四四八は夢を見ていた。夢を見る、それは四四八が十年以上も生きてきた中でごく普通の当たり前の光景である筈だった。
明晰夢───。
生まれた時から自分にはこの明晰夢を毎日のように見ている。人生の三分の一を睡眠に費やす普通の人間とは異なり、
片時も心が休まる暇などなかった。
しかしその体質を四四八自身は自分の長所と見ていた。これがあるからこそ四四八は年齢以上に成熟した精神を持ちえたのだから。
だが今四四八が見ている光景はそうしたこれまで自分が見てきた明晰夢とは決定的に異なっていたのだ。
今まで見てきた夢の光景は世間一般の人間が見るぼやけたような視界ではなく、ハッキリとしたものであった。それこそ
現実と区別がつかない程にまでリアルな情景が広がっていたのだ。
だが今自分の見ている夢もそうだが、その夢の内容に四四八自身は不快感を禁じ得なかった。
怒り、嘲り、侮蔑、軽蔑、傲慢、卑下、罵倒、怒声───。
ありとあらゆるマイナスの感情が奔流となって四四八に伝わってくる。
視界は朧気ではあるものの、おおよその光景は分かっていた。
これは裁判だ。
そう、今四四八が見ている光景は法廷であり、罪人に対して有罪無罪を宣告する場所。四四八自身も法律家への道を志望している。
だがこの裁判はどこかが歪んでいた。
一介の犯罪者に対するようなものではない。これは四四八の直感が告げていた。
「何なんだ、この裁判は……?」
被告らしき人物は傍聴席、裁判官に向けて何か叫んでいる。その被告を傍聴席の者達、裁判官は嘲笑っているかのように見えた。
そして今まで何を喋っているのか分からなかったが、ここに来てようやく被告人の声がハッキリと聞こえてきた。
「私は野狐丸ではない!! スクィーラだ!!!」
「スクィーラ!?」
四四八は驚愕した。それと同時に朧気だった光景がハッキリとしたものに変わっていった。そう、これはスクィーラが何らかの裁判にかけられている光景だ。
「ほう? 我等が与えた崇高な名をいらないと申すか!?」
「死ね! バケネズミめ!」
「町を裏切ったケダモノがぁ!!」
「よくも俺たちの仲間を殺してくれたな!!」
スクィーラが叫ぶと同時に傍聴席から怒声が飛んでくる。
「町を裏切った? 反乱? どういうことだ……? まさか……?」
四四八はスクィーラの過去の背景がようやく掴めてきた気がした。
そう、スクィーラは傍聴席の者達に対して反乱を起こした罪で捕らえられ、裁判に掛けられているのだ。
スクィーラの持っていた人間への不信感、自分の姿形それらの感情はここから来ていたのだろうか?
しかし四四八が最も感じた感情は周囲の町の人間に対する不快感だった。
悲痛な叫びを上げるスクィーラをケダモノか何かだとしか思っていない。
スクィーラに向けられている怒りは同じ人間に対してのソレではなかった。
ケダモノ───。
確かに見た目から言えばそうだろう。姿形は人間とはかけ離れ、ネズミの怪物を思わせるものだ。
だがスクィーラにも四四八達普通の人間とさして変わらぬ感情、知性を持ち合わせている。明らかにこのレベルの知能を
持っている時点で牛や馬とは違う筈だ。
ここまでの知性を持つ存在であればこの町の人間達に対して何らかの不満を抱いていたのではないだろうか?
反乱とは言っていたが、何が目的で反乱を起こしたのだろうか?
町の人間達がスクィーラに向ける感情───。
四四八自身が最も嫌悪する思想からくるものに近かった。そう、怒りながらも相手のことをまるで見てはいないのだ。スクィーラの発する怒号を
嘲笑し、見下し、ケダモノの戯言と切って捨てている。
今までスクィーラがどのような思いをしてきたのか、四四八はようやく理解できた。
スクィーラの抱いていた感情を理解すると、四四八は夢から覚醒し、こう呟いた。
「スクィーラ……、お前は……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
柊四四八達に自分の真実を見せてからはや一ヶ月が経った。
にわかには信じられなかった。自分を、バケネズミを受け入れてくれる者がいるなど。
これまで町の人間を神と畏れ、敬い従ってきた。ミノシロモドキの真実に触れなければ町の人間の道具にされている真実を知らない
一介のバケネズミとしての生を終えていただろう。
町の人間達に勝利するには力が必要だった。自らのコロニーの女王であり生みの母に対して特殊な手術を施したりもした。
子供を悪鬼し仕立て上げて町に対する攻撃に利用したりもした。全ては町の人間を排除する為だった。だがそれも失敗に終わった。
同じバケネズミである奇狼丸が町の人間に味方したせいだ。同じバケネズミとして町の人間に不満を持っていたのは同じ筈だ。
にも関わらずなぜ呪力者に従う道を選んだのだ。町の人間の庇護下、いや、圧制下でのコロニーの繁栄などいつ消されるかも分からない蝋燭の火と同じではないか。
町の人間の気分次第でコロニーなど簡単に消される。そんな程度の存在としか思われていないのだ。
こんな状況でコロニーの繁栄など出来るわけがない。道具のように扱われているだけの生に耐えられないからこそスクィーラは反旗を翻したのだ。
しかし敗北し、挙句に十年後にはバケネズミという存在は日本から消えた……。
新人類である呪力者は結局旧人類の命などどうでもよいのだ。
争いの歴史に終止符を打つ方法が、旧人類に対して永劫の地獄の苦しみを味あわせることだとは。
スクィーラの胸には怒りがこみ上げてくる。それこそ呪力者への、町の人間への果てしないまでの憤怒で……。
「糞……! 糞……!」
スクィーラは苛立ちの余り歯軋りする。
「塩屋君……」
世良が心配そうな顔をしてスクィーラの顔を覗き込む。
今日はスクィーラ、柊、世良を含む八名が校庭に呼び出されていた。
何かのテストをやるらしい。何をするのかはまだ聞かされてはいない。
先日の貴族院辰宮の執事、幽雫宗冬との戦いを経て見事合格を勝ち取った。
次は何をするというのだろうか? スクィーラがそう考えていると、柊四四八がスクィーラに声を掛ける。
「塩屋。いや、スクィーラと呼ぶ方がよかったか? 昨夜お前の夢を───」
その時だった。
『機は熟した。これより戦争の開始だ』
「え?」
「な! 何だぁ!?」
声が聞こえた。それも頭の中に直接響いてきたのだ。その声と同時に周囲が「変わり」始める。
校庭は軋りを上げて歪み出し、空は褐色に染まってゆく。変わっていく、世界が変わってゆく。
この異常を素早く察知したスクィーラは意図せずして柊と同時に声を上げていた。
「気をつけろ! 皆!」
「ちぃ! 敵か!?」
「いきなりかよ!」
鳴滝と大杉が叫ぶ。
「こ、これは───」
スクィーラは周囲で起きた変化を見逃さなかった。
そう、歪んでいるのではない。「塗り替えられて」いるのだ。
戦真館は何かの景色に塗り変わっていっているのだ。学校がみるみる内に何かの景色に変化していく。森の中?
いや、違う。これはスクィーラがよく知っている場所だった。コンクリートで出来た建物が薄っすらと見える。
間違いない、ここは塩屋虻コロニーだ!!
しかし次第にコロニーへと環境が変わっていくと同時に、コロニーで何が起きているのかもハッキリと分かった。
「ま! まさか!?」
目の前で広がっている光景にスクィーラは絶句した。
殺戮、屠殺、蹂躙、暴虐───。
当て嵌まるのならそれらの言葉しかありえない。そう、コロニーのバケネズミ達が町の監視員達によって殺されているのだ。
景色がハッキリすると同時に同胞であるバケネズミ達の悲鳴が響き始め、むせ返るような血の匂いがしてくる。
塩屋虻コロニーの地面にはバケネズミの血と臓物が無造作に散乱、鼻腔を突くような血の臭いが充満し、さながら地獄を思わせる惨状だった。
逃げ纏うバケネズミの兵士達の悲鳴が辺りに響き渡り、町の人間達による虐殺(ホロコースト)の舞台と化している。
逃げ回るバケネズミ達は一人、また一人と同胞達の肉体が破裂し、周囲を更に血で染める。
もはやその光景は「戦い」にすらなっていなかった。圧倒的なまでの力、「呪力」を使い、バケネズミ達を虫ケラのように殺していく。
やはりそうだ。町の人間達はバケネズミの命など家畜と同等程度としか思っていない。幾ら知能があろうが連中に
とってはそれは何の躊躇いの要素にもならない。
自分達と違って醜い「化け物」の姿をした者達に何の情けをかける必要があるだろうか?
所詮使い捨ての道具をいつ捨てようが構わないのではないか?
「やめろ! やめてくれぇぇぇぇ!!!」
自分の同胞達が殺されていく光景に気が動転したスクィーラは同胞を殺している目の先五十メートル程にいた監視員に猛然と駆け寄り、その男を突き飛ばす。
「ぐぁ! な! 何だお前は!?」
「黙れ!! 貴様等町の連中はどこまで我等バケネズミを殺せば気が済む!!」
「何だと?」
「俺の姿をよく見ろぉ!!」
スクィーラは自分の本来の姿を監視員の目に晒した。
「ほう! お前は野狐丸。貴様のコロニーで反乱の兆候があったのでな。知らないとは言わせんぞ!」
「反乱だと? 当然だろう! 貴様等のような者達に隷属して繁栄など出来るものかぁ!!」
「がぁ!?」
スクィーラは邯鄲の夢の技の一つ、創法の形で槍を素早く作り上げ、監視員の頭を電光の速さで貫いた。
「許さん! 許さんぞ神栖66町!!!」
生まれて以来過去最高の憤怒の感情で支配されたスクィーラは、残りの監視員を抹殺するべくコロニー中を駆け回る。戟法の迅の数値が高いスクィーラは迅雷の速さで
コロニーを疾走した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「柊くん!」
「分かってる世良!」
四四八は、昨夜の夢を見たのが自分だけではないことを他の六人と今朝会って知った。そう、この世界はスクィーラが元々いた世界だ。
この世界は第四層か? もしくは第五層なのか? それすらもハッキリとは分からない。だが目の前で繰り広げられるスクィーラと同じ姿形をした
異形の者達の悲痛な叫びを聞いた四四八は行動するのを躊躇わなかった。
「四四八!」
「四四八くん!」
「柊!」
「柊!」
「四四八!」
仲間達全員が目の前の虐殺を止めるという選択をした。詳しい事情は分からない。だが目の前にいる虐げられる者達を救うことを躊躇うのは四四八
の行動理念としている仁義八行に反する。
「分かってる! いいかお前等! 殺されてるスクィーラに似た者達をあの黒いフードの連中から救え!! 力づくでも止めさせろ! やむを得なければ殺すのも
覚悟しろ!」
「了解!」
「行くぞお前等。腹を括れぇ!!」
四四八達七人は全員で固まり、目の前の黒いフードの男達を止めにいった。
「オラァ!!」
鳴滝の豪腕が虐殺を続ける黒フードの男を吹き飛ばす! 妙な力で異形の者達を破裂させたり、火あぶりにしていた。その力に十分に警戒しなければならない。
「ば! 馬鹿な!? 「また」人間だと!? こいつらまで「攻撃抑制」がないのか!?」
黒フードの男の一人が叫ぶ。
「はぁ!!」
世良が電光の速さで叫んだ男を峰打ちする。すると力なく男は地面に崩れた。
「ア、アリガトウござイまス」
たどたどしい言葉で異形のネズミの一人が世良に礼を言う。
「ど、どういたしまして……」
戦っている仲間がいる一方、回復術に長けた晶は負傷した異形の者の治療をしていた。
「イタい……! 血が止まらなイ……!」
「しっかりしろよ! 死ぬんじゃねぇぞ!!」
苦しむ異形の者を励ましつつ、晶は治療に専念する。
周囲は以前として虐殺が続いていた。黒いフードの男達は四四八達の姿を見るやいなや攻撃を中止してこちらに向かってきた。
「な! 何なんだ君達は!?」
「お前達が今している虐殺を止めてもらおうか!」
四四八は問いかけてきた黒フードの男にそう告げる。
「しかしこのコロニーのバケネズミ共は抹殺せよとの町の命令だ。君達は何者だ? 他の町の者達か? それとも「連中」の仲間か?」
「俺達は戦真館の学生だ。なぜこんな無抵抗の存在を大量に殺せる?」
「バケネズミは我々町の人間に従わねばならない決まりだ。バケネズミと我等はそういう関係で成り立っている」
「あんたらの長と直接話しが出来るか? 直に会って話しがしたい」
四四八は夢で見た光景、スクィーラの過去、バケネズミと呼ばれる虐殺されていた者達とこの黒フードの男達の関係。
諸々の事情を飲み込まない限りは迂闊に動けない。
「分かった。同じ人間を攻撃することは出来ないからな。付いてきなさい」
「四四八……」
「分かってる栄光。まずは事情と背景を知らないとどうにもならないんだ」
四四八は他の六人を同意させると、黒フードの男達の後に付いていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二日掛けて辿り着いた先には町があった。建物自体は昔ながらの家屋であり、四四八が在籍している戦真館のある第四層の時代と
然程違いは見られない。
江戸時代、明治の初め頃の階層があるなど聞いていない。しかしこうして目の前に広がる光景は昔ながらの日本の物で間違いはないのだ。
「四四八くん、昔の田舎町みたいなとこだね……」
「あぁ、そうだな」
「しっかしここが現代日本だったらあのバケネズミとかいう奴等は何なんだ? 時代が違うにしてもあんな連中、それこそ神話とか伝奇とかに
登場するもんだろ?」
「栄光、お前の疑問も分かる。俺もこの目で彼等を……、バケネズミを見ているからな」
「そういやスクィーラの奴はどこいったんだ? 一人で駆け出してそれっきりだぜ」
鳴滝の言う通りスクィーラは一人で森の中を、コロニーと呼ばれる場所の中に消えたままだ。
各々の疑問は栄光と同じだろう。この世界は違う歴史を歩んだ日本なのか? はては御伽話の世界なのか? いずれにせよこれから会う町の長と会えば全て分かるこ
とだ。
そして到着した先には屋敷があった。そこいらにある家屋とは明らかに別格と呼べる豪邸。
四四八達はそこに通され、待合室で町の長を待つことにした。
そして戸が開き、現れたのは知的な雰囲気を備えた壮年の和服の女性だった。
「始めまして。この町の長を務める朝比奈富子です」
「戦真館特科生筆頭、柊四四八以下六名です」
「礼儀正しい者達で助かったわ。「好戦的な者達」ばかりでなくて」
朝比奈富子の言葉が僅かに引っ掛かった四四八だが、前置きなしの単刀直入に富子に疑問を
投げかける。
「貴方方が大量に殺していた存在、あのバケネズミと貴方達が呼んでいる存在は何なのですか? そしてこの時代はいつなのでしょうか」
礼節のある態度で質問する四四八
そして富子の口から説明される背景に四四八は驚きを隠せなかった。
今いるこの時代は四四八達が現実と呼ぶ世界の千年後の世界。そしてバケネズミと呼ばれる者達の真実だ。
この時代からおよそ千年前にPK能力者という存在が生まれ、それが原因で文明が崩壊した。そして生き残ったPK能力者、
旧人類と呼ばれる非能力者との戦いが続いたが、ついにその戦いに終止符が打たれたのだ。
そう、バケネズミと呼ばれる存在はかつての旧人類の末裔の成れの果てだったのだ。
争いを生み出さないようにする為にとった手段としては余りにも冷酷で非道な手段だと四四八は思った。
これ以上の殺し合いは避ける為に、これ以上の死を生み出さない為に。
「この町の未来を、いえ人類を生き残らせる為には後継者が必要なの。この町の今の「手段」では未来は決して明るくはない」
朝比奈富子の語る歴史の中には「悪鬼」、「業魔」という特殊な呪力使いを出さないように町では徹底してその芽となりうる子供
を「間引き」しているのだ。過去に神栖66町で起きた大量虐殺、異常現象などの原因は「悪鬼」、「業魔」が原因なのだ。
それらが生まれる原因は様々ではあるが、町としては生き残る為にこの手段を取り続けているらしい。
それこそ長年に渡る歳月を危険分子を排除することに費やしながら。
「そうですか、町の未来を憂う気持ちは分かります。ですがかつての人間達であるバケネズミはどうなるのですか? あのような姿でも
元は人間。旧人類の末裔だからといってなぜあのような惨い仕打ちを?」
四四八の問いかけに富子は僅かに微笑した後に言った。
「それが今の社会を形成できているからよ」
「今の社会?」
「そう、今の社会は私達町の人間がバケネズミを支配下に置くことで成立してい
る。この支配体制こそが長年に渡る旧人類との戦いを終わらせたの。バケネズミ達
は今のこの時代において私達に従うべき存在、だから彼等に対する支配に文句を言
うのはお門違いよ」
争いの歴史に終止符を打った、とはいえ今のバケネズミ達の境遇は悲惨そのもの
だ。それこそ暗黒時代の神聖サクラ王朝が非能力者達を支配している構図と何が
違うのだろうか?
「ですが……、彼等バケネズミは苦しんでいます。彼等だとて元は人間なら、今の
支配体制に不満や怒りは抱くでしょう。支配下に置かれる彼等の苦しみや恐怖、怒り
を知って、もう少し配慮をしてやるべきなのでは?」
自分達戦真館の掲げる「仁義八行」。この理念を考えればバケネズミの境遇は
悲惨そのものだ。醜い異形の姿に変えられて、町の支配を受け続ける。こんな状態が
五百年も続いていれば反乱が起きても当然だろう。寧ろよく今まで起きなかったのか
不思議な位だ。
「けど、私達が彼等バケネズミを支配するのは当然の流れなのは先程の歴史の流れ
から分かる筈でしょう? この支配体制が旧人類、いやバケネズミとの争いを止めた
のです。そのことを考慮すればバケネズミにいちいち気を使っていられると思う
かしら?」
四四八は驚愕した。町の未来、ひいては人類の未来を憂うように見えて、その実かつての人類であるバケネズミのことなど考えもしていない。
「バケネズミは私達を神と敬っているけど、その神に歯向かえばどうなるかは彼等も知っているでしょう。これまでも少しでも町に不満を持つコロニーは消してきたわ」
「それが当たり前だと?」
「そうよ、彼等に不満を持つ権利は少なくとも皆無。何度も言うけど今の支配
体制こそが平和を生み出した。そして旧人類をバケネズミに変えることで争いを
なくした。支配に置かれるのなら、私達の不満を買えば滅ぼされるという自覚は
持って欲しいわね」
臆面もなくバケネズミの価値など道具程度としか認めていない朝比奈富子の態度に四四八は自分の内側に怒りの炎が燃え上がるのを感じた。
「けどさ! 元は人間だろ!? 知能だって人間と大差ないんだろ!? 何でそんな奴等をゴミみたいに扱うんだよ!!」
「これも仕方のないことよ。彼等旧人類との戦いでどれだけの犠牲者が出たか。バ
ケネズミを支配しているのは確かにそうよ。けど今の社会ではこれは当たり前のこと
。バケネズミ達を支配している以上、彼等に対する生殺与奪は私達にあるから。そし
てバケネズミが反逆すれば、私たちが怒るのは当然じゃない?」
富子の姿勢に怒りを感じたのか、晶が食って掛かるが、富子は涼しげにバケネ
ズミを虐げるのは当然のことだと言ってのけた。
「呪力者と非呪力者はそもそも対等じゃないの。私は町の人達を殺したバケネ
ズミが許せない。第一、バケネズミ達は、反乱の際に数十名の町民を殺したわ。
彼等にも家族がいたのに、卑劣で下賎なバケネズミが彼等の未来を奪い取った」
「……それは確かにそうでしょうが、貴方達だとて過去に幾度もバケネズミの
コロニーを潰し続けてきたのは事実だろう。彼等にだって未来はあった筈だと
思います」
確かにバケネズミ達は反乱を起こし、その際に町民達を殺した。それに関して
は町側にも言い分があるだろう。だがバケネズミ達が反乱を起こした背景には町
側が彼等に対して行ってきた理不尽な仕打ちがある。いつ自分達は町の都合によ
って消されるのかという恐怖と常に隣り合わせの状況だったバケネズミ達を思え
ば四四八自身、一概にバケネズミの起こした反乱を責める気にはなれなかった。
無論、罪もない町民達を殺したのは事実だが、かといって町側が「自分達に一
切の非などない」とこうも臆面もなく言ってのけるという傲慢さに四四八は内心
憤っていた。
「そもそもバケネズミと私達町の人間が対等だということには無理があるでし
ょう。事実どれだけ彼等と私達が違うのかを理解できている筈よ。私達がこうし
て平和に暮らせるのはバケネズミのお陰なのは確かよ。でも、彼等の事情など一
々考慮なんてしていられないの。私達に従っている以上、関係は必然的に不平等
になるもの。それに文句を言うのはお門違いね」
要するに自分達が被害を蒙るのは許せないが、他の連中がどれだけ被害を蒙
り、どれだけの数が死のうと構わないという考えなのだ。自分達がやられれば
怒り、相手方にどれだけ復讐し、反撃しようがそれは当然のことであり、相手
方には怒る権利も文句を言う権利もないというダブルスタンダード。そこに四
四八は致命的なズレを感じた。自分達の行ってきた落ち度、過ち、その他一切の
反省するべき点も省みずに、ただただ自分達は攻撃を受けた哀れな被害者だと言
いたいのか。
町の人間を殺したバケネズミが許せない。醜く下等なケダモノのくせに、ケダモノのくせに、ケダモノのくせに、ケダモノのくせに。
なぜバケネズミが神と敬う人間に対して反乱を起こしたのか、なぜ反乱しなければならないのか、そして自分達はなぜ
攻撃されたのか。そんなことなど完全に無視していた。少なくとも自分達に原因があるなどとは欠片も思ってはいない。
「ふざけるな」
自分達がバケネズミに対してしてきた仕打ちは棚上げして、自分達こそが被害者だと臆面もなく言う朝比奈富子を始めとする
町の連中を四四八は許せなかった。
「何様だ、お前」
神などという高尚な存在ではない。単に呪力という念動力があるだけで自分達を神と称し、自分達より非力で弱い存在
を道具のように扱うことに対して何とも思っていない。ひたすらに陳腐で幼稚で矮小な思考回路しか持っていなかった。バケ
ネズミ達が思うように自分達に従わなければコロニー丸ごと消し去るという暴挙を何の躊躇いもなくやってのける。それを
間違いなどとはこれっぽっちも思っていない。自分達は神などと誇ってはいるが、四四八からすれば選民思想に取り付かれた
最悪極まる下種でしかない。バケネズミ達がどんな思いをしながら五百年という月日を過ごしてきたのか。
「俺が一番納得している戦の真を教えてやるよ」
「我も人、彼も人」
それを弁えた上で戦い、殺せ。所詮バケネズミを下等な種族と軽んじ、見下し、こき使うことに対して何の疑問も抱いていない癖に
バケネズミ達に反旗を翻されれば被害者面をしながらバケネズミ達に対して「信頼を裏切ったケダモノ」と吼える。どこが良好な関係
を築いてきたのだ。力関係は一方的で、バケネズミ達を無理矢理に服従、従属させて優越感に浸るだけの薄っぺらい考えしか持てない
など卑怯者以外の何者でもない。
「そう教わったぞ。正直、身につまされたからしっかり胸に刻んでいる」
「柊聖十郎が許せない。神野明影が許せない。そしてお前らが許せない」
命があり、意思も疎通でき、知性も人間と対等の生き物を何の躊躇いもなく踏み潰せるような思考で被害者を騙る神栖66町。それの積み重ねで
町の人間は反乱を起こされたのだ。自分達の行いも省みることすらもせずに、未来を語る姿勢に四四八の怒りは頂点に達していた。
今までに自分達がバケネズミに対してしてきたことがそのまま自分達に返って来ているだけに過ぎない。反乱を起こされてもまだ自分達がしてきたことを
見ようともせずに、未来がどうのと講釈を垂れ流す。怒りながらも相手を見ていないような輩の語る未来など薄ら寒いだけの机上の空論だ。
四四八は立ち上がり、富子に毅然とした態度で答える。
「来い。俺達戦真館、今よりバケネズミの側に立つ!!」