【第39話 おっさんの再会】
<< おっさん >>
12月17日 早朝 国連軍横浜基地 おっさんの巣
何者かにゆさゆさと体を揺すられ、俺は眠りの世界から、強引に現実へと引き戻された。
陽光の眩しさに堪えながら目を開き、俺を起こした相手に焦点を合わせる。
そいつは、俺が声を出す前に、にっこりと朗らかな笑みを浮かべて、口を開いた。
「おっはよ!タケルちゃん!」
「おーす……」
俺は、毛布にくるまったまま答えた。
時計をちらりと見ると、まだ起床にはだいぶ早い時間だ。
「もう!感動の再会なんだから、もうちょっと、こう、なんかないの!?」
「いや、再会は昨日じゃん」
「もぉ~!」
純夏らしくて安心するが、相変わらず、朝からテンション高い。
ひとまず惰眠はあきらめて、寝台に腰かけると、純夏はこちらをじろじろ舐めるように見たあと、ふたたび笑顔を浮かべて、言った。
「オジサンになったタケルちゃんも、シブくて格好良かったけど、こっちの方がしっくりくるね」
「……お前、“前の”世界の記憶があるのか?」
「うん!」
「そうか……」
“前の”世界の純夏には、“元の”世界の記憶もあった。
ということは、“この”純夏に、“前の”世界の記憶があっても不思議ではない。
それは、夕呼からも可能性を示唆され、俺も薄々想像していた事だ。
そして純夏から、昨晩、ODLの交換後に確認した事を聞いた。
まず、横浜基地の反応炉から、BETAの情報採取に成功したこと。
純夏は“前の”世界で得た情報も持っていたが、その情報は“20年後”の情報なので、あまり役には立たない。
これで、現時点での情報が得られたので、今後の作戦にも生かせるということだ。
また、純夏からの情報流出も、今のところその気配はなく、夕呼の情報プロテクト装置が効いている模様だ。
つまり、夕呼の懸念していた事項は、すべて上手く行っている。
夕呼も霞も、明け方までメンテナンスや情報整理を行っていたらしいので、今は眠っているそうだ。
さぞかし、良い夢見だろう。
安堵の溜息をついたところで、純夏が目を細めて訊ねてきた。
「ねえ、タケルちゃん。今、女性関係どうなってるの?」
「んー。面倒だ。リーディングしろ」
一から説明するのは面倒だし、純夏の事だから、いちいち茶々を入れてきそうなので、そう言ったが、意外な言葉が返ってきた。
「えー。夕呼先生に、読めないようにして貰ったからダメだよ」
バッフワイト素子か。
まあ、これだけ安定していれば、通常の生活でリーディングは無い方が良い。
“前の”世界でも、読めてしまう事が苦痛の様子だったから、もっともといえる。
結局、人数と、それぞれといつ結ばれたか、どういうプレイをしたかを、説明させられた。
「そっか。私、20人目かぁ……」
「19人目ということにしてくれ。委員長は内緒にしてくれだとさ。まだ恥ずかしいらしい」
「ふーん。珍しいね」
クリスカに近い反応だが、確かに珍しいケースだ。
昨日はほんの少し、思い切って強引に行ってみたが、最初は抵抗した“フリ”をしていたが、すぐに乱れるようになった。
さすがは、隠れたエロさでは群を抜く委員長。
だが、柏木に言わないとローテーションが組めないのだが……まあ、あの恥じらいが消えるのも時間の問題だろう。
それまでは、気が向いたらヤってくれ、ということか。
「ところでタケルちゃん、これ見て~」
そう言って純夏は、誇らしげに自分の襟元を指差した。
少尉の階級章が光っていた。
「おや。もう夕呼先生のOKが出たのか?」
「うん。大丈夫だって」
純夏は、夕呼から俺への指令を言付かっていた。
A-01への紹介と、凄乃皇・弐型の説明、シミュレータによる訓練、佐渡島侵攻作戦への概要説明を行うように、とのことだ。
丸投げしてくるとは思わなかったが、彼女は朝まで作業していたのだから責められない。
「純夏。わかっていると思うが、任務中は名前で呼ぶなよ?示しがつかないからな」
「もちろん!軍隊方式も、慣れたからね」
“前の”世界では、「タケルちゃん」と呼ぶのがなかなか抜けず、よくスリッパではたいたものだ。
本来なら拳で殴る所なのだが、量子伝導脳に悪影響が出てはいかんと思い、代替としてそうしたのだが、まわりは、その特別扱いを不公平に感じたようだ。
部下も、純夏の特殊性は承知していたので、それくらいで結束が緩む事はなかったが、きちんとできるに越したことはない。
そして純夏は、表情をひきしめて背筋を伸ばし、本人はビシッとしているつもりの敬礼をした。
「白銀中佐。鑑純夏少尉、本日をもって特殊任務部隊A-01に着任致しました!」
「貴様を歓迎する。鑑少尉」
俺も答礼したが、こっちは下着姿なので、かなり無様だ。
純夏もそれに気づき、お互いプっと笑い合った。
「あ、夕呼先生がね。午後の訓練が終わったら執務室に来いって。『覚悟しておきなさい』って言ってたけど、タケルちゃん、何かしたの?」
「覚悟?なんだろ……」
──今更、なんの覚悟だろうか?
純夏が起きる前は、夕呼も普段通りだったから、純夏が何か話した後の事だろう。
とすると、“前の”世界の情報か。
“前の”情報で、夕呼が怒ることと言えば……
……
……ま
……さ
……か。
「な、なあ、純夏……もしかして、“前の”世界でお前が“死んだ”理由、話した?」
「うん。わたしの知ってる事、時系列で全部話したから、最後のあたりで」
血の気が引いた。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと、な……聞くな」
事情を聞きたそうな純夏だったが、空気を読んだのか、それ以上は聞いてこなかった。
──仕方がない。夕呼には“最終手段”を使おう。
まあ、夕呼も殺しはしないだろう。
純夏は、空気を換えるように、もじもじと照れくさそうに話かけてきた。
「ねえ、タケルちゃん。昨日のわたし、どうだった?」
「ああ、良かったぞ」
「でもさ、わたし、あんまり覚えてないんだよね」
「そうだな」
目覚めたばかりで虚ろだったのだから、最後のあたりしか覚えていないはずだ。
「次を、初めてのつもりでしてほしいな……その次から、なんでもしていいからさ」
しおらしく言ったその言葉には答えず、純夏を腕の中に招き入れた。
──まったく、最初からこの態度で通せばいいのに。
純夏は、俺の胸に顔をうずめて、ぽつりと呟いた。
「ただいま、タケルちゃん……」
「ああ、おかえり、純夏」
この時俺は、失われていた半身が、ようやく戻ったような気分になった。
「タケルちゃん、こんなわたしを受け入れてくれて、ありがとう……」
「バーカ。……それは、俺の台詞だ」
「タケルちゃんは、どんな姿でもタケルちゃんだよ」
「それは、俺の台詞だ。脳みそだろうが人間でなかろうが……純夏は純夏だ」
“前の”世界でも交わした言葉。
純夏は、BETAに陵辱された事や、人間ではなくなった事を気にしての言葉だろうが、俺にも引け目はある。
純夏を、生物的に死を与えた片棒を担いだ事。
何よりも……中身が、こんなにおっさんになってしまった事。
純夏はいつしか、嗚咽を漏らしていた。
俺はそんな純夏が愛しく、黙って抱きしめた。
とても人に見せられない顔をしていることを、自覚しながら……。
…………………………
<< 涼宮茜 >>
12月17日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
「あれ?千鶴、どうかしたの?」
「え、ええ。……今日は生理痛がひどくて。いつもは軽いんだけどね」
千鶴が、下腹を押さえて歩きにくそうにしていたで、何気に訊ねたのだけれど、彼女は少し狼狽したようだった。
なんとなく、破瓜の痛みに耐えてるようにも見えたので、からかってみた。
「もしかして、昨日中佐にヤられちゃったとか?」
「まさか!冗談じゃないわよ!あんな人!」
相変わらず、中佐の事は嫌っているようだ。
やれやれと思ったけど、千鶴の性格なら仕方がない。
「もう、すぐムキになるんだから……辛いなら、今日は休む?」
「いえ、そこまでするほどじゃないわ」
「無理しちゃだめだよ」
私の言葉には、千鶴は何か諦めたような笑みを浮かべた。
気にはなったけれど、伊隅大尉の号令が響いたので、千鶴との会話は中断した。
「気を付けェ!──敬礼!」
白銀中佐が、いつものごとく、さっそうと現れた。
その姿はただ歩いてるだけなのに、やっぱり凄く格好良く思えて、私の中のスイッチが、つい入りそうになるのを堪える必要があった。
今ごろ、他のメンバーも同じような思いをしているはずだ。
中佐は、後ろに、見慣れぬ少女──それも、かなり可愛い──を連れていた。
頭頂部の一房のくせっ毛に、仲間意識を感じた。
「よし……突然だが、貴様等にA-01の追加要員を紹介する。本日付で着任した、鑑純夏少尉だ」
「鑑純夏少尉です。よろしくお願いします!」
──元気が良い子。それにしても、この時期に追加要員?
伊隅大尉も聞いていなかったようで、幹部連中で目線を交わし合っているが、戸惑いの色が見えた。
こちらの困惑をよそに、中佐は説明を続けた。
「鑑は、後ほど説明する新型兵器、凄乃皇の専属衛士だ」
『新型兵器』『専属』という言葉に特殊性を感じたが、その後の説明によると、彼女は正規の訓練を経て任官したわけではないらしい。
道理で、彼女の敬礼に、少し違和感を感じたわけだ。
そして、中佐による新型兵器、凄乃皇の説明が始まった。
XG-70b凄乃皇・弐型のスペックには、唖然とさせられた。
その巨体もさることながら、宙に浮くということや、ラザフォード場と呼ばれるバリア機能、極めつけは、主砲たる、荷電粒子砲。
「こいつの主砲なら、佐渡島のハイヴ程度のモニュメントなら、1、2撃で殲滅できる。全員、その時になって呆然とするんじゃないぞ」
そう言って、中佐はニヤリと笑みを浮かべたが、誰もその笑みに反応を返す余裕はなかった。
私は、両手を組んで、震えを抑えている。
──あの、忌まわしきBETAの象徴を、殲滅……。
中佐の言葉は、冗談ではなさそうだ。
呆然どころか、そんな光景を見たら、私は、涙をこらえられるだろうか。
また、凄乃皇の制御システムがかなり複雑なものであり、操縦には特殊な能力が必要とのことだった。
そして、その特殊な能力を、人類の中で持つ人間は、鑑ただひとり。
彼女は、生まれつきその能力を持ち、これまで裏で特別な訓練を受けたそうだ。
「よって、戦場にしろ何にしろ、命令がない限りは、鑑の無事を何よりも優先しろ。各自、何かあったときの心構えはしておけ」
「はい!」×13
中佐の言葉通りならば、彼女の重要性は、替えの効く私たちとは、比べものにはならない。
しかし、何よりも、というからには、もちろん中佐よりも優先する、ということだろうけど……私には、いや、私たちには出来るだろうか。
いやな想像をしてしまい、私は思考を振り払った。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
12月17日 昼 国連軍横浜基地 PX
「ほぅ。鑑は、中佐の幼馴染なのか」
「はい。物心ついた時から、ずーーーーっと一緒だったんです」
見た目や言動は、どう見ても一般人の少女。
これが、あの凄まじい兵器を手足のように扱うなど、想像だにつかない。
シミュレーターでさえ、その火力や防御力を目の当たりにして、背筋に震えが走ったくらいだ。
一見しただけでも、あの兵器はそうやすやすと制御できるとは思えない。
それを成す彼女の能力の凄まじさ……中佐の幼馴染という事で、その特殊性もなぜか納得ができた。
ただ、あの超兵器は、とても実戦演習で使用はできないから、鑑とはシミュレーターでしか訓練ができないのが残念だ。
その時、速瀬の問いが、場の空気を一変させた。
「ねえ鑑。中佐の小さい頃ってどんなだったの?」
全員の耳がピクリと動いた気がした。
「本当、意地悪なんですよ、タケルちゃん。すぐ人の頭を叩くし」
「バーカ、お前がいつも抜けてるから、突っ込んでやってたんだろ?」
「ぶー」
そう言って、鑑さんの頭をぐりぐりとした中佐は、年相応に見えた。
言葉遣いにも厳格さが無くなっている。
訓練中は、他の隊員と変わらぬ扱いだったが、休憩に入った途端、彼女が特別な存在ということはすぐに分かった。
もっとも顕著なのは、休憩時間でも、我々の前では恋人の名前を呼ばない中佐が、彼女に対してだけは「純夏」と呼んでいることだ。
鑑の方も「タケルちゃん」と親しげに呼んでいる。
私は、その事実に少し胸が痛くなった。
それは中佐の恋人達も同じだったようで、微笑ましくはしていたけれど、少し寂しげに見えた。
「そうそう、柏木さん。わたしもローテーションに入れておいてね」
──まあ、そうでしょうね。
私は、驚きはしなかった。
これほどの容姿で、この中佐と長年一緒だったというのだから、手付かずという方が私は驚いただろう。
「了解。それじゃ、調整しとくね。もしかして、昨日は一晩、鑑が相手してたの?」
その柏木の問いには、鑑は中佐を窺った後、戸惑いながら答えた。
「え?──う、うん。そうだよ」
何かあるのだろうか。
榊が、一瞬動きを止めた気がしたが……まあ、アイツはこの中でも最も中佐を敬遠してるやつだ。
大方、相変わらずの中佐の節操無しに怒ったのだろう。
その後、周りから詮索の問いがいくつか投げられたが、中佐の『機密だ』という言葉に、追求の手は止められた。
わかったのは、ふたりがこの基地の近くに住んでいたという事と、その後のBETA侵攻で離れ離れになったという事くらいだ。
BETAの侵攻で離れ離れ。
この言葉だけで、ふたりが壮絶な体験をした事が伺える。
明るく振舞ってはいるが、きっと、私には想像もつかない悲劇が、このふたりを襲った事は想像に難くない。
そしてその後、中佐は、柏木と築地を引き連れて、どこかへ行ってしまった。
今さら詮索するまでもなく、お楽しみの時間だろう。
訓練の合間にも、ふらっと誰かを引連れて行ってしまい、休憩が終わると、精臭を漂わせて戻ってくる。
まさにやりたい放題で呆れる所なのだが、彼女等を、羨ましいと思っている自分がいる。
前にはそんな気持ちは微塵も無かったが、一度気付いてしまうと、自分の気持ちを持て余しそうになってしまっている。
ふと鑑の様子を見ると、諦観の色が見えたので、想い人と幼馴染、という点に共感を覚えた私は、鑑に問い掛けてみた。
「なあ、鑑。嫉妬は感じないのか?」
「うーん。それは、あります。でも、タケルちゃん、あんなでも全員に本気で向き合ってますし」
そう。
あれだけ数が多ければ、殆ど遊びのようにしか見えない中佐のご乱行ではあるが、全員が全員とも愛情をしっかりと感じ取っている事が、彼をただの女誑しと表現できない所だ。
客観的に見れば、異常な事は言うまでも無いし、榊に限らず、私の倫理観にも反する事だ。
それが当たり前と思えるならば、今ごろ正樹を、姉妹全員で迫ってどうにかしている。
他人の事だから口出しはすまいと思っていただけなのに、私もその仲に加わってもいいと思うようになるとは、……私も相当影響されてしまったらしい。
…………………………
<< 香月夕呼 >>
12月17日 夕方 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
目の前には、白銀の見事な程の──土下座。
白銀は、入室した直後、こちらが口を開く間もなく、この体勢を取った。
なるほど。敗北を悟り、最も被害を抑えて撤退する方針は、潔いだろう。
「何か、言うことはないの?」
「黙っていて、申し訳ございません」
「あたしの先をとって、社に口止めしておくとは、大したものね。さすがは世界をひとつ滅ぼした英雄さん、て所かしらね」
白銀は無言で床に額をつけたまま、私の嫌味には反論しなかった。
口止めなど、つまらない小細工をしたものだ。
しかし、その小細工に全く気付かなかったのだから、私も間抜けだ。
それゆえに腹が立った。
もっとも、世界を滅ぼした、というのは大げさだとは私は思っている。
白銀と鑑から聞いた情報から推測すると、00ユニットと凄乃皇の力をもってしても、“前の”世界での人類は終わっていただろう。
この世界ではまだ残っている国も、大方滅亡させられたあげく、人的資源や物資もほとんど底をついていた。
その状況で、ハイヴ構造がわかったとしても、人類に反撃の余力はなかったはず。
よくもまあ、佐渡島のハイヴを落とせたものだと感心したくらいだ。
それに、所詮は別世界の出来事。
私の知らない“私”が、どのような死に方をしたところで、お気の毒、と思うくらいだ。
本来であれば怒るような筋ではないけれど、私をたばかったという点を見過ごしては、沽券に関わる。
そして、なお腹が立つのは、これだけ呆れ果てても、まだこの鬼畜に、うさん臭い神々しさを感じるということだ。
「まあ、いいわ。今は気分がいいから、貸しにしといてあげる」
「ありがとうございます」
いつまでも土下座させていた所で拉致があかないので、そう言って切り上げたが、実際、今、私は気分がいい。
昨晩、再び目を覚ました鑑は、本当に普通の人間のように安定していた。
白銀の言った通り、ボディ部をかなり強化したのだけれど、違和感どころか喜んでいた。──その強化も、ハードなプレイに備えてのことだろう。全く、何を考えているんだか。
一通り鑑の記憶を確認した後、反応炉へ連れて行き、リーディングさせて見ると、情報のお宝がわんさかと手に入った。
殆どは、白銀から聞いた通りの内容ではあったが。
そして、世界中のハイヴの構造情報を、優先して洗い出した。
今頃、技術部の人間は、不眠不休で歓喜しながら情報を整理していることだろう。
明日中には、シミュレーターへ反映できる見込みだ。
ただ、やはりBETAを駆逐するには、オリジナルハイヴに攻め入らなければならない。
そこに、上位存在と呼ばれるBETA──『あ号標的』と呼称する──の存在は確認できたが、その存在への接触は出来なかった。
殲滅にしろ、交渉にしろ、オリジナルハイヴへの突入は避けられない。
だが、この時点で、私のオルタネイティヴ4の目的は、ほぼ達成出来たと言っていいだろう。
もちろん、後の手を間違えれば人類の滅亡が待っているが、物事が思い通りに推移すれば、流石の私も浮かれる。──鑑の“告白”で、多少水を差されてしまったが。
そして、白銀からはまず、今日の報告をさせた。
鑑の様子はモニターで常時チェックしているから、問題がないことは把握していた。
訓練も人間関係も上々のようだ。
やはり、鑑の申告通り、接触する人間へのリーディングはできないようにしたのが良かったのだろう。
その件については満足したので、白銀に新たな指令を与えた。
「明日、帝都へ向かってちょうだい」
「おや、何か?」
「煌武院殿下──ではなくて、今回は斯衛からの要請よ」
帝国軍の準備も大方整った。
帝国軍参謀本部より、12月24日に発令される作戦──甲21号作戦も、あとは秒読み段階だ。
XM3の配備もほぼ完了し、現在は全軍をあげて慣熟訓練を行なっているようだ。
しかし本日、XM3に関して、発案者たる白銀から講習を受けたいと要望があった。
「ですが、XM3の概念や仕様は、うちの人間にもきちんと浸透させたはずですが?」
「確実を期す為に、発案者を出せということらしいわ」
白銀は、横浜基地の、普及担当の衛士や技術部の人間に、説明会を何度も開いて、XM3への問い合わせが出た時の手を打っていた。
それにも関わらず、あえて白銀の出馬要請をしてくるとは、何か別の意図があるのだろう。
思いつく事といえば、殿下との噂。
それに、タイミング的に言えば、00ユニットの完成が関係している事も考えられる。
「アンタ、嫌われてるだろうから、嫌がらせかもね。──それとも、オルタネイティヴ4の功労者への探りかしらね」
「どういうことです?」
私は、00ユニットの調整に多大な貢献を成した人間として、白銀の名を挙げた事を伝えた。
「はぁ……意図はわかりますが、最近、あからさまに俺を持ち上げますね」
「でも、事実でしょ?」
白銀なくしては00ユニットの完成も、安定化も無かった事だが、もちろん、私の手には裏がある。
功績を表立って称えることで、コイツを私の腹心として目立たせ、周囲に認知させる。
面倒な時は、白銀を私の名代として各所に向かわせれば、煩わしさは軽減される。
先日のアラスカ出張でその事を実感したので、徹底的に利用させてもらう事にしたのだ。
そして、英雄という者は、男の軍人である方が、女の科学者である私よりも世間に受け入れられやすい。
最強の衛士で、画期的なOSの発案者。そして、人類を救う鍵となる、00ユニットの開発と安定化にも貢献。
加えて、若く、容姿も優れている。これほど分かりやすい英雄像はないだろう。
さらに、白銀が賞賛をあびれば、それはすなわちオルタネイティヴ4への賞賛に繋がり、反対派への牽制となる。
一石で、何羽もの鳥が落とせる手だ。
「そりゃそうですが、こっちも忙しいんですがね……ま、一回行って満足するなら、さっさと済ませましょう。本当にわからない事があるかもしれませんし」
「じゃ、お願いね。誰か、手伝い連れて行きなさい」
「いえ、ひとりで結構です。ピアティフも霞も情報整理で忙しいでしょうし、A-01は、訓練に充てたいですしね」
「副官くらいはつけなさい。格好つかないでしょう」
体面というのもあるが、いざとなったら白銀の盾になる人間が必要だ。
白銀の存在価値は、白銀が思っているよりも重い。
こいつに何かあったら、A-01も00ユニットも使い物にならなくなる可能性は、かなり高いのだ。
もっとも、白銀より腕が立つ人間など、この基地にはいないだろうが、用心に越したことはない。
白銀もそれを察したようで、A-01から適当な人間を連れて行くことに同意した。
…………………………
<< おっさん >>
12月17日 夕方 国連軍横浜基地 廊下
最終手段の“黙って土下座”作戦が功を奏したようで、なんとか切り抜けられた。
まあ、最終手段で土下座、というのは陳腐だが、陳腐とは、よく用いられ、有効であるからそう呼ばれるのだ。
さらに、バレたタイミングがこの時期というのも効いているだろう。
夕呼の“貸し”は少々怖いが、元々、大抵の命令には従うつもりだから問題はないだろう。
だが、こっちの予想を裏切ることにかけては、世に並ぶものがいない女だ。
どのような無理難題を突き出してくることやら。
「しかし、英雄ねぇ……」
夕呼が、俺を看板として最大限に利用しようとしている事は明らかだ。
だが、夕呼の指令に従うのは、最初の“契約”の通り。
俺もそれが、彼女の立場強化に有効であることがわかるから、唯々諾々と服するが、気持ちとして引っかかるのは仕方が無い。
「まあ、これも運命か」
性分ではないからと、必要な事にひるむようなら、人類を救うという大層な願いは口には出せない。
せいぜい、夕呼の望む英雄を演じてさしあげよう。
「さて、宗像の相談事とは、何だろうか……なんつってな」
午後の訓練後、宗像が相談したいことがあると言ってきたので、彼女の自室に待たせてある。
相談事といっても、間違いなく色恋沙汰の話だろう。
まもなく宗像の部屋にたどり着き、扉をノックすると、少し硬い表情の宗像が出迎え、俺を部屋に招き入れた。
宗像は、何から話していいか、決心がつかないようだったので、こちらから切り出してやった。
「さて、何か、悩みでもあるのかな?」
「……はい」
しおらしく頷いた宗像は、やけに可愛く思えた。
普段の皮肉屋の空気を纏っていないことが、ことさらその可愛さを引き出していた。
宗像は、自嘲気味に言った。
「中佐なら、先日の私の表情で、悟られたのではないですか?」
「まあ、大体はな。貴様が俺に気があるとは思っていなかったが──故郷に、好きな男がいるんだろ?」
「……はい」
後ろめたそうに頷いた宗像を見て、
──ヤベ、興奮してきた。
スラックスのポケットに手を入れ、さりげなくブツのポジションを調整する。
「わからないんです。自分が、どうしたら良いのか……」
わからなくはないはずだ。取り得る選択肢は限られている。
だが、論理的な思考だけで方針が定まるほど、女性にとっての恋愛ごとは単純ではない。
結局のところ、宗像は、俺に決めて欲しいのだ。
だから、ここはやや強引に道を決めてやるのが、情け。
相談の結果、どうなるかくらいの覚悟は、ある程度もっているはずだ。
「お前の選択肢は、ふたつだ」
「ふたつ……?」
「そいつを忘れず俺のものになるか、そいつを忘れて俺のものになるか、だ」
「……どっちにせよ、中佐のものなんですね」
はかなげな苦笑いは、ふれれば崩れそうに思えた。
「そうだ。この部屋でふたりきりになった時、お前の運命は決まっていた事だ。諦めろ」
「大声を出せば、どうなります?」
最後の抵抗か、いつもの調子を少し取り戻したような、シニカルな笑み。
「ああ、その手があったな。無理矢理やるのは俺の趣味じゃないから、そう来られれば逃げるしかない。──やってみるか?」
「……意地の悪い人だ」
さて、据え膳を愛でるのもそろそろいいだろう。仕上げにかかろう。
宗像の両頬にそっと掌をあてて──
「まあ、とりあえず……悩むのは、事が終わってからにしろ」
宗像フラグ、回収。