今回は短めですが、どうかお付き合いください。
十二歳
誰が言ったか「怠惰は諸悪の母である」という言葉、俺は今それを若干のニュアンス違いはあるものの、痛切に感じている。農業によって得られた食の安定と木炭によって得られた冬における死亡率の低下、これは間違いなく俺たちの心に余裕を与え、生活にゆとりが生まれ始めた。だがそれが逆に、生存競争しか知らなかった俺たちの間に、派閥争いという新たな戦いが生まれてしまう結果となってしまうならば、これはとても残念なことであると俺は思う。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
俺より5歳か6歳程度上の青年が事の発端だった。彼の父親は優秀な狩人で、少年を連れだってしょっちゅう森の中に行っては大物を狩って来た。そんな時、彼は1人で北の山々に入って行き、そこで迷った挙句、偶然にも崖下で大量に露出した自然銅を発見した。自然銅――即ち天然の高純度な銅の事である。
少年はきらきらと輝くそれを見つけると、喜び勇んで持ち帰って来た。
そのあかがね色の光は、金属を知らない者に深い感銘を与えた事は言うまでもない。
みな口々に少年を讃え、銅の美しさを持て囃した。
だが、それを素直に受け入れられない者たちが存在した。
この時、集落は海を主軸にし、海産物を主食とする者たちと、森や山を生活の軸として、獣肉や野菜を主に食べる者たちにやんわりと分けられていた。
食料に余裕が生まれ始め、個々人の食の好みを優先し始めた結果であった。
つまりは、好き嫌いが生まれ始めていたのだ。
俺もこの事態に何となく不穏なものを感じていたが、農業と木炭づくりを主導した俺がいまさら以前の生活を思い出せとも言い出せず、ずるずると問題を先送りにしてきてしまった。
その問題が、少年が持ち帰った銅によって表面化してしまったのだ。
即ち、海の側の者たちが「山など大したはことない。海の方が素晴らしい」と主張し始め、彼らが漁の終わりに密かに楽しんでいた(俺も初めて知った)海岸付近にある温泉の存在を公表し、その上で独占を宣言したのだ。
温泉を知らない山の者は別に怒りはしないだろう……俺はそう楽天的に考えていたが、見せびらかした上で独占すると言う行為が頭にきたのか、山の者たちの怒りのボルテージは一気に上がり、ついには決定的な対立へと発展してしまった。
山の者は金輪際、海の者に獲物の肉を分けないと宣言すれば、海の者も海産物の提供を止める。山の者は銅を必要以上にもてはやし、海の者は温泉を過剰に持ち上げた。
かくして集落は武力衝突へと向かって突き進んで行ったのだが――事態は思わぬ展開を見せ始めた。
海で赤潮が発生したのである。
ぷかぷかと浮かび上がる魚に、毒性を持った貝類。ここにきて海側が食糧難に陥った。当然蓄えがあるが僅かでしかなく、初めて見る赤潮に多くの者が困惑し、この世の終わりかのように泣き叫ぶ有様はまさに終末を予感させるような悲惨な状況だった。これは早急に山側が歩み寄って手を出さなければ、とんでもない被害を出すと予想した俺は、一応農耕の成功で山側の中では発言力がそこそこあったので、和解を申しでようとした。が、あくまで向こうからするのが筋という意見が大半を占め、俺の意見は一蹴された。
しかし今度は、山側で異変が起き始めた。別に山自体に異変が起こった訳ではない。彼らは毎日野菜と肉を食べている。食べているのだが、何故だか身体に力が入らなくなっていったのだ。そして気付いた時には、まともに動けるものが俺だけになっていた。
そこには、父がバリバリの山派であったことで巻き込まれてしまった件の少女も含まれていた
俺は原因を探るためにあれこれ考える。
俺が元気でそれ以外が倒れた理由。
身体が特別丈夫であるという以外に考え、そして思い当たった。
季節は夏。現代日本で盛んに言われているそれ――塩分不足が原因である直感した。
調べてみれば、山側の人間は塩っ気の有るものすら嫌い、口にしなかった。つまりは、塩分を取らずに水ばかり飲んで、肉と野菜の生活をしていた末にぶっ倒れたのだ。
少女も、父に引きずられるように塩っ気の有るものを取っていなかったという。
俺は魚の干物とか食べていたから平気だったが、唯でさえ小さな子供には致命的だったのだろう、少女はかなり危険な状態に陥っていた。
かくして両者共倒れの様相を呈した争いは、派閥争いどころでなくなり、終結した。
山側の人間に海水をかけた物を食べさせ、海側の人間にはこちらの食料を与えた。
そして今後このような事がないように、事態を実質的に解決した俺が音頭を取り、互いに互いの獲物を独占する事を止めるようにし、温泉を開放し、湯の真ん中に銅が表面にびっしりくっついている岩を使ったオブジェを作ることで和解の証にした
これにて一件落着。
だが、内輪もめを起こせるだけ集落に余裕が生まれたのは、喜んでいいのか悲しんでいいのか何ともすっきりしないままであったのが、心残りと言えば心残りである。
ちなみに、温泉効果によって思わぬ効果があった。集落の皆が毎日入るようになって、公衆衛生が大幅に向上したのだ。これにより、垢まみれ泥まみれの人間が一人もいなくなり、皆の清潔感が一気に上昇。その勢いのまま、今までその辺りに放り捨てていた糞尿を一か所に集めて捨てようと提案し、清潔というものの良さを知った集落の皆も賛成し、俺たちの集落は今までとは見違えるように綺麗になった。
いやあ良かった良かった。
ん? ああ君も入って来たのか、いやあさっぱりしたね。え、ありがとう? ちょ、おーいどこ行くんだよ?
十三歳目。
最近例の少女を前以上に見かけるようになっていた。
うーん、新たなプロジェクトを催促しているのか?
俺は温泉につかりながら思案した。出来るだけ手の届く範囲でやれる事を考えて考えて、そして閃いた。
……よし、皆も塩分の大切さが分かった事だし、次はこれを行ってみるか! 題して
「サラリーの語源はソルトから! 浜辺で塩田プロジェクト」だ!
古来より、塩は人間にとって不可欠なもの。昨今の減塩ブームによってすっかり悪役にされているが、それでも取らなきゃ死ぬ大切なものだ。なんせ古代ローマ時代では、塩が兵士に支払われる賃金として使用されていたなんて言う話もあるくらいだ。
だが、そんな塩をお手軽に作れる方法がある。そう、身近に海があるなら誰だってできる簡単な方法が。
手順は塩分をたっぷり含んだ砂を一か所に集め、その上からさらに海水を振りかけて天日で乾燥させる。
そして今度はその砂をフィルターに海水を流して、より濃度の濃い塩水を鍋で煮詰めれば、塩の完成だ!
これぞ古来より行われている伝統的な手法! さーて今回は今まで以上に短期に――――って、鍋がねえじゃねえか!?
アホか! 鍋がなければ煮れねえじゃねえかよ!
クソ! ただ乾燥させるだけでいけるか?
必死に代替案を考える俺だったが、答えは直ぐ目の前にあった。そう、銅を使ったオブジェである。
銅という金属は加工のしやすさで有名なのだ。
事実試してみれば、かなりグニャグニャまがるのだ。
――確か、銅鍋って言うのがあったよな……よし!
俺は翌日の早朝に案内付きで山へと登り、銅を必要な分だけ採取。
この頃になると銅採掘が一種のブームになっていて競争相手が多かったが、なんとか確保する事に成功した。
大量に銅を持っているのがステータスになっているようだ。光り物が人を狂わせるのは古今東西同じということらしい。
俺はただ集めるだけに終始する連中を尻目に数々の失敗品を量産しつつ、遂に鍋っぽい大きい皿を完成させるに至った。ただし、完成させる頃には冬に入り始めていた。
この鍋の完成以降は、流れる水のように順調に行き、遂に塩は完成した。まあ若干汚いと言うか、想像している以上に白くないという欠点はあったが、しっかりしょっぱい塩が出来た。
しかし、何と言うか今回のプロジェクトは塩自体よりも鍋を作る方が大変だったような気がする。集めた銅を岩ごと熱し、やわらかくなった銅を一か所に集めた後は石を使って伸ばす……いや、大変な作業だった。何度も火傷したし、苦労した。
だが、この件には影のMVPが存在する。それは俺がどうやって解けた銅を集めるか焚火の前で考えていた時だ。あの少女がおもむろに近づいて、粘土で造った何かを火の中にそっと入れたのだ。
何をするのかと聞くと、土をこねて首飾りを作ったが、天日干しだけでは余り硬くならなかったので、火に入れてみたら硬くなるのではないかと思った、と。
日光で乾燥して硬くなれば、それ以上の熱に晒す事でさらに固くなると言う、少女なりの考えだったが、俺はこれでピンときた。
これは土器じゃないか、と。
俺もすぐさま粘土を探し、見つけ、捏ねて器を作ってみた。もはや本来の目的である塩づくりからは遠いところに来たが仕方ない。捏ねてこねて焼いて失敗し、土を変え砂を混ぜ、そしてようやく完成した頃には夏が終わっていた。
土器を完成させ、銅鍋を作り、そして塩。
振り返ってみれば、三つのプロジェクトを内包していた事に気がつく。まあ途中から、ぶっちゃけ土器だけで鍋の代用が出来るのではと思った事はあるが、せっかくなのでそのまま突っ切ってみた。
そして生み出された塩は今後、各家庭に供給される事になるだろう。俺がその光景を内心楽しみにして笑っていると、あの少女が俺に土器製のペンダントを差し出してきた。
それは中央が綺麗にくりぬかれた、色合い的にも丸いクッキーのような造形で、そこに革紐が通っていた。
え、俺にくれるの? というか、これこの前作ってたやつだよね? いいの?――――ってまた!?
俺の質問を答える前に、少女は走り去って行った。一体何が彼女を駆り立てるのか……謎は深まるばかりだ。
後日、せっかくなので鍛えた銅の加工技術を生かして、ペンダントの真ん中の穴に収まるよう、銅を流し込んで固め、皮の紐を再度通し直した物を彼女に逆プレゼントした。
結果、泣かれた。……解せぬ。
あとがき、皆さん御機嫌よう。
まだプロローグはさんでも二話なのに、すごい反響があってかなりビビっている瞬間ダッシュです。
やっぱりみんな好きなんですね、civilizationシリーズ。面白いですもんね。
まだやったことはない人は、とりあえずプレイ動画を見るといいですよ、見ていても面白くて、自分でもやりたくなりますから。
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ちなみに、この世界の銅は高級資源なのであしからず。