千年という月日は人間の文明を様変わりさせるには十分な程の時間だ。
古くから人類は年月をかけて自分達の生活様式を試行錯誤を繰り返して発展させてきた。政治形態、
衣食住、移動手段の多岐に渡る分野の数々を刻をかけて磨き上げていったのだ。
飽くなき人類の進化に対する執念。
他の生物には絶対に持ち得ない頭脳は人類の人類たる所以であろう。人間は歩みを止めることをしない、立ち止まった
ままではいられない。
進化、進歩、発展、発達、昇華、練磨……。
人類の歴史は発展の歴史だ。誕生以来、万単位の年月をかけて「進んできた」のが人である。
だがその人類の進化への歩みが「止まっている」。五百年、或いは千年という年数に渡って「停止」しているのだ。
千年という年月もの間、人類は歩むことができなくなった。
進化を、発展を止めざるを得ない程の異常事態。過去の歴史においてこれ程までの進歩の停滞は見られなかった。
何故人類は進化という未来に向かう足を止めたのか? 千年という月日に渡って文明が停滞しているのは何故か?
人類の歴史における最大最悪の不足事態。ソレは進化の歩みを止めざるを得ないレベルの「力」だった……。
呪力。
その力の誕生は人類の歴史を、文明を崩壊に導いた。そしてその力を持つ者達によって力を持たない多くの人類が五百年に
渡る苦難の道を歩むことになった……。
力を持たない人間、いやバケネズミから見れば正しく神の如き力を行使できる神栖66町の者達。ミノシロモドキの記録には呪力、PK能力者
達は生き残る為に「愧死機構」、「攻撃抑制」を作りだした。これ以上の殺し合いは人類を滅ぼすという危機感からそれら二つを呪力者の遺伝子
に埋め込んだのだ。
そしてPKを持たない非能力者の人間達はバケネズミに改造された。相手を人間と認識すれば、遺伝子に刻まれた二つの力が働き、能力者を死に
至らしめる。人類を生き延びらせる為とはいえ、五百年という年月の間、呪力使いである町の人間達はバケネズミを支配続けてきた。
生き残る手段としては適切だったかもしれない。だが所詮は自分達よりも非力で脆い存在である非能力者を都合の良く合理的に支配している
だけではないだろうか?
お互いに歩み寄るでもなく、暗黒時代におけるサクラ王朝と本質的にどこが違うというのだ? このまま非能力者が呪力使いに支配され続けるのが
本当に正しいのか?
これから先も、永久に町の者達に支配され続けて明るい未来など築けるのだろうか? 非能力者は、能力者に抑圧されながら生きろというのか?
知性がそこまで違わないのであれば、バケネズミがどんな思いをしながら町の人間を神と崇めているかは分かる筈だ。呪力者だけが有利な条件
で、今日まで生き残ってきたのだ。
非能力者のとその子孫は未来永劫、醜い化け物同然の姿で呪力者に支配され続けろとでも言うのだろうか?
他に方法はなかったのか? こんなやり方でしか生き残れなかったのか? 自分達の祖先の非能力者達はバケネズミに改造されることに納得した
上で今のような姿になったというのか?
どれだけの数のバケネズミが五百年の間に呪力者に殺されただろうか?
確かにこの姿ならば同じ人間だとは思うまい。呪力者が生き残るには最適で合理的だろう。だが自分達のような、非能力者の子孫のバケネズミ
にとっては……。
お互いに手を取り合うでもなく、単に能力者ばかり有利な手法を取ったに過ぎない。
そのせいで五百年も呪力者に虐げられることになったのだ。非能力者を能力者が生き残る為の踏み台にしているだけではないか。これに納得する
など到底できない。
非能力者の都合などハナから度外視していなければこんな方法をとるわけがない。非能力者は能力者の奴隷家畜でいろというのか。
祖先をバケネズミに改造した科学技術の集団は能力者が一方的に有利な立場で生き残る方法を与えただけだ。
何故ならば呪力者同士の殺し合いは避けられて、非能力者の子孫であるバケネズミは何人でも殺し放題。非能力者には余りに無慈悲かる冷酷な
仕打ちだ。
こんな支配に納得できるわけがない。
こんな立場に納得できるわけがない。
こんな状況に納得できるわけがない。
納得できない、納得できない、納得できない、納得できない、納得できない……。
スクィーラの脳内はこの六文字で埋め尽くされていた。こんな醜い姿では同じ人間として見てもらうなど到底できるわけがない。町の人間はバケネズミの立場など考慮に入れて
いないからこそ、あそこまでの非道をバケネズミに対してできるのだろう。
神話に登場するモンスターのような自分のことなど、単に知恵のある化け物と見られるのが精々だ。知性が人間と同じであるのなら人間と同じく喜怒哀楽も備わっている。
町の人間の影に怯えながらコロニーを運営していくしかないのが千年後の旧人類の子孫であるバケネズミの役目。
スクィーラはこの状況を変えたかった、自分達の立場を変えたかった、能力者が支配する世界を変えたかった……。
こんな醜い自分を仲間だと認める人間がどこにいる? 苦しみを理解してくれる人間などどこにいる?
世良の言葉にスクィーラは諦めにも似た感情が自分を支配していくのを感じた。
「私が人間ではない、と。それで私に何が言いたいのです?」
「え、えっと……。何でこの戦真館に入学したのかなー?って」
世良は戸惑ったような顔をして答える。
「ええ、確かに私は化け物ですよ。醜悪で、人間とは似ても似つかぬ土の中に生きる卑しい生命体だ!!!!」
スクィーラは裁判の時以来の激情を世良に対して爆発させた。
「それでこんな化け物の私に何か用ですか? 大した用事もないのに声を掛けないでくれませんか? どうせ化け物の事情なんて分かるわけはないでしょうけど」
「塩屋くん!!」
怒気なのか、それとも悲しみなのか分からない怒号を世良が発した。
「そんなこと言わないでよ……」
世良の目には僅かに涙が浮かんでいた。
なぜ涙など浮かべているのかスクィーラには理解できなかった。
「何なんですか……?」
「ご、ごめん。怒鳴ったりして……」
そう言うと世良は足早にその場を去っていった。スクィーラは世良の背中を見送ると、いつもの日課である修練、鍛錬に打ち込み始めた。
そして数時間後、鍛錬を終え、寮にある自分の部屋にたどり着いたスクィーラはそのままベッドに倒れこんだ。先ほどの世良とのやり取りを
忘れたいスクィーラは眠りに落ちていった。自分が人間ではないことがバレたこと自体は然程気にしていない。逃げようと思えばいつでも逃げられる。
五ヶ月にも渡る血の滲むような鍛錬を積み重ねたスクィーラは邯鄲の夢の破段にまで昇りつめていた。
以前とは違う自分の力に達成感を感じたスクィーラにとっては自分の正体が露見するなど些細なことに過ぎなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『スクィーラ、お前自身望むことは一体何だ?』
『これも我等バケネズミにとっては必要なことだったのです』
『■■様、私はミノシロモドキを持って部下と共に明日、町へと赴こうと考えております』
『何する気だ?』
『決まっております。ミノシロモドキに記録された真実を町の人間達に伝えるのです。この事実を知れば町の人間達も我らのことを考えなおすやもしれません』
誰かと会話している夢をスクィーラは見ていた。目の前にいる若い男の容貌はよく分からない。霞が掛かったようにボヤけている。
そしてスクィーラはその男の名前を呼んだ瞬間に、雑音のような音が入ってきた。頭の中で考えても目の前の男の名前が言えない、いや、考えることが出来ないのだ。
だが会話している目の前の男のことをスクィーラは知っている。この男に町を倒す為に助力を懇願したのだ。
「そうだ……、私は町に行ったんだ……」
スクーラは無意識下の海に来る前にこの男に出会っている。そして命を落としてあの無意識の空間に流れ着いたのだ。
「この男は……、まさか……」
スクィーラは力を込めて男の名前を叫ぼうとする。
「■■■■!!」
しかし発する言葉も、頭の中でも雑音、モヤがかかって結局男の正体と名前が思い出せなかった。
スクィーラは男の名前を叫んだ瞬間、夢から覚醒する。
「夢、か……」
スクィーラは身支度を整えると、学校へと向かう。昨夜の世良がこの学校の生徒に自分の招待を触れ回っているかもしれない。
その可能性を第一に考えるスクィーラは警戒心を最大限にして自分の教室に入る。
「あ、塩屋くん」
世良が、柊四四八ら七人と共にスクィーラに視線を浴びせかける。
「おはようございます、世良さん、柊さん、そしてその他の皆さん」
「ちょ、ちょっと! 何で水希と柊だけに挨拶して、私達はその他なのよ!」
我堂鈴子が食って掛かるも、スクィーラは相手にしなかった。
「塩屋……」
柊四四八が何か言いたげな表情でスクィーラを見つめていた。
「何ですか、柊さん」
「放課後、俺達の所に来い。もし時間がないのなら無理にとは言わんが……」
何の用かはスクィーラも気付いていた。。所詮は自分は人間にバケモノとしか見られない存在だ。そんなバケモノがこの学校にいることは迷惑なのだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。授業が終わったら直ぐに向かいますから」