【第37話 おっさんの帰姦】
<< 神宮司まりも >>
12月15日 午前 国連軍横浜基地 廊下
夕呼の執務室へ向かうすがら、私は中佐と会話を交わしていた。
「この基地も、いい雰囲気になったな」
「ええ、やはり先日のBETA襲撃が効いたのでしょう」
「そうだな……」
中佐は、嬉しいような、悲しいような表情で答えた。
嬉しいのは基地の現状。
悲しいのは、それに費やした犠牲を思っての事だろう。
我々が乗って来た輸送機の編隊に対して、仰々しい程の警戒態勢。
先日のような“事故”が起こっても即座に対応可能だろう。
トライアルの翌日、すぐにアラスカへ発った為わからなかったが、基地全体の士気は上がり、覆っていた後方意識は無くなったようだ。
また、基地の上層部にいた、親米追随派や楽観論者達は、一掃された。
彼等は更迭され、その空いたポストに、国連軍の各戦線に居た、たたき上げの将校が着任した。
この状態こそが、夕呼が望んでいた事だろう。
あの“事故”で犠牲となった将兵の命は痛ましいが、その死は無駄にはなっていないと思う。
この基地の状態には満足したが、私個人としては、少し不満が燻っていた。
──せっかく買ったのに……。
『吹雪』は、問答無用で捨てられてしまった。
『陽炎』『不知火』『竹御雷』は、処分を免れたものの、使用厳禁と言い渡された。
中佐の気が変わらないかぎり、私の部屋の添え物となりそうだ。
まあ、中佐が本気で引いたのはわかったから、無理強いして嫌われたくない。
たまにぶってもらうことで、我慢しよう。
自分をなんとか納得させた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「白銀中佐!」
バインダーを持ったピアティフ中尉と、社が駆け寄ってきて、中佐を直視して──はい、予想通り。
数秒、その状態を堪能させてやった後、わざと大きく咳ばらいをする。
「オホン!」
ふたりともビクっとして正気に戻った。
──まったく、あれほど伝えたのに……。
昨日、アラスカを発つ前に、通信で警告したはずなのに、やはり信じてくれなかったようだ。
夕呼にも、ちゃんと対策を伝えるよう、お願いしていたのに──いや、夕呼が言ったからこそ、彼女は信じなかったのかもしれない。
「お、おかえりなさい、中佐……」
「おかえりなさい、白銀さん……」
正気に戻ったふたりは、そう呟いたものの、目を潤ませて、顔を赤くしていた。
ふたりとも、こっちに一瞥もくれないのは、気持ちはわかるが、少し寂しい。
おかえりくらいは、私にも言ってくれても──と思った。
「ああ、ただいま。ふたりとも、これから、ハンガーか?」
「ええ、整備班に、XM3の換装と、調整の指示をしに行くところです」
中佐の問いにはピアティフ中尉が答え、社は、コク、と頷いただけだった。
「そうか、よろしく頼む」
「ええ、では、“先に”行ってますので」
「またね……」
「あ、ああ……」
そう言って、ピアティフ中尉と社は、揃って格納庫に向かったが、中佐は、少し引いていた。
──そりゃ、あんな顔向けられたらね……。
別れ際のふたりの顔は、それまでの笑みが消えて、能面のようだった。
目だけは爛々と光っているから、中佐がそうなるのも、無理はない。
──けど、私も、あんな顔してたのかしら……?
自分の状態はわからないが、煌武院殿下も、篁中尉も似たようなものだったから、たぶんそうなのだろう。
「しかし、先に行くって、何だ?ハンガーに来いって事か?」
「いえ、おそらく──」
首をかしげた中佐に、私は彼女達の意図を伝えた。
…………………………
12月15日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
夕呼の執務室に入室し、形式にのっとり、敬礼をした。
「白銀武、ただいま帰還しました」
「神宮司まりも、ただいま帰還しました」
夕呼は、手元の書類を見ながら、だるそうに答えた。
「おかえり~。はるばる、御苦労だったわね」
答礼が無いのはいつもの事。
「いえいえ、あちらさんが協力的でしたので、つつがなく終わりましたよ」
「でしょうねぇ」
XM3に関する問い合わせは、情報公開以来、世界中からひっきり無しとの事だ。
私も、ある程度想像はしていたけれど、これほどXM3に価値が出るとは思っていなかった。
一端とはいえ、プロジェクトに携わった事を誇らしく思い、それを作り上げた目の前のふたりに、改めて敬意の念を抱いた。
夕呼は、書類を見たまま手招きして、別の用紙を手渡してきた。
「はい、辞令書。今からアンタたち、正式にA-01に配属ね」
「「はっ」」
昇進以来、私たちの所属は『副司令付き』という曖昧なままだったが、これで正式に、元教え子達と肩を並べることになった。
正直言うと、白銀中佐の副官、という立場が無くなったのは、かなり惜しかったが。
「それじゃ、今後の話をしましょうか。──まりも、席を外してくれる?」
「はっ」
これから、私には聞かせられない機密レベルの話をするということだ。
「中佐。先に、ブリーフィングルームへ行っております」
「ああ、連中に弐型の説明でもしていてくれ」
「了解」
──弐型の前に、あの子達にもちゃんと忠告しないとね……無駄かもしれないけど。
そして、ふたりに敬礼をして退室したが、夕呼は最後まで手元の書類を見たままだった。
その態度に、いつもならば苦言を呈する所だけど、今日ばかりは、突っ込めなかった。
…………………………
<< 香月夕呼 >>
まりもが部屋から退出するのを目で追った後、ふたたび手元の書類──どうでもいい内容が記載されている──に、目線を落とし、白銀に声をかける。
「00ユニット、起動させるわよ」
「ほぉ、いよいよですね。今日ですか?」
「そうね。……ユニットの安定はすぐに可能だったわよね?」
「ええ、その日のうちにでも」
「なら、明日にしましょう」
「わかりました」
白銀は今日は忙しい“はず”だから、時間が取れない日に起動させても意味が無い。
それに、佐渡島への侵攻作戦までは、まだ日がある。
“前の”世界の情報から、00ユニットが、凄乃皇を使いこなせるまでの時間は分かっているから、明日起動しても十分間に合う。
その後の予定は、00ユニット起動後に判明する状況によって、流動する。
理想は、この横浜基地の反応炉から、BETAの情報を得られる事と、鑑からの情報流出が阻止できる事だ。
反応炉もBETAの一種、という説を聞いた時には驚かされたけれど、“前の”世界はそれが判明した直後に00ユニットが停止してしまったから、反応炉から情報が取得できるかどうかは、定かではない。
もし情報が取得できれば、佐渡島攻略の成功確率は、飛躍的に高まる。
もっとも、あのハイヴは、“前の”世界で、白銀が一度攻略済みだし、“今回”の条件は“前回”よりも整っているから、よほどのヘマをしない限りは、上手く行くだろう。
本当は、ハイヴの構造情報が得られれば、一気にオリジナルハイヴを攻めたい所なのだけれど、先に実績を作る必要がある。
よって、まず佐渡島を攻略する方針は変わらない。
それよりも、後者の条件──鑑からの情報流出阻止──の方が、よほど重要だ。
流出阻止が可能なら、佐渡島攻略後、オリジナルハイヴに攻め入るまでの時間的余裕が出来るが、もし流出してしまうのならば、事を急ぐ必要がある。
BETAの情報伝播モデルは、オリジナルハイヴを頂点とする、箒型構造。
凄乃皇の対策が各ハイヴへ伝播されてしまう可能性があるから、最悪、佐渡島を落としてすぐ、あ号標的を視野に入れなければならない。
そうなれば、いちかばちかだ。
理論的には、情報流出は無いはずだけれど……人類の命運がかかっているだけに、楽観視は出来ない。
それに、XM3の成果で時間は稼いだとはいえ、“期限”が迫っているのは確かだから、悠長にもしていられない。
ただ、情報が流出したかどうかだけは、確実にわかるそうだから、そこだけは助かる点だ。
そのあたりの方針を白銀と再確認した後、数日間、この男に突っ込みたかった事を伝えた。
「アラスカで5人だったわね。呆れたというかなんというか……」
3日の出張だから、最高でも3人だろうとなんとなく思っていたが、さすがは予想の遥か斜め上を行く白銀だ。
5人──いや、殿下を入れれば6人。現実離れしすぎだ。
「巡り合わせというやつですよ。──その件で、少しお話があるんですが」
「なによ?」
珍しく、惚気話でもするのかと思いきや、白銀は、ソ連軍のふたりの出自について言及した。
「オルタネイティヴ3の遺産が、まだ残っていたとはね……テストパイロットにしてるって事は、ソ連も扱いに困ってるのかしら」
「俺も、そんな所だと思います」
相当な凄腕との事だが、それほどのエース級を後方で暢気にテストパイロットをさせ続けるという事は、前線に送って戦死されるのが惜しいからだろう。
それに、しょせんは単騎。一局の戦いで戦況をひっくり返すほどの存在ではないし、リーディングはスパイとして役に立てるほどの精度ではないようだから、他に使い道が無かったと見える。
「なら、こっちで引き取ろうかしら」
「いいんですか?」
「すぐにとは行かないでしょうけど、ソ連にだってXM3を渡すんだし、喜んで引き渡すと思うけどね」
XM3で買うようなものだけれど、この程度は貸しにも感じないはずだ。
元々、オルタネイティヴ4が接収してもおかしくない存在だし。
「彼女達の意向も聞いておきたいですね。片方は、同胞の為に戦術機開発に当たっているのを、誇りに思っていますので」
「それじゃ、聞いておきなさい。どのみち、当分先なんだから」
「了解」
腕が立つというなら、A-01に編入させてしまうのも手だ。
白銀が落としたなら、こちらを裏切る事も無いだろうし。
──そういう意味なら、もうふたりの方も見込があるわね。
「アラスカで手篭めにした残りの女……アルゴス小隊だっけ」
「言葉が悪いですねぇ。俺たちは、ただ愛し合っただけです」
「フン、同じ事じゃない。……まあ、いいわ。そっちも、呼びましょう」
悪態を返したが、アルゴス小隊の女も、白銀に心酔しているならば、駒として使えるはず。
同じ国連軍だから、ソ連のふたりよりも呼びやすいだろう。
「随分、気前がいいですね。よろしいので?」
「ささやかなプレゼントよ。ありがたく受けておきなさい」
「優しいですね──と、言うと思ってるんですか?」
白けたように言葉を続けた白銀を、つい見てしまいそうになったのをなんとか堪え、訊ね返す。
「あら、どういう事?」
「あからさまなんですが……まあ、いいでしょう。戦力としては確実に使える奴等ですしね」
流石に、お見通しらしい。
もっとも、この程度の口上で誤魔化せるとは、微塵も思っていなかったが。
招聘については後日、となったので、最後に“本当の厚意”を伝えた。
「A-01は全員、今日は休暇与えといたからね」
「さきほど、神宮司大尉から聞きました。流石に大げさと思いましたが」
「無駄になったって、別に気にしないわ。どの道、連中も溜まってるでしょうから、スッキリさせてあげなさい」
「なら、ありがたく頂戴します。──では、そろそろ失礼します」
白銀が扉から出る直前、念を押す。
「夜までには、終わらせなさいよ」
今晩は、私のものだから。──という意を含ませた。
「了解」
そして、白銀が出て行ったのを確認して、大きく溜息をついた。
──下着、換えなくちゃ。
まるで、さんざん愛撫を受けたような状態で、立てば垂れそうなほど濡れてしまっている。
まりもの忠告通り、目は合わせなかったというのに。
──このあたしが、ここまで……なんて男。
そして、最後まで視線を向けない私に、一言も突っ込まない白銀が、少し憎らしかった。
…………………………
<< 榊千鶴 >>
12月15日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
白銀中佐と会うのも話すのも、久しぶりだ。
考えてみれば、あの人と直接顔を合わせるのは、クーデターの時以来で、トライアルの時は通信越しに話したきりだった。
それでも、そんな気があまりしないのは、ここ最近、中佐の話題ばかり聞かされていたからだろう。──生々しい惚気話とともに。
それはさておき、私は今、混乱していた。
──これ、どういう事?
私と神宮司大尉を除き、全員、頬を上気させて、ぼうっとした表情で、中佐を見ている。
というより、見とれている。
──もしかして、ああするのが、普通なのかしら?
この時私は──そんなわけがあるはずないのに──皆のようにするのが軍紀と思い、顔から気を抜き、中佐をぼんやり見てみた。
もしかしたら、見とれるほど格好良いのだろうか、と思いながら。
──うーん。別に、普通よね……恋人じゃない人も同じ雰囲気だし……なんなのかしら?
混乱しながらも、皆に合わせて、そのまま中佐を見続けていると、隣で立っていた珠瀬が頭を振って、普段の表情に戻った。
珠瀬の動作に合わせるべきかどうか迷っていると、それまで何の反応も示さなかった神宮司大尉が、大声で号令を発した。
「気を付けェ!!」
その言葉に、全員はっとなり、背筋を伸ばす。
すぐに、伊隅大尉の号令が続いた。
「敬礼!」
中佐と大尉の答礼が終わると、空気が戻った。
──今の、何だったの……?
訳がわからなかったけれど、私の困惑をよそに、伊隅大尉と白銀中佐は会話を交わす。
「出張、お疲れ様でした、白銀中佐、神宮司大尉」
「貴様も、留守番、ご苦労だったな。伊隅」
「いえ、とんでもありません」
──この人も、こんな表情を浮かべるのね……。
中佐のやわらかい笑みは、とても自然に見えた。
「おかえりなさい、中佐」
涼宮中尉を皮切りに、恋人たちが皆、中佐に近寄って声をかけた。
「私も行ってたんだけどね……」
と、いつの間にか少し離れて立っていた神宮司大尉が、苦笑いしていた。
確かに、この歓迎ぶりは、さっきの神宮司大尉に対するものとはだいぶ違う。
まあ、神宮司大尉は、歓迎する前に、『白銀中佐を直視してはいけない。特に、目を合わせてはダメ』など、妙な注意を始めてしまったせいだと思うけれど。
「お、お疲れ様でした。神宮司大尉」
「榊……ふふ、ありがとう」
わざとらしいかな、と思ったけど、大尉は、私の言葉を素直に受け取ってくれたようだ。
ああ、やっぱり、この人は他の人たちと違って──
「神宮司大尉は、別にお疲れじゃないでしょう?肌がえらく艶々してますよ」
「あら、速瀬。わかる?昨晩から、だいぶ“充電”させてもらったのよねぇ。やっぱりふたりきりだと、凄いわ。何せ──」
──同類だった。
神宮司大尉だけは、猥談に加わらないだろう、と思っていた……いや、願っていたのだけれど、それは空しく打ち砕かれた。
「全員で顔を合わせるのはこれが初めてだが、自己紹介は、今更必要ないだろう。新任連中については、これからはお仲間だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」×5
白銀中佐の改めての挨拶に、気を取り直して答えた。
中佐の雰囲気は、訓練の時とだいぶ違った。──いや、これが、先任たちが言っていた、本来の中佐の態度だろう。
少し、むず痒い気持ちがした。
「今日は、全員休暇だから、挨拶だけだ。明日から扱いてやるから、十分休んでおけよ」
「はい!」×14
中佐の扱きを思うと、また気が重くなった。
なぜか、休暇扱いになっているから、訓練の疲れを癒しておこう。
「それと、伊隅、神宮司、速瀬、宗像の4名は、夕食後、ここに集合しろ」
「了解」×4
小隊長クラスを集めるということは、ここ最近、色々と配置を変えながら試していた事から、編成についてだろう。
そして、中佐が解散を告げ、ぞろぞろと退出しようとした時、速瀬中尉の声が耳に入った。
「あ、中佐。“先に”行っていますから」
ふと、声のした方向を見ると──
「ひっ──」
私は、その光景に息を呑んだ。
速瀬中尉、涼宮中尉、風間少尉、茜、柏木、築地の6人が、能面のような顔で、中佐を凝視していたのだ。
目は異様に光を放っている。
──皆、さっきまで、笑顔だったのに……。
中佐も相当驚いたらしく、額に汗をかきながら、「お、おう……」と答えた。
明らかに腰が引けていたけど、笑う気になれなかった。
私が、あの視線を直接受けていたとしたら、腰を抜かしていただろう。
及び腰でも、一歩も動かずに返答をしただけ、中佐は尊敬に値した。
──いったい、何が起こってるのよ……。
口に出さない問いには、当然、誰も答えてくれなかった。
…………………………
<< おっさん >>
12月15日 午前 国連軍横浜基地 廊下
メンバーはともかく、“全員”が俺に秋波を送ってきたのは、どういう事だろうか。
先任が、俺の訓練の意図を伝えた?──いや、それくらいの言いつけくらいは守るだろう。
さっきからずっと考えていたが、理由が思いつかなかった。だが──
「立ったフラグは回収せねばなるまい」
どのような理由であれ、俺に気があるのなら、それがブスか男でない限りは、いただく。
それが、漢の道であり、愛の神たる俺の、とるべき行動だろう。
そしてそれが、彼女達の純粋な求愛に報いる、唯一の方法のはずだ。
みちるも宗像も、俺を男として見ているとは思っていなかったが、心に決着を着けてやるのが、情けというやつだ。
正式にターゲットへ切り替えよう。
なに、みちるの相手は、他に美女が3人もいる鬼畜野郎だし、宗像の相手は──よくわからんが、きっと他に女を作るはずだ。
世の中男不足だから、宗像が懸想するほどの男なら、女に困る事は無いはず。
元207Bも“全員”、脈がありそうだし、ここは答えてやるべきだな。──男として、かつての戦友として。
委員長がちょっと微妙な気がしたが、きっと自分の感情に戸惑っているのだろう。
最も好感度が低いのは、たまのようだし、それでも十分、すぐ落とせるレベルだ。
“前の”世界では、俺が一途君で甲斐性が無かったから、長い間寂しい思いをさせたが、今回はそんな思いはさせない。
それが、“前の”世界で散った、アイツ等に報いる道でもあるはずだ。
そうこう考えているうちに、ドアの前まで来た時、心に緊張が走った。
──いる……。
俺の部屋の中に、多数の気配がある。
扉からは、どんよりとしたオーラが漂っている。
間違いなく、この部屋にいるのは、8匹の獣だ。
──入らなきゃ、まずいだろうなぁ……。
さっきは、夕呼がくれた休暇に大げさだと思ったが、……もはや、そんな楽観はできなかった。
皆の顔を思い出すと、背筋が凍る。
ひとりひとりならまだ可愛げもあるが、それが全員となると相当怖いものがある。
引き返したくなったが、部屋の中には霞もいる。
逃げたら、もっと怖い事になるだろう。
──仕方が無い。腹をくくるか……。
と、俺は覚悟を決めて、扉を開けようとした──が、ノブに触れる直前、扉が音を立てて勢い良く開き、同時に、多数の手が、ぬっと、俺に向かって伸びてきた。
「ひっ──!」
その情景は──まさに恐怖。BETAの群れの方が、よっぽどマシだ。
手の向こうに見える恋人たちは、揃って無言で、うっすらとアルカイックスマイルを浮かべている。
目はもちろん、完全にイってしまっている。
「誰か、助け──」
条件反射のように、情けない助けを求める声が出そうになったが、あっというまに口を塞がれ、部屋に引きずり込まれ、服を剥ぎ取られ──その後の展開は言うまでもないだろう。
俺は、昼食を取ることも許されず、日が暮れるまで、狂った女達に犯され続けた。
…………………………
<< 宗像美冴 >>
12月15日 夕方 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
少し疲れた様子の白銀中佐と、肌が艶やかで上機嫌な速瀬中尉、普段通りの神宮司大尉。
そして、複雑な心境の私と、私と同じような心境と思われる伊隅大尉の5人が集まり、会議が始まった。
「こちらが、我々が考案した編成です」
まず、伊隅大尉が、白銀中佐を直視せず、発言した。──そう。目線は決して合わせてはならない。
ホワイトボード上には、我々が昨日考えた、3案。
中佐は、それを少し眺めた後、「ふむ……」と言って、一番上の案に、ペンで×印を付けた。
「とりあえず、これは、没な」
「あっ……!」
伊隅大尉が思わず声を上げる。
「ん?これ、伊隅が考えたのか?貴様も、こんな時に悪ふざけをするようになったか。だが、もうひと捻り欲しかったな」
「は、はぁ……申し訳ありません」
「「くくく……」」
私と速瀬中尉は、沸きあがる笑いを堪えた。
そりゃ、冗談と思うだろう。
神宮司大尉は、少し呆れた顔をし、伊隅大尉はしょんぼりしている。
──こんなに可愛い反応をする人だっただろうか。
そういう目で見れば、伊隅大尉もだいぶ変わったように見える。
私も……そうなのだろうか。
「大体の構想は良いな。俺も、明確な構成案が有ったわけじゃないから、明日から、この2パターンで試そう」
この場で決定する訳ではなかったようだ。
中佐が言い終えると、神宮司大尉が挙手した。
「中佐。発言よろしいでしょうか」
「言ってみろ」
それは、没にした伊隅大尉の案の、伊隅大尉と神宮司大尉の位置を入れ替えたものだった。
「私は中佐とのエレメント経験は豊富ですし、隊長役はブランクがありますので、速瀬と宗像の方が上手くやるでしょう」
もっともな説明だが、おそらく魂胆は速瀬中尉と同じ。
今更、意外には思わないし、むしろいつ言い出すのかと待っていたくらいだ。
しかし、速瀬中尉がそれにぬけぬけと返した言葉には、流石に呆れた。
「神宮司大尉なら、訓練兵を率いておられましたし、少し訓練を経れば問題無いでしょう。それに、神宮司大尉を差し置いて、中尉の私が小隊長という訳にはいきません」
──オーイ。
それは、昨日私が速瀬中尉に言った台詞と同じで、順列など気にするな、と一蹴したのは誰だっただろうか。
順列を言うなら、速瀬中尉だって小隊長になるのだが……これがダブルスタンダードというやつだろう。
速瀬中尉と神宮司大尉の口論に発展しそうになったが、中佐がいちはやく制して、まとめた。
「まあ、この部隊は特殊だから、先任、後任であまり硬く考えなくてもいいだろう。神宮司の案も加えて、とりあえず3案、試してみるさ」
結局、小隊長をお互いに押し付け、提案者は中佐のエレメントのパートナーに納まろうとする図式になっていた。
私も傍から見れば同じだが、彼女達とは意図が違う、と思っていたが……結局のところ、私も伊隅大尉も、速瀬中尉と根っこは同じだったのだろう。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
12月15日 夜 国連軍横浜基地 伊隅みちる自室
寝台の上で仰向けにになり、目を瞑って自分の気持ちを確認する。
──まずいな。
分かってしまった。
私は、白銀中佐が好きだ。──男性として。
午前、ブリーフィングルームで再会したとき、中佐を見て我を忘れた自分を疑った。
そして、さっきの会議で、再び認識させられた。
いつからか、わからない。
もしかしたら、初対面の時から、根付いていたような気もする。
「正樹……どうしたらいいのよ……」
思わず、情けない声が出ていた。
考えても考えても、答えが出そうに無いので、悩むのは中止した。
気分転換に、数日ぶりに自慰行為をしようと思った。
中佐と速瀬が、プンプン性交臭を振りまいていたのだから、結構ムラムラしていたのだ。
──今日は、中佐を思い浮かべたくないな……。
でも、浮かべてしまうんだろうな、と諦観し、スラックスを脱ごうとしたとき、
「宗像です。いらっしゃいますか?」
ドアを軽く叩く音と、宗像の声。
──あぶない、また見られる所だった。
「入れ。……どうした?」
少し冷や汗をかいたが、さすがにいつしかの涼宮と違い、宗像は礼儀──いや、常識を弁えている。
宗像は入室したものの、めずらしく言い淀んでいた。
その様子で、内容は察した。今日の宗像は、私と同じ態度だったから。
黙って宗像の言葉を待っていると、しばらくして、恐る恐る口を開いた。
「確認させていただきたいのですが……大尉は、中佐を?」
「……ああ。お前もだろう?」
「まさか、自分が、こうなるとは……信じられません」
「私もだ……」
お互い、他に思う男がいながら、白銀中佐に惹かれてしまった。
自分が尻軽とは思わなかったが、現にふたりの男を愛してしまっている。
これほど複雑な心境になった事は無い。
「大尉は、どうなさるおつもりですか?」
「わからない。……お前は?」
「同じです……」
答えなど、そう出せるものではない。
ただ、間違いなく思っている事を口に出した。
「私は、今、中佐に口説かれたら……おそらく逆らえん」
「私もです──まあ、私はその心配はありませんが」
「ん?どういう事だ?」
宗像は、苦笑いしながらも、自分が一度も誘われた事が無いと、口にした。
「おいおい、それなら私だって、軽口で誘われたのが、一回だけだぞ」
宗像の言葉で、私も自分の女としての自信がぐらついた。
考えてみれば、正樹にも女として意識されていないのだ、私は。
「男勝りなのが、悪いのだろうか」
「はぁ。確かに我々は、他の連中より、中性的というか、男性的ですが」
私たちと同じく、短めの髪である柏木や涼宮茜は、可愛らしさを残している。
速瀬は、男勝りという点では良い勝負だと思うが、髪型やプロポーションから、女性を強く意識させるだろう。
比べて、我々は──
「「はぁ~」」
私たちは、様々な気持ちを込めて、同時に溜息をついた。