鏑木肆星、日野光風という二人の実力者を失った町は総崩れとなり、町民達は我先にと逃亡を始める。
その様子を屋根の上から見守るスクィーラ。
「これでやっと終わりか……」
終わってみればあっけないものだった。あれ程までに強大な力を振るい、自分達を神と称していた町の人間達は形勢不利と見るや一目散に逃げ出しているではないか。町民達への憎悪に取り付かれていた
スクィーラも、逃げ纏う町民達の姿を哀れだと思い始めていた。
「連中は何も超越した神のような存在ではなかった……。一皮剥けば我等と大して変わらない」
これ以上痛めつけた所で何が変わるというのだろうか? スクィーラはこの辺りが潮時だと思い、戦いを終わらせる決意をする。
スクィーラは、屋根から下りて、四四八達の元に向かおうとしたその時、自分の前方に二つの人影が見えた。
「あれは……」
そう、自分にとって忘れようにも忘れられない存在の二人、渡辺早季、朝比奈覚。
「渡辺様……、もはや戦いは終わりです。諦めて降伏しなさい」
スクィーラは心の底では期待していたのだ。早季と覚の二人は自分達バケネズミのことを僅かでも理解してくれると。そして苦しめられてきたバケネズミ達の痛みや恐怖を分かってくれると。
そんな淡い期待を寄せていたのだ。
「断るわ、スクィーラ。私達はあなた達バケネズミに降伏なんてしない!」
「もうこれ以上の戦いは無意味ではありませんか? 貴方達だとて我等バケネズミがどれだけ追い詰められたのか理解できた筈です」
昔からの腐れ縁とも言える関係であるこの二人にだけはバケネズミの受けてきた苦しみを理解して欲しいとスクィーラは願う。
「私達は人間と然程変わらない知能を持っています。そんな生き物が、町の人間達の顔色を伺いながら暮らしていくという意味が分かりますか? いつ用済みになって消されるかも
分からない恐怖と戦う日々が想像できますか? 私達は苦痛も悲しみも怒りも感じない機械人形ではありません! 私達は人間と変わらない知能や感情を持つ生き物なのです。
どうか我等の痛みと悲しみを理解してください……!」
「例え貴方達が苦しんでいるのだとしても、それが今の社会を構築しているのよ。貴方はそれを受け入れられずに、独りよがりな考えで反乱を起こして、その結果大勢の町の人達を殺した!!
感情? 恐怖? 支配を受けているのなら、なぜそれを受け入れようとしないの?」
「なら不満も憤りも感じるなということですか!?」
「当たり前だ!!」
スクィーラの悲痛な言葉を遮るようにして覚が怒鳴った。
「そういう関係だということは最初から分かっていた筈だ!! 支配する者とされる者の関係などそれが普通なんだよ!! 自分勝手な欲望で反乱を起こしておいて! その他大勢のバケネズミは
俺達の支配を受け入れている。そういう社会だということを受け入れているんだよ! お前はそれを受け入れようとせず、俺達町の人間を裏切ったんだろうが!!!!」
「スクィーラ、貴方の気持ちは分かる。だけど今のこの社会は私達町の人間とバケネズミとの共存で成り立っているの。私は町の委員会に姉妹と友達の命を奪われたけど、それも今の社会を維持する上では
仕方のないことなの。嫌でも自分の立場を受け入れないといけないのよ」
二人の口から出てくる言葉は絶望だった。スクィーラの淡い期待を踏み躙るには十分過ぎる程の冷酷無比とも言える言葉だった。
今の社会を維持していくのに必要だから、この言葉で二人はスクィーラ達バケネズミの抱いていた感情を全否定したのだ。
確かに社会を維持していく上では必要なことなのかもしれない。だが所詮二人の言うことは、呪力という力を持ってバケネズミの上に立つ人間による自分達に都合の良い理論に過ぎないだろう。
自分達の支配体制を維持していく上で、最もらしい言葉を吐いて無理矢理納得させる。
自分達バケネズミを人間だと認めてくれることなど最初から期待などしてはいないが、バケネズミ達が五百年近くも受けてきた屈辱と苦しみ、地獄のような日々の一切を考慮すらもせず、
「今の社会には必要なこと」という一言で全否定ときた。
下らない期待などするべきではなかったのだ。所詮呪力者とバケネズミとでは違い過ぎる。
「もう一度聞こう、渡辺早季。バケネズミと歩み寄るつもりはないんだな?」
自分でも驚く程に乾いた言葉で早季に尋ねる。次に早季からバケネズミに対する否定の言葉が出れば自分の中で何かが弾けてしまうかもしれない。
今の自分は自分ではないような気がしてきた。スクィーラの抱いた絶望という感情。町の人間に対する救い難い程の失望。これらの要素が合わさった今、自分の中にいる「何か」を
呼び起こしてしまう……。
──────目覚める
──────目覚めてしまう
──────おぞましい何かが
──────自分の「中」から
──────何が生まれてくる?
──────自分ではなくなってしまう
──────何が生まれる?
──────何が?
──────何が?
──────何……が……?
「何度でも言うわよスクィーラ。貴方達バケネズミは町の人間に従うのが社会の構造なのよ! 身勝手な理由で反乱を起こしてよく被害者面ができるわね!!!!」
──────ここに、「協力強制」が実現した……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ああ、人の子よ、忠の心を忘れたか。そして自らを神と称するのか。ならば今一度知らしめよう。そして再び見せるがいい、清々しい息吹によって
一切成就祓と成れや。
神栖66町を中心とした全方角20kmから無限に湧き出す凶将陣・百鬼夜行
津波となって木々という木々を薙ぎ倒し、森を瞬く間に埋め尽くしていく無数の廃神が、町を目指し我先に遁走する。眼前の悉くを潰しながら。
文字通りそこに逃げ場など存在せず、神を騙る者達の全てを根絶やしにするまでこの凶将の進撃は止まることはない。
龍は祀り、鎮めるもの。拝跪し、畏れ、敬うもの。
だが今、千年の時を経た龍は狂っている。黄金の身体は爛れて腐り、万象灰燼と帰す魔性の震と化している。
ついに真価を見せる魔震の咆哮。大地の神威。
今こそ人の身でありながら神となろうとした者達への鉄槌を、制裁を、怒りを叩き込む。
「オン・コロコロ・センダリマトワギソワカ───」
「六算祓エヤ滅・滅・滅・滅」
「亡・亡・亡」
黄龍の化身は膿み爛れて邪龍と化し、神を称する者達の町へと怒涛の進撃を続ける。
人の身で神となることへの怒り。
本来敬うべく対象を蔑ろにしたことへの怒り。
忠の心を忘れし呪力者に対する憎悪憤怒に支配された裏勾陳首領、百鬼空亡が天地を震撼させる。
そしてついに町にたどり着いた。空亡から逃げ纏う凶将達は、激流となり町の家屋、逃げ纏う人々を全て纏めて蹂躙していく。
どんな火砕流や洪水よりもこの凶将百鬼陣の奔流は危険かつ破壊的だ。
ムカデ、犬、鬼、髑髏等の雑多な廃神の恐怖に駆られた突撃は、大陸そのものが向かってくるに等しい。
町に入った空亡は、逃げ纏う町民はおろか、配下である凶将達をも片っ端からとらえて無数の手を使いバラバラに解体していく。
「痛い? 痛いィ? 苦しい? 悲しいィ?」
「愛しい? 憎いィ?」
「辛い? 悔しいィ?」
「痛い痛い痛い痛いィーーーーキャァァァァァ、ぎゃぎゃぎゃはァーーー!」
空亡に殺された町民達の悲鳴、絶叫が周囲に響き渡る。しかし当の空亡はそんなことは意に介していない。
ただひたすらに暴虐、残虐、蹂躙、非道の限りを尽くしているのだ。
自分の中に戻っていく感覚に酔いしれながら、殺戮を続ける。
こうすることにに戻るのだ。
空亡は一人の女を見つける。
「早季!! 逃げろ!!!」
空亡が見下ろす先に一組の男と女がいた。
空亡はこの二人に特別に興味を抱き、逃げようとする二人を巨大な手を使い、摘み上げた。
「離せ!! 化け物ォォォ!!!」
「いや! 離して!!!!」
空亡はまず最初に男の方から「壊して」みた。
まずは男の両手両足を無造作に折り曲げた
「ぎゃぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」
次に男の下をくり貫いた。
「ゲボォォォ!!??」
肋骨を砕いた、鎖骨を砕いた、髪の毛を頭皮ごと引きちぎり、喉を潰し、背骨を折り曲げ、内臓を抉り出し、脳味噌を掻き毟った。
男は呆気なく死んだ。
「嫌!! 覚ぅぅうううううう!!!!!!」
男の死に女は悲鳴を上げる。男の死体を放り投げると、女の方を見る。
「この化け物!! よくも覚を!!!」
女は叫ぶものの、顔は恐怖に引き攣っていた。
「女、女だ」
「乳をくれ、尻をくれ」
「旨そげない腹をくれろ」
「その指わいにくりゃしぇんせ」
「わいに血をくれええええぇぇぇッ!」
空亡の無数の手が女の身体に殺到する。女の衣服を引き裂くと、女の身体を蹂躙し始めた。
「ギャァァァァァアアアア!!!!???」
腕をもぎ千切る、両目を潰して抉り取る。舌を引き抜き鼻を削ぎ、乳房を握り潰して喰らいはじめる
「痛い? 痛いィ? 苦しい? 悲しいィ?」
「愛しい? 憎いィ?」
「辛い? 悔しいィ?」
「痛い痛い痛い痛いィーーーーキャァァァァァ、ぎゃぎゃぎゃはァーーー!」
空亡は女を喰らい尽くすと、他の逃げ纏う町民達を手当たり次第に喰らい始める。
空亡の暴威暴虐暴食は止まらない。止められる者など存在しない。本当の自分く(に戻る為、
本来の姿に戻る為、それまでは決して行動を止めることはない。
そう、その時が来るまでは……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ま、町が……、神栖66町が壊れていく……」
町の長である朝比奈富子はその場にへたりこみながら、町を蹂躙する空亡を茫然と眺めていた。
四四八は、突如として現れた正体不明の強大な存在に自分の目を疑った。他のメンバーも似たような心境なのだろうが、
町を蹂躙していく怪物の群れはどういうわけか自分達戦真館のメンバーはおろか、他の六勢力には目もくれずひたすら神栖66町の人間達を
殺戮し、むさぼり尽くしている。
「一体あれは……」
目の前で暴威を振るう天災じみたモンスターが如何に自分達の手におえる相手ではないという事実肌で感じ取る。
最早アレは人の力でどうこう出来る類のモノではない。
「が!? は、離せ!?」
怪物の手が、目の前でへたりこむ朝比奈富子を掴みあげると、無数の手で富子の身体を解体し始めた。
「ぎゃ!? ギャァァァァァッァアアア!!!??」
町の長である朝比奈富子の断末魔が大広場に響き渡った。地面には富子の身体の肉片が落ちてくる。思わず吐き気を催す程におぞましい光景だ。
「痛い? 痛いィ? 苦しい? 悲しいィ?」
「愛しい? 憎いィ?」
「辛い? 悔しいィ?」
「痛い痛い痛い痛いィーーーーキャァァァァァ、ぎゃぎゃぎゃはァーーー!」
この怪物がいつ自分達を標的にするか分からない状況だ。四四八は、後ろに控えるメンバーにいつでも戦闘ができるように呼びかける。
その時、怪物の身に異変が起きた。
「忠なるや……?」
「汝、忠なるや……?」
怪物の身体が眩いばかりの光に包まれ始めたのだ。次から次に起きる事態の数々に四四八は状況が上手く飲み込めないでいた。
「今度は何だ?」
四四八が呟くと、隣に立っていた甘粕がゆっくりと口を開いた。
「どうやら、「元」に戻ったようだな……」
「どういうことだ?」
甘粕の言葉の意図が分からない四四八。
「見ての通りだ。スクィーラ……、いや百鬼空亡という目の前の怪物は元に戻ろうとしているだけだ(」
「だから、その言葉の意味は何だ?」
「町の連中は元々空亡の『一部』だからだ」
「何だって?」
甘粕の言葉を聞き、驚嘆する四四八。今目の前で光を出して輝いている百鬼空亡という名の怪物の正体はスクィーラだというのだ。しかも町の人間達は空亡の一部なのだという。
「詳しく聞かせてもらおうか、甘粕」
「よかろう、お前達には真実を知る権利がある」
甘粕の口から衝撃とも言える真実が語られた。
今この夢界で暴威を振るう六勢力の一角、裏勾陳首領である百鬼空亡は、スクィーラの生きる世界の千年前に、ここ夢界とは違う形で忠の心を忘却した人類に対して牙を剥いたのだ。
呪力、所謂PK能力と呼ばれる力を先天的に生まれ持った者達、後の呪力者の祖先である彼等に呪力という力を分け与えた存在こそが空亡だった。人類の文明は呪力の誕生をきっかけ
として崩壊した。更に暗黒時代における呪力者による非能力者支配を経て、現在の呪力者とバケネズミ達との関係に辿り着く。
「五百年にも渡るバケネズミ……いや、旧人類に対する支配でようやく「溜飲を下げた」ようだ」
現在の日本に存在する呪力者達は空亡の力を分け与えられた存在、呪力そのものが空亡の力の一部なのだ。
空亡が呪力者である町の人間を殺し、喰らうことで自分の元に還しているのだ。自分自身の欠片(ピース)を集め、再び完全なる姿を取り戻す為に。
神に対する忠義、忠心、忠誠を忘れ去った人類に対する怒りがここ夢界とは違った形で具現化したのだ。普遍的無意識の海を漂っていたスクィーラの魂と融合した空亡
間接的とはいえ、自分に対する忠誠の心を数百年に渡って見届けてきた。空亡自身の怒りは長きに渡る月日を経てようやく沈静化した。
空亡が暴れた理由は、自分の完全な力を取り戻す為。その為に町の人間達を残らず平らげた。
「見て、四四八くん! 空亡の様子が!!」
歩美が指差す方向を見ると、空亡の輝きが更に眩いものとなっていた。
「高天原に坐し坐して、天と地に御働きを現し給う龍王は」
「大宇宙根元の御祖の御使いにして一切を産み、一切を育て、万物を御支配あらせ給う王神なれば」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十の十種の御寶を己がすがたと変じ給いて、自在自由に天界地界人界を治め給う」
「龍王神なるを尊み敬いて、真の六根一筋に御仕え申すことの由を受け引き給いて 」
「愚かなる心の数々を戒め給いて、一切衆生の罪穢の衣を脱ぎさらしめ給いて、万物の病災をも立所に祓い清め給い」
「万世界も御親のもとに治めしせめ給へと、祈願奉ることの由を聞こし食して、六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給へと」
────恐み恐み白す
空亡が光に包まれ、天に昇っていく。
天に昇っていく空亡……否、スクィーラを食い入るように見つめる四四八。
「スクィーラ……、お前は……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その影法師はいつからそこにいたのか。何もない虚無の暗黒空間に朧気に漂いながら、一つの神が浄化されていく様子を見ていた。
そう、自分の役目を果たしておく必要があるのだ。最後の仕上げ、最後の仕事、この瞬間に自分の果たすべき役割があるのだから。
「武器も言葉も(人を)傷つける
Et arma et verba vulnerant Et arma
順境は友を与え、欠乏は友を試す
Fortuna amicos conciliat inopia amicos probat Exempla
運命は、軽薄である 運命は、与えたものをすぐに返すよう求める
Levis est fortuna id cito reposcit quod dedit
運命は、それ自身が盲目であるだけでなく、常に助ける者たちを盲目にする
Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adiuvat
僅かの愚かさを思慮に混ぜよ、時に理性を失うことも好ましい
Misce stultitiam consiliis brevem dulce est desipere in loc
食べろ、飲め、遊べ、死後に快楽はなし
Ede bibe lude post mortem nulla voluptas
未知の結末を見る
Acta est fabula 」
そして、全てが巻き戻っていく、あの頃の、あの時の、あの瞬間まで……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
────2011年日本 東京 AM8:00
その日はいつもの平常運転を続けていた。いつも通りのルーチンを繰り返す日々をこうして消化していく。
「ちぇっ……、いくら超能力なんて夢想したって現実じゃ空しいだけか~」
通学路を歩く一人の高校生が現実世界の退屈さを嘆く。所詮は夢、妄想、空想の考えや概念など現実の世界には入ってこない。
ひとたび現実の世界にそれらの要素を入れれば、取り返しの付かない事態を起こしてしまう故に……。
「ま、こういうのは子供のうちだけの特権だよな。早いとこ大人になって分別を付けるか」
平穏で繰り返される退屈な毎日。しかしそういった毎日を送れるのは幸福なことでもある。
この時、この瞬間こそが『分岐点』だった。しかし、多くの血が流れる未来はこうして回避された。
歴史の大きな歪は正されたのだ。目の前に広がるのは、いつも通りの世界、社会。
世界線を変え、多くの命は救われる。世界が真の平和と平穏を得たことを喜ぶ人間は、まだこの時点ではいない。