだ。
──こんなところで、こんな理由で、つまずいてたまるかよ!!
心の内の叫びだったが、それはまさしく、未来への咆哮。
アルコールになんぞ、酔っている場合ではない。
体に力がみなぎる。──いや、みなぎらせる。
ふらついていた足は、すでに回復していた。
「あ……つよくて……きれい……おひさまだ」
イーニァが俺を見てうっとりとした表情で、またわけの分からない事を口にした。
今までの様子からすると、イーニァは、美人局の計画を詳しく知らされていないのかもしれない。
俺が不利な立場になるよう、仕向けられてはいるようだが。
ともかく、こいつらの役割の詮索はあとだ。
今は、俺の全力をもって、この障害を排除する。
──よし、最初から全開でいく。頼むぜ『左近』!
胸ポケットに手を当て、頼もしい相棒の存在を確認する。
騒ぐくらいなら、イーニァはとっくに騒いでいるだろう。
まずは、危険な空気をまとっている、このクリスカという女だ。
ブスなら目を瞑って、冥夜あたりの奇麗どころを想像しながらやる所だが、このレベルなら全く問題無い。というかむしろ率先してやりたい。
まず、あの煩い口を塞ぐ必要があるな。幸い、周りに人気はない。
「な、なんだ、何をする!」
「すぐにわかる」
「近付くな!この銃が見えないのか!?」
「ああ、見えるぞ」
撃つつもりなら、とっくに撃ってるはず。
油断はしていないが、このエリアでソ連軍が国連軍人に発砲する不味さくらいは、どんなアホでも理解できるだろう。
もし引き金を引く気配を見せれば──その時はその時だ。
──なぁに、大丈夫だよぉ。痛くしないから。フヒヒ。
「クリスカ、だいじょうぶだって」
「イーニァ?なに言って──きゃっ」
背後のイーニァをチラ見したクリスカの隙を、俺は見逃さなかった。
そして、アラスカの地で、2つの花が散った。
…………………………
<< 香月夕呼 >>
12月12日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
「そう、いい調子のようね」
「はい」
伊隅から報告された、A-01の新任士官の予想以上の実力に、私は満足を覚えた。
新任が相当使えるということは、白銀からの“前の”世界での経験や、“この”世界での教練報告、トライアルの結果から確信していたから、妥当な結果ともいえるが。
「でも、新任5人は白銀を嫌ってるんだっけ?アイツが戻って来ても、うまくやれそう?」
「中佐への隔意はあるようですが、好き嫌いで腕が鈍るなどという、幼稚な性根は残っておりません」
その回答は私を安心させた。
指揮官を嫌っていようがいまいが、兵は忠実に命令をこなせばいいのだ。
彩峰と榊のいさかいを治めた経過は、報告で知っている。
前線で好き嫌いを持ち出すようなら、とても使えない所だったが、白銀がうまく矯正してくれたようだ。
それだけでなく、戦力の底上げは、やはりありがたい。
近々予定している佐渡島奪還作戦では、A-01には、00ユニットを守り切る実力があれば良かった。
ハイヴ突入は帝国軍にさせるつもりだったけど、A-01を──状況によっては凄乃皇も──を突入させるのも良いかもしれない。
この戦力で、白銀に指揮を取らせれば、持ち駒をあまり減らせず落とせる可能性はあるし、私の直属部隊がハイヴを落とせば、“その次”の作戦への発言力も大きくなる。
実戦指揮官の白銀に最終判断は任せるが、ここは、欲をかいても良い所に思える。アイツが帰還したら、相談してみよう。
丁度良い機会だったので、伊隅には、ハイヴ突入の事は伏せて、近々、佐渡島に対して、大規模な反攻作戦が発動されることを伝える事にした。
「なんと、いよいよですか……」
「白銀には、もうすぐ仕上がる新兵器の“調整”作業があるから、それの目途がついたら詳しい日程は決めるわ。アンタはそのつもりで、部隊の練度を上げておきなさい」
「はっ」
本当は、BETAの指揮系統と、学習能力の問題があるから、一気にオリジナルハイヴを落としたい所だけど、さすがに何の実績も根拠も無しに、いきなり人類最大の戦力を、最も危険な場所へは投入させてくれない。
それに、オリジナルハイヴの情報がわからないままではリスクが大きい。
リーディングによって、佐渡島のハイヴからでも、オリジナルハイヴの構造を取得可能な事は、“前の”世界の白銀の経験から分かっている。
迂遠だが、佐渡島から落として、オリジナルハイヴの侵攻ルートを明確にした方がリスクが少ないのだ。
「しかし、白銀中佐の作業ですか……。僭越ですが、中佐のご負担が大きいように思います。我々にも、何かお手伝いが出来る事があれば、お申し付けください」
「ああ、無理無理。その調整は、白銀しか出来ないから」
伊隅の進言は珍しく、意外だったが、確かに白銀は最近多忙で、これからもっと忙しくなる。
A-01の訓練に、00ユニットの調整、XM3関連。
特に、XM3関連は殆ど任せてあり、横浜基地内の他の将校への説明や、帝国軍や、国連各基地への提供手続きなどは、ピアティフを手伝わせるとしても、相当忙しくなるだろう。
そして、00ユニット──鑑純夏の“調整”は、白銀にしかできない。
鑑が心を開くだろう唯一の存在が、あの鬼畜だし、調整といってもヤるだけなのだ。
XM3関連の方は手伝えなくもないけど、白銀以外のA-01の存在は非公開だから、顔を晒す役割を、伊隅たちに任せることはできない。
いっそ全員公開してしまうのも手だが、裏で自由に使える部隊を手放すのは惜しい。
そもそも、白銀には今でも女とやりまくれる程、元気が有り余っているのだ。
いや、むしろ、女たちから元気を吸い取っているようにも見える。
「そうですか……」
伊隅は、手伝いを出来る余地がないことが、残念そうだった。
しかし、まりも、ピアティフ、伊隅、……そして、私といい、かなり年上の女をこうまで心酔させるとは、白銀も大したものだ。
精神年齢が、本当に38と知ってる私ならともかく、まりもや伊隅は相手の若さが気にならないのだろうか。
ふと、伊隅の反応が少し気になったので、何気なく問うてみた。
「ねえ、伊隅。えらく残念そうだけど、アンタ、白銀に気でもあるの?」
「はぁ!?……いえ、私は上官として尊敬しているだけです。男性として見た事は、一切ありません」
伊隅は、最初はドキリとしたようだけど、すぐにキッパリと否定した。
けど、あの白銀と数か月、間近で接して、男性を意識しないなんてあり得るのだろうか。
想い人のいる伊隅といえど、少しの好意を恋愛感情に増幅させてしまう白銀だ。
完全否定する伊隅に少し違和感を感じたので、からかい半分で言葉を続けた。
「ホントにぃ?あやしいわねえ」
「あり得ません!」
「……冗談よ。ムキにならないの」
「……失礼しました」
──ほんの軽口だったのだけど、あの冷静な伊隅が声を荒げるとは……これは、結構脈がありそうね。
白銀の話では、伊隅には想いを寄せる男がいるから、言い寄っていないそうだけど、これなら、ちょっと押せばあっさり転がるような気がする。
あの男に教えてなどやらないが。
しかし、昨日の朝、帝都への出立前の挨拶に来た白銀……なんとか自制したけれど、あやうく寝室に連れ込む所だった。
この私ですら、そうなのだ。白銀に思いを寄せる女が、アイツを見たら、どうなることやら。
事実、一緒に行ったまりもは、今日の通信報告でちらりと聞いた所、昨日の昼に狂犬化したそうだ。
通信でのまりもは恥ずかしそうだったけど、気持ちはわかるので笑う気になれなかった。
ハーレムのメンバーは、まりもと同じような状態になる事は疑いないけど、少なくとも好意を持っている伊隅と宗像の反応が、私の興味を引いた。
──でも、白銀のあの様子なら……A-01の総ハーレム化も、遠くないかもね……。
…………………………
<< 篁唯依 >>
12月12日 深夜 国連軍ユーコン基地 篁唯依自室
白銀中佐は、今晩は私と一緒に過ごすと、確かに仰った。
神宮司大尉は、アラスカにいる間は、私に譲ってくれるとのことで、今晩は私一人がお相手をする。
なにしろ、中佐のアラスカ出張が終われば、私は当分会う機会がないのだ。
ここは、大尉のご厚意に、素直に甘えることにした。
中佐が飲み会に参加している間、大尉から睦み事の作法についてご教授いただいた。
その内容は、昨晩の体験よりも激しいものだった。
道具類については、私は知識も経験も無いが、それについても教えてもらった。
どうやら中佐は、あまりその類の道具をお持ちではないらしい。
大尉の、『左近』なる道具への執着ぶりが、少し気にかかったが、なるほど、と思っただけだった。
また、『愛する人に、痛めつけられてから優しくされる事の、落差の快感』というのも興味があったが、大尉の説明では、白銀中佐は、私的な時間に女性に手を上げるのを好まれぬ、という事なので、私は遠慮しようと思う。
神宮司大尉は、特に、中佐の精液を大事にするよう、しつこく念を押してきた。
饒舌に説明する彼女の理屈はよく分からなかったが、それが作法ならそうしようと思った。
まったく理解できない感覚というわけでもないし。
さらに、中佐を喜ばせるための様々な手法を教わった。
口や手の使い方を始めとして、犬のように匂いを嗅いだり、唾液でも精でも尿でも、出されるものは極力飲んだり。
唾液や精はともかく、さすがに尿については幾分抵抗があったが、他のメンバーが当たり前のようにやっている事を、私ができないようでは、恥ずかしい。
中佐が喜ぶのであれば、私も喜んで受け入れよう。
それに、訓練兵のときに、サバイバルで虫や蛇を生で食ったことを思えば、愛する人の尿など、大したものではない。
そのように、神宮司大尉による、実に為になる講習を終えた私は、シャワーも浴びて、歯を磨いて、下着も新しいのに替え、胸をときめかせて時間を待っていた。
鏡を何度も見て、おかしい所が無いかを確認したり、枝毛を気にしたり、口の臭いを確認したりしながら、私は色々と考えていた。
第一声は何と言って迎えようか。「いらっしゃいませ」は変だし、「今宵はよろしくお願いします」だと、私ががっついているようだし。
などと、どうでも良いような事を。
だが…………来ないのだ。
飲み会が盛り上がって、遅くなったのかとも思ったが、ブレーメル少尉もマナンダル少尉も、すでに自室に戻っていた。
中佐はとっくに帰ったとの事だったが、男性用宿舎にまで押しかけることなどできない。
互いの宿舎では、異性の連れ込みは別段禁止されていないが、私からあちらに行くのは躊躇われた。
だから、今夜も私の部屋でとお願いしたのだが……。
──もう日が変わりそうだというのに……どうして、来てくださらないのだ。
もしかして、私が何か、気に障る事をしてしまったのだろうか。
それとも、もう私に飽きたのだろうか……まさか!そんな方ではない。
昨晩も、私を抱きながら何度も言っていたではないか。「うひょお!唯依タン最高!」と。
もしかしたら、これが大尉の仰っていた、焦らしプレイというやつなのかもしれない。
そうは思いつつも、最悪な想像を考えてしまい、涙が出そうになった。
時間とともに、落ち込みがひどくなっていくのを実感して、どれくらい経っただろうか。
待ちに待った、扉を叩く音。
すぐさま寝台から飛び降り、私から扉を開くと、そこにいたのは、期待通りの凛々しい姿。
私に尻尾があれば、まるで主人に会った時の忠犬のように、ぶんぶんと振っていたことだろう。
「たける……どの……」
あれだけ考えていたのに、迎えの言葉は何も出て来ず、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
「や。遅れてすまない。“不幸な誤解”のせいで、ごたごたしてしまってな」
あまり申し訳なさそうにも見えなかったが、遅れた事を咎める気は全く無かった。
それどころか、武殿と目を合わせた私は、来てくれた事への歓喜と興奮で、胸がいっぱいになった。
──ああ、この人になら、何をされてもいい。
これが、神宮司大尉の言っていた“狂う”ということか。
武殿の“不幸な誤解”と、漂う甘い匂いが少し気になったが、そんなものは後回しだ。正気に戻ってからでいい。
内心で、早く、早く、と思う私をよそに、武殿は「今日はいいものを持って来たんだ」と言って、大きなバッグから、様々な道具を取り出して、寝台に並べた。
雰囲気で、睦み事に使う道具だという事はわかったが、全て、神宮司大尉の講習には無かったものだ。
不安気な私に気付かぬ様子の武殿は、ひとつひとつ、どういう道具なのかを無邪気な笑顔で語り出した。
──だ、大丈夫だ。私は、この人になら、何をされても…………いいのか?