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No.40250の一覧
[0] 相州戦神館學園 八命陣×新世界より   邯鄲の世界より(完結)[サノス](2016/05/03 15:18)
[1] プロローグ 盧生に近し者[サノス](2014/07/30 22:37)
[2] 第1話 スクィーラの決意、未来の為の戦い[サノス](2014/07/31 21:49)
[3] 第2話 絶望の未来、そして新たなる力[サノス](2014/08/03 01:20)
[4] 第3話 仲間という存在[サノス](2014/08/12 15:33)
[5] 第4話 受け入れてくれる存在[サノス](2014/08/20 20:41)
[6] 第5話 スクィーラの涙、戦いの時[サノス](2014/08/21 19:29)
[7] 第6話 蠢く闇、そして力[サノス](2014/08/23 00:14)
[8] 第7話 四四八の怒り、神栖66町との対決[サノス](2014/10/10 16:39)
[9] 第8話 真実[サノス](2014/09/25 20:40)
[10] 第9話 呉越同舟[サノス](2014/11/26 18:12)
[11] 第10話 いざ、戦いの時[サノス](2014/11/26 18:19)
[15] 第11話 決戦!神栖66町[サノス](2014/11/26 20:15)
[18] 最終話 邯鄲の世界より[サノス](2016/04/21 11:29)
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[40250] 第10話 いざ、戦いの時
Name: サノス◆d4b8a835 ID:7f85f37a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/11/26 18:19
 「やあ、水希。君と肩を並べて戦えるなんて僕は何て幸せ者なんだろうか。これは何よりも『彼』が望んでいたことなんだよ?」

 「神野ぉ……!」

 世良も四四八と同じく今この瞬間にも暴発しそうな勢いで神野明影を憤怒に彩られた双眸で睨んでいる。

 四四八等、戦真館のメンバーにとっては正真正銘不倶戴天の敵である柊聖十郎と神野明影。この二人が四四八達に持ちかけてきたのは
『共闘』だった。

 「僕等にとっての共通の敵、即ち神栖66町を夢界にいる全勢力で叩き潰すのが僕の主のお望みさ。町の連中を潰さないと色々と面倒な
ことになるからねぇ。神栖66町、ひいてはこの時代に存在する呪力者の存在は絶対に無視できないんだよ。僕とセージだけじゃなくて、
君達にとっても最悪の事態を招きかねないんだ」

 神野明影は以前のような嘲笑的な道化師の雰囲気を控えめにして、四四八達に今回の事態の説明をした。

 「だからといってお前達と組めと言うのか……?」

 「言ってるじゃないか。肩組んで団結しなきゃ勝てる相手じゃないって」

 逆十字、べんぼうの両勢力と同盟をするということは今までにされてきたことを一時的であるが、水に流すという意味でもあった。

 簡単に同盟とは言うが、そう易々と受け入れることのできる四四八達ではなかった。確かに町の連中の行ってきた非道の数々を目の当たり
にしたのは事実だ。確かに町は強大な呪力者の集まりではあるものの、それでも戦真館メンバーだけで立ち向かうのは不可能ではないと四四八
は思っていた。

 「そう簡単に納得できるかよ!」

 晶が神野に食って掛かる。

 「それは俺も同じことだ。お前等のような凡愚共と同盟を組まされる身にもなってみろ。だが俺の道具として利用してやる分には
それもいいと思っている。精々俺の役に立ってみるがいい」

 「セージ、今回は戦いに来たんじゃないよ。彼等を煽るような真似は逆効果だと思うけどねぇ」

 「ふっ、それを貴様が言うか?」

 「あっ、そうだったね。きはははは!」

 神野は以前と変わらぬ下劣な不協和音を思わせる哄笑を上げる。

 「ま、僕等が彼等にいくら言った所で徒労だろうから、僕の主が今、ここに来ているよ」

 神野がそう言った瞬間、四四八達に掛かっている重力が数十倍になったかのような感覚に陥った。

 「ぐ!? これは!?」

 「な、何これ!?」

 「か、体が重い!」

 尋常ではない圧力と重力の奔流が身体に襲い掛かる。それだけでなく自分の心臓を誰かに握られているかのようだ。

 「あんめいぞ、ぐろぉりあぁあす! ようこそ、我が主よ」

 「ほぅ、お前がセージの息子か……」

 「だ、誰だお前は……?」

 四四八は俯いていた自分の顔を上げ、声のする方向に目を向ける。そこには黒衣の軍装を纏った長身の男が立っていた。

 「もう一人のイェホーシュアよ、俺はお前を歓迎しよう」






 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※




 スクィーラは、気がつくと自身のコロニーである塩屋虻の入り口に立っていた。あの影法師の言っていたスクィーラに課せられた使命。

 それを果たさなければならない時が来たのだ。そう、今度こそ本当の最後の戦いになるだろう。スクィーラは塩屋虻コロニーの中に入って
いった。

 コロニーの中に入ったスクィーラの目には建物は破壊され、地面にはコロニーに住むバケネズミ達の姿が飛び込んでくる。

 反乱を起こした代償、今の目の前の惨状はこの一言が全てを現していた。初めてミノシロモドキから真実を聞かされた時の衝撃は今でも
覚えている。あの時は数日間も放心状態に陥ってしまった。そして次の一ヶ月の間は自分の今の姿と祖先達のこと、今の社会構造についての疑問
と、自分達の現在の立場について大いに苦悩した。

 放心、苦悩、疑問、憤り、憎悪、やるせなさ、その他諸々のマイナス感情に支配されてしまったのだ。自分の配下のバケネズミ達も似たような
心境だっただろう。

 今のバケネズミ達の立場を考えてみれば、ミノシロモドキに記録されていた残酷な真実は到底受け入れ難いものだったのは確かだ。

 しかしやがてその真実をスクィーラは受け入れた。幾ら悩んだ所で、悲しんだ所で今の自分達の立場がひっくり返るわけではない。
この真実を町に伝えた所で分かってもらえるのだろうか? 今思えば四回目で町に直訴に行くなど自分からすれば考えられないことだった。
自分の性格を考えれば自己犠牲などするわけがない。

 スクィーラは自分の汚さを十分に理解していた。コロニーを生き残らせ、発展させる為であればそれこそどんな汚い手段も取ってきた。
利用できるものはとことん利用する。ミノシロモドキの真実を知った後も更に非道とも呼べる行いに手を染める。

 自分を産んだ母の脳を手術し、生ける屍に変えたこと。町の人間達に立ち向かう為に救世主、悪鬼の子供を育て上げたりもした。数千の部下達を
使い捨てにした。町から赤子を攫い、第二第三の悪鬼にしようとした。今更後悔などはしない、するわけがない。

 全ては自分達の立場を変える為に行ったことだ。こうでもしなければ町の連中に勝利することなど到底不可能だったから。

 しかしそのような汚い手段を用いても、結果は町に敗れた。敗れたスクィーラは裁判にかけられ、傍聴席の町民達の嘲笑と罵倒を一身に受け、
無限地獄の刑にかけられた。

 自分のことを理解しているように見えた渡辺早季だとて、大雀蜂の傘下のコロニーを生き残らせたものの、町の人間達が行うバケネズミに対する
非道な仕打ちの数々を見てみぬふりを続け、塩屋虻の生き残りが反乱をすれば、日本中のバケネズミのコロニーを殲滅しろという町民の声を
受け入れ、それを実行した。

 渡辺早季という女は偽善者そのものだ。反乱を起こさざるをえなかったバケネズミの立場を都合よく無視して町の人間を攻撃した行為だけを
責め続けたのだから。自分の住んでいる町がバケネズミに対してどのような仕打ちや支配を行ってきたのかをまるで見ていない。

 そうでなければ檻の中にいたスクィーラに謝罪を要求などできまい。バケネズミ達の受ける苦しみなど結局の所どうでもいいのだ。

 それはそうだろう、余りにも人間とはかけ離れすぎた自分達バケネズミなど家畜程度の見方しかしていまい。

 共存? 和解? 歩み寄る? そんなことなど絶対に不可能だ。

 旧人類はバケネズミに改造され、新人類が支配者となったことは大いに疑問が残る。そもそも旧人類が新人類を終始苦しめ、支配していたのとは
違う筈だ。暗黒時代の神聖サクラ王朝は呪力者が非能力者を支配する国であったし、呪力を使って略奪や虐殺を行う輩も多数存在していた。

 にも関わらず、新人類同士は「攻撃抑制」と「愧死機構」により殺し合いはできないのに、旧人類はバケネズミという人間とはかけ離れた姿に
変えられ、新人類は改造された旧人類を一方的に殺せるということ自体がおかしい。

 傍から見ても余りに新人類側に有利な計画だ。

 過ぎたことを悔やんでも仕方のないことだが、旧人類をバケネズミに改造した科学技術集団を見つけたら、肉片も残さずにこの世から消し去りたい
気分になる。
 
 「覚悟しろ神栖66町……。これが、これが最後の戦いだ……!」

 スクィーラは破壊された町の中を歩みながら改めて固く決意する。

 「待っていたぞスクィーラ、盧生に近い者よ」

 聞き覚えのある声がした。スクィーラは声の方角に向けて歩みを速めると、そこには見知った顔がいた。

 「貴方は……」

 「久しぶりだな。こうしてまた会えるのは嬉しいぞ」

 スクィーラを待っていた人間は甘粕だけではなかった。戦真館の面々、神野明影、柊聖十郎、神祇省の壇狩摩、貴族院辰宮の辰宮百合香までいた。

 「久しぶりじゃのう、スクィーラ。この戦いにはわしも参加させてもらうでよ」

 壇狩摩が蜥蜴のような目を細めながら言う。

 戦真館に入学して以降、数回程顔を合わせたことがある。その時に狩摩の配下である鬼面衆と手合わせして勝利を収めた。

 「貴方も変わりなようですね狩摩様」

 「お前、随分と様変わりしたのぉ。最初にお前の姿を見た時にはてっきり廃神タタリの類かと思ったわ」

 壇狩摩と顔を合わせた時には人間の姿だったので、今のこの姿に驚かれるのは無理もないだろう。

 「お久しぶりですね、塩屋……いえ、スクィーラ殿」

 「相変わらずのようですね。辰宮様も」

 貴族院辰宮家の令嬢、辰宮百合香が、スクィーラに笑顔を向けて軽く会釈をする。

 百合香と、その執事である幽雫宗冬には初めて顔を合わせた際に本当の姿を見せている。

 「スクィーラ! 無事だったのか!?」

 「塩屋くん!」

 「塩屋!」

 戦真館のメンバーがスクィーラに駆け寄る。

 「皆さん……、急にいなくなって申し訳ありません」

 「気にするな、お前にはお前の事情があるんだろう」

 「柊様……」

 スクィーラは、自分の瞳を真っ直ぐと見据える四四八の眼差しは、スクィーラを家畜の類として見下している神栖66町の者達とは明らかに
違うものだった。対等な存在に向ける視線であり、しっかりと相手を見ている目だ。

 町の人間達の中に四四八達戦真館のメンバーのような者がせめて一人でもいてくれたら……。

 「スクィーラよ、これより我等の世界の命運を掛けた決戦を行う。遠慮は無用だ、町の連中に情けは無用だ。生き残る為に知恵を絞っていても、自分達が支配者で
あるという愉悦に浸りたいのだ。自分達の祖先と同じ過ちを繰り返していることに気付かないとは救いようがない」

 「連中が自分達の過去の行いに真摯に向き合えると思うか? そんなことなど不可能だろう。連中はひたすらに自分達こそが神という崇高な存在
だと思い込んでいるだけよ。呪力という力に「胡坐をかき」、呪力を振りかざして思う存分にバケネズミを支配し、蹂躙する。こんなことを
していて町の未来や日本の未来など語る資格などあると思うか?」

 「未来を語るならば自分達の過去の行いを振り返り、自分達の落ち度を反省してその上で未来に繋げるべきだろう。所詮は支配することでしかバケネズミと
の関係を持てない分際で未来を容易く語るとは片腹痛いわ。自分達のしてきたツケがそのまま返ってきている至極単純な道理も解せない阿呆共が君臨する未来な
ど微塵の価値すらもない」

 甘粕は熱の篭った弁舌を振るう。神栖66町はバケネズミの受ける苦しみも、反乱をするまでに彼等を追い込んでしまったという事実もまるで理解していないのだ。

 そう、ここからが本当の戦い、スクィーラにとっての最後の戦いが始まるのだ……。



 
 


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※






 それは異様な光景だった。暗く、冷たく、およそあらゆる温かみという要素を全部纏めて取り払ったこの室内では、一人の少女の絶叫が響き渡っていた。しかしその程度で
あれば異様という言葉で表現するには足りないような気もするが、叫び声を上げる少女の姿は最早少女などというカテゴリーに当て嵌まらないものだった。

 雪を思わせる白く美しい肌だった肢体には、グロテスクな膿だらけになり、しかもその膿からは蛆を思わせるおぞましい生物がポトポトと生み出されていた。

 いや、それだけではない。少女の肢体中に広がる膿は、生きているかのように律動を繰り返し、膿の幅が広がったり狭まったりしていて安定していなかった。

 そもそも膿自体は生き物ではない。ましてや膿から蛆が生まれるなど普通では考えられないことだ。

 しかし膿が生きているかのように動くだけであれば、まだ救いがあった。

 少女の両手両足の骨は粉レベルまで砕かれており、手足を軟体動物のようにくねらせる。口からは血とも反吐ともつかない液体が絶えずはきだしていた。

 しかしそれらの事象ですらも、少女が苦しんでいる原因に比較すればどうということはない。

 何らかの生き物の赤子を思わせる生物が十匹以上も床を這いずり回っている。その生物はどこから来たのか?

 答えは明確だった。少女が自分の股から、この生物を産まされて・・・・・いるのだ。

 床を這いずり回る生物は、イザナギとイザナミとの間に生まれた蛭子。いや、それ以上におぞましく、異次元に棲む生命体を思わせた。

 このような生き物が自分の腹から生まれてくるという事実に耐えられる人間の女など存在しないだろう。

 更に言えばこの生き物を産む時に伴う激痛は人間のそれを軽く凌駕していた。出産に伴う激痛や苦しみなど、これに比べれば針が刺さった程度なのだから。

 そんな出産を十回以上繰り返しても尚、自分をこんな目に遭わせている存在に対する怒りの感情が消えないのは正しく驚嘆に値する精神力だった。

 苦しむ自分の姿を見ながら、あざ笑う者達に憤怒の炎が燃え盛る眼光を向けるこの少女こそが、夢界六勢力の一角、鋼牙の首魁であるキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワなのだ。

 自分の率いる部下達と、バケネズミ達を連れて、神栖66町に最初に殴りこんだキーラであったが、町が誇る最強の呪力者鏑木肆星と、最高の呪力者日野光風の二人によってあえなく敗れた。

 そして囚われたキーラは、呪力による拷問を受け続けていたのだ。
 
 「貴様等ァァァ!! 許さんぞぉ!!!!」

 「ほう、まだそんな口が聞けるのか」

 神栖66町の拷問官は、憤怒の形相で吼えるキーラを見ながら口元を歪める。

 「バケネズミに組し、町を攻撃した不届き者が! 町民を殺した貴様にはまだまだ地獄をその身で味あわせてやるぞ」

 「ギャァァァァアアア!!!!????」

 拷問官がそう言うと、キーラの身体が大きく歪み始める。さながら水飴か粘土の如く形状は目まぐるしく変わっていく。しかしこんなことをされても尚死ぬことのない
キーラの生命力は文字通り脅威的でもある。

 しかし持ち前の生命力がかえって苦しみを長引かせているという皮肉な結果となってしまった。

 「穢れたバケネズミなど我等の道具、家畜に過ぎん! 何なら貴様もバケネズミと同じにしてやろうか!!」

 「ぐぁぁぁ!!!?? ギャアアアア!!!!???」

 拷問されるキーラの様子を、町の長の朝比奈富子、渡辺早季、朝比奈覚が見守っていた。

 早季と覚は、四四八に殴り飛ばされて気絶していたが、目を覚ますと、スクィーラ達に気付かれないようにその場を離れたのだ。

 あれから丸五日。戦真館の面々の宣戦布告を受けた神栖66町は戦いの準備に余念がなかった。拷問を受けるキーラは、十日前にバケネズミと連合を組んで
町に戦いを挑んできたのだ。五十名の町民が犠牲になったものの、戦いの末にキーラ率いる軍と、バケネズミは破れ、敗軍の将であるキーラは囚われの身となったのだ。

 「貴方がバケネズミと一緒に戦いを仕掛けてきたせいで町の人達が死んだ! 今謝ればこの拷問から解放してあげるのに……」

 「卑劣なバケネズミ達に組して、町の人達が死んだんだぞ! 自分が何をしたか分かっているのか!」

 早季と覚はバケネズミ達がどのような経緯で反乱を起こしたのかなど眼中にない。町の人間達が反乱によって死亡したことにだけ執着していた。

 主従関係になったバケネズミの裏切りが許せないのだろう。少なくともバケネズミ達がどのような心境で町の人間達に従っていたのかなど興味はない。

 バケネズミとの関係はすべからく「良好」であるから。その信頼関係を踏み躙ったバケネズミ達の言い分など一切聞く気などなかった。ただひたすらに町を攻撃したバケネズミ
に対する怒りの感情しかなかったのだ。

 これが神栖66町に生きる呪力者として常識の考えなのだ。自分達の気分を損ねただけで、意に沿わなかっただけで平然とコロニーごとバケネズミ達を抹殺する。まるで虫でも
踏み潰すかのような気軽さで。最初からバケネズミがどんな気持ちで支配を受けているのかなどどうでもいい。自分達呪力者を敬い、従うことが「普通」であり「常識」。

 「家畜」「道具」が主人に逆らうようなことなど認めるわけがないから。「家畜」「道具」の都合など知る由もないから。「家畜」「道具」は主に従うことが普通だから。

 町民はまさしく神であり、バケネズミ達はそれを敬う卑しい存在。千年後の未来においてはこの思想は常識的なものだから。

 が、そんな町民をあざけ嗤う来訪者が今、この尋問室に来たのだ。

 部屋の片隅から糞尿があふれ出して来る。比喩や誇張などではない、正真正銘本物の糞尿だ。

 「何? この臭いは……?」

 鼻腔を突くような臭気を持つ糞尿の存在に最初に気付いたのは朝比奈富子だった。

 目の前で行われているキーラの拷問に気を取られ、数分程気付くのが遅れた。

 富子に続いて覚、早季、拷問官もこの部屋全体に漂う臭気に気付き、事態の異常さを察知した。

 そして糞尿は天井、壁からも湧き水のように溢れ出してくる。

 「Sancta Maria ora pro nobisさんたまりや うらうらのーべす

Sancta Dei Genitrix ora pro nobisさんただーじんみびし うらうらのーべす 」

 そして部屋全体に祈祷聞こえてくる。まるで何人もの人間が輪唱しているかのようなぶれた声で。

 寒々しく、温かみの欠片もない無機質な拷問室が瞬く間にこの世のありとあらゆる穢れの数々が充満する便房と化した。

 溢れ出してくるのは糞尿だけではない、ヘドロ、蝿、蛆、蜘蛛等々およそ人間からは忌み嫌われる要素のある代物がこの部屋全体を塗り替えていく。

 どこか虚無的とさえ言える冷徹な空間は、この世の汚物穢れの類を凝縮した不浄の異界へと様変わりした。もはや一種の芸術とさえ呼べる程の冒涜的な
穢れをこの部屋に呼び出した存在、曰くタタリ、神野明影である。

 「誰!? 貴方は!?」

 「どうも、神野明影と申します。この度は反乱軍の使者として参上しました」

 「貴方のような存在を招待した覚えはないけど?」

 朝比奈富子が、悪魔の化身である神野に堂々とした態度で言い放つ。

 「貴方もバケネズミに味方するの!?」

 「ああ……、君は確か渡辺早季だったね。バケネズミの立場なんてどーでもいい癖して、無理してバケネズミのことを理解した気になってるだけの偽善者だろ?
いーよいーよ、無理してバケネズミのことを分かった気にならなくてもさ。バケネズミくん達が反乱しなくちゃならなかった経緯もぜーんぶ丸ごと見て見ぬフリして
町のしてきた行いは知らん振り。で、反乱起こしたスクィーラ君に謝罪要求してる糞ビッチじゃーーーん!! こういう形だけ理解者みたいなフリしてる人間
って恥も感じないんだろうねー」

 「バケネズミとの関係は今の社会に必要なことだからよ!」

 「あいつ等と人間が対等に見えるのか!?」

 神野明影はいつも通りの狂騒的な表情を浮かべつつ、早季に対して煽りを入れる。

 「ま、この世界に生きて呪力って力に胡坐かいてる連中に何言っても通用しないだろうけどねー。それはそうと、もう君達の町を僕達の軍が包囲している頃なんじゃないかな?」

 「何ですって!?」

 驚嘆する早季、覚、富子、拷問官の四人だったが、神野の言葉は直ぐに現実のものであると思い知らされることとなる。

 「富子様!! 町の外が奴等に包囲されています!!」

 委員会の女が血相を変えて拷問室に飛び込んできたのは、神野の言葉から十秒足らずのことであった。


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