【第36話 おっさんとアラスカ】
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12月13日 夜 国連軍ユーコン基地 おっさんの仮巣
「おまえらといっしょなんて、いやだ」
「なんだと、テメェ!こっちこそ、お断りだ!」
イーニァとタリサが罵り合うのを見て、俺は困惑していた。
──こいつらが、これほど仲が悪かったとは。
この場には、俺と唯依と、アラスカでの参入メンバー、計6人がいる。
不知火弐型の機体チェックが順調に終わったので、アラスカで夜を過ごすのも今夜が最後。
記念として、今夜はアラスカ組全員と“パーティ”をすることに決めていたのだが、要員の内訳は、詳しく伝えていなかった。
クリスカ、イーニァのロシア組と、ステラ、タリサのアルゴス組は、お互い、俺の相手だとは知らなかった。
もちろん、俺の方針として、全員には他に相手がいる事を知らせていたが、それが誰とまでは言っていなかった。
知った顔である可能性は考えたが、まあ会えばわかるだろうと思い、黙っていたのだが……この状態は予想外だった。
この部屋に、唯依に続いて、イーニァとクリスカが来たまでは良かった。
だが、その後、ステラとタリサがやって来て、お互い顔を合わせた途端、空気が険悪になった。
そして、イーニァがさっきのように口火を切り、今は主に、ふたりで言い合いをしている。
ステラとクリスカは、喋らないが、表情が硬い。心境は同じのようだ。
俺と同じく困惑している唯依に、ひそひそ話で事情を聞いてみると、どうも因縁があるらしい。
タリサはかつて、広報撮影の際に痛い目に遭わされ、ステラはお国絡みでロシア組を敬遠している。
かつては、アルゴス組から親睦を深める交歓会に誘ったようだが、それをロシア組がすげなく対応した事もあり、これまでその仲は改善されずに来たようだ。
どうも、クリスカとイーニァの対応が悪いせいで険悪なままのようだが、彼女らは出自が出自だけに、人見知りするきらいがある。
それに、ソ連軍の空気はちょっと堅苦しいから、西側のノリについていけない所もあるだろう。
唯依は、どちらともそれなりの仲だから、板挟みを感じているようだ。
「きゃんきゃんほえるな、いぬ。だからちょび」
霞を思わせるイーニァも、嫌いな相手には結構キツイ事を言う。
クリスカはデフォルトでキツいようだが、霞も、大きくなったらキツくなるのだろうか。
……嫌な想像をしてしまった。
「テメェ……アタシを犬扱いしていいのは、タケルだけだ!」
タリサは計算か天然か、さりげなく可愛いことを言う。
昨日の犬プレイはなかなか良かった。闖入者がいなければ、あと5発は出来たのに……。
「ねえ、たける。わたしたち、こいつらよりじょうずにできるよ?おっぱらって」
俺の心の動きを読み、タリサに負けじと可愛く媚びてくるイーニァだった。
確かに、イーニァはリーディングがあるから、霞程の精度ではないが、的確に俺の弱点を突いて来る。
初めてなのに何度も飲んでくれた事や、クリスカの痴態に影響されて、色々と買ったばかりの道具にチャレンジしてきたのは嬉しかった。
その時、ステラが挑発するように口を挟んだ。
「あら、堅物のロシア女に、中佐を満足させる行為が出来るとは思わないけど。どうせマグロなんでしょ?」
彼女がこんな議論に加わるとは意外だった。
大人なステラも、結構幼稚な所があるようだ。──まあ、それは今日の夕方の逢瀬で、分かっていた事だが。
「そんなことはない。わたしは、たけるのよわいところをぜんぶしってるし、クリスカは、きのうはたけるのうえで、ものすごい(モゴモゴ)」
「イーニァ、お願いだから言わないで……」
頬を赤くしたクリスカの手で口を防がれたため、イーニァの言葉の後半は聞こえなかったが、全員、想像はついただろう。
確かにクリスカの豹変ぶりは凄かった。
委員長やみちるに近いものがあり、ノリに乗った時の様子は淫乱そのものだ。
ここに来た時、赤い顔で「か、勘違いするなよ!イーニァが心配だから来たんだからな!」とテンプレート的な台詞を吐いたのには、感心してしまった。
願わくば、あの可愛いツンぶりは、ずっと残して欲しいものだ。
とりあえず、このままでは埒が明かないので、手をぱんぱん鳴らしながら、仲裁することにした。
「はいはい、口論はそこまで」
結局、口先だけで仲良くするとは思えないので、「どっちが上手いか勝負しろ」と言って、競わせた。
もちろん、判定など引き分けに決まっているが、行為に及んでしまえばこっちのものだ。
そして、翌朝、お互いの痴態を思い出して照れくさそうにそっぽを向く4人と、それを微笑まし気に見る唯依の姿があった。
まあ、これでアイツらも、少しは仲良くなるだろう。
…………………………
<< ステラ・ブレーメル >>
12月14日 昼 国連軍ユーコン基地 PX
「ここ、いいかしら?」
「よお、ステラ。座れよ」
VGと、まだ顔が痛々しいユウヤが、昼食後の歓談をしている所に、ドリンクを持って、割り込んだ。
VGが着席を促したけど、ユウヤは引いている。理由は明白。
「なあ、ステラ。タリサとお前、中佐とデキたんだって?」
「ええ、そうよ。ユウヤから聞いたの?」
VGの問いに、チラリとユウヤを見ながら答える。
ユウヤはピクリとした。額にうっすら汗をかいている。
「おう。最初はお姫様が中佐に掻っ攫われたと聞いて、驚いたけどよ。お前らふたりまで、中佐に食われるとは思わなかったぜ。俺もヴィンセントも耳を疑ったよ」
まあ、いきなり身近な女性が3人とも、中佐と関係を持ったとなれば、彼らが驚くのも当然だ。
また、ユウヤの顔の腫れの要因についても、呆れたような感想を持ったようで、私と同じ事──さっさと口説いておけば良かったのに──を言ったらしい。
私と違って、明るく背中を叩きながら言ったそうだから、それが彼らの優しさなのだろう。
「しかし、あのタリサが、いっぱしな女の顔するようになるとはねぇ」
「中佐がそれ程の人だって事よ」
「なるほどねぇ。まあ、あの飲み会で結構やる人だとは思ってたけど、3人共とはねぇ……」
「ついでに言わせてもらえれば、あの『紅の姉妹』も、同輩になったわよ。だから、5人ね」
「「…………はぁ!?」」
同時に驚きの声を上げるふたり。
「クリスカとイーニァが……ふたりとも、か?」
「ええ」
呆然としながらも問うてきたユウヤを肯定する。
本当は、神宮司大尉を始め、日本にいるメンバーを考えると、20人近くになるのだけれど、説明が面倒になるので言わない事にした。
「あの鉄の姉妹がか……落とすとしたら、ユウヤだろうと思っていたんだがなぁ……横浜の英雄は、女方面でも英雄か」
鉄の姉妹とは言いえて妙だ。
あの容姿だから色々と言いよる男はいたけど、鼻にもかけないと評判だった。
唯一、ユウヤにだけは親しげだったから、私もVGと同じような気持ちだった。その考えは、昨晩、覆されたけど。
「て言うか、まだアラスカに来て3日目だろ?どれだけハイペースだよ。とてもかなわねぇな……」
さすがのVGも脱帽のようだ。
そこで、ユウヤが疑問を口にした。
「そういえば、タリサは一緒じゃないのか?」
「今頃、中佐の部屋で可愛がってもらってるわよ」
「そ、そうか……ステラはいいのか?」
「私は、さっきまでたっぷりしてもらったから」
「そ、そうか……」
ユウヤは、聞かなければ良かった、というように戸惑っている。
VGも、なんとなくばつが悪そうだ。
そういえば、今までこういう艶話は、VGの体験談ばかりだったけど、私たちの話は初めてだ。
VGは一日中ヤって大丈夫かよ、と、男性からしてみれば当然の心配をしたけど、中佐の底なしぶりは凄まじい。
最大回数は数えたことがないそうだ、という事を伝えると、VGは、心から感心したように溜息をついた。
白銀中佐は仕事が早いので、ここでやるべき事は全てやった。
今は、輸送機への機体搬入を行っている所だけど、その作業に貼りついている必要はない。
むしろ邪魔になるので、ヴィンセントに任せて、合間に、時折様子を見に行っているだけだ。
横浜基地の上司に許可をもらい、今日は一日中オフ扱いで、堂々と発散している。
篁中尉は、結構自由に行動できる立場だから、休暇扱いにして、中佐に付き合うつもりだったようだ。
最後の一日を彼女に独占させるのは悔しかったので、私とタリサも、駄目元で突如の休暇申請をしたところ、ドーゥル中尉はあっさり許可をくれた。
考えてみれば、下っ端ふたりの休暇くらいでVIPの機嫌が取れるのだから、当然の判断だろう。──ドーゥル中尉に知られていたのは、少し恥ずかしい気がしたが。
ロシア娘たちは、どうやったかよくわからないが、強引に押し通したようで、今、お相手中の、タリサの後に予定している。
ちなみに、その後は篁中尉となったので、彼女にしてみれば、少しお預けを食らった形になる。
順番は適当に決めたという事だったが、おそらく焦らしプレイの一貫だろう。
昨晩の“パーティ”は、あのロシア娘たちにも可愛い所がある事がわかったし、私たちの間にあったわだかまりも、結構解消されたから、実のある夜だったけど、やはり一人ずつ愛して貰うのは違う。
思う存分、彼を味わう事ができた。顔には出さないが、まだ火照りは残っている。
さて、前置きはこの辺にして、そろそろ本題に入ろう。
「ちょっとユウヤに話があるの。VG、悪いけど席を外してくれないかしら?」
「へ?そりゃまたなんで──了解。ごゆっくり」
VGを軽く見つめると、あっさり引いてくれた。
まだ睨んでいないのに、さすがに空気の読み方はユウヤより上だ。
VGが去った後、沈黙がふたりを包んだ。
ユウヤは冷や汗をかき、そわそわとしている。
しばらく時間が経つのを待ってから、私から口を開いた。
「昨日、見てたんですって?」
私の短い問いに、ユウヤは言い淀みながらも正直に答えた。
「あー、見たといえば、見たんだが……すぐに戻ったぞ」
「見聞きしたことを言いなさい」
「そ、その……ステラが、中佐を“パパ”と「そこまで」」
どうやら、一番見られたくなかった所を見られていたようだ。
昨日の夕方は、私から中佐を押し倒した形になった。
さすがに多数の女性を満足させるだけあって、テクニックもタフさも桁が違い、私は何度も、経験した事の無かった程の快感を味わい、絶頂に達した。
私の発情が一段楽ついたところで、中佐が幼児プレイを提案してきた。
抵抗はあったけど、まあ好きな人が望むならいいか、と試しにやってあげたが……これがハマってしまった。
私は自分が母性的であると思っていたし、だからこそ年下の若者が悲しんでいる姿に、胸が締め付けられて、昨日の事に及んだのだ。
しかし、私は同時にファザコンの気質があったらしい。子供のように甘えてみると、精神的にとても高揚し、興奮した。
私の隠れていた二面性は、子供と大人の両面を持つ白銀中佐に、ピタリとマッチしたのだ。
さすがに、昨晩の“パーティ”で、幼児プレイは出来なかったが、さっきはたっぷりと堪能した。
中佐も、新鮮な行為だったのでとてもご満悦だった。それはいい。
問題は、昨日のふたりだけの恥ずかしい行為を、ユウヤが覗いていた事だ。
いや、覗いたというのは語弊がある。
あの時、──おそらくユウヤも後悔の念からだろう──殊勝にも、モアイ像を投げ入れた場所に再びやってきた。
そこで、今度は私と中佐がしている所を見てしまった。
中佐は、事が終わった後、「そういえば、ブリッジスが見ていたぞ。アイツもよくよくタイミングが悪い」と、おかしそうに言っていたが、私は笑えなかった。
どうして、その時に話してくれなかったのか、と聞くと、「こっちを見てすぐに回れ右をしたし、言うとお前が冷めそうだったし」と言う答えだった。
確かにそうなので、言い返せなかったが、私にとってはそれだけではすまない。
タリサの事があったのに、外で行為に及んでしまった私たちに非があるから、裸を見られた事は諦める。
ユウヤは、言いふらすような口の軽い男ではないけど、念を押しておかないと安心できない。
「分かってると思うけど、誰かに他言したら殺すわよ?」
「殺すって……ははは、冗談きついな、ステラ」
──ハン、冗談?
「他言したら、殺すわよ?」
繰り返し、念を押した。
「イ、イエス、マム……」
これで、とりあえずは大丈夫だろう。
…………………………
<< 宗像美冴 >>
12月14日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
訓練終了後、現小隊長の3人で、打ち合わせをしている。
議題は、部隊編成について。
伊隅大尉が言うには、白銀中佐達が、明日帰還されるそうだ。
これまでの訓練内容を鑑みて、この3人で編成案を作っておくように、との事らしい。
私は、少し悩んだものの、ひとつの構成を考えた。
新任連中はどいつも、どの役割でも一人前に果たせるものの、やはり長所を生かせる所に配置するべきだろう。
案が形になりそうになった時、速瀬中尉が最初に動いた。
「人数は中途半端ですが、4小隊体制が良いかと思います。新任連中も、分かりやすい特性ですしね」
そういって、ホワイトボードに書いた速瀬中尉の案は、
A小隊:白銀、速瀬、御剣、彩峰
B小隊:伊隅、涼宮、築地
C小隊:神宮司、榊、鎧衣
D小隊:宗像、風間、柏木、珠瀬
という物だった。
この編成だと、速瀬中尉は、単なる一隊員になってしまう。
副隊長という肩書が無くなる事には、笑って歓迎していた速瀬中尉だけれど、自ら小隊長を降りる案を出すとは意外だった。
「おおよそ、私も同意しますが……速瀬中尉を差し置いて、私が小隊長というのは、どうなのでしょう」
「そんなの、気にしないでよ。中佐は何でもできる人だけど、最強の前衛なんだから、当然、隊長、兼、突撃前衛長でしょ。私とアンタじゃ、私の方が前衛向きだし」
ごもっともな理由。しかし、少し引っかかる物を感じたので、少し確認してみる。
「この編成ですと、おそらく実力から言って、白銀中佐と組むのは速瀬中尉という事になりますね」
「あッ!そこまで考えてなかったけど、……そう言われればそうなるわねぇ」
──嘘付け。
わざとらしく掌を拳でぽんと叩く速瀬中尉に、内心で突っ込みを入れた。
咄嗟に思いついた構成にしては、スラスラと滑らかな説明。
速瀬中尉はそれくらいの思考力はある人だが、新任が入ってから、ずっとこの編成を考えていたのだろう。
いや、中佐とのエレメントだけは考えていて、この場で他の構成を組み立てたのかもしれない。
どちらにせよ、魂胆は見え透いている。
伊隅大尉も、鼻で小さくため息をついたことから、私と同じ感想を持ったようだが、速瀬中尉の言にも一理あるので、その案がどのような思惑から発生したかどうかは、突っ込まない事に決めたらしい。
ちなみに、私の考えでは、
A小隊:白銀、宗像、御剣、彩峰
B小隊:伊隅、風間、柏木、珠瀬
C小隊:神宮司、榊、鎧衣
D小隊:速瀬、涼宮、築地
という、速瀬中尉、伊隅大尉、私の位置をひとつずつずらした編成だった。
立場から言えば、白銀中佐、伊隅大尉、神宮司大尉、速瀬中尉の上位者4人が小隊長であるべきだと思ったし、隊全体の指揮を取る白銀中佐の負担を減らすため、私が前衛に入る方が最適だと思った。
正直、個人的な事を言うと、中佐とエレメントを組むのはとても気分が良い。
新任が入る前から、いろいろと配置を変えての訓練はやっていたが、あの人と組んだ時は、自分の能力が最も引き出せるような感覚になる。
聞けば、全員同じような感想だったから、中佐は、人に合わせるのが抜群に上手いのだろう。
だが、速瀬中尉があからさますぎて、私の案が出しづらくなった。
私は、個人的な思惑を除外しても、最も良い案を考えたというのに、同レベルになった気分だった。
どうしたものかと思っていると、伊隅大尉が私たちを驚かせる発言をした。
「まあ、私の案も速瀬と殆ど同じだが、少し違うな。私と速瀬の位置が逆なんだ」
「「はぁ!?」」
当然、ふたりで驚きの声を上げたが、とりあえず速瀬中尉が突っ込んでくれた。
「副隊長が、隊長と同じ小隊って、ありえないでしょう……何考えてるんですか?」
「副隊長は、神宮司大尉にお任せしようと思っている」
──オイオイ。
冗談かと思いきや、真面目な顔で言っているから、おそらく大尉は本心からそう思っているようだ。
「確かに、神宮司大尉ならそれだけの能力はありますが、先任は伊隅大尉ですよね?」
「まあ、そうなんだが、神宮司大尉よりは、私の方が前衛向きだと思うんだ。ここは適正に合わせてだな」
「どちらも、そう変わらないでしょう」
「いや、細かいようだが、神宮司大尉の動きは──」
「それなら、私の方が断然──」
「いや、やはり中佐の補佐には私が──」
どう口を挟もうか迷っている内に、速瀬中尉と伊隅大尉の問答が繰り返され、段々熱くなっていったが、終わる気配がないので、ふたりを遮った。
「まあまあ、おふた方。詳細は白銀中佐が戻ってから、判断していただきましょう。我々がここであれこれ言っていても、仕方がありませんし」
「そ、そうだな。案はまとめておいて、中佐に決めていただこう」
伊隅大尉は、熱く語ったのが少し恥ずかしいようだった。
とりあえず、議題が片付いたので、中佐の話を振ってみる。
「ところで速瀬中尉。中佐は明日、帰ってこられるようですが、良かったですね。だいぶ寂しかったのではないですか?」
「そうそう、こんなに間が空いた事無かったから、もう疼いちゃって」
「そうですか……」
速瀬中尉の平然とした答えに、本当、からかい甲斐が無くなったな、と残念な気持ちになった。
この人との会話が楽しくないわけではないが、ムキになる速瀬中尉の顔は、私や隊員をよく和ませた。
最近、和み方が違ってしまったのは、仕方がない。
その要因は、言うまでもないが、白銀中佐だ。
私の白銀中佐に対する感情は、自分でもよくわからない時がある。
少し前までは、その見境の無さっぷりを除いて、ただ、尊敬できる人だった。
だが、最近、気になる事が出来た。
私は、白銀中佐に冗談でも「今晩どうだ?」という言葉をかけられたことがないのだ。
伊隅大尉も、軽口ではあったが、個人的に誘われた事がある。
全員に向けたお誘いで、そこに私も含まれていたことはあったが、それは数に入らないだろう。
もちろん、誘われたとしても、断るに決まっているし、先日までは気にも留めなかったことだ。
それが、先日の祷子の打ち明け話から、気にかかるようになった。
祷子は、どうも寂しさから、私を『メンバー』に引き入れたいと思ったようで、中佐に相談したらしい。──大きなお世話もいい所だが。
しかし、中佐は祷子の望みを制した。つまり、私は、彼に女性として見られていないということになる。
今の中佐のお相手は、どれも美女揃い。
だが、私とて、それほど悪くないと思っているのだが、中佐はお気に召さないらしい。
速瀬中尉、柏木、築地、涼宮茜、麻倉、高原。
この6名のように、私から言えば受け入れられるだろうとは思う。
もっとも、そんな気は全く無い。
いや、全くないからこそ、気になるのだ。
私は、女として、それほど魅力が無いのだろうか、と……。
…………………………
<< ユウヤ・ブリッジス >>
12月14日 夜 国連軍ユーコン基地 滑走路
「白銀中佐、神宮司大尉に対して、敬礼!」
ドーゥル中尉の号令で、一斉に、横浜からの客人に、敬礼をする。
立場から言えば、この基地の司令や高官もここに居てしかるべきだっただろうが、そのような挨拶は、司令室で済ませたらしい。
ここにオレたちだけが居るのは、短い滞在の間、アルゴス小隊と最も付き合いがあったということで、ドーゥル中尉がわざわざ設けたらしい。
おそらく、2度に渡る、オレと中佐との喧嘩沙汰を気にしてのことだろう。
中佐は不問にするとの仰せだったが、オレの腫れた顔を気にしたドーゥル中尉に話したところ、彼は額に手をあてて、天を仰いでいた。──まあ、もっともな反応だ。
ご機嫌取りというだけではないだろうが、オレとしても、人生観を変えた男には、きちんと締めたいという思いがあったので、渡りに船だった。
「たけるぅ……」
白銀中佐と神宮司大尉の答礼が終わると、イーニァが寂しげに口を開いた。
そう。何故か、クリスカとイーニァもここに居る。
しっかり者のクリスカが居ることから、上に無断で来たという訳ではないようだ。
ドーゥル中尉も何も言わないことから、彼も承知の上だろう。
ということは、ソ連上層部も、白銀中佐に媚びるつもりで、広報の対象になるくらいの、自軍の奇麗所の参列を許可したのかもしれない。
すでにお手付きだとまでは、気付いているかどうかわからないが。
「シェスチナ少尉。白銀中佐、だ」
「あう……ごめんなさい、しろがねちゅうさ……」
この辺の徹底した所は、篁中尉からの惚気話で聞いた通りだ。
イーニァにまで徹底させるとは思わなかったが、このあたりが、彼の言葉を重くしているのだろう。
「ビャーチェノワ少尉と仲良くな。言われるまでもないだろうが」
「フン、当然だ……」
クリスカはどうも素直な感情を見せないようだが、子供が拗ねているように見えるのは、穿ちすぎだろうか。
いや、中佐が微笑み、クリスカは頬を赤くして、さらにそっぽを向いた。
やはり拗ねているのだろう。
「白銀中佐、お世話になりました」
「それはこちらの台詞だよ、ブレーメル少尉」
続いて、中佐はステラと会話をした。
大人ふたりの会話に見えるが、ステラが昨日、外で幼児──いや、これは考えるのも止めておいた方がいいだろう。
「中佐……また、会えるよな?」
「マナンダル少尉……当たり前だ。いつかはわからないが、お前たちの事は忘れないよ」
タリサの顔は、こいつもこんな顔をできるのだな、と言いたくなるほど、『女』だった。
あのガサツなお転婆に、あの顔をさせるという点だけ見ても、白銀中佐は尊敬に値する。
「白銀中佐。お疲れ様でした。弐型をよろしくお願いします」
そして、篁中尉が他人行儀な挨拶をした。
イーニァですら、馴れ馴れしい呼び方を許さなかったのだ。
当然といえば当然だろうが、彼女には、中佐の惚気話をしていた時の面影は無かった。
おそらく、心で繋がっているだろうふたりを見ると、オレの心はまだ痛むのだが……きっと、時間が解決してくれるだろう。
恋人たちへの挨拶の後、中佐は意外にも、オレたち男衆にも声をかけた。
ヴィンセントは、その腕前を見込まれ、「横浜に来ないか?」と真剣に誘われて、断りはしたものの、感激は隠せないようだった。
一流の衛士に見込まれることは、メカニックとして本望だろう。──だが、ヴィンセントまで取らないでくれ、と、思ったのは内緒だ。
ヴァレリオは「女遊びはほどほどに」という忠言をされ「中佐にはかないません」と返したが、「俺のは全部本気だ」と、さらに返された。
そしてふたりは笑い合い、握手をした。やはり根っこは同類なのだろう。
そして、オレには──
「ブリッジス少尉」
「はっ」
「短い間だったが、分かった事もある。貴様には見込がある。精進しろ」
「はっ。ありがとうございます!」
ヴィンセントの感激ぶりは笑えない。
世辞かもしれないが、他の3人の衛士は言われなかったことだ。
ここは、素直に受け取ろう。
中佐は、さらに、説教臭くなるが、と前置きして、言葉を続けた。
「視野が狭くなるから、あまり国の事を気にするな。俺たち軍人の力は、全てBETAに対して注がれるべきだ。難しい事はわかっているが、理想はそうありたいとは思わないか?」
「はっ……オレも、そう思います。……心から」
数日前なら、オレも素直にその言葉を受け入れられなかっただろう。
だが、白銀中佐の滞在で、オレの価値観は木端微塵になった。
篁中尉にしても、オレが国の事をあれこれ悩んで足踏みしていたから、取り返しがつかない状態になったのだ。
痛い教訓として、オレもこれから考えを改めようと思う。
そして、彼の言う理想。青臭いといえば青臭いが、彼はそれを実践している。
取引材料として、もっと高値を付けて良いほどのXM3を、──もちろん只ではないだろうが──、普及させることに力を入れているらしい。
そのあたりの事情を知ったのは、つい数時間前、ドーゥル中尉から聞かされた時だ。
女だけにうつつを抜かしている印象が強かったが、世界をより良い方向へ向かわせる努力を痛感し、オレは目から鱗が落ちた気分だった。
オレも、まだまだ若僧だ。まだ、再出発出来る余地はあるはずだ。
彼のように、とまでは言わないが、見込みはあると言ってくれたのだ。彼を目標として精進しよう。
そして、白銀中佐と神宮司大尉は、タラップを上り、機体の中へと姿を隠し、不知火弐型を乗せた輸送機の編隊とともに、空に上って行った。
いつしか、女性陣は全員、空を見上げて涙を流していた。
中でも、タリサとイーニァが、寄り添って慰め合っていた。
こんな姿など、想像もしなかったことだ。この光景は、中佐が残した、ささやかな置土産かもしれない。
だが、彼女達の寂しげな様子を見て、オレの中に、不謹慎な思いがよぎった。
直後、ヴィンセントがオレの内心を読んだような事を口にした。
「なんだか、根こそぎ持っていかれた気分だ」
「「……同感だ」」
オレはVGとハモった。
…………………………
<< おっさん >>
12月14日 夜 太平洋上空 将軍専用輸送機内
行きと同じく、帰りも、この快適な輸送機を使わせて貰っている。
違うのは、唯依が居ないことだ。
さすがに帰りは結構だと断ったのだが、「どうせ帰りの燃料を使うなら、同じことです」と言うことだった。
2名の操縦士は、3日間、アラスカで寛いだことだし、まあ誰も損をしていないのだから、悠陽の言葉に甘えるのも良いだろう。
ここで、今回のアラスカ出張を総括してみよう。
アラスカでは思った以上に収穫があった。
念願の鼻フックを始め、数々の大人の道具。
第一目標は達成できた。
第二目標は唯依だったが、これが最初にクリアできた。
他にも、クリスカ、イーニァ、タリサ、ステラ。
どの女も、俺の好みに一致する──まあ、好みと言っても、幅が広いのだが。
しかしながら、『左近』を失ったのは痛恨だった。
あの時は、まるで十年来の戦友を失った気分だった。
昨晩の“パーティ”は、サブからメインに昇格した『撃震』が、活躍した。
過酷な運動量だったが、さすがに耐久性には定評のある撃震だ。
買っておいて良かったが、やはり左近とは使い勝手の桁が違う。惜しい奴を失くしたものだ。
左近を手にかけたブリッジスは、あの時は本当に殺してやろうかと思ったが、俺やメンバー以外にとっては、左近はただのモアイ像。
あれだけボコボコにした理由が、「モアイ像捨てたから」じゃ、さすがに俺の立場が悪いので、大事な人の形見だととれる表現をした。
悲しかった事は確かだし、あれでブリッジスもかなり反省していたから、勘弁してやろう。
ステラも、悲しげな俺が琴線に触れたようなので、いただくストーリーを作らせてもらった。
転んでも只では起きない男。それがこの俺、白銀武だからな。
まあ、彼女に言った事はすべて本当だし、大げさに言っただけなので、もし唯依あたりから真相を知られても大丈夫なはずだ。
しかし、“この”世界でも、結局ブリッジスとは悶着が起こってしまった。
演習で戦ってみて、ブリッジスはA-01にひけを取らないほどの腕前は持っていた。
状況判断も的確で、曲者揃いのアルゴス小隊をうまくまとめており、米軍の戦い方の長所、帝国軍の戦い方の長所をそれぞれ吸収した、良い衛士だった。
“前の”世界で、いい年こいて中尉どまりだったのは、きっと唯依と懇ろだったせいだろう。
日系人とはいえ、生粋の米国人で中尉というのは余程ヘタレなのかと思っていたが、上に嫌われていたからとなれば、腕の割に地位が低い事の説明になる。
XFJ計画が完了してもアラスカに居たのは、唯依がいたから、国連軍への慰留を希望したのだろう。
そうすると、俺は結構良いことをしたのかもしれない。
これで、“この”世界では、アイツもXFJ計画が終了すれば、米軍へと戻り、出世するだろう。
顔も整っているから、多少、根暗な所に目を瞑れば、奴を好む女も多いはずだ。
そして、唯依は、“前の”世界と違って、アラスカに遺留する理由は無い。
XFJ計画もほとんど完了な状態だから、去就の希望を、巌谷中佐から聞かれていたようだ。
俺が唯依を落としていなければ、“前の”世界のようにアラスカ残留を申し出ただろうが、日本へ帰る道を選ぶという意思は、今日、本人から聞いた。
もう少し先になるだろうが、唯依との再会を楽しみにしていよう。
他の4人については、理由がつけば横浜基地へ招聘したい所だが、難しいだろう。
アルゴスのふたりは、アイツ等が転属を希望すればなんとかできるだろうが、ロシア組は組織が違うからな……。
オルタネイティヴ絡みでなんとかできるだろうか。
しかし、私情を挟みすぎる事になるし……まあ、焦っても仕方がない。基地に帰ったら、じっくり考えよう。
「たった3日なのに、随分長い時間を過ごしたように思えるな」
「それは、お盛んだったからでしょう。私も、まさか3日の出張で5人も追加なさるとは思いませんでした」
「ははは、俺も同感だ」
まりもに皮肉の色はなかったが、さすがに少し呆れているようだった。
「滞在中は寂しい思いをさせたかな?」
「いえ、思ったよりもご一緒できましたので、それほどは」
まりもとは、まとめて時間はとれなかったが、小休憩でちょくちょくやってはいた。
もちろん、アラスカの自然に包まれた青姦も、実施済みだ。
やはり、アレは開放感があって良い。
「その分、今からじっくり、してくださるのでしょう?」
そう言って、妖艶に流し目をくれたまりもに、股間が刺激された。
──うーむ。やはり、良い。
癖は強い──というか、強すぎるが、大人の妖艶さの中にも可愛い所を持つまりもは、とても魅力的だ。
「もちろん、そのつもりだ。……そういえば、その荷物はどうしたんだ?」
行為の前に、搭乗した時から気になっていた事を訊ねてみた。
来る時には、持って無かったはずだが。
「ええ、PXで良いモノを見つけたんです。あそこは、横浜と違って色々とあるんですね。お国柄でしょうか」
そう言って、まりもがバッグから取り出したモノを見て、俺は血の気が引く思いだった。
……それは、俺が購入を取りやめた、鞭の『陽炎』、蝋燭の『不知火』、浣腸具の『吹雪』……。
固まる俺をよそに、まりもは、嬉々として話し出した。
「中佐は、私に手を上げるのが駄目みたいですので、道具ごしならどうかと思いまして。それと、『竹御雷』というよく出来た置物があったので、奮発して買っちゃいました。あれはバッグに入らないので、弐型のパーツに紛れさせて──」
とりあえず、『吹雪』だけは処分させよう、と心に誓った。