スクィーラは塩屋虻コロニーの生き残ったバケネズミ達を招集し、四四八達戦真館や、甘粕率いる夢界六勢力の面々と共に神栖66町を包囲していた。
反乱軍のリーダーはスクィーラ。ようやくこれが本当に最後の戦いとなるだろう。都合五回のループを経験したスクィーラにとっての最後の戦い。
影法師の言葉通りであればこの決戦で未来が決まると言っても過言ではないから。
「いよいよだな、スクィーラ」
「ええ、柊様」
自分を受け入れてくれた戦真館の面々にスクィーラは言葉にできない程の感謝を捧げていた。意地汚く、曲がりきった性根のスクィーラではあるが、本当の自分を
受け入れてくれた四四八達に対しては掛け値なしの感謝の念があった。そして自分を拾い上げた甘粕正彦という存在に対しても。
耳障りな蝿声が聞こえたと思えば、神野が甘粕の横に立っていた。
「神野よ、首尾は?」
「ええ、万事滞りはありません我が主よ。連中も本気のようです。本腰を入れての決戦となりましょう」
ついに、ついに町との決戦となる。
町の入り口には数十名の町民が陣取っていた。数十名とはいえ、一人一人が強力無比の呪力使いだ。油断は禁物なのはスクィーラ自身も承知している。
「あれを見て!」
世良が叫ぶ方角を見ると、町の長である朝比奈富子が姿を現した。そしてこちらの方に数名の従者を連れて近づいてくる。
そしてスクィーラの軍の位置から数十メートルの位置まで来た。
「スクィーラ、町を裏切ったケダモノが懲りずにまた反乱ですか? 我々も軽く見られたものですね」
「ケダモノだとてプライドや感情がある。文句の一つも言わない家畜が欲しいのならロボットでも作ればいいものを」
スクィーラは睨み据える朝比奈富子の眼光を睨み返す勢いで言い放つ。
「笑わせないでくれるかしら。今の貴方達バケネズミが今日まで生きてこられたのは私達があってこそなのよ。自らの祖先の受けた罪の烙印
を受け入れなさい」
「どこまでも想像力の足りない連中だ。自分達より遥かに非力な存在の上に立ち、意思も自由も尊厳も踏みにじるのがお前らのやり方か。神を名乗っていてもや
ってることは頭の悪い独裁者のそれだな」
四四八も富子の発言に黙っていられなかったのか、喰って掛かる。
「貴方も人間なら、なぜバケネズミなどの味方をするの?」
「人間だからこそ、だ。強大な力に溺れ、人間の持つ道徳心や倫理観も失ったお前等が自分達は人間だとでも?」
「ただの人間ではありません、呪力という力を持つ神です」
「へっ、自分で神とか名乗るのかよ」
鳴滝は嘆息をしつつ、自分の口で神と称す富子の言葉に呆れ返っている。
「一つ教えといてやるぜ、俺達の世界じゃ、お前等みたいな神様面した馬鹿共のことを単に痛い奴って言うんだよ」
鳴滝の言葉に頭に来たのか、富子は僅かに歯軋りをしている。
「つまらん、まったくつまらんぞお前達。どんな苦労をして呪力を手に入れた? 何の鍛錬も修練も試練も乗り越えずに力を得てしまえば怪物が生まれるだけよ。
自分達の力に誇りもプライドも持てないから平然と非力な存在を虐げるのだ」
甘粕も富子を始めとする町の人間の思想に辟易している様子だった。
そして甘粕の言葉が決定打となり、富子は言い放った。
「もうこれ以上話し合いをしても埒があきません。いいでしょう、私達の力を存分に見せてあげます。貴方達が人間の姿形をしているからこそ、ここまで話し合いに
乗ってあげたのですが、それももう終わりです」
「ふっ、相手がバケネズミだと交渉も話し合いもしない癖に、相手が同じ人間なら平和的な解決方法ときたか。呆れ返る程にお粗末な思考回路だ。お前等のような
小物にはバケネズミの苦しみなど未来永劫理解できまい」
「何とでも言いなさい。貴方達は自分の犯した過ちを後悔するでしょう」
四四八の煽りに苛立った様子の富子は足早に町の中へと戻っていった。
「これで開戦ですね」
「ああ、いくぞお前等ァ! 腹を括れぇ!!」
「応!!!!!!!」
四四八の掛け声と共に、開戦の火蓋が切って落とされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
まず最初の反乱軍側の第一波である塩屋虻コロニーのバケネズミ兵士達の突撃は、町民の呪力によって阻まれた。バケネズミの兵士達は、身体を爆竹のように破裂させられ、
地面に内臓をぶち撒けた。やはり強大な呪力者とバケネズミ達との力の差は隔絶したものだった。
が、そんな戦況はすぐに覆されることとなる。
貴族院辰宮の筆頭執事である幽雫宗冬がバケネズミ達の指揮を取るやいなや、状況が一変したのだ。幽雫は呪力者達との距離を信じられない速度で詰め、町民達が反応しきれない
ままに、得物のサーベルで十名前後の町民達を悲鳴を上げさせる暇もなく斬り捨てた。その余りの鮮やかな戦いぶりは一種の芸術とも呼べる程に完璧なものだった。一切の無駄の
ない洗練された太刀捌き、足運び、反応速度、戦法の数々を前に、戦争慣れしていない町の人間達は手も足も出なかったのだ。
邯鄲の夢を持つ者は呪力者の使うPK能力に対して耐性があると、甘粕から聞かされている。勢いにのるバケネズミ達の軍を率先して先導したのは幽雫だけではなかった。
四四八達、戦真館の面々は勿論のこと、スクィーラ自身もまさしく戦場を駆ける鬼神の如き勇猛さで町民達を蹴散らしていった。
五常楽のうち、破段に達しているスクィーラは、自身の適正の中で特に高い戟法の迅、創法の形を最大限に活用し、迅雷の如き素早さで町中を駆け回る。
そして創形した槍で片っ端から町民達を突き殺していく。
時折身体に掛かる衝撃は、恐らく呪力による攻撃だろう。耐性はあるといっても痛みはあるのだ。全身の骨が軋んでいく感覚に陥る。
しかし町に対する怒りの炎を燃やすスクィーラは、そんな痛みなど意に介さず、町民達を見つけ次第殺していった。
「私は新たな力を得た!! 貴様等を殺す為の力をなぁ!!!」
咆哮するスクィーラ。スクィーラは全身を支配する町に対しての憤怒と憎悪を加速させつつ、町民達を虐殺していく。
勢いづく反乱軍に押された形の町民達は、町の大広場まで後退する。そしてスクィーラ、幽雫、戦真館のメンバー率いる反乱軍は、大広場に雪崩れ込み、
大広場は反乱軍と町民との戦場と化した。
そしてその様子を町の上空から甘粕は見下ろしていた。まさしく、人同士の戦いを愉悦の表情で見物して楽しむ魔王のように。
「さぁ、神栖66町の町民共よ!! 自らを神と称するのならばお前等の持つ力、輝きを俺に見せてみろ!!! 神であるならばこの試練、乗り越えてみるがいい!!!!
さぁ、人の身でありながら神と名乗るその言葉、嘘偽りがないか証明してみるがいい!!!!! 俺がお前達に対して抱いた失望感を覆してみろ!!!!」
黒いマントを翻し、神栖66町の町民達に対して叫ぶ。人の持つ輝きを何よりも愛する甘粕は、神を称する町の人間達が、試練を乗り越えられるのかどうかを
見定めようとしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ほう、ほう。なんともこりゃしっちゃかめっちゃかなザマじゃのう」
町の大広場での戦闘を見下ろしつつ、壇狩摩は嘆息するかのようにぼやいていた。
「神栖の連中が小物か。そりゃ確かにそうじゃろうの」
狩摩は、四四八が朝比奈富子に言い放った言葉を思い出す。
夢界六勢力の面々だとて大人物とはいい難い。
心は汚く、利己的で、王道を嗤い、捻じ曲がっている。
町の長たる朝比奈富子でさえ、町の未来を憂いているように見えて、実際は支配され続けるバケネズミという旧人類の末裔
を気に掛けることすらしない。思慮深く、平和的な考えのような言動を取っていてもその実、自分達より下等な存在である
バケネズミ達の上に立ち、道具のように扱うことに対して欠片の抵抗感すら抱かない。
バケネズミの反乱を「信頼に対する裏切り」と臆面もなく言ってのける浅はかさ。
「所詮は物を動かす程度の力で神仏気取って悦に浸るだけの俗物共よ。そがぁな奴等に未来が築ける筈がなかろうが。甘粕
の言う通り、こりゃ聞きしに勝る馬鹿共よ」
「どれ、馬鹿共の相手をわしもしちゃるか。鬼面共ォ! お前等も混ざれや!!」
狩摩の言葉と同時に、狩摩の頭上に三つの鬼面が浮かび上がる。
「町の連中を全員血祭りに上げたれや」
怪士、夜叉、泥面の三鬼面が主である狩摩の号令と同時に人型を形成し、町の大広間に突撃していく。
まず最初に町民に対する攻撃を仕掛けたのは夜叉だった。
何も無い空間から無数の刀剣を創法の形で具現化させるやいなや、数十名の町民目掛けて豪雨の如く降り注がせる。
「ぐぎゃ!?」
「が!?」
「くそ!? 剣だと!?」
不意打ち、騙し打ちを得意とする神祇省の戦法は、強大無比な力を持っているものの肉体そのものは生身の人間であり、意識外からの不意打ちには
脆い町の呪力者相手に如何なく発揮された。
何人かの町民は咄嗟に呪力で作った障壁によって難を逃れたものの、突然の攻撃に対処しきれなかった多くの町民は、夜叉の放った刀剣により串刺しにされた。
「糞! 新手か!?」
数名の町民が、屋根の上にいる狩摩と鬼面衆に気付き、攻撃に転じようとしたその時、目に見えない一迅の疾風が町民達の間を駆け抜ける。
「な?」
「がぁ!?」
何が起きたのかも分からないという風に、町民達の身体はズタズタの細切れになり、調理されたように刻まれた肉塊が多量の血液と共に地面にぶちまけられる。
そう、鬼面衆の中でも隠形に特化した暗殺者の一人、泥眼だ。零の奔流と化した泥眼は文字通りの無の風となって標的に対して不意打ちを仕掛けた。
呪力を使うにはまず対象を目視しなければならない。呪力使いにとって目は命であり神栖66町の町民達は総じて視力が良いのだ。しかし相手を見ることを前提としている
ならば、見ることも感じることもできない存在による攻撃は正しく呪力使いにとっての鬼門であり、天敵であろう。
常道を逸した戦い方を得意とする神祇省の戦法はまさしく呪力者を殺す為に存在していると言っても過言ではない。
狩摩は口元を歪めて不適に嗤うと、重い腰を上げ、屋根から飛び降りて自らも大広場に降り立つ。
「俺も遊ばせてもらうでよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「やぁぁぁぁああ!!!」
スクィーラは、町が誇る二大巨頭、鏑木肆星と、最高の呪力者日野光風に戦いを挑んでいた。
流石は神栖66町の中でも最強と最高の二人を同時に相手にするのはスクィーラといえど苦戦していた。
地球すらも破壊できる程の力を有してはいるものの、肉体は常人に変わりないので、致命傷を与えてやればそれでお陀仏になる。問題は鏑木自身の動体視力の異常性だ。
通常の人間の範疇を超えるレベルの反射神経、360度全方位を見渡せ、遮蔽物すらも見通す視力。
邯鄲の夢で強化されたとはいえ、鏑木の持つ常軌を逸した魔眼に手を焼く。
二人は先程からスクィーラの身体を破裂させる為に呪力による攻撃を仕掛けてきているが、それと同時にスクィーラの身体の自由を奪おうと金縛りのような技まで仕掛けてきた。
しかしスクィーラはは力づくで呪力による拘束を振りほどく。呪力に対する耐性があるとはいえ、こう何度もも攻撃を受け続ける内にダメージは蓄積してく。しかし問題は拘束
時速数百kmの速さで二人の周りを駆け抜けているにも関わらず捉えられているということは恐らく鏑木がやっているのだろう。これ程の速さを易々と捉えるとは脅威の動体視力と言える。
大量の木と石で構成されたミサイルが恐るべきスピードでスクィーラに襲い掛かる。休む間もなくそれは続き、スクィーラの足場である家屋が無残に粉砕されていく。呪力を応用した絨毯爆撃とも呼ぶべきか。
家屋から家屋に飛び移りつつ、二人に向けて槍を投擲する。一つだけではない、素早く新たな槍を数本創形し、間髪入れずに二人目掛けて勢いよく投げつけた。しかしどれもが呪力の盾で悉くが防がれてしまう。
状況を不利と悟ったスクィーラは一旦広場に戻り、二人がいる建物の屋根に向かって一直線で向かっていく。
「はぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
自分の眼前に百本近い槍を創形し、それを一斉に二人目掛けて浴びせかける。
しかしそんな槍の暴雨も、呪力の盾によって防がれる。
そして次の瞬間、巨大なハンマーで殴られたのかと思う程の衝撃がスクィーラの右から襲いかかった。
「ぐぁ!?」
唐突な衝撃に一瞬気が動転したスクィーラだったが、すぐに状況を理解できた。
直径数メートルはあろうかという巨大な岩が自分の真横から襲ってきたのだ。今思えば呪力同士は干渉する。先ほど二人が周囲にある材木やら石やらを呪力で持ち上げた
かに見えたが、実際に呪力を使用していたのは日野か鏑木のどちらか一人だけで、その一人が周りの物体を動かしていたのだろう。それ程の衝撃を受けても尚、吹き飛ばされずに
その場に踏みとどまるスクィーラ。循法の堅の値がそれなりにあるので、どうにか耐えられた。
このまま戦いが長引けば、攻撃を受け続けている自分が不利になる。いくら素早く移動できるとはいえ、相手の動体視力がこちらの動きを容易く捉えてしまう。
「あの二人ですらも反応できない程にまで速く動ければ……」
スクィーラは願った。相手が反応できない程にまで速く動ければ、こちらを意識できない程にまで速くなれれば。
──────より速く
──────より早く
──────より迅く
「破段───顕象」
スクィーラは、自らの破段を出し、日野と鏑木と交差する形で彼らの後ろに着地する。
「な、何をしたバケネズミめ……? わ、我等にな……何を……?」
「か、身体が動かん……、スクィーラ、何を、何をしたぁ!?」
余りの速さ故に自分達が「攻撃された」ということにすらも気付いていないのだ。スクィーラは二人に百人分を殺せる程の猛攻撃を叩き込んだのだ。二人が
喋れる状態ではないのが普通ではあるが、スクィーラの破段の影響により、効果が現れるまでに「時間差」があるのだ。
「ぐぶ!?」
「がへぇ!??」
ようやく最初の一撃の影響が二人の身体に出たようだ。二人の脇腹を槍で一突きしたのが最初の攻撃だ。
そして二人が口から血を吐き出したのを皮切りに、二人の身体にスクィーラの繰り出した攻撃の影響が現れ始める。
「が……体が崩れるぅうううう!!!??? か、神である我らがぁぁ!!!」
「ぐべ!? がばぁ!!??」
耳が削げ、手足が第一関節からポトポトと屋根を転がり、地面に落ちていく光景を見て二人は思考が追いついていないようだ。
「わ、わだじの……腕が、耳がぁああ……!! 血、血が止まらない!! だ、誰が……、だ、だずげ……で……!!」
「ば、バゲネズミ如ぎにぃぃぃ……!」
最後の言葉を口にすると二人の身体は細切れになり、完全に地面に崩れ落ちた。
「貴様等には似合いの末路だ……!」
スクィーラは、残った二人の肉塊に唾を吐き捨てる。