ルイズちゃんはよく俺の事を罵倒する。
「馬鹿犬」だの「平民」だの色々言われるが、中でも一番多い罵倒の言葉は「変態」である。
かわいい顔を朱に染めて、声高に叫ぶのだ。
「この変態! あんた最低よ!」と。
よりにもよって変態とはひどい。
大変心外です。
俺は断じて変態ではない。
仮に変態だとしても、変態という名の紳士である。
その紳士っぷりは、本場英国紳士を軽く凌駕するレベルだ。
日ノ本生まれの大和魂溢れる紳士。
まさに俺は最強かつ究極で無敵の紳士なのだ。
大体、ルイズちゃんは怒りすぎですよ。
俺がちょっと部屋で全裸になったくらいで怒るんですもの。
ギーシュとの決闘に勝ったんだし、ちょっとくらい大目に見てくれてもいいじゃないか。
決闘勝った後も全然態度が軟化してないよルイズちゃん。
そもそも、人間は生まれた時は服を着てなかったんですよ?
生まれたままの姿。
それこそが、人という種としての本来あるべき姿。
別に原点回帰して脱いでもいいじゃありませんか。
背徳感も心地良いし、お風呂にもすぐに入れてとっても便利ですよ。
いや、俺は風呂どころか外で行水だけどね。
こっそり外で冷水浴びてると、時々寂しいけどね。
それはともかく、裸体は最高なんです。
身も心も軽くなって開放感に満ち溢れているんです。
つまり、全裸になっても俺は悪くないんです。
「悪くないんですよ!」
「……他に言い残す事は?」
「ありません」
「なら、潔く罰を受けなさい」
「うひゃあ」
ルイズちゃんの部屋で、全裸で正座しながら説教を受ける俺。
全裸なのには、深い事情がある。
俺が全裸になる理由は、ルイズちゃんに俺の全てを見て欲しいという淡い恋心の表れでもあり、男としての本能でもある。
それなのに、ルイズちゃんは分かってくれない。
二人の想いはすれ違う。
何とも悲しい運命。
ルイズちゃんが部屋にいない間に、ちょっとシーツやら下着やらを全裸でクンカクンカと匂いを嗅いでたくらいで怒るのだ。
ひどいよルイズちゃん。
ちなみにルイズちゃん曰く、罰とは馬鹿犬への躾らしい。
馬鹿犬とは何を隠そう俺の事だ。
要するに俺が鞭で物理的にシバかれる事が、ルイズちゃんの言う躾である。
俺が何かすると、ルイズちゃんが怒って鞭で叩く。
これがここ最近の俺の日課になっている。
日課というか、頻度的に生活の一部になってるくらい?
あまりに頻繁に鞭で折檻され続けているため、そろそろ別の世界に目覚めそうだ。
俺が尻を突き出すと、まるで親の敵でも討つかのようにピンポイントで鞭を振るうルイズちゃん。
規則正しい卑猥なケツドラムの音が部屋中に響く。
痛みに混じって、脳内から麻薬物質的な何かが分泌されてくるのが分かる。
E感覚が体中を駆け巡ってきましたよ。
「オフゥ!」
来ました来ました。
何か異次元の扉が開きそうです。
せっかくだから、この状況を楽しもう。
試しに洋モノのポルノ女優風に、スパンキング場面を自分なりに再現して叫んでみる。
「Oh,oh yes! Yes!! Fuck this is good shit! I wanna make love with you!!」
「……もういいわ」
絶叫していたら、ルイズちゃんの手が止まった。
「これ以上あんたの相手してるのが馬鹿らしくなってきたわ。私は少し出かけるから、あんたは部屋で大人しくしてなさい。前みたいに抜け出すんじゃないわよ。いいわね?」
「了解でーす」
笑顔で俺が答えると、ルイズちゃんは無言で部屋を去っていく。
ドアの向こうからはガチャリという施錠の音がした。
いつもの事だが、閉じ込められてしまいました。
「しかし、甘いな……」
そう、甘いのだ!
今回は縄で縛られていない!
窓から余裕で脱出できるのだ!
「栄光への脱出だ!!」
俺は窓に向かって駆け寄った。全裸で。
「シエスタちゃんにでも会いにいこうかな~」
いつものようにクローゼットの裏に隠しておいたシーツを結び、脱出用のロープを作る。
これでもう何度目になるのだろう。
さすがに慣れてきたから、結ぶ手際がよくなってきた。
あっという間に完成する。
「さて、これで準備は完了だ。脱出……の前に」
その前に、やる事がある。
「ルゥ~イズ、ちゃ~~ん!!」
俺はベッドに向かってルパンダイブを敢行した。
「ルイズちゃんルイズちゃん! ルイズちゃ~ん!!」
ふかふかのシーツに顔を埋めて、ベッドの上を転がり回る。全裸で。
ルイズちゃんのフローラルな匂いが鼻腔をくすぐる。
脳髄を刺激する、極上の香りだ。
「いい匂いだよぅ」
昨晩もルイズちゃんはこのベッドで寝ていたんだね。
このシーツに体を包めて、ぐっすりと眠っていたんだね。
この枕に顔を押し付けたり、寝返りを打ったりもしていたんだね。
あぁ、ルイズちゃん。
興奮が収まらないよ。
というか、収める気はさらさらないよ。
俺はもう……。
俺はもう……。
「我慢できんですたい!」
俺は股間で猛り狂うリーサルウェポンのリミッターを解除した。
──戦いが、始まる。
ドアをノックする音が聞こえた。
時間にして、ベッドの上の闘争からは三十分後。
『私』はドアの方へと足を向けた。
「どなたですか?」
「僕はギーシュ・ド・グラモンだが……。とりあえず、ここを開けてくれないか?」
「あぁ、すいません。ルイズさんは留守なんです。それと、実は外から鍵がかかっていて内側からはドアが開かないんですよ」
「え? 君は、平民君……かい? まぁいい。悪いが入らせてもらうよ」
そう言いながら、ギーシュがドアを開けて部屋の中へと入ってきた。
どうやら鍵を開ける『アンロック』の魔法を唱えたようだ。
「ルイズは留守か……って、君ィ!?」
「はい?」
突然大声を出したギーシュに、私は首を傾げた。
「どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも、何で全裸なんだい君は!?」
「あ、これは失礼しました」
ギーシュに頭を下げ、急いでベッドの近くに脱ぎ散らかしていた服を着る。
うっかりしていた。
そういえば、脱いだままだった。
「お見苦しいところを見せてしまってすいません」
「いや、それはいいんだが……。いや、よくはないな。ともかく君、何か悪い物でも食べたのかい? 口調が前はもっと傲岸不遜だったし、態度も今と全然違うような……」
「口調ですか? そういえば、ギーシュさんにこの姿をお見せするのは初めてでしたね」
「この姿? 今の君は別の姿だとでも言うのかい?」
「その通りです。私は今、通称『賢者モード』という状態でして。この状態の時は、口調と性格が一時的に変わるんですよ」
「け、賢者モード!? 何だねそれは!?」
「嫌だなぁ、ギーシュさん。男は誰だって一日一度は賢者になるじゃないですか」
「げッ!? もしかして君……!?」
ギーシュが慌てて辺りを見回す。
そして、何かに気付いたのかすぐさま顔をしかめた。
「こ、この海産物のような生臭い臭いは、まさか……」
「ちゃんと換気はしてるから平気ですよ」
「うわぁ!? この臭いはやっぱりアレの臭いか!? アレの臭いなのかい!?」
「あははは。大げさだなぁ」
「笑って誤魔化すなよ!?」
鼻を摘んで私から離れるギーシュ。
大げさ極まりないです。
「ところで、ギーシュさんは何か用ですか? 先ほども言いましたが、ルイズさんは留守ですから、いつ戻るのか分かりませんよ」
「あ、ああ……? えーと、そうだ、決闘。決闘だよ、君!?」
「決闘? それは前に私の勝ちという事で終わったのでは?」
「あんなものが、誇り高い貴族の決闘として認められるものか!! それに、あれは君が卑怯にも不意打ちしたんじゃないか!?」
そう言って地団太を踏んで怒鳴り散らす。
エキサイトするギーシュの剣幕に、私は内心やれやれと思っていた。
「ギーシュさんは軍人の家系でしょう? いつか戦場に出ても、不意打ちは卑怯だの汚いだのと言うつもりですか?」
「そ、それは……」
「まぁいいでしょう。ギーシュさんが納得できないというなら、決闘をもう一度受けるのも吝かではありません」
「本当かい!?」
喜色満面のギーシュに、私は「ただし」と前置きした上で話を続けた。
「決闘の時間帯と場所、立会い人はこちらで選ばせてもらいます。詳しくはルイズさんと相談した上で、後で連絡します。それでよろしいですか?」
「あぁ、それくらいは構わないよ! それじゃ、確かに決闘の件は君に伝えたよ!」
ギーシュは足取りを軽くしつつ、部屋を出て行った。
「やれやれ。また決闘ですか。面倒な事にならなければいいんですが……」
思わず愚痴が漏れる。
こんな事なら、きちんと止めを刺しておいた方がよかったかもしれない。
いや、ネガティブな思考はいけない。
二度目の決闘を前向きに考える事にしよう。
そもそもギーシュは噛ませ犬として、その他道化的ポジションとして今後色々と役に立つはずだ。
だから決闘で勝っても、多少の怪我はともかく殺したりはしない。
安易に亡き者にするよりも、生かしておいた方が私にとって都合がいい。
それに、鍛えればギーシュの土属性魔法は大きな戦力になるはずだ。
もし二度目の決闘で完膚なきまでに叩きのめせば、私との力の差を思い知って言う事を聞くようにもなるだろう。
どうすれば最も効率よく、こちらの手の内を明かさずに圧勝するかが課題だ。
決闘の場所と時刻は指定できるから、地の利はこちらにある。
使用すべき獲物は剣か、それとも別の物か。
どちらにせよ、人目を避ければガンダールブの力は大々的に使わなければ問題ない。
となると……。
「ちょっと、そこの馬鹿犬」
私が思考の海に沈んでいると、背後から声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにいたのは桃色の髪をした私のご主人様の姿。
「おや、ルイズさん。お帰りなさい」
「お帰りなさいじゃないわよ!? 何で鍵閉めといたのに開いてんのよ!? あんた、また逃げたわね!?」
「え? いや、今回はちが……」
「黙りなさい変態! しかも何か部屋がイカ臭いし、何よこれ!?」
「いや、だから……」
「うるさい! あんたを信じた私が馬鹿だったわ! まだ躾が足りないようね!!」
こうして日課のお仕置きが再開された。
なお、鞭で叩かれている内に賢者モードは勝手に終了した。