四四八は鳴滝と共に大急ぎで塩屋虻コロニーに急行する。
「柊、あれを見ろ!」
「もう始まってるのか……!」
森から僅かに見える塩屋虻コロニーの家屋から火の手が上がっている。
「くそ……!」
悪い予感は見事なまでに的中した。幾らなんでも先程の二人だけでコロニーに来るなどありえるわけがない。
正々堂々と町に宣戦布告したのだ。いつ来てもおかしい状況ではなかった。
コロニー中の家屋が炎上し、バケネズミ達は悲鳴を上げながら逃げまとう。姿形こそ人間とは遠くかけ離れてはいる
ものの、呪力者、ひいては町の人間達に対するこの上ない程の恐怖の感情が四四八にも痛い程に伝わってくる。
数百年もの間このような仕打ちを受け続けていたのか。こんな行いを続けていれば反乱が起こるなど馬鹿でも分かるはずだ。
それに対して町の長である朝比奈富子は「恨まれる筋合いなどない」と吐き捨てた。
「笑わせるなよ……!」
僅かに歯軋りをしながら、神栖66町の者達に対する怒りを露にする四四八。
「行くぞ鳴滝!!」
「応!!」
鳴滝が返事をするのと同時に四四八は大地を穿つ勢いで地面を蹴り、迅雷の速度でバケネズミ達を焼き殺し回る監視員の背後に迫る。
戟法の迅により、通常の何倍ものスピードで間合いを詰めて肉薄する。そして自身の得物である旋棍を創形すると、素早く監視員の
背中目掛けて渾身の一撃を叩き込んだ。
「ぎばぁ!?」
トンファーの一撃は、監視員の脊髄を粉々に砕くと同時に、その身体を炎上する家屋の中に入る形で吹き飛す。
電光石火の迅さで監視員一人を仕留めた四四八。以前と比較すれば確実に力が上がっている。
「これも戦真館で学んだ成果か……」
四四八は自分の成長を確認すると、監視員を殲滅すべくコロニー中を駆け回る。
他の仲間達も恐らく監視員達と戦闘を繰り広げている筈だ。
監視員数人が四四八に気づいたようだ。
「やれ、あいつだ!」
その声と同時に、崩れ落ちたコロニーの建物の瓦礫を浮かせたかと思うと、それらはミサイルの如き速さで四四八目掛けて飛来してきた。
「ちぃ!」
四四八は創法の形を使い、素早く自身の眼前に透明な壁を作り出す。
そして間髪入れずに横に飛ぶと、監視員達目掛けて肉薄する。
「させるか!」
監視員の一人が叫ぶと、四四八の身体に謎の衝撃が走る。
「ぐ!?」
体勢が崩れ、地面に転倒するも直ぐに身体を立て直すと、咒法の散と、戟法の剛を複合させた、旋棍の一撃を監視員達に放つ。
「がぁぁ!!??」
マズルフラッシュを光らせた衝撃波により、監視員達は勢いよく吹き飛んだ。
「これが呪力か……」
町長である朝比奈富子や塩屋虻コロニーのバケネズミ達から聞いた呪力。一種の念動力にも見えるが、物体を燃やしたり、バケネズミの身体を破裂させたり、
地形を容易に変えたりと、幅広い応用が利く力のようだ。
ここに来るまでの過程で地面には呪力によって身体が破裂し、至る所に内臓を散乱させたバケネズミの死体が大量にあった。確かに何の能力も持たないバケネズミ
から見れば正しく神のような力だ。
「どんなに凄まじい力だとしても、使い手がロクデナシだとどうしようもないないな……」
そう、如何に神の如き強大無比の能力でも、使い方次第で最悪の怪物を生み出しかねない。
人間にホイホイと強力な力を与えれば碌な結果にならないことなど目に見えている。
「そうだ、他の皆を探さないと」
呪力を使用し、その力でバケネズミに神を崇めさせる町の者達の未熟さに呆れつつ、四四八は仲間を探しにコロニーを奔走する。
足を進めると、コロニーの会議場に辿り着く。
「いたぞ! あそこだ!」
会議場の下には十名近い監視員達が待ち構えていた。
「ちっ! 流石にまずいか!?」
只でさえ強力な呪力使いが十名近くもいるのだ、四四八はすかさず右横の家屋に身を隠す。
と、その瞬間身を隠していた家屋が崩れ落ち、その瓦礫が空中に舞い上がった。
「喰らえ!」
大量の木と石で構成されたミサイルが恐るべきスピードで四四八に降り注ぐ。
四四八も戟法の迅を応用し、素早くかわし続ける。
休む間もなくそれは続き、振ってくる木材やコンクリートはさながら絨毯爆撃を思わせた。
「ぐ!?」
振ってくる落下物を避け続ける四四八の身体に衝撃が走る。先程受けたモノと同じ攻撃だろう。文字通り全身がハンマーで殴られたような衝撃に襲われ、必然的に動きが鈍り、止まる。
「動け! 俺の身体!!」
四四八は自身に活をを入れると、間髪入れずに降り注ぐ攻撃を紙一重でよける。
空をよく見ると、空中に舞い上がっている木や石、コンクリートの量が数倍になっているではないか。
複数人の呪力者がいるのだ。飛び道具を増やすこと位はするだろう。
飛び道具だけでなく、身体に受ける謎の衝撃という波状攻撃に晒される四四八。
「近づこうにも、この状況では……!」
四四八が、改めて呪力の強大さを認識すると同時に、数名の監視員の脳天が破裂する。
「ぐばぁ!?」
「な! 何だ!?」
監視員達も突然のことに気が動転し、一瞬の隙が生まれる。
「喰らえ!!」
四四八は右手を突き出し、咒法の射を使ったエネルギー弾を数十発放った。
「がぁぁぁ!!!???」
放ったエネルギー弾は、監視員達の身体を穿ち、コロニーの会議場の壁を穴だらけにする。
エネルギー弾をまともに受けた監視員達は、バラバラの肉塊となり、惨殺されたような無惨な死骸になっていた。
ようやく監視員全員を倒すことに成功した。監視員達の呪力によって舞い上げられた多数の瓦礫が、術者が死んだ影響からか、
地上に落下してくる。
「今の攻撃は……」
「あたしだよ! 四四八くん!」
「歩美!」
歩美だけではなかった。世良、栄光、我堂、鳴滝、晶も全員一緒だ。
「お前達、無事だったか!」
「うん、とりあえず生き残ったバケネズミさん達は一通り避難させておいたから」
「とうとう始まっちゃったね四四八くん……」
「ああ、だがこれは俺達全員が望んだ戦いだ」
呪力という力は実に強大かつ、変幻自在、千変万化だ。一言で呪力といってもその奥深さと応用の広さは正しく驚異としか言い様がない。単なる
力押し一辺倒の超能力とはワケが違う。そしてそれ故に惜しかった。如何に本当の神の如き力だとしても、町の連中は非力なバケネズミ達を支配する
目的で使っていることに。崇高な理念や目的、信念で使っているのではない。ただひたすらに自分達が支配する側でいたいのだ。呪力は自分達が神
でいる為の力だと言わんばかりに。
「結局あいつらのしてることは弱いもの苛めじゃない。こんな低レベルのことしててプライドはあるのかしら」
「想像力の足りない人間が、強い力を持てばどうなるかという見本だな……」
巨大過ぎる力は人間の思考を狂わせる。千年前に人間の中に生まれた呪力によって全てが狂いだしたのだ。生まれながらに大きな力を持って生まれて
くるのは、メリットばかりではない。それ相応にデメリットも付いてまわる。人間が手にするには余りに強すぎる呪力という病に冒されている神栖66町。
彼等は決して旧人類であるバケネズミとは交わらないだろう。
「貴方達、自分達が何をしているのか理解してるの……!?」
「誰だ!?」
四四八が、声の方向に目を向けると、森から出てきた二人の男女がいた。先程の渡辺早季と、朝比奈覚だ。
「今の社会が平和なのは私達呪力者がバケネズミを管理してるからよ! その平和な社会を壊そうとするなんて気は確か!?」
「そうだ! お前達はケダモノの肩を持つのか!?」
バケネズミの味方をした四四八達に対して罵声を浴びせる二人。
「お前らなぁ! バケネズミが何で反乱起こしたのか知っているのかよ!!」
晶が二人に喰って掛かる。
「まさかお前達、バケネズミを人間と同じだとでも思ってるのか? あんな醜いケダモノが俺達と同じに見えるとでも?」
「人間とは程遠くても、感情や理性があんだよ! お前達に支配されてるのが、どんだけあいつらを苦しませてるのか理解してんのか!?」
「先に良好な関係を裏切った連中だ。反乱で町の人達が死んでいるんだぞ!! こんなことをしておいて被害者面だと? いい加減にしろ!!」
晶と覚はお互いに頭に血が昇った状態だ。
「何を言おうと先に反乱を起こしたのはバケネズミだろうが!! こいつらのせいで死んだ町の人達に謝れ!!」
「そうよ、どんな理由であれ、バケネズミが反乱を起こしたことによって町の人達が死んだことに変わりない。あんなことをしておいて
バケネズミに正義があるとでも?」
喚き散らす覚と、反乱を起こしたバケネズミを一方的に悪だと糾弾する早季。
「いい加減にしろよお前等……!」
晶が二人に近づき、覚の胸倉を掴む。
「いい加減にするのはお前達だ! まだ俺の言うことが理解できないのか!?」
「……晶、よせ。こいつらに何を言っても無駄だ」
「けど四四八!!」
四四八はこうもバケネズミ側の事情など一切合切無視し、一方的に自分達が被害者だと言ってのける町の人間達の救いのなさに
内心甚だ憤っていた。爆発寸前のマグマが自分の体内で燻っているような感覚になる。
朝比奈富子から聞いた千年にもわたる争いの歴史は終わり、スクィーラの生きる時代は平和なのだが、その平和の裏ではバケネズミ達が
理不尽な仕打ちを受けながら暮らしているのだ。所詮呪力を持つ者と、持たない者との差と言ってしまえばそれまでだが、歩み寄る人間の
一人や二人すらもいないとは救いようがなかった。
これも一つの社会の形なのだろう。しかし四四八自身、目の前で苦しむバケネズミ達を「社会の形」という一言で見殺しにするなど、自分の
理念、ひいては千信館の理念に反する行いだ。「仁義八行」、この四文字は四四八自身のポリシーであり、誇りとしている考えだ。四四八から
見れば町の行う支配体制は到底見過ごすことのできないものだった。
四四八は、晶を下がらせ、覚と早季の二人に近づく。
「もう一度問おう、本当にバケネズミと歩み寄る気はないんだな? 今回の反乱はバケネズミだけに責任があると?」
「当たり前だ! 連中が行った非道は許せない!! 信頼を裏切ったケダモノ共!!」
「そうよ、私達は平和に暮らしていたのに、それをバケネズミが!」
「……もういい、黙れ」
四四八は最早この二人の言葉は一言として聞きたくなかった。
「何か言ったか!?」
「何よ?」
「黙れよ貴様等ァ!!!!!!!!!!」
怒髪天を突いた四四八は、二人の顔面に鉄拳を叩き込む!
「ぐべぇ!?」
「ぎゃ!?」
二人は、四四八の拳をモロに受け、口から折れた歯を吐き出しながら、森の木に叩きつけられた。
「もういい、分かった。お前達に期待した俺が愚かだったみたいだ。そこまで言うのならお前達の町と戦ってやる!!!!」
そう四四八が言うと同時に「ソレ」は聞こえてきた。
「ふっ、どうやら案の定、お前達も連中と戦うことになったようだ」
「あぁ……、こういうのを呉越同舟って言うんだっけセージ? 敵対していた者達が共通の敵の為に団結するって、使い古されたパターンだけど、
こういうのは所謂王道って言うんだろうねぇ……」
聞き覚えがある、忘れはしない、忘れるわけがない。地の底から響き渡る幽鬼を思わせるこの声を、この世の不協和音を全て合わせたかのような
耳障りなこの声を。
およそ血の通った人間には到底出せないであろうこの声の主を四四八、並びに他の仲間達もよく知っているであろう声だ。
そう、第四層起きたあの出来事を生み出した張本人、そして四四八の母である恵理子をその手で殺した男……。
「柊聖十郎……!!」
「久しぶりだな、四四八……」
目の前にその男が現れた。自分の妻であり、四四八の母恵理子を何の躊躇もなく虫でも潰すかのような気軽さで、その命を奪い取った男。
それと同時に現実の世界では天才学徒として世に知られた存在でもあるこの男こそ、夢界六勢力の一角、逆十字の首領柊聖十郎だ。
「何をしにきた貴様……!」
四四八は、燃え盛る憎悪と憤怒に満ちているであろう眼差しを、柊聖十郎に向けていた。