【第38話 おっさんの誕生日プレゼント】
<< ユウヤ・ブリッジス >>
12月16日 午前 国連軍アラスカ基地 PX
オレは今、頬杖を突いて、4人の女性の“勉強”姿を眺めている。
たぶん、オレは、つまらなさそうな顔をしているはずだ。
「ワタシノナマエハ、すてら・ぶれーめるデス。ヨロシクオネガイシマス」
「ワタシノナマエハ、くりすかデス。ヨロシクオネゲイシメス」
「クリスカ。『ヨロシクオネガイシマス』だ」
クリスカの発音が変だったので、指摘を入れる。
「そ、そうか……日本語は、発音が難しいな」
その隣では、タリサとイーニァが会話している。
「フツツカモノデスガ、スエナガク、オネガイシマス」
「いーにぁハたけるヲアイシテマス」
「そんな言葉は、もっと基本を覚えてからにしろ」
まあ、言うまでもないだろうが、この4人は、いつかの訪日のために、日本語を勉強中だ。
白銀中佐が帰国した日から、勉強会を空き時間に行う事になり、今日で3日目。
本来は、篁中尉が教師役のはずだが、さきほど呼び出しを受けたので、不幸にも、そこそこ日本語が話せるオレに、代役として白羽の矢が立ったのだ。
日本語は、父親を尊敬していた頃、母から教わったし、自分でも勉強した時期があった。
それが、こんな時に生きるとは、皮肉なものだ。
「ん~。日本語って難しいなぁ。ケンジョウゴにソンケイゴにテイネイゴ。文字だって、カンジ、ヒラガナ、カタカナ……先が見えねェ」
タリサが少し凹んだ。
まあ、気持ちはわかる。
「日本語は、世界でも覚えにくい言語の上位だろうな。さしあたり、文字はヒラガナ、会話は単語を覚えれば、結構通じるだろう」
「そうか!」
陰鬱な空気から一転して、ぱぁっと顔を明るくさせたタリサだった。
実際はそんなに簡単なものではないし、オレとて、日本人と日本語で会話した事など、篁中尉とのデートもどきの時、おふざけでしたくらいだが、タリサの陰気を呼び戻すのもなんなので、黙っておいた。
それに、タリサの物覚えは意外と良いので、訪日までには結構使えるようになっているかもしれない。
いや、他の3人も、3日目にしてだいぶ単語を覚えている。
おそるべきは、恋の一念だろう。
「そんなにムキになって覚えなくてもいいンじゃねーか?中佐は英語が堪能だったし、翻訳ならヘッドセットつけりゃいいだろ」
茶々を入れたヴァレリオだったが、アイツの気持ちもわかる。
最初は、互いに疎遠だった女性連中が、仲良く勉強している姿が新鮮で微笑ましかったが、3日目になると飽きてくる。
ヴィンセントも、メカニック連中と云々、という言い訳で、あまり寄らなくなってしまった。
「バーカ、あっちに永住するかもしれねーだろ。今からやっといて損はねーの」
そのタリサの言に、ステラは軽く頷いて肯定の意を示した。
ふたりとも、大人しく“現地妻”に甘んじるつもりは無いらしい。
イーニァは無邪気に勉強しているようだが、根本は同じだろう。
クリスカは、「イーニァの付添いだ!」と吐き捨てるが、その割には一番熱心に見える。
だいたい、顔を赤くして言っても説得力がないのだが。
ヴァレリオは反論するでもなく、タリサの言を繰り返しただけだった。
「永住、ねぇ。──おっ、お姫様がお戻りだぜ」
後半の言葉に、全員が入口の方を振り向き、篁中尉の姿を確認した。
呼び出しの用件は、意外と早く終わったようだ。
彼女は、軽い足取りでこちらに近づくと、笑みを浮かべた。
「諸君、朗報だ」
そして、その口から呼び出しの内容が語られた。
それは、横浜基地の白銀中佐からの通信で、本人が転属を望むなら、あちらから招聘要請を行うとのことだった。
ヤリ捨てするような男じゃないとは思ってはいたが、こうも早く手筈を整えるとは。
それに、同じ国連軍のステラとタリサはわかるが、ソ連軍のふたりにまで影響できるとは、さすがは世界レベルの有名人。
「ただし、相当な激戦区に放りこまれる事は覚悟するように、と念を押された。時期はもう少し後になるそうだから、数日以内に去就を定めておくように、と仰っていた。どうする?」
さらに、一旦あちらに転属すれば、他の部隊に異動できるとは、考えない方が良いと付け加えた。
それほど、機密性が高い部隊に配属される、ということだ。
本来ならば、軍人としての将来を決める大事な判断なはずだが、女性連中は歯牙にも留めなかった。
「考えるまでもねェ。行くに決まってる!」
「同じく」
「クリスカ、いくよね?」
「……イーニァがそう言うなら、仕方ないわね」
クリスカの台詞だけ聞いていると、しぶしぶという風だが、顔が赤いのは今更で、誰も突っ込まなかった。
「よ~し!さっそく転属手続きしようぜ!」
タリサが飛び出ようとした。
まだ招聘されてもないのに、それは気が早すぎるだろうに。
「待ちなさい。急いで手続きしたって、転属日が早くなるわけじゃないわ」
さすがはステラ。冷静──
「それに、もう書類はあるわ。はい、タリサのぶん」
「おお、さすがステラ!」
そういって、懐から各用紙を取り出し、タリサに渡した。
タリサはすぐにペンで必要事項を書きだしたが、ステラはそれを微笑ましく見るだけ。
その手元を見ると、彼女自身の分は、すでに記入済みだった。
思わずヴァレリオと顔を合わせ、苦笑いを交わした。
「なんにせよ、この集まりも、見られなくと思うと、寂しくなるなぁ」
「そうだな……」
ヴァレリオとオレのつぶやきに、篁中尉の意外な言葉がかけられた。
「ジアコーザ少尉と、ブリッジス少尉も、希望するなら招聘するそうだが?」
ヴァレリオは少し考えた後、自らの意向を示した。
「篁中尉以外のヤマトナデシコに興味はあるけど、俺は遠慮しとくよ。日本に行ったら、白銀中佐の引き立て役にしか、なれそうにないしな」
オレも、同感だ。
これは男としての直感だが、白銀中佐は、無意識に、他の男を道化に落とす才能がある。
また、ヴァレリオは言わなかったが、彼はいずれ、イタリアの地に帰りたいと思っているだろう。
その理由を言わなかったのは、同じく祖国を失ったステラとタリサの、望郷の念を呼び起させないため。
さりげない、ヴァレリオの気遣いだろう。
「ユウヤはどうするんだ?」
「オレは、国へ帰るさ。元々、XFJ計画のために出向していたんだからな」
タリサの問いには、キッパリと返した。
国に戻ることは、篁中尉が白銀中佐と付き合っている事を思い知らされたとき、決めていた。
中佐が誘ってくれるということは、オレたち全員の腕も買ってくれたからだろう。
彼は、私的な感情だけで配属を決めるような、甘い男ではない。
その誘いは嬉しかったし、彼の元で働くのも勉強になりそうだが、日本に居れば、白銀中佐と篁中尉の仲睦まじい姿を見る事もあるだろう。
我ながら女々しいとは思うが、一緒に行けばいつまでも後ろを見てしまいそうだ。
だから、オレはヴィンセントとともに、合衆国に帰る。
「へぇ……ユウヤ、米国に戻るんだ?」
そう微笑んだステラの目は、笑っていなかった。
刺すようなプレッシャー。
──大丈夫。帰っても、『あの事』は、他言しない!
オレの内心の誓いが聞こえたのか、プレッシャーが無くなった。
本当に、恐ろしい女だ。
「タカムラ、うらやましいの?」
「あ、ああ……少し、な」
イーニァが篁中尉に訊ねたが、彼女は厭味で言ったわけではない。
中尉もそれがわかっているから、苦笑で留めたようだ。
昨日まで、帰国が決定していた篁中尉を羨んでいた4人だが、逆に彼女から羨まれる立場となった。
篁中尉は同じ日本国内に戻るとはいえ、所属組織が違うから、そうそう会えはしないだろう。
対して、他の4人は、中佐と同じ部隊に配属されるそうだから、羨むのも当然だ。
だが、わざわざ念を押して付け加える位だから、激戦区というのは嘘ではないはず。
極東の最前線たる日本にある、佐渡島ハイヴ。そこに突入することもあり得る。
「お前ら……死ぬなよ」
オレの真剣なつぶやきには、全員、微笑みで返してくれた。
…………………………
<< 榊千鶴 >>
12月16日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ
ヴァルキリーズ全員でのハイヴ突入想定訓練が終了し、隊長たる白銀中佐から、評価が下されている。
「──それと、新任はS11の起動タイミングが早いな。設置、起動はもっと効率的にしろ」
「はい!」×5
訓練兵時代なら罵倒と暴力が襲ってくる所だったが、これが正規兵としての扱いらしい。
あの不名誉な“TACネーム”で呼ばれなくなったのはありがたいけど、うかつな事をしでかすと、厳しい怒声が飛ぶのは同じだった。
ただ、恋人でもそれ以外でも、平等に怒鳴るので、その点はさすがというべきか。
「ハイヴ演習とS11についてはカリキュラム外だったから無理もないが、数日中には慣れておけ。──ああ、鎧衣は上出来だ。初めてで、この中で一番上手くやるとは思わなかった」
「はい、ありがとうございます!」
頬を上気させて喜ぶ鎧衣。
訓練兵のころ、その劣等感から、中佐を殴りかかった──それも、中佐の差し金らしいけど──事もあったが、その技能が活かせる状況になった。
確かに、あの時中佐が言った通り、ハイヴ内での鎧衣の危機察知能力は頼りになり、工作系の技術も活きている。
──逆に、私の指揮って活かせなくなったのよね。
当然ながら、この部隊には私よりも優れた指揮官が、少なくとも5人いる。
白銀中佐、伊隅大尉、神宮司大尉、速瀬中尉、宗像中尉。それに、茜も指揮官適正は高い。
特に、白銀中佐の指揮力の高さは、クーデターの時に実感した事だけれど、今日の訓練で、再度、思い知らされた。
一番前で一番忙しく戦っているのに、しっかりこっちのミスを見つけるほど、ひとりひとりをよく見ている。
軽口を叩く余裕もあり、同じ年だというのに、彼との差は、何十年もの開きがあるように思えた。
その中佐は、私の能力を中隊長レベルと評価してくれたけど、私に指揮役が回ってくるときは、あの人達が“いなくなる”時だ。
もちろん、そんな時はずっと来ない方が良いのだけれど、自分の特徴が失われたように感じて、以前の鎧衣の気持ちがわかった。
気持ちが沈みそうになったとき、白銀中佐から名指しで指摘があった。
「榊。隊長ではなくなったからといって、手を抜くな。小隊長でなくても、進言は出来るだろう。新任だからと言って遠慮してはならん。それは、他の者も同様だ」
「は、はい」
内心を見透かしたような、もっともな指摘。
こういう所が、一番かなわないなと思う。
「俺は午後から特殊任務がある。後は伊隅に任せてあるから、しっかりやっておけ」
「はい!」×14
「では、解散」
…………………………
12月16日 昼 国連軍横浜基地 PX
昼食は、だいたいヴァルキリーズ全員で採るのが、慣習だ。
昨日は、中佐の恋人8人が、“諸事情”でこれなかったので、15人が揃って採るのは初めてとなる。
私たち新任にとっては、中佐と食事を採る事自体が初めてだ。
幾分、緊張はあるけれど、今日の訓練を見る限り、そう堅苦しいことにはならないだろう。
実は、先任も、中佐と食事を採るのは今日が初めてと聞いて、なんとなく予想はしてたけれど……『メンバー』間で牽制が始まり、誰も着席しない。
もちろん、中佐がどこに座るのかを見計らっているのだろう。
「中佐、ここどうぞ~!」
と、築地が緊迫した空気を読まずに、あっさり抜け駆け。
牽制し合っていたメンバーは、一斉に苦い顔をしたものの、涼宮中尉だけは、静かに素早く移動して、築地の席の二つ隣にさっさと座り、残りのメンバーを、さらに苦い顔にさせた。抜け目が無い。
「おう、すまんな。じゃ、いただこう」
渦中の中佐は、緊迫した空気くらい気付いただろうに、そう言ってさっさと着席して、合成クジラの竜田揚げにかぶりついた。
立っていた面々も、それを見て頭を切り換え、席に着き、食事を始めた。
中佐は何も言っていないのに、統率のとれた事だ。
しかし、あれだけ散々いちゃいちゃしてるのに、隣で食事するだけの事に、大げさすぎる。
まあ、いちゃいちゃと言っても、彼女たちの惚気話だけだから、実情は知らないが。
私的な時間は相当甘く、中佐にも可愛い所や年相応に見える時があるとの事だが、全く想像がつかない。
食事をしながら、ふと、非メンバーの6人──伊隅大尉、宗像中尉と、元207B──を、ざっと見まわす。
──やっぱり、皆、白銀中佐に気があるのよね。
昨日の顔合わせの時の、妙な状況を一晩考えたけれど、それ以外に説明がつかない。
伊隅大尉、宗像中尉、御剣、彩峰の4人はそう意外でもなかったけど、鎧衣と珠瀬までとは。
珠瀬はやや微妙な所だけれど、やはり孤独感はある。
──わたしひとり、か。……本当、この人のどこが良いんだろう?
顔はまあ、ちょっとチョップ君に似てるけど、二枚目な方。
茜の言っていた、顔や性格や能力云々についても、わからなくはない。
しかし、あれほど大勢の女性に、平然と手を出せるというのは、何度考えても、信じられない感覚だ。
さらに、アラスカ出張の間に6人追加となったらしく、ますます呆れた。
もし、私以外が全員落ちたとしたら……22人!?
──何考えてんの、まったく。王様にでもなったつもりかしら。
ふと、中佐と目線が合いそうになり、ばつが悪くてあわてて目線をそらした。
私の白けた目線に、気付いていなければ良いのだけれど。
そこへ、伊隅大尉が発言した。
「ところで、部隊の呼称は、いつまで伊隅ヴァルキリーズなのですか?」
確かに中佐は、訓練の時「この伊隅ヴァルキリーズは──」と言っていたから、私も気になった。
中佐は、租借したものを嚥下し、答えた。
「ん~?変える予定はない。正式にはA-01だし、呼び慣れてるから伊隅ヴァルキリーズでいいじゃないか。隊規も変えないし」
「ですが、それは……」
大尉は戸惑っている。
隊長でもないのに、部隊に名前が残るのは憚られるだろう。
「抵抗があるなら、ヴァルキリーズだけにするか?」
「は、そうしていただけると」
伊隅大尉がほっとした所で、宗像中尉が皮肉な笑みをうかべて、軽口を口にした。
「いっそ、白銀ラヴァーズとか、白銀ハーレムではいかがですか?」
「はは、もし全員そうなったら、呼称をそれに変えようか」
──冗談じゃないわよ……!
中佐の発言が冗談だということはわかったけれど、思わず怒りで顔が湯だち、憤慨しそうになった。
ただ、私ひとりを残して、全員そうなるのだろうな、という気持ちもあった。
そして、食事も大方終えた時、ふと気付いた。
いつもは、メンバーの面々が、猥談に興じていたはずだけれど、この昼食時間、それが無かった。
休憩の時も、白銀中佐が居るときは控えていた。
まあ、中佐のシモネタ発言に対してのやりとりはあったが、いつもの内容に比べれば、お子様レベルの内容だ。
不審に思ったけれど、理由はすぐに想像でき、納得できた。
好きな男の前で、赤裸々にシモネタを話すのは、女として抵抗があるからだろう。
いつもは私の苦言に、「猥談くらいで引いていると、他部隊に笑われる」と言っていたくせに、いざ男の前となると、これかと呆れてしまった。
とはいえ、あの、非メンバーにとっての疎外感が無くなるのだから、白銀中佐がいるという事は、思った以上にありがたいかもしれない。
…………………………
<< 香月夕呼 >>
12月16日 午後 国連軍横浜基地 実験室
「──移植率100%。これで、起動するはず」
そう言いながら、わずかな緊張とともに、量子電導脳へ接続されたケーブルを外し、00ユニット──鑑純夏の頭髪を整えてやる。
この場には、私と社と白銀の3人。
社は、少し不安気。対して、白銀は真剣な顔つきで、じっと鑑の顔をみつめていた。
その心中は、どのようなものだろうか。
この瞬間、鑑は生物学的に死んだ事になる。
一度経験した事とはいえ、大事な幼馴染がそのような状態になったというのに、悲し気な様子はない。
──っと、また見過ぎた。
無意識に白銀を見つめていたため、胸がざわついた。
昨晩の“夜伽”で、かなり発散できたため、やや薄れたものの、うさん臭い神々しさは、未だに健在だ。
どうも白銀・弐型(本人がそう呼べとの事だ)は、前よりやりづらくなった。
私とまりもの様子から判断すると、あの鬱陶しいフェロモンも、慣れればある程度平気にはなるようだ。
さすがに、昨日の状態が続けば、仕事にならないし、A-01のメンバーも戦えないだろう。
作戦までには、全員、慣れて貰わなければ困る。
「純夏さんが、起きます」
社の報告で、思考を戻す。
鑑は、まぶたをゆっくり開きはじめていた。
その目に光はなく、虚ろで何の感情も顕れていないが、モニターで状態を確認して、自然と頬が緩んだ。
──やったわ……!
私は喜びを抑えられなかった。
成功はほとんど保証されていたようなものとはいえ、念願の瞬間だ。
とうとう、長年の悲願である、00ユニットが完成したのだ。
数式を手に入れてからこの方、焦れる思いだった。
「純夏……」
白銀は鑑に呼びかけ、顔を包みこむように、彼女の頬にそっと掌を添えた。
その顔は、とてもはかなくも、優しい微笑み。
正直、鑑と変わりたいと思った。
「あ……うう……」
「へぇ……」
鑑の反応で、私は感嘆の声を上げた
目覚めたばかりで記憶が混乱して、状況も定かではなかろうに、もう反応するとは。
さすがは、世界を超えた運命の間柄。
「副司令。あとは、俺が」
そう言ってこっちを向いた白銀は、まさに“男”の表情で、思わずゾクゾクしたのを抑えつけた。
昨日抱かれてなければ、ここで押し倒すところだ。
最近では呆れる事ばかりの白銀だけれど、こうして時々、私をとろけさせる。
「ええ、よろしく。状態は常時モニターしてるけど、いいわね?」
「もちろん。──ですが、悶々としても今日は我慢してくださいよ」
「ばーか。さっさと連れて行きなさい」
ヤれば安定する、と聞いた時は馬鹿馬鹿しく思ったが、今考えてみれば、あんな虚ろな状態の女を抱いた所で、興奮する男はいないだろう。
よほど強い愛情がなくては、とてもできない事だ。
まったく、忌々しくも──愛しい男だ。
…………………………
<< おっさん >>
12月16日 夕方 国連軍横浜基地 おっさんの巣
通信で夕呼を呼び出し、ストレッチャーを持ってくるよう頼んだ。
すやすやと眠った純夏の隣に腰掛け、思いをはせる。
──こういう状態の女を抱くのも、なかなか乙なモノだったな。
いわゆるマグロ状態の純夏だったが、これはこれで興奮した。
なんとなく、睡眠薬で前後不覚にした女を、勝手に抱いているような感じがして、俺のS精神が刺激された。
愛情を込めて丁寧に愛撫して、ゆっくり優しく抱いたものの、興奮を抑えるのが大変だった。
そして、頃合いを見て、俺が取り出したのが、手作りのサンタうさぎ。──っぽい、木製のディルドー。
この日のために、木片から、コツコツとナイフとヤスリで作り上げたのだ。
“前の”世界でも一度作ったから、2回目とあって、結構奇麗に作れた。渾身の一作だ。
サイズは自分のを見ながら作ったから、結構大きいが、ちゃんとほぐしたので問題ない。
また、前回の反省を生かし、耳は柄の部分にした。
なにしろ、片方の耳が曲がっているから、前回は引っかかって、かなり痛そうだったのだ。
それでも、「これがいいの」と、“死ぬ”ときまで大事に使っていた純夏は健気だったが、ユニット停止の一因になった事は確かだろう。
今回は、ちゃんと入れる事を想定して作ったから、効果はバッチリだった。
本当は誰かで試用して、出来を確かめたかったが、これは純夏のためのプレゼント。後でアイツに知れたら、不機嫌になるから、ぶっつけ本番は仕方がなかった。
まあ、結果オーライという事で良いだろう。
そして、サンタうさぎに記憶が刺激され、徐々に反応をするようになった純夏は、最後には“生まれて”初めての絶頂を経験し、精神に負荷がかかってODLが劣化し、スリープモードに入った。
これから、夕呼や霞がODLの交換をしてくれる。
“前の”世界と同じなら、明日には、“いつもの”純夏と会えるだろう。
眠る寸前、純夏はこっちを認識して、「タケルちゃん……」と呟いて微笑んでいたから、九分九厘大丈夫だ。
時計を見ると、まだ余裕があった。
今晩は、夜通しヤるつもりだったが、“前の”世界よりも純夏の反応が早かったのは、俺のパワーアップによるものかもしれない。
その時、ノックの音がしてすぐ、「入るわよ」と、こちらの返事を待たず、扉が開いた。
もちろん、夕呼だ。
霞とともに、ストレッチャーを転がして入室した夕呼は、まっ先に純夏を見て、感心そうに口を開いた。
「あらまあ、すやすやと幸せそうに。状態も見てたけど、本当にヤるだけで安定させるとはね」
「ヤるだけとは人聞きの悪い。愛情を注入したと言ってください」
「はいはい。……まったく、こんな状態の女に興奮するとはね。アンタの鬼畜度を見誤ってたわ」
宣言した通りにやっただけなのに、なぜか忌々しそうに言われてしまった。
「何か、お気に障ることでも?」
「いーえ。見直して損しただけよ。……いつまで素っ裸でおっ立ててるのよ。さっさと服着なさい」
見慣れた状態のはずだが、そこは乙女心というやつだろう。
どの道、今の夕呼は、不機嫌だか上機嫌かよくわからないので、逆らわない方がいい。
しかし、夕呼の言った通り、純夏相手では本気も出せなかったので、不完全燃焼でいきり立っている。
ここは、誰かに──
「白銀さん、私が……」
そう言って、年に似合わぬ色っぽい顔をして、霞がふらふらと近付いてきた。
「社は駄目よ。これからメンテナンスなんだから、他をあたりなさい。女はいくらでもいるでしょう?──ああ、ピアティフも駄目だからね」
リーディングも無いはずなのに、俺たちの意図を悟った夕呼にぴしゃりと止められて、霞は不満そうに俺を──俺の股間を見つめていた。
「わかりました。俺も今日は──」
──今日?今日って、他に何かあったような。…………あ!
「では、純夏はお願いします」
そう言って、そそくさと服を着直し、俺は急ぎ足で外に出た。
霞は俺の思考を読んで、少し呆れたような、寂しそうな目で、こっちを見ていた。
…………………………
<< 御剣冥夜 >>
12月16日 夜 国連軍横浜基地 グラウンド
「精が出るな」
「中佐……!」
夜の走り込みをしている所、白銀中佐から声をかけられた。
慌てて敬礼する。
思わぬ会合が嬉しかったが、私は今、汗をかいてしまっている。
背中に風を感じたので、急いで風下に回った。
「どうした?」
「い、いえ──足元に何かいたようですが、勘違いでした」
「そうか」
臭い女と思われるくらいなら、変な女と思われたほうがマシだ。
だが、風下に回ったことで、以前に神宮司大尉の部屋で感じた精臭が、私の鼻をついた。
午後は特殊任務との事だったが、それが終わって、どなたかとまぐわったのであろうか。
寂しさを感じたが、それは今更の事だ。
「して、何か御用でしょうか」
──何を言っているのだ。私は……。
言った瞬間、後悔した。
用がなくとも、言葉を交わせばよいというのに。
だが、中佐は、私がすげなく言ってしまった事には気にしたふうもなく、答えてくださった。
「特に用はないが、ひとこと言いたくてな。今日は貴様の誕生日だったな。おめでとう」
想像外の言葉に、私はあっけにとられそうになったが、どうにか答えを返した。
「ありがとうございます。御存じでいらしたとは思いませなんだ」
「経歴を見た時、俺と同じ生年月日だったからな。記憶に残ってたんだ」
──同じ日?
「お互い、これでめでたく18というわけだ」
「左様でしたか。18と仰っていたので、とうに過ぎているものかと思っておりました」
「四捨五入だ。いちいち『もうすぐ18』『今年で18』とかも変だろ。それに17だとお前らより1個下みたいだ」
「ふふ、然り」
この方と、同じ年月日に生まれた事に、運命的な物を感じた私は、ずうずうしいであろうか。
と思った時、白銀中佐はふ、と笑みを浮かべて私を焦らせた。
「俺たち、運命的な関係なのかもしれないな」
「お、お戯れを……」
もしかしたら、私は、口説かれているのであろうか。であれば、このような汗を掻いている時でなくとも良いのに。夕食後に歯は磨いたから、口臭は大丈夫だと思う。最初は優しくしてくださるそうだが、場合によっては激しいというから、そっちの覚悟も──
「なあ、御剣──」
「はい!」
思考が暴走したところを中佐に遮られ、返事の声が裏返った。
羞恥を感じた私をよそに、中佐はまじめな顔で私に問うた。
「お前、護りたいもの、あるか?」
頭を切り替え、私も真剣に答える。
「は……。月並みではありますが、この星……この国の民……そして日本という国です」
「……うん。お前らしい、良い願いだ」
かみしめるように、私の答えを評してくれた。
心が浮き立つのを抑え、私も中佐に訊ね返した。
「中佐には、おありでしょうか」
「ああ、あるぞ」
「お聞きしてよろしいでしょうか」
「地球と……全人類だ」
──なんと、すばらしい……。
月明りに照らされた中佐は、神秘的な神々しさに溢れていた。
そして私は、この英雄を前に、彼に寵愛されたいという低俗な心を恥じた。
この方は、言葉だけではなく、それを実践している。
私の頼りない想いとは、比べるべくもない。
そして、その後、いくつかの言葉を交わした後、中佐は戻られてしまった。
わざわざ私に言葉をかける為に、かような時間に来てくださったのはありがたいが、一抹の寂しさを覚えた。
──やはり、私は、……あの方をあきらめられぬ。
昨日の顔合わせで、痛感したのだ。私は、白銀中佐を愛している──と。
20人近くも他に女性がいようと、それは私の想いを損なうものではなかった。──仕方のない人だ、と思うが。
彩峰なども、中佐が、他に相手がいることがわかった時から悩んでいたようだが、随分すっきりした顔をしていた。
あれは、私と同じく覚悟を決めたのであろう。
大胆な所がある彩峰の事だから、そのうち自ら中佐に言い寄ってもおかしくはない。
──だが、私は……。
…………………………
<< おっさん >>
12月16日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣
──ちょっと意地悪したかなぁ?
だが、反省はしていない。
恋人の中で優劣をつけているわけではないが、やはり冥夜は特別な存在。
アイツとは、じっくりと歯が浮くような恋愛を楽しんでから、お付き合いをしたい。
よって、フラグを立てまくる事にしたが、純夏の事で、誕生日イベントを発生させようと思っていた事を忘れていて、慌ててグラウンドに出たのだ。
誕生日の夜に、意味ありげな会話。
これで冥夜タンもメロメロって寸法だ。
“元の”世界ならともかく、“この”世界では、自分から俺に言い寄ってくるような奴じゃない。
お願いされるのも悪くないが、やはり女は自分から落とすものだ。
それが、あと一押しで落ちる状態であったとしても。
残るは、冥夜を含めて7人。皆、俺の愛を受けるべき女たち。
誰から落としたものか……今日の昼食の様子からすると、委員長もいいな。
目が合ったら、照れて視線を反らしていた。
それに、「全員がハーレムになったら」という仮定も、顔を赤くして照れていた。
そういえば、“前の”世界で、「武になら、初めての時は無理やりされたかったな」と、よく呟いていたのを思い出した。
冗談めかしてはいたが、アレはマジだった。その願いをかなえてあげるのも良いかもしれない。
ただ、あれは散々やりまくり、ドMに目覚めた後の感想だから、今、それを鵜呑みにしてやってしまうと、背後から刺される可能性がある。
委員長は、今更言うまでもなく、超が付くほどのドMだが、まだその萌芽はない。慎重に、かつ大胆に事にあたる必要がある。
さて、まだ夜も更けたばかり。
冥夜と話して、俺のマグナムは滾るばかりだ。
こういう時は、最後にやってから一番時間が経った女の所に行くのが常道だが、昨日は一斉にやったからなぁ。
──そうだ。水月と遙で、豚ごっこしなきゃ。
道具を買った事で満足して、大事な目的を忘れてどうする。手段と目的がごっちゃになっていた。
せっかく買った鼻フックや道具は、帰ってから使っていない。
昨日は犯されるがままで、出しようがなかったのだ。
道具といえば、『左近』がなくて良かったかもしれない。
あれば、多恵あたりが間違いなく俺に突っ込んでいただろう。
そこで、ある考えがひらめいた。
──アイツ……まさか、これを予期して、自らユーコン川に……?
投げ入れたのは間違いなくブリッジスの暴挙だが、何かと俺を守ってくれた左近だ。
その神通力で、ブリッジスに投げ入れさせたのかもしれない。──いや、きっとそうに違いない。
──何も、ユーコンで眠らなくてもいいのに……不器用な奴だ……。
瞼が熱くなったので、上を向いて涙があふれるのを堪えた。
──左近。今日のプレイはお前に捧げよう。
そして俺は、遙と水月と一緒に遊ぼうと、道具を抱えて部屋を出たが、少し歩いたところで出くわしたのは──
榊……千鶴。
どうやらこれが、今年の俺への誕生日プレゼントらしい。