【第5話 無敵のおっさん】
<< 伊隅みちる >>
10月27日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
「――以上がXM3の特性だ。質問はあるか?」
白銀少佐によるXM3の講習。
彼の話は流れるようで、とてもわかりやすい。
「即応性の向上と、先行入力による動作膠着の省略は想像しやすいのですが、コンボとキャンセルの有効性について――」
「うむ、そこは各々の特性によって異なるが――」
「なるほど、では――」
A-01のメンバーの不明点を解消する形で講習が進む。
「さて、概念は頭に叩き込んだな。では、これより実際の操作映像を見せる。地上戦闘とハイヴ戦闘の、2パターン用意してある」
…………………………
「すごい……!」
「どうやってるの……」
「うそ!?そこで跳ぶの?」
白銀少佐の不知火単機による操作例。
講習内容からその効果に期待はしていたが、これほどとは……。
我々の常識をひっくり返すその機動に、私も含めて皆、驚くことしかできない。
――そして、映像が終わり、白銀少佐が締めくくる。
「この映像と操作ログはいつでも見れるようにしておく。全員シミュレーターを使って慣熟訓練に入れ。2日後どれくらいの腕になったかテストをするので、それまでに慣れておけよ。仕様の詳細が気になったら、ピアティフ中尉に聞くといい。その他、疑問などがあれば、伊隅がまとめて持って来い」
「了解!」×10
テストか。精鋭を名乗る以上、恥ずかしいところは見せられない。これは気を引き締めていかなければ。
「ああ、テストといっても心配するな。このOSはどんなヘタクソでもエース級に戦えるように作られている。横浜基地最強である貴様等にできない訳がない」
これは、どう考えてもプレッシャーだろう。2日後までに上手くなっておけ、ということだ。
…………………………
10月27日 昼 国連軍横浜基地 PX
講習が終わった時点で丁度昼時だったので、全員で昼食を取ることとなった。
少佐は講習が終わると、他の用件で出て行ってしまった。彼も多忙なようだ。
「しっかし、白銀少佐って若い割に、なんてゆーか、話すことがちょっとオヤジくさいよね」
「精神年齢38才ってのは、うまく言ったものよね~」
「ちょ、ちょっと失礼よ、晴子、麻倉」
あはは、と笑い合う柏木と麻倉。それをたしなめる涼宮。
この中で外の空気を知っているのは私だけだ。丁度いい機会だから、教えておこう。
「お前たち、前線ではああいう会話は珍しくないぞ。むしろ軍の中では私たちがお上品すぎるだろう。よそに比べれば、宗像ですら可愛いものだぞ」
「へぇ~、そうなんですか?」
高原が聞き返す。
「ああ。前線では生死がかかっているせいか、性に関しては乱れてるというか、大らかというか……まあ、男もだいぶ減って、今はその傾向も下がりつつあるようだが、男女にかかわらず、誰それがいつ誰とやったとか、誰それの具合はどうのという会話は当たり前のように飛び交っているぞ」
へぇ~と、驚いたように声を上げる新任の5名。
速瀬達、先任には以前教えてあるので、いまさら驚きはしない。
「少佐の発言は上品と言いがたいが、あの程度の会話を流せないようでは、他部隊からの、良いからかいの的だぞ」
――しかし、あの若さで、前線の――それも佐官らしい空気をまとうというのは並大抵ではないだろう。
いったいどういう経験をつめば、あのような貫禄が出せるのか。
ただのスケベが副司令の目にかなうわけはない。
言動に惑わされず、彼の本質を見誤らないようにしなければ。
「しかし大尉、“宗像ですら”といわれるのは少々不本意なのですが――」
「何を言ってる。自分の普段の言動を省みてみろ」
という宗像と私のやりとりで、いったん解散となった。
…………………………
<< 風間祷子 >>
10月27日 昼 国連軍横浜基地 廊下
食事も終わり、午後の訓練再開まで楽譜を読もうと、自室へ向かう途中、ピアティフ中尉と白銀少佐を見かけた。
「あ、あの、少佐、今晩のご予定は……」
「や、イリーナ。悪いが夜は駄目だ。……だが、今から行こうと思っていた所だ。どうする?」
「そ、そうですか、じゃ、じゃあ部屋までご一緒に……」
今日、白銀少佐には驚かされっぱなしだったが――また言葉を無くす羽目になった。
彼の発言内容から、お相手は副司令だけではないだろうと思ってはいたが、ピアティフ中尉とまで関係しているとは……。
ピアティフ中尉は副司令直属という立場から、よく話す機会はあるのだが、毅然とした冷静な人だと思っていた。
それが、こうまで変わるものか。――これは、恋する乙女そのものの表情だ。
「白銀少佐――優秀なのは確かですけど、どうにもつかめない人ですわね――」
この時私は、後日、ピアティフ中尉と同じ表情をしているのを美冴さんに指摘されることになろうとは、想像すらしていなかった。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
10月29日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ
講習より2日後。
我々はシミュレーター室へ集合した。
「白銀少佐、準備がととのいました」
「よし、では模擬演習をはじめる。まずは、お遊びだ。俺と貴様等全員で市街戦だ」
どういう形式でやるか色々予想はしていたが、少佐対全員とは。
お遊びとはいうが、どういうつもりだろう。
「1対9ですが、よろしいので?」
「いいんだ、お遊びだから。――とはいえ、貴様等の勝ちは明白だ。戦死したやつは、罰としておっぱいを揉ませてもらうぞ」
「――はぁ!?」×9
「では、各員シミュレーターに搭乗しろ」
おっぱい……か。なんというか、破天荒な人だ。
「ちょ、ちょっと、ま「涼宮」――大尉?」
慌てて少佐を引き止めようとする茜を止める。
一昨日言ったばかりでは、まだ少佐の冗談を流せないか。――いや、柏木だけはわかっているようだ。
いくら上官が絶対の軍でも、罰で部下の胸を揉むなど、軍規違反もいいところだ。
――しかし、ここは少佐に乗らせてもらうとしよう。
「フ、少佐のおっしゃることもごもっともだ。これほどの戦力差で落とされるようなマヌケは少佐の慰み者がお似合いだろう」
「た、大尉まで」
「速瀬中尉、揉まれたいからといって、わざと落とされないでくださいよ?」
「な、なんですってぇ!んなわきゃないでしょうが!」
宗像と速瀬だ。いつもながら、いいタイミングで会話を入れてくれる。
私たちの話が落ち着き始めたところで、
「オラァ、さっさと搭乗せんかぁ!」
と、すでに着座していた白銀少佐から怒声が響いた。これまたなんとも良いタイミングだ。見計らっていたのだろう。
このあたりの機微、彼を年下と思わない方がよさそうだ。
「は!ただちに!――全員、搭乗しろ!」
全員の準備完了を確認し、少佐が口を開いた。
「ようし、では状況開始。好きなように攻めて来い。――速瀬、柏木、築地!」
「「「はい!」」」
「お前等は良いモンもってるから、ずいぶん揉み甲斐がありそうだ。優先的に狙ってやるから気をつけろよぉ!」
「「は……はぁ」」
さすがの速瀬、柏木も頬が赤い。築地などは真っ赤になって「はわわ」と、どこかの軍師のような台詞を繰り返していた。
……………
ありのままに言おう。
気付いたら全滅していた。
少佐の模範映像と1日半の慣熟訓練で、完璧とは言わないまでも、部隊としては数倍の戦力を発揮できるようになった――と自負していた。
少佐の不知火は、右腕部を失い、銃弾は尽き、いたるところに損傷マークがついている。残る装備はナイフ1本のみ。――しかし、悠然と立っていた。
「よく動けるようになってるじゃないか。これほど追い込まれるとは思わなかった。さすがはヴァルキリーの名を冠するだけはある」
少佐は自信があったようだ。“貴様等が勝つのは明白”と言っておいて……人が悪い。
「よし、全員着替えてブリーフィングルームに集まれ。涼宮中尉、映像と全員分の操作ログをまとめておくように」
「りょ、了解」
その後、ブリーフィングルームに集められ、少佐は各人の短所を指摘しながら、また、長所をほめながら、XM3の理解を深められるよう注釈を入れながら、的確な助言を与えた。
その間、いつもの軽口、シモネタ発言は一切なかった。A-01のメンバーも軽口を一切挟まない――いや、挟めない。
私を含め、全員が理解したのだ。――この男が、コネなど関係なく、少佐という地位にふさわしい操縦技術と戦術眼を兼ね備えた男なのだと。
決して侮っていたわけではない。模範映像とその操作ログから、凄まじいほどの練度であることはわかっていたが……対峙してみるまで、わからないものだ。
予想より遥かに上を行かれたと思ったとき――私は体の中心に痺れに似た何かを感じた。
と同時に、私は思い人である“あの男”に、なぜか後ろめたい感情を覚えた……。
「――以上で全員だな。何か質問はあるか?……無いようなら――」
「はい」
「なんだ、宗像?」
「罰ゲームの順番はどうなさるのでしょうか?」
にやりと笑みをうかべて宗像が発言した。
ブリーフィングが終了したので重くなった空気を変えようとしたのだろう。
少佐は同じくにやりとしながら、
「そうだなぁ、ま、今回は貸しにしといてやる。全員分は腕が疲れそうだしな」
と言った。何人か(特に築地が)ほっと安堵しているようだ。
──あれ?風間もほっとしてる……?──アイツはこの程度の冗談と本気の区別はつく奴だと思っていたが。
「では、私が代表して罰をうけましょうか?」
え?柏木?
「晴子、何言ってんのよ!?」
「いやー、負けた上に借りを作るのもしゃくだし、みんなの分を私が肩代わりすれば、少佐の腕も疲れないかなって――ふに!」
いつのまにか、少佐が柏木の正面に立ち、真顔で、確認するように胸を揉んでいた。
その間、約10秒ほどだろうか。皆、固まっていた。無論、私も思考停止状態だった。
「――ふむ、思ったとおり、なかなか良いおっぱいだな、貴様。その勇気とおっぱいに免じて、これでチャラにしといてやる。では、解散!」
そういって、さっさと出て行こうとする少佐。
「け、敬礼!」
少佐が扉から出て行く寸前で、かろうじて間に合った。少佐は振り返らず、片手を挙げてそれに答えた。
少佐が消えた途端、柏木はへたり込んだ。
「や、やられたぁ~、まさかいきなり来るとは」
「はは、からかおうとしたか、柏木?逆にやられてしまったようだな」
「大尉~……」
10代の男性なら普通は赤面するのだろうが――少佐を侮ったな。
アレは柏木程度がからかえるようなタマではない。
「ま、いいか、半分本気だったし」
え?
「晴子、何言ってんのよ!?」
茜、さっきと同じ台詞だ。他の新任3人にいたっては、さっきから彫像と化している。
「いやー、少佐なら、まあいいかなって。性格はちょっと――いや、かなりオヤジだけど、顔も頭もいいし」
「ふむ、あの若さで地位も能力も備え、副司令との強いコネもある、と。確かにめったにいない優良物件だ。なかなか目ざといじゃないか、柏木」
柏木の言葉に、宗像が感心したように言葉をかけた。
それにしても、柏木は精神的タフさでは、新任の中で抜きん出ているようだ。
白銀少佐が現れてから、彼女達の色んな面が見えてきた。今のところ、色々と良い方向に事態を動かしているようだが、次は何をして我々を驚かせるつもりなのか。
一人の衛士として、また、一人の人間として、私は少佐に興味が湧いていた。
…………………………
<< 社霞 >>
10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 脳みそ部屋
隣にいる香月博士の作業のお手伝いをしていて、私は白銀さんが横浜基地に来てからの事を思いました。
博士は変わりました。それはとても良い方向に変わったと思います。
何しろ、これまで最も博士を悩ませていた問題が、あっさりと解決したのですから。
あとは、タイミングの問題だけと博士は言っていました。
ピアティフ中尉も、随分表情が優しくなりました。
それ自体はいいのですが――白銀さんは私を見るたび、“前の”私を思い浮かべます。初対面のとき、白銀さんが何を思い浮かべても文句は言わないと約束しましたが……やはり恥ずかしいのです。
白銀さんの思い浮かべるのは大人になった私の……裸です。
『私』は、とても幸せそうに微笑んでいるから、『私』にとってそれは良いことなのでしょう。
でも――あんな、トイレに流すはずのものを飲むなんて。
けれど、『私』は嫌がるそぶりはまったくありません。それどころか、『私』からせがんでいました。
白銀さんは、“前の”私だけではなく“この”私のことも大事に思ってくれています。
美少女と思ってくれるのは、照れますが、――嬉しいです。
けど、「今でも口なら」「無理すれば入るかな?」とか思われるのは――すこし抵抗があります。
数年後の私はかなり、その、みだらになるようです。
しかし、あの心の底からの微笑み。こんな私でも、いつかあのように笑うことができるのでしょうか。
白銀さんのそばにいれば……。
あんな風に笑うことができるなら、私は、白銀さんと──
その時、2発の銃声が聞こえました。
…………………………
<< 白銀武 >>
10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室
A-01との訓練後、一人で食事を終えた俺は、状況報告のため、夕呼の部屋へと向かっていた。
「副司令、白銀です――ん?」
ロックが開いている?電灯は――消えている。
不審に思った俺は、幾分の緊張と警戒とともに、ゆっくりと部屋に入った。
「シロガネタケルかな?」
言い終わる前に、すでに俺の銃口は、不審者へと向けられている。
「動くな。ポケットから手を出して官姓名を名乗れ――手はゆっくりと上げろよ」
「これは唐突だな。あやしいものではないよ」
「聞いたことにだけ答えろ」
「やれやれ、ずいぶんせっかち(パン!パン!)ぐぉ!」
腹に2発。
当然、相手は言い終えることは出来なかった。
「……ううう……」
うずくまる不審者。
「ほう、防弾か。ただのコートじゃないな」
防弾コートとは珍しい。男は死にはしなかったが、衝撃でうずくまっている。
「――い、いきなり撃つとは、ひどいな、シロガネタケル……」
「2度、警告したぞ」
そういいつつ、俺は、照準を不審者の額に合わせている。
ここまで来れる不審者に対して油断するほど、俺はお人よしじゃない。
この部屋に入室可能な人物は、あらかじめ夕呼に確認してある。
誰かに連れてこられたのだとしたら、電灯が消えてるというのがおかしい。
この侵入者の稚気による演出かもしれないが、油断から命を失う羽目になっては、わざわざ“戻った”甲斐がない。
さらに、相手はポケットに手を入れていた。その状態で発砲できる銃はいくらでもある。
殺されて後悔する事もできなくなるのと、殺して後始末に悩むのとどっちがマシか、比べるまでもない。
「ちょっと!何事!?――アンタ、鎧衣?」
銃声に驚いたのか、夕呼と霞が慌てた様子で入ってきた。
「副司令のお知り合いでしたか?すみません、警告を無視したので撃ってしまいました」
会話は続けるが、鎧衣と呼ばれた男(──ん?鎧衣?)から銃口と目をそらさない。
また、夕呼にあやまりはしたが、内心、悪いとは思っていない。
警告を無視しても、俺が撃たないと勝手に判断したコイツがマヌケなだけだ。
「かまわないわ。こんな所まで勝手に入ってくる不審者は、撃たれても文句は言えないでしょ──白銀、もういいわよ。不本意だけど、一応知ってる奴だから」
その言葉で、俺はようやく銃をしまう。
やはり、この男は無許可で侵入したようだ。
夕呼は楽しそうで、爽快といった感じだ。知り合いではあるが、あまり心証は良くないらしい。
「――これは、手厳しいですな」
鎧衣と呼ばれた男は立ち上がった。まだ痛むだろうに、我慢強いことだ。
「で、何しにきたのよ」
「死んだ男が現れたとの報告を受けましたので、確認と、その他もろもろで」
「へぇ。で、コイツのこと、どう思ったの?」
「油断ならないというのは確かですな。撃たれるのは予想外でしたが、こちらの落ち度なので、気にしなくても結構だよ、シロガネタケル」
気にするつもりは毛ほどもなかったが、あちらも目に険はない。
さっきはマヌケ振りを見せたが、ここまで誰にも気付かれずに侵入できるほどの男だ。ただの中年ではないだろう。
「鎧衣さんとおっしゃいましたか。副司令とお話があるようでしたら、俺は席を外しますよ。――霞、行こうか」
<< おっさん >>
10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 廊下
鎧衣ってことは――美琴の親父さんだな。
たしか、情報省だったはず。“前の”世界じゃ会うこともなかったが――なるほど、マイペースな所は美琴の父親なだけはある。
夕呼と何を話すつもりか知らないが、俺の耳に入れたほうが良いなら、あとで夕呼が伝えてくるだろう。
さて、時間が空いてしまったが、どうしようか。
午前は中途半端に揉んで不完全燃焼だったから、またイリーナを使わせてもらおうか。
そういえば、柏木。アイツもいいモンもっているな。
彩峰には大きさで劣るものの、もみ心地は上々だ。
“前の”世界で関係を持っていない中では、風間を最初にしようと思っていたが……柏木か。
クラスメイトの時は、何考えているかよくわからないやつだったが、この世界でも飄々としたものだ。ああいう女がどう乱れるか、興味深い。優先度を上げておこう。
──と、思考が一段落したところで、隣で歩く霞のことを考える。
そういえば、最近、霞にも避けられなくなった。
つい、“前の”世界の霞を思い浮かべてしまって、そのたびに顔を真っ赤にしてたからな。
それにしても、赤くなるのは当然リーディングしてるからだろうが、リーディングしなければ赤面せずに済むのに、なぜ続けるのか。――フ、決まってる。興味があるからだ。
――ふむ。予定よりかなり早いが、霞がその気なら仕方ないな。
その時、霞はビクッと身体を奮わせた。
「霞?大人になってみるか?イヤならいいんだぞ」
霞は、逃げ出――さない。これが答えだろう。
大丈夫、これ以上ないってほど、優しくしてやるさ。