【第7話 おっさんは閻魔大王】
<< 御剣冥夜 >>
11月3日 午前 南の島 海岸
いよいよ、総合戦闘技術評価演習が始まる。
本来、予定ではあと1ヶ月近くあったはずだが、鎧衣が退院する前日、神宮司教官から、演習の日程が早まったことを伝えられた。
その際、榊は食い下がったが、教官からは「上からの命令だ」と返されたのみだった。
本来、榊のその態度は訓練兵にあるまじき態度であり、懲罰を与えられても当然だったであろうが、神宮司教官は我々に同情したのか、榊の反論については何も言わなかった。
鎧衣は、翌日の退院直後にその事を伝えられ、大層驚いていた。
私は、数日前に着任した白銀少佐の事を思い浮かべた。
少佐を見たのは、着任時の挨拶──我々の問題を浮き彫りにした、“あの”発言の時と、教官から演習の前倒しを伝えられた直前、グラウンドで少佐と教官が話していたのを遠目に見た、2回だけだ。
グラウンドで見たことが、この推測に直結するわけがないのだが、何故か私は、この前倒しの一因に、少佐が関連していると見ている。
ふと、月詠の忠告を思い出す。
あの月詠が随分警戒しており、“決して一人では近づかないように”と忠告してきた。
私は、まだ白銀少佐と直接会話はしていないが、あの目──邪悪な所は無かったように思える。
私は、幼少より多くの人物を見てきたので、人を見る目はそこそこあると、自負している。
その私の勘では、白銀少佐に害意は感じられなかった。
我等訓練兵の中で、白銀少佐と言葉を交したのは、着任初日に“あの”やりとりをした榊と、次の日、偶然屋上で会ったという彩峰のみだ。
あの日、いつもより重い雰囲気に耐えかねたように、屋上へ向かった彩峰は、午後の訓練で集合したとき、様子が変だった。
どこか抜けたような雰囲気。PXから出て行く時は、張り詰めた雰囲気だったが……。
何かあったのかを訊ねると、屋上で白銀少佐に会ったという。彩峰は多くは語らず、
「ずいぶん、揉まれた」
としか言わなかった。それまで見覚えのなかった、彩峰の服の擦過の跡を鑑みると、おそらく少佐と腕試しとなったのであろう。
負けん気の強い彩峰が挑んだのか、どこか不敵な所があった少佐が挑発したのか、あるいはその両方か。
しかし、我等の中で、最も格闘に長けた彩峰が“もまれた”ということは、少佐はそれほどの実力を持っているということだ。
あの若さで少佐というからには、技術士官だろうと思っていたのだが、その点、私の推測は外れたようだ。
(その後、月詠から我等と同じ年齢と聞いた時は、言葉がなかった)
それから時折、何か考え込む彩峰を見ることになり──彩峰は、榊へ反発することが少なくなった。
しかし、彩峰が内心、快く思っていないのは、皆も分かるほど表情に出ていた。
当然、榊もそれを察して不快感を示したが、表面上、指示には従うので何も言えなかった。
結局、初日に言われた少佐の問題提起について触れることなく、また、神宮司教官の懸命な指導──あきらかに“あの”日以来、命令や連携に関する注意点が多くなった──の甲斐もなく、問題を抱えたまま、我等は鎧衣の退院と、演習開始日を迎えることになってしまった。
不安はあるが、我等はこの演習に合格せねば──おそらく衛士としての道は断念せざるを得まい。
着任以来、ところどころに白銀少佐の影が感じられるが、この演習に不合格となれば、その繋がりは断たれる事になるであろう。
その予感は、私の中で確信に近いものがあった。
どのような懸念材料があろうと、合格したいという気持ちは皆も一致しているはずだ。
今はその意志を信じて、我等は進むしかないのだ。
…………………………
<< 神宮司まりも >>
11月4日 午後 南の島 待機所
昨日、教え子達は命令書を受け、3チームに分かれて任務を開始した。
その状況を島中に設置してある監視機器類でチェックしながら、夕呼の事、白銀少佐の事、教え子達の事を考えていた。
夕呼──香月副司令は、白銀少佐が着任なさる数日前、この演習の事を話したとき、「南の島なら、息抜きに私も行こうかしらね」と言っていたので、その事を確認しようと思ったのだ。
…………………………
「やっぱ行かない」
「どうして?水着やビーチセットとか注文させたじゃない」
水着、サングラス、ビーチサンダル、チェア、パラソルなど、夕呼が楽しむ為の道具を全て、私は注文させられていた。──PXの担当職員に、白い目で見られながら。
「白銀が行かないらしいからね。溜まったら困るでしょ?」
平然と言った。
「もう、そんな理由で──」
「もともと、悩み事を紛らわすために行こうと思ってただけだからね~。ま、今はその悩み事も解決したし、ここには“ストレス解消機”があるしね」
白銀少佐をそんな風に例えるなんて、いかにも夕呼らしいが、悩み事があったとは驚きだ。
親友たる私にも言ってなかったということは、機密に関することだろう。
「まあ、あの道具類は貸したげるから、アンタは一人寂しく南の島でバカンスしてなさいな」
「もう、しようが無いわね……」
だが、寂しいというのは的を射てる。
近くにいない事を想像しただけで、喪失感を感じる存在。──白銀少佐はすでに私の中で大きな部分を占めている。
「まあ、出張前にたっぷり抱いて貰っときなさい」
あからさまな夕呼の台詞に、私は返答に窮した。
夕呼に言われなくても、そうするつもりだったからだ。
…………………………
結局、教え子達の問題を解決することはできなかった。
なんと、不甲斐ないことか。
確かに少佐は、最悪、演習に合格できるだけでいいと言った。
だが私は、きっと少佐にいいところを見せたかったのだろう。その気持ちが強く、かえって空回りしていた。
どういう訳か、いつも諍いの発端となる彩峰が大人しくしているので、あの子達の言い争いを見ることはなかったが──確実に、問題は内包したままだ。
彩峰が最近のように、この演習の間大人しくしていれば、おそらく演習は合格できる。
問題を先送りにして、少佐に任せることになってしまうが──最早どうしようもない。
後は基地帰還後、少佐と話して決めるしかない。
その少佐は、出発の前日、私の願いに答えてくれた。
「当分会えないから」といって、たっぷりと“餞別”をくれた。
その“餞別”は、私の膣内にまだたっぷり残っている。
少佐は“餞別”は冗談で言ったのだろうが、少佐が自室に戻った後、私はテープで厳重に蓋をし、零れないようにした。
避妊はしているので、残念ながら子供はできないだろうが、少佐を常に感じられる。
さすがに、このまま帰るとひどい匂いで少佐に呆れられそうなので、帰還前に、剥がして洗うつもりだが、それまではこのままにするつもりだ。
私が惹かれた少佐の軍人としてのふるまいは、プライベートになると一変した。
大人のように優しく、若者のように野獣。
そんな2人きりの時に見せる少佐の別の顔を知って、私はますます彼を好きになった。
その中で気付いた自分の性癖──変態さに、落ち込みそうにもなったが「そういうまりもが良いんだ」の一言で胸が温かくなった私は、きっと単純なのだろう。
──少佐は今、何をしているのだろうか。また夕呼かピアティフ中尉を抱いているのだろうか──それとも新しい女?
監視カメラで、野生化した彩峰がヘビを食べているのを確認しつつ──私は暖かい軍用スープを飲みながら、白銀少佐のことばかり考えていた。
…………………………
<< 涼宮遙 >>
11月4日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室
「速瀬、先行入力が遅い!何のためのキャンセルだと思ってる!これで2度目だぞ!」
「申し訳ありません!」
「高原、麻倉、築地!またビビリすぎだ!」
「「申し訳ありません!」」「す、すみませ~ん」
「築地ぃぃぃ!!」
「は、はいぃぃ!」
「その腑抜けた返事は止めろと何度言わすか!いい加減殺すぞ!」
「も、もうしわけありません!」
白銀少佐の怒声が響き渡る。全員、ここまで怒鳴られるのは、訓練兵時代以来のことだろう。
幸いにも、CPという立場から怒鳴られることのない私だが、少佐の怒声が出るたび、私はどきりとさせられる。
直接怒鳴られている本人たちの心境は、いかばかりだろうか。
怒鳴られるのは全員だが、新任の5人の度合いがやはり高い。
昨日と同じく、すでに築地少尉の目には涙が浮かんでいる。
白銀少佐が我々の訓練に参加する、と連絡を受けたのは昨日のことだ。
それまでは他の用件があった為、少佐が私たちの訓練を見る機会はなかった。
しかし、最近数日予定が空いたので、その間私達の訓練を見る、ということで昨日から参加していただいている。
やはり、ピアティフ中尉のサポートがあったとはいえ、自分達であれこれ考えるのと、発案者に直接見てもらうのとでは大きな差がある。
怒鳴られながらではあるが、隊員達の動きがどんどん良くなっているのが顕著に現れている。
少佐は全員の操作を同時に見ながら、一つの操作ミスも見逃さない。
また、怒鳴りながらでも、その間に起こった他の隊員のミスも見逃さない。
また、少佐はよく怒鳴るのだが、1回目は淡々と指摘するに留まる。
2度目に同じことを繰り返すと、怒鳴るのだ。
──さらに、その怒鳴りを恐れて臆病な操作を見たとき、この人は最も強く怒鳴る。
「──よし、20分休憩とする。全員機体を降りて、体を休めておけ」
「了解!」×9
「涼宮中尉は、次の設定が終わってから休憩に入れ」
「了解!」
私にその命令を下した後、少佐は伊隅大尉にのみ回線を開いた。
「伊隅、築地をフォローしておけ。だいぶ凹んだだろう」
「わかりました」
鈍い私は、少佐はただ厳しいだけではない、という事が、1日目はわからなかった。
昨晩、少佐に指導をゆるめてもらうよう、直訴に行った記憶は、今でも恥ずかしく、忘れたく思う。
──いや、結果としては良かったのだろう。その事があったから、今の私がいるのだから。
…………………………
<< 伊隅みちる >>
11月4日 午後 国連軍横浜基地 PX
PXで椅子に座ると、こらえきれずに、しゃくりあげながら泣き出した築地を宥める。
皆も泣き出した築地に同情的だ。心境は同じようなものだからだろう。
白銀少佐直々の訓練も、はや2日目。
──白銀少佐は、閻魔だ。
昨日の、訓練開始前の事を思い浮かべる。
…………………………
あの白銀少佐の指導を受けられると聞いて、隊員も皆、どこか楽しみにしていた。
「今度はどんなセクハラ発言するんだろうね」
「晴子~、あんた、もしかして期待してんの?」
「前はおっぱいだったから、今度はお尻かな?」
「いやいや、もしかしたら***かもよ~~!!」
「はわわ、高原さんえっちだべ!」
柏木の発言を皮切りに、茜のからかい、麻倉、高原の悪乗り、築地の謎の方言で、ヤダー、キャハハと、のん気にも笑いあっていた新任5人。
先任連中も私も、それを楽しげに見ていた。
そんな、のどかな雰囲気は、少佐がシミュレーターデッキに現れて一変した。
あの演習の際の、貫禄はあるが、くだけた空気は欠片も纏っていない、冷徹な目をした“戦士”がそこにいた。
私の方をちらりとも見ず、
「号令」
と短く声を発した。
「け、敬礼!」
慌てて言った私に、隊員が皆続く。少佐の完璧な答礼を待ち、手を下ろす。
「これよりXM3慣熟訓練を始める。涼宮中尉は管制室、その他はただちにシミュレーターに搭乗せよ」
「了解!」×10
白銀少佐は、特別な事は何も言っていない。声を荒げたわけではない。睨んでいたわけでもない。
だが、全員、いつもより機敏に配置についた。
彼は、空気だけで、我々がそうなるようにしたのだ。
…………………………
きっとまた、あの破天荒な発言で我々を驚かせるのだろう、と皆が思っていた。
あの時と何が違うのか。
──訓練と演習、座学の違い。
その時、我々の恩師たる、神宮司教官を思い出した。
神宮司教官は、訓練の時は我々を殴り、罵倒し、これでもかというくらいしごいたが、座学の時はそれほどでもなかった。──厳しいことに代わりなかったが。
訓練時の厳しさには意味がある。
厳しさを耐え抜いた事は、自信に繋がる。実戦では、多数のBETAと向き合う為、凄まじいプレッシャーが衛士にかかるのだ。
私は、あの訓練を耐え抜いた。だからBETAなどには負けない──そう思って、多くの衛士は発奮するのだ。
だが、訓練兵の頃は、神宮司教官を鬼かと思うほど恐ろく感じたが……少佐の迫力は、それ以上だ。──ゆえに、閻魔。
淡々とこちらを指摘するときは、ごく普通だ。
しかし、2度目の指摘は、雷鳴のような一喝と共に行なわれる。
それは、私ですら心胆に響くのだ。新任ごときでは、失禁していてもおかしくはない。
──年下と思わない方が良い、と何度もいい聞かせてたつもりだったが、どこかで侮っていたのかもしれない。
そう考えた後、私は、まだ管制室にいるだろう、涼宮の事を思い出した。
あいつは大丈夫だろうか。我々はこうして休憩しているが、この間にも涼宮は次の訓練の準備をしているはずだ。
疲労度合いは我々の方が大きいとはいえ、今日は昼食時以外、涼宮を見ていない。
2回前の休憩の時、心配になって涼宮の様子を見に行ったら、
「伊隅大尉!私は大丈夫です!大尉は今、体を休める義務があります!私にかまわず、休憩してください!」
と、逆にえらい勢いで怒られて、管制室にすら入れて貰えなかった。
涼宮は、怒ったときでも淡々と話すやつだったのだが……。
きっと、同じくずっと篭りきりの白銀少佐と一緒にいて、その姿勢を見習うようになったのだろう。
「涼宮のやつも、少佐に感化されたか──」
成長した部下を誇らしく思う反面、私は少し寂しさを感じた。
…………………………
<< 涼宮遙 >>
11月4日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室
「──少佐、次の想定パターンの設定、完了しました!」
よし、なんとか3分で終わった。あと17分もある!
「さすがに早いな。では、休憩に入れ」
その言葉に、私は立ち上がり、
「はい、では、休憩に入りますので──よろしくお願いします」
そういって、私はスラックスを脱いだ。直す時間がもったいないので、昨晩のように上半身は脱がない。
「俺はかまわんが、いいのか?今日は昼食時以外、一度もここから出てないじゃないか」
朝から、1時間ごとに20分の休憩を入れているが、今日はずっと篭りっきりだ。
一応、空調が効いているこの管制室だが、私達の性交臭を換気しきれていない。
「私には、これが一番の休憩です。それともまた、口でしましょうか?」
少佐はため息をふぅっとついたあと、苦笑をして答えてくれた。
「──しようのないやつだ。じゃあ“遙”、後ろを向いて壁に手をつけ」
「はい!」
公私が切り替わると、少佐──いや、武さんは名前で呼んでくれる。
こうして、私達の休憩時間が、また始まる。
…………………………
<< おっさん >>
休憩時間も残り1分を切った。いそいそとスラックスを直し、髪を整える遙を見ながら、俺は思った。
──遙が最初とは、意外だったな。
予定ではA-01の連中に手を出すのは、もう少し先と考えていたのだが……なかなか思い通りにはいかないものだ。
しかし、今回の場合、誰がどう考えても責任は遙にあるだろう。
昨晩、遙は俺の部屋に訪ねてきた。
教練があまりに厳しいため、訓練終了後、新任5人は皆泣いてしまい、伊隅ですら空気が重かった。操縦に差し支えも出ているので、もう少しだけ言葉をゆるくしてはどうだろう、と提言しに来たのだ。
しかし、俺は、訓練方針を妥協するつもりは無い。
BETAのプレッシャーは想像を絶する。訓練でいくら言葉を厳しくしても怒鳴っても、死にはしないのだ。
実際、“前の”世界でも、俺の厳しさに助けられた、と何人もの衛士が、帰還後に俺を訪ねてきて、そのたびに俺は、報われた気分になったものだ。
俺が方針を曲げる気が無いのがわかると、遙はしぶしぶ諦め、敬礼して帰ろうとしたが──振返った際、彼女の柔らかな髪の毛がふわっと広がり、女性特有の甘い匂いが、俺の鼻腔を刺激した。──これがまずかった。
実はこの数時間前、俺は霞につかまり、“特訓”をせがまれたのだ。
訓練が終わるのを待ち構えていた霞は、俺の手を引き、脳みそ部屋へと連れていった。
そして、返事もまたずに俺のベルトを外し、スラックスを下ろし、ここ最近、毎日昼食後にやっている“特訓”を開始した。
霞は、リーディングにより、“前の”自分が俺としたプレイをほとんど見ている。そして、優秀な頭脳を持つ霞は、全てを鮮明に覚えていた。
霞の初めてはすでにいただいたが、さすがにまだ早すぎたせいか、2回目を出来る状態ではなかった。
“前の”霞との記憶の多くは、口を使ったものだったせいか、その練習をしたいと強く言い張る霞に、仕方なく色々出して上げるようになったのだ。
白い方より、黄色い方が、量は多いが飲みやすい、と感想を漏らしたのは“前の”霞と同じだった。
白いのも黄色いのも飲む趣味のない俺は、やはり“前の”霞に答えた時と同様、頭を撫でながら「そうか」としか答えられなかった。
初めてをいただいた翌日から、霞は徐々に上達してはいるものの、やはりまだ稚拙だ。
これがイリーナならいつものように勝手に動いて、彼女の喉を突きまくるのだが、霞では──数年後はともかく──ちょっと可哀想だ。
リーディングにより“お手本”を得ていて、また俺の思考を読んでるだけあって、この年にしては上出来すぎるのだが、いかんせん持久力がない。
こういう時はまりもの出番なのだが、出張中のため、イリーナの所へ行こうか、と思っていたときに、遙がやって来たというわけだ。
つまり、俺のヤる気MAXの時に──そう、まるでコップの水が、あと一滴で表面張力で零れるのを耐えてるような状態の俺に──最後の一滴を加えてしまった悪い奴が、遙なのだ。
そして俺のスイッチが入り、遙は「た、たかゆきくん……!」と言いながらも、数回もすればその名を呼ぶ事もなくなり──身も心も俺のモノになった。
まあ、予定と違ったが、遙はブタごっこにも、姉妹プレイにも必要な“キー”だ。
ここで入手できたのは、かえって僥倖だったかもしれん。
とりあえず、どちらにせよ──鼻フックは調達しておこう。
シミュレーターのシートに着座し、俺の開始の声を待つA-01の連中を見ながら、俺はそう思った。