Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~プロローグ2【新西暦189年より1万2千年後、地球圏宇宙】「……我は滅びる……! だが、忘れるな、運命の戦士達よ! この宇宙を縛る因果の鎖が断ち切れぬ限り、我はまた現れる! 無限力と共に!」 霊帝ケイサル・エフェスは、断末魔の言葉を残し、宇宙に散っていった。 αナンバーズ達の長きに渡る戦いに、今一つの終止符が打たれようとしていた。「この一帯に満ちていた悪意が消えていく……」 大破寸前まで破損した赤いモビルスーツ――サザビーの中で、カミーユ・ビダンは呟く。 ニュータイプの中でも特に、鋭敏な感覚と繊細な心を持つカミーユには、霊帝の放つ悪意のオーラは、毒霧にも等しいものがあったのだろう。水面から顔を出した潜水夫のように、何度も大きく深呼吸する。 決して長くはないが、激しく、絶望的な戦いだった。 機界31原種に地底勢力。星間連合軍にゼ・バルマリィ帝国。バッフ・クランに宇宙怪獣。 圧倒的な勢力を誇る外敵と戦いながら、地球連邦を内部から蝕むブルーコスモスの干渉に悩まされ、暴走するコーディネーター達とも戦火を交えた。 そう言った全ての困難に撃ち勝ち、今彼らはここにいる。 だが、霊帝ケイサル・エフェスを倒しても、彼らの戦いはまだ終わったわけではない。 全ての元凶である、『アカシックレコード』、またの名を『無限力』。 イデ、ゲッター線、ザ・パワー。様々な姿をとりながら、銀河を終焉へと導いてきた世界の意志。 その『無限力』があくまでαナンバーズのやってきたことを認めないと言うのなら、彼らの戦いはまだ終わらない。 全員が固唾をのみ、状況を見守る。そんな中、動きを見せたのは、やはり無限力の代名詞とも言える、赤い巨神であった。「あっ!」 イデオンが唐突に、動き出だす。最も無限力の影響を色濃く受けている機体の挙動に、αナンバーズの戦士達にも、緊張が走る。「くそっ! イデめ……何をする気だ!」 中からコスモが操作を試みるが、全く反応しない。そして、次の瞬間、淡い光を網膜に感じたと思うと、コスモ達イデオンの搭乗員は纏めて、宇宙空間に転移させられていた。「あっ!?」「私たちを締め出した?」 燐光が宇宙空間からコスモ達を護ってくれているらしく、すぐに命に関わることはない。コスモは、離ればなれにならないよう、カーシャとデクを抱き寄せながら、自分たちを追い出した赤い巨神を睨み付ける。「イデ!」「各機、イデオンを包囲しろ! 何をするかわからんぞ!」 水色の最新型ヴァルキリー、VF-22S・SボーゲルⅡを駆るマクシミリアン・ジーナスの命に、αナンバーズの戦士達は、即座に反応する。 七隻の戦艦を中心に、出撃していた機動兵器の全てで、イデオンを半球状に包囲する。戦艦の中では、予備戦力として待機していた戦士達が、あわただしく愛機に乗り込み、いざというときに備えている。 イデはまるで、その包囲網が完成するのを待っているようだった。 包囲網が完成した次の瞬間、無人のイデオンが赤い光を纏う。「イルイ! 何が起こるんだ!?」「私にもわかりません……。ただ……」 レーツェル・ファインシュメッカーの問いに、イルイ・ガンエデンは首を横に振る。前銀河文明から存在している彼女の知識にも、このような現象は記録されていない。 イデオンはゆっくりとイデオンソードを腰の前に構える。星の一つや二つを簡単に消し飛ばす、凶悪な武器を向けられ、歴戦の猛者揃いのαナンバーズにも、緊張が走る。「くるぞっ!」 と、叫んだのは誰だったろうか。 イデオンソードから放たれた白色光が、全戦艦、全機動兵器を飲み込んだ、その時だった。「え……!?」 バンプレイオスに乗るリュウセイの脳裏に、一人の少女のイメージが届いたのだった。そのイメージを受け取ったのはリュウセイだけではない。「誰かが私達を呼んでいる!」「……いえ、助けを求めている?」 マイの声に、姉のアヤがそう答える。「君は一体誰なんだ!?」 ライディーンに乗るひびき洸にも、そのイメージは届いていた。黒いドレスを着た銀髪の少女が、表情を変えず、だが切実に助けを求めるイメージ。(「…………亡の危機に瀕しています。……この声を聞いた人たちにお願いします……私たちを助けて下さい」) リュウセイ達には漠然とした「イメージ」としてしか受け取れなかったそれを、ガンエデンに乗るイルイは明確な「メッセージ」として読みとる。「これは……ああ!!」(「大丈夫、必ず、必ず助けます。私は地球の守護者。たとえそれがどこの地球であろうとも……」) イルイは全身全霊の力を使い、少女の声に答える。 イルイはそのまま糸が切れたように意識を手放したのだった。 αナンバーズの皆が、イデオンの放った光に包まれていたのは、そう長い時間ではなかった。「ここは……」 新鋭戦艦アークエンジェルの艦橋で、艦長のマリュー・ラミアス少佐は、頭を振りながらモニターに目をやる。 モニターに写るのは、見渡す限りの星空のみ。先ほどまで見えていた地球の姿は見えない。どうやら、地球圏から離れたのは間違いないようだ。だが、現状ではそれ以上の事は分からない。「現状確認、現在地の割り出しを、急いで下さいますかな」 一方、バトル7のブリッジでは、マックス艦長から艦を預かっているエキセドル参謀が、いつも通りのひょうひょうとした声で、ブリッジクルーに指示を飛ばしていた。「はいっ!」 艦長代理の命を受けたクルー達は、すぐさま周囲の星空の画像を取り込み、全天位表と照らし合わせ、現在地の把握に務める。「……でました! 現在地、太陽系の小惑星帯(アステロイドベルト)! メインモニターの端に写っている赤い星は、火星です!」「おお、デカルチャー……」 小惑星帯とは、火星と木星の間に位置する、惑星になりきれなかった微惑星が帯状に広がっている空間のことだ。 どうやら、思ったほど遠くには飛ばされていないようだ。同じ恒星系の惑星間距離など、広大な宇宙の物差しで測れば、すぐそこといってもいい。「問題は、ここが「いつ」の太陽系であるか、ということですかな。他の艦と協力して機動兵器を収容。艦長が戻り次第、今後について話し合った方がよいでしょうな」 エキセドル参謀はそう言うと、すぐにモニター会議を開けるよう、クルー達に指示を出すのだった。 数時間後、無事にほぼ全ての機動兵器とそのパイロット達を収容したαナンバーズの艦長達は、それぞれの艦のモニターの前に座り、話し合いの場を設けていた。 エルトリウム、バトル7、大空魔竜、ソロシップ、アークエンジェル、エターナル、そしてラー・カイラム。それぞれの艦長と副官、参謀、アドバイザーなど。そして特別に機動兵器部隊を代表し、アムロ大尉を加えた総勢12名。会議の口火を切ったのはエキセドル参謀ののんびりとした声だった。「どうやらここが、太陽系小惑星帯であることは間違いないようですな。しかし、イカロス基地が影も形もないところから判断しますに、我々が過ごしていた時代とは、大きくずれていると思うべきでしょうな」 イカロス基地とは、地球連邦軍が小惑星帯に築いた、外宇宙警戒用の宇宙基地である。そのイカロス基地が、小惑星帯に見あたらないと言うことは、少なくとも彼らが現代に帰ってきた訳ではないことを意味する。「うむ」 だが、その事実にも意外なほど動揺の声は挙がらない。元々、一度は1万2千年後に飛ばされた身だ。今更、ジタバタするほどの事もないということなのだろうか。「よし、分かった。まずは、状況を確認しよう」 エルトリウム艦長――タシロ・タツミが力強く頷いた。タシロ提督の言葉を受け、副長が、いつもと何ら替わらぬ淡々とした口調のまま、説明を始める。「ええ、先ほど全機動兵器の収容が終了しました。イデオンは、回収できなかったようですが、ユウキ・コスモ以下、イデオンの搭乗員は、全員無事にソロシップに収容。その他の機動兵器とパイロット達も、ディス・アストラナガンとそのパイロット、クォヴレー・ゴードンをのぞき、全員の収容を確認しています」 副長のあまりに淡々した口調に、危うく聞き流しそうになる。一瞬遅れてその言葉の意味を理解したラー・カイラム艦長、ブライト・ノア大佐は、そのつぶらな眼を最大限に見開き、大声を上げる。「待て、つまりゴードン少尉は回収できていないのか!?」「はい。しかし、心配は無用でしょう。どうやら、彼は自らの意志で姿をくらました模様です。姿を消す直前、同小隊のアラド・バランガ、ゼオラ・シュバイツァーの両名と連絡を取っています。「心配は無用だ。俺は何時かお前達のところへ帰る」と」 副長は「あの機体は色々と特別な機体ですから、単独で次元を渡ることが出来ても不思議はありません」と付け加える。「……ふう、分かった。今はゴードン少尉のことはおこう。その他の状況は?」 頭を一つ振り、ブライトは思考を切り替える。クォヴレーのことも心配だが、自分たちも決して先が保証された立場ではないのだ。αナンバーズの指揮官として、優先順位を間違えるわけには行かない。「はい。我々をどうやらこの世界に呼んだものがいるようです。SRXチームのリュウセイ・ダテ、マイ・コバヤシ、アヤ・コバヤシ、そしてライディーンのパイロット、ひびき洸の4名が、「助けを求める少女のイメージを感じた」、と証言しています」 リュウセイ、マイ、アヤ、そして洸。4人の共通項は、考えるまでもない。全員『念動力者』ということだ。後1人、SRXチームの隊長であるヴィレッタ・バディムも念動力者だが、その力はリュウセイやマイと比べると一段落ちるらしい。 彼女だけ受信できなかったとしても、さほど不思議はない。「なるほど……いや、待て。イルイは何と言っている?」 もう一人念動力者がいることを、最初に思い出したマックスが、声を上げる。 イルイ・ガンエデン。地球の守護者を自称する、ナシム・ガンエデンのよりしろたる、サイコドライバー。 念動力者としては、彼女こそが最強であるはずだ。リュウセイ・ダテが比較的彼女に近いレベルの念動力を有しているらしいが、それでもサイコドライバーたるイルイと比べれば、一段落ちる。 リュウセイ達が感じ取れたイメージを、彼女が感じ取れないはずがない。「はっ、イルイは、ガンエデンをエルトリウムに収容した時点ですでに気を失っていました。激しく念動力を使った形跡が有るようなので、もしかすると我々がここに来た一因に、彼女の力が関係してるのかも知れません」 ちなみに現在イルイは、少女の姿に戻っているらしい。エルトリウムの病室で、アラドとゼオラが看病しているが、命に別状はないということだ。「なお、マイ・コバヤシの証言によると、少女の救援要請は、かなりせっぱ詰まったものであったそうです。要請に応えるならば、急ぐ必要があるでしょう」 淡々とした副長の言葉に、艦長達はそろって渋面を作る。自分たちの置かれている立場も定まっていないうちに、他の者の救援に向かうというのは、一言でいってお人好しが過ぎるというものだ。もっとも、そのお人好しを終始貫いてきたのが、彼ら『αナンバーズ』なのだが。「簡単に言ってくれるが、そう容易い話ではないぞ。バッフ・クラン戦、神一号作戦、そして先ほどの霊帝ケイサル・エフェス戦と、激戦が続いているのだ。機動兵器もパイロット達も、被害は深刻だぞ」 タシロ提督の言葉に、機動兵器部隊を代表して参加していたアムロが同意を示す。「ああ、俺のHi-νガンダムも、アストナージに使用禁止と言われたよ。カミーユのサザビー、ウラキ少尉のデンドロビウムも同様だそうだ」「モビルスーツや、バルキリーも重傷ですが、特機はもっと深刻ですな。真・ゲッター、マジンカイザー、コン・バトラーV、ボルテスⅤなど、霊帝ケイサル・エフェス戦に参加した機体のほぼ全てが、ドックでのオーバーホールを必要としていますな。無事なのは、ATフィールドで護られていた、エヴァンゲリオン三機と、予備パーツを付け替えるだけですむ鋼鉄ジーグくらいでしょうな」 エキセドル参謀は、淡々とアストナージ達メカニックから届いた報告書を読み上げた。 つまり、現状でまともに稼働しているのは、最終決戦に出撃しなかった予備機と、エヴァンゲリオン三機、そして鋼鉄ジーグのみ言うことになる。 いくら、非常識なまでの戦闘力を有するαナンバーズといえども、この状況でもう一戦はかなりきつい。「そもそも、救援に向かうとしても、私たちはどこへ行けばいいのでしょう?」 ふと、それまで聞き役に徹していたアークエンジェル艦長、ラミアス少佐はそう発言する。「念動力者達のイメージを統合しますと、どうやら少女は地球にいるものと思われます」 副長の声を受けて、提案をしたのは、ラミアス少佐同様、今まで一度も口を開くことの無かったラクス・クラインであった。「ならば、二手に分かれるのはいかがでしょうか。エルトリウムを中心に半数は小惑星帯に待機し、機体の修復を。現在稼働可能な機体を乗せた艦を、地球に先行させては」 その際には私のエターナルを地球に向かわせます。とラクスは付け加えた。「ううむ……しかし、それは」 ラクスの提案に、タシロ提督は腕を組み考え込む。確かに、ラクスの提案は時間を有効に使うという意味では良いかも知れないが、この全く未知なる宇宙で、二手に分かれるのは不安が残る。 しかし、タシロ同様、歴戦の艦長であるブライト大佐は、意外にもラクスに賛同の意を示した。「私も、クライン嬢の提案に賛成です。我々が戻るにせよ、ここで暮らすにせよ、その「救援要請をした少女」とは一度面会する必要があるでしょう。ならば、副長の言うとおり早いに越したことはありません。危機が少女を襲った後では遅い。 また、少女の救援要請が何らかの罠であった場合を考えても、半数が宇宙に残るのは有効な対処法といえます」 ブライト大佐の意見は、二手に分かれてもちょっとやそっとの危機ならば、力尽くで突破できる、という自負に裏打ちされている。それは自信であって過信ではない。「むうう……」 一同は、考え込むタシロ提督の言葉を待つ。半数以上が民間協力者からなるαナンバーズで、軍の階級は有名無実化しているが、それでも最上位者であるタシロ提督の言葉は重い。 部隊の最終決定権は事実上、タシロ提督とブライト大佐の二人にゆだねられていると言っても良いだろう。 つまり、二人の意志が一致すれば、事態はその通りに動くと言うことだ。 一分近く考え込んだ後、タシロ提督は、きっぱりとした表情で頷いた。「よし、分かった。それで行こう。先行するのは、ラー・カイラムを旗艦として、アークエンジェル、エターナルの三隻。バトル7、大空魔竜、ソロシップはエルトリウムと共にこの場に待機。 なお、待機組は資材調達のため、小惑星帯から資源衛星を確保したいので人手を回してもらいたい」 エルトリウムは、元々恒星艦航行を可能とする、地球脱出計画の旗艦だった戦艦だ。 その全長は70キロ。最大搭乗員数150万人。並の宇宙コロニーの倍以上あるこの艦は、その気になれば、食料、資源、エネルギー、その他あらゆるものを自給自足しながら星の海を渡っていけるように作られている。 武器弾薬など補給物資はもちろん、主要な機動兵器であるマシーン兵器や、モビルスーツの製造ラインも設けてある。 もっとも、マジンガーの超合金ニューZや光子力エンジン、ゲッターのゲッター炉など、特機の中枢フレームはさすがにお手上げだが。あれはそれぞれ一部のスペシャリストにしか手に負えない代物だ。 だが、今はとりあえず関係ない。出航前に積み込んだ資材を使えば、特機も後一、二回は修繕が可能だ。「「「「「了解しました」」」」」 タシロ提督の決定に、艦長達一同はモニターの前で返礼した。